プロデューサーはじめました。   作:テラリウムA

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28話 お菓子の城と飴細工の靴(1)

* 【1】 *

 

 

 それはあまりに突然の出来事だった。

 

 ──あれ? ここって。

 

 三村かな子は、気付けば自分の部屋でぽつんと立っていた。服装は高校の制服であるものの、直前まで自分が何をしていたかは記憶にない。時計はそもそも動いていないようで時刻は不明だ。全体的にピンクの色調で整えられた室内に特に変わった点はない。

 

 ──ん? 机の上に何か……。

 

 自室の勉強机の上にさりげなくあった1通の封筒を手に取る。白い素体に蔦のような文様が惜しげもなくこれでもかというほどに使われているが、それでいてバラバラ感を感じさせない絶妙な構図になっている。

 

 宛名は『三村かな子様』とだけ印字されている。彼女の自宅の住所も、切手や料金後納の印も、送り主に関する情報も何一つ記載されていない。

 

 果たして開けてしまってもいいのだろうか。せめて送り主だけでも分かれば、スマホで調べるなりして、どこの誰が送ってきたのか、さらには開封してしまっても大丈夫かどうかを判断できるのに。

 

「ふぅ……ひとまず開けてみようかな」

 

 ハサミで封を切り開く。飾り紙はなく、2つに折り畳まれた文書があるのみだ。

 

「そぉーっと」

 

 おそるおそるそれをゆっくりと引き抜く。ひとまず広げてみると、その文書の内容はかな子をお菓子の国へ招待するという前代未聞のものだった。 

 

 頭にはてなマークを浮かべながらも、かな子は文章を眼で追う。

 

 三村かな子様

 

 突然のご連絡失礼します。

 この度、あなたをお菓子の城へ招待することとなりました。

 つきましては、本日お迎えにあがります。

 

 ますます意味の分からない文章にかな子ははてなマークをさらに増やす。ちょっと何を言ってるのか分からない、というのはまさにこのタイミングで使うべきだろう。

 

 ──というか、お菓子の城って?

 

 頭の中がこんがらがっていくのを自覚しつつ、さてどうしようと考える。

 

 この招待状らしきものは本物なのか、仮にそうだとしてどのように迎えにくるのか、あと時間は?

 

 ドラマやアニメの登場人物のように頭がきれるのなら、推論を導き出せていたかもしれないが、かな子の学校の成績は至って普通だ。可もなく不可もない。

 

 そのとき、自室のカーテンがゆらりと揺れた。

 

「あれ、窓開いてる?」

 

 窓は閉めていたような、いやそもそもここは自分の家なのかどうかも不明だし、と考えつつかな子は何気なくカーテンに指をかけて開けた。

 

「えぇっ!?」

 

 開いていた窓の外に広がっているのは見慣れた隣近所の住宅や道路ではなく、果てのない謎の草原だった。

 

「ど、どうなってるのこれ!?」

 

 かな子は現実にはありえない光景に目をぱちくりさせる。理解が追い付かず、ただ唖然とするほかない。

 

 ──えっ、あ、……もしかして私、死んだりした、のかな?

 

 死んだ?原因にはさっぱり覚えがないが、突然の心不全とか交通事故とか転んだなんてこともありうる。まだ若いからといって、ないとは言い切れない……かもしれない。

 

「うーん………………」

 

 風が吹き、それと一緒にほんのりと甘い匂いがふわりと自室に流れこんでくる。それがかな子を落ち着かせ冷静にさせた。

 

「この匂い、バニラエッセンス?」

 

 お菓子作りでよく使用するバニラエッセンスがそよ風とともに漂ってくることに気づいたかな子は階段を急ぎ足で降りて玄関へ向かう。ローファーを履き、ドアを開ける。

 

「……! わっ、これって!!」

 

 記憶が正しければ、そこに広がっているはずなのはビルや電柱の乱立するコンクリートジャングルなのだが、今は違う。電線の1本も、街行く人も、車もない。

 

 そこには窓の外に見えたような草原と突き抜けるように敷設されたレンガ彫の一本道だった。道の先には大きなお城がそびえ立つ。

 

 そよ風が吹く度にバニラエッセンスの香りがかな子を包み込む。足元に咲く花を見つけてしゃがんで観察する。

 

「これ、クッキーかな」

 

 花弁だと思っていた部分は材質や色がクッキーとよく似ている。一輪摘んでみるとますますクッキーのようで、触った感触はほぼ間違いだろう。あとは味だ。

 

「………………えいっ!」

 

 かな子は思いきってそれを口に入れる。苦かったり不味かったらすぐに吐き出そうと考えていたが、心配は杞憂に終わる。

 

「お、おいしい!」

 

 思わず声が出てしまうほどにこのクッキー花はおいしい。味はバタークッキーで、くどくない甘さが何枚でもいけてしまうのではないかと錯覚させる。

 

「この花はクッキーでできてるんだ! あ、色が違うのもある。もしかして味も違うのかな?」

 

 かな子は別のクッキー花に手を伸ばす。さきほどのベージュではなくうっすらと茶色い。一応、裏表を確認してから口へ迷いなく放り込む。

 

「こっちはチョコチップかぁ」

 

 咀嚼して飲み込み、辺りを見渡す。所々にこのクッキー花が咲いていて、それぞれの色が異なるため味にも違いがあるようだ。

 

「……って、あれ!? 家がない!?」

 

 驚愕の声をかな子があげる。

 

 さきほどまで存在していた自宅が綺麗さっぱりなくなっていたのだから。移動したり隠れている痕跡はない。物が壊れる音もない。

 

 そもそも土台自体がなく、代わりにクッキー花やこれもお菓子かもしれない雑草がびっしりと生えている。元から家なんてなかったと言われても信じてしまいそうなくらい周囲との違和感がない。

 

 途方にくれるかな子は背後に何かの気配を感じて振り返る。

 

「……?」

 

 シルクハットを被り、片足だけのブーツを履いている杖のような物が直立していた。無機質な人工物なのに目が合った気がしてならない。かな子が対応に困っていると、杖は会釈をした。

 

『三村かな子様、お待ちしておりました』

 

 そして、しゃべった。

 

「え、えっと……? あなたは?」

 

 杖に対して“あなた”と呼ぶのはいささか違和感があるし、正しいのかも不明だった。しかし考えている余裕はなく、結論もすぐには出ない。

 

『この度は、ようこそおいでくださいました。城へとご案内いたします』

 

 杖は両足飛びのようにぴょんぴょんと移動し、かな子の横を通りすぎる。動きを視線で追いかけていると、一本道をある程度進んだところで止まった。杖はぴたりとも動かなくない。

 

 ──動かなくなっちゃった……?

 

 ただそよ風が吹くだけの時間が過ぎていく。

 

 埒が明かないので、かな子はひとまず付いていくことにして歩き出す。

 

 杖との距離が縮まったとき、再びそれは動き出し、またある程度進んだところで止まる。それを何度も繰り返す。どうやら道案内をしているのは本当のようだ。

 

 途中、川が流れていて、橋を越えると門があった。お城はまだ先にあるため、関所のようなものだろうか。

 

『通行手形を』

「通行手形?」

『はい。それがなければこの先には進めません。お探しください』

 

 ポケットを探ると丸い缶バッジがあった。上半分のお城がデフォルメされた形で刻印されている。下半分はぽっかりとスペースが空いている。

 

「あの、これですか?」

『はい』

 

 重低音を響かせながら門扉が開く。お城までもう少しだ。

 

 杖が門をくぐって先に行く。かな子もあとを追う。

 

 お城までは緩やかな坂道になっていて、登っていく間もお菓子の草原は続いている。門を越えたあとも建物らしき物はお城以外にない。まったくもって不思議な空間である。

 

「ふぅー、ようやく、お城についた」

 

 坂道を登り続けてようやく城門に辿り着いた。

 

「ほんとにお菓子でできてる」

 

 お城のシルエットはよくある西洋式だが、外壁はビスケット、屋根はチョコレート、窓はおさらく飴細工、ところどころにクッキーの彫刻やキャンディで飾り付けられている。

 

 かな子の通ってきた道は、別の門から続く道と城門前で合流している。固く閉ざされたそれの前には人だかりが出来ている。

 

 ──もしかしたらお菓子で出来てたりするのかな?

 

 そんな好奇心にも似た考えはすぐに否定された。どこからどうみても、かな子と同じ人間だった。彼女たちも杖に導かれてここまで来たようで、瓜二つの杖たちがたくさんいた。

 

 見ず知らずの1人が集団を抜けて城門の前へ。そして何かを掲げた。

 

「あれは」

 

 見覚えのあるそれはかな子が門を通るときに使った通行手形の缶バッジだ。よく観察すればこの場にいる全員が──かな子も含めて──持っている。

 

 ざわつきが一瞬で静まりかえり、事の推移を見守る。緊張感が否応なしに伝わってきて、誰かが固唾を飲んだ。

 

 しんと静まりかえったまま、何も起こらない。

 

 やがてその人は肩を落としてとぼとぼと来た道を引き返して行った。

 

 その後、何人も挑戦するのだが、門扉はびくともせずに閉ざされたままである。落胆した表情で、1人、また1人と去っていく。その場からは、かな子以外誰もいなくなってしまう。

 

『手形を』

 

 杖に促され、おそるおそる缶バッジを掲げてみる。

 

 変化はないように思えたが、缶バッジの下側にすうっと何かが浮かび上がってくる。

 

「……!」

 

 ぼやけていた文字がだんだんと濃くなっていき、輪郭もはっきりしていく。

 

『3』『4』『6』

 

 3つの数字が刻印され、読み取れると同時に扉が動いた。

 

『中へどうぞ』

 

 案内されながら玄関ホールへと足を踏み入れる。天井には大きなシャンデリアがあって、中央には階段がある。至るところにお菓子の装飾が施され、絢爛豪華な内装に感心しつつ、掃除が大変そうだとも思う。

 

『その手形を衣服に着けてください』

 

 かな子が指示通りに着けたのを確認して杖は階段を器用に昇っていく。

 

 追って階段を昇りきり、星が彫刻され素手で触って汚しでもしたら大目玉を喰らいそうなほどに高級感のある扉の前に杖とともに立つ。

 

 すると、いきなりかな子の服が光りだす。

 

「わわっ!」

 

 かな子は驚きを隠せないでいると、みるみるうちにドレスに変化していくのだ。

 

 薄いピンク色のXラインのドレスにティアラ、さきほど缶バッジを付けたところにはリボンがあしらわれている。靴もローファーからハイヒールへ。

 

『まもなく舞踏会がはじまります』

 

 初めてのドレスに興奮しつつ、くるっとまわりながらこの興奮を噛み締めていると杖が告げる。

 

「舞踏会?」

『はい』

 

 扉が開かれると同時にまぶしくて目をあけていられないほどの光が扉の向こうから発せられる。両腕でなんとか防ぐかな子とは違い杖は一切動じずに光へ飛び込む。

 

「ま、まぶしいっ、なにこれ……。……杖が!?」

 

 まぶしすぎて動けずにいると杖の輪郭がふやけて、いつの間に人の姿となる。顔や表情は逆行になっていて分からないが、背は高くスーツを着こなす男性だというのは読み取れる。

 

 彼はかな子へそっと手を差し出した。

 

 迷いもしたが思いきってその手を掴むと、ぐいっと光の中へ引っ張り込まれてしまう。何か言っているようだったが、上手く聞き取れなかった。 

 

 光が一段と強くなる。

 

『──────ようこそ、三村かな子さん』

 

 かな子が唯一聞き取れたのはそこだけで、さらに強まった光によって視界が真っ白になったのだった。

 

 

 

 

 かな子はカーテンの隙間から差し込む朝日のまぶしさで目を覚ます。ベッドから体を起こし、すでに記憶から消えかかっている夢をぼんやり思い出す。

 

「そうだ……お菓子の城」

 

 カーテンを開くと、そこにはいつもと変わらない日常の風景があった。クッキー花の広がる草原なんて微塵もない。

 

「………………夢かぁ」

 

 ほんのちょっとだけ期待していたが、そんな淡い期待は現実の前に露と消えた。

 

 ──夢ならもうちょっと堪能すればよかったなぁ。

 

 覚めてしまった夢を惜しみつつ、かな子は朝の支度をするためにベッドを降りた。

 

 

 

 

 8月、まだまだ暑い気温と夏空の入道雲が夏を否応なく突き付けてくる。

 

「おはようございます」

 

 かな子がアイドル部門プロジェクトルームのドアを開けると、プロデューサーが首だけで振り向く。

 

「おはよう、かな子」

 

 室内には彼以外おらず、普段なら高確率でいるちひろの姿も今は彼女のデスクにない。

 

 ソファに荷物を置いて額の汗をハンカチで拭う。今年に限ったことではないが、相変わらず夏場は蒸し風呂のようだ。かな子のようなふくよかなタイプには少々辛い季節である。

 

「まだ午前中なのに暑いですね。家から事務所に来るだけで汗かいちゃいました」

「これも地球温暖化かな。昔は最高気温が30度くらいだったらしいから」

「ここ数日は35度くらいが普通ですよね」

 

 連日の天気予報は快晴で、35度の気温が当たり前になりつつある。特に東京のような建物が多い都市は蒸し暑さと照り返しのコンボだ。目玉焼きが焼けてしまうんじゃないかとかな子は思う。

 

「寒暖差で体調を崩しやすいから、もし崩したらすぐに言ってくれ。スケジュール調整するから」

「はい。でも体調管理は万全ですっ。新人とはいえこれでもアイドルですから! あ、今日はビスケット焼いてきたんです。お一ついかがですか?」

「もらうよ」

 

 プロデューサーへビスケットの入った紙箱を差し出すと、彼は1枚つまんだ。

 

「ふむ、うまいな。くどくない甘さだ。市販品だと甘過ぎたりするからちょうどいい」

「えへへ、喜んでもらえて良かったです」

 

 そのとき、ドアががちゃりと音をたてた。

 

 ──ちひろさんかな?

 

 かな子が顔を向けると、

 

「おはようございまーす!」

 

 元気いっぱいな挨拶とともに赤城みりあの姿が見えた。

 

 かな子と同じくオーディション組で、346プロのアイドルたちの中では最年少の11歳、ぴょこぴょこ動く元気印のおてんばな子である。

 

「プロデューサーにかな子ちゃん、おはようございまーす!」

「おはよう、みりあは朝から元気だな」

「うん! 暑さなんてへっちゃらだよ! むしろ体力が有り余ってる感じ! えへへ」

「……そうか……これが若さか」

 

 屈託のない笑顔で答えるみりあと過ぎ去った若さを懐かしむプロデューサー。この暑さの中で、はしゃぎまわれる時代がかな子にもあったのだろうか。

 

「……? プロデューサー、なんだかおじさんみたいだよ?」

「ぐほぉあッ!?」

 

 悪意の欠片もない純粋な追撃がプロデューサーへクリティカルヒットしてしまう。みりあの純粋さが恐ろしい。

 

「……だ、大丈夫プロデューサー……?」

 

 ぷるぷる震えだした彼をみりあは心配そうに見つめる。

 

「……あ、ああ。私はまだ二十代だ、問題ない」

 

 二十代パワーでぎりぎりで耐えきったプロデューサーは、キリッと表情を作って答える。あとでもう1枚ビスケットあげよう。

 

「そうだ、みりあ。かな子がお菓子持ってきたから貰っておいで」

「え、そうなの! かな子ちゃーん!」

 

 ていよくみりあを差し向けられ、彼女は踵を返してかな子のもとへやってくる。そのアクティブさがちょっと羨ましい。

 

「かな子ちゃん、おはようございます! 今日はなんのお菓子なの?」

「おはよう。今日はね、ビスケットだよ。はい、どうぞ」

「おぉ、たくさんある! すごーい! いただきまーす!」

 

 目を輝かせてビスケットを食べるみりあの姿はなんだかリスに似ている。

 

「んー、おいしーい!」

 

 ──可愛いなぁ。小動物みたい。頭撫でたら怒られるかなぁ?

 

「じゃあ私も1枚。ん~、自分で言うのもあれだけどおいしい!」

「かな子ちゃんの笑顔も可愛いね!」

「え、あ、うん。ありがとう」

 

 みりあに誉められて、かな子は照れながらもお礼を言う。余計な雑念が混ざってないからこその破壊力というものがみりあにはあると思う。

 

「食べ過ぎるなよ、新人アイドルたち」

 

 ほぼ復活したプロデューサーがそうたしなめてくるので2人で「はーい」と返事をした。

 

 

 

 

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