プロデューサーはじめました。   作:テラリウムA

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48話 カンザキランコと楓のカンタービレ(4)

* 【4】 *

 

 

 観客たちのざわめきが届いてくる。

 

 神崎蘭子は緊張した面持ちで舞台袖からステージを眺めている。彼女の表情は固い。決して大きな会場ではないものの、ライブ特有の雰囲気に気圧されていた。

 

 ステージの照明が舞台袖に洩れてくる中、彼女の隣に薄い緑色と橙色の衣装──後にライムグリーンフェザーという名前だと知った──に身を包んだ女性がひょこっと現れる。

 

「蘭子ちゃん、大丈夫ですか?」

 

 その女性はくるりとした瞳で蘭子の顔をのぞきこんでくる。

 

 目と目が合って初めてわかったのは、よくよく見れば右目が緑色、左目が青色をしていたことだ。つまりはオッドアイである。カラコンだろうか。あとまつげ長い。

 

「あっ、は、はい!」

 

 慌てて返事をする蘭子。ライブに出演するわけでもないのに熱気にあてられガチガチに緊張していた彼女を気遣ってくれたのだろうか。

 

「そうですか」

 

 そこで会話は雑に途切れてしまう。なんだか素っ気なかったが、そうであってほしい。

 

 唐突に連れてこられて、しかも初めてのライブハウスで2人きり。なんとなく沈黙が気まずくて、蘭子は何か話のネタを探して頭の中の引き出しを漁る。

 

 天気は……ここは窓のないライブハウスだから意味がない。暑いとか寒いとか……も空調が万全なので不発に終わりそうだ。なら学校の話題……一回りも歳の差があるとさすがに厳しい。

 

 話のネタが何もない。こういうときコミュ力がもっとあれば。2人の間に流れる沈黙が気まずい。

 

「ねぇ蘭子ちゃん。この衣装の羽根飾り、なんだかキャベツみたいね?」

 

 それを破ってきたのは彼女のほうだった。

 

「……?」

 

 突然の発言がいまいち飲み込めずに疑問符を浮かべる蘭子。

 

「…………??」

 

 ──どうしよう。なんか急に変なこと言い出しちゃった。

 

「それにこの色合い、メロンみたいね」

「あ、えっと……そうですね?」

 

 とりあえず返事はしておく。

 

「まあでも、こういう色合いもアンデス。ふふ」

 

 ──もしかして。あくまでもしかして。今のはアンデスメロンと掛けた言葉遊びだった可能性が……?

 

「このハットも」

 

 そう言って彼女は頭に付けた明らかにサイズの小さいハットを指でそっとなぞる。蘭子はつばを飲んで身構える。

 

「あ、でも、触って傷つけるのはごハットですね」

 

 ──やっぱり、絶対そうだ! ハットと御法度が掛けられているんだ! 何かいい返しを……えーと……あー……もー、全然おもいつかなーい!

 

「す、素敵ですね!」

「ええ。ただ、ステッキがあったらもっと素敵だったかもしれませんね」

 

 ──あー、ダメだぁ。なんか上手い具合に返されてしまった。助けてプロデューサー。 

 

 そのマイペースっぷりに蘭子はブンブン振り回され、対して彼女はそんな蘭子を見てニコニコしていた。楽しそうで何よりです。

 

 そんな2人の背後にすすすと新しく現れた人影が1つ。

 

「準備はできましたか?」

 

 後ろから声をかけられ、蘭子と彼女は振り向く。そこにいたのはプロデューサーだった。彼と出会って今日まで、今ほどいてくれて心強かったときはない。

 

「はいバッチリです。プロデューサーに用意してもらった衣装も私ととってもあいしょうが良いみたいです♪」

「それは良かった。気合いを入れて準備した甲斐があります」

「私も頑張らないといけませんね。ところで、この衣装どことなくキャベツっぽくありません?」

「どちらかというとレタスっぽいです」

 

 蘭子は2人の会話をすぐ傍で聞く。なるほど、こういう風に対応していけるようになるといいのか。また1つ賢くなったような気がする。……勘違いかな。たぶん勘違いか。

 

「さて、そろそろ時間です。緊張はしていませんか」

「していたんですけど、蘭子ちゃんと話していたらなくなってしまいました」

「連れてきた甲斐がありました。うむ、コンディションもばっちりのようですね」

 

 プロデューサーが腕時計に視線を落とすのと同じくして、ライブハウスのスタッフが駆け寄ってくる。

 

「そろそろ時間でーす! 準備お願いします!」

 

 プロデューサーも彼女もおちゃらけた雰囲気が瞬時に引っ込み、いたって真剣になる。それもそうだ。これからいよいよ彼女のデビューライブが始まるのだ。出鼻を挫くわけにはいかないだろう。できれば、いや絶対に成功させたいに違いない。

 

 自然と蘭子も気が引き締まる思いになる。いずれ自分も同じ道を通ることになるのだろう。なってほしいと願う。

 

「では本番です。高垣楓というアイドルを存分に発揮してきてください」

「はいっ!」

 

 彼女──高垣楓と呼ばれたアイドルは笑顔で返事をすると舞台袖からマイクを持ってステージに上がった。主役の登場にザワついていた会場がぱっと静かになる。

 

 会場には、ぎゅうぎゅう詰めではないものの、結構な人の数だ。舞台袖からチラリと視線を向けても、かなり多そうだ。

 

 聞くところによると、第2回オーディションの実施前に参加した夏祭りイベントで、ステージ出演者のドタキャンにより急遽ステージに上がることになった。その際に一曲披露したという。その場にいた誰かが動画を投稿したことで、一時期、SNSで話題になったとか。

 

 新人アイドルのデビューライブにしては人が多そうなのは、そんな要因もあるのかもしれない。これが普通なのかもしれないが。

 

『えっと、みなさん、はじめまして。高垣楓です。今日は私の初ライブに来ていただき、ありがとうございます。実はこういう場に立つのは初めてなので、何を話題にしていいのか迷っていたんですけど、まずは私の歌を聴いてもらいたいです。それでは聴いてください』

 

 楓は小さく息を吐くと、

 

『こいかぜ』

 

 と曲名を告げた。

 

 

 * * *

 

 

 時刻は18時。日付が進むにつれ夕焼けは短くなり、代わりに夜の黒が街を染めるのが早くなってきたと実感する。ただただ暑かった今年の夏が過ぎ去り、まもなく風が秋を運んでくるはずだ。

 

 静けさに浸かるフロアを進む。

 

 アイドル部門プロジェクトという飾り気なしの事務的な名称はもっとお洒落にできなかったのかと思いつつ、そのプロジェクトルームのドアノブを段ボールを持ったまま器用にまわす。

 

「ただいま戻りました」

 

 開閉音に気付き、それまで液晶モニターとにらめっこしていたアシスタントの千川ちひろが顔をあげる。

 

「ああ、おかえりなさいプロデューサーさん。蘭子ちゃんと楓さんは?」

「蘭子は寮に、楓さんも駅まで送ってきました」

 

 プロデューサーは手短に答えると、未使用のデスクに段ボールを置いた。自分の椅子を引っ張り出すとどすんと腰掛ける。背もたれに体重をかけるとキイキイと悲鳴をあげるが、そんなのは気にしない。

 

 そうして、なんてことはないただの天井に向かって大きく息を吐きだす。疲れが少しは飛んでいった気がした。

 

「どうでした、楓さんのライブは? あ、麦茶でも飲みますか?」 

「いえ、少し書類整理したら帰りますので」

 

 パスコードを入力しパソコンのスリープを解除する傍らで、

 

「楓さんのライブは上手くいきました。成功といえます」

 

 と報告する。

 

 高垣楓。アイドル部門に所属する中では現在最年長の25歳。高い歌唱力を持つ彼女のデビューライブが都内のライブハウスを貸し切って、本日行われたのである。

 

「人の入りも良くて、配布したミニうちわもほぼ捌けました。あ、1個だけ余ってますけどいります?」

「じゃあ、もらいます」

 

 段ボールから余ったミニうちわをちひろに手渡す。楓の葉を模したものだ。もちろん、彼女の名前と掛けている。

 

「どうせならサイン付きが良かったです。明日お願いしてみよっと」

「私のサインなら今できますけど?」

「なんでプロデューサーさんのサインを貰うんですか。要りませんよ」

 

 プロデューサーは「ひどい」と言いつつ、からからと笑う。

 

「あーあ、私も楓さんのライブ生で観たかったなー。生歌聴きたかったなー。プロデューサーさんばっかりずるいなー」

 

 口をとがらせて拗ねるちひろ。

 

「まあまあ。ちひろさんがアシスタントをしてくれるおかげでこうしてライブが開催できたわけですから」

「ほんとにそう思ってます?」

「もちろんですよ。会場の選定とか配布品の発注とか、衣装とか、あとは告知も。いろいろ助かってます」

「もうっ、そんなにおだてたって無駄ですから♪」

 

 そんなニヤケ顔で言われても──プロデューサーはそう言いかけたが、そっと飲み込んだ。余計なことは言わないに越したことはない。

 

 ちひろはふと伏し目がちになる。

 

「いよいよ本格的にって感じですね」

 

 今までの苦労を噛み締めるように、積み上げてきた努力を抱きしめるように発した言葉だとプロデューサーは感じた。

 

「はい」

 

 短い返事だが、今はこれだけでいい。余計な装飾はいらない。

 

「アイドル部門が正式に稼働して半年以上経って、初めはレッスンばっかりたったのにようやくアイドルたちにもお仕事が増えてきて、デビューライブまでできるようになって。反響もあったり、ファンも付いてきたり。彼女たちは着実に階段を上がっているんですね」

 

 ちひろは目尻に溜まった涙を指で拭う。

 

「ごめんなさい。感極まっちゃって」

 

 プロデューサーは何も言わずにハンカチを渡す。彼女は涙を拭いたあと、そのまま鼻をかみやがった。

 

「私、役に立ててたのかなーって思ったりすることはありましたが、こうして目に見える結果として表れるとやってて良かったと思えてきます」

「私とちひろさん、聖さんたち、そして部長、常務。全員で支えてきたんです。決してアイドルたちだけの功績じゃありませんよ。アイドル部門全員の成果です」

 

 柄にもないことを言ったような気がするが、たまにはいいだろう。プロデューサーは背もたれから起きると、デスクトップモニターと向き合い、蘭子のファイルを開く。

 

「あの、ハンカチありがとうございました。洗って返しますから」

「……お願いします」

 

 ちひろはハンカチを内側に折り畳むとかばんにしまう。

 

「はぁー、なんだか昔より涙脆くなっちゃったみたいです。大人になるって、きっとこういうことなんでしょうね」

 

 しんみりとミニうちわを撫でるちひろ。

 

「年取ったってことじゃないですか」

「そうですね。私も年を……って私プロデューサーさんよりも年下ですけど!? その言い方だと私が老けたみたいじゃないですか!」

 

 吠えるちひろ。書類作成に勤しむプロデューサーは無言を貫く。

 

「あーっ! そうやって無視決め込むんですかっ、そうですかっ! プロデューサーさんは薄情ですから涙の1つもでないんでしょうね!」

「ちっちっち、それは違いますよ。私はね、大きなハコで全員参加のライブが成功したときに涙すると決めてるんです」

 

 フフンとどや顔をするプロデューサー。 

 

「なん……だと……!?」

「だから私はこの程度じゃ満足しないのさ」

 

 次は、キリッとキメ顔のプロデューサー。

 

「今のキメ顔は変でした。やってて恥ずかしくありませんか」

 

 ちひろはすかさず切れ味の鋭い攻撃を放つ。プロデューサーの心に3ダメージ。

 

「ぶっちゃけ恥ずかしい」

「でしょうね」

 

 呆れたような表情のちひろは「ふふっ」と相好を崩す。

 

「なんだか久しぶりですね。プロデューサーさんとこんな掛け合いするの」

「最近は忙しかったですから」

「あら、もう忙しくなくなったみたい言い方してますよ。これからもっとなのに」

「違いないです。嬉しい悲鳴ってやつですな。っと」

 

 プロデューサーはマウスのカーソルを保存に合わせてクリックする。すべてのウィンドウを閉じ、シャットダウンの処理を実行する。

 

「よし。こんなもんかな。ちひろさんはまだ残りますか?」

「いえ、私も帰ります。そうだ、久々に飲みにいきましょうよ」

 

 デスクを軽く整頓していてちひろはそう提案する。

 

「珍しいですね。下戸なのに」

「感傷にひたりながら飲みたい気分なんです。そういうときあるでしょう?」

 

 プロデューサーは無言で肯定する。

 

「じゃ、行きましょう! お店は私が選んでいいですよね。期限の近いクーポンがあるので」

「ええ、もちろん。ちひろさんの奢りですし」

「年下の私にたかる気ですか。割り勘ですよ、割り勘」 

 

 照明を落としたプロデューサーはドアを閉める。1日の終わりが暗闇とともにそこにあった。

 

 

 * * *

 

 

 高垣楓デビューライブの翌日。

 

 プロデューサーは就業時刻前の掃除をしている。より良い仕事をするためには綺麗な職場も大切な要素になる。埃まみれで汚いのは誰だって嫌だろう。

 

 ささっと掃除機をかけているとドアが静かに開かれた。姿を見せたのは千川ちひろ。相変わらず蛍光色の黄緑のジャケットがよく目立つ。

 

「おはよう……ございますぅ……」

 

 ジャケットの明るさとは対照的に、ちひろは明らかに不調そうで顔がげっそりしている。

 

「おはようございます、ちひろさん」

「あ、はい……」

 

 よろよろと自分のデスクに座ったちひろは水無しで飲める二日酔い薬を飲む。

 

「ちひろさん、大丈夫ですか?」

「ええ、まあ。ただの二日酔いなので……」

「だからあんまり飲み過ぎるなと昨日言ったじゃないですか」

 

 昨夜、あのまま居酒屋で飲んだが、ちひろの飲酒ペースは早かった。

 

 本人いわく、『下戸であることとお酒が好きなことは両立する』らしい。

 

 あんまり両立してほしくないなぁと思いつつもプロデューサーも付き合っていた。

 

 しかしながら、下戸はどこまでいっても下戸。3杯目あたりで呂律が怪しくなり、4杯目では愚痴を言いながらゆっくりも寝落ちしてしまっていた。

 

 そうして今に至る。ちなみに家までのタクシー代はプロデューサーが立て替えた。

 

「たまには飲みたかったんです」

「酒は飲んでも呑まれるな、と言いますね」

「うぅ、今日のプロデューサーさん辛辣……」

 

 ちひろはデスクに突っ伏しながらブツブツつぶやく。だうやら思った以上に二日酔いがひどいらしい。

 

「午前中はソファで寝てたほうがいいんじゃないですか。特にこれといって大きな用事はないんですし、それじゃあ仕事にならないでしょ」

「うぅっ……でもぉ」

 

 瞳を潤ませながら上目遣いで『なんとか、できるぞ』と訴えてくるちひろ。そんな状況で仕事しても効率最悪だろうに。

 

「でももストもありません。ほら、寝た寝た」

 

 プロデューサーは自分がたまに使う毛布を2枚持つ。ちひろをソファに手招きすると、フラフラした足取りで彼のもとへ向かってくる。

 

 ちひろを寝せると、2枚のうち1枚はまるめて枕代わりに、もう1枚は体にかける。

 

「こんな状態でよく来れましたね」

「……根性で……」

「根性は万能ではありませんから、気を付けてくださいよ」

 

 しゅんとしおらしくなるちひろにプロデューサーは少し困ったように頭をかく。どうにも彼女は弱ると小動物なようにしょんぼりしてしまうようだ。普段ならもう少しうるさめなので、なんとも調子が狂う。

 

「とりあえず午前中は休んでてください」

 

 ちひろが弱々しく「はい」と返事をしたので、ひとまずはこれでいい。薬も飲んでいたから、一眠りすればだいぶに楽にはなるだろう。

 

 さて、二日酔いにならなかったお酒強めのプロデューサーにはたくさんの仕事がある。

 

 昨日の楓デビューライブの報告書を作らねばならないし、スケジュール調整、営業、あと蘭子にも割りと大切な話がある。来客の予定もあるがそれは午後だから、ひとまず午前中は目立つものはない。

 

 始めるか──動きだそうとして、ふとちひろのほうを見ると、

 

「すぅー、すぅー」

 

 数分も経たないうちにちひろは寝息をたてていて。さきほどまでの辛そうな表情はどこへやら、大変気持ち良さそうである。

 

「…………んへへぇ」

 

 さらには夢の中でバカンスでもしてるのだろうか。にへらと笑う。

 

 そんな彼女になんかちょっとムカついたプロデューサーはデスクのペン立てからマジックペン──もちろん水性──を取ってきて、ちひろの額に『肉』の文字を刻むのだった。

 

 

 

 

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