プロデューサーはじめました。   作:テラリウムA

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29話 お菓子の城と飴細工の靴(2)

* 【2】 *

 

 

 ダンスレッスンをこなす上で必要なのは、やはり体力と運動神経だろう。

 

「かな子! もっと腕のキレを意識しろ!」

 

 トレーナーの聖から厳しい指摘が飛ぶ。

 

「はい!」

 

 今のかな子にとっては両方とも足りていない。体力は鍛えていくしかなく、運動神経は磨いていくしかない。もとより運動に関する様々な要素に不安がある。

 

「よし、そこまで!」

 

 聖の号令がかかる。運動靴と床の擦れる音を鳴らしかな子はびしり最後のポーズを決める。前回はここで気を抜いてしまい指導が入ったのだ。

 

「ふむ、まずは全員クールダウンだ。その後、今日のレッスンのまとめをしよう」

 

 聖の指示通り、かな子はクールダウンを始めた。

 

 

 

 

 15分ほどでクールダウンも終わり、聖から良かった点と反省点をみっちり教わってダンスレッスンは終了だ。明らかに反省点の方が多かったが、それでも前に1歩ずつ進めているような気はする。

 

 このあとは休憩を挟んでからボーカルレッスンが組まれている。

 

 水分補給をしているとレッスン室のドアが開かれ、プロデューサーが顔を見せる。

 

「おや、プロデューサー殿。どうされましたか?」

「かな子います?」

「えぇ、かな子ー」

 

 ちょいちょいとプロデューサーに手招きをされて急ぎ足で彼のもとへ向かう。

 

「プロデューサーさん、呼びましたか?」

「ああ。ボーカルレッスンの前に話があるから、汗の処理が終わったら私のところへ来てくれ」

「……? わかりました」

「よろしく」

 

 プロデューサーは「では」と聖にアイコンタクトを取って、レッスン室を後にした。

 

 ──早めに行ったほうがいいよね? あっ。

 

 そういえば智絵里に静的ストレッチの手伝いを頼まれていたことを思い出す。

 

「智絵里ちゃん、ごめんね。私、先に更衣室に行きたいから、ストレッチはアーニャちゃんにお願いしてもらえる?」

「うん、いいよ」

「ありがとう。アーニャちゃん、お願いできる?」

「ダー、任せてください」

 

 アーニャへ任せて、かな子は更衣室へ。

 

 ジャージを一旦脱ぎ、汗で濡れたインナーや下着は換えて、制汗スプレーを振り、またジャージに袖を通す。インナー類を袋に詰め鞄へしまう。ロッカーに戻し、扉を閉めて施錠して完了。

 

 これで汗の処理は終わったし、プロデューサーのもとへ向かう。プロジェクトルームのドアを開けると、彼は何かの資料の端をホチキスでとめていた。

 

「お、来たか。ソファに座っててくれ」

「はい」

 

 お茶請けのお菓子でもあればそれをつまみながら気をそらせたが、ないのなら仕方ない。

 

 ──なんの話だろう。まさかもうクビなんてことはないよね……。

 

 名の知れたプロダクションはどこも超シビアなイメージがある。合格させ、とりあえずレッスンをやらせてみて、やっぱり見込みなさそうだから早めに切るとかやりそうではある。あくまで偏見に基づくイメージだが。

 

「よいしょっと。さて、かな子」

「は、はい!」

 

 2、3分ほどして、プロデューサーはさきほどの資料を持ってかな子の対面に座る。肩に力が入る。

 

 まるで時間の進み方が極端に遅くなったようにかな子は感じた。彼が話し出すまでのわずかな秒数がその何倍、何十倍にもなったかのような、そんな感覚だ。

 

 プロデューサーが口を開いて一言めを発するまでが、かな子の胸の動悸がもっとも高まった瞬間だった。

 

「BSのテレビ番組への出演が決まったよ」

「……へ? て、テレビ、ですか?」

「そう、テレビ」

 

 ──そっか、テレビかぁ。良かったぁ、クビにされるんじゃないかと思っ………………うえぇぇぇぇぇぇぇぇ!?

 

「……ぇぇぇぇぇぇぇえええ!? てててててて、テレビぃ!? えっとぉ、あ、えー……!?」

 

 あたふたしながら両手をぱたぱたさせて空を切る。クビと同じくらいにとんでもないのをさらっと振ってきた。

 

「はいはい、落ち着いて。深呼吸して」

 

 すー、はー。すー、はー。プロデューサーに言われた通りに深呼吸をして、なんとか平静さは取り戻した。

 

「落ち着いた?」

「はい」

「それで、これが資料」

 

 右上の角をホチキスでとめられた資料を1部ぽんと手渡されて、それを受け取る。

 

「『スイーツMakeMap』。これが番組のタイトルですか?」

 

 番組タイトルの下には聞いたことのない会社名が書かれていた。あとで分かったのは、テレビ局は番組表やスポンサー集めで、番組製作会社といった会社が主にテレビ番組を作るということ。てっきりテレビ局が一から作ってると思っていた。

 

「そう。放送時間は第2土曜日の23時15分から30分までの15分で、東京近辺のスイーツ店を取材する。店主の方にインタビューしたり、おすすめのお菓子を試食して感想も求められる。主に開店して1年以内の店がメインだそうだ」

「へぇ、そうなんですか」

 

 なんだか現実ではないような感じがして、どこか他人事のような返事をしてしまう。

 

「収録は1週間後で、収録前に打ち合わせがある。その日は私も付き添うから」

「あ、はい。わかりました」

「ここまでで何か質問はある?」

 

 かな子は資料をめくっていく。ところどころ、ペンで注釈が書き足されていて番組のコンセプトや進行などに大きな疑問点はない。

 

「あの、番組の内容とは関係がないんですけど、どうして私なんでしょうか? まだアイドルになって日も短いですし、これといって目立つ特徴はないと思うんです。まだレッスンしかしたことがないのに、いきなりテレビだなんて……」

 

 今のかな子は、正直言って、新人アイドルというよりはまだ素人に毛が生えたようなものである。

 

「まあ驚くのも無理はない。もともとは別の出演者がセッティングされていたんだが、急遽出演できなくなったらしくて。そのタイミングと私が売り込みをかけた時が被ったんだ」

「……そういうことってあるんでしょうか」

「滅多にないけど、完全にないわけじゃない。何が起きるか分からないのがこの業界だから。宝くじが当たったくらいに思っておけばいいよ」

 

 ──もしかしたら一生分の幸運を使っちゃったかも?

 

「ディレクターさんがかな子のことを根掘り葉掘り聞いてきたから、いろいろきっちりと売り込んだんだ」

 

 かな子はうつむきながら聞いている。プロデューサーは彼女の顔を覗き込むように目線を動かす。

 

「……テレビは初めてだから不安になるのは当たり前か。不安は大きいか?」

「……正直にいえば、はい。いきなりのテレビ出演ということもありますし、インタビューも初めてで上手くできるかな、とか……。……さすがに荷が重いです」

「ふぅむ、いずれはテレビ出演も増やしていきたいから、かな子には頑張ってもらうしかないが、こればっかりはある程度慣れるしかない。場数を踏めば不安感は小さくなっていくはずなんだが……。そうは言っても『大丈夫』だけで済ませるのは得策ではない……。よし、わかった」

 

 独り言のようにぶつぶつ呟いていたプロデューサーは何か思い付いた様子で、一回手を叩いた。この場の不安感を吹き飛ばすような軽快な“パン”という音が鳴った。

 

「……?」

 

 かな子はきょとんの首を傾げた。

 

 

 

 

 プロデューサーが持ち出してきたもの、それはビデオカメラだった。バッテリー残量99%、機種もそこそこ新しいもので、事務所の備品だという。

 

「あの、プロデューサーさん。このビデオカメラで何をするんですか? もしかして私を撮ったりします?」

「その通り。今からアイドル部門で会った人にインタビューしていくんだ、かな子が」

「えぇっ、私がですか!?」

「当日のロケとはだいぶ違うけど、雰囲気は掴めるんじゃないかと思ってな。カメラを意識して行動してみるだけでも、少しは靄が晴れるんじゃないか」

 

 そう言うとプロデューサーはグリップベルトへ手を入れ、覗き込む仕草をする。

 

「カメラマン役はとりあえず私がするとして、暇そうにしてるのがいたらそのアイドルと交代するとしよう。どうだ、やってみるか?」

 

 ──今回のテレビ出演、代役みたいな形とはいえ、チャンスだよね。今のうちに少しでも慣れておけば、失敗も減るかもしれない。

「……やってみます。ううん、せっかくのチャンスを無駄にしないためにも、やります!」

 

 弱気な自分を奮い立たせるように顔を振り、まっすぐ彼の目を見て答える。

 

「その意気や良し。インタビューだからマイクもあったらいいんだけど、ないし……なんかそれっぽいのでいいか」

 

 プロデューサーからマイク代わりにと手渡されたのは、空調システムの白いリモコンだった。

 

「では準備完了。かな子もいいな?」

「はいっ!」

「さっそく誰かいないかな」

 

 かな子と彼がインタビュイーを探すためにプロジェクトルームを出ようとするが、それより先にドアが開かれた。

 

「天津君はいるか。今後の方針で少し……む?」

 

 美城常務だった。緩いウェーブのかかった長い黒髪をまとめいて、彼女の着ているスーツには汚れや皺が一切ない。立ち姿も綺麗で、まさにできる上司というイメージにぴたりと当てはまる人物だ。

 

「何をしているんだ、君たち」

「常務、いいところに。実はですね」

 

 プロデューサーが常務へことのあらましを説明する。

 

「なるほど、かな子君のテレビ出演の予行演習か。そういうことなら協力しよう」

 

 ──えっ……、常務にインタビューなんて大丈夫かなぁ?

 

 常務へのインタビューがとんとん拍子で決まってしまったことでちょっと弱気になる。おかえり弱気。

 

「うむ」

「えっとぉ……」

 

 ──無理無理無理! なんであんなに眼光が鋭いのっ!? 下手なこと言ったら、やっぱりクビが飛ぶんじゃ!?

 

「かな子、常務のことは気のいいおばちゃんだと思っとけば大丈夫」

「……お、おばちゃん……ですか? ふーーーっ、よしっ!」

「いいか? じゃあ録画開始します。5、4」

 

 常務が「おば……」と小さくつぶやいたのをかな子は聞き逃さなかったが、今は関係ないと思考から捨てる。プロデューサーは3、2、1、と指でカウントダウンをして、かな子へ振る。

 

『あ、えっと、んん……今日は346プロダクションアイドル部門の美城常務にインタビューをしたいと思います』

『よろしく頼む』

『よろしくお願いします。えっとですね…………えー、じゃあ、なぜアイドル部門を作ったんですか?』

 

 ただでさえインタビューは初めてなのに、ましてやいきなり美城常務だなんて。かな子はなんとか絞り出した質問を投げ掛ける。

 

『ふむ、アイドル部門の設立についてか。まずはこのプロダクションを建て直そうというのが理由の1つめだ。時代は常に新しいものに移り変わっていくが、残念ながらそれに乗り遅れていたからな。そして2つめだが、…………』

 

 常務は何かちょっと言いずらそうだ。

 

『私自身が、アイドルというものに憧れていた時期があったからだ』

 

 かな子も驚いたし、プロデューサーはもっと驚いている。どうやら彼も初耳らしい。

 

『ふ、昔のことだ。あいにく私には才能はなかったとしみじみ思い知らされたがな。それから数十年経ってから、まさかこうしてアイドル部門を立ち上げる側になるとは露にも思っていなかったよ』

『貴重な裏話、ありがとうございます』

 

 ──何か気のきいたこと、言ったほうがいいのかな。

 

『あ、っとですね、その、アイドル部門を立ち上げたのは、やっぱりアイドルへの憧れが嘘偽りのない本心から出たものだったからなんじゃないかなって思います。うわべだけならすぐに忘れちゃいますし、わざわざ部門を作ろうとは思わない気がします』

『……そうか』

『あわわ、偉そうなことを言ってしまって、すみません!』

 

 伏し目がちに短い返事をした常務へかな子はすぐに謝罪する。

 

『……ふっ、謝ることはない。所詮は過去の話だ。かな子君や他のアイドルたちが我が部門に所属し、活躍してくれていることを誇りに思う。ぜひこれからも精進してほしい。こんなものでいいだろうか。すまないが、まだ仕事が残っているのでね』

『あ、はい。では、美城常務でしたー!』

 

 プロデューサーは録画を停止する。

 

「ありがとうございます、常務」

「私とてアイドル部門の一員だからな。協力できることはさせてもらう」

「力強いお言葉、感謝します。楓さんのミニライブの資料は私のデスクの上にありますから、持っていってもらって構いません」

「そうか。では、私は仕事に戻る」

 

 常務は目的の資料を回収するとルームを出ていこうとして、立ち止まった。そしてかな子へ振り返る。

 

「かな子君の活躍に期待しているよ」

 

 そう言って微笑んだあと、常務はこの部屋を今度こそあとにした。

 

「……ちょっと微笑んでましたね」

「常務だって人間だもの。笑うときだってあるよ。それに見た目よりも優しい人だからね。差し入れもちょくちょくあるし」

「そうなんですね。もっと怖い人かと思ってました」

 

 まだ1人目なのに、かな子はどっと疲れたような気がする。初インタビューが常務という緊張せざるを得ない状況だったのだから仕方ないともいえる。

 

「さて、どうだ。まだやれそうか?」

「それは、はい。ぎこちなくなったりしちゃったけど、まだ、やれます」

「そうか、なら2人目のインタビュイー探しだな」

 

 プロデューサーとかな子は話を聞く2人めを探して、ルームを出た。

 

 

 

 

 誰かいないかと思っていると、ちょうどエレベーターを降りてきた美波の姿が目にとまる。それはプロデューサーも同じだったようである。

 

「お、美波か。今日のレッスンは午後からだから、まだ時間があるな。よし、確保だ!」

「は、はい!」

 

 かな子とPは美波へ颯爽と近づく。

 

「あ、プロデューサーさんにかな子ちゃん、おは──えっ」

「確保ッ!」

「えっ、えっ?」

 

 プロデューサーに両肩をがっちりとホールドされた美波は、いきなりのことに戸惑っている。対する彼はちょっと楽しそうだ。

 

「美波、突然だが……お前が必要だ」

「……えへぇっ!?」

「ちゃんと説明しましょう、プロデューサーさん。誤解されますよ。美波さん、あのですね──」

 

 あたかも誤解を招きそうな表現を使うプロデューサーの代わりにかな子がことのあらましを説明をする。

 

「そ、そうだったんですね。いきなり言われてなんのことかと思いましたよ」

 

 美波は状況を理解してくれたようではあるが、なんだかちょっぴり残念そうな表情に見える。

 

「頼めるか?」

「もちろんです! お任せください」

「ありがとう」

 

 彼が美波の頭をわしわしと軽く撫でる。

 

「もう頭を撫でられる歳じゃないんですけどね」

 

 といいつつも、なんだか嬉しそうに見えたのだが、これはかな子の胸にしまっておくとしよう。

 

「なら、さっそくインタビューだな。録画スタンバイ完了。かな子は?」

「私もいけます」

 

 録画をスタートさせ、プロデューサーが合図を出す。かな子はマイク代わりのリモコンを使ってインタビューを始めたのだった。

 

 

 

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