プロデューサーはじめました。   作:テラリウムA

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17話 降郷村夏祭り(3)

 

 

 早いもので時刻は15時になった。ミニライブのリハーサルの時間である。

 

 太陽はすでに空の頂上を越えていて、あとは地平線に沈んでいくだけだ。骨組みだけだった屋台にも幕が張られて、お祭りへの準備が着々と進んでるのが一目でわかる。

 

「よし、それじゃあリハーサル始めるぞ。さきにファミリアツインからだ。美波、よろしく」

 

 メガホンを片手にプロデューサーが開始の合図する。

 

「はい! じゃあ、私が呼んだら出てきてね。えー、まずは仲良し姉妹ユニットのファミリアツインですっ、とうぞ!」

 

 美波が紹介に合わせて上手側の舞台袖から城ヶ崎姉妹が出てくる。

 

「今みたいな感じでいいかな?」

「うん、OKだよ。立ち位置についたら軽く自己紹介をして曲になるから」

「ありがと、美波ちゃん☆」

「じゃあ次は曲にいくね。みくちゃーん!」

 

 スピーカーから曲が流れはじめる。音響機材担当になったのはみくと杏である。

 ちひろとプロデューサー、楓に照明係の奈緒と加蓮も観客席のパイプ椅子の最前席に座り、観客役としてリハーサルを見守る。

 1曲目の“Twin☆くるっ★テール”が終わる。

 

「終わったら下手に下がるんだぞ」

「Pくん、下手ってなにぃ?」

「莉嘉から見てステージの右側のことだ」

「おっけー★」

 

 ファミリアツインがプロデューサーの指示で下手の舞台袖にハケる。

 

「ファミリアは問題なし。次はニュージェネで合わせてみよう」

 

 入れ替わるように上手からニュージェネレーションズが現れる。

 

「プロデューサー、立ち位置はこの辺でいい?」

 

 未央が聞く。

 

「OKだ。始めてくれ」

 

 スピーカーが震え始める。2曲目もしっかりと流れているようで、序盤はミスなく進む。

 

「わっ、とと」

 

 曲の途中、未央が凛とぶつかって尻餅をついてしまい、曲もストップした。

 

「大丈夫、未央?」

「うん。私は大丈夫。ごめんねしぶりん。ぶつかっちゃって」

「気にしないで」

 

 差し出された凛の手を取って未央が立ち上がり、埃をぱしぱしと払う。

 

「未央は動き過ぎだな。ステージの広さを意識して、控えめでな」

「わかった! みくにゃーん、もう一回最初からお願い!」

 

 未央たちがもう一度開始位置にスタンバイしたところで、再び曲が始めから再生される。

 

 彼女たちは順調にステップを踏みながら、やがてさきほどぶつかってしまったポイントに差し掛かる。

 

 未央はさきほどとは振り付けやステップを少し小さくすることでぶつかることなく、そのまま最後までやり終えた。

 

 さすがはニュージェネの中で一番運動神経が良いだけあり、対応が早い。

 

「未央、良かったぞ。本番もその調子でな」

「へへ、まっかせてよプロデューサー!」

「凛と卯月もよく合わせてくれた」

 

 卯月と凛もうなずく。

 プロデューサーがちひろからは何かあるかと聞いてくるので、特にない、と返答した。

 

「本番は夜で照明もあるから、ステージの端を見落とさないように注意してパフォーマンスしてくれ」

「はい!」

「よろしい。では、最終確認をするから全員集まってくれ」

 

 ぞろぞろとアイドルたちが集合する。

 

「ステージの開始時刻は18時なので時間厳守で各自持ち場につくように。ステージ裏にはちひろさんにもいてもらってサポートをしてもらうから、何かあれば頼るように。今日のステージには他事務所の歌手の方も来るので、会ったら挨拶をするように。それから──」

 

 いよいよステージの幕が上がる時間に近づいてきた。

 

 

 

 

 さきほどまでは空を茜色と夜の暗さのグラデーションが綺麗に染め上げていたが、だんだんと夜の暗さが茜色を圧倒してしまい飲み込みんでしまう。

 

 もう少し時間が経てば何万光年も前に出発した星の光を肉眼で捉えられるようになるだろう。

 

 第28回降郷村夏祭りはたくさんの人で賑わっている。

 

 親子連れ、老夫婦、カップル、ひとりぼっち、はたまた遊びにきた学生たちといったように老若男女問わず、多くの人が会場を訪れている。

 

 様々な屋台が会場でサービスを提供していて、やはり食べ物系が多い。あとは金魚すくいにくじ引きもある。

 

 屋台の定番である(とちひろは思っている)やきそばのソースの香ばしい匂いが夏の夜風に誘われて、ステージ裏に待機しているちひろの鼻を容赦なく刺激する。

 

 きゅううとちひろのお腹が鳴る。

 

 ──うう、近くにあるのに食べられないなんて……!

 

 リハーサル後からステージ開始までに、屋台を手伝ったり、転んで擦りむいてしまった子供を本部まで連れていったり、配線チェックしたり、おばあさんの話し相手になったりしてたらあっという間だった。

 

 もうまもなくステージの開始時刻であり、よそ見はしていられない。

 

「美波ちゃん、もうすぐだけど大丈夫ですか?」

「はい! ばっちりです!」

 

 法被姿の美波が元気よく返事をしてくれる。気合いは充分のようだ。

 

「こうみえて本番には強いタイプですから、任せてください」

「頼もしいです。あ、そろそろ時間です」

 

 ステージ開始まで残り30秒ほど。美波は下手側の舞台袖に待機する。

 

 5、4、3、2、1。時間になったことを手で合図すると、小さくうなずいて彼女は舞台袖を飛び出した。照明が彼女をまぶしく照らす。

 

『えー、みなさん、はじめまして! 346プロダクション所属アイドルの新田美波です。本日はこの夏祭り特別ステージの司会を務めさせていただくことになりました。どうかよろしくお願いします。では! さっそく、第28回降郷村夏祭り特別ステージの開演です!』

 

 満員御礼の会場からは拍手が沸き起こる。パイプ椅子だけでは足りず、立ち見の人もちらほらと。

 

 聞けば、ここ数年で降郷村は知名度が上がっているらしい。

 

 バーベキューができる河原を備えた有料キャンプ場の開設、びわの新品種“あずさびわ”の大手デパートへの出荷とびわ大使へあの765プロの三浦あずさが就任したこと、公共事業による新道の敷設とそれによるアクセスの向上など、急成長ではないが、堅実な成長をしているといえるだろう。

 

 観光客の姿もちょくちょく見られており、まだまだ発展途上とはいえ、期待でができる。

 

 ──……ってなんで私、大学のときみたいに分析してるんでしょう。ダメよちひろ、今は美波ちゃんのステージに耳を傾けなければならないのよ。

 

『まず最初のコーナーは、私の自慢の一品です! それでは参加者のみなさんの入場ですっ』

 

 ステージ裏にいるので声しか聞こえないが、今のところは順調なようだ。

 

「参加者の方はこちらからステージに上がってください」

 

 参加者には、牛や鶏を連れていたり、びわを持っていたり、恥ずかしそうな奥さんの手を握っている旦那さんがいたりする。

 

 はたして奥さんは一品って言えるのかと思いつつステージに誘導していると、歌を披露するアイドルたちが階段を上がってくる姿が見える。

 

 衣装をばっちりと着こなしている。といっても、会社のロゴ入りTシャツと法被ではあるのだが。未央だけでなく城ヶ崎姉妹もねじりはちまきも着用している。気に入ったのだろうか。

 

「みんな、準備はばっちりみたいですね」

「うん! あとはステージに立つだけですよ! あ、ところでちひろさん、私たちもステージ見てきたいんですけど、いいですか?」

「構いませんが、マスコットキャラのお披露目までに裏に戻ってきてくださいね?」

「オッケー! よーし、いくぞ莉嘉ちー!」

「おー★」

 

 未央と莉嘉が一目散にステージ裏を飛び出していく。

 

「ちょ、ま、莉嘉! ああもう! 2人とも走って転んだらどうするの!」

 

 美嘉も走って追いかけていってしまう。

 

「私たちも行きましょう!」

「ちょ、卯月、引っ張らないで……!」

 

 卯月にぐいぐいと引っ張られる形で凛も彼女たちの後を追っていく。

 

 その頃、会場はいっそうの盛り上がりを見せ、さきほど手を引いていた熟年夫婦が今年の自慢の一品として選ばれた。

 

 続いてのシブメンコンテストは、ここ数年行われている演目であり、35歳以上の男性のみ出場できる。

 

 ぶっとんだ演目だなぁなんてちひろは思っていたが、コンテストというだけあって、シブいけど清潔感があって魅力的な人が多い。

 

 ちひろも会場側で見たいなぁと思っていたときのことだ。

 

「あ、346(サンシロー)プロの方ですよね?」

 

 朝の青年団の担当さんがようやく見つけたぞと言わんばかりに駆け寄ってくる。

 

 なんだなんだと思いつつ、

 

「はい。そうですが」

 

と返事をした。

 

「ようやく見つけたした。少しご相談があるのですが、よろしいでしょうか」

「はい、大丈夫です」

「ありがとうございます。実は、今日のステージに出演してくれるはずだった演歌歌手の方が急遽来れなくなってしまいまして」

「渋滞に巻き込まれているとか急病とかですか?」

「それはちょっと私どもにわからないというか……。さっき電話で今日は行けなくなった、とだけ」

 

 理由は不明だが、ドタキャンされてしまったということらしい。ラジオ番組でたまに名前が出るくらいには知名度がある歌手だから、ただのドタキャンではなく何かあったに違いない。知る手段はないのだが。

 

「それで、空いた枠にもう1曲追加できないでしょうか?」

「もう1曲、ですか」

 

 みんなレッスンはしているけれども、ニュージェネとファミリア以外に持ち歌のあるアイドルはいない。しかし、ステージスケジュールではもう予定が組まれているから成功のためにはなんとかしたいが……。

 

 ──うぅん、誰か咄嗟に歌えそうな人……! あ……楓さんなら! いや、でも、私の一存で決めちゃってもいいのかな……。いや、ここは怒られる覚悟を決めてやるしかありません。

 

「わかりました。準備があるのでここはお任せしてもよろしいですか」

「はい。よろしくお願いします」

 

 担当さんが深々と頭を下げます。私も一礼して、ステージ裏を飛び出しました。

 

 

 

 

 とにもかくにも楓を探さなければならないが、いったいどこにいるのか。シブメンコンテストの間に少し屋台を見てきたいとは言っていた。

 

 人混みの中をぶつからないように早足で、キョロキョロと視線を動かしながら歩く。

 

 早足で歩いているだけなのにもう息があがっている。運動不足かもしれない。

 

 ──体重も大学卒業後に○○kg増えちゃったし……と、今はこんなこと考えている場合ではありませんね。

 

「あら、びわ酒ですか」

 

 そのとき聞き覚えのある声がして振り向くと、地元の酒造会社のブースで楓がお酒を吟味していた。一杯と言いつつ何杯も引っかけてなければいいのだが。

 

「楓さん! ようやく見つけました!」

「……? ちひろさん、どうしました?」

「ちょっと来てください!」

「あの、ちょっと……」

 

 ちひろは楓の手を掴み、ステージ裏まで引っ張っていく。

 戻ってみると、担当さんの姿はなく、代わりにプロデューサーがいた。

 

「プロデューサーさん!」

 

 正直ほっとした。彼の顔を見ただけでこんなに安心できたのは初めてだった。

 

「あの、実はですね」

「担当さんから聞きましたよ。演歌歌手がドタキャンしたと。1曲追加するそうですね」

「あっ、その、勝手に返事をしてしまいまして……」

「いえ、私でもそうしましたから」

 

 プロデューサーとちひろは、はてなマークを浮かべている楓に事情を説明する。

 

「そうでしたか、その歌手の方が来れなくなったと。それで私に代わりを?」

「はい。楓さんのボーカルレッスンにプロデューサーとして立ち会っていますが、楓さんなら問題なく任せられると考えています」

「……わかりました。そこまで信じていただけているのなら私が出ます」

「ありがとうございます。さて、曲なんですが、何を歌いましょうか。楓さん、よく聞く歌とかありませんか? 思わず歌詞を口ずさむような歌とか」

 

 プロデューサーさんが楓に尋ねた。

 

「ありますよ」

「そうですか。それは助かります。なんの曲ですか?」

「三浦あずささんの“隣に…”です」

 

 ──キツすぎる坂道なんですが、それは。

 

「……歌えますか?」

 

 プロデューサーが問うのもわかるほど難易度が高めの曲なのだ。

 

 ちひろも過去に一度カラオケで歌ってみたけれど、難易度はかなり高めで、点数もだいぶ低かった記憶がある。

 

「うーん、どうでしょう。一時期カラオケで歌っていましたけれど、最近はカラオケ自体行ってなくて。音源があればできるかもしれません」

「……わかりました。今は子供たちの合唱中だから時間は少しだけ。うーん……ないよりましか。私は電話してきますから、ちひろさんは美波に変更を伝えて、そのあと時間まで楓さんの声出しに付き合ってください」

 

 ぶつぶつとつぶやいていプロデューサーはポケットからスマホを取り出してどこかへ電話を掛け始める。

 

「楓さん、私もすぐ行きますから、控え室の辺りで待っててください」

 

 楓に声をかけてから、ちひろは美波へと演目の変更点を伝えにいく。

 下手側の舞台袖から美波を手招きで呼び出す。幸いまだ子供たちの合唱中なので、すんなりちひろのもとへ下がれた。

 

「ちひろさん、どうしました?」

「参加予定だった演歌歌手が急遽キャンセルになって、代わりに楓さんが1曲歌うことになりました」

「えっ、楓さんが? 大丈夫なんですか、まだボーカルレッスンを始めたばかりなんじゃ……」

 

 ごもっともの指摘だった。しかし楓のボーカルレッスンを見学したとき、ちひろにはすごいとしか言葉が出てこなかった。それだけ楓には才能があって、それを知っているからこそでちひろは大丈夫だと信じていた。

 

「プロデューサーさんも同意の上です」

「……そうですか。わかりました。なら、演歌歌手が来れなくなったことと楓さんの紹介を曲の前に入れますね」

「はい。よろしくお願いします」

 

 まもなく子供たちの合唱が終わろうとしている。

 

 ちひろは踵を返して楓のもとへ向かう。途中、マスコットキャラクターとすれ違ったことで、時間はほんの少ししかないのだと肌で感じさせられた。

 

 

 

 

 ちひろが楓とともにステージ裏へ戻ったとき、ニュージェネの曲と歌声が聞こえてきた。どうやら曲はすでに終盤のようで、まもなく彼女の出番がやってくる。

 

「楓さん、もうまもなく出番です。歌えますか」

 

 待っていたプロデューサーが真面目な顔で告げる。

 

「はい」

 

 まったく臆することなく楓は返事をしたように思えた。

 

『みんな、ありがとーっ!』

 

 マイク越しの未央の声が響く。盛大な拍手がニュージェネの3人に贈られる。同時に、それは彼女たち3人の出番が終わったことも示していた。

 

「楓さん、上手側にスタンバイしてください。美波が紹介したらステージへ」

「……はい」

 

 楓のマイクを持つ手がふるふると震えていることにちひろは気付いた。なんだか表情もいつもより強張っているようにも思える。

 

「楓さん」

 

 当然ながら、プロデューサーがそれを見逃すわけもない。彼はそっと楓の手をマイクごと彼自身の手で包み込んだ。

 

「いきなりとはいえ、これが楓さんにとって、いえ、アイドルの高垣楓にとって初めてのステージになりました。緊張も不安もあるかと思いますが、どうか思い切り歌ってきてください。多少音を外しても歌詞を間違えてもいいですかは。私もちひろさんも観客側で見守っています。ね、ちひろさん」

「はい! 私たちもついてますから、安心してください」

 

 楓はマイクをぎゅっと握りしめる。

 

「ありがとうございます、プロデューサー、ちひろさん。ふふ、温かいですね」 

 

 強張りが解けて、いつもの柔らかな笑顔が戻った。

 

『ここでみなさんにお知らせがあります』

 

 美波のアナウンスが入った。

 

『本日参加予定だった演歌歌手の方は不参加になりました。そのため、346プロの仲間である高垣楓さんが代わりに1曲披露いたします。どうぞ、最後までご清聴ください。では、楓さん、お願いします』

 

 急いで観客席側へ移動すると、楓が上手からお辞儀をしてステージに上がるタイミングだった。

 

『えっと、はじめまして。高垣楓です。今日、このステージで歌わせていただくことになりました。それでは聞いてください。“隣に…”』

 

 曲が流れ始める。楓がすうっと息を吸うのが観客席からでもわかった。

 

 歌い出しから湧き水のように透き通っていて伸びやかな声が会場を満たしていく。それはあまりにも一瞬だった。

 

 さきの2曲とは毛色の違ったため、戸惑いを見せていた観客もいたが、いつの間にか楓の歌声に魅せられたように聞き入っている。

 

「何あれ、楓さんヤバ」

 

 隣で聞いていた美嘉がぼそりとつぶやく。

 

 音程の難しい場面に差し掛かっても、楓はブレることなく歌い続ける。

 

 歌詞はどこか哀しさを漂わせているのに、楓のはどこか優しさを感じさせてくる。

 

 立ち見の観客は曲の開始前よりもずっと増えていた。どうやら屋台を物色していた人たちがこちらへ流れてきているようだ。

 

 曲はいよいよ終盤へ。

 

 息を飲むようなサビからアウトロに入り、そして最後の音が止まる。

 

 しんと静まり返る会場に楓はおろおろしている。

 

『えっと、どうでしたか?』

 

 刹那の間を置いて、風船が弾けるような大歓声と拍手が沸き起こった。

 

 ほっとした表情の楓を見て、ちひろも大きく息を吐き出す。きっと不安とか心配とかがいろいろ含まれていたに違いない。

 

『ありがとうございました! 高垣楓さんで“隣に…”でした!』

 

 楓が下手へと降りたので、ちひろもまたステージ裏へ移動するために歩きだす。

 

『みなさん、本日のステージはいかがでしたか? 今日という日が忘れられない記憶の1ページになったのなら幸いです。それでは第28回降郷村夏祭りの特別ステージはこれにて閉幕となります。お気をつけてお帰りください』

 

 司会の美波の最後のアナウンスをもって、今回の降郷村夏祭りの特別ステージは閉幕となった。

 

 

 

  

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