プロデューサーはじめました。   作:テラリウムA

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55話 汝、ロックを知り、そして進め(3)

* 【3】 *

 

 

 アイドル初日。オーディションが行われた会議室からエレベーターホールを挟んで反対側に目的の部屋はあった。プロジェクトルームと刻まれたプレートがドアの横に貼られている。具体的になんのプロジェクトなのかは私にはよくわからない。

 

 開けっ放しになっているドアを一応ノックしようとしたとき、

 

「あれ、君は……」

 

 どこかで聞いたような気がしないでもない声がして、私は振り向く。そこにはオーディションの帰り道に出会ったあの胸の大きな子が立っていた。

 

「あ、どうも。えっと、オーディションに合格して」

「おぉ、すごいね。倍率高めだったって聞いたけど。じゃあこれから一緒にアイドルがんばるにゃ!」

「うん……え?」

 

 今なんか変な語尾だったような……。

 

「自己紹介するね! みくは前川みく、元気で明るいネコアイドルにゃ!」

 

 聞き間違いじゃなかった! 恥ずかしげもなく、堂々と『にゃ』って言ってる。

 

「……」

「にゃ? 君の名前は?」

「……あ、多田李衣菜です。よろしく」

 

 呆気にとられて反応が遅れちゃった。イロモノアイドルって感じかな。

 

「よろしくにゃ」

 

 みくとよろしくの握手をすると彼女の手は柔らかかった。これがアイドルとの握手で、そして自分もこれからすることになる握手なんだろう。

 

 私が握手した手を開いたり閉じたりしていると、

 

「おっはよー、みくにゃん! こっちの新人さんは初めましてかなー?」

 

 右肩に衝撃を感じて顔を向けると、開けっ放しのドアから出てきたであろう女の子が私の肩に後ろからのしかかるように掴まっていた。

 

「未央ちゃん、危ないでしょ。李衣菜ちゃん、びっくりしてるにゃ」

「いやー、面目ない」

 

 未央と呼ばれたその子は手を頭の後ろに回してテヘヘといたずらっぽく笑う。

 

「驚かせてごめんね。こほん、んっんっ。改めまして、本田未央です! これからよろしくね、リーナちゃん!」

「多田李衣菜です。ロックなアイドル目指すんでよろしく!」

 

 元気あふれるパッション全開な未央に圧されつつ、考えてきた自己紹介を決め台詞っぽく言う。

 

「おぉ~、よっロックンロール!」

「えへへ」

「ほら2人とも、さっさと中に入るにゃ」

「あ、ごめん。じゃあさっそく他のアイドルも紹介しよう! オーディションに合格した新人ちゃんたちももう何人か来てるからね! ささ入って入ってぇ!」

 

 未央に腕を引かれ、みくに背中を押されて私は足を踏み入れたのだった。

 

 

 * * *

 

 

 アイドルになったのは、やっぱりデビューするチャンスが欲しかったから。いよいよ手の届いたそれを取るか、辞退してアーティストオーディションを受け続けるか。答えは言うまでもない。

 

 未成年である私が芸能事務所に所属してアイドル活動をするには両親の許可が必要だったので、すべて隠さずに話した。

 

『三者面談のときのアーティストになりたいっていうのは本気だったの!?』

 

 お母さんがそう驚いていたっけ。厳密にはアイドルなんだけどね。担任にも話したら急遽三者面談が開かれて、話し合いの結果、ひとまずは容認となった。学校にもできる限り出席するが、仕事などで難しい場合は課題で対応してくれるとのこと。

 

 お母さんからは、テストの結果が平均点辺りを維持するようにと条件が付けられた。私のテストっていつも平均点をギリギリ下回るからマズイね。まあでも大丈夫なはず! ……たぶん。

 

 こうして始まったアイドル活動。

 

 まずは衣装製作のためにスリーサイズを測った。もちろんプロデューサーではなく、ちひろさん──あの蛍光グリーンの人──にやってもらった。

 

 宣材写真も撮ったし、レッスントレーナーさんたちと顔合わせもした。4姉妹だけあって顔がそっくりなんだ。

 

 そして、今日もレッスンがある。基礎体力とダンス基礎の2つだ。アイドルのレッスンだから、てっきりなあなあきゃぴきゃぴで済ませるのかと思いきや、結構ガッツリ行われているんだなぁ、これが。

 

 なによりレッスンを通して1つわかったことがある。それは私の体が思った以上に硬いことだ。

 

「いだだだだだだっ!? 折れる折れるぅ!」

 

 レッスン前の柔軟体操でこれだもん。背中を押してくれているきらりちゃんもまだそんなに力掛けてないみたいだし。

 

「李衣菜ちゃん、大丈夫かにぃ?」

「だ、大丈夫! ……もうちょっとよろしく……ね」

「うん、わかった!」

 

 きらりちゃんはぐぐぐと力を少し掛けてくる。ちょ、やば、すげー痛い! え、背骨ポキッと折れたりしないよね?

 

「李衣菜。お前、かなり硬いな」

 

 私がしかめっ面をしながら耐えていたのを見た担当トレーナーである聖さんがそう言うのだから間違いないだろう。

 

 そういえば、お母さんもよく肩が凝ると言っていた。巨乳でもないのになんでだろうと思っていたが、きっと遺伝的ななにかかもしれない。私もその血を半分引いている。

 

「きらり、もう離していいぞ」

 

 きらりちゃんが手を離すと、私の背中は生まれたての小鹿のようにぴくぴくしている。背中、ちゃんと付いてるよね?

 

「ふぅむ、ここまで硬いとダンスに支障がでたり、怪我の元になったりするからな。よし、じゃあ李衣菜には追加の柔軟を毎日やってもらう」

「ええ!? こんな痛いの毎日ですか!? なんかもっと楽な方法とか!」

「そんなものはない。明日になったらいきなり柔らかくなるはずないだろう。少しずつしていくしかないんだ。そう心配するな。毎日15分程度だけだ。やれるな?」

「それなら、まあ」

 

 私は首肯した。

 

 

 

 

 それから毎日、レッスンとは別に聖さんが決めた柔軟をするようになった。あるときはダンスレッスン前のレッスンルームで、またあるときは家で。

 

 まだ始めて1週間ほどだけれど、ちょっとした変化は感じていて、以前は前屈をしても指先が床にくっつかなかったが、今はほんのちょっぴりだけくっつく。1~2㍉くらい。

 

 さて、土曜日で学校も休みな今日は、レッスン前にそれをするつもりで、少し早めに事務所に来ていた。かな子ちゃんたちも来てるけど、今はプロジェクトルームでわいわい雑談中だ。

 

 1人黙々と努力を重ねる──フッ、これもきっとロックさ。

 

 動きやすい服装に着替えてからレッスンルームの分厚くて重いドアを開ける。大きく、分厚く、重く、そしてロック過ぎた……なんてね。

 

 ドアが開くと、耳に誰かの声が入ってくる。

 

「ふっ、ふっ、ふっー。んぐぐぐ……あ、李衣菜ちゃんか。おはようにゃ」

 

 声はみくちゃんのものだったようで、どうやら1人で柔軟をしていたようだ。

 

「おはよう、みくちゃん。早いね」

「レッスン前に敷地内をひとっ走りしてこようと思ってにゃ。外では一般の人もいるから邪魔になっちゃうし。そういう李衣菜ちゃんだって柔軟をしにきたんじゃないかにゃ?」

「まあね」

 

 初めてみくちゃんと出会った日からそれほど日数は経ってないけど、アイドルというものにどこまでもストイックなのはすぐに感じられた。

 

 本日のみくちゃんのレッスンは私を含む新人たちのあとに組まれている。それでも自分にできることは追加で全部やっていること自体がストイックであることの証明になるだろう。

 

 そして今日もトレードマークの猫耳は健在だ。

 

「隣いい?」

「いいよ」

 

 私はみくちゃんの隣の床に腰をおろして、聖メニューの柔軟に取り掛かる。

 

 ぶっちゃけ、めんどいと思うことはあるが『あとあと響いてくるからな。サボらずやれ』とすでに聖から釘を刺されている。

 

「ふんぐぅぅぅぅ! って、なにその顔」

 

 私が座りながらの前屈をしていると隣のみくちゃんは『こいつやば……』みたいな表情をしていた。

 

「いや、いくらなんでも硬すぎじゃないかにゃ。背骨が鉄骨だったりする?」

「いやいやっ! これでも良くなったほうだからっ! 前は握りこぶし2つ分だったけどっ! 今はほらっ! 0.5個分だよっ!」

 

 みくちゃんに私の成果を見せつけてから、いったん前屈を解除して床に横たわる。フローリングがひんやり……いや結構冷たい。

 

「ぷっはぁ!」

「前屈1回でやりきった感出せるの逆にすごいにゃ」

「いやいや、体の硬い人間にはかなり大変なんだって。みくちゃんだってそうでしょ?」

「みくはこんな感じにゃんだけど?」

 

 そう言ってみくちゃんは軽々と座りながらの前屈をして、爪先を掴む。まったく苦しそうじゃないし、なんならこのまま1曲歌えそうだ。

 

「うそ……だろ……? みくちゃんこそ背骨がこんにゃくでできてるんじゃないの?」

「そんなわけにゃいでしょ! ネコアイドル確立目指してがんばってるけど、これでもみくは人間です!」

 

 そっか、ネコアイドル目指してるんだもんね。猫ってすごく伸縮自在だから、きっとそういうことなんだね。うん、なんか納得。

 

「なに1人で納得してんのにゃ。李衣菜ちゃんだってそのうちできるようになると思うけど」

「まったく想像できない。突然しゃけの切り身が空から降ってくるくらいに想像できない」

「例えがわかりにく過ぎるにゃ!」

 

 みくちゃんのツッコミがレッスンルームに響いた。

 

 

 * * *

 

 

 日々のレッスンを重ねていく中で、時間の針はどんどん進んでいった。

 

 堂々と存在感を発揮していた入道雲は気付けば姿を隠していて、青々と茂っていた葉は色が変わり始めていた。道端には落ち葉が溜まり、木枯らしによってからからと飛ばされていく。私も含めてほとんどの人が半袖だった服装は長袖に、さらにセーターやカーディガンを着込むようになった。

 

 秋になったなぁ、なんて感傷に浸っていたらすぐに冬となる。暑すぎる夏も嫌だけど、さっむい冬も同じくらい嫌だ。

 

 私がオーディションに合格してから346プロアイドル部門に所属してから今日に至るまで、本当にレッスンしかしていない。ちっちゃな仕事の1つもない。

 

 私と同じ第2回オーディションで合格したかな子ちゃんとか智絵里ちゃん、みりあちゃんもちらほらとお仕事をもらえているようだ。

 

 そして先週末には蘭子ちゃんがデビューライブを成功させた。

 

 かくいう私はというと、なんの音沙汰もなく、今日もレッスンを続けている。ボーカルとダンス。どちらも基礎ではなくより本格的なレッスン内容となっている。

 

「あーあ、私も早くデビューしたいな~」

 

 独りごちながら更衣室を出て、同じレッスンを受ける他アイドルたちより一足先にレッスンルームへ。聖さん考案の柔軟を行うためだ。続けて出してはや2ヶ月。ついサボりそうな気がしていたから、こんなに長く、それも休まずにいられて正直私も驚いている。私はやればできる子なんです!

 

 廊下を進み角を曲がったところで、みくちゃんとばったり会った。頭にはよく手入れされた猫耳が。事務所内にいるときは常に付けるらしいが、その徹底的ぶりは凄まじい。

 

「あ、みくちゃん。おはよー」

「おはようにゃ」 

「あれ、今日はレッスンの予定なかったはずじゃ?」

 

 普段からできることはすべてやるという姿勢のみくちゃん。そんな彼女のオーバーワークぎみを考慮してレッスンを意図的に入れない日を作っているとスケジュール担当の慶ちゃんが言っていた。

 

 あ、慶ちゃんというのはダンスレッスンを担当しているトレーナーの聖さんの妹さんで、確か4姉妹で、長女がステージレッスン(実際のステージ演出のレッスン)を担当している麗さん、次女がダンス担当の聖さん、三女がボーカル担当の明さん、そして末っ子でアルバイトの慶ちゃんの4人だ。

 

 私は一人っ子だからちょっと羨ましく感じるときもある。どんな感じなんだろうね、姉や妹に限らず兄弟姉妹がいるって。

 

 ちょっと脱線しちゃった。とにかく今日のみくちゃんは予定なしということ。自発的に来たのかな。

 

「そうにゃ。でも、蘭子ちゃんのライブ映像をビデオに撮ってたらしいくて、それを見せてもらいにいくにゃ」

「へぇ~」

 

 そこら辺、プロデューサーは抜かりないということね。

 

「李衣菜ちゃんも一緒に見る?」

「私これからレッスンなんだよね。やっぱ見といたほういいかな?」

「まあね。後学のためにも、いろいろ参考になると思うし」

「そっか。じゃあレッスンが終わったあとに見てみるよ」

「わかったにゃ! 会議室に機材置いておくからね! あ、片付けもだよ? 終わったらちひろさんに返せばいいから」

「片付けもか、ちょっとめんどいなー。まぁわかった」

 

 私はそう返事をしてみくちゃんと別れ、レッスンルームへ向かう。

 

 

 

 

 レッスンを終えた私は更衣室で私服に着替えて、会議室へ向かおうとする。先日の蘭子ちゃんのデビューライブの録画を私も見るためだ。あいにく行けなかったけど……いやわざと行かなかったわけじゃないよッ、レッスンがあったから! 蘭子ちゃんにいじわるしてるとかじゃ決してないからね!?

 

 ……話を戻して、デビュー案の“デ”の文字もない現状ではレッスンを優先したほうがいいと思ったんだ。だから行かなかった。

 

「デビューできんのかなー……」

 

 そんな一抹の不安を抱えながら、廊下を歩いていく。

 

 アイドル部門のこのフロアには、私を含めてアイドルたちやプロデューサー、ちひろさん、トレーナーさんたちがいるはずなのに会議室までは誰ともすれ違うこともなく、やけに静かな道のりだった。

 

 私はノックすることなく大雑把に会議室のドアを開ける。だって誰かがいるとは想像してなかったから。電源の入っていない大きなテレビモニターやそれと配線で繋がるノートパソコンといった機材が設置されていて、そこに見覚えのある姿が一緒にあった。

 

 もちろんそれはみくちゃんで間違いないんだけど、まるで覇気がない。うつむくように視線を下に落としていて、表情に影がかかっていて読み取れない。

 

「……あ、李衣菜ちゃん。ごめん、今どけるね」

 

 物音で私に気付いたみくちゃんは机の上にあったノートとか筆箱を鞄にしまう。

 

「あ、うん」

 

 今一瞬目が合ったけれど、なんか目が死んでるっぽい。あと、いつものちょっとうるさいくらいの元気の良さがない。何かがあったのは間違いないだろう。

 

 なんて声を掛けたらいいか迷っていると、みくちゃんはてきぱきと支度を終えたらしく椅子から緩慢に立ち上がった。ようやく影が晴れたものの、やはり表情は暗い。

 

「あ! あー、その……みくちゃん! どうだった、映像は?」

「……うん、良かったよ」

 

 返事はそれだけだし、しかも普段なら絶対付けている語尾の“にゃ”もない。それに蘭子ちゃんのライブのいい点を長々と説明されるんじゃないかと思ってたんだけど。

 

 荷物を持ったみくちゃんは困惑を隠しきれない私の横を無言で通りすぎていき、ドアノブに手を掛けたところでふと立ち止まる。

 

「ねぇ、李衣菜ちゃん。今日はその……早退するから、レッスン休むって代わりにトレーナーさんたちに伝えておいてくれない?」

「えっ……いい、けど」

 

 いつか来たるデビューのためにレッスンを休むことのなかったみくちゃんが休むなんて。どれだけ体調に気を使っていても病気になるときはなるからおかしくはないけれど、私がレッスンをする前はぴんぴんしてたのに。

 

 大丈夫かそんなに具合が悪いのか、そう聞こうとしたもののすでにみくちゃんはドアの向こうに消えていってしまった。がチャリと閉まる音が大きく響いて、私は1人ぽつんと立ち尽くす。

 

「……えっと、とりあえず見ようかな」

 

 私はついさっきまでみくちゃんが座っていた椅子にゆっくり腰掛けて、モニターやパソコンを起動させて蘭子ちゃんのライブ映像を再生させた。

 

 画面の中の彼女はいきいきとしていて見てて楽しいと感じた。一方で、どんな言葉で表現したらいいのかわからないような、ちょっとした引っ掛かりを覚えた。

 

 とはいえ、さきほどのみくちゃんのことでいまいち集中が続かない。内容も頭にはあまり入ってこないし。

 

 とりあえず私は、マウスを操作してもう一度リピートをクリックした。

 

 

 

 

 進行していたみくちゃんのデビュー計画が白紙になったこと、そしてそれが落ち込んでいた原因だろうと教えてもらったのは、機材と会議室の鍵をちひろさんに返却したときだった。

 

 

 

 

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