プロデューサーはじめました。   作:テラリウムA

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40話 みりあ is NUMBER ONE(2)

* 【3】 *

 

 

 翌日、346プロアイドル部門のフロアにみりあの姿があった。休憩スペースにいくつか置かれた椅子に座りながら窓越しに風景を眺めている。

 

 オフィスビル30階ということもあって、ここから見える風景はなかなかに壮大である。

 

 太陽は元気いっぱいのみりあに負けないように輝きを放ち、街を照らしている。ぷかぷかと浮かぶ雲たちは、ときに鯨のように、ときにウサギのように、ときにアイスキャンディのように、その形を変えながらどこへともなく流されていく。地面からにょきにょき生えている建物郡は相変わらず地味で、車はアリのように道路を行き交っている。街路樹の葉はまだ青いものの、あと1月もすればだんだんと秋の訪れを告げることになるだろう。

 

 土曜日である今日はみりあの通う小学校はお休みだが、いわゆる社会人という人々は違うらしい。そして、みりあもそこに仲間入りすることになるのだがそれはまだ先の話だ。

 

「レッスンの調子はどうだい」

 

 いつの間にか音もなく立っていたプロデューサーがみりあに話し掛ける。

 

「……! あ、プロデューサー! 今のところはバッチリ! 聖さんも優しくしてくれるよ!」

「そうか。ならいいんだ」

「プロデューサーはどうしたの? あ~、サボり~? いーけないんだ、いーけないんだ♪」

 

 みりあは足をパタパタさせながらPを追及する。

 

「ふっ、これはサボりではない。戦略的休憩というのだよ」

「難しく言ったってみりあは騙されませーん! こういうの“ものはいいよう”って言うんだよね」

「よく知ってるな」

「えへへ。あのね、お父さんが綺麗な女の人のDVD?を持っててね、それをお母さんが問い詰めているときに教えてもらったんだ! あのときのお父さんはすごく慌ててたんだけど何だったんだろう?」

 

 不思議がるみりあの傍らで、それはきっとお父さんの秘蔵のコレクションだったに違いない、とPは感付いた。どうか慈悲深い判決が出たことを祈っておく。

 

「それは私にもわからないな」

 

 Pは知らんぷりを決めつつ、

 

「そうだ、みりあ。ダンスレッスンのあと時間あるか?」

 

と聞く。スケジュールは把握してるが、一応の確認だ。

 

「うん、あるよ。午後からのボーカルレッスンまで時間が空くよ。……? っ! もしかしてお仕事のこと!?」

「すごい直感だな。その通りだ」

「やったぁー!! みりあの初仕事だぁー!!」

 

 椅子からがばっと立ち上がり両手を高く上げて万歳のポーズを取るみりあ。喜びを全身で表しているとすぐわかる。 

 

「こらこら、あまりはしゃがない。楽しみだからって、ダンスレッスンをおろそかにしないように」

「はーい! どんなお仕事かなぁ?」

「あとで教えるよ。ほら、そろそろ時間だから準備しておいで」

「うん! またあとでねプロデューサー!」

 

 みりあはPに促されて早足でロッカールームへとレッスンの準備へ向かった。

 

 

 * * *

 

 

 ルンルン気分のみりあは改めて企画書を手にとる。それはプロデューサーから伝えられた初仕事に関するものだ。

 

「えへへ~」 

「おやおや、みりあちゃん。何か良いことでもあったのかな?」

 

 思わず笑みがこぼれてしまったみりあの肩越しに本田未央が話し掛ける。

 

「あっ、未央ちゃん! おはようございますっ!」

「おはよう、みりあちゃん。それで、何をそんなにニコニコと……おっと、これは」

「えへへへ、うん、実はね、私にも初仕事が来たんだよ!」

「おおっ! ついにみりあちゃんにも! へっへっへ、先輩として鼻が高いぜぇ!」

 

 未央はどや顔でどんと胸を張る。

 

「それで、どんなお仕事なの?」

「あのねあのね、動物園のロケなんだ! 楽しみだなぁ~」

「どれどれ、おー、あそこかー。そういえばリニューアルのために一時閉園してたっけ。私も行ったことあるよ」

「未央ちゃんも!? 私もだよ!」

 

 みりあが出演するのは毎週日曜日の午後に放送されている関東ローカル番組だ。そこの特集コーナーで、リニューアル工事が完了し、まもなく開園する動物園の紹介レポーターが彼女の初仕事である。生放送ではない。

 

「未央ちゃんもニュージェネでテレビ出てたよね! 何かコツがあれば教えてください!」

「ええっ? コツねぇ……うーん……失敗を恐れないでロケをする、とか?」

「おおぉ! なんかそれっぽい! 未央ちゃんすごい!」

「いやぁ、アハハ……」

 

 みりあから向けられる純粋な瞳に未央は複雑そうに笑う。

 

 テレビ番組で流すニュージェネレーションズのファーストシングル発売告知を撮影した際、緊張マックスの未央が噛みまくってNGを連発したことは遠き日の思い出である。

 

「ねぇねぇ、他には?」

「えーっとね……無理してカッコつけないとか?」

「カッコつけない? どういうこと?」

「無理してカッコいいこととか、テレビ映えしそうなことを言おうとすると気持ちが乗らないんだ。あ、もちろん、本当にそう思ったのならいいけど」

 

 未央は続ける。

 

「みりあちゃんさ、テレビ見てて“あれ、なんかこの人棒読みだなぁ”って思ったことない?」

「あるあるーっ! コメントするんだけど楽しそうに見えないときある! あれなんでかなぁ?」

「たぶん“本当は楽しくないけど番組に合わせてコメントしてる”んだと思うよ。それはそれで正しいのかもしれないけどね。ただ、視てる側からすれば案外分かっちゃうから」

 

 みりあにだって、あくまで直感でだが、経験がある。

 

「そうなんだ。テレビって難しいんだね」

「そういうの業界なのかもしれないけど、やっぱり見ててつまらないからね。無理するくらいなら思った感想すぱっと言っちゃったほうがいいのさ。あ、言い過ぎはご法度だよ? もちろん言葉遣いもね。私との約束だぞ☆」

「うん。ありがとう未央ちゃん! 私、気を付けながら頑張ってみるよ!」

「その意気!」

 

 未央は右手でグーサインを作り、みりあへ向ける。

 

「ふぅー。いっぱいお話聞けてよかった。ありがとう未央ちゃん!」

「仲間同士助け合わないとね」

 

 ──あ、そうだ。先輩って呼ぶと喜ぶってプロデューサーが言っていたような、そうでないような? ま、いっか!

 

「よっ、未央ちゃん先輩! だいぎんじょー!」

「よせやい、テレるぜ……ん、大吟醸?」

 

 みりあがなぜか唐突にお酒の名前を叫んだので未央は困惑する。

 

「? どうしたの?」

「あ、えっと、今大吟醸って言った?」

「うん! 楓さんがね、『みりあちゃん、だいぎんじょーはとっても頼りになるんだじょー、ふふ』って大きい瓶持ちながら言ってたから、頼りになる人を“だいぎんじょー”って呼ぶのかなーって」

「……とりあえずそれは大人になるまで封印しとこっか!」

 

 その後、未央の報告を受けたプロデューサーにより、楓がロッカーに置いていた未開封の大吟醸は回収された。

 

 厳重注意された楓は『お守り代わりだった。今は反省している。次からは家で飲みましゅ』とのことだった。そして、346プロダクションアイドル部門へのお酒の持ち込みは缶・瓶・パック問わず禁止されることになったのである。

 

 

 * * *

 

 

 通常のダンスとボーカルのレッスンもしっかりこなし、さらに初仕事まで決まったみりあは意気揚々と帰路につく。

 

「美嘉ちゃん、莉嘉ちゃん、またねー!」

「うん、みりあちゃんもまた明日☆」

「気を付けて帰るんだよ~」

 

 同じボーカルレッスン組だった莉嘉と一緒に帰るために待っていた美嘉に手を振りながら、みりあは彼女たちと反対方向へ歩き出す。

 

 プロデューサーは送っていこうかと尋ねてきたものの、16時過ぎでまだ外は明るいため、徒歩で帰ることにした。

 

 自宅までの約20分は長いようであっという間だろう。

 

 駅や繁華街を抜けるとさきほどまでの人混みも減り、幾分歩きやすくなる。減るといっても人の流れがぱったり途切れるほどではない。

 

 目印になるスーパーマーケットやコンビニ、公園などを頼りに道を進んでいく。

 

 思えば、オーディションの日は地図を片手に346プロへ向かったものだ。両親は送っていこうかと何度か誘ってくれたが、1人で歩いていくとみりあが決めると地図を印刷してくれた。

 

 あの時はオーディションへの緊張と道に迷わないか不安でどきどきが止まらなかった。地図とにらめっこしながら、会場だった346プロを目指していたし、視界にそれが入ったときの安堵感は緊張と不安をかき消すほどだった。

 

 公園を通りすぎて少し進んだとき、

 

「おねえちゃん、まって~」

「ほら、置いてっちゃうよ」

「うう……おねぇちゃぁん……」

「……もう、手つないであげる」

「……! えへへ~」

 

と幼い姉妹が公園の方へ駆け足で向かっていく。

 

 みりあは気付けば立ち止まっていて、その姉妹を無意識に目で追っていた。おねえちゃんのほうは、みりあよりもかなり年下で5歳くらいだろう。

 

 妹と手を繋ぎ、2人で仲睦まじく去っていく姿はとても立派な姉の姿だった。

 

「お姉ちゃん、か」

 

 ぽつりとつぶやいたみりあは、また歩みを進め始めた。

 

 

 

 

 自宅の玄関の前に立ち、インターホンを鳴らそうとする指が止まる。いったん息を吸って吐いて気合いをいれる。家に入るだけで気合いを入れるなんておかしいなと思いつつ、インターホンを鳴らした。

 

 すぐにパタパタ、ガチャガチャとドアの向こうで生活音がしてがちゃりと鍵が解除された。

 

「みりあ、おかえり。今日はどうだった?」

「ただいま、お母さん! あのね! みりあね──」

 

 ダンスレッスンでは前回踏めなかったステップが踏めるようになって、ボーカルレッスンでは音程が合ってきて、さらには初仕事も決まったんだよ!──そう言おうとした。

 

「おぎゃあ、おぎゃあ!」

「あらあら、また泣いてる! ごめんね、みりあ。とりあえず手を洗ってきて。後でおやつがあるから一緒にたべましょう」

 

 いっぱい話したいことがあったのに──みりあはその思いを飲み込んで、妹の泣く声に慌ててあやしに行った母親の背中へ、

 

「……あっ、うん」

 

とだけ返事をした。

 

 

 * * *

 

 

 みりあがお姉ちゃんになると伝えられたのは去年の暮れのことだ。クリスマスという子供にとっての一大イベントが終わり、さて今度は年越しだというタイミングでだ。夕食終わりに真面目な顔をした両親に告げられた。

 

『えっ? えっ? おねえちゃん? みりあが?』

 

 いきなりのことに頭に疑問符を浮かべながらオウム返しで聞き返す。

 

 そういえば、と思い出す。夕食の前に何かこそこそと話している様子だった。おそらくこのことだったに違いない。

 

『そうよ。みりあがお姉ちゃんになるの。今日ね、お父さんと2人で病院に行って検査してきたの。そうしたらお腹に新しい命が宿ってるって』

 

 最近、母親が体調を悪くするときがたまにあった。風邪ではなかったみたいだしなんでだろう?と考えていたが、きっとつわりだったのだろう。

 

『すっごーい! ねぇねぇ、弟? それとも妹? いったいいつ産まれてくるの!? あ、お腹に耳当ててみてもいい?』

『落ち着いて、みりあ。まだ聞こえないわ』

『あっ、ごめんなさい。嬉しくて、つい。んー、えへへへ。みりあもついにお姉ちゃんかぁ』

 

 顔を綻ばせるみりあに対して、真面目な姿勢を崩さない父親はごほんと咳払いをする。

 

『それでな、みりあ』

『……どうしたの?』

『これからお母さんのお腹はますます大きくなっていくんだ。そうなると、今までできていたことが難しくなったり、体調を崩してしまうこともあるんだ。だからな──』

 

 さらに続けようとした父親の発言を遮って、

 

『じゃあ、みりあもお家の手伝いするっ!』

 

と言う。

 

『みりあがね、いーっぱいお手伝いして、お母さんが楽になるようにする! ゴミだしとか、ごはんの手伝いとか、それからそれから~』

『ありがとう、みりあ。もちろん、お父さんも負けずに手伝うからな。2人でがんばろう!』

『うん! みりあ、立派なお姉ちゃんになるよ!』

 

 それを聞いた両親はどこか嬉しそうで、みりあはより頑張ろうと思ったのを憶えている。

 

 ──私、ちょっと自信がなくなってきちゃったな……。

 

 あの頃の自分と重ね合わせてしまうと、今の自分がいかにくすんでいるかが分かってしまう。

 

 ここ最近、父も母も妹の世話で忙しい。それはそうだ。教えてもらった通り、まだ言葉を話せない赤ちゃんは泣くことでなんらかの意思表示をするのだから、対応しない訳にはいかない。

 

 ミルクだったり、オムツだったり、眠いときだったりと様々ある。別にみりあにも同じことしてほしいとかでは、もちろん、ない。

 

 ただ、面と向かって話す暇がなくて寂しいと感じるし、構ってほしいという気持ちもある。正直、妹が羨ましい。こんなこと両親に伝えたら迷惑かもしれないと思うと言うのを躊躇してしまう。

 

 ──妹ができるっていうのはこういうことなのかな……。他の人も似た思いをするのかな? 私はダメなお姉ちゃんなのかな?

 

 疑問の答えが提示されることもなく、やがてその光景がだんだんと光に包まれていき視界が白く染まっていく。

 

 

 * * *

 

 

 ゆっくりまぶたを開けるとすでに朝になっていた。

 

 眠りから覚めたみりあはタオルケットをはぐりベッドを降りて窓のほうへ。カーテンを開けてみるとあいにくの曇天が、青空が隙間から覗くこともないほどにしっかり空に蓋をしている。まるで心のモヤモヤが漏れ出てしまってあのコンクリート色の雲になってしまったかのように思えた。

 

 眺めていても時間ばかりが過ぎてしまう。今日も学校だ。服を身繕い教科書やノート、筆記用具をランドセルへ詰める。身支度を終えて、リビングへと向かう。

 

「みりあ、おはよう」

 

 朝食のいい匂いを鼻でキャッチするのと同時に母が朝の挨拶をしてきたので「おはよう、お母さん!」と返事をしておく。今朝のメニューはなんだろうか。

 

「よーしよし。美味いか?」

 

 一方、ソファでは父が哺乳瓶片手に妹へミルクをあげている。

 

 みりあにとって妹はとても可愛い存在だ。泣いて笑って、精一杯生きている。顔を覗き込むと微笑んでくれている──気がする。嫌いじゃない。むしろ大好きだ。大きくなったらお姉ちゃんと呼んでくれると嬉しい。初めて発する言葉が“お姉ちゃん”だとさらに良い。

 

「………………」

 

 一晩寝ればこのモヤモヤはなくなるかと期待していたが、そうはならなかったらしい。妹のことが羨ましい。そしてやっぱり寂しい。

 

「お、みりあも起きたか。おはよう。そうだ、ミルクあげてみるか? 結構ごくごく飲むんだなぁ。こりゃ、すぐでかくなるな。はっはっは!」

 

 今は、心の整理がついていない今だけは、妹の方を見ることができない。ちょっとだけ距離を取りたい。

 

 父の呼び掛けにみりあはそっと視線をそらす。

 

「お母さん、手伝うよ!」

 

 そんな自分を誤魔化すようにキッチンで調理中の母親に手伝いを申し出る。

 

「そうねぇ、じゃあできた料理運んでくれる?」

「わかった!」

 

 配膳を頼まれたので、みりあはおぼんにお皿をいくつか載せていく。白米におかず、味噌汁。今日は焼き鮭のようで、皮までしっかり焼き目がついている。味噌汁はかぼちゃだ。

 

 あらかた配膳も終わり、あとは食べるだけ──。

 

「おわあっ!?」

 

 不意に父が驚いて声をあげた。どうやら妹が吐き戻しをしたようで、慌てた父が若干パニックになっている。

 

「どどどうしたんだ!? 飲ませ方が悪かったのか!?」

 

 見かねた母が駆け寄る。

 

「なんかの病気か!?」

「お父さんは吐き戻しは初めてだったわね。大丈夫よ。飲み過ぎたり、ゲップが少なかったりするとなるの」

「そ、そうか」

「ええ。だから安心して。それからシャツも換えてきて。掛かっちゃってるから」

「あ、本当だ」

 

 父は背広とネクタイはしてなかったものの、白いシャツには吐き戻しの際に出たミルクがべっとりと掛かっていた。

 

「みりあ、ちょっとふきんとってもらえる?」

「はーい」

 

 キッチンからふきんを持って母へ渡す。

 

「ありがとう。あ、みりあ。朝ごはん、冷めないうちに食べてて」

「え、でも」

 

 朝ごはんは3人で一緒に食べるって──そう言いたかった。

 

「ごめんね。赤ちゃんの服も汚れてるから換えないといけないの」

 

 みりあはその言葉を飲み込んで、

 

「……わかった」

 

と返事をする。

 

 そして、1人ポツンといつもの席につき箸を手に取った。

 

 

 

 

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