* 【4】 *
時間が流れるのは早いもので、テレビ収録当日になった。天候は快晴であり、ロケを行うにはもってこいだ。
「……お、おはようございます」
9時前という朝早い時間にかな子は346プロダクションにいた。これからプロデューサーと合流して制作会社で打ち合わせを行い、ロケバスで取材する店舗へと移動することになっている。
プロジェクトルームのドアを開けるとプロデューサーの後ろ姿が視界に入る。いつもは上着を脱いで椅子の背もたれに掛けているが、今日はきっちり袖を通している。
アシスタントのちひろと話していたが、かな子に気付いて振り向く。
「おはよう、かな子。だいぶ緊張しているみたいだな」
「……あ、はい。やっぱり、どうしても緊張しちゃって」
緊張のあまり今朝のごはんは通常の半分ほどしか食べられなかった。動悸もするし、かな子が自覚できるくらいには緊張しているのだろう。
「そうかそうか。まあでも緊張するのは悪いことじゃない。自分はこういう理由で緊張してるなぁって考えてみると、ちょっとは冷静になれるよ」
「そうなんですか?」
「あくまで我流だけど」
「ちょっとやってみますね。むむむ」
──初めてのテレビ収録。おかしなこと言ったり、呆れられたり、何度もミスしたり、お店の人を怒らせたりしたら収録自体がなくなっちゃうかもしれない。アイドルとしての大きすぎる1歩だし、プレッシャーだなぁ。あ、でも、これに気を付ければ上手くいく可能性だってあるよね? よし。
かな子は緊張の原因をひとまず頭の中で列挙してみると同時に自分なりに気を付けようとするポイントが見えてきたように思える。
「むむ……。ちょっとは冷静になれた気がします」
あくまで100あった緊張が、99とか98になったような感じくらいではある。それでもちょっとでも小さくなれば御の字だ。
「なら良かった。じゃあ、行こうか。ちひろさん、かな子の収録に行ってきます」
「は、はい! 行ってきます!」
「がんばってきてくださいね」
ちひろに見送られながらプロデューサーとかな子は社用車のある駐車場へ向かうためにボタンを押してエレベーターを呼び寄せた。
籠に載ってオフィスビルの地下2階まで一直線に降りていく。
本館とビルの間にはフロア2つ分の段差があり、そのため本館と渡り廊下でつながるビルの階層を1階として扱い、それより下を地下としている。地下1階が資料室や物置、2階が社用車管理室や荷物搬入口などがある。
管理室でアイドル部門に割り当てられている社用車の鍵を受け取り、セキュリティゲートを抜けて駐車場へ出る。
白い車の後部座席に乗り込み、シートベルトを締める。
「かな子、これ飲んで」
運転席のプロデューサーから水のペットボトルを受け取ると、ゆっくりと車が動き出した。
「緊張すると喉が渇くし、それにパフォーマンスも落ちるんだ」
キャップを捻って開封し、かな子は口をつける。一口だけのつもりだったが、ごくごくと喉が鳴り、ついたくさん飲んでしまった。
「学校のテスト前に水をコップ半分くらい飲むと点数が上がるらしいぞ。これ豆知識な」
「そうなんですか。今度試してみますね」
プロデューサーと何気ない会話をしつつも、本番は着実に近付いてきていた。
都内某所にある駐車場でロケバスは停車した。
「現場到着でーす! 各自準備お願いします!」
スタッフが声を掛けつつ、ハイエースのスライドドアを開ける。スタッフ達が続々と降車していき、かな子もプロデューサーとともに降りた。
「いよいよだな」
「は、はい! がんばります!」
卯月みたいになってるぞ、とPが笑う。対して、かな子の表情は相変わらずぎこちない。緊張マックス、メーターが振り切れる寸前だ。
「今から機材のセッティングしますので、準備できるまでお待ちください」
ディレクターが一声掛けて、先に到着していたADへ駆け寄っていく。
「あの、台本を確認してもいいですか?」
「もちろん」
かな子はホチキス留めの台本を今一度確認し、流れをイメージする。
──店主へ挨拶をして、お店やおすすめのスイーツについてインタビューして、試食させてもらって、それから……。
とんとん。かな子は肩を叩かれる。台本から顔を上げるとプロデューサーがお店を指して、
「お店、少し見学してきたら?」
「いいんでしょうか?」
「少しなら大丈夫」
プロデューサーがそう言うのであれば。かな子は店舗前で軽い打ち合わせ中のディレクターにもOKを貰い、ドアの取っ手を握って押す。
「失礼します」
おそるおそる入店すると、店主の女性と目が合う。
「はじめまして。三村かな子です。店内を少し見学させていただいてもよろしいですか?」
「あ、はい。どうぞ」
ぎこちなく店主は答えた。自分のことを棚上げするみたいになってしまうが、彼女も相当緊張しているようだ。口元がひきつっている。
店内のスペースはこじんまりとしていて、冷蔵のディスプレイケースとレジカウンター、丸テーブルと一対の丸椅子がある。木目調をイメージした内装は落ち着きがあって、照明は明るすぎずにちょうどいい。
スペースの一角には試食の際に使うであろうクロスのかけられたテーブルが設置されていた。
店主の視線をちらちらと感じつつ、ショーケースへ移る。
シュークリームにエクレア、プリン、カットケーキ類などなど、定番の商品が置かれている。
──あのシュークリームおいしそうだなぁ。
1個300円税抜きのシュークリームがとても気になる。やはり定番は外せないし、たくさん焼いてあるということは売れ行きがいいはずだから期待ができる。
「三村さーん、準備できましたのでお願いします!」
「あ、はーい!」
ADに呼ばれて急ぎ足で店を出ると、すでにカメラやスタッフ達がスタンバイしていた。音響スタッフがピンマイクを装着させ、通じているか確認する。
「ではまずタイトルコールから撮影します。えっとですね、カメラがあそこにあるのでこの位置に立ってお願いします。準備はよろしいですか?」
「は、はい!」
「力は抜いてもらっても大丈夫ですよ。撮影のときのミステイクは必ずありますから」
「ありがとうございます」
深呼吸をして台本を思い出す。ここ数日、真似とはいえインタビューをしたり、その様子を撮影したりした。ハンディカムとは比べ物にならないくらいにカメラは大きいけれど、問題はないはず。
「では行きまーす」
ディレクターが手でどうぞとキューを合図する。
──落ち着いて。練習を思い出して。
しっかりを息を吸って、
『テレビの前のみなさん、はじめまして! 346プロダクションでアイドルをしています、三村かな子です! 新番組“スイーツMakeMap”のレポーターを務めさせていただきます! よろしくお願いします!』
カメラのレンズはかな子をじっと見ている。
『さて、本日はこちら、“スイーツ
一瞬しんと静まりかえったので、さっそくミステイクかと思ったが「はい、OKです」と言われて、肺の空気を一気に抜くように息を吐いた。
「淀みなくいけましたね。練習とかしました?」
「はい。事務所のみんなに付き合ってもらって」
「なるほど。この調子でお願いします。次は外観を撮るので少しお待ちください」
ディレクターとカメラマンが話し込みながら店舗の外観を撮影している間、
「どうでしたか、プロデューサーさん」
「良かったと思う。昨日しこたま練習した甲斐があったな。今のを意識してインタビューもしていこう」
「はい」
「そういえば、なんかおいしそうなのあった?」
「シュークリームがおいしそうでしたよ」
「そうか。帰りに人数分買ってくか。いくらだった?」
「税抜き300円です。ところで、それは、その」
私の分もあったりしますか、と聞きたいけれど言い淀んでしまう。だって食い意地張ってるみたいだからね。
プロデューサーは何か言いたげなかな子を見て、その内容を察したようだ。
「……あぁ、なるほど。もちろん、かな子の分もあるから心配するな」
「ほんとですかっ! えへへ、やったぁ! ……あっ」
──うぅ、絶対食いしん坊って思われちゃったよ。
学校のテスト中に腹の虫をド派手に鳴らした時と同じくらい恥ずかしくて顔が熱い。
「三村さーん、お願いしまーす」
「あ、はーい! いってきますね!」
ディレクターに呼ばれ、ささっと彼女のもとへ向かう。
「次は店主の方にインタビューをしてもらいます。台本にあったことを聞いてもらえればいいので」
「わかりました」
ディレクターやスタッフたちと店内へ入ると、店主の女性が待っていた。カメラマンが最適な位置取りを決めて、かな子もスタンバイする。
『それでは、改めて、本日取材させていただく“スイーツ
『よろしくお願いします』
『まずはお店のことをお聞きします。来月でオープンからちょうど1年になるそうですが、1年間お店を経営してみていかがでしたか?』
『そうですね、あっという間だったと感じます。オープン直後はバタバタしてましたし、ある程度軌道に乗ってからは商品の改良も重ねて、食べた人に喜んでもらえるように精進してきました』
かな子はインタビューを続ける。
『嬉しかったことや印象深く記憶にあることはありますか?』
『はい。子連れの方が再び来店してくれた際に“おいしかったからまた来たよ”と言ってもらえて、それがすごく嬉しくてお店を閉めたにあと妹と一緒に泣いちゃいました』
聞けば妹さんと2人でこのお店を切り盛りしているという。
『私もお菓子を作って友達やアイドルの子たちにふるまうのでその気持ちはよくわかります。おいしいって言ってもらえたとき、心がじんわりと温かくなってきて嬉しいなって思いますから』
かな子の発言に店主はうなずいてくれる。
『私もです。ああ、お菓子を作ってて良かったなって思えました。お菓子は作る人も食べる人も幸せにしてくれるんだと改めて気付けました』
『素敵なお話でした』
1度区切りを入れて、かな子は続ける。
『では、このお店のイチオシを教えてください』
『はい。当店のイチオシはこのシュークリームです』
カットがかかる。
「次は試食しているシーンを撮りたいので、仮説テーブルのほうへお願いします」
ディレクターの指示に従ってテーブルにつくと、
「カメラオッケー? マイクは? そう。よし、じゃあ試食シーンいきまーす。5、4」
3以降は指で示され、かな子はそれに従う。
『それでは、こちらがイチオシのシュークリームになります。さっそく試食させていただきたいと思います』
かな子はシュークリームの形を崩さないようそっと持ち上げる。
『生地の形がすごくいいですね。しっかりとした広がりがあって、かつぺちゃっと潰れずに形を保っています。それに手で持ったときに感じる固さもほどよいです』
クリームがこぼれて汚くならないように、いつもよりも控えめにかじる。
しっかりとした食感に2種類のクリームが口の中を満たしていく。
──……! これは。
普段、自分が作るシュークリームと重ねながら、かな子は味わって咀嚼し飲み込んだ。
『生地の食感も弾力がありますし、クリームはカスタードクリームと生クリームですね。カスタードクリームの甘さは抑えつつもしっかり主張していて、生クリームの濃厚でまろやかな味わいと互いに引き立て合っています!』
『ありがとうございます』
店主は少し照れながらも、自信がありそうに言う。
『生クリームは毎朝牛乳から作っていますし、ケースに並べる直前にシュー皮に入れてなるべく風味を落とさないようにしています』
『そうなんですね。カスタードも甘さが抑えられているおかげてこってりし過ぎずに飽きがこないです! 何個でも食べられちゃいそう!』
ここでカットがかかり、かな子はディレクターへ目線を向ける。
「オッケーです。あ、そのシュークリームは全部食べてもらっていいですよ」
「あ、じゃあ、いただきます」
かな子がシュークリームを食べている間にディレクターへプロデューサーが話し掛ける。
「撮影してみてどうですか?」
「思っていたより順調ですよ。おとなしそうな子かなと思いましたが、案外物怖じしないんですね。ミスを連発することを想定して時間設定していましたから、このままいけば早めにロケが終わりそうです」
「上手くいきそうで何よりです」
ディレクターとプロデューサーは、笑顔でシュークリームを頬張るかな子へ目線を向ける。
「それにしても、三村さんはおいしそうに食べますね。すっごい幸せそう」
「かな子がお菓子を食べる姿を見ていると、なんだかこちらまで食べたくなるんですよ」
「はは、売り込みの通りですね。視聴者にも響く笑顔だっていうのは。彼女は本当にお菓子が好きで、食べてるのはさぞおいしいんだろうなぁってひしひしと感じられますから。これはいい画になりますし、目の肥えた視聴者にも伝わるでしょう。おいしく見せる表現方法やテクニックは数あれど、小手先のテクニックではない心からの表現にはまず敵いません。そういう意味では、三村さんは少なくとも1発屋にはならなさそうな感じがします」
「女の勘ってやつですか?」
「同じ女としてというよりも、長年番組制作をしてきた私の、です。最初売り込みされた時はポッと出てフワッといなくなりそうな感じのアイドルだと思いましたけどね」
「これは手厳しい」
「まあ、出ては消えてを繰り返すのがアイドル、引いては芸能界だからねぇ。その点、彼女は大丈夫そうかな? 」
「参考になります」
「ぜひ参考にしてください。っと、準備終わったみたいですね」
ADが次の準備が完了したと報告にきたため、DとPは会話を切って次の場面の撮影に移ろうとする。かな子も同じタイミングで、シュークリームを食べ終えていた。
「さてと、まもなく撮影を再開します。三村さん、次は新商品の試食を撮りたいのですが、よろしいですか?」
「はい!」
かな子は元気よく返事をした。