プロデューサーはじめました。   作:テラリウムA

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25話 星の降る夜に(3)

 

 

 木々の葉が風を受け止めてさわさわと擦れる音を聞きながら、アーニャは散歩道を歩いていた。木々が鳴らす風の音はなんとも心地よくリラックスしたいときには最適だろう。都会の喧騒を離れ、一時のやすらぎを求めるのも頷ける。

 

「ん~♪」

 

 時々、上を見上げ木と木の隙間から空が視認できるか確認する。これは散歩でもあり、星空の写真を撮影するスポットに目星をつけるためでもある。

 

 キャンプ場の周辺を探り、撮影に適した場所を決めておくことは大切だ。駐車場なんかも撮影スポットとして使える場合もあるからそれとなくチェックしておく。

 

 散歩道に沿ってゆったりと歩いていると、やがて奥多摩湖のほとりへ出る。

 

 人造湖とはいえ、生命力のあふれる山を背景にした景観は壮大といえる。どう表現すればよいか。頭の中の辞書をめくれば、大自然の力強さや包容力、という言葉が浮かんだ。

 

「ここも候補にしておきましょう」

 

 ポケットからペンを取り、窓口で貰ったパンフレットの自分かいる場所にまた1つ丸を付けて候補に加える。アーニャの足で行ける距離としてはこの辺りまでだろう。テントサイトから離れすぎてもよくない。

 

「そろそろ戻りましょう」

 

 アーニャは今来た道を引き返した。

 

 

 

 

 テントに戻ると、隣の凛と奈緒のもとへ男性も1人合流していた。親しくしているから彼女たちの保護者かそれに近いポジションだろう。

 

「お、戻ってきた。この子がさ、あたしたちのテント設営手伝ってくれたんだ」

 

 戻ってきたことを確認した奈緒がそう説明すると彼が顔をアーニャへ向ける。目と目が合い、視線が絡む。

 

「さきほどはうちの子たちがお世話になったようで、ありがとうございます」

 

 彼が頭を下げる。

 

「あー、いえ、私は手を貸しただけです。リンとナオががんばって、設営しました」

「そうでしたか。隣同士ですが、少しの間よろしくお願いします」

「こちらこそ、です」

 

 彼は柔らかな表情で話しかけてくるので、アーニャも対応する。

 

「アーニャもお菓子食べるか?」

 

 彼の背中からひょっこり顔を覗かせた奈緒の手にはスティック状のチョコレート菓子の箱が握られている。

 

「じゃあ、いただきます」

 

 1本つまんで口に運ぶ。最後までチョコたっぷりだとCMを流しているだけあって、食べ終わるまでずっとおいしかった。

 

「ん、おいひいです!」

「そんな驚くほどか?」

「ダー、はい」

 

 アーニャはごくんと飲み込んでから返答する。

 

「こういうお菓子、あまり食べません。ひさしぶりです」

 

 意外にも、おやつとして出てくるのはこういったチョコ菓子よりも煎餅のほうが多かったりする。

 

「へー、あ、まだあるけど食べる?」

「奈緒、もうすぐ夕食だからな。食べ過ぎるんじゃないぞ」

 

 彼はそのように奈緒へ注意をしつつ、さりげなくスティックを1本抜き取った。

 

「いやそんな子供じゃないんだから……ってちゃっかり食ってんじゃん!」

「てへ」

 

 どうやら彼は愉快な人物のようである。奈緒も口調は少し怒っているように聞き取れるが、表情からはそれは読み取れない。

 

「ほらほら、奈緒もプロデューサーも遊んでないで夕食作るよ。アーニャも一緒に食べない? 迷惑でなければ、なんだけど」

「いいんですか?」

「もちろん。材料も1人分余ってるし。いいよね、2人とも」

 

 奈緒も彼も迷う素振りなく頷く。

 

「なら、お邪魔します。誘ってくれてありがとう、リン」

 

 アーニャは屈託のない笑みをこぼす。1人の静かな時間もいいけれども、やっぱり誰かといるほうが楽しいのだと改めて感じた。

 

 

 

 

 夕食はカレーになった。じゃがいも、にんじん、玉ねぎ、豚肉が具材の王道カレーである。

 

「いただきます」

 

 スプーンで一口分をすくう。

 

 炊きたてのごはんとカレールーの組み合わせは最高といってもいい。そのにおいだけで食欲が増していくし、口に運べば舌鼓を打たざるを得ない。

 

 ──ん~~……! やっぱりカレーはこれに限りますね! 私の持ってきたじゃがいももホクホクです!

 

 アーニャはもともと豚汁にパックご飯を入れて雑炊風にするつもりで材料を下ごしらえをしてきていたし、奈緒たちもカレーにしようと決めて材料を持ってきていたらしい。

 

 バターチキンカレーもキーマカレーもグリーンカレーもおいしいが、やはり王道には敵わないだろう。アーニャにとっても好物の1つだ。

 

「火もしっかり通ってるし、いい出来映えだ。味も濃すぎず薄すぎず。牛乳のおかげでまろやかさもある」

 

 彼はグルメレポーターのようにカレーを吟味している。

 

「キャンプで食うカレーってなんでうまいんだろうな」

「そうだね。私もいつもよりおいしく感じる。楽しいからかな」

「そうかもな。あ、写真撮って加蓮に送ろうぜ。今頃ため息ついてるぞ、きっと。プロデューサーよろしく」

 

 カレーの皿を一旦置き、スマホを受け取った彼が凛と奈緒をぱしゃりと撮る。いい笑顔だったと思う。

 

「……? カレン?」

「そっか、アーニャは知らないもんな。実はもう1人来る予定だったんだ」

 

 今日本当はこのキャンプに参加するはずだったのが加蓮という女の子で、風邪を引いてしまって参加見送りになったらしい。材料が1人分余っていたのは彼女の分だった。話を聞く限り、入院したり手術を必要とする状態ではないようだ。

 

 まだ顔の知らない加蓮と入院中のグランマとが重なる。苦しんでいるであろう2人が健康になってほしいとアーニャは願う。

 

「どうかしたアーニャ?」

「ニェート、なんでもないです」

「そっか。まあ加蓮もただの風邪だからそのうち治るよ。お、もう食べたのか。おかわりもあるぞ」

 

 ほぼ空になったアーニャのカレー皿を見て奈緒は言う。いい食べっぷりに少し嬉しそうだ。

 

「では半分、ください」

「あいよ」

 

 奈緒はしゃもじに手を伸ばし、白米とルーをさきほどの半分ほどを盛り付ける。福神漬けもちょいと乗せてアーニャへと手渡す。

 

「スパシーバ……ありがとうございます、ナオ」

「気にすんなって。いっぱい食え食え」

「ふふ、ナオ、なんだか私のママみたいです」

 

 彼女の口ぶりが少しママに似ていて、アーニャはくすくす笑う。

 

「えぇ!? そ、そうかぁ?」

「ダー、ママもときどき『食べ盛りなんだからたくさん食べなさいね』と言います」

 

 アーニャのママはそう言ってたくさん作るが、大抵の場合はパパの胃に入っていくことになる。少食ではないが、かといって大食漢でもないアーニャにはやはり量が多い。

 

 そういえば、ママの機嫌がいいときは量が多くなる傾向がある。もしかしたら単に作りすぎているのを誤魔化しているだけかもしれない。

 

「奈緒は世話焼きなところあるから。……私も奈緒ママって呼んだほうがいい?」

「やめい!」

「奈緒ママおかわり」

「プロデューサーまで悪ノリすんな!」

 

 奈緒はにやけ顔の2人にぷりぷりと怒りながら抗議している。その姿はなんだか可愛らしい。からかってしまうのもわかる気がする。やってみようかな?

 

「あー、2人とも、その辺にしておきましょう。本気で怒ってしまいます……奈緒ママが」

「アーニャまで!? あ、あたしはママじゃないんだからなぁっ!」

 

 その後、3人で奈緒を宥めつつ、わきあいあいとした楽しい夕食になった。

 

 

 

 

 日も暮れて辺りが暗くなってくると、空気も冷たくなってくる。夕食でも使用したカセットコンロにやかんを掛け、お湯を沸かす。彼は米を炊いた鍋とカレーを煮込んだ鍋を近くの炊事場へ洗いに行っている。

 

 細い湯気が注ぎ口から上がったので、インスタントコーヒーの粉末が入っているカップへお湯を注ぐ。少し苦味のあるこの香りをアーニャはそんなに嫌いだと思ったことはない。

 

「アーニャはミルクと砂糖いる?」

「私は、大丈夫です。コーヒーはブラック派なので」

「マジか」

 

 アーニャに驚きつつ、凛はミルクを、奈緒はシロップとシュガーをそれぞれのコーヒーに投入している。

 

 3人でコーヒーを啜り、ほっと一息をついた。

 

「はー、食後のコーヒーってなんかいいよな。ちょっと大人になったみたいでさ。ましてや夜空を見ながらなんて」

「優雅な一時だね」

 

 凛がまたコーヒーを啜る。

 

「なんか凛がコーヒー飲む姿って様になってるよな。違和感がないっていうか」

「ダー、はい。確かに、そうですね。リンは雰囲気が大人びているから、でしょうか」

「そ、そう? 私は普通に飲んでるだけだよ。それに雰囲気ならアーニャのほうが格好よくない?」

「私、ですか?」

 

 思わず話題を向けられてアーニャはきょとんとする。

 

「確かになー、クールな感じだし」

「クール……私、冷たく見えますか?」

「あ、違う違う! そうじゃなくて、こう、カッコいいとか似合うみたいな意味でさ!」

 

 誤解させたと思った奈緒が慌てて解説をいれてくる。

 

「カッコいいは、なんとなくわかりますが、似合う?もクールになる?」

「まあ感覚的には」

「なるほど。日本語は、奥が深いですね」

 

 日本語を覚えるのは難しかったとパパは言っていた。ひらがな、片仮名、漢字にオノマトペ。ママですらわからなくなるときがあるのだから、新しく習うのは大変なのは簡単に想像できる。アーニャもそうだった。

 

「アーニャはさ、ハーフ?」

「ダー、はい。パパがロシアで、ママが日本です。10歳のときにロシアから東京に来ました」

「そっか。日本語難しいだろ? あたしも国語間違えるときあるもん。謙譲語あたりは苦手」

「ママもときどきわからなくなるって言ってました。でも、たくさん表現があるのは楽しいです」

「アーニャはいい子だねぇ。凛やプロデューサーに爪の垢でも飲ませてやりたいよ」

 

 奈緒はアーニャにもたれ掛かるように抱きついて、頭を撫でてくる。

 

「ふふ、くすぐったいですナオ」

「おっとっと、悪い悪い」

 

 奈緒はすっと離れる。

 

「そういえば、ナオもリンも彼をプロデューサーって呼びますね?」

 

 ふと頭を過った疑問をアーニャは口に出す。

 

「あ、うん。実はあたしと凛はアイドルやってるんだ」

「アイドル?」

 

 ──アイドルというのは、あのテレビや雑誌で見るようなあのアイドルのこと?

 

「346プロダクションってとこでさ、加蓮もあたしたちの仲間なんだよ。ま、この中だと凛以外まだデビューできてないけど。で、さっきの人が名前は天津っていってプロデューサーやってる」

「だからみんな仲良しなんですね。アイドルは、楽しいですか?」

「まーな、といってもあたしより凛のほうが先にデビューしてるから詳しいぞ。そこんところどうなんだ、凛?」

 

 凛にアーニャと奈緒の視線が集まる。

 

「えっと」

 

 しどろもどろになりながら、

 

「アイドルとしての活動は楽しいよ。はじめに思っていたよりもずっとね。まあレッスンが大変なときもあるけど、私が楽しんでるって気持ちがファンにも伝わると、それでファンもまた笑顔になるんだ。まるで新しい世界にでも来たみたいに見たことのない光景が広がってた。だから、私はアイドルになって良かったと思っているよ。この光景は前までの私では見られなかったと思うから」

 

 見たことのないような新しい世界があるなんて。アーニャはそれと比べて今の自分の世界はなんだか狭く感じられた。

 

「どう? 私の正直な気持ちなんだけど」

「ちょっとからかってやろうと思っていたあたしが恥ずかしい」

「ひどいよ奈緒、私は真面目だったのに……。ちゃんとママの自覚持ってよ……! よよよ」

「ごめ……いやだからママじゃねえって! この前お邪魔したとき凛のお母さんピンピンしてたわ! あと、よよよは口で言うやつじゃないから!」

「ごめんごめん、奈緒は反応がいいから」

「ったく。ま、凛の素直な気持ちが聞けたから許してやるよ」

「ありがとう……て、あれ? 流れ的には私が許すほうなんじゃ?」

 

 奈緒は『のワの(こんな顔)』で目線を明後日の方向へ飛ばしている。これははぐらかすときの表情なんだろう。

 

「興味があるなら、プロデューサーに聞いてみたらいいよ。喜んで話してくれるから」

「あー、はい。時間を見つけて、聞きたいと思います」

 

 アーニャはそう答えた。

 

 

 

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