プロデューサーはじめました。   作:テラリウムA

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46話 カンザキランコと秘密のグリモワール(2)

 

 

「──我が名は神崎蘭子! 火の国より舞い降……り……し…………??」

 

 意識が覚醒した蘭子は唐突に声をあげ腕を虚空につき出す。目を覚ました彼女の視界には見知らぬ天井と見知らぬ人形の顔があった。ゆっくりと体を起こすと可愛らしいネコのタオルケットが掛けられていて、しかもソファに寝かされていたことに気づく。

 

「あ、起きましたね。大丈夫、ですか?」

 

 そして蘭子のソファのすぐそばにいる人形も喋る。目がくりっとしていて、瞳は透き通った青色でとても綺麗だと思った。

 

「あ、えっと、はい」

「それは良かった、です」

「はい…………はい?」

 

 冷静に考えたら人形が喋ることはない。当たり前である。付喪神とか魂が宿るとか、そういうオカルトを除けば。つまりはそういうことなのだろうか。

 

「……? どうかしましたか?」

「うほぉあぅっ!?」

 

 首を傾げながらくりっとした2つの目で蘭子の顔を覗き込んでくるので驚いてソファの背もたれにできる限り体を寄せる。ぎゅっと瞑っていたまぶたを恐る恐る開いていくと、そこにいたのは人形ではなく人形のように端正な顔立ちをした少女だった。

 

「ランコ、大丈夫ですか? 冷や汗、出ています」

 

 心配そうにしている彼女はいったい誰なのだろうか。そしてなぜ蘭子の名前を知っているのだろうか。なぜソファに寝ているのか。もしかして死後の世界なのか。疑問は尽きない。

 

「う、うむ! 未知の領域に迷いし我が魂も五体満足で安寧を得たり!(よくわからないけど、なんとか大丈夫です!)」

「……?」

 

 きょとんと首を傾げている名前のわからない彼女。どうみても通じていないのは明白だ。

 

「……??」

「あ、えっと……だから、その」

「……???」

「……元気、でました……はい」

 

 独自の言語──以下、熊本弁──が通じず撃沈した蘭子と比べて、その彼女はパアッと笑顔を咲かせた。

 

「ダー! はい、それはとても良かったです!」 

 

 ひとまず安心したのか、その彼女はおもむろに立ち上がると、

 

「プロデューサー、呼んできますね」

 

とリビングからパタパタと出ていった。 

 

 

 

 

 ほどなくしてプロデューサーがやってくる。遅れてさっきの彼女もきた。今日出会ったばっかりなのに顔が見れたらほっとした。

 

「神崎さん、起きましたか。気分はどうですか?」

 

 彼はソファの横に膝をついて蘭子に尋ねる。

 

「我が体は万全である。痛みの唄は聞こえず、清流のように穏やかにある(気分は良いです。とくに痛いところもなくて)」

「怪我がなくて良かった」

「しかして我が黒き翼はいつ羽ばたいたのか。皆目検討もなし(私、なんでここに寝てたんでしょう?)」

 

 どうやら蘭子が寝かされていたのはリビングダイニングに置かれているソファのようだった。ローテーブル越しのテレビに自分やプロデューサーたちの姿が反射している。

 

「神崎さん、部屋で気絶してたんですよ」

 

 プロデューサーの発言にその時の記憶が鮮明に呼び起こされる。ガチャガチャと鳴るドアノブ、響くノック。

 

「あ、あ、そ、そう! ドドァド、ドアノブぎゃぁ! それにノックも! ここには悪霊がぁっ!?」

「落ち着いてください、神崎さん」

 

 真っ青な表情で必死に説明する蘭子を落ち着かせようとプロデューサーも宥める。彼は蘭子の両肩に手を置き、目線を合わせる。

 

「落ち着いて。はい深呼吸。そう。もう一回。落ち着きましたか?」

 

 深呼吸をした蘭子は緩慢な動作で首を縦に振る。

 

「よろしい。では説明しましょう。まず、この寮に霊的な現象はありません」

「で、でも……」

 

 プロデューサーがさらに言葉を続けようとするより早く、隣の彼女が口を開いた。

 

「ごめんなさい、ランコ。それ、私が原因です」

「…………実は幽霊だったり?」

「ニェート、違います。私はアナスタシア、みんなからはアーニャと呼ばれています」

 

 彼女もといアーニャは続ける。

 

「それでですね。実は私、さっきお昼寝しようとしました」

「お昼寝?」

 

 唐突な発言に蘭子はオウム返しをする。

 

「ダー、はい。ランコの103号室で、です。プロデューサーに何度か使わせてもらったことがあります。昨日夜更かしして学校の課題をしたので眠くて、今日も使おうと思ってました」

「……もしや」

 

 蘭子は頭に詰まっている幾億もの脳細胞が全力回転した気がした。

 

「ランコの部屋のドアノブをガチャガチャしたのは、私です」

「ノックも?」

「ダー、私です。鍵が掛かっていたので中に誰かいると思ってノックしました。悲鳴が聞こえて、プロデューサーに鍵をあけてもらって入ったらランコが目をまわしていました。イズヴィニーチェ、ごめんなさい。怖がらせてしまったみたいです……」 

 

 耳を伏せる猫のようにしょんぼりと落ち込むアーニャに蘭子はどう声を掛けていいかわからずにいた。

 

 要は、蘭子が今日から入寮するという情報の伝達ミスなので、プロデューサーはともかく、アーニャがそこまで落ち込む必要はない。

 

「あ、その……ちょっと怖かったけど、でも怒ったりはしていない、から。だ、だから元気出して……ね」

「ランコ……」

 

 少し潤んだ上目遣いで蘭子へ視線を向けるアーニャの破壊力は凄まじい。思わずドキッとしたくらいに。

 

「ときに我が下僕よ、問いに答えよ(プロデューサーさん、聞きたいことかあるんですけど)」

 

 アーニャが穏やかな表情に戻った。次は空気に徹しているプロデューサーだろう。

 

「なんでしょう、神崎さん」

「銀雪の乙女に魔王城への帰還を伝える務めは果たしたのか?(私が来るってアーニャさんにちゃんと伝えました?)」

「…………いいえ」

 

 プロデューサーは目線をふいっとそらす。仕事の忙しさもあったりしたかもしれないが、『報連相』は基本だと酒の入った母が力説していたし。

 

 ──そういえばお昼まだだったなぁ。

 

 壁掛けの地味な時計はすでに13時になろうとしている。

 

「ふむ。時に我が下僕よ、魔力の補充のために贄を捧げてみようとは思わぬか?(なんだかお腹空いたなぁ、チラッ)」

「ならお昼ごはんでもいきますか」

「やったぁ! あ、……ごほん。う、うむ!」

 

 一瞬素が出てしまったが、これからアイドルになる者として改善していかなければ!

 

「アーニャも行こう。クーポンあるから回転寿司でいい?」

「! ダー、はい! 私、お寿司、好きです! あ、智絵里も呼んできますね!」

 

 よっぽどお寿司が好きなのかアーニャは満面の笑みでチエリ?を呼びにいった。そしてチエリとは誰なのだろうか。

 

 その後、合流した智絵里──蘭子の隣の102号室に住む同じくアイドル──とともに蘭子たち4人はプロデューサーの運転で回転寿司店へと向かった。

 

 

* 【2】 *

 

 

 翌日。蘭子は新人アイドルとして346プロダクションに初出社しようとしていた。寮を同じくする緒方智絵里や前川みくは寮の掃除をしてから来るとのことだ。初日は忙しいため当番はないが、明日からは蘭子もしっかり組み込まれている。

 

 すでに午前中からのスケジュールを伝えられていて、衣装のための採寸や宣材写真の撮影、レッスン担当のトレーナーたちとの顔合わせ兼初回レッスンだ。

 

 数多の人々──成功して名が売れた人も、芽が出ず悔し涙を流しながら去っていった人も区別なく──と共にあったであろう眼前の本館は、オーディションの時と変わらずにそこに鎮座している。

 

 多くの出発点でもあり同時に終着点でもあるこの建物が、神崎蘭子というアイドルにとっても出発点となる。

 

 ここにはそんな今と昔が共存しているような雰囲気があっていい。蘭子もこの雰囲気は好きだ。

 

「いざ! 我が力は摩天楼に導かれ、花開き、ついには天にも昇らん!(いよいよだ! アイドルがんばらなきゃ!)」

 

 本館の前で胸に手を当て、気合いをいれる。

 

「よし!」

 

 そうして1歩踏み出す。まずは昨日プロデューサーに言われた通り、本館にある受付に行こう。入ったらすぐ右手側にあるのはオーディションのときに確認済みである。

 

『明日、事務所にきたらまずは受付でゲストカードを貰ってください。それがないとセキュリティが通れないので。神埼さんの通行証はその後正式に渡しますので』

 

とのことだった。

 

「頼もう! 我が名は神崎蘭子! この黒き翼を羽ばたかせにきた!」

「あ、えっと……神崎蘭子さん、ですね。少々お待ちください」

 

 苦笑いを浮かべた受付嬢がキーボードで何かを打ち込む。今みたいに驚かれることは想定済みだった。それでも蘭子はこのスタイルでいきたいと考えている。

 

「はい。確認しました。アイドル部門ですね。このゲストカードを──」

 

 受け取ったゲストカードで無事にセキュリティを通り、エレベーターは待つことなく乗り込めた。

 

 ──やばい。ちょっとドキドキしてきた。プロデューサーはともかく、他のアイドルはどんな人たちなんだろう。後輩いびりとかない、よね。

 

 到着音が鳴り、籠は止まる。フッと息を吐き出し、朝からもう何度目かの気合いをいれる。

 

 ──いざ、行かん!

 

 籠のドアが開く──降りようとした蘭子は同じく乗り込もうとしてた黒髪の少女とぶつかりかけてしまう。

 

「あっ」

「おっと、ごめん」

「い、いえ。大丈夫、です……」

 

 ──わ、私のヘタレぇっ! ここでこそ、きっちりやらないといけないのに! ううん、まだ間に合う。やろう!

 

「……ふふ」

「?」

「アーハッハ! 我が名は神崎蘭子! 火の国より……」

 

 ぽかんとする黒髪の少女を見て、ふと蘭子は思った。そもそもこの少女は誰なのだろうか、と。

 

 よくよく考えれば、アイドル部門のフロアにいるからアイドル、とはならないはず。単なる用事かもしれないし、館内案内図にあった別の部署?かもしれない。大人びてるからスタッフの可能性もある。

 

 そして、いきなりカマしてしまうくらいには自分が緊張に呑まれていたことを痛感する。

 

 もし彼女がまったくの無関係なら、厨二病を通りこしてただの不審者になってしまう。アイドルになるために346プロ(ここ)に来たのだからそれはなんとしても避けなければならない。

 

「あのえと、私今日から……あれ昨日だったかな、寮に入ったのは昨日だけど事務所に来るのは今日が初めてだし……と、とにかく新人アイドルの神崎蘭子ですっ! 不審者とかじゃないので、あの、よろしくお願いします!」

「あ、うん。落ち着いて」 

 

 黒髪の少女は困り顔をしつつも、冷静に対応していく。

 

「たぶんオーディションに合格したんだよね?」

 

 蘭子は頷く。

 

「はじめまして。私は渋谷凛。ここでアイドルをやらせてもらってる。神崎蘭子さん、だよね。合ってるかな。これからよろしく」

「よ、よろしくお願いします」

「うん、こちらこそ。あ、引き留めてごめんね。プロデューサーなら突き当たりの部屋にいるから」

 

 そう言って凛は廊下の突き当たりにある部屋を指した。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 蘭子がお礼を言うと、凛はエレベーターのボタンを押して乗り込んでいった。籠のドアが完全に閉まりきってから目的の部屋に向かう。

 

 プロジェクトルームとプレートにあるし、ここに間違いない。蘭子はノックをしてからドアノブを握り、意を決して捻った。今日は何度も気合いをいれてるなぁと自嘲しつつ、室内をざっと見渡す。

 

 室内にいた何人かの視線が一挙に集まる。

 

 一瞬ドキッとしたけれど、気持ち的には落ち着いている。さて、まずは朝の挨拶をしなければならない。アイドルとしてではなく、何事においても必要だ。ただ、ちょっと蘭子流にアレンジはするけど。

 

「ふっ、煩わしい太陽ね!(おはようございます!)」

 

 声高らかに蘭子は朝の挨拶を発したのだった。

 

 

 

 

 真っ白に燃え尽きるというのはまさに今のような状態なのだろうか。蘭子は更衣室のベンチで項垂れながら座って考えていた。

 

 群雄割拠のアイドルたちとしのぎを削っていくために厳しいレッスンになるとは思っていたが、まさかここまでとは思わなかった。

 

 ボーカルレッスンはまだ余裕があって、これならなんとかなると高を括っていた蘭子の希望的観測は次のダンスレッスンで脆く崩れ去った。

 

 もともと体育が苦手なこともあって、聖──他の人はベテラントレーナーと呼ぶ──の動きにギリギリついていけていたレベルだった。しかも基礎中の基礎だと言われて、少し冷や汗が出た。

 

 よろよろと手を伸ばし水分補給をすると、口元を通って、食道、そして胃と染み渡る感覚がある。なんともいえない爽快感だ。

 

 大きく息を吐き出す。疲れとともにわずかな不安がまじっていた。

 

「ダンス……できるようになるのかな……」

「大丈夫だと思うよ」

「うっひゃあ!?」

 

 背後からぬるっと現れたジャージ姿の見知らぬ少女に蘭子は驚いて立ち上がる。

 

「おい加蓮。驚かせてちゃってんぞ」

「こんなに勢い良く驚くとは思わなかったんだって」

 

 もう1人のもふもふした少女が嗜める。

 

「ったく。あ、ごめんな。いきなり話しかけて。あたしは神谷奈緒。こっちは北条加蓮」

「よろしくね」

「あ、はい。よろしくお願いします……」

「? たぶんこの子だよね、プロデューサーが言ってたのって」

 

 プロデューサーという単語を聞いて、真っ先に彼のことが浮かんだ。そしてついポロッと声をこぼしてしまった。

 

「我が下僕はなんと?」

 

 自分のことを話していたなんて聞かされたらついつい気になってしまうのが人の性というもの。まさしく蘭子もその性が発動した。

 

 奈緒と加蓮が顔を見合わせる。

 

「ほら! やっぱりこの子だって!」

「おー、確かに」

「ねね、名前なんて言うの?」

 

 蘭子の隣に腰を下ろして加蓮が尋ねてきたので、まだ汗の処理してないと気にしつつも『神崎蘭子』と名乗る。奈緒からも質問され、その後にまた加蓮が、と交互にそれは続き、さきほどのつぶやきの話題になる。流れで全部話してしまったけれど、成り行きとはいえ悩みを話せたことは良かったかもしれない。

 

「うんうん、わかるわかる。ダンスレッスンきっついよねぇ。聖さんは特に。ま、今はきつくてもできるようになるから。アタシが保証してあげる」

「加蓮がか? なんか不安。あたしが代わろうか?」

「ちょっと奈緒、それどういう意味! 今やアタシは健康優良児なんだから!」

「ほぼな。この前風邪で休んだろ」

 

 うぐっ、と加蓮は悔しそうに唸る。

 

「まーでも、あたしも加蓮に同感かな。以前よりはダンスできるようになったし、体力もついた。聖さん、ダンス担当のトレーナーも背伸びはさせても無茶はさせない人だからそこは信頼してもいいよ。一緒にがんばろうぜっ!」

 

 奈緒は腕を突きだし親指を立てるサインを蘭子に向ける。少し耳が赤くなっているように見えた。

 

「あれー、奈緒、耳が赤くなってるよ。もしかして照れてる?」

「うるさいな、人を励ますのに慣れてねーんだよ」

「アタシも励ましてほしいなー、ちらっ」

「これきりだ、これきり! やっぱ慣れないことはするもんじゃないな」

「えー? そう言わずに、ね? 奈緒がやってくれたら元気出るぅ」

「ちょ! くっついてくんな!」

 

 加蓮がからかうように奈緒に引っ付いている。はてさて蘭子はどうしたものかと考えていると加蓮が手招きをする。現在、更衣室にいるのは蘭子たち3人のみ。つまりは蘭子に向けてだ。

 

「あ、そうだ。奈緒の髪触ってみる? もふもふだよ」

 

 言われてみると確かに奈緒の髪はボリュームがあり、ふんわりしている。ちょっと触ってみたいとは思っていた。

 

「え、ちょ」

「いいじゃん、減るもんじゃないし。ほらほら♪」

 

 ──いいのかな? ……いいんだよね。よし触ろう!

 

「えっと、失礼します!」

「たく。ちょっとだけだからな」

「おお、これは天より与えられし神々の柔らかき祝福か!(こんなにもふもふしてるなんて!)」 

 

 その触り心地は大変に素晴らしく初めての感触だった。

 

「喜んでるね」

 

 無我夢中でもふる蘭子を見て加蓮が小声で言う。

 

「加蓮は何言ってるのか分かってんの?」

「全然」

「ダメじゃん」

「まーまー、そういう雰囲気でしょってこと。あ、プロデューサーにも触らせてあげたら? きっと喜ぶよ」

「はァ!? なんでそうなるんだよ! ……ま、まあ検討しとく」

「素直じゃないねぇ」

「加蓮もな」

 

 こうして蘭子のアイドル初日はもふもふ体験で終わったのだった。

 

 

 

 

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