プロデューサーはじめました。   作:テラリウムA

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54話 汝、ロックを知り、そして進め(2)

* 【2】 *

 

 

 入道雲がどこまでも青く澄んだ空に天高く伸びている。夏の風物詩としての迫力を存分に見せつけながら、今日も空を揺蕩う。

 

 季節はすでに夏になった。桜散り、新緑の若葉が芽吹き、6月30日に17歳の誕生日を迎えた。待ってましたと言わんばかりのギンギラギンの太陽が東京の街を照らして焦がす。

 

「はぁー、あっついなぁー……」

 

 交差点待ちをする私はけだるげにぼやく。今日も今日とて太陽が頭上で輝いているのが原因だった。それはもう爛々と、燦々と。口に出すと余計に暑く感じるけれど、どうせ口にしなくても暑いのだから問題はない。

 

 うちわの代わりに手で扇いでみる。しっとりと蒸し暑い風が顔に当たるだけで、涼しさの欠片もない。

 

 現在の気温は32度。これでもすでに暑いのだが、これからもっと気温が上がるというのがテレビ画面の向こうにいる天気予報士たちの見解だった。

 

 ビルや舗装された道がほとんどの都市部ではヒートアイランド現象が発生しやすく気温が下がりにくく、熱中症などの様々な影響をもたらすのであーる! 理科の先生の受け売りです。てへ。

 

 カッコー、カッカコー。カッコー、カッカコー。

 

 信号が青になったので横断歩道を渡る。動くとさらに暑い。

 

 学校終わりにどこか寄り道でもしようかなと頭を一瞬よぎったものの、この暑さのせいでそんな気力もない。私はこのまま家に直帰することにした。

 

 

 

 

 ようやく冷房が効いていたリビングで私はぐだっとテーブルに突っ伏す。

 

 急な仕事により休日出勤するハメになった母はエアコンの電源をオフにしていったらしい。そういうメモ書きが残されてた。

 

 当然ながら、エアコンの停止した室内は蒸し風呂のように熱気がこもっていた。家に誰もいないとなれば消すだろうし、電気代だってタダじゃない。私なら遠慮なく消す。だがしかし暑い。

 

「あぁぁぁぁ、暇だなぁ」

 

 私は帰宅部だから放課後はフリーだ。吹奏楽部もいいかなぁって見学したけれど、ギターがなかった。どうせ弾くならギターがいい。

 

 いっそのこと自分で部活でも作ってみるのもいいかもしれない。名前は、そうだなぁ……ロック部とか? ただひたすらにロックを追い求める的な? 

 

「りーな・ざ・ろっく……なんちゃって」

 

 私なにやってるんだろう。

 

 上体を起こしてテーブルに頬杖をつくと、ちょうど正面にテレビがあって、電源の入っていない画面にぼんやりと自分の姿が反射する。

 

 あれからさらに追加で2回オーディションを受けた。どちらも未経験で応募可能なもので、それぞれ面接と自己アピールがあった。私は歌を歌ったけど、楽器を弾く人とかダンスの人もいたっけ。

 

 結局どちらも不合格。現在は0勝5敗。

 

 私はアーティストに向いていないんじゃないかと暗い感情が渦巻く。

 

 アーティストという夢を手放す気はさらさらないが、このままでは叶わないのは明白だ。さて、どうしよう。とりあえず久々にテレビでも点けるか。

 

『本日の特集は先日行われた765プロALLSTARSライブ20XXの裏側を取材しました!』

 

 電源が入ると、ちょうど夕方のエンタメコーナーを放送していた。

 

『○△ドームは最大定員が──』

「へぇ~」

 

 そういえばどこかでアイドルオーディションの話を見たような……。うーん……。思い出せないけど、どこかで……。

 

 1分くらいぐるぐる考えていて、ようやく記憶が甦ってきた。 

 

「あっ、ちょっと前の雑誌の巻末にそんなのがあったなぁ。まだ捨ててはいないはず」

 

 自分の部屋に戻り、雑誌を収納している段ボールをベッドの下から引っ張りだして漁る。確かに春頃のバックナンバーの巻末にそれはあった。

 

「346プロのアイドル部門だったんだ」

 

 346プロといえばかなりの大手だ。あのデカいビルは象徴といってもいい。誰もが名前を知っているような有名人も所属していて、私も今年の春頃にアーティスト部門を受けて落ちている。

 

「アイドル……アイドルかぁ……」

 

 その雑誌を持ちながら階段を下りていく。リビングに戻り、点けっぱなしだったテレビは消して椅子に座り直す。改めて雑誌を開く。

 

 まずオーディションの締め切り日はすでに終了している。今年の2月後半に買ったものだから当たり前だ。細かい文字で書かれた募集要項を目をこらして読む。

 

「ふむふむ、開催されたのは今年の3月。年齢制限は25歳まで。その他諸々。未経験も可」

 

 アイドル活動をしていたことのある人のほうが少ないはずだから、ある意味当たり前か。

 

「詳しいことはウェブサイトで、ね」

 

 私は詳細な募集要項を読んでみようと、検索エンジンから346プロの公式HPへ飛ぶとアイドル部門のページをタップする。

 

 数秒の読み込みの後、

 

『第2回346プロダクションアイドル部門オーディションはこちら』

 

という文言がページのニュースリストの一番上に表示されていたのが目に付いた。 

 

 

 * * *

 

 

 100均で買ってきた履歴書に必要事項を書き込んでいく。名前、住所、郵便番号、自己アピール、特技……。

 

「よし、こんなものかな」

 

 誤字脱字なく書き終えると次は顔写真を所定の位置に貼り付ける。何度もオーディションに書類を送っただけあって、すっかり慣れたものだ。

 

「……証明写真ってなんでこんなに悪人みたいに見えるんだろ」

 

 母親の免許証を見せてもらったことがあるけど、あれはなかなかの悪人顔だった。

 

 独りごちながらも私は手を止めずに書類を封筒にしまいスティックのりで封をする。

 

「準備完了っと。ランニングがてら出しにいくかー」

 

 椅子に座ったまま背伸びをして、窓の外に視線を向ける。今日も嫌になるほどの快晴、気温も30度越え。あーセミうるさーい。

 

 しかし、どれだけ不満に思ってもこれが夏というもの。私1人の力では季節という自然現象に太刀打ちなどできない。

 

 さっさと半袖短パンに着替えて日焼け止めも塗る。これでも私は女の子だから、最低限の身だしなみには気を使うし、日焼けだって気にするお年頃なんです。

 

 家を出発して近くのポストまで一定のペースで走る。

 

「ふっ、ふっ」

 

 私以外に走っている人はいない。ランニングが日課の人はだいたい朝か夕方だろうし、本来なら私も夕方に走ってる。昼間は暑いしね。だからこれは気まぐれランニングだ。

 

 さっきまで冷房の効いた部屋にいたことに加えて走ってきたのだから、ポストに到着する頃にはすでにじんわりと額に汗をかいていた。

 

「神様仏様天使様!」

 

 そんなごちゃまぜの祈りを捧げてからガチャンと投函する。

 

 宛先は未経験でも応募可能なアーティストオーディションではなく『346プロアイドル部門オーディション』だ。

 

 私の夢はアーティストだ。それは今も変わらない。が、このままではその夢は叶いそうにもない。無論、未経験でも応募可なオーディションもないわけではない。ただ総数はかなり少ない。やはりある程度の経験を積んでいる人向けのほうが圧倒的に多い。スカウトを待つこともできるが、それは天文学的な数値だろう。

 

 そんなときにたまたま見つけたアイドルオーディションの募集。

 

 運命だのなんだのと大袈裟に言うつもりはないものの、これはチャンスのように感じた。ましてや募集中なのが大手の346プロならなおさら。

 

 私としては若干不本意ではある。アーティストとアイドルは売り出す方向性が違うし、なによりロックじゃない。そんな気がしてならない。

 

 とはいえ、アーティストもアイドルもデビューをしなければただの一般人と大差ない。多少遠回りになったり、夢半ばで終わるかもしれないけど、デビューのチャンスは多いほうがいい。私は一般人では終わりたくない。

 

 まずは書類選考を突破することを願うしかなく、他に何もできない私はそのまま走って帰った。

 

 太陽は相変わらず手の届かないところで熱く輝いていた。

 

 

 * * *

 

 

 私が書類選考を通過したことを知ったのは、きっちり数えていたわけじゃないけど、応募してから2週間くらい経ったあとだったと思う。

 

 346プロから届いた1通の封書。その中身こそが書類選考を通過し、次の2次選考へと進める切符だった。

 

 文字を読んでいくにつれて胸の高鳴りは大きくなって、ついには爆発してしまうんじゃないかと思わせられるほどだった。

 

 それを突破できた喜びを噛みしめて、1度深呼吸。

 

『よしゃっ!!』

 

 小さくガッツポーズをしてしまうほどに嬉しかった。もはや感動的ともいえる。また1歩先に進めて、デビューするチャンスが近づいてきたんだ。あくまで次の選考にチャレンジできるだけなのはわかってるけど、ちょっとだけ夢を追う自信がついた気がする。

 

 そして、来たる2次選考の日が、ただ平然と何食わぬ顔でやってきた。なんという早さだろうか。

 

「うっひょー。おっきいなー。よし、がんばるぞ!」

 

 私が見上げているのはこの周囲で一番高いオフィスビルで、これこそが346プロを象徴するものだ。手前のレトロ感あふれる本館も含めて、ここがいかに大手かをその存在で示している。

 

 案内に沿って、受付を済ませて待合室へ向かう。階数が30まであるエレベーターなんて生まれて初めて乗ったよ。ボタンめっちゃあった。

 

「あのー、もしかしてオーディション参加者の方ですか? 待合室はあちらになってます」 

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 やたらとキョロキョロしていたら、通りかかった派手な蛍光グリーンのお姉さんに声を掛けられてしまった。芸能事務所の中に入るのは初めてだから、つい興奮しちゃって不審者っぽい動きになっていたのかもしれない。

 

 待合室のドアががちゃりと音をたてる。建て付けがどこか歪んでいるのか大きめの音が鳴ってしまった。

 

 定められた集合時間まではまだ余裕があったけれど、すでにそれなりに人はいた。

 

 値踏みするような視線が私に素早く集中してくるのと同時に空気がピりついているのを肌で感じる。そりゃそうだ、ここを通過すればいよいよアイドルになれるのだから、みんな本気にもなる。

 

 デビューのチャンスを増やしたいからアイドルオーディションに参加した、そんな理由の人は他にいたりするのだろうか。一応、自分でなんて答えるかは考えてきたけれど、この後の面接で言えるかな。

 

 張りつめた緊張感に当てられて少し不安になるが、ここまで来たらやるしかない! 自分にそう言い聞かせる。

 

 そして、私は近くの椅子に静かに座った。

 

 

 

 

 参加者が集まり、オーディションが開始された。その上で真っ先に思ったことがある。大声で叫んでしまいたくなるようなことだ。

 

『では名前を呼びますので、呼ばれた方は荷物を持って隣の部屋に移動してください。えっと、──多田李衣菜さん』

 

 長々とオーディション関連を説明していた蛍光グリーンの人にいざ呼ばれたときに『嘘でしょお!?』って叫びたかった。だって、初っぱなから私だよ!? オーディションの1グループ目の1番目なんて嫌に決まってるじゃん!

 

「ひゃいっ!」

 

 しかも返事をしたときに声が裏返っちゃって恥ずかしい! 考えてきた内容も飛んじゃったし! え、やばくない?

 

 冷や汗をかきながら、指示に従い隣の部屋へ移動する。

 

 椅子が5脚置かれていて、私は一番奥側だ。まず間違いなく私がトップバッターなんだろう。対面には眼鏡のおじさんと部下らしき若い人の2人が長机についている。

 

 私以外に揃ったところで、蛍光グリーンの人がドアを閉めた。

 

 私は椅子に座ろうとしたけれど、隣の人が座ろうとしないので咄嗟に真似をして左側に立つ。

 

「おかけください」

   

 若い男性が声を発する。私以外の人はその指示に従って椅子に腰かけたので、ワンテンポ遅れて私も座る。まだ始まってもいないのに、なんかもうぐだぐだだなぁ。

 

「はじめまして。本日の面接を担当します、天津です。こちらは今西です」

 

 若い男性はそう名乗った。いかにも仕事ができそうな印象のサラリーマンだ。ただちょっと疲れ気味かな?

 

「よろしく頼むね」

 

 朗らかな声で今西というおじさんは挨拶をする。こっちは優しそうだ。なんかニコニコしてるし、ジュースとかくれそう。

 

「では、さっそく始めます。あなたから、自己紹介をしてください」

 

 そう言われて、天津さんと視線が合った。これはどう見ても私からしろってことだよね。よし、覚悟を決めろ多田李衣菜。一晩かけて考えてきた台詞は──飛んじゃったけど、なんとでもなるはずだ!

 

「多田李衣菜ですっ! 17歳です! 私、音楽が好きなんです! そう、ロックとか! 絶対ハンパない音を鳴らすアーティ──アイドルを目指したいと思います! よろしくお願いしますっ!」

 

 勢い余ってアーティストって言いかけちゃった……。危なかった~……。これで大丈夫だよね?

 

 私が不安そうに視線を送ると彼はさらさらとペンを走らせてから、

 

「はい。ありがとうございます。では次の方」 

 

 ほっと安堵して椅子に座り、次の参加者の自己紹介に耳を傾ける。

 

 みんなスラスラ話せててすごいなぁ。……ちょっぴり不安になってきたぞ。

 

 自己紹介が一巡し、次の質問になる。もちろん、順番的に私からだ。さて、ウォーミングアップはここまで。ここからが本番のようなもの。どんな質問がくるのか。

 

「では、アイドルを目指す理由を教えてください」

 

 定番の質問だ! どうしよ、なんて答えよう。

 

「多田さんから」

 

 アーティスト志望だけどデビューのチャンスを増やしたくてアイドルを目指しています──なんて言えないよね。うぅ~ん……。

 

 ここはやっぱり、正直に? でもそんなこと言ったら落とされちゃうんじゃ。あ~でもでもぉ。

 

「多田さん?」

「あっ、は、はい。え~とですね……」

 

 あ、やば。取り繕う理由が思いつかない。こうなったら──。

 

「私はその、前にステージを見たことがあって、決して大きなステージじゃないんですけどね。そのときの出演者がすごく楽しそうで、でもそれだけじゃなく、観客側も楽しそうにしていたんです。相手を巻き込んで、場を盛り上げられる。私もそんなすごい人になりたいって思って、目指すようになりました」

 

 必死に言葉を絞った。アイドルではなく、アーティストを目指すようになった理由。紛れもない実体験だ。アーティストもアイドルもステージの上で演出をすることには違いがないから通じると思う。

 

 一通り言い終えてから『それアイドルじゃなくてもいいのでは』と突っ込まれてしまうかもとビクビクしていたが、そんなことはなく、すんなりと次の人にバトンが渡った。

 

 その後も、

 

『どんなアイドルになりたいか』

『趣味は?』

『歌やダンスの経験はあるか?』

 

という質問に対して、私はしどろもどろになりながらなんとか答えた。ロックじゃない気がするから嘘は決してついてない。ちょっと、ほんとうにちょっとだけ誇張しちゃったけど。

 

「以上で選考は終わります。お疲れ様でした」

 

 2次選考の終わりが告げられて、ぞろぞろと他の参加者たちが退室していく中で、ふとまた彼と目が合った。表情こそ疲れていそうだが、その眼光は鋭く、私の心のうちを隅から隅まで見透かしているように感じる。

 

 その場に居にくくなった私は逃げるように退室した。

 

 

 

 

 オーディションからの帰り道、私は公園のベンチでぐたっていた。真っ昼間から酒に溺れる人のように持っていた炭酸ジュースの缶に口を付けるが、すでに飲み干して空だったのを思い出した。

 

「あはぁぁぁぁぁん……」

 

 落胆が入り雑じったような声が思わず漏れでてしまう。

 

 ときおり吹く風が公園の木々をざわめかせ、その音が心の平穏をさわさわとかき乱すと同時にさっきの声をかき消しもする。

 

 足元の地面に視線を落とすと、1匹のアリが迷ったように右往左往している。そうかそうか、お前も目指す場所がわからないんだな。

 

「……あれで良かったのかな」

 

 今日のオーディションは、正直言って、上手くいかなかったのではないかと思う。やはりデビュー目当てに当てずっぽうにアイドルオーディションを受けるのは良い選択肢じゃないかも。気が向かないし。

 

「とりあえず、アイドルオーディションを受けるのは今回限りってことで」

 

 自分自身に言い聞かせるように独りごちてから、ベンチから腰を浮かせる。

 

 さきほどジュースを買った自販機の横にある缶・ビン・ペットボトルがごちゃまぜのゴミ箱に私は空になった缶をややカッコつけて投げる。放物線を描いて飛んでいったそれはゴミ箱に入ることなく淵に当たって弾かれてしまった。

 

 コロコロと地面を転がっていってしまうそれを拾おうとするより早く、たまたま近くを走っていた女の子の足元の近くで停止した。

 

 ジャージを着ているし、じんわりと汗をかいていることもあって、何か運動系のアスリートなのかもしれない。年齢は私と同じくらいに見える。結構可愛いし、Tシャツを盛り上げるくらい胸が大きい。

 

 その女の子は缶を何気なく拾うと、それをゴミ箱へ捨てた。缶同士がぶつかったカランという高音が鳴る。

 

「あ、ごめんね! 捨ててもらっちゃって」

 

 私が慌てて駆け寄ると、

 

「いえ、大丈夫です。次からしっかり狙ってくださいね」

 

 はきはきと告げたその子は、とくに気にした様子を見せずに一定のペースで走って行ってしまった。

 

 私は視線で彼女の背中を追っていたが、見えなくなったので家路についた。

 

 

 

 

 そうして、後日。私はアイドルオーディションを突破し、合格となった。

 

 

 

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