プロデューサーはじめました。   作:テラリウムA

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49話 カンザキランコと漆黒の騎士団(5)

* 【5】 *

 

 

 蘭子は下駄箱から取り出したショートブーツを玄関のたたきに置き、上がり框に腰を下ろす。足をいれ立ち上がると、爪先で床をトントンと叩き整える。

 

 忘れ物はない。オートロックのカードキーも持ったし、着替えと飲み物もきちんと準備した。レッスンスケジュールも確認したし、時間もまだ充分にある。

 

「いざ摩天楼へ!(事務所にいくぞー!)」

 

 昨日のこともあってか元気100%どころか120%の勢いで、蘭子は風除室を抜けて外へ飛び出すように踏み出した。

 

 事務所まで掛かる時間は、蘭子の足でだいたい15分ほど。道なりも大通りを進んでいくだけなので迷うほどでもない。ましてや346プロダクションのオフィスビルは周辺ではそれなりの高層建築物なのでかなり目立つ。

 

 軽快な足取りで行き交う人々とぶつからないように避けていく。東京の物理的な歩き方にも慣れてきた。

 

 そのまま進むと片側二車線の大きな交差点に着いた。

 

 信号待ちをしていると隣の大学生っぽい女性がルンルンと鼻歌を唄う。なんだか楽しげで、何か良いことでもあったのだろう。

 

「フンフンフフーンフンフフー♪」

 

 耳に残ってつい口ずさんでしまいそうなメロディーは、昨日のことを蘭子に思い起こさせる。

 

 高垣楓のデビューライブ──目蓋を閉じれば、まだ鮮明に思い出すことができる。

 

 ド派手なステージだったとか、めちゃくちゃ盛り上がっていたとか、ファンキーな感じだったとか。そういうのはまったくなくて。

 

 静かでしっとりしていて、透き通るような透明感で、それでいて観客たちは曲の『こいかぜ』に合わせてうちわを振っていて。

 

 およそイメージしていたアイドルのライブとは違ったものの、みんな楽しそうにしていたのが舞台袖から見えていた。

 

 アイドル高垣楓の表現する世界を垣間見たような気がする。

 

 それは初ライブを楽しみにしていたファンだけでなく、なんとなく物見遊山で来た観客も虜にしたのだろう。途中で帰った人はいなかったとプロデューサーも言っていた。

 

 蘭子だって目が離せなかったし、あれこそが人を惹き付けるステージだろう。

 

 同じアイドルとしてはたして自分にもできるのか──そう考えていると信号が青に変わる。鼻歌の人は駆け足で横断歩道を渡ると人混みの中に吸い込まれていった。

 

 いつも通りのペースで渡り切ると蘭子は事務所を目指す。

 

 

 

 

 事務所に到着し、エレベーターを降りると、ちょうどボイスレッスン担当の明とばったりでくわした。ちなみに、明は聖の妹で青木4姉妹の3番目、その下にここでアルバイトをする慶がいる。

 

「あら、蘭子ちゃん。おはよう」

「煩わしい太陽ね!(おはようございます!)」 

 

 最近はこの喋り方も板についてきたと思う。スムーズに言葉が出るようになってきたし、ボロが出ることも減った。つい学校でも言ってしまって恥かいたけど。

 

「早いわね、まだレッスンまでは1時間以上あるよ?」

「我が羽をより羽ばたかせんとするため、震える魂をより磨き、下僕どもにしてやろうぞ!(レッスンの前に少しだけ自主練習をしておこうと思って!)」

 

 時計は8時半を差している。

 

 昨日のライブに触発されて、ボーカルの自主練習をしようと思い立って早めに来ていた。

 

「そう? ならプロデューサーさんに話をしないとね」

 

 自主練は基本的にプロデューサーの許可制だ。とはいえ、許可の基準は割りとゆるゆるで、よっぽどレッスンをぎゅうぎゅう詰め込まない限りは大丈夫だろうとは慶の話だ。

 

「我が下僕の魔力はいずこへ?(プロデューサーはどこにいますか?)」

「部屋にいるよ。あ、そういえばプロデューサーさんから話があるって」

 

 話ってなんだろうと思いつつ、蘭子は一礼をしてプロデューサーがいるであろう部屋へ向かう。

 

 

 

 

 いつも座っているデスクにプロデューサーの姿はない。給湯室も静まり返っている。少し席を外しているようだ。

 

 プロデューサーのデスクはきちんと整頓されている。ただそこにあるコーヒーカップすら理路整然としているように思えてくる。対照的にちひろのは少しごちゃっと(優しい表現)している。

 

 朝食はコンビニで済ませたのだろうか、破かれたおにぎりの包みが某コンビニのビニール袋から見えた。

 

 とりあえず戻ってくるまでソファで座ってよう。蘭子がソファに視線をずらすとちひろがすやすやと寝ている。安心しているのか、ちょっとだらしない顔でだ。

 

 ──なんでおでこに『肉』って書いてあるんだろう。

 

 そんな疑問を胸に抱きながら、ちひろの正面のソファに着席する。

 

 魔導書(グリモワール)という名のスケッチブックをかばんから取り出し、書きかけのページを開く。

 

 

 * * *

 

 

 魔族との大いなる戦いが終結してから数百年。天界と魔界は小規模な小競り合いを繰り返すものの、互角の勢力は均衡を保っていた。

 

 この日までは。

 

『同士よ、これはいったいどういうことだ!?』

 

 白翼のブリュンヒルデは声を荒らげる。すぐそばには行方不明になっていた同胞が冷たい姿で横たわっていた。

 

 一拍の間を置いて、眼前に跪く彼女がゆっくりと口を開く。フードを被る彼女の表情を窺うことはできない。

 

『……あなたが目障りだったので一手打たせて頂きました』

 

 そう答えるは、戦場を共にしたはずの配下チヒルド。

 

『っ! なぜだっ!? 共に戦ってきたではないか!』

 

 チヒルドは答えない。

 

 数多の戦線を支えてくれていた彼女がなぜ──その疑問がどんどんと胸の中で膨らんでくる。それは理性を抑え込み、答えを引き出そうと語気を強くさせる。

 

『答えぬか! チヒルド!』

『……あなたは私には眩しすぎたのです』

 

 チヒルドは緩慢な動作で立ち上がるが、まだうつむいたままだ。

 

『多くの戦場であなたは光のように輝いた。どこまでも眩しく、どこまでも清らかに、どこまでも高らかに。魔族を葬り、天界を救った強者』

 

 チヒルドは顔を上げ、フードを外す。

 

『貴様、それは……!』

 

 ブリュンヒルデの目に飛び込んできたのは、チヒルドの額から伸びる2本の角だった。それは魔族の特徴であり、同時に彼女が魔族である証でもある。

 

『ご覧のとおり、私は魔族です。この天界の内部に入り込み、情報を抜き取るために魔王から遣わされました』

 

 誤魔化すのには骨が折れましたよ。笑いながらチヒルドはそう言うのだ。開いた口がふさがらない。信じていたのに。

 

『ここ数年の魔族の動きが鈍いのは準備のため。もうまもなく魔王軍が侵攻するでしょう』

『チヒルドッ! ──っ!?』

 

 聖剣を抜いたブリュンヒルデだったが、急に身体の力が抜けていくの感じた。手から滑り落ちた剣は金属音を鳴らして床に転がる。その場に膝をつき、怒気を込めてチヒルドを睨み付ける。

 

『ふふ。まるであなたが私に跪いているようだ』

『いったい……何を、したっ!』

『そんなの見ればわかるでしょう。ほら、始まりましたよ』

 

 言われるがまま彼女の視線を追って、ブリュンヒルデは目を丸くする。

 

 天界の証である白翼が黒く変色し始めているのだ。それは堕天したことを表していて。

 

『どうやら上手くいったようです。もうこれであなたは輝けない』

『くそっ!』

 

 転がる剣のグリップを握ろうとするが、チヒルドがその伸ばした手を踏みつける。楽しんでいるようにも、嘲笑しているようにも思える。

 

『堕天したあなたにもうその剣は使えないでしょう。まあ、杖の代わりくらいにはなるでしょうが』

 

 そのとき、地面が激しく揺れた。地震かと考えたが、ここは天界、空に浮かぶ大陸なのだ。起きうるはずもない。 

 

『おっと。あちらの細工も上手く起動したようですね』

『くっ……その首、必ず!』

 

 チヒルドはブリュンヒルデの剣を蹴って寄越す。カランカランと音を立てて目の前に滑ってくる。

 

『私はここにいますよ』

 

 さっさと斬ってみせろ、斬れるもんなら。こんなにも安い挑発をされているのに今の自分は剣を握るどころか立つことするままならない。

 

 またも大きな振動が起き、ブリュンヒルデの足元にひびが入る。

 

『さて、そろそろ始めるとしましょう。今頃大騒ぎですしょうし、この混乱に乗じて──』

『私は! 必ず戻ってくる!』

『ほう。その目だけは変わりませんね。ですが、それは叶いません』

 

 チヒルドはブリュンヒルデと面と向かって告げる。

 

『なぜなら、この天界は地上に落ちるのですから。偉そうに上から見下ろすことはもうできない』

 

 足元がばらばらと崩れ去る。何か言ってやりたかったが、それどころではないと直感する。チヒルドは翼を広げるとどこかへ飛び去っていった。

 

 気付いたときには空に投げ出されていた。さきほどまでいた場所は大陸の端ではなかったのに、もうここまで崩壊が進んでいるなんて。

 

 あがきもがこうとしても手にも足にも、そしてかつての白き翼にも力が入らない。

 

『そんな……』

 

 落下する欠片とともに重力に引っ張られていくブリュンヒルデが見たのは、全体が崩れていく天界の大陸と黒く染まってしまった自身の翼だった。

 

 

 * * *

 

 

 1つのイラストが完成し、蘭子は満足げに鉛筆を置く。

 

 その後、ブリュンヒルデは天界と魔界の戦争に巻き込まれた人間たちから追われるものの、手助けをしてくれた人々とふれあいながら彼らの実情を理解し、天界と魔界の戦争を止めるため漆黒の騎士団を結成する──みたいなストーリーだ。

 

 ──フフン、なかなかいいできだ! ステージ衣装もこんな感じがいいなぁ。参考にしてくれたりしないかな?

 

 蘭子はふと安眠中のちひろへ視線を向ける。

 

 ──裏切る配下のモチーフにしちゃったけど、おでこに『肉』は変だよね。そうだ、そこは紋様にしよ。

 

 グリモワールの『チヒルド』の額に紋様を書き足す。なんとなくそれっぽくなったので、ひとまず終わりにしよう。

 

 手を組んで背伸びをしていると、不意に背後のドアが開く音がしたので、慌ててグリモワールをかばんにしまう。まだ見せる勇気はないんです。

 

「おや、蘭子。早いな」

「う、うむ! 我が詠唱をさらに磨きあげるため、太陽に抗い摩天楼へ足を踏み入れた!(ボーカルの自主練習をしたくて早めに来ました!)」 

「そうか」

 

 デスクの上に書類の束を置いたプロデューサーは、立ったままもう湯気ものぼらないコーヒーを啜る。一気に飲み切るとカップを手に給湯室へ。

 

 すぐ戻ってくると蘭子をちょいちょいと手招きする。

 

「我が下僕よ、いかにしたか?」

 

 蘭子が駆け寄るとプロデューサーはさきほどの書類の束を手渡した。どうやら企画書のようである。

 

 ──もしかして、これって。

 

 期待と不安がぱあっと芽生え、一気に膨らむ。表紙に目線を走らせる。

 

 題名は『ハロウィンフェスティバル202X』となっている。その下側に少し小さめな文字でこうもある──『神崎蘭子デビューライブ企画書』と。

 

「えっ……あ、え」

 

 蘭子は目を大きく見開いて視線を企画書とプロデューサーの顔を行ったり来たりさせる。

 

「これって」

「そうだ。蘭子のデビューライブが決まったんだ」

 

 プロデューサーのその一言は、蘭子に現実だと認識させ、彼女の胸を跳ねさせた。

 

「一応聞くけど、やる?」

 

 プロデューサーはさらっと、しかし蘭子から目線を外すことなくまっすぐに尋ねる。

 

 やる気はあるか。そう聞かれている気がした。

 

 いずれ自分も昨日のライブのようにステージに立つ時が来るのだろうか。ぼんやりとイメージしていたが、降って湧いたチャンスと言ってもいい。

 

 ──でも。

 

 ──昨日のライブで楓さんの表情が強張っていた。ものすごく緊張しているのだと一目でわかるくらいに。だいぶ振り回されもしたけど、普段ならいつもニコニコしていて大人としての振る舞い……はちょっとないけど、それでもあんな風に余裕がない姿は初めてだった。

 

 ──以前モデルをしていたという楓さんでさえ笑顔が消えるくらいにライブの重圧は凄まじいのだと見せつけられた。ましてや私なんて人前に出るのは苦手なほうだ。

 

 ──もしやプロデューサーはその空気感を肌で感じさせるために連れていったのかな? ただの雑用かと思ったけれど、それなら唐突なタイミングも辻褄があう。

 

 蘭子は目を伏せ、企画書の表紙をじっと穴が空きそうなほど見つめる。プロデューサーは無言のまま、返事を待っている。

 

 ──デビューライブ。ステージで歌って踊る、アイドルとして最も大切な要素。……そっか、私はアイドルになったんだ。夢でも幻でもなくアイドルに。憧れていたアイドルに。

 

 ──これはある意味、私のはじめの一歩だ。踏み出さないといけない。進むしかない。うん。ごちゃごちゃ考えるのはやめにして返事をしよう。

 

 蘭子は決意を宿して視線を上げる。プロデューサーから目をそらさずに答える。

 

「やります!」

 

 彼はこくりと頷く。

 

「受けてもらえて嬉しいよ。さて、売り出し案を詳しく説明しようか」

 

 蘭子は頷くと、ちひろのデスクから椅子を引いてきてそれに座る。

 

「うむ。我が煌めきのなんたるか、存分に見せつけてみよ!(説明お願いします!)」

 

 さっそく貰った資料を捲る。プロデューサーの話を半分ほど聞き流しながら捲っていったところで蘭子の指がぴたりと止まる。何か、見てはいけないものが次のページにある気がした。

 

 つばを飲みながら、恐る恐る続ける。

 

 そこにあったのは“血みどろホラー”のコンセプトイラストだった。

 

 白く綺麗なフランス人形がイメージとして使用されているが、その眼孔はどんよりとした黒に塗りつぶされ、両目から血涙を流している。ウェーブした金髪はボサボサ、しかも返り血がべっとりと付いている。そんな中で白い肌だけが汚れ1つなく、だからこそより異質な空気を醸し出している。

 

 ──ゆ、夢に出てきそう…………。

 

 プロデューサーは資料に視線を落としたままフェスの説明をしているからか、血の気の引いた蘭子には気付いていない。

 

「このフェスのステージに参加するのは新人アイドルが多いんだ。登竜門的な感じだな。他にもそういう位置付けのフェスはあるが──どうした蘭子」

 

 蘭子はそっと資料を閉じ、プロデューサーに突き返す。

 

「我が下僕よ……いかなる魑魅魍魎も悪鬼羅刹もこの神域を汚すことはない。我が力は絶対である(こういうホラーっぽいのはどうしてもダメなんですぅぅ)」 

 

 プロデューサーは蘭子から突き返された資料を指でパラパラめくりつつ、

 

「そうか。和風ホラーが苦手なのは知ってたけど洋風っぽいのもか?」

 

 力なく頷く。

 

「たとえ東洋だろうと西洋だろうと我が神域を犯すことはない(和風とか西洋とか関係無く苦手なんです)」

 

 あるページを開くと角に折り目を付けて、蘭子へ再び渡す。

 

「OK、ホラー系が無理なのはわかった。ただ、この案ならいいんじゃないか? 見てくれ」

 

 そう言って差し出され資料のページに蘭子は息が止まるような衝撃を受けた。

 

 ──これって。

 

 さきほどの血みどろホラーとは打って変わって、いわゆるファンタジーを基盤にした、天使や悪魔、魔女のようなモチーフを取り入れたものだった。まさしく蘭子が想像するような世界観である。

 

 蘭子は思わず立ち上がる。

 

「こ、こここ、これって!」

「案その2、だ。ホラー案もあるが、私としてはこっちが本命だな。普段の蘭子の様子とか、まあいろいろ観察してこの案も作ったんだ。たぶん気に入ってもらえるんじゃなかろうかと」

 

 勢いよく何度も首を縦に振る蘭子。

 

「こっち! こっちにする!」

 

 独自言語を忘れているのにも気付かずプロデューサーへ身振り手振りも交えて主張する。それだけこの案がイメージするものと合致していたことの表れでもある。蘭子の中ではもうこれに決定した。もはや何を言われても変更はきかないし、させない。

 

「あいわかった。蘭子の方針はそれでいこう」

「! やったぁ!」

「ははは。まだ続きがあるぞ。さて、次は衣装の話だ」

 

 蘭子はハッとした。ある程度の方針が決まったのだから、当然それに則った衣装や曲が必要になる。アイドルならなおさらだ。

 

「衣装はこれからだけど、何か希望ある?」

 

 フンフンと鼻荒く頷く蘭子。

 

「ふむ。じゃあ、参考としてイラストとか書いてほしいんだけど、書ける?」

「ふっふっふ、我が指にかかればどのような幻影でもその姿を克明に描き出すのだ!(イラストはまあまあ書けます!)」

「なら、前後は必須として、左右もあればなおいい。小物も、あまりにも多すぎるとダメだが、1つ、2つくらいなら」

「ふんふん」

「どれくらいで書けそう? 急だけど明日か、明後日の午前中までだとこちらも助かる」

「案ずるな我が下僕、筆は羽根のように軽い。腕が鳴るわ!(大丈夫ですよプロデューサー、なんだかスラスラ書けそうな気がします!)」

「助かる」

 

 その後もプロデューサーとのライブに向けた話は続き、蘭子としても伝えたいことは伝えられたと思うほどに白熱した。

 

 しかし、このせいでレッスンに遅刻してしまい聖にしこたま怒られてしまうのだった。

 

 

 

 

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