かな子はマイク代わりのリモコンを美波へ向け、
『まずは自己紹介、お願いします』
『新田美波、19歳です。346プロでアイドルやっています!』
美波はプロデューサーのカメラへにっこりと笑いかける。
『ありがとうございます。では、美波さん、えーっと、なぜアイドルになったんですか?』
『そうですね、初めは社会経験の1つとして自分の世界を広げる目的でスカウトを受けました』
『美波さんは多彩だとお聞きしました。やはり知的好奇心がくすぐられるのでしょうか?』
『それも確かにあるんですけど、実は私、“これがやりたい!”っていうのがわからなかったんです。いろいろ探して、やってみて面白い!というのは感じます。ただ、なんとなく違う気がしてしまうんですよね。やりたいことが明確な人が正直、羨ましいです』
──美波さんってなんでもできるすごい人だと思ってたけど、分からないことも羨ましいこともあるんだ。
『アイドル活動は美波さんにとって、やりたいことになりましたか?』
かな子の質問に、プロデューサーが一瞬だけカメラから視線を外し美波に向けてから、またそこへ戻す。
『なりましたと言えればいいんですが、恥ずかしながらまだそこまで断言できません。ただ、まるで新しい自分になれているようで、アイドル活動そのものは楽しいです! 実は自分はこういうものが好きだったんだと再発見もありますし、新鮮な時間を過ごせています』
『美波さんが、やりたいことを見つけられるよう応援しています。以上、インタビューでした』
プロデューサーが録画停止ボタンを押して、美波へのインタビューは完了した。
そろそろプロデューサーは仕事に戻らなければならないため、美波とカメラマンを交代した。
「至って普通のビデオカメラだから、とくに難しい操作はない。じゃあ、よろしく」
「はい! 美波、撮ります!」
カメラを受け取った美波は、ファインダーを覗いたり、画面を調整したしたりして準備をを進める。
「美波さん、よろしくお願いします」
「私こそ。かな子ちゃんの役に立てるようにがんばるね。じゃあ、さっそくだけど、どうしようか? あ、時間は大丈夫?」
「はい。ボーカルレッスンまではまだ時間がありますから」
「そうなの……あ」
美波は何か閃いたようだ。
「あ、じゃあ、明さんにインタビューしてみよう。アイドル部門の人なら誰でもいいってプロデューサーさんも言っていたし」
「確かに。トレーナーさんたちもアイドル活動の仲間ですから、問題ないですよね」
「うんうん、さっそく行こう!」
かな子は美波とともに、ボーカルレッスンが予定されているレッスンルームDへ向かう。
「あら? かな子ちゃんに美波ちゃん、まだレッスンの時間じゃないですよ」
ルームDでは明が電子ピアノやその他の機材の確認をしていた。彼女はボーカルレッスンを専門とする専属トレーナーであるものの、パッと見た限りではアイドルと言われても通用しそうである。
「あ、はい。それは分かってます。実は明さんにお願いがあって」
「かな子ちゃんが私に? 何かしら」
「インタビューをさせてもらえませんか?」
かな子は事情を説明する。
「大抜擢じゃないですか! もちろんいいですよ!」
「ありがとうございます」
「インタビュアーがかな子ちゃんで、美波ちゃんがビデオカメラってことでいい?」
「はい」
段取りといえるほどのものではないが、やり取りの流れを確認する。
「では、録画スタートします。かな子ちゃん、明さん、準備はいいですか?」
カメラを構える美波に2人がうなずく。
「では、スタート!」
美波が録画ボタンを押す。
『んん、アイドル部門でトレーナーをしている青木明さんにインタビューしたいと思います。よろしくお願いします』
『よろしくお願いします』
『さっそくですが、明さんはどうしてトレーナーになろうと思ったんですか?』
『私、誰かが楽しそうに歌っている姿が好きなんです。一緒に聴いているだけで自分自身もなんだか楽しくなれますから。そうしてるうちに、いつしか私もお手伝いしたいなって考えるようになりましたね。そこからですね、トレーナーを志すようになったのは』
『私たちについては、どうですか?』
『そうですねぇ、音程とか表現力とかまだ磨かないといけない点はありますが、歌いたくて歌っているのだと感じとれます。他人に響く歌というのは義務感では歌えませんから』
義務感……つまり、やらされている感じがあっては他人には響かない。
もしステージ上のアイドルの歌やダンスから感情や本気さ、伝えたい想いをさっぱり感じられなかったら、やはりかな子もつまらないと思うだろう。
『……その義務感というのはどうすればなくなるのでしょうか?』
『ある程度は魅せ方や技術面でカバーできますが、やはり楽しめているか、でしょうね。観客はそれを無意識に汲み取ってしまいますから』
『表現をする、というのは難しいんですね』
『そうですね。だからこそ、人を揺さぶることができるんでしょう』
『貴重なお話、ありがとうございます。以上となります』
かな子は美波へ目配せをして、インタビューを終える。
「お疲れ様でした、明さん」
「ど、どうだった2人とも? 私、ちゃんとできてた?」
「はい。明さんのインタビューもばっちりでした!」
「良かった」
明はほっと胸を撫で下ろす。
「かな子ちゃんも何か掴めた?」
「はい。収録のときはなるべく楽しみたいと思います」
収録の際には間違いなく緊張してしまうだろうが、楽しむことを意識しておきたいと思う。
「うん、そうね。無理してテレビ映えする発言を狙うよりも自然体でいられたほうが、より興味を刺激されると思う。興味があることってすごく楽しく感じるから、きっと画面の向こうの視聴者にも伝わるんじゃないかな」
「確かにそうかもしれません。ありがとうございます。明さんのお話とても参考になりました!」
「お役に立てて何よりです。あ、あと声はハキハキね? 単純に聞き取りやすくなるから。さて、そういったことも踏まえて、今日のボーカルレッスンを進めていきましょう。かな子ちゃん、しっかり声出していきましょうね!」
壁掛け時計は、ボーカルレッスン開始時刻が近づいてきたことを機械的に示している。
「あ、もうそんな時間なんですか。私、準備してきます!」
「遅刻はダメだからね?」
「はい。もちろんです」
ルームDを一度出たかな子は水分補給用のペットボトル飲料を取りに更衣室へ、美波はプロデューサーのもとへビデオカメラを返しに行った。
* 【3】 *
ボーカルレッスンは滞りなく終わり、かな子は私服に着替えてプロジェクトルームのソファに座っていた。
一緒にレッスンを受けていたメンバーは帰宅したり、はたまた本館にあるカフェにいったりと自由に過ごしている。美波は、かな子たちと入れ替わるようにレッスン中だ。
「かな子、今日もお疲れ様」
テレビ収録の資料のを改めて読み直していると、プロデューサーが小分けされたお菓子をいくつかテーブルに置いた。ちひろはまた席を外している。
「プロデューサーさんもお疲れ様です」
「明さんにもインタビューしたんだってな。美波から聞いたよ」
プロデューサーはかな子の対面のソファにコーヒーカップを持って座る。
「はい。人に何かを伝えるのは難しいけど、だからこそ揺さぶるだけの力があると教えてもらいました」
「そうか。それは確かにな。難しいけど、できそうか?」
「必ずできるとは言えませんけど、私の感情が伝わるように努力してみます」
「収録までまだ1週間ある。いつでも相談してくれ」
そう言いながらコーヒーカップを置き、空いた手でお菓子の包装を剥く。
「かな子も食べていいよ。それ、ちひろさんが貰ったけど食べないからって事務所に持ってきたんだ。……甘っい!」
1つ口に放り込んだ彼が、少しだけ顔をしかめる。
「あはは、プロデューサーさん。そのメーカーはかなり甘いことで有名なんですよ」
「……そうだったのか」
「ブラックコーヒーや苦めのお茶と合わせると、それくらいの甘さがちょうどよく感じますよ」
「今日はミルクと砂糖を入れてしまっているから、余計に甘く感じるのか」
彼はコーヒーを一気に半分ほど飲む。
「ふぅ、少しは甘みが引いたな。しかし、かな子はお菓子については詳しいな」
「伊達に作っているわけではありませんから!」
「あいにく私は門外漢なのでね。当日もその調子で頼む」
「えへへ、任せてください! あ、1個頂いていいですか?」
「もちろん、1個といわず全部いいよ」
かな子もそのお菓子を1口で食べる。
初めて実食した人ならば、プロデューサーのように面食らって甘いと思うだろう。しかし、この甘さはあまりくどくない。舌にベタベタ張り付くような感覚は一度もないし、後味もすっきりしている。正直、何個でもいけそうではある。カロリーは考えないものとする。
「んん~、おいしい」
「それは良かった。ビデオカメラの映像はあとで見させてもらうよ」
「あの映像はどうするんですか? 何かに使ったり?」
「今のところは何も考えてないな。まあ腐るものじゃないし、とっておくよ」
今日のインタビュー練習に協力してくれたのは、美城常務に美波、明、そして一緒にボーカルレッスンへ参加した蘭子、杏、李衣菜、智絵里、アーニャ、きらりの計6人だった。残りのメンバーはオフだったり時間が合わなかったりした。
「何か印象に残ってるのはある?」
アイドルになった理由を聞いてみて、蘭子はその発言が難しく何を言っていたのか読み取れなかったし、杏は『印税』の2文字のみ、李衣菜は『ロック!!』と言っていた。智絵里は『弱虫な自分を変えるため』、アーニャは『新しい世界を見てみたい』、きらりは『諦めなくてもいいと分かったから』とのことである。
「蘭子ちゃん、ですかね。その、あの独特な口調を理解できなかったので」
「はっはっは。蘭子の熊本弁は理屈じゃなく感覚、というかニュアンスを読み取るといいよ。言ってることは分からなくても伝えたいことはわかるようになるから」
なんとなくだけど、とプロデューサーは付け加えた。
「そういえば、プロデューサーさんはどうしてプロデューサーという仕事をしようと思ったんですか?」
「おっと、私にもインタビューかな?」
「あ、いえ、ただ気になっただけです」
そうか、とだけ返事をして、彼はソファの背もたれに寄りかかって汚れのない無機質な天井を見上げる。
「どうして、かぁ。うーん……実感が欲しかったから?」
「実感?」
かな子が聞き返す。
「正直、私もよく分かっていないんだ。なんとなくなったようなものだから。まあでも、前の仕事は激務で、ちょっと疲れたのさ。どうしてやるのか、その意味を失いかけてて、そのまま退職してふらふらしてたとき、今西部長に呼び止められてここに至る、と」
「じゃあプロデューサーさんがアイドル部門のスカウト第1号ですね。でも、いきなり声掛けられたらびっくりしますよね」
「もちろん。今は好好爺だと知ってるからいいけど、あの時は怪しいおっさんだなって思って身構えたよ。話して名刺貰って別れたあと、346プロに問い合わせてようやく信用したもの」
「徹底してますね」
「情報は正確でなければいけないから。前職の癖みたいなものだよ」
プロデューサーはコーヒーを啜る。
「かな子は友達に誘われてオーディションを受けたんだよな?」
「はい。最初は“えっ!?”て思いましたけど、なんだか上手く言いくるめられちゃって。まさか合格するとは考えてもいなくて、通知を見て友達も驚いてましたよ。『ぎょえぇぇっ!?』って」
「驚くリアクションが目に浮かぶな」
「『ぎょえぇぇっ!?』って実際に言う人は初めて見ました」
あの時の友人の驚きようといったら、とてもおかしくて思い出すだけでくすくすと笑ってしまう。
「私も見てみたかった」
ぜひプロデューサーにも見せたかったと、記録媒体に残しておかなかったことをちょっぴり後悔する。
ピピピピ、ピピピピ。プロデューサーのスマホのアラームが鳴る。
「っと、打ち合わせの時間か。かな子もそろそろ帰りなさい。レッスンの予定はもうないんだから。インタビューの練習はまた明日でいいさ。体を休めるのも大切だぞ?」
「わかりました」
「あと、学校の宿題もちゃんとやるんだぞ。お菓子のレシピを考えててつい忘れましたとなりかねないからな」
「そ、そんなことにはなりませんよっ」
──たぶん。
「さて、今日も1日、レッスンお疲れ様」
「はい。お疲れ様でした!」
プロデューサーがカップを持ってソファからデスクに戻った。かな子も荷物をまとめて帰宅の途についた。