プロデューサーはじめました。   作:テラリウムA

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15話 降郷村夏祭り(1)

 

 

 朝、眼を覚ました千川ちひろは、布団をはぐってゆっくり体を起こす。ぐぐぐと背伸びをするのが気持ちいい。

 

「……ふわぁぁぁ」

 

 まだ残る眠さから大きなあくびが出てしまう。

 

 人前でやったのなら、はしたないと指摘されてしまうが、なにぶんここはちひろの家であり、そんな口うるさいなことを言う人はいなかった。

 

 ベッドを降り、さて朝ごはんでも食べようかなって考えたちひろはとんでもないものを目にする。

 

 それは部屋の壁にあるもう数年使用した時計だった。短針が午前8時を示している。

 

 改めて言う。午前8時である。

 

「んああぁぁぁぁぁ遅刻ぅぅぅぅぅぁぁぁ!?」

 

 ──どうみても遅刻確定です。ありがとうございました。なんてふざけている場合じゃなぁぁぁぁい!?

 

 ちひろの職場である346プロダクションの始業時刻は8時30分。それに間に合わせるためにはすぐにでも出発しなけれならない。

 

 幸いなことに346プロダクションまでは徒歩でいける距離だ。

 

 走ればなんとかなる……可能性はある。ちひろが運動が苦手なことを考慮したら──これを考えてしまうと冷や汗しかでなくなるのでちひろは考えるのをやめた。

 

 朝ごはんもなし。代わりにお昼に少し多めに食べることにしようと思う。

 

 ちひろはパジャマをその辺に乱雑に脱ぎ捨て、下着姿のままクローゼットを開けてシャツやスカートを着用し、黄緑の事務服を手に持つ。しかし名札が付いていない。

 

 昨日まで着ていた服はクリーニングに出そうと思い、名札を外していた。

 

 ──一秒一刻が惜しいときに限って!

 

 事務服に袖を通し、千川と印字された名札を付け、わらわらとスマホとバッグを引っつかむ。

 

 髪を三つ編みにする余裕もなく、玄関でパンプスを片足履いたとき、スマホに通知が表示された。

 

『今日やること。9:00~買い物、10:00~映画……』

 

 カレンダーアプリの予定お知らせ機能が起動していた。

 

 それを見たちひろはハッと我に帰る。

 

 ──そうでした。今日はお休みでした……。

 

 昨日、依頼のあった夏祭りへ参加していたために休みの日がずれていたことをすっかり忘れていた。

 

 寝起きからドタバタしたからか、なんだかどっと疲れてしまって、部屋に戻ったちひろは事務服のままベッドに横になった。

 

 シワになってしまうのは頭ではわかっていたが、もう瞼が重くなってくる。

 

 やがて眠りに落ちた。

 

 

 * * *

 

 

 話は少し前に遡る。

 

 

 

 

 一昨日、アイドル部門として初めてのミニライブが無事に終わった。

 

 ニュージェネレーションズとファミリアツインにはお仕事の電話が鳴りやまなくて嬉しい悲鳴を……とまではさすがにない。

 

 とはいえ、ちらほらとお仕事の依頼や問い合わせが来ていることも事実である。ちょっとずつだが忙しくなりはじめている気がしている。これもミニライブの効果といったところだろう。

 

 プルルルルル。電話が鳴る。

 

「はい。346プロダクションアイドル部門です。はい、はい」

 

 電話の対応をしている彼女の名は千川ちひろという。346プロダクションのアイドル部門でアシスタントをしている。

 

「はい。失礼いたします」

 

 電話対応を終えたちひろはアイドル部門のプロデューサーと向き合い直す。

 

「どこからでした?」

 

 彼は書類にメモを書き込んでいる。

 

「△△出版さんからでした。奈緒ちゃんが出た冊子が完成したので郵送してくれたらしいです」

「そうですか。到着が楽しみです」

「奈緒ちゃんが喜びますね。あ、それでさっきの続きなんですが、イベント出演の依頼でしたよね」

 

 電話のため一時中断したが、さきほどまで彼と話し合っていた内容は先日346プロに依頼がされた夏祭りイベントについてである。

 

「はい。降郷村の夏祭り実行委員会からです」

「降郷村、ですか。聞いたことありませんね」

 

 千葉県にあるらしいのだが、ちひろはあいにく聞いたことのない村だった。

 

「びわの名産地ですよ。ここ最近は高級品としてデパートなどで取り扱われています。結構いい値段しますよ」

「そうなんですか。びわは食べたことないですねぇ」

「おいしいですよ。甘味と酸味が絶妙なんです。甘過ぎず、かといって酸っぱ過ぎず。食べてみてくださいよ、好きになりますから」

「へー、いいですね。時間があったら買ってみましょうか」

 

 まだ知らぬびわの味に脱線してしまっていたちひろは、もとの話題へと振る。

 

「あっと、それでどのような依頼ですか?」

「夏祭りのステージへの出演ですね」

「では、ニュージェネとファミリアツインの2組だけですか」

「演目ではそうなんですが、どうせなら全員で行こうかと」

「え、全員で?」

「はい。なんでも人手が足りてないらしいので、いい機会なので裏方もやらせてみようと思いまして」

 

 規模の小さい祭りだとよくある、とプロデューサーは言うのだが、ほんとだろうか?

 

「なので、先方には、13人で行くと連絡しました」

「13人、ですか? 数が合いませんけど」

「私とアイドルたち、そしてちひろさんで13人」

「えっ!? 私も行くんですか?」

「はい」

 

 当たり前でしょう、とプロデューサーの顔に書いてある。

 

「ちひろさんはアシスタントですが、私が現場に同行できないときは代わりに行ってもらうこともこれから先考えられます。いきなり1人で現場に出るより、こうして体験しておくのも悪くないはずですよ」

「私が行って邪魔になりません?」

「なりませんよ。ちひろさんは頼りになりますから」

 

 ──ここぞというときは断言するんですよね、プロデューサーさんは。

 

「わかりました。当日はよろしくお願いします」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 早いもので、もう夏祭り当日になった。速度違反のバイクが通り過ぎる並みの体感速度で日付が変わっていった気がするのはちひろが年を取った証だろうか。

 

 粗方の打ち合わせはすでに終えていて、細かい振り分けなどは現場で詰めていくことになっている。現時点で決まっているのはステージ出演の2組と司会進行を美波がやることだけだ。

 

 アイドルたちにイベント参加を通達したときは、全員参加ということもあって、少し興奮気味だった。

 

 実際に出演するのがニュージェネとファミリアのみで、残りは祭りの運営の手伝いだと知ったときはテンションがやや下がっていた。一瞬だけでも、期待させてしまった分、仕方ない。

 

 一部不満もありそうだったが、それでも裏方を体験しておくのは大切だとプロデューサーに説かれて全員が参加を了承した。

 

 ちひろはなんだかんだ楽しみにはしているから、他のアイドルたちもたぶん同じなんだろうなと思っている。

 

「ふあぁ」

 

 ちひろは思わずあくびが出てしまう。

 

 なにぶん現場に出るのは初めてなこともあって、昨晩は上手く寝付けなかった。寝付けなくてついスマホを見てしまったのがダメだった気がしてならない。

 

 ミニライブのときは観客側にいたためわからなかったが、立場が変わるだけでこんなにもドキドキするとは。

 

 腕時計が示す時刻は朝の7時半を過ぎようとしている。7月になったばかりとはいえ朝はさすがに冷える。

 

 駐車場に止まる1台のハイエースが今日の移動手段である。運転手を勤めるはプロデューサーだ。

 

「おはようございます、ちひろさん。ほら、莉嘉もちゃんと挨拶しなさい」

「うぅん……おはようごじゃま、ふわぁぁぁ」

 

 メイクをばっちり決めた城ヶ崎美嘉とその妹でおそらくすっぴんの莉嘉が到着する。

 莉嘉は明らかに眠そうに目を擦っている。美嘉に叩き起こされてなんとか連れてこられたのだろうと簡単に想像できる。

 

「すいません、ちひろさん」

「いえいえ、朝早いですから。降郷村までは時間がかかるので車で寝れますよ」

「ほら莉嘉、乗るよ」

「うーん、むにゃむにゃ」

 

 美嘉と莉嘉が乗車して、これで9人が集まった。残りはみくと杏だが、最後になるのはだいたい予想通りだ。

 

 さらに5分ほど待っていると、こちらに走ってくる人影を目視で捉える。

 

 頭にネコミミらしきものを装着している人物は十中八九みくだろう。脇に抱えているのは杏に違いない。 

 

「ぜぇ、ぜぇ、はぁ、はぁ……」

「おはようございます、みくちゃん、杏ちゃん」

「お、おはようございますにゃぁ……」

 

 ステージ出演はしないみくだが、ネコミミはしっかり装備している。意志の強さは折り紙付きである。

 

「おはよー。よいしょっと」

 

 肩で大きく息をするみくをよそに、杏は地面に降ろされるといそいそと車に乗り込んだ。そして即寝た。

 

「お、みくも来たか」

「Pチャン! もー、大変だったにゃあ!」

 

 コンビニの袋をぶらさげたプロデューサーが現れると、くいくいとネコミミの位置を調整していたみくはエンジンか掛かったように今朝の大変さを語りだす。

 

「杏ちゃんがね、まっっったく準備してないの! 部屋に行ったらぐーぐー寝てるし、服も着てないし。時間迫ってて、慌てて準備したから朝も食べ損ねちゃって……」

「飴いる?」

「飴じゃお腹は膨れないでしょ。アイドルは健康第一! 1日3食しっかり食べるのは基本にゃ!」

 

 力説するみくへプロデューサーがその袋を渡す。

 

「ほら、朝ごはん買ってきておいたから。車の中で食べなさい」

「ふにゃぁぁ、さっすがはみくが見込んだプロデューサーだにゃ! ……ってこれ鮭じゃん! こっちはツナマヨ! みくは魚が苦手なーのー!」

「そっちは杏の分だ。他のもあるから」

「どれどれー、お、こ、これはぁ!」

 

 みくががさごそ漁って見つけたのは、期間限定とシールが貼られた超こってり背脂たっぷり角煮おにぎりだった。

 

「え、重くない?」

「肉だし期間限定だからいいかと思って。じゃ、みくも車乗ってくれ。そろそろ出発するから」

「あ、うん」

 

 微妙な表情をしたみくが座席に座ったのを確認して、ちひろはスライドドアを閉める。そして助手席に座り、プロデューサーは運転席に乗り込んだ。

 

 ハイエースは初めて乗るが、結構車高が高い。たかだか数十センチとはいえ見下ろすというのはなかなか新鮮な感覚だった。

 

「準備いいか?」

「はーい!」

「車で祭りにいってくるま。うふふ」

「全員元気でなにより」

 

 プロデューサーは楓の駄洒落をスルーして、アクセルを踏み、発進させた。

 

 一般道から東京湾アクアラインへ乗り入れて千葉県の房総半島へ、そこからさらに南下した位置に降郷村は位置している。途中のトイレ休憩もいれて、だいたい2時間くらいの車旅だ。

 

 窓の外の風景もビルが乱立している都会から住宅街、そして牧歌的な田舎へと変化していく。

 

 山の中の国道をハイエースが進んでいき、やがて開けた場所に出て、一面の田んぼが広がります。その中にぽつんと学校が見えてきました。そこのグラウンドこそが第28回降郷村夏祭りの会場となる。

 

 ハイエースは速度を落とし、学校敷地内の駐車場に駐車した。左手側は一段高くなっていて、そこがグラウンドになっているようだ。

 

「到着。全員、自分の荷物持って降りて」

 

 ちひろは助手席から降りると、ドラマや映画でありそうないかにもな田舎の風景に思わず深呼吸をしてしまう。

 

 空気の綺麗さは東京とは比べ物にならない。

 

 夏の日差しを浴びながら麦わら帽子を被った友達と虫取あみを持って駆け回っている、という俗物的な印象がある。

 

「ほんとにここなのかプロデューサー?」

 

 所属アイドルの1人である奈緒がプロデューサーへ聞く。

 

「そうだよ」

「思ってたよりだいぶ田舎だな。てか、アタシたち結局何するんだ? ニュージェネとファミリアと美波さんしか決まってないけど」

「奈緒たちにもちゃんと役割があるから」

 

 プロデューサーがみなに話をしようとしたとき、たまたま学校の校舎から出てきた若い男性がちひろたちに気付いた。

 

「あ、すいません、もしかして346(サンシロー)プロダクションの方ですか」

「はい。そうです。本日はよろしくお願いします」

「いえ、こちらこそ。遠路はるばるありがとうございます」

 

 プロデューサーと若い男性は互いに挨拶を交わしてなにやら話し込んでいる。

 

 それにしても、346プロを“みしろ”ではなく“サンシロー”と呼ぶとは想像もつかなかった。確かに、そう読めないこともない。

 

「担当を呼んできますので、少しお待ちください」

 

 若い男性が校舎に再び入っていき、1、2分ほどで別の方が出てきた。この人が担当だろう

 

「ようこそお越しくださいました。担当です。控え室に案内します。こちらです」

「はい」

 

 そうして通されたのは校舎1階にある教室のうちの1つ。黒板には『ようこそ! 346プロ様!』と歓迎の声がチョークで描かれ、折り紙の輪つなぎや花で装飾されていた。文字で表すのであれば正しくなるのだが。

 

「村の子供たちが描いたんです。毎年の夏祭りを楽しみにしていますから」

「そうでしたか。歓迎していただいて、嬉しく思います」

「こちらこそ来ていただいて。あ、ここは自由に使ってもらって構いません。トイレは教室を出て、右の突き当たりです」

「確認しました。本日の予定に変更はありませんか?」

「はい。以前、お話した通りに進みます。すみません、ステージ出演だけでなく設営や運営まで手伝っていただいて」

 

 担当の男性は頭を下げた。

 

「いえいえ、いい経験になりますから」

「そういってもらえると助かります。村の者はできるだけ手伝ってくれてるんですが、外せない作業の者もいるので」

「一次産業がベースのようですから、機械みたいにぴたっと止められないでしょうし」

「ありがとうございます。祭り成功のために我々も協力しますから、本日はよろしくお願いします」

 

 夏祭りの担当の男性はどうやら村の青年団の方らしく、祭りのにおける屋台やブース、それにステージを任されているらしい。

 

 彼は一通り説明すると、他の準備のために控え室を忙しそうに出ていった。

 

 ちひろやアイドルたちが荷物を降ろしていると、プロデューサーが手拍子を2回打つ。こちらに注目してという合図だ。

 

「さて、今日のイベントについて、改めて説明するからそのまま聞いてくれ。予定通りステージは18時からスタートで19時半に終了予定だ。夏祭り自体は16時あたりから人が増えてくるとのことだ。まずステージだが、歌の披露と司会進行は打ち合わせの通りだ。司会は美波だ。頼むぞ」

「わかりました。任せてください」

 

 美波がうなずく。

 

「ステージ出演者はニュージェネとファミリア、あとは別事務所の演歌歌手が1人。それぞれ1曲ずつ。衣装は昨日渡した346プロのロゴ入りTシャツの上に法被、下は私服のままでいい」

 

 プロデューサーはすらすらと今日のイベントの説明をしていく。

 

「はいはーい! 私、頭にねじりはちまき付けたーい!」

「はちまきはちょっとわからないな……。法被の辺りにないか?」

 

 未央は机の上の畳まれている法被辺りを探す。

 

「どれどれ、おっ、あった。じゃじゃーん、はちまき未央ちゃんのかーんせい」

 

 未央がはちまきを巻くとなんだかとてもしっくりくる。違和感がまったくない。はちまきのイメージと彼女のイメージが合うからだろうかとちひろは考える。

 

「続けるぞー。15時くらいにはステージ設営が終わるそうなので、そこで一度リハーサルを行う。今回はステージが狭いからダンスは控えめでいい」

 

 今度は加蓮が手を挙げる。

 

「ニュージェネたち以外は何するの?」

「残りのメンバーは、会場設営と運営の手伝いだ。そこも含めて今回の仕事だからな。質問がある人は? ……いないならさっそく始めよう。まず、料理できる人はいるか?」

 

 何人かのアイドルが手を挙げた。

 

「んー、じゃあ、美嘉とみく、凛、楓さんの4人は2階の家庭科室で振る舞い料理の手伝い。美波はちひろさんと司会の打ち合わせ。残りは会場に移動して設営の手伝い。全員分の法被が用意されてるから、本番のときはなるべくなら着ておくこと。ちんたらしてるとあっという間に開始時間になってしまうからきびきび動いてくれ。何かあったら私かちひろさんまで」

 

 ぞろぞろと動き始める面々。

 

 ──私もがんばらなきゃ!

 

「ちひろさん、私は実行委員会に挨拶してきます。あとよろしくお願いします」

「はい。任せてください」

 

 プロデューサーを送り出し、ちひろも気合いを入れるために両頬をぱちんと叩く。

 

 ──アシスタントとはいえ、私だって346プロアイドル部門の一員ですから、ここできっちりやってみせますとも。

 

 

 

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