プロデューサーはじめました。   作:テラリウムA

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53話 汝、ロックを知り、そして進め(1)

* 【1】 *

 

 

 アーティストになりたい──いつからだろう。私が、そんな夢を持つようになったのは。

 

 ……あれ、本当にいつからだろ? 気付いたらアーティストになりたいって思っていたし、きっときっかけがあったんだろうけど。ぐぬぬ、思い出せない。ま、いっか! それもロックだね、うん!

 

 満員の武道館を見渡し、バンド仲間とともにロックを叫ぶ。

 

『リ・イ・ナ!! リ・イ・ナ!!』

 

 会場の熱は最高潮に達し、誰も彼もが現実を忘れてただただ声が枯れるまで盛り上がる!

 

『みんな準備はいいよね!? それじゃいくっよー!!』

 

 私は握りしめたマイクに叫ぶように言い放った。

 

 ギターが鳴り、照明が派手に光り、これからライブが始まる──そんな盛大な夢のような光景は、瞼を開けたことで、文字通り夢と消えていった。

 

「んあ? あれ、私寝落ちしてた?」

 

 目覚めかけの眼に付けっぱなしだった部屋の電気が突き刺さる。まぶしさに目を細めつつ、ヘッドフォンを外して上体を起こす。

 

 そこはなんの変哲もない私の部屋だった。決して満員の武道館ではない。

 

 今いるのはベッドの上で、お腹の上にはスマホが乗っている。見慣れたドア、見慣れた机、見慣れたテーブル、見慣れた壁のポスターなどなど。すべての要素がここが私の部屋だと認めさせてくる。

 

 さきほどまでの楽しい夢は終わり。現実がここにはあった。

 

 私の名前は多田李衣菜。ロックなアーティストを夢みる花も恥じらう17歳だ。

 

「ふぁ~あぁ~」

 

 あくびをしながらベッドをおりて、ミニコンポを停止させ電源を落とす。ヘッドフォンを所定の位置に戻し、もう一度あくびをしてふと時計を確認する。それはまもなく日付が変わることを指し示そうとしている。

 

「げっ……もうこんな時間か。早く寝よっと」

 

 就寝するために部屋の照明を消そうとして机に近づく。

 

 私の視界に入ったのは1枚の紙きれ。さきほどの夢の内容がまた1歩遠のいたことを知らせるものだ。

 

 そうだった。気分転換と若干の現実逃避のためにベッドで横になりながら音楽を聞いていたんだっけ。

 

 私はスマホを机に置いて、入れ換えるようにその紙を手に取る。一眠りしている間に結果が変わってないかなぁと、あり得ない期待をしながら印字された文章を目で追う。

 

 かいつまんで説明すればたった3文字ですべでが伝わる。

 

『不合格』

 

 もう何度読み返したかもわからないオーディション不合格通知をいまさらまた読み返したところで結果は変わらない。そんなのは天地がひっくり返らないと起きないはず、たぶん。

 

「はぁ……何度見ても変わらないよねぇ……ああ! やめやめ! とりあえず寝よう!」

 

 絶対に変わるはずのない通知を眺めていても仕方ないのて、それはくしゃくしゃに丸めてゴミ箱にシュート! この短い距離でも外れてしまったのでそっと拾って捨て直す。

 

 電気を消してベッドへ。日付はもう変わってしまった。

 

「よし、おやすみ」

 

 真っ暗になった部屋にその声は呑まれてかき消えていった。

 

 そうして私はまた瞼をおろした。

 

 

 * * *

 

 

 翌日の午後、学校帰りの私は行きつけのCDショップに足をのばしていた。エスカレーターで昇り、駅に隣接するビルの4階にその店はある。

 

『マウンテンレコード○○駅ビル店』

 

 よく通う理由なんてものは至って単純で、電車通学をする私にとって最寄り駅の駅ビルにあるのはフラッと立ち寄れるから。

 

 自動ドアに迎えられて店内に足を踏み入れると、他のお客さんの姿はまばらだ。今日はゆったりと新たな音楽との出会いを楽しむことができるだろう──なんて心の中でカッコつけてみる。

 

 さて、店内をぐるりと見てまわろうかな。

 

 とりあえず近くの特設コーナーに足を向ける。今流行りの曲だったり、注目のアーティストだったり、人気グループの新曲だったりとその時その時でコーナーのメインは変わる。

 

 どうやら今日はあるグループの新曲がメインらしい。立ち止まってポップに目を通す。

 

「へぇー、2年ぶりの新曲なんだ」

 

 CDを手に取り、ジャケットをじっくり眺める。私でも名前は聞いたことのあるグループ名だし、ヒットした曲もある。ネットミーム化しておすすめにひょっこり出てきたこともある。ふむ、天文を扱うアニメの主題歌として作曲されたとある。

 

 ひとまずCDを元の位置に戻して、店内探索に戻ろう。買うかどうかは保留といったところだろう。お金に余裕があれば“買い”だが、如何せん高校生のお小遣いというものには限りがある。

 

 だから、より納得できるものを買いたい。

 

 邦楽、洋楽、K-POP、アニソン、演歌。ぶらぶらとコーナーを巡っていき、最後にロックコーナーへ。一番じっくり見るから時間かかっちゃうんだよね。だから私は最後に寄ることにしている。

 

 陳列されたCDを眺めながら、試しに初見のアーティストのを1枚手に取ってみる。

 

 ロックなアーティストになりたいと夢を見る私だが、正直、ロックの種類にそこまで明るくない。UKロックとか、ハードロックとかパンクロック?とか。……ま、まあでも、聞いていて楽しいからオッケーです!

 

「おっ、このバンドも新曲出してたんだ!!」

 

 割りと好きなバンドの新曲を発見してテンションがあがってしまって、つい大きな声がでてしまった。一瞬視線が集まったが、すぐに散る。

 

「んっ! んっんっ!」

 

 ちょっと喉の調子が良くない感を醸し出して誤魔化す。

 

 誰もが名前を聞いたことのあるバンドではないが、ライブハウスによく足を運ぶ人たちの中では有名だと思う。私はまだ一回しか行ったことないけど。

 

 このシングルCDの値段は1500円くらいか。よし、買おう。1枚確保だ。お財布の中身も問題ない。なぜなら私には諭吉が味方しているのだから! 

 

「他には何かあるかな~」

 

 鼻歌混じりにロックコーナーを探る。

 

 例えまったく知らないアーティストであっても、手に取った瞬間にビビッと電流が走るような感覚がある。もちろん静電気じゃない。

 

 直感とか第六感とか、とにかくそんな感じの言葉にできない感覚。『運命だ』みたいに洒落た表現をするほどじゃないけど、どこか惹かれる──そんな音楽に出会えるのがCDショップの醍醐味ではなかろうか。なんてね。

 

 今日は残念ながら琴線に触れたものはなかったけど、定期的に来たくなるのはそういう経験があったからかもしれない。

 

 楽しい時間はあっという間で、すでに店内探索をして30分が以上が経っていた。明日も学校があるし、宿題もしなければならない。

 

「この辺で帰ろうっと。あ、その前に」

 

 レジに向かう前に特設コーナーへ戻り、アニメ主題歌のCDも手に取る。買うかどうか迷ったけれど、それなら買おうと思った。やはり諭吉の万能感は凄まじい。

 

「お会計、3120円になります」

「一万円からでお願いします」

 

 さよなら諭吉、またいつか。あ、次は新札になるんだっけ?

 

 レジで会計を済ませて店を出る。同じフロアにある本屋にも寄っていこうか悩んだけど、遅くなる前に帰ることにした。音楽雑誌はまた今度。

 

 駅ビル1階の自動ドアをくぐる。途端に冷たい空気が頬を撫でる。

 

「うー、さむ。早く帰るか」

 

 防寒具を整えて、歩道を流れる人の波に乗る。車道には赤いテールランプが列をなす。

 

 新しい1年が始まったなぁなんて思っていたら、昨日1月が終わってしまった。早い。きっと2月もあっという間で、すぐに春が来て暖かくなる。

 

 灰色の冬空が夜の暗さに染まりつつある。こう曇っていては星も見えないだろう。

 

 青信号の交差点を渡り、帰路を急いだ。

 

 

 

 

 時刻は21時をまわったところだ。

 

 宿題は、まあめんどいのは終わらせた。お風呂にも入ったし、歯もあとでちゃんと磨く。本日の自由時間開始だ!

 

「じゃあさっそく」

 

 ミニコンポの電源を入れ、さっそく今日買ったCDをセッティングする。まずはバンドのほう。完了したら、次はヘッドフォンの選定をしないといけない。

 

 自慢ではないが、ヘッドフォンはそれなりにコレクションしているつもりだ。あくまで女子高生のお小遣いの範囲にはなるが、聴く曲や音質で細かく使い分けたりしている。聞き比べだってする。

 

「低音域がしっかりしてるからこれにしよ。Bluetooth接続良し」

 

 ベッドサイドに座り、ヘッドフォンを装着する。ミニコンポに付属していたリモコンの再生ボタンを押す。

 

 音楽が流れ始めると、体が自然にリズムを刻み、熱くなってくる。これはきっと私だけでなく、同じように聴いた人もこの感覚を理解してくれるのではないだろうか。

 

 間奏はギターのソロパートだ。控えめにいってカッコいい。いつかは自分でギターを弾けるようになりたい。歯ギターとかめっちゃロックな気がする。

 

 そしてCメロへ。その盛り上がりを保ったままアウトロが流れる。

 

 やがて無音が訪れ、曲の終わりを告げる。

 

「いやー、買ってよかったぁ」

 

 倒れるように私はベッドに横たわる。視線の先にはしょぼくれた天井だけ。デカデカとポスターでも貼ったらロックだろうか、いやないな。

 

 天井をじっと見つめる私を慰めるように次のトラックナンバーであるインストゥルメンタルが掛かる。ボーカルがなくなっただけでなんだか違う曲みたいだ。

 

「すごいんだなぁ、アーティストって」

 

 しみじみ感じるアーティストのすごさ。ボーカル1つ、ギター1つをとってみてもそれぞれに惹き付ける魅力があふれてる。  

 

 私もなりたい、アーティストに。めっちゃロックでカッコいいアーティストに。

 

 そんな夢だけは一丁前に持っているけど、そこに至るまで道のりは決して平坦ではない。むしろ険しい。険しすぎて戦車みたいなキャタピラじゃないと進めなさそう。

 

 未経験でも参加可能なオーディションの結果は現在0勝2敗。全敗である。

 

 つい最近も346プロダクションアーティスト部門のオーディションで不合格となった。書類選考は通ったけど、会場には100人以上競争相手がいて、レベルも段違い。正直、なぜ書類は通ったのか疑問なほどだった。

 

 未経験でアーティストになるのは凄まじく厳しい確率──それこそ1桁のパーセンテージだと知ってはいた。ただ肌で感じたことがなかっただけで。

 

 現実にこてんぱんにされ、壁の高さと分厚さを脳に刻みつけられ、私はその夢を夢で終わらせようと思ってしまった。

 

 だって途方もないから。

 

 挫折なんて大層なものじゃない。そう言えるほどの努力を重ねていない。なんちゃってアーティスト希望がヘラヘラ笑いながら夢をゴミ箱に捨てるだけだ。

 

 そうだ、さっさとゴミ箱に捨ててしまおう。どうせなんとなくなりたいと思った薄っぺらい夢なんだから。

 

「ま、仕方ないか!」

 

 …………。

 

 …………捨てられない。そんな簡単に捨てられない! 

 

 例え夢が叶う可能性が限りなくゼロに近くても、ふにゃふにゃで薄っぺらくても、ヘラヘラ笑いながら語れても、“それでも”捨てられない。

 

 捨てちゃったら、私が私じゃなくなっちゃう。

 

「……いいじゃん、夢は夢のまま持ってても!」

 

 目尻が熱くなってきたと思えば、一筋の涙が流れた。

 

「泣くなよ、わたしぃ! たった2回オーディションに落ちただけじゃん!」

 

 手の甲で拭っても止まらない。私ってこんなに感情的だったんだ。

 

 やがて、リピート設定を切り忘れていたためにトラックナンバーが1つ目に戻り、曲が再生され始める。

 

「あれ……?」

 

 さっき聴いたときとは印象ががらりと変わった気がした。疾走しているような感じから、背中を押してもらって転んでも手を差しのべられている感じへ。もちろん今の私の感情に依るところが大きいのは確かだろう。

 

「へへ。やっぱり、これは買って良かったなぁ……」 

 

 そうつぶやくと、私は赤く腫れた目を閉じて、ヘッドフォンから届く音楽にそっと耳を傾けた。

 

 昂っていた感情の起伏が少し落ち着く。深呼吸をして、ベッドから起き上がる。大きく背伸びをしてヘッドフォンを外す。

 

 心が折れかけた……というかほぼ皮1枚で繋がっているみたいなものだけど、もうちょっとやってみる気にはなった。

 

 音楽に浸る時間は今は終わり。それを所定の位置に戻してミニコンポも電源を落とす。ベッドではなく椅子に腰掛け、スマホのスリープを解除する。

 

 某検索エンジンに、

 

『アーティスト オーディション 未経験』

 

と入力して、検索をかけた。

 

 

 * * *

 

 

 季節の移り変わりは早いものでもう春になった。あんなに寒かった冬将軍も今はもう面影もなく、ただ春の陽気に当てられる日々だ。

 

 帰りの通学路で道沿いに植えられた桜から花弁がひらひらりと舞い、新品ぴかぴかのランドセルを背負った小学生たちが私の横を元気に明るく駆けていく。彼ら彼女らの未来はきっと無限大だろう。ところで今のランドセルってめっちゃ色の種類があるらしい。大変羨ましい。私の頃は男子は黒で女子は赤だった。

 

 新学期も始まり、私は無事に高校2年生に進級した。留年なんてしないよ。やるべきことをきっちりやるのはロックだからね。

 

 街には心機一転の新しい風が吹き、各々がそれぞれの道を進む。もちろんそれは私だって例外じゃない。

 

 もうそろそろ結果が送られてくるはず。

 

 そう考えると帰路を行く足取りも自然と速くなる。家が見えてきた頃にはもう走っていた。門扉を雑に開けてポストを確認する。

 

 そこには1通の白い封筒。宛名は私宛てだ。そして送り主はオーディション事務局だ。

 

「来たっ!」

 

 私は思わず声に出してしまったが、構わずに他にはないことを確認して玄関へ急ぐ。

 

 両親は共働きでいないからただいまは省略して、2階にある自分の部屋へ階段をかけあがる。蹴破る勢いでドアを開け、カバンもその辺にぽんと置いて勉強机へ。制服を着っぱなしのままペン立てからハサミを抜き、書類を誤って切らないように隅っこへ切り込みを入れた。

 

 息を呑みこみ、深呼吸をして封筒から三つ折りにされた書類を抜き取る。恐る恐る、されど目を剃らすことはなく結果を見つめる。

 

『不合格』

 

 つらつらとあるかしこまった文章からこの3文字をすぐに捉えた。

 

 残念ながらこのオーディションは受からなかった。でも、まだ次があるとポジティブシンキング。

 

 ……とはいえ、ショックなのは変わりない。

 

 付け焼き刃と言われてしまうかもしれないが、カラオケでYouTubeの動画を頼りに歌の練習をしたり、体力作りのためにランニングも始めた。

 

 目に見える成果としてはさっぱり表れてないし、なんなら自分でも上手くなったと言える自信もない。

 

 やっぱり自分には無理なんじゃないか。そういう思いはいつも頭の片隅にある。それを完全に消し去るのは無理だし、かといって完全に無視するのも難しい。上手に付き合っていくしかない。

 

「だめだめ! くよくよしない!」

 

 くよくよした気持ちを自分の中から弾きだすように私は両の頬を左右の手で叩いた。

 

「…………いったぁ」

 

 力加減を間違えて割りと本気で叩いたので、結構痛かった。じんじんする。まあでも、気持ちは切り替わったのでよしとする。

 

「ランニングいくかー」

 

 とりあえず三日坊主は乗り越えたランニングに行くため、制服をハンガーにかけ、ジャージに着替える。

 

 諸々準備をして、いざ出発!

 

 

 

 

 時刻は17時過ぎ。街には帰宅する人々が増え始めている。サラリーマン、学生、主婦、おそらく塾の小学生など様々だ。かくいう私はというと、今、本屋にいます。

 

 本屋というのは不思議なもんで『どうせ買うならネット通販でいいじゃぁん!』なんて思ったりするものの、いざ行ってみればなんやかんや楽しいし見ていて飽きない。思わぬ発見があったりするし。

 

 え、ランニング? ちゃ、ちゃんとやったよ! ホントだって!? 今日はほら、いつも読んでる雑誌の発売日だったから!

 

「よーし、雑誌確保~!」

 

 雑誌コーナーでお目当てのブツを確保する。今回の表紙はあのバンドかー。

 

「1020円になりまーす」

 

 うきうきで会計を済ませる。やはり、欲しいものはあえてネットではなく実店舗で買うのがロックだぜ! あ、はい。通販で買うと届くまでソワソワしちゃうタイプです、はい。

 

「ありがとうございましたー」

 

 店員のマニュアル挨拶を聞き流しながら私は店を出る。

 

「えーマジ!? あんたあそこのオーデ受けるの?」

「へへ、そーよ!」

 

 すれ違い様の女子高生ギャル2人の会話が耳に入ってきた。

 

 そういえばパラパラめくったとき巻末にアイドルオーディションの広告があったっけ。詳しくはわからないけど。ま、私には関係ないけどね。アーティスト志望だもん。

 

「んー、さぁて帰るか」

 

 お腹減ったなぁ。夕飯なんだろ。またカレーライスかな。先週もカレーだったけど、うちカレーの頻度高いからなぁ。

 

 夕飯のメニューをあれこれ予想しながら私は歩いて帰った。

 

 

 

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