プロデューサーはじめました。   作:テラリウムA

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52話 カンザキランコと輝く闇Part2(8)

 

 

 ステージでは大音量の軽快な音楽と歌が流れている。テントの横幕越しにもそれが聞こえてくる。今ステージを披露しているのは蘭子の1つ前のアイドルだ。彼女が終わり次第、出番となる。

 

 着々と近づいてくる中で、メイク、ヘアメイク、そして衣装のすべての準備が整った。

 

 全身鏡の前で蘭子はくるりとまわる。衣装がふわりとなびき、スカートや装飾の黒い羽根が揺れ動く。

 

 ──これ、すごい! 羽根とか色使いとか、渡したデザイン案が結構採用されてる!

 

 鼻歌まじりに蘭子はもう1度くるりと。

 

「衣装もバッチリね。気に入った?」

「はいっ! 私のデザイン案が採り入れられているんです! こことかここ!」

 

 自慢気に蘭子は背中にある1対の黒い羽根をそっと掴んで引き寄せる。

 

「その黒い羽根は材質探しが苦労したみたいね。ステージ演出の邪魔にならず、かつ蘭子ちゃんのイメージに近いものをプロデューサーさんとデザイナーさんが探したって言ってたわ」 

「我が下僕が?(プロデューサーさんが?)」

「そうなの。蘭子ちゃんの希望だからって」

 

 プロデューサーは夜遅くまで仕事をしていたらしいが、これの件もあったのだろうか。尋ねても『仕事だから』とはぐらかして明確な答えは言わない気がする。

 

「……荘厳なる装いは高き地で光り、見上げる1対の眼に降臨せし姿を焼きつける! 我が下僕のためにも!(プロデューサーさんが作ってくれたこの衣装で多くの人を惹き付けてやる!)」

「お、いつも通りの蘭子ちゃんに戻ってきたかな」

 

 そのとき、確かに耳に届いていた音楽が止まり、代わりに拍手が沸き起こる。

 

「前の子が終わったみたい。いよいよね」

 

 明の言葉は蘭子にすぐそこまで来ていた出番を認識させる。

 

 生唾を飲み込み、1度大きく息を吐き出す。

 

「神崎蘭子さん、もうまもなく出番となります! ステージ裏で待機してください!」

 

 イベントスタッフの女性が幕をどかし、蘭子を見据えながら言う。

 

「は、はい!」

 

 返事を聞くとその彼女は忙しそうにまたどこかへ行った。

 

「蘭子ちゃん、日々のレッスンで積み上げたものを全力で発揮してきてください!」

 

 明からの激励を受けとめ1歩ずつ地面を踏みしめるように確かな足取りでテントを出てステージ裏へ向かう。

 

 途中、直前の順番のアイドルとすれ違う。彼女は息もまだ上がっていて汗だくだが、やりきった表情をしていた。一瞬視線が合ったものの、会話はなく、通りすぎた。

 

 ステージ裏にはプロデューサーが待っていた。

 

「あ、我が下僕(プロデューサー)」

「準備は万全か?」

「うむ。魂に満ちた力は最高潮に達し、新たなる形態へと私を導いたわ。これから始まる狂乱の宴は人々を魅了し、我が足元へと誘う! さぁ刮目せよ!!(アイドルとしてこのデビューライブを成功させてたっくさんのファンを虜にします! 見ててください!!)」

「ならばよし。っと、そろそろだな」

 

 プロデューサーが腕時計を確認するのと同じくして、スタッフから舞台袖に誘導された。

 

「私は観客席で見てるから。スタッフの誘導に従ってステージに出れば大丈夫だ」

「心配には及ばぬ。安心するがいい!」

 

 舞台袖に待機するとき、プロデューサーに見栄はってみたもののやっぱりちょっと心細かった。

 

『続きましては、346プロダクションアイドル部門所属、神崎蘭子さんです! 曲名は『ワルプルギス』です。では、どうぞ!』

 

 進行役に紹介され、蘭子はマイクを持ってステージに立つ。

 

 観客席にはそれなりの人がいて、プロデューサーや麗、明に加えて楓や凛、奈緒、加蓮もいた。あとはうちわや法被といった直視することが憚られるフル装備の両親も。

 

 彼ら彼女らの視線が一挙に集まるのを肌で感じる。マイクを握る手に力がこもり、半歩下がりかける。

 

 麗の口が動いていた。

 

『止まるな。行け!』

 

 蘭子にはそう伝えようとしているように思えた。

 

「──!」

 

 なんとか耐えて、むしろ1歩前に踏みだす。ここはもう本番でレッスンじゃない。進むしかない。

 

 大きく息を吸い、前口上を述べる。

 

「我が名は神崎蘭子! 火の国より降臨せし者! かの地へ導かれし者! ククク、さぁ伝説のはじまりをとくと見よ!」

 

 熊本弁を知らなければポカンとしてしまうのは仕方ない。やめるつもりはないので、これにはもう慣れてもらうしかない。間髪いれずに曲のイントロが始まる。 

 

 このステージが決まってから今日までこなしてきたレッスンの数々を頭に浮かべ、ダンスのステップを踏む。

 

 緩急をしっかり付け、メリハリのあるダンスを。たるんだ動きはダサくなるしカッコ悪い。

 

 歌は音程と声量。そしてなにより観客をしっかり見て、届けるように。内向きではなく外向きに。音楽の力を信じて。

 

 自己紹介の不思議さに戸惑いを浮かべていた多くの観客たちも序盤を過ぎる頃には、蘭子の歌やダンス、それらを通じて表現される世界観を理解し始めていた。

 

 ……フル装備の両親だけやっぱり異様に目立ちまくってるし、周りの人も引いてる。応援してくれて嬉しいけれど見えないフリしよう。うん、そうしよう。

 

 通りすがりで足を止めてくれる人もいるし、席に座ってくるる人もいる。

 

 中盤になる。つい気を抜きがちな場面で、麗に何度も注意された点を自分なりにきちんとやったつもりではある。出来ていたか不安だ。終わったら聞いてみなければ。

 

 観客席の人は若干増えたような気がする。

 

 あっという間に終盤に差し掛かる。体力も気力もまだまだ充分だ。このままの勢いでサビまでいこう。

 

 ふと、ここにいるのは本当に自分だろうかと思ってしまう。ステージに立つなんて、少し前までは考えられなかったし、まるで夢でも見ているようだ。

 

「……!」

 

 余計なことを考えていて一瞬ふらついたものの、すぐに立て直すことができた。

 

 改めて視線を前方に向ける。そこに広がるのはメルヘンチックな夢の世界ではなく現実の観客席だ。この場にいるすべての人に見せつけなければならない。

 

 ──私というアイドルを、そして一緒にこの世界観を! めいっぱい楽しんでいってほしい!

 

 ステージに立つアイドルとしてもっとも大切なことだ。そのためにも、もはや全力を出し尽くすくらいでは足りない。真っ白に燃え尽きるまでフルパワーで。

 

 サビに入り、そしてアウトロへ。

 

 最後のポーズを決めて曲の最後の音が鳴るまでがステージだと麗は口癖のように言っていた。観客は時間を割いて観てくれているのだからそれを無駄にさせないように、とも。

 

 ──だから、最後まできちんと。

 

 やがて音楽がぴたりと止まり、パフォーマンスの完了とともに蘭子の出番が終わったことを知らせる。観客席は静まり、多くの屋台の騒がしさだけがくっきりと聞こえる。

 

「あ、えっと、ありがとうございました!」

 

 蘭子が観客席へ頭を下げる。

 

 どこからか拍手が起きあがり、やがて席全体に広がる。全員がファンになったわけではないだろうが、1人でも2人でもなってくれたら嬉しい。

 

 麗は腕を組んでうんうんと頷いていて、涙をぬぐうような仕草をする。凛たちはいつのまにやら持っていた(持たされた?)特製蘭子応援うちわを振っている。両親は……まあいいや。プロデューサーは蘭子と目が合うとグッドサインで親指を立てる。

 

『以上、神崎蘭子さんでした! もう1度盛大な拍手をお願いします!』

 

 そうして蘭子のデビューライブは幕をおろした。 

 

 

* 【8】 *

 

 

 イベントステージでのデビューライブは無事に終わった。蘭子は衣装を脱ぎメイクを落としてアイドルから1人の少女に戻った。そしてまたレッスンを積み上げ、アイドルとしてステージに立つことになる。とはいえ、それはこれから先の話である。

 

「じゃあ、行きましょうか。本日はお疲れ様でした」

「お疲れ様でした」

 

 撤収準備を終え、メイクボックスを持った明と衣装ケースを手にした蘭子は、同じく撤収準備中の他の出演者へ挨拶をする。背中に返事を受けながら一礼して控室を出る。

 

 時刻は午後3時になろうとしている。まだまだ空は明るいが、ほんの少し日が陰ってきたように感じる。

 

 秋ももう終盤だ。風に落ち葉があおられてかさかさと踊り、肌寒さと季節の移り変わりを感じさせられる。冬の確かな足音が、きっと気付かないところでゆっくりと迫ってきているのだろう。

 

 蘭子が出演したステージイベントは終了し、すべてのスケジュールが滞りなく行われた。他の出演者のレベルも高かったが、その中では自分が一番だったと思いたい。

 

「蘭子ちゃん、今日はお疲れ様。どうだった? 初めてのライブステージは」

「悪路のごとき暗き道でのしるべとなり、これから先の輝きで頂点へと導くわ!(初めてで緊張したけど、この調子でもっともっとがんばりたいです!)」

「ちょっとよくわからないけど、上手くできたって感じかしら」

 

 蘭子が首を縦に振ったことで、ざっくりとしたニュアンスは伝わったようだ。

 

 ちなみに蘭子の熊本弁を完璧に理解できるのはプロデューサーとみりあだけだ。他のアイドルたちはざっくりとしたニュアンスで理解しているらしい。

 

 ステージ裏を進み、横を抜けると観客席側に出た。

 

 大勢の観客がいてそれなりに盛り上がっていた観客席はすでにがらんとしている。人の姿はまばらで、スマホをいじっていたり、屋台で買ったであろう軽食をもくもくと食べていたりする人がいるくらいだ。

 

 一抹の寂しさを覚えつつ、目線でプロデューサーを探す。

 

 ──確か観客席のところで待ってるって言ってたけど。

 

 姿の見えないプロデューサーを待つこと数分、いまだ賑わう屋台エリアの人混みから周囲と不釣り合いで頭1つ分飛び出た背の高いスーツの男性がビニール袋を引っ提げて現れる。それは間違いなくプロデューサーだった。

 

「お待たせ、蘭子。それに明さんも。ああ、メイクボックス持ちますよ」

「あら、そうですか。じゃあお願いします」

 

 プロデューサーはメイクボックスを受けとると同時にビニール袋を渡す。

 

「これは?」

「屋台で売ってた丼ものです。明さん、お昼まだでしたよね。急なお願いでメイクを任せてしまったのですから、これくらいはしますよ」

 

 袋の中身を確認した明は、

 

「おいしそうですね。ありがとうございます」

 

 それをまじまじ観ていた少し拗ねたように蘭子はプロデューサーの袖を引っ張ってアピールする。

 

「私に捧げる贄はないのか?(私の分はないんですか?)」

「もちろん蘭子にもある。フッフッフ、これだっ!」

 

 プロデューサーはちょっと得意気にジャケットの内ポケットから紙の束を取り、蘭子へと手渡した。絶対ありえないとわかっているけれど、ほんの一瞬札束に見えた。

 

「100円クーポン券……?」

 

 札束ではなかったが、それに近しいものではあった。

 

「そうだ。イベント事務局から貰ったんだ。関係者にワンシート配っているらしい。もちろんステージ出演者にも」

 

 折り畳まれていたので広げてみる。100円クーポン券の15枚綴りと10枚綴りが1つずつ、計2500円分が今手元にある。

 

「10枚綴りのほうは私からのプレゼントだ。存分に使ってくれ」

 

 本来は1500円分でワンシートらしいが、500円分はプロデューサーが山菜そばに使ったとのこと。それでも1000円分くれるのだからありがたい。

 

「献上されし宝物(ほうもつ)は我が血肉となり喉を潤すわ! 誉めてつかわす!(これでいろいろ食べれます! プロデューサーありがとう!)」

 

 蘭子はさっそく控室で貰ったイベントマップのチラシから興味のありそうな屋台や展示ブースを探す。

 

「おーい、プロデューサー! らんらーん!」

 

 聞き覚えのある声に蘭子はチラシから顔をあげる。手を挙げて駆け寄ってくるのは未央で、額にしっとり汗をかいている。その後ろを汗だくの卯月が追いかけてきていた。

 

「ま、待ってよぉ、未央ちゃん……」

「遅いぞ、しまむー!」

 

 膝に手をついて肩で息をするしなしな卯月は『未央ちゃんが速すぎるんです』とでも言いたげな目をしていた。

 

「プロデューサー! 本田未央、島村卯月、らんらんの応援にきました!」

「ライブならもうとっくに終わってるけど?」

「いやあの、これには山よりも高く海よりも広い訳がありまして」

「ほう、例えば?」

「……事務所からここまでの移動時間をまったく考慮してなかったとか、焦って乗る電車を間違えて別の方向に行っちゃったりとか、しまむーのトイレが長かったこととか」

 

 山よりもかなり低く海よりもだいぶ狭い理由だった。あと、卯月のトイレが長いのは今さらである。

 

「まったく、未央らしいな。こういう何気ないときにスケジュールが組めないと普段の仕事のときも組めないぞ」

「ははー、プロデューサーの仰せのままにぃー!」

 

 大袈裟な動作で未央は返事をする。

 

「ま、そーいうことでさ。ライブには間に合わなかったけど、屋台とかはまだやってるみたいだから遊んでいこうと思って来た」

「そうかそうか。ま、アイドルやってると遊ぶ時間は減るだろうからな。まわりの迷惑にならないよう気を付けて、楽しんでこい」

「さっすがプロデューサー! わかってるぅ!」

「会場内に凛たちや楓さんもいるはずだから」

「おっけー! よぉーし、まずはあっちだ! 行くよ、しまむー、らんらん!」

 

 未央が踵を返す。

 

「えぇ、走らなくても屋台は逃げませんよぉ!?」

 

 卯月がよろよろしながらまた追いかけた。

 

「蘭子も行ってこい。衣装ケースは私が持っとくから」

 

 衣装ケースをプロデューサーに渡した蘭子は未央たちのもとへ行こうとして立ち止まる。そして彼へ振り向く。

 

「……きょ、今日のライブ、とっても最高でした! 自分のやりたいこと、少しはできた気がします! あ、ありがとうございました、プロデューサー!」

 

 素直に気持ちを伝えた蘭子は照れ臭そうに目を泳がせていた。

 

「どういたしまして」

 

 いつまでも来ない蘭子を心配してか、未央が戻ってきて呼び掛ける。

 

「らんらーん、行かないのー? あっちにおいしそうなお肉の屋台があったよ!」

「ほら、呼んでるぞ」

 

 蘭子は頷くと1度咳払いをして、

 

「んっ! 私の活躍はこんなものではないわ! 刮目しなさい、我が友よ!! くくく、闇に飲まれよ!」

 

 そう言い残して、未央たちのもとへ駆け足で向かい、そうして人混みの中へ消えていった。

 

「“下僕”から“友”へレベルアップしましたね」

 

 明が言う。

 

「そうみたいですね。蘭子にとってどのくらいのレベルなのかはわかりませんが」

「蘭子ちゃん的にはきっと信頼してますって意味かもしれませんね」

「だといいんですが、まぁそういうことにしておきます。さて、我々は車に荷物を積み込みましょうか」

「はい。あ、そういえば聖姉さんが──」

 

 プロデューサーと明も駐車場へと歩きだす。

 

 終わりも近い秋風に吹かれた落ち葉が、ライブの成功を喜び祝福するように舞っていた。

 

 

 

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