プロデューサーはじめました。   作:テラリウムA

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24話 星の降る夜に(2)

 

 

 一人暮らしとなって、すでに3日が経過している。

 

 まだ3日間とはいえ、アーニャにこれといって大きな問題は起きていない。朝はアラームを3つ鳴らすことでなんとか起きられているし、昼は菓子パンだが食事もきちんと3食摂れている。

 

 いつもはパパやママがいる定位置が空席となっているのはどうにも違和感があるが、そのうち慣れるだろう。というより慣れるしかない。

 

 むしろ、これから先にあるかもしれない一人暮らしの予行演習だと思って過ごしてみよう。

 

 そう考えると、少しは楽しく感じられる。

 

 金銭的な限度はあるものの毎食の献立は自由、夜更かしをしても怒られない、テレビやソファの一人占めなどなど。以外と謳歌できそうではある。

 

 それでも、ふとした瞬間にやってくるひとりきりの寂しさに胸がちくりと痛む。まだ3日しか経っていないからこそ、余計に敏感に感じてしまうのかもしれない。

 

 ホームシックと似たようなものといったところか。

 

 自宅にいる間は話さなくなった。一人暮らしなので当たり前なのだが、過ごすうちに独り言が多くなってくることもあるという。近い将来、ブツブツと独り言を言うようになってしまうのだろうか。今はちょっと想像できない。

 

「ただいま、帰りました」

 

 空が夕暮れに染まる中、スーパーから帰宅したアーニャは癖で挨拶をしたが、返事はない。あったらあったで別の問題が発生するが。

 

 靴を揃えて脱ぎ、手洗いをしてそのままキッチンへ直行する。

 

 ロゴ入りのビニール袋から取り出した2リットルのミネラルウォーターを冷蔵庫のドアポケットへしまう。買っておいた調味料などもだ。

 

「これで、よし」

 

 アーニャは独りごつと鞄を自室の所定の位置に戻す。そして、ソファに座ってぼーっとしながら、ただただ時間が過ぎていくのを待つ。

 

 ──すること、ありませんね。

 

 いかにアーニャが家族とのふれ合いで時間を潰してきたかがよくわかる。

 

 最近は多くの人がプレイしているらしいソーシャルゲームはインストールしておらず、よくみる動画配信サイトの登録チャンネルに更新はない。本はもっぱら星や星座に関するものが多い、というよりほとんどで、どれがどんな内容かをおおまかに想像できるくらいには読み込んでいた。

  

 アニメは『ジ』で始まり『リ』で終わる三文字の有名どころくらいは観たことがあるが、それ以外はさっぱりわからない。学校でもときどき話題になるが、どこで情報を仕入れているのかアーニャには不思議でならない。映画もまた然り。

 

 そもそものアーニャがネットに疎いのだから、情報の非対称性があってもおかしくない。

 

「あー、暇、ですね。天体望遠鏡の手入れ、でもしましょう」

 

 ソファから腰を浮かせたとき、ふいにスマホが鳴る。着信音とともに『ママ』と画面に表示される。

 

「……!」

 

 素早く取り、応答をタップする。

 

「ママ!」

 

 相手の声を聞くより先に言葉が飛び出した。

 

『ど、どうしたのアーニャ? いきなり』 

「あー……ママの声を聞けるのが嬉しくて、つい」

『あらあら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。そっちはどう、元気にしてる?』

 

 くすくす笑いながらママはこちらの状況を聞いてくる。

 

「ダー、とっても元気にしています」

『なら良かった。ごめんね、いきなり一人暮らしみたいになっちゃって。寂しくない?』

「全然大丈夫……………………ニェート、嘘、つきました。ちょっぴり、寂しいです」

『そう。おばあちゃんね、今週から少しずつリハビリをすることになったの。がんばってるよ、アーニャとまた天体観測に行くんだって』

「グランマが? ふふ、嬉しいです♪ アーニャもまた一緒に行きたいです♪」

『ふふ、伝えとく。きっと喜ぶよ。寂しくなったらまた電話かけておいで』

「アーニャももう15歳、高校生です。心配、いりません!」

『そっか、私の娘ながら頼もしくなったね。じゃあね』

 

 ママとの通話が切れて、画面には通話時間が表示される。

 

「グランマ、がんばってます。応援したいけど、何か……」

 

 いい方法はないものか、と考えたところで“ぐうぅ”と腹の虫が大きく鳴いた。ママの声を聞けたことで寂しさが吹き飛び、ほっと安心したからかもしれない。

 

 時刻は18時になろうとしている。夕食時としては少し早いが、まあいいだろう。

 

「まずは、夜ご飯にしましょう」

 

 アーニャは冷蔵庫から昨晩取り分けておいた肉じゃが入りのタッパーを電子レンジにかけた。

 

 

 

 

 得意料理の肉じゃがをつまんでいると、テレビのアナウンサーが次のニュースへと移る。

 

『続いてのニュースです。まもなく8月になりますが、今年のペルセウス座流星群は──』

 

 アーニャはぴかっと閃いた。 

 

 

* 【3】 *

 

 

 あれからさらに1週間。すべての準備が整った。

 

 アーニャは普段履いているグルカサンダルではなく、ハイテクスニーカーに足を通して靴紐をぎゅっと結ぶ。途中でほどけたりしないようにしっかりと、念入りに。

 

 服装だって夏の夜に対応できるように寒さ対策を施している。上は半袖、下は短パンで、インナーとしてそれぞれ速乾性通気性のコンプレッションウェアとトレッキングタイツを着用している。

 

 アーニャはリュックを背負う。ずっしりと重量を感じる中身はタオルや防水性ウィンドブレーカー、水筒、ちょっとした調理器具とその材料だ。

 

 他にバッグが3つほど。1つは1人用テントで、もう1つは一眼レフのカメラ、残りはカメラ用三脚である。重量はそれなりだが、思ったほど重くはない。

 

 カメラは高校生がそう簡単に手を出せるような価格ではない高級なものだが、アーニャのグランマであり天体観測ガチ勢でもあるグランマからのプレゼントだ。

 

 薄水色のハットも被り、準備は完了となる。

 

 アーニャはそれらの荷物をすべて持ち家を出る。ちょうどお昼を過ぎた時間帯のため、ぎらぎらとした夏の太陽が焼けつくような陽光を発してビルやアスファルトを容赦なく温めている。

 

 ──今日も暑いですね。雨が降れば少しは涼しく……、でもそれじゃ夜空は見えません。むむー……。

 

 暑さに一瞬だけ滅入りかけたものの、アーニャはふんばり、確かな足取りで駅へと向かう。

 

 アーニャの目的地は奥多摩湖である。そこは東京都心からのアクセスも良好で、かつ街の光もかなり少ないため絶好の天体観測スポットとなっている。

 

 去年、家族とともにレジャーに行ったのがまさに奥多摩湖である。

 

 今までで最高で楽しかったと鮮明に記憶している。天体観測はもちろんのこと、キャンプで初バーベキューもした。その様子を写真や動画にしてグランマへ送ったところ、大層喜んでいたのも印象的だった。カメラを貰ったのはその後だ。

 

『綺麗な星空だね。次は一緒に行こう!』

 

と約束した。残念ながら今年は無理だが。

 

 予約したキャンプ場も同じだ。新しい場所を開拓してみたくもあったが、去年の経験が役に立つこともあり採用した。あとは予算や交通の便の問題もある。

 

 アーニャの目的はペルセウス座流星群の観測と星空の写真を撮影することだ。願わくば流星群がくっきり撮影できてほしいし、そうなれば最高の成果だといえる。なぜなら現像した写真はグランマへ送る予定だからである。

 

 グランマが喜んでくれそうなのは何かと考えたとき、ふとこれだ!と閃いたのだ。本当は一緒に行けたらいいのだろうが今は無理なので、せめてアーニャだけでも行って撮影をして、それを送って元気付けてあげたい。

 

 カメラの使い方は、以前グランマに教わってからちょくちょく練習してきたから大丈夫なはず。

 

 最寄り駅に到着すると、路線図で目的地までの切符の料金を調べて券売機でそれを買う。電光掲示板に遅れの表示はないことを確認して、自動改札に切符を通し発車ホームへ。

 

 スマホで乗り換え先の電車やバスの時刻を念入りに確認していると、入線メロディーとアナウンスが流れる。今までスマホに目を落としていた人々が一斉に顔を上げる。

 

 銀色の車体に色のついたラインを塗られた電車がホームへ滑るように進入してくる。

 

 乗車して、幸いドア近くの席が空いていたため、そこに座る。荷物を床におろすだけでもぐっと楽になる。冷房も効いているからなおさらだ。

 

「ふぅ……」

 

 次は青梅駅まで向かい、そこで奥多摩行きへ乗り換えだ。時間は約1時間ほど掛かるから、ひとまずは休憩だ。

 

 ガタンゴトンと揺れる車内から窓越しの景色を眺める。

 

 一面の市街地が続く。

 

『次は終点、青梅、青梅。お出口は右側です──』

 

 やがて自動音声アナウンスが、この電車がまもなく終点の青梅駅に到着することを告げる。奥多摩はここで乗り換えだ。

 

 ──もう少し、です。次の電車はあれですね。

 

 奥多摩行きに乗り換えても、窓越しの景色はいまだ市街地と変わらず。車内にはアーニャと同じ重装備の人もいれば、日帰り用の軽装もいる。

 

 ぷしゅっとドアが閉まり、慣性で体が少し後ろに引っ張られたあと、電車がゆっくりと動き出す。

 

『この電車は青梅線、奥多摩行きです。This is the Oume line──』

 

 外国人向けの英語の車内アナウンスを聞きつつ、電車に揺られる。だいたい40分ほどで奥多摩駅だ。

 

 さきほどまでとは打って変わって、窓越しには木々の青々と輝く葉が広がる景観へと移り始めた。あっという間に市街地を抜けだし、今はもう豊かな大自然の中を走行している。

 

 ──山のほうに来ましたね。

 

 奥多摩付近の天気予報は晴れとなっていて、現時点では予報通り。ただいきなり急変するかもしれないのが天気であり、あとはアーニャの運に任せるしかない。天候祈願のお守りはあるのだろうか、今度探してみよう。

 

 電車は終点の奥多摩に向けて進む。途中の駅で乗り降りはあるものの人数は少ない。

 

『次は終点、奥多摩、奥多摩。お出口は──』

 

 まもなくの到着を知らせるアナウンスがあり、アーニャも含めた乗客たちは騒がしくなる。忘れ物がないか確認したり、寝てる子供を起こしたり、網棚から荷物をおろしたり。 

 

 奥多摩駅のホームへ到着し、誰かがドアの開閉ボタンを押したことで人の波は車外へ出ていく。

 

「ん~……。すー、はー。空気が澄んでます。とても気持ちいいです」

 

 アーニャは駅のホームで座りっぱなしだった体をぐぐっと伸ばしつつ深呼吸をする。東京都心とは違って空気が澄んでいる、ように感じる。ほぐれる体にこの透き通った空気はよく馴染む。

 

 ホームの階段を降りて1階フロア、改札を抜ける。奥多摩駅を出て道路の向かい側にあるバス停へ。奥多摩湖行きの観光客に混じり、バスを待つ。

 

 数分後、アーニャは奥多摩湖行きのバスへ乗り込んだ。

 

 

 

 

 奥多摩湖のバス停で降車し徒歩で移動すること約30分、ようやく目的地のキャンプ場へ到着した。時刻は15時をまわったところだ。

 

 窓口で手続きを済ませ、指定されたテントサイトへ行き、荷物を下ろす。肩が羽根でも生えたかのように軽くなった。

 

「ふぅ。とりあえず、テント張りましょう」

 

 ここらで一息つきたいところたが、テントを先に張ってしまえば後々楽になる。

 

 インナーテントを張り、ペグダウンをし、フライシートを被せて完成となる。あとは荷物をテント内に入れて……。

 

「あれ、これどうなってんだ?」

 

 アーニャに割り振られたテントサイトのすぐ隣でテントを張っている2人の女の子たちが、何やら首を傾げながらテントとにらめっこをしていた。

 

「これじゃない?」

「そうなのか?」

「……さあ? うーん、プロデューサーが戻って来るまで待ったほうがいいかな……」

 

 会話や動作を見るに、どうやらインナーテントの設営で苦労しているようだ。困っていそうだと思ったアーニャは声をかける。

 

「あー、何か、お困りですか?」

「えっ? あ……、その、ちょっとテントの設営方法がわからなくて。ポールまではしたんだけど……」

 

 もふもふの髪を2つ結びにした女の子が困り顔で答える。

 

 メインポールはつなげてあるので、あとはコーナーポケットにポールを入れてクロスさせ、対角線上のエンドピンに差し込めばいい。

 

「あー、だいたい、わかりました。私も、お手伝いします」

「ほんとか! ありがとう!」

 

 2つ結びの子がにっこり笑う。

 

 アーニャはその子と長い黒髪の子に教えながら、一緒に設営していく。

 

 ひとまずインナーテントは設営し、次はペグダウンだ。

 

「そうです。ペグは、テントとは反対向きに60°から90°くらい傾けて、打ちます」

「こんな感じ?」

「ダー、はい。いい感じです」

 

 6本のペグも打ち終えて、フライシートも固定し、こちらのテントも設営完了だ。

 

「いやー、助かったよ。なんせテントは初めてだっからなぁ」

「私も、初めてテントを建てたとき、よくわからなかったから、大丈夫です!」

 

 アーニャが初めてテント設営をした時、ポールを地面に直接思いっきり刺していたことを思い出す。エンドピンなんて知らなかったから。てっきり地面に刺すものかと。

 

「ありがとう、手伝ってくれて。これ、良かったら飲んで」

 

 黒髪の子がペットボトルのスポーツ飲料を手渡してくる。

 

「スパシーバ……ありがとうございます……、えっと」

「あ、名前教えてなかったよね。私は渋谷凛だよ、そしてこっちが神谷奈緒」

「隣同士、よろしくな」

「リンにナオ、ですね。私はアナスタシア、みんなからはアーニャって呼ばれます。よろしくお願いします」

 

 凛や奈緒とはなんだか仲良くなれそうな気がアーニャにはしていた。

 

 

 

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