* 【5】 *
続いて、新商品のお菓子を試食させてもらうことになっている。
かな子の目の前にはお皿が置かれていて、さきほどと同じシュークリームではあるのだが、中のクリームが違うとのことである。宇治抹茶を使用した抹茶味のクリームだ。
ディレクターに手振りでキューを出され、かな子は話し始める。
『今回はさらに新しく発売されるシュークリームを試食させていただけるということで、それがこちらの抹茶味になります』
『はい。当店では現在ツインシューのみの取扱いですが、他の味はないのかと常連のお客様に聞かれることもありまして。そのため、抹茶味のクリームをしようしたシュークリームを作ったんです』
『新しい味もワクワクしますね! それではさっそく抹茶味いただいてみます』
一口かじるとシュー皮の食感のあとに抹茶クリームが舌の上に広がる。
『んん、抹茶クリームがすごく濃いんですが、苦味や渋みは思っていたよりもなくて食べやすいです。後味も良くて、ああ抹茶を堪能したなぁって余韻に浸れそうです』
国語辞典をぱらぱら捲り、いろんな表現を書き出しておいて良かったと今思えた。手助けしてくれた蘭子にあとでお礼を言わなければ。
『ありがとうございます。ちなみに、何かここを変えたらもっといいなという点はありますか?』
『えっ?』
『三村さんの意見が聞きたいんです』
店主からの無茶振りのような突然の問いかけにかな子は言葉に詰まる。スタッフたちも少しざわついたような気がした。
──え、あ、新商品にそんなこと言っちゃっていいのかな? でも何も言わないのも。下手なことを言ってしまったら大変だよ……どうしよう。
ちらりとディレクターやプロデューサーへ視線を向けると、2人揃ってなにやら話している。
『どうでしょう?』
『ん、あ……そうですね。……私は、このシュー皮に少し苦味を付けてみたらいいんじゃないかぁと考えましたね。抹茶クリームのほのかな甘さがより際立って、こう……抹茶の輪郭がよりくっきりするんじゃないかと』
催促されてしまってしぶしぶ言ってしまったけれど、店主の黙ったままで反応がない。やはり新商品にケチを付けてしまったから怒ってしまったのだろうか? そもそも抹茶の輪郭とはなんなんだろうか。咄嗟に出た言葉で、自分ですらよく分かっていない。
──ど、どうしよう……。ずっと黙ったままだよ?
かな子がやばいと少し焦り始めたとき、
『……なるほど。クリームばかりに目が行ってましたが、皮に手を加えるのは盲点でした。ふむ……つまり、皮に……』
と店主がぶつぶつ言い始める。
何を言っているのか聞き取ろうとかな子が耳をすませようとすると、
『いけるッ!』
『ふぁっ……!?』
そう言い放ち、店主は踵を返して疾風のごとく厨房に駆け込んでしまった。
かな子を含めてその場の全員が呆気に取られてしまう。
「カメラ、ストップ。ちょっと待ってて」
一番最初に正気に戻ったディレクターが一時中断を宣言して、厨房に向かう。
「──。────、──」
「──? ────────。────、──」
「──、──」
厨房から顔を覗かせた店主と顔立ちのよく似た女性と内容は聞き取れないが、会話をしているようだった。
「えー、みなさん。撮影ですが、一時間ほど中断します」
やがて戻ってきたディレクターがそう告げる。
各自、道具の手入れや確認をしたり、現時点で撮影した映像を見直していたりする中で、かな子はディレクターとプロデューサーとともに台本チェックをしていた。
「魂が燃えた……?」
かな子はオウムのように一語一句そのままに返す。
「はい。さきほど妹さんにお聞きしたところ、お姉さん──ああ店主さんのことです、が抹茶シュークリームのもっと良い形を思い付いたらしくて、それで今、生地から作っているそうです。妹さん曰く、たまにこういうことがあるらしく、『魂が燃えたんだ!』とよく言うそうです」
「……はぁ。なるほど?」
ディレクターの話を聞いて、かな子は分かったような分からないような不思議な感覚に襲われる。ちょっとだけ熊本弁の波動を感じたような。
「一応、完成まで一時間ほど掛かるそうなので、それを待って再開します。試食もさせていただけるそうので改めて行いたいんですが、お腹は大丈夫ですか?」
「あ、はい、それは大丈夫です。……あの、私の発言で怒らせてしまった訳ではないんですよね?」
「はい。どちらかといえばアイデアが閃いた感じですから、安心してください」
かな子はその発言にひとまず安堵する。
「三村さんのスケジュールに問題はありませんか?」
「はい。かな子の予定はこの収録のみなので」
「わかりました。再開のときにまたお呼びします。何かありましたら、私まで。それでは長めの休憩ということで」
ディレクターが他のスタッフたちにも事情やらなんやら話に行ったのを見計らって焦りを吐き出すように息を吐く。
「すみません、プロデューサーさん」
「いきなりで驚いてしまった?」
「はい」
「とりあえず怒らせた訳じゃないから一安心だな。次からは指示を仰いでな」
「はい……」
「暗い顔しない。可愛い顔が台無しだぞ?
──はっ? か、可愛い……? え、そ、ふぎゃっ!
プロデューサーは落ち込んでいるかな子の両頬をつまむ。
「まだ収録は終わってないぞ。笑顔、笑顔」
「ぷろりゅーしゃーひゃん、なにふるんですかぁ」
「……シュークリーム」
プロデューサーがぼそっとその単語をつぶやく。そうだった。買って帰ると言っていたっけ。もちろんかな子の分もあるのだ。
「えへへ」
少しだらしのない笑顔を浮かべたかな子を見て、彼は手を離す。あくまでシュークリームを食べられる幸せから笑みがこぼれたのであって、食い意地が張っている訳ではない。
「その笑顔だ」
「くよくよしていちゃダメですよね。収録が上手くいくよう努力します」
「よろしい。それにしても、店主は根っからの職人気質なんだろうな。ポンと思い付いたのを試したくなったんだろう」
「まあ私も気持ちは分かります。歴史の授業とかで突然閃くことがあって、そのままノートにメモしちゃいますから」
黒板の内容よりお菓子作りのメモのほうがスペース広かったりする。そういうときに限って先生に指名されたりしてね。
「……ちゃんと勉強してるんだよな?」
「も、もちろんですよっ」
プロデューサーの疑惑の目を誤魔化すようにそう返事をした。
だいたい30分ほど経った頃、店主の妹がトレーを持って厨房から姿を表した。
「みなさん、お詫びといってはなんですが、ハーブティーを淹れてきました。ぜひ飲んでください」
透明なガラスのポッドには茶色い液体が揺れている。あれがハーブティーだろう。トレーをレジカウンターに置き、紙コップをビニールから取り出す。
スタッフたちに混ざってかな子も貰う。少し冷ましてあるようで、紙コップに注がれてもそこまで熱くない。むしろほどよく心地いい。
「ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ。姉がご迷惑をおかけしています」
店主の妹はプロデューサーと同じくらいか、ちょっぴり年上に見えた。背はかな子と大差ない。
「いきなりだったので、てっきり怒らせてしまったのかと思いました」
「びっくりさせちゃいましたよね。時々ああなるんですよ。あんなの暴走機関車みたいなものなんで、放っといて問題ありません」
妹という関係だけあって、結構バッサリいった。
「そ、そうでしたか」
かな子はハーブティーを1口飲む。さわやかでどこか落ち着く香りと味が口いっぱいに広がる。
「あ、これ、おいしい」
「でしょう? たまたま見つけて、うちのお菓子に合うかなーって思いまして。当店でも取り扱っておりますので、ぜひお買い求めください。おいしいですよ」
「勧めるのお上手ですね」
「いやー、あはは」
照れ笑いしつつ店主の妹も紙コップにそれを注いだ。
「三村さんはお菓子作りもできるんですね」
「はい。まあ個人の趣味の範疇ですけど」
「いやいや、シュー皮の膨らみにまで言及する人はいませんよ。だいたいは生地の食感とかクリームの味とかでしょう。生地の膨らみなんてのはシュークリームを作ったことがある人ならではの視点です」
かな子の脳裏に初めて作ったシュークリームが浮かぶ。
──初めて作った時はシュー皮が上手く膨らまなくてぺちゃっとしちゃったし、クリーム入れても不恰好だったなぁ。味はまあまあおいしかったけど。
もちろん今ではそれなりにちゃんと作ることができる。
「お姉ちゃんが無茶振りしたのも、三村さんが実際に作ったことのある人だと気付いたからだと思います。正直、お菓子作りが趣味なんてただのキャラ付けだと思ってましたから。アイドルとして売り出すための個性として、うわべだけ取り繕ってるんだろうなぁってイメージしてまして」
「……あ、あはは。……そういう人もいるかもしれませんね」
「あ、別に三村さんがそうだと言ってる訳じゃないですよ? アイドルという存在と接する機会がなかったものでみんなそんな感じなのかなって。出演を了承したのもお店の宣伝のためですから、当たり障りのないこと言われてちゃちゃっと終わるんだろうと」
店主の妹は喉を潤すようにまた1口飲む。
「ほんと来てくれたのが三村さんで良かったです。ショーケースを見ている姿はとても楽しそうでしたし、試食のときの笑顔が最高でした! こんなにおいしそうに食べる人は初めてなくらいで、お姉ちゃんもきっと感じ取った思います。その辺はするどいですから」
「ちょっと恥ずかしいですね」
かな子は人差し指で頬をぽりぽりと掻く。
「私もお姉ちゃんもその笑顔が好きなんですから自信持ってください!」
「あ、ありがとうございます。えへへ」
「そういえばシュークリーム以外も作ったりします?」
「はい。シュークリームはもちろんのこと、クッキーやビスケット、あ、ホールケーキはちょくちょく作ってますよ」
「お、おおう、思ったよりガチ勢だった!」
「そうですかね? おいしいですよ、ホールケーキ」
そのとき、タイマーのアラームが小さく鳴っているのを耳が拾う。どうやら厨房の方向からだ。
「あ、そろそろ手伝いに戻らないといけないので、ハーブティー飲んでくださいね。気に入ったならお買い求めもぜひ、へっへっへ」
最後にしっかりハーブティーを売り込んでいき、店主の妹は厨房へ向かう。とても話しやすい人だったなと思いつつ、かな子は残りのそれを飲み干した。
1時間ほど経過して、やりきった感じのある店主がトレーを持って現れた。シュークリームの乗ったお皿が1つ載せられている。
「みなさん、お待たせしました。抹茶シュークリームの完成です」
テーブルに置かれたそれをディレクターやスタッフたちが確認したあと、わらわらと動き出す。カメラマンが位置につき、音響スタッフがピンマイクの電源を入れる。
「三村さん、店主さんもお願いします」
かな子と店主はカメラの前に位置取りし、他のスタッフたちの準備も完了したところで、
「では、撮影再開します。新作の試食シーンからです。5、4」
キューが出る。
『今回はさらに新作のシュークリームを試食させていただけるとのことで、それがこちらになります。ご紹介していただいてもよろしいでしょうか』
『こちら、抹茶シュークリームとなります。常連のお客様からの『他の味も食べてみたい』との要望に答える形で作りました』
『そうなんですね。では、さっそく試食していきたいと思います』
手に持ち、新しいシュークリームを観察する。シュー皮の膨らみは綺麗な丸型で、何より生地の色が少し濃くなっている。
『抹茶クリームは濃い緑色でパッと見た限り苦味が強そうなんですが、全然感じないです。むしろ抹茶の旨味と風味が口の中を満たしていくようで和の上品さを味わえる1品です。生地自体に少しだけ苦味が付けられているので、抹茶クリームがより引き立ちますね』
さきほどのシュークリームとこれを比べたら、間違いなくこっちを選ぶと思えるくらいによくまとまっている。
『大変おいしかったです』
『ありがとうございます』
『こちらのシュークリームはいつから販売する予定でしょうか?』
『当店の開店1周年の記念日である来月1日を予定しています。SNSでも情報発信しておりますので、そちらも確認していただけると幸いです』
『販売開始が楽しみですね♪』
ディレクターからカットがかかり、詰まっていた空気が体から一気にひゅうと抜けていった気がした。
「はい、この場面もオッケーです。あとはエンディングですね。レジの前辺りで撮影したいと思います」
「あ、はい」
かな子やその他の面々もディレクターの指示通りに素早く移動する。
「それではいきます。三村さん、ここで気を抜かずにばしっと決めてくださいね」
「はい」
立ち位置があらかた定まったところで、ディレクターからキューが出て、
『さて、そろそろお時間となりました。スイーツMakeMap、記念すべき1店舗めは“スイーツ
『当店では、たくさんのお菓子を取り揃えて皆様の来店をお待ちしております。近くに来たら立ち寄ってくださいね』
『ありがとうございます。ここのシュークリームはこだわりの詰まった1品でしたし、抹茶シュークリームも抹茶を最大限に引き出した商品でした! ぜひ来店してみてくださいね! それでは、レポーターは三村かな子でした。ばいば~い!』
台本にあった通りに、カメラに向かって笑顔で手を振る。
「……はい、オッケーです! 三村さんの撮影ポイントはすべて完了です。あとは、インサートは撮れそう? ならお願いね」
かな子はほっと胸を撫で下ろした。初めてのテレビ収録という特大のプレッシャーが空気の抜ける風船のようにしぼんでいく。
「かな子、お疲れ様」
「プロデューサーさん、どうでした?」
「良かったよ。と、いろいろ話す前に挨拶にいこうか」
「はい。最後までしっかりしないといけませんからね」
お礼の挨拶をするのは、テレビ収録に限ったことではなく、当たり前の礼儀だ。
たった15分の番組を制作するためにかな子は除いても、営業を行ったプロデューサーに制作会社のディレクター、AD、カメラマン、音響スタッフの方々、さらに取材を引き受けてくれた店主や妹さんといった人たちの協力のもとで本日の収録は行われた。
だからこそ偉そうにふんぞり返ることはできないし、もししてしまえばかな子のイメージも346プロのイメージも下がってしまうだろう。それで他のアイドルたちにオファーが来なくなってしまったら大変だ。
「ディレクターさん、本日はうちのかな子がお世話になりました」
「いえいえ、こちらこそ。ハプニングもありましたけど、概ね順調でした」
「ありがとうございます。ほら、かな子も」
プロデューサーに促されてかな子は1歩前に出る。
「今日はありがとうございました」
「三村さんもね、今日はお疲れ様。初めてのテレビ収録はどうでした?」
「かなり緊張しちゃって、足も震えてました。それにその、新作に追加コメントを勝手にして、収録も中断させてしまって」
「まあ、確かに私の指示を待ってほしかったですね」
「……すみません。焦ってしまって」
「ああいう場面になったら一旦止めるので指示を待ってくださいね。とはいえ、止めるのが遅れたのもありますし、何より店主さんも喜んでいますから“終わりよければすべてよし”で、次からは気を付けましょう」
今回は良い結果に終わったけど、もしかしたらなんてこともある。テレビ収録の難しさを肌で感じた。
「はい。気を付けます」
「さて、それ以外は初めてにしては上出来でした。だからしょんぼりしないでね? 次もよろしくお願いします」
「は、はい! よろしくお願いします!」
次にかな子は店主たちのもとへ向かう。
「今日はありがとうございました。シュークリーム、両方ともおいしかったです」
「最高の誉め言葉です。改めて、お姉ちゃんの無茶振りで困らせてしまって申し訳ないです。ほら、お姉ちゃんも」
「すみません。お菓子のこととなるとてんで視野が狭くなると妹から常々言われてるんですが……」
「いえいえ! 私こそ気のきいたコメントできなくて」
「そんなことありません。新作が完成したのはあなたのおかげです。これからのアイドル活動、応援させてもらいます」
「もちろん私も応援します!」
「ありがとうございます。なんだか少しこそばゆいですね」
「あ、サインもらってもいいですか? 店に飾るんで。色紙とかあったかなぁ」
店主の妹からサインを求められる。
──い、いきなりサイン……? みんなと話題になったときに考えてはあるけど。
「かな子、はいこれ」
用意周到なプロデューサーからサイン色紙とペンを受け取り、ちょっとの恥ずかしさを感じつつ、かな子はサインをすらすらと描く。日付を書いて完成だ。
「えっと、私のサインです。どうぞ」
「ありがとうございまーす! ちゃんとお店に飾るんでまたぜひ来てくださいね」
「はい! また来ますね」
上手く来店するように誘導されたのだと気づくが、それはまだ少し後の話だ。
「今日の収録、なんとか無事に終わりました。はぁ、肩がかなり軽くなりましたよ」
「改めて、お疲れ様。これからもしっかり頼むぞ」
「はい! 任せてください」
「慣れてきた頃ほど事故は起こりやすいんだからな」
「だ、大丈夫ですよ……!」
たぶん、とは言いたかったけれど言わなかった。
「事務所に戻ったら反省会をしようか。シュークリームでも食べながら、な」
「……! えへへ、楽しみです!」
「反省会も兼ねてるのを忘れないように。じゃあ、ちょっと買ってくるよ」
プロデューサーは店主たちの方へ向かっていった。
その後、事務所に戻って食べたシュークリームは格別な味わいだった。
* 【6】 *
テレビのロケを終えて数日が経ったある日、かな子が事務所へ来ると、プロジェクトルームにやばいのがいた。意味が分からないかもしれないが、やばい、というより不審な者がいるのである。
どことなく目が死んでいるカエルの着ぐるみらしきものが、ただ静かに佇んでいる。項垂れているようにも見える。
──あれなんなんだろう? ……不審者?
やがて、カエルの頭だけがゆっくりと動き、生気の宿っていない無機質な2つの瞳がかな子を捉えた。
「……ぱ……」
「えっ?」
「……げろぉっぱぁぁああああああ!」
カエルの着ぐるみは突如として叫んだ。呆気にとられていると、緩慢な歩みで、しかし確実にかな子の方へ近づいてくる。ゾンビでも中に入っているみたいだ。
すぐ目の前に立たれると、まるで壁のように大きい。所属アイドルのきらりと同じくらいだ。
「えっ……あ、……え? うーん?」
もはや困惑を隠せなくなってきたかな子は、実は夢なのではないかと疑い脇腹をつねってみるが、痛みはあるので現実だと判断する。
そんなかな子を余所にカエルの着ぐるみの頭が外された。
「ふぅ、おはよう、かな子」
満面の笑みのプロデューサーがその顔を顕にした。
かな子はソファに座り、テーブルに焼いてきたクッキーの袋を広げる。対面にはプロデューサーと前川みくがいる。
「みくが事務所に来たときにはもうこんなんだったにゃ」
「そ、そうなんだ」
プロデューサーはなぜか得意げだ。
「プロデューサーさんはなぜカエルの着ぐるみを?」
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれた。この着ぐるみはな、智絵里のために用意したものだ」
「智絵里ちゃんの?」
「そう。明日、ファッション雑誌のオーディション枠の撮影があるんだ」
──そういえばそんなこと言ってたような気がする。
「それとカエルにどんな関係が?」
「智絵里は人前に立つのが苦手だから、私がこれで悪目立ちすれば大丈夫かなって。その予行演習だ」
「やめたほうがいいです」
食いぎみにかな子はすっぱりと言う。奇人変人プロデューサーとして、変な噂が立ってしまいそうである。
「……え、かな子もそう言うのか。みくも同じことを」
「当たり前にゃ。プロデューサーが奇行に走ろうとしたら止めるでしょ」
「今日のみく、なんか冷たい」
「フンっ、楓さんや美波ちゃんたちばかりデビューの予定があって羨ましいとかぜーんぜん思ってないにゃ」
──絶対思ってるんだろうなぁ。みくちゃん、アイドル活動に貪欲だから。
楓はソロで、美波はアーニャと共にユニットとしてデビューの計画がある。着々と準備が進んでいるのはアイドル部門に所属する者なら理解できるだろう。
「まあまあ、みくちゃんのこともちゃんと考えてますよね、プロデューサーさん」
「もちろん。鋭意検討中です」
「ほんとかにゃぁ? ま、できなかったら末代まで呪ってやるにゃ。ネコチャンは怖いんだからねぇ。ふふふ」
ちょっと悪い顔をしながら、みくはてしてしとネコパンチをプロデューサーへ繰り出している。
「うーむ、しかしどうしたものか。智絵里の肩の力を抜く方法は振り出しか」
「あっ! じゃあプロデューサーが撮影現場でネコミミを付けるっていうのはどうにゃ?」
「そんな恥ずかしいこと無理」
「はあ!? カエルの着ぐるみ着ようとしていた人のセリフじゃないよっ!? ブーブー!」
みくがブーイングを飛ばす。
「私も思い付かないし、とりあえずお菓子食べませんか? 今日は、ビスケット焼いてました!」
朝から剣呑な雰囲気になるのは避けたいし、お菓子を食べれば何かいい案が浮かぶかもしれない。
「かな子印のビスケットか。味は折り紙つきだな」
「じゃあ、みくはコーヒー淹れてくるにゃ。まあインスタントしかないんだけどね」
「私はミルクで」
「プロデューサーは自分でやってにゃ」
「えー、はいはい」
2人が給湯室へ向かい、かな子はビスケットを用意した。
その後、コーヒーとビスケットを食しつつ、ああでもないこうでもないとレッスンの開始時刻まで智絵里の肩の力を抜く方法を脱線を繰り返しながら話し込んでいたのだった。