プロデューサーはじめました。   作:テラリウムA

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27話 星の降る夜に(5)

 

 

 見慣れた街並みを車の窓越しに見て、アーニャは帰ってきたのだと実感する。

 

 よく買い物に行くスーパーマーケット、通り道にあるコンビニ、子供たちが遊ぶ声がする公園、人の出入りが絶えない最寄り駅などなど。昨日ぶりなだけなのに、まるで何年かぶりのような感覚に襲われる。

 

『ここを右です。200メートル先を──』

 

 カーナビの自動音声に従い、右ウィンカーを出して車は右折する。

 

 アーニャと彼以外、乗車している人はいない。

 

 千葉に住むという奈緒を総武線の乗り入れる駅で降ろし、凛はそのあとに花屋を営む住まいへと送った。

 

『目的地周辺に到着しました。ナビを終了します』

 

 機械的に告げられ、車はハザードランプを点滅させてアーニャの住むマンションの出入り口前に停車する。

 

「到着しました」

「はい。ありがとうございます」

 

 アーニャはお土産の入ったビニール袋を手に下げて、降車する。彼も降りた。

 

「手伝いましょうか?」

「ニェート、大丈夫です。エレベーターがあるので、平気です」

「そうですか。すいません、凛たちのお土産選びに付き合わせてしまって」

 

 彼の車に相乗りさせてもらってキャンプ場を出たあと、奥多摩湖沿線のお土産屋で家族や参加するはずだった加蓮へのお土産を購入していた。アーニャも北海道のグランマたちへ送る分を買い、結果として荷物が増えた。

 

「私も買ったので、気にしないでください」

「そう言ってもらえると助かります。お祖母さんもきっと喜びますよ。流星群も綺麗に撮影できているはずですから」

「そうだと嬉しいです」

 

 あとでお土産と撮影した画像を確認してグランマへと送ろうと思っていると、彼がすっと名刺を差し出した。

 

「……?」

「私の名刺です。プロデューサーの性のようなものでして、いつも持ち歩いているんです。一期一会と言いますからね」

 

 アーニャは名刺を受け取り、それに印刷された文字を目で追う。

 

 ──346プロダクション、アイドル部門プロデューサー、天津。

 

 あとは会社の総合受付への電話番号や部門直通の番号や携帯のも載せられている。

 

「もしアーニャさんがアイドルという新しい世界に興味があるというのなら連絡してください。我が346プロはいつでも歓迎します」

「新しい世界、ですか……。あー、ここで返事はできないので、とりあえず考えてみます」

 

 名刺を受け取り、アーニャは胸ポケットへしまう。

 

「では、私はこれで。凛と奈緒が大変お世話になりました。改めて、ありがとうございました」

「こちらこそ。私も、とても楽しく過ごせました。スパシーバ、ありがとうございます」

 

 荷物をすべて持ち、エレベーターに乗るときには彼と車はすでに出発したあとだった。

 

 ──アイドル……リンもナオも楽しそうに話していましたね。あとで、調べてみましょう。

 

 こうしてアーニャのキャンプ兼天体撮影は、何事もなく予定していた日程を終了したのだった。

 

 

* 【6】 *

 

 

 スマホが軽やかな着信音を鳴らしたので、アーニャはそれを手に取り応答をタップした。ビデオ通話が開始される。

 

「あー、ママ?」

『アーニャ、今は大丈夫?』

「ダー」

『そう。じゃあ、おばあちゃんに代わるわね』

 

 画面が揺れて、ママの顔からグランマへと切り替わる。

 

『アーニャかい。写真見たよ。よく撮れてるねぇ』

「スパシーバ! グランマに、教えてもらったやり方で撮りました。今年のペルセウス座流星群は、とても綺麗でした。ぜひ見てもらいたくて」

『いやはや、さすがは私の孫だ。来年こそは一緒に行こう。奥多摩でもいいし、別の所でもいいよ。あぁ、お土産もありがとうね。鳥の置き時計、中々気にいってるよ』

「グランマに喜んでもらえて、私も嬉しいです」

『ほっほっほ、私もこうしちゃいられない。リハビリなんてすぐに終わらせて元気になるから、そうしたらまた会いにいくね』

 

 グランマが顔をほころばせる。

 

『ああ、そうだ。ママから聞いたよ。アイドルにスカウトされたんだって?』

「ダー、はい。そんな感じです。私の知らない新しい世界が拡がってると、リンとナオが言っていました」

『キャンプ場で隣同士になったっていうこの写真の女の子たちのことかい?』

「そうです」

『興味はある?』

「あー、ちょっとは、あります。……でも、グランマが入院してるときに、私だけ、やりたいことをやるのも……」

『アーニャは優しいね』

 

 グランマは視線を数秒の間カメラから外した。戻ってきた視線には背中を押すような力強さがあった。

 

『いいかいアーニャ、やりたいことがあったらやっていいんだ。若いうちにしか経験できないこともあるだろうし、時間は有限だ。何より私もこうしてピンピンしてる』

 

 もう心配いらないと示すようにグランマは腕に力こぶを作るポーズを取る。

 

『だから、興味があるならその世界に飛び込んでおいき。そして、私やアーニャのパパやママに輝いている姿を見せておくれ。ずっと見守っているから!』

「グランマ……! スパシーバ! 私、勇気でました」

『それでいい。アーニャの人生はまだまだこれからなんだから。それじゃ、体に気を付けるんだよ』

 

 再び画面が揺れて、ママの顔へと戻る。

 

「アーニャ」

『ママ、私、アイドルやってみたいです!』

「わかったわ。ママも応援するから、とことんやってみなさい。もちろんパパもよ、ね?」

 

 呼び掛けられたパパがひょっこり顔を出す。

 

「パパたちはいつでもアーニャの味方だからな。それを覚えておいてほしい。がんばりなさい」

『パパ、ママ、グランマも、大好きです♪』

 

 画面の向こうのみんなが微笑んだ。

 

 

* 【7】 *

 

 

 カフェ“リコリス”のテラス席。

 

「へぇ~、キャンプのときに凛ちゃんたちに会ったんだ。テントが隣同士なんて、なんか運命みたいだね」

 

 かな子が最後の一口を飲み込んでから言う。

 

「運命……。そうかも、しれませんね。アイドル始めたばかりだけど、楽しいです♪ それに新しい発見も、たくさんあります」

「ふふ、アーニャちゃんはいつも楽しそうだね」

「カナコもです、よ。幸せそうな笑顔、私は好きです」

「ありがとう、アーニャちゃん」

 

 幸せそうなかな子とは違い、智絵里はどこか表情に影があった。

 

「……? チエリ、どうかしましたか?」

「あ、えっと……その、私はまだ不安が大きくて、2人みたいに楽しめてなくて」

「不安、ですか」

「う、うん。まさかオーディション合格するとは思っていなくて、これから大丈夫かなっていつも考えちゃって。今日のレッスンも同じステップを間違えちゃったし……はうぅ……」

 

 アーニャとかな子は眼を合わせる。智絵里はうつむいたままだ。

 

「チエリが不安に思うのは当たり前のことです。私たちは新しい世界にいます。多くの発見があって、楽しさがあって、その分不安も多い。それに、苛まれることもあるでしょう。でも、不安なことを否定しないで、受け入れて、向き合っていきましょう。なくなりはしないけど、だんだん小さくなっていきますから」

 

 智絵里はこくんとうなずく。

 

「私も今日ステップ間違えたところあります。でも、昨日できなかったところができるようになったところもあります。チエリもステップ、軽やかになってきたと思いますよ?」

「そ、そうなんですか? 自分じゃ実感が涌かなくて」

「ダー。智絵里ががんばり屋さんなのはみんな知ってますから、気付いていると思いますよ」

「そうなんだ。その、ありがとうアーニャちゃん、励ましてくれて。私、アイドルになれてよかったって思いたいから、不安な自分と向き合ってみますね」

「その意気です」

 

 智絵里の目に少し光が戻ってきた。

 

「智絵里ちゃん! またお菓子作ってくるから、そのときは一緒に食べよう! お菓子を食べれば幸せな気分になるから、ね!」

「カナコ、またセイに叱られますよ。体重管理もアイドルに大切、です」

「うぐっ……、いや、あのそのそれはぁ……」

「かな子ちゃん、私も不安を受け入れて向き合っていくから、その、一緒にがんばろうね! 体重管理も手伝いますから……!」

「た、体重の話はもういいんじゃないかなぁ……」

 

 かな子はあはははーと苦笑いをしながら、ココアの入ったカップへ手を伸ばす。

 

「ん~、おいしい~」

 

 さきほどまでとは打って変わり、満面の笑みでココアを吸う。カップの7割ほど残っていたのがやがて半分になり、3割を切り、あっという間に空になる。さながらポンプのような勢いだった。

 

「かな子ちゃん、もうちょっとゆっくり飲んだほうが……あっ……」

 

 智絵里は、いつの間にかかな子の後ろに仁王立ちする彼女に気付いて言葉をしゅんとしぼませた。アーニャもまた彼女の肩越しに視線を向けて状況を理解した。

 

「……? どうしたの?」

 

 かな子の肩にぽんと手が置かれると、びくんと体を震わせた。それは神の手か、それとも悪魔のか。

 

「ずいぶんおいしそうなものを飲んでるな、かな子」

 

 背後からかけられたよく聞き馴染みのある声にかな子もまた一瞬でどう言うことかを理解し冷や汗を垂らす。

 

「……き、期間限定の生クリームたっぷりホイップココア、グランデサイズです……。せ、聖さんも飲みますか?」

 

 ダンスレッスンのトレーナーを務める聖はかぶりを振る。

 

「あいにく、甘さ控えめのほうが好きなんだ」

 

 ちなみにそのココアのグランデサイズのカロリーはかなり高めである。比喩じゃなくクリームたっぷりだから仕方がない。

 

「そ、そうなんですね~……あはは……は……」

「時にかな子、私はさきほどのレッスンでお菓子や甘いものはほどほどにしておくようにと言ったような気がするな?」

「そ、そうでしたね……」

 

 蛇に睨まれた蛙のごとく、かな子は弱々しく返事をした。

 

「連日におけるお菓子の差し入れ、余った分はどうしてる?」

「……私が食べてます。もったいなくて、つい」

「帰りに買い食いなんてしてないだろうな?」

「し、してません!」

「ほぉ、最後にしたのはいつだ?」

「…………………………昨日です。駅前のクレープ屋で」

「そうか」

 

 聖はかな子の肩に置いていた手を下げる。

 

「うむ、正直でよろしい。そこまで自分で把握できているのなら、ガミガミ言う必要はないな」

 

 聖が快活にそう言うので、かな子はがばっと振り返る。

 

「聖さん……!」

 

 まるで天使でも見るかのようだ。もしかしたら、今だけは、本当にそう見えているのかもしれない。

 

「しかしまあ、やはり食いすぎだな。ボーカルレッスンのあと、もう1レッスン追加だ。プロデューサー殿には私から伝えておく」

「……!?!? ……そんなぁ……」

 

 がっくりと肩を落とすかな子。その表情が百面相のようにコロコロ変わるのがアーニャには可愛く見えた。

 

「セイ、私も参加して、いいですか?」

 

 アーニャは手を挙げた。

 

「アーニャもか? 別に構わないが」

「スパシーバ、セイ。まだステップ、完璧じゃないので、練習したいです」

「あ、あの……! 私も! 参加します」

 

 右肩下がりの声量で智絵里も参加表明をする。

 

「智絵里もステップに不安があるのか?」

「はい」

「む、そうか。なら3人でやるか」

「智絵里ちゃん、アーニャちゃん、ありがとう~」

「カナコもチエリも、がんばりましょう!」

 

 アーニャの号令に2人は「おー!」と返したのだった。

 

 

 

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