プロデューサーはじめました。   作:テラリウムA

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すみません、時間かかりました。


45話 カンザキランコと堕天使の宝石(1)

* 【1】 *

 

 

 東京──そこは見渡す限り人で溢れ、ビルに車に電車に飛行機でごった返し、政治の中心であると同時に蠢く闇が闊歩する鉄とコンクリートの街。清濁併せ呑むこの人口約1400万人の街に1人の少女が降り立った。正確には東京駅の19番ホームだが。

 

「くくく……。我が力この地に降り立ち、解き放たれん!(ようやく着いたぁ! こっちでもがんばるぞ!)」

 

 すべての人に聞かせるように少女は高らかに宣言する。なんだなんだと周囲の視線が一気に集まってしまい、我に返る。上がっていたテンションがしぼむ。

 

「あぅ……あ、あっちかなー……」

 

 顔が熱くなるのを感じつつ、そそくさと新幹線ホームを離れた。

 

 

 

 

 ひとまず改札を通ったものの、駅の構内──おそらくは構内であろう場所──でそこから迷った。

 

「ハァ……ハァ……ようやく、外に出れた……」

 

 キャリーケースを引き、息も切れ切れの少女はようやくの外の光景に安堵する。このまま永久にさ迷ってしまうのではないかと不安で仕方なかった。30分程度で済んで幸いだった。

 

「これが東の京に存在するという……人外魔境か。何人も寄せ付けぬその力凄まじい……!(噂に聞いてた東京駅って、こんなのもはや迷路じゃん!)」

 

 8月はまだまだ暑い。ポケットからハンカチを取り出して額の汗を拭うが、直射日光が常に降り注ぐ中では効果が薄い。

 

 待ち合わせの八重洲中央口は発見したことだし、、とりあえず冷房の効いた屋内に戻り、邪魔にならない隅でスマホを操作する。

 

 熊本駅を出発して早6時間あまり。東京駅に到着した時にはすでに正午をまわっていた。座っているだけというのもそれはそれで疲れる。ちょっとお尻が痛い。

 

「えっと、迎えにきてくれるはずだけど……?」

 

 スマホを見ても母親からの連絡しかない。

 

 事前に事務所へ新幹線の予定到着時刻は伝えた際には、東京駅まで迎えに行くと連絡があったから来ないはずはない。

 

 ──この人混みだから見つけられないのかな? あんまり動きまわらないほうがいいよね。

 

 周辺をざっと確認しただけでも、スーツを着用したサラリーマンが大勢いる。全国津々浦々から東京まで出張にきたのだろうか。彼女自身にはさっぱり見分けがつかない。

 

 5分経過。まだ来ない。

 

 10分経過。まだである。不安がよぎる。

 

 ──来ないなぁ……。もしかして、オーディション合格っていうのは私の勘違いだったり?

 

 合格通知を見た記憶は確かにあるが、あれは幻だった?

 

「……」

 

 知り合いのほとんどいないこの大都会東京でたった1人、来るかもしれない人を待つこの侘しさ。数えきれないほど人はいるのにぽつんとひとりぼっちに感じる寂しさ。これが東京という街なのか。

 

「我が魂が震える……(うぅ、なんか寂しいよぉ)」

 

 1回連絡してみようかなと思ったとき、背後に気配を感じてバッと振り向く。

 

「さ、さ迷える悪霊かっ!?(だ、だれっ!?)」

 

 そこにいたのは少女よりも頭1つ分大きい男だった。背広は着ておらず、腕捲りをしたワイシャツの胸ポケットにネクタイを突っ込んでいる。

 

「こんにちは」

 

 男の目が一瞬ギラリと赤く光った気がした。闇のオーラみたいなのも感じたりしたような、しなかったような。 

 

 ──あわわわわ……! 話しかけられちゃったぁ! ど、どうしよー! お、落ち着いて……話をしよう……。もしかしたら困ってそうだから声をかけてくれたとか。あっ、でもでも、東京は不審者も多いってお母さんが……。こういうときはどうしたら……け、警察? 警察呼んじゃう!? もし親切な人だったら……うぅー……!

 

 少女の表情はあわあわしたり青ざめたり深呼吸したり目が泳いだり混乱していたりと百面相のようにコロコロと変わる。 

 

「──し。もしもーし?」

 

 頭の中で考えが堂々巡りしていると、その男は少女の眼前で手を振りながら声をかけてきた。

 

「ファッ!? わ、我輩に何かご用でござりますですますでしょうきゃっ!?」

 

 めちゃくちゃな返答をする少女にその男は苦笑いを浮かべる。

 

「ええ、まあ。お名前を確認したいのですが、あなたは神埼蘭子さんで間違いないですか?」

「え、あ、はい。そうです」

「そうでしたか。私、こういう者です」

 

 その男はポケットからケースを取ると、そこから1枚の名刺を抜いて少女──神崎蘭子へ差し出した。 

 

「みしろぷろだくしょん、あいどるぶもん、ぷろでゅーさー……てんつ?」

「それは“あまつ”と読みます。遅くなってしまい申し訳ないです。渋滞にハマって20分ほど動けずにいまして。とりあえず連絡通り迎えに来ました」

 

 蘭子の脳みそが徐々に状況を理解し始める。346プロダクションでアイドル部門のプロデューサーを務める天津──要するに、待ち人来たり、である。

 

「くく……」

「……?」

「くっくっく、アーハッハッハ! 待ちくたびれたぞ、我が下僕! この時間、我が魂は虚空の彼方で震えていたぞ!(もぅ遅いです! ちょっと寂しかったんですからね!)」

 

 待っていた迎えと無事に合流できたことで少し気が大きくなり、ビシッと仁王立ちしながらよく響く大きめな声で叫ぶ。当然、周囲の人々から注目されたが、このときは気にならなかった。あとでふと思い出して恥ずかしくなってベッドでじたばたするのは秘密である。

 

「ははっ、面白い子だ。荷物持ちますよ。まずは車まで行きましょうか」

 

 彼に荷物を持ってもらいつつ、蘭子は置いていかれないようにその背を追った。

 

 こうして神崎蘭子はアイドルの道を1歩踏み出した。

 

 

 

 

 346プロダクションの所有する寮への道すがら、送迎の車内から窓景色を眺める。東京というだけで、なぜだかとても特別に感じる。

 

 道行く人々はさりげなく洒落ていて、街並みはすっきりと洗練されていて、なんだったらそこら辺の全国チェーンのコンビニの看板や地元にいくつもあった道路標識の1つに至るまでが特別感をまとっている。

 

 これが東京補正だろうか。蘭子と同じように上京した人は皆似たようなことを考えるのだろうか。

 

「着きましたよ」

 

 そんなことを緊張とぼんやりを混ぜ合わせたような感覚の中で考えていると車が停まる。ドアを開け、降車して顔を上げると築年数そこそこの建物があった。外壁は比較的綺麗ではあるものの、新築ではないと明白に分かるくらいの年数が経過しているとはっきり分かる。

 

「ここが我が羽を休める魔王城か(ここが寮なんですねぇ)」

「届いた荷物は部屋に運んであります。中に入りましょうか」

 

 オートロックを解除したプロデューサーに連れられて寮へと足を踏み入れる。監視カメラもあり、防犯にはそれなりに配慮している。内装はリフォームしたのか想像よりもずっと綺麗だった。

 

「神埼さんは103号室ですから、靴はその番号のロッカーに入れてください」

 

 言われた通りに靴を脱ぎ、“103”のロッカーにしまう。

 

 玄関を抜けると右手側に階段があって、次に廊下に出た。個室のドアが8つ並んでいる。2階と3階にもそれぞれ8部屋ずつの合計24部屋となる。

 

 蘭子とプロデューサーは103号室の前で立ち止まった。

 

「ここが神埼さんの部屋です。中に入る前に軽く説明しますと、階段の横がリビングダイニング、その奥が洗濯室、浴場となっています。あとでまた案内しますのでこれくらいで」

 

 プロデューサーはポケットを漁ると部屋番号が彫られたテンプルキーを取り出し、蘭子へ手渡した。

 

「この部屋の鍵です。どうぞ」 

 

 蘭子は受け取った鍵を鍵穴に差し、一呼吸置いてから、右にまわした。

 

「いざ、魔力炉の封印を解き放つとき……!(ここが私の部屋……!)」

 

 蘭子に割り当てられた個室は、魔の力に満ち溢れ何重にも張られた結界がその力を抑え込まなければいけないほどの暗黒の居城とか、魑魅魍魎が跋扈する血みどろの異世界とか──ではなく、至って普通の個室だった。

 

 これといって何か印象的なものはなく、ベッドと机、クローゼットその他が置かれているだけのシンプル仕様だ。

 

「では手荷物は置いて、寮の中を案内します」

 

 彼がそう言うので、蘭子は手荷物を乱雑に置き、一緒に部屋を出た。

 

 

 

 

 以外と普通というのが寮を一通り案内され終えた蘭子の第一印象だった。

 

 この寮──名前は若葉寮──は、確かにお風呂は実家よりも数倍大きいし、リビングダイニングに設置されているテレビは8K対応の50インチだ。

 

 ただ、想像の中での寮とはなんか地味だと感じた。もちろん想像力を働かせ過ぎて、現実とのギャップに驚いてしまったことも考えられるだろう。期待を膨らませ過ぎていたのは認める。

 

 とはいえ、それをずっと考えていても仕方がない。とりあえず荷ほどきを始めよう。終わったら部屋の模様替えもやろう。

 

 そう段取りを決めつつ段ボールに封をしていたガムテープに指を掛けたときである。

 

 ガチャガチャガチャガチャッ──不意を突くようにドアノブが激しく音を立てた。

 

「──!?!?!?」

 

 驚きのあまり蘭子は声が出せない。突然の事態に混沌とする頭の中で、そういえばプロデューサーが車内で言っていたことを忽然と思い出す。

 

『今から案内する寮は元々は別の会社の所有で、うちで買い取ってリノベーションした』と。

 

 東京の街並みを眺めていて適当に聞き流していたが、今思えばとても重要な事項だったのではないだろうか。

 

 つまり、何らかの要因でさっきのような()()の現象が多発することになり、その結果前の所有者がここを手放さざるを得なくなり、それを知ってか知らずか346プロダクションが買い取ってアイドルたちの寮として使用していると。

 

 もしそうだとしたら、ここはとんでもない場所となる。その格好から勘違いされやすいが実はホラーが大の苦手な蘭子にとってはなおさらである。

 

 ──ど、どどど、どうしよう!?

 

 どうしたらいいかわからずにあたふたしているときだった。

 

 コン、コン、コン──3回、ノックされた。

 

 ドアをノックする音が室内に響くと同時に静けさが室内に充満する。この世界から音という音をすべて消し去ってしまったかのようにしんとした静寂となる。

 

 思考回路が完全に停止する。何も考えられない。

 

「……………………………………くぁwせdrftgyふじこlp──!?」

 

 数秒後、再起動し状況を飲み込んだ蘭子は声にならない悲鳴をあげた。

 

「──きゅう……」

 

 そして、全身の血の気がさあっと引いていく感覚とともにゆっくりと視界が暗転していった。

 

 

 

 

 アイドル、それは女の子の憧れ。ステージ上での歌やダンスに始まり、雑誌掲載、ラジオやテレビ出演、イベント参加になんちゃら大使などなど。なんでもござれのオールラウンダー。もちろん新曲発表やライブも忘れない。

 

 そんな憧れの職業にそう簡単になれるはずもなく、アイドルを目指すものの道半ばで諦める人も多い。というよりもほとんどの人がそうなるだろう。夢への道は険しくきつい。

 

 最もアイドルになれる可能性が高いのは、やはり各芸能プロダクションが実施するオーディションに参加し勝ち抜くことだろう。

 

 言葉にする分には簡単そうだけれども、アイドルオーディションというだけあって、参加者たちのレベルは高めだ。

 

 この中からたった一握りの合格者が出る。たとえどれだけ可愛くても、綺麗でも、おっぱいが大きくても、不合格ならそこで終わり。

 

 厳しい現実の中、あるオーディションが行われた。誰もが名前くらいは耳にしたことのある346プロダクションのアイドル部門でのオーディションである。

 

 SNSのトレンドでその存在を知った蘭子はそのオーディションに応募した。迷いはなく、手が自然に動いたと感じていた。

 

 アイドル自体に漠然とした憧れはあったが、その理由は──なんだろうか。正直、これといった明確な理由は思い浮かばない。なんとなく、と言うほかない。たとえ突き詰めても同じ結論になると思う。

 

『ご、ごごご、合格ぅっ!』

 

 ともかく蘭子は書類選考に応募し、そして合格した。通知を見た時は、嬉しさ10%、驚き80%、なんかいろいろが10%な気分になった。

 

 両親に報告したら開いた口が塞がらない様子だったけれど、周囲からは内向的だと評価されているので無理もない。

 

 神崎家リビングにて緊急の家族会議が召集され、蘭子は事情をちょっと盛って説明し、東京で行われる面接に参加したいと伝えた。初めは渋っていた両親も蘭子の決意が固いとわかり、悩んだ末に了承してくれた。

 

 準備を整え、そうして訪れた面接当日。

 

 元々、神奈川の友人と会う予定のある母とともに蘭子は生まれて初めての東京へと出発した。行きは飛行機、帰りは新幹線だ。

 

 初めての飛行機は離陸こそガタガタ揺れて不安だったが、そのドキドキだったものは飛行中の窓から見える地上からは見れない景色によってどこかへ追いやられ消えた。

 

 フライトは何事もなかった。ドラマや映画のような悲惨な事故やハイジャックはなく無事に目的地へ到着する。実は飛行機事故よりも交通事故の方が起きる確率が高いらしい。

 

 初めて降り立った東京は新鮮な場所だった。ドキュメンタリーで見た蟻の行進のような行き交う人々の数に驚いたし、なんかお洒落な雰囲気が漂ってるし、在来線が数分おきに来るのはなんて便利なんだろう。乗り遅れてもすぐに次が来るのは心強い。

 

 地元である熊本もまあまあ大きいと思っていたけど、格の違いというものをまざまざと見せつけられた。

 

『じゃあがんばってきなさい』

 

 さて、母と一旦別れ人の波に乗りつつ在来線で最寄り駅へ、そこから地図アプリに従い、会場の346プロダクションへ向かった。

 

 二度見するほどのデカいビルに恐る恐る足を踏み入れ案内に従って進む。エレベーターは音もなく動き出し、すぐに目的階まで蘭子を送り届けた。

 

 廊下を進み待合室の前まで来ると名前を聞かれ、次に開始時刻まで着席して待つようにと、やけに目立つ黄緑の女性に言われた。入室した際にライバルを見定めるような視線か集中して慌てて空いている席につく。

 

 時間になるのをただただ待った。面接(これ)で全てが決まるからか、待合室には張り詰めた空気が流れ、緊張と不安でみんなピリついていると肌で感じさせられる。

 

 1秒が1分にも、1分が10分にも感じられるような重苦しい空気の中で、蘭子は開始時刻を待つ。周囲に当てられ、蘭子もまた緊張してきた。心拍数が上がっていくのを自分自身でも実感した。

 

 この空気を破るように不意にドアが開かれ、黄緑の女性にオーディションの開始を告げられる。まず参加への謝辞があり、次に説明があった。5人ずつ名前が呼ばれた人から隣の部屋へと移動するらしい。

 

 第一陣に蘭子の名はなく、ホッとしたような、しかし早く呼んでほしいなぁという焦燥の感情が入り交じる。

 

 続く第二陣、第三陣にも蘭子の名はない。

 

『神崎蘭子さん』

 

 そうしてついに蘭子の名が呼ばれた。返事をして立ち上がり、椅子を元の位置へ戻す。とにかく返事ははっきりと、椅子やドアは丁寧にという母の教えだ。

 

 隣にある面接室へ向かうと、5つある椅子の最後の席に誘導される。

 

 さきほどの黄緑の女性は入室したドアの近くに、蘭子たちの前には眼鏡をかけた初老の男性と明らかに若い男性がいる。上司と部活だろうか。

 

『ではオーディションを始めます。まずは自己紹介をお願いします』

 

 蘭子から見て一番右の参加者が自己紹介を始める。このままいけば最後になる。それまでにしっかりまとめておかねば。

 

 次々に進み、ついに4人目が終わろうとしている。もうすぐ順番がまわってくる。

 

 昨日の夜いろいろ考えて、可愛くやろうとか、ちょっとクールにとか最初は良い案かと思ったけど、やっぱり自分らしくいきたい。心に閉まっておくのではなく、自分の世界というのをもっと表に出していきたい。

 

『では次の方、お願いします』

 

 来た。いよいよ蘭子の番だ。

 

『……ふぅ』

 

 1度呼吸を整えてから蘭子は声を張る。思い切り、少しなヤケクソを添えて。

 

『ハーッハッハッハッ! 我が名は神崎蘭子! 火の国より舞い降りし堕天使である!!』

 

 と。

 

 

 

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