夏祭り会場から帰宅する人影もまばらになりつつある。多くの屋台も本日の営業を終え、後片付けを始めている。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまい、やがて現実がじわじわと戻ってくるのだろう。それでも、楽しい想い出が残るのなら成功といって差し支えないはずである。
今回の夏祭りにおけるすべての日程を終えたちひろたちは、後片付けを終えてハイエースに荷物を積み込む。あとは帰るだけだ。
「今日は本当にありがとうございました。急なお願いにも対応していただいて」
「いえ、我々は今日の夏祭りが楽しいものになるようにお手伝いしただけですから」
「そういってもらえると助かります。会場にいたのはみんな楽しんでいたと思います」
プロデューサーと青年団の担当は相互に頭を下げながら、別れの挨拶を交わしている。アイドルたちは全員乗車していて、残りはプロデューサーとちひろのみだ。
「楽しんでもらえたのなら本望です」
「これ、持っていってください。村の名産品のびわです。加工品なのですぐに食べられますよ」
どさりと置かれたのは大きな段ボール箱。中にはびわの加工品がまるでパズルのようにびっちりと詰められている。
「よろしいんですか、こんなに」
プロデューサーに対して、青年団の方はうなずいた。
「もちろんです。素敵なステージのお礼です。みなさんの分もちゃんとありますから、お家に帰ってから食べてみてください。おいしいですよ」
「ありがとうございます」
ちひろがハイエースのバックドアを開けて、それを仕舞おうとしたとき、くいくいと服を引っ張られる感触がして、振り返る。
どうやら小さな女の子が彼女の服を引っ張っていたようだ。
「どうしたの?」
膝を折り目線を同じ位置に合わせて、優しく穏やかに尋ねる。
「うんとね。今日、お歌いっぱい聞けて楽しかったから、これあげる!」
女の子から受け取ったのは、手裏剣や花、動物などのたくさんの折り紙が入った箱だった。
「あら、こんなにいっぱい。いいの?」
「うん! お姉ちゃんたちの分もおじちゃんの分もあるよ!」
──おじちゃん……あ、もしかしてプロデューサーさんのことでしょうか? 子供って純粋無垢なだけに残酷ですね。まあ、私がおばちゃんと呼ばれなかっただけ良しとしましょう。
「ありがとう。あとで、みんなに配るね」
「えへへ~、またお歌聞かせてね」
「あっちの“
そう伝えると女の子は嬉しそうに顔をほころばせてタタタとプロデューサーさんのもとへ駆け寄っていく。
「おじちゃーん!」
「おじ……こほん。なにかな?」
プロデューサーはちょっとショック受けた素振りを見せる。
「あのねあのね! またお歌聞かせてに来てくれる?」
「気に入ってくれたのかな」
「うん!」
「そっか。また機会があれば来るよ」
「きかい……?」
「うーん、今日みたいに楽しいお祭りの日があれば、また来るからね」
「……! ほんとぅっ! やった!」
ぴょんこぴょんこと体全体を使って喜びを表現する女の子の頭に青年団の方がこつんと拳を当てて制止する。
「こーら、あまり困らせちゃダメだ」
「あ、ごめんなさい」
女の子はシュンとしてしまう。
「すみません。実はうちの娘なんです。どうしてと折り紙をあげたいと言うもので」
「折り紙ですか」
「はい。今日は村の者はみな祭りの準備に駆り出されていますから、その間に学校に集めてまとめて面倒を見てもらっていたんです。そのときに折り紙を折ったみたいで」
「そうでしたか」
プロデューサーは片ひざを地面に付けて、その女の子の目を合わせて話し始める。
「折り紙ありがとう。大切にする。そうだなー、また来年の夏祭りにこれるようおじちゃんもがんばるよ」
女の子の顔にぱあっと花が咲く。
「娘が無理を言ってしまったようで」
「いえいえ、プロデューサー冥利につきるというものです」
プロデューサーは腕時計を確認すると、
「そろそろ出発の時間ですので、私たちはこれで失礼します。今日はありがとうございました」
と切り出した。
「こちらこそお世話になりました。道中、お気をつけてお帰りください。ほら、ばいばいして」
「おじちゃんもお姉ちゃんたちもばいばーい!」
ちひろは手を振り返しながら助手席に座る。プロデューサーが運転席に座り、ハンドルを握ると、やがてハイエースはゆっくりと発進した。
ちひろはまだ手を振っている女の子へ、窓越しに手を振り返した。
事務所へ戻ると車内は静寂に包まれている。発進してすぐはみんな今日の祭りについてあれやこれやと盛り上がっていたが、さすがに1日分の疲れが出たのか、数分もしないうちに寝息を立て始めた。
「ねー、ちひろさん。さっき何を貰ったの?」
運転席と助手席のすぐ後ろの席に座る美嘉が少し身を乗り出してくる。隣ですやすやと眠る莉嘉を起こさないように小声だ。
「折り紙ですよ。今日のステージのお礼だそうです」
ちひろもそれに合わせて返答した。
「そっか。喜んでもらえてたんだ。えへ、ちょっと嬉しいかも☆」
「美嘉ちゃんたちもニュージェネも楓さんも今日は大成功です。ですよね、プロデューサーさん」
運転に集中しなければならないため、彼はこくりとうなずくだけ。
「観客のみんな、ノリが良くてさ。ステージすごく楽しかったよ。ありがとね、プロデューサー、ちひろさん」
「アシスタントですからどうってことありません。それにもしかしたら来年も行くかれしれませんよ?」
「どゆこと?」
「またお歌が聞きたいってプロデューサーさんに直訴してましたから、来年も、なんてことがあるかもしれませんね」
「マジで? へへ、じゃあアタシももっと頑張らないといけないかな☆」
プロデューサーさんはうんうんとうなずいていた。
みんなを乗せた車はやがて東京へと帰ってきた。
* * *
ちひろが再び目覚めると時刻はすっかり正午をまわっていました。
今朝、慌てて着替えようとしたときの服を脱がないままにベッドでうたた寝をしてしまったようだ。
皺になるのも困るので、脱いでハンガーに掛け、クローゼットにしまう。そして普段着に着替える。
はてさてお昼ごはんを食べようとなる訳だが、何か軽く食べられるものあるのかと冷蔵庫を確認する。
キッチンの冷蔵庫には、あまりこれと言った食材は残っていなかった。使いかけのもやしならあったものの、心もとない。
今日こそスーパーに買い物に行かなければ、いよいよ冷蔵庫がただのひんやりした箱になってしまう。スーパーやコンビニの惣菜や弁当、カップラーメン生活のつけが今まわってきている。
出前という選択肢もあるけれど、でも値段が高くなる。急用があるのなら便利ではある。しかし、どうしても使う気にならない。
ちひろは納得できないものにお金は掛けない主義だから。
「……今から行くとしましょうか。天気もいいですし」
自分に言い聞かせながらちひろは立ち上がる。
めんどくさいけどないものを待っていても仕方がない。
財布やスマホを確認して鞄のチャックを閉じようとすると折り紙のメダルが出てきた。どうやら昨日貰ったまま入れっぱなしだったみたいだ。
昨日、無事に事務所に到着して解散する際、みんなに配った折り紙のうちの1つがこれである。メダルかコインか判断がつかないが、気に入ったのでこれにした。
ちひろはメモ代わりに付箋を貼りまくっているフォトボードにそれをピン留めする。
「これでよし」
飾りっけのないフォトボードが少し華やかになった。
ちひろはそのまま玄関へ向かい、靴を履いて、ドアノブを捻る。
「んんー、いい天気ね」
澄んだ青空が街並みをすっぽりと包み込み、1枚の写真のように見事な景色を作り出していた。