プロデューサーはじめました。   作:テラリウムA

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57話 汝、ロックを知り、そして進め(5)

* 【5】 *

 

 

 『ヒルシカの新曲MV公開! 反響続々!』、『今おすすめのイヤホン5選!』、『レコードの人気再燃。レコードショップ利用者の声』、『アニメとコラボのギター発売も。ギター売上倍に』などなど、ニュースアプリの音楽チャンネルにはずらりとタイトルが並ぶ。

 

 これといって読みたい記事もなく、頬杖をつきながらただなんとなくスクロールしていく。

 

 正直似たり寄ったりの記事ばかりで、いまいち興味はそそられない。ましてやこんな状態なら。

 

 昨日、私はプロデューサーからアイドルを続けるかどうかの意思確認をされたんだ。てっきりいい話だと思ったんだけど、現実はそうじゃなかった。

 

 プロデューサーの言葉は優しかったし、即刻クビにするとかじゃないとは言っていたけど、でも今の私には何かが足りていない、あるいは欠けている……のだと思う。

 

 オーディションに合格してから昨日まで、それなりに頑張ってきたという自負はある。ただ胸を張って言えるかというと、そうでもない。

 

 なんで。どうして。何がだめ? 何が足りない? そんな尽きない疑問の答えはどれだけスクロールしても見つからない。少なくともスマホの中にそれはなさそうだ。

 

「…………はぁーあ」

 

 人のいない薄暗いリビングに私のため息が響く。

 

「気分転換でもしよ」

 

 そう独りごつと緩慢に立ち上がり、スマホをポケットに突っ込み、玄関で使い込まれたスニーカーを履いた。

 

 ドアを開けると外はあいにくの雨で、しかもわりと土砂降りだ。それでも私は傘を掴み、気にせずに雨粒の中へ踏み出した。

 

 

 

 

 傘を叩く雨粒をBGMにあてもなく、ぶらぶらと街を散策する。強めの雨だからか、歩行者はまばらだ。

 

 駅に行き、公園に行き、水溜まりを踏んでしまい、通ったことのない道を探索し、傘を忘れたであろう小走りのサラリーマンとすれ違い、通っていた小学校の前を通り、歩道橋の欄干越しに車のテールランプが流れていく。

 

 そのままあてもなくぶらついていると、家から少し遠方にある公園の入り口に立っていた。

 

 昔はよく親に連れてきてもらって遊んだっけ。ボール遊びができる広場もあったし、遊具も多種多様だ。朝から晩までめちゃくちゃ遊びまくった記憶がある。

 

「秘密基地……」

 

 記憶を思い返しているうちに、そう言葉が漏れた。 

 

 秘密基地といっても大戦時の遺物とか墜落した宇宙船みたいなSFチックなものじゃなくて、ぶっちゃければただの東屋だ。東屋というのは四角い屋根付きのベンチみたいなものだと思ってくれればいい。

 

 それは公園内の池のそばにひっそりと、木々の合間を縫うようにぽつんと佇んでいた。

 

 遊具の設置されているエリアとは少し距離があるからか人もほぼ来ないし、なにより木に隠され知る人ぞ知るような雰囲気が秘密基地のように思えたからこそ幼い私はそう呼んでいたのだろう。

 

「今もあるのかな?」

 

 素朴な疑問を抱いた私はふらりと公園に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 公園の案内板を見つけたので、そこで立ち止まり目でざっと確認する。色鮮やかだったこれも10年近くのときを経て、色褪せている部分や端の錆も目立つ。配置自体は昔の記憶と変わっておらず、今もあの場所にあると案内板にはある。

 

 記憶に従い、足を進める。

 

 数年ぶりに来たものの、体はそこまでの道のりを覚えているようで、迷いなくすたすたと私は東屋へ向かう。

 

「あっ、この滑り台、私大好きだったなぁ」

 

 途中、アスレチック遊具を組み合わせた滑り台の横を通った。若干形が変わっているのでもしかしたら2代目かもしれない。

 

 ──親から帰るよと言われたらここに逃げ込んで、もっと遊ぶと困らせていたっけ。

 

 母が話す幼少期のハツラツエピソードとして、もう何度も聞かされた話をふと思い起こす。捕まえる頃には私はすっかり満足していて、あの頃はもうクタクタだったのよと母は言う。ちなみに何度か粘ったらしいが、数ある記録の最長時間は2時間だという。

 

 ちょっと滑っていこうかななんて一瞬考えたけど、雨の中滑り台を滑る女子高生17歳という絵面はシュール過ぎてやめた。

 

 当時はあんなに大きく感じていたこれも今はなんだかこぢんまりしている。物が縮む訳がないんだから、それだけ私が大きくなったってことか。

 

 他の遊具も懐かしみながら歩を進める。

 

 芝生と遊具のエリアを抜けて、少し進むと右手奥に大きめの池が見えてきた。左手には森林もある。遊歩道が整備されていて、晴れの日には森林浴もできる。

 

 遊歩道の入り口のすぐ右側に東屋への道がある。特段荒れている様子もなく、一定程度の整備は行われているらしい。

 

 足元の落ち葉に気を払いながら進む。もう少し早い時期にくれば鮮やかな緑の葉が綺麗だったけれと、もう冬の足音が聞こえる季節ともなれば落葉してしまう。

 

 ようやくひらけた場所に出た。

 

 池のそばには私が秘密基地と呼んだあの東屋が今もそこにあった。撤去されているとか、そうでなくとも立入禁止で閉鎖されているとかもない。

 

 ほっとひと安心して、とりあえず休憩していこうとして人の姿を見つけた。東屋に併設されたL字型のベンチに先客がいたことに気付いた。

 

 実は幽霊でしたというオチを警戒しながら恐る恐る近づいていく。くっきり見える位置まで来た。

 

 とりあえず足はあるね、半透明でもないし、見える範囲で血まみれとかもない。血の付いた凶器的なのも周りに落ちてない。

 

 ──あれ? なんな見たことあるような……。

 

 ベンチに座りながら体育座りをしているので顔は分からない。でも、どこか似ている人物を私は知っているような気がした。

 

 数秒考えて、もしかしてと思って私は頭に浮かんだ名前を呼ぶ。

 

「みくちゃん?」

 

 その呼び掛けにみくちゃんはそっと顔をあげた。

 

 

 * * *

 

 

 気まずい。めっちゃ気まずい。この場の空気からして気まずい。

 

「……………………」

 

 私の秘密基地にいたのは、やはりみくちゃんだった。顔をあげたみくちゃんは泣いていた訳じゃなさそうだけど、元気がないのは確かなようだ。ネコミミも付けてないしね。

 

 目線だけ合わせた私は、傘の水滴をバサバサ払ってからひとまず同じベンチに腰をおろした。みくちゃんとの間に一人分のスペースを開けてあるのは心の距離のようなものだ。

 

 座ってから10分ほど過ぎたが、会話がまったくない。

 

 何を話せばいいのやら。元気だった? 元気じゃないのは一目見てわかる。いい天気だね。いや雨だし。とりあえず何か言おう。

 

「えーとぉ……久しぶり、だね?」

「うん」

 

 みくちゃんの短い返事で会話が終わりました。南無。

 

「みんなっ! みくちゃんに会いたがってる、よ?」

 

 ここ数日、みくちゃんと会ってないのは事実で、みんなが心配してるのも事実だ。

 

 横目でちらりと様子を伺うと、ぎょっとした。だって、みくちゃんが肩を震わせていたから。

 

 やばい、地雷踏んだかもしれない。そう思った。

 

「あ、えとえと、あーと……!? あばばばばばばばば……!?」

 

 パニックになった頭で必死に考える。どうする、どうする。どう、解決する。どう、回避する!?

 

 そのときだった。

 

「…………………………ンフッ。ンクっ、ククク……フフフフフフフフ!」

 

 肩をぷるぷると震わせていたみくちゃんがいきなり笑いだした。理解が追いつかない。きっと今の私はとんでもないアホ面をしていたに違いない。

 

「アハハハハハハっ!」

 

 早く、早く追いついて理解! これはどういう状況なの!? まさか、みくちゃんついに頭が…………!?

 

「ふぅー、はぁー。あー、面白かった」

 

 みくちゃんはひとしきり笑ったあと、呼吸を整えて私のほうへ顔を向けた。その表情はどこか晴れやかでいつものみくちゃんのようだった。

 

「李衣菜ちゃん」

「は、はいっ!」

「久しぶり。まぁ、たった数日だけだけどね」

「あ、うん」

「もうちょっと喜んでほしいなぁー?」

 

 どうしろと。こっちは頭がまだ追いついていないんだよ。

 

「あ、いや、みくちゃんがいきなり笑いだしたから……」

「そっか、驚かせてごめん」

 

 なんだろ。違和感が半端ない。いつもはにゃーにゃー言ってたから、それがないみくちゃんってかなり新鮮だなぁ。これが素なのかな。

 

「いやぁ、神妙な顔した李衣菜ちゃんの姿がなんだか面白くって。目は泳いでるし、急に考え込んだりしてさ。なんか似合わない表情なんだもん」

 

 言ってくれるじゃないか、このどら猫が! 人がどう声を掛けたらいいか必死に迷ってる姿を笑うなど万死に値するよ、万死に! いつかネコミミをウマミミにすり替えてみくぴょいにしてやるからな!!

 

 まーあでも、私もいい歳(17歳)だから? この場では流してあげよう。うんうん、そうしよう。

 

「そ、そっかぁ」

「李衣菜ちゃん、今『このどら猫がぁッ!』って思ったでしょ?」

「え!? ソ、ソンナコトナインダァヨ?」

「相変わらず嘘が下手なんだから。顔にべったり書いてあるって」

 

 ちくしょう、みくちゃんのくせに!

 

「まぁでも、ありがとね。気にかけてくれて」

 

 いきなりはずるい。ずるすぎる。さすがネコキャラを作っているだけはある。この気まぐれな感じはネコっぽい。

 

「いや、まあ、うん」

 

 突然の感謝の言葉にしどもろどろになってしまった。ちょっとカッコつけたかったな。

 

「明日からはちゃんとレッスンに参加するよ。事務所にも連絡したし。さすがにね、これ以上凹んではいられないから」

「みくちゃんも凹んだりするんだ」

「そりゃ当たり前でしょ。私だって人間だもの、落ち込んだりするよ。ただ、人前であまり見せないようにしてるだけ。というか、私のことなんだと思ってるわけ?」

 

 みくちゃんは常にアイドルという夢に向かって真っ直ぐに実直に進んでいる。だからこそ──。

 

「猪突猛進のイノシシアイドル」

 

 という表現が正しいよね。フッ。だから即答しといた。

 

「即答!? ネコ! ネコアイドルッ! 私、ネコアイドルだから! ほらっ!」

 

 懐からさっとネコミミを取り出し、見せつけるようにすちゃっと装着するみくちゃん。それ、いつも持ち歩いてるんだ。

 

「ネコミミなんて飾りだよ。偉い人にはそれが解らんのです」

 

 ちょっとくらいならやり返してもいいよね。

 

「ふにゃぁぁ!? みくのアイデンティティを全否定!? こ、こうなったら李衣菜ちゃんにもネコミミ付けたらぁ!!」

 

 こうして始まったネコミミ大戦はおおよそ3分ほどで休戦協定が結ばれる運びとなった。

 

 

 

 

 雨は変わらずに強いままだ。地面を打ち付ける音が途切れることなく続いている。私とみくちゃんは隣同士にベンチに腰をおろしていた。さっきまであった一人分のスペースはいつの間にかなくなっていた。

 

「それで、李衣菜ちゃんは今日のレッスンサボったの?」

 

 汚れるのが嫌だという理由でネコミミを懐にしまったみくちゃんが東屋の天井を見上げたまま、尋ねてきた。

 

「そういうわけじゃないけど」

 

 確かに今日はレッスンが組まれていた。けれど、今は集中してできる気がしなくて休んだ。プロデューサーには考えを整理する時間が欲しいと伝えて。

 

「ふぅん。ま、ここで会ったのも何かの縁だし、私が李衣菜ちゃんの悩みを聞いてあげるよ。たまには先輩風吹かせとかないとね」

 

 どや顔のみくちゃんはあいかわらずそのでかい胸を張る。私ももう少しくらいは大きく……いやいや、こほん。そこまで自信ありげなら聞いてもらおうじゃないか。

 

「実は……」

 

 私は昨日の出来事の詳細を話した。みくちゃんは驚く様子はとくになく、ただ黙って聞いていた。

 

「驚かないんだね」

「まあね」

 

 みくちゃんは1拍置き、

 

「李衣菜ちゃんはさ、アイドル続けたい?」

 

 私の目を覗き込むように身をよじらせて、そらすことなくそう問いかけてきた。

 

 私が答えられずに戸惑っていると、

 

「これはあくまで私の直感なんだけど、李衣菜ちゃんってどこかアイドルになりたがってないような気がするんだ」

 

 とみくちゃんは言う。

 

 私は『そうかなぁ? そんなことないと思うけどなぁ』と否定しようとしたけれど、その言葉は思うように出て行かなかった。だって、ピシリと言い当てられたような、そんな衝撃を背中に感じたから。

 

「どう、なんだろうね」

 

 代わりに出てきたのはそんな言葉。正しいとも違うとも言わない、いや言えないときの言葉。

 

「李衣菜ちゃんがアイドルになろうとした理由ってなに?」

「それはもちろん、アイドルに憧れて──」

「嘘。李衣菜ちゃん、嘘ついてるね」

 

 語尾に被せるように指摘され、ドキリと心臓が跳ねた。

 

「私、アイドルになりたくてなりたくて仕方がなくていっぱいオーディション受けて、たくさん落ちた。親に無理言ってボイストレーニングとかダンス教室とか行かせてもらったけど、正直それが今役に立ってるかはわかんない。挫けそうになったのは一度や二度じゃない。それでもやってきたのは自分の夢のためだったから、だからどこまでも真剣になれた」 

 

 自分の夢のためならどこまでも真剣に、か。それはきっとそうだ。

 

「だからかな、李衣菜ちゃんがさっき言おうとしてたことが自分事のはずなのに、とても他人事みたいに聞こえた。取り繕っていて、その場しのぎの返答だってすぐにわかった」

 

 そういえば、私は昔から隠し事が下手だったっけ。よくお母さんに『あんたは顔を見ればすぐわかる』って言われた。はは。

 

「李衣菜ちゃんの本当を聞かせて」

「私は……」

 

 これ以上は隠せないよね。限界か。

 

「私はさ……ただデビューできればいいって思って、346プロのアイドルオーディションを受けたんだ。応募したのも目についたからで、とくにこれといって理由はないよ」

 

 オーディションの面接でも言わなかったことを、ああ、今言ってしまった。

 

「私はもともとはアーティストになりたかった……ううん、今もそうなりたいって思ってる。大きなハコで、ギターをジャリッジャリに引いてさいっこうに盛り上がる! そういう夢」

 

 みくちゃんは静かなまま聞いている。口を開く気配はない。

 

「別にアイドルが嫌いってわけじゃない。好きでもないけど、嫌いでもない。だいたいそんな感じ。合格できて嬉しかったのは事実で、デビューできると思って346プロに入った。実際に本格的なレッスンを受けれて、自分でも上達してきたのを感じた。でも……、なんというかな……。……心のどこかで考えちゃうんだ。私はアーティストを夢見てたはずだった、と」 

 

 最近はふとそう考えてしまう回数が増えた気がする──ああ、そっか。なんとなくわかったよ。プロデューサーは私の奥底に溜まったものを見抜いたからあんなことを言ってきたんだ。すごいなぁ、私以上に私のことを観ていて理解してるってことだもん。

 

「今の話が、私がアイドルの道に進んだ理由」 

 

 みくちゃんの表情はどこか怒っているようにも、軽蔑するようにも見えた。それもそうか。アイドル目指して上京するくらいだもの、心象を悪くしても仕方ない。

 

 雨はやむ気配がない。肌をさするじめっとした空気がこの場をさらに陰鬱にしている。傘から垂れた水滴がいつの間にか水溜まりを作っていた。

 

 ざあざあと雨が降るだけの時間が過ぎていく。

 

「軽蔑、した?」

 

 やがて、沈黙に耐えられなくなった私はそう尋ねた。

 

「ううん。してない」

 

 みくちゃんはゆっくりと首を横に振る。

 

「李衣菜ちゃんの伝えたいことは理解したつもりだよ。その上で、私はデビューのためにアイドルになったことは別に変じゃないと思う。なった理由も頑張る理由も人それぞれだから。でもね」

 

 1拍の間を置いて、

 

「理由がなんであれアイドルになったのなら、アイドルを頑張らないといけないと思う。今の李衣菜ちゃんにはそれができてないからプロデューサーはああ言ったんじゃないかな」

「…………」

「デビューっていうのはそんな簡単なものじゃないのは私もよく知ってる。お金も時間も掛かるし、上手くいくとも限らない。できる限りを尽くさないといけない中で、肝心の本人がアイドルに身が入らないのはやっぱり問題だよ。デビューを目指す前にきちんと心の整理をしないとだめ。わかった?」

「うん」

 

 子供を諭すように優しく、けれど芯の通った声だった。あらゆる環境音が鳴る中で私は小さく返事をする。

 

 ──アーティストになりたい夢とどう折り合いをつけたらいいんだろう。自信ないなぁ。こんななら、いっそ辞めてしまったほうがお互いのためになるかな……。どうしよう……。

 

「李衣菜ちゃんはアーティストになって何をやりたいのか考えるとこから始めたらいいよ。だいぶ明瞭になると思うし、もしかしたらアイドルでもできるかもしれないしね」 

 

 どうやらまた表情に表れてしまっていたようだ。もしかして今の私はものすごく情けないのではないだろうか。考えるのはやめておいて、とりあえず今は言われた通りにしてみよう。

 

「私は、アーティストになって、なって……」

 

 ふと、いつかの夢を思い起こす。

 

 満員の武道館、鳴り止まないコール、揺れるペンライトたち、高まっていくボルテージ──ギターをジャリジャリィィンと鳴らすだけで大音量の歓声が沸き上がる。顔をつたう汗もなんのその。勢いのとどまらない観客たちに向けて──。

 

「ロックを叫びたい。叫んで、叫んで、叫びまくりたい……!」

 

 そうだ、私はロックなアーティストになりたい! 多田李衣菜と聞けばあぁあのロックの、みたいな。

 

「みくちゃん! 私、ロックなアーティストになりたい!」

「お、おう。そうなんだ」

 

 ぐいっと彼女のほうへ身を乗り出して私は告げた。いきなり拳一個分の距離まで顔を近付けられたみくちゃんは面食らっていた。

 

「ねえ、前から聞きたかったんだけど、その時々言う『ロック』ってどいうのなの?」

「えっ? うーん、そーだなー……」

 

 みくちゃんからの突然の問いに私は首を傾げた。確かに、言われてみればそうだ。ロックな、とか、ロックを、とか今まで使ってきたけど、よくよく考えたかと言われればそうでもない。つまり不明です。ごめんね。

 

「……ホントなんなんだろうね」

「自分でもわかってないの!?」

「えへへっ♪」

 

 李衣菜ちゃん流かわいいポーズをしてみたけど、みくちゃんのジト目は冷たかった。風邪引いちゃいそう。

 

「はぁ、まぁいいや。で、アイドルでできそうなの?」

「ま、待って! ちょっと想像してみるから! むむむ!」

 

 私は想像力の組み上げたステージにそっと立ってみる。

 

 見渡す限りの満員の客席、いくつもの色のサイリウムが星のように振られ、会場の一体感は最高潮に。そして一番盛り上がってきたタイミングでこそ、私はロックを声高に叫ぶ──。

 

「…………なんかできそう。アイドルでも」

 

 そう思ってしまうと、アイドルのままでもロックは目指せるのではないかという気持ちが芽生えてくる。私の欲していたロックはアーティストでなければ手が届かないとばかり。

 

「私は………………」

 

 ここまでロックなアーティストを目指してきたつもりだった。でも違う。本当はアーティストじゃないとロックはできないとそう思っていた、思い込んでいたんだ。きっかけは……いや、きっかけなんて今はいい。大事なのはアイドルでも私の求めるロックができるかもしれない可能性についてだ。

 

 そもそもアイドルでロックをするなんて考えたことすらない。まるで探求者にでもなった気分だ。

 

「もともとはさ、アイドルをちょろっとだけやって、その後なんやかんやでアーティストに鞍替え! みたいな気でいたんだ。現実的かどうかは知らないけど」

 

 デビューというものを上手く利用するための第1歩だったアイドル。

 

「それが、アイドルのままロックを叫ぶなんて考えに辿り着くなんて」

 

 どこか心が軽くなっていく感覚がある。

 

「ねぇ、みくちゃん。──アイドルって自由だよね?」

 

 自然と言葉が出た。

 

「うん。アイドルってのは千差万別だからね。ロックなアイドルがいてもおかしくないよ」

 

 握る手に力がこもる。

 

「そっか。アイドルでも私のやりたいことはできるんだ」

 

 気付いてみればなんとあっけない。朝からあんなにうじうじ悩んでいたのに今はもう晴れやかさを覚えるまである。

 

 アーティストへのイメージ、アイドルへのイメージ、先入観、偏見、常識、世間の声、本当に掴むべき(ロック)

 

 きっといろんなものが巻き付いていたのだろう。多田李衣菜という人間にがんじがらめに絡んでいた蔦が取れていく。なんとなくだが、もう大丈夫だと、そんな予感にも似た感覚がある。進行方向は決まった。

 

 私は震える手を握り直す。

 

「私、ロックな自分になりたいってずっと思ってた。どうしても譲れない、私の目標。てっきり道は1つだけだと勘違いしてた。でも、まだ道はある。──私、アイドル続けることにするよ」

 

 私はロックというものをまだよく理解していないぺーぺーだ。とはいえ、ロックを自分のものにできるスタートラインには立てたと、そう思いたい。

 

「みくちゃん、話聞いてくれてありがとう」

 

 街を刺すような雨はだいぶ弱まってきたようだ。曇天の切れ目から一筋の光が差し込み、きらきらと反射している。

 

 私は立ち上がる。今のこの気持ちを、決意といえるかはわからないこの想いを伝えなければならない。

 

 まるで私の背を押すように差し込んだ陽光が道のように照らし出す。足にはしっかりと力が込められていて、いつでも歩みだせそうだ。

 

「私、今からプロデューサーのとこに行ってくるよ。きちんと伝えてくる」

「待って」

 

 東屋から去ろうとする私をみくちゃんが呼び止めた。

 

「ごめん、みくちゃん。止めないで。この気持ちを、ありのまま、感情全開でプロデューサーにぶつけてきたいんだ」

「李衣菜ちゃん……」

 

 紛れもない本音だ。嘘偽りはない。多少荒くともきちんと伝えたい。そう思ったんだ。

 

 ──激しく後悔する3秒前。

 

 まぁ、それはそれとして、カッコつけたけどどうかな? 背中で語ったつもりなんだけど、キマッたかな?

 

 横目でみくちゃんの表情を窺う。ん? 何かを言い淀んでいる?

 

 ──2秒前。

 

「あ、いや、その」

 

 ──1秒前。

 

「今日、プロデューサーは1日出張だから、事務所に行ってもいないよ。直帰するらしいし」

「えっ? ほんとに?」

 

 ──ゼロ。

 

 コンマ数秒。頭の中を理解がぐるぐると駆け回り、やがて着地した。

 

「……ほ」

「ほ?」

「ほぅぅわぁぁぁあああぁぁぁぁぁあぁ!? いぃやあぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 私は衝撃の事実にその場にしゃがみこむ。すっかり雨の止んだ空をカラスがカーカー鳴きながら飛んでいった。

 

 恥ぁずかしーぃッ!? めっちゃ恥ずいよ、これ!? あんなにカッコつけたのに、しかもドヤ顔でッ! ぶつけてきたいんだ(キリッ)ってさぁ! ああ顔がどんどん熱くなってく! どうすんの? この場の空気どうしたらいいのぉぉ!? てゆーかプロデューサーも朝の電話で言ってよぉぉ!!

 

 待て。待て待て、落ち着くんだ多田李衣菜。こういう時こそ冷静に、選べる選択肢を考えるんだ。

 

 その①ロックな李衣菜は突如起死回生のアイデアをひらめく。その②聞こえなかったフリをして走り去る。その③どうにもならない。現実は非情である。

 

 やはりここはその②を……って無理だ! みくちゃんに返事しちゃってるもん! つまり、その①! 『なーんちゃって』と誤魔化す! とにかく勢いで!

 

 よし、いくぞ。私が覚悟を決めたまさに同じタイミングで、肩にポンと手が置かれた。それはみくちゃんので、彼女は聖母のように慈悲にあふれた優しい顔をしている。

 

「この絶妙にしまらない感じ、李衣菜ちゃんらしいね。うんうん」

「なんか優しい言葉掛けてよっ!!」

「えっ、なんで。李衣菜ちゃん、時々今みたいにカッコつけてはしまらない感じ出してたよ? だから悩みが吹っ切れて平常運転になったんだなぁって思ったんだけど」 

「えっ……嘘、ほんとに?」

 

 さらりと明かされた衝撃の真実。私、無意識にカッコつけてたの?

 

「うん」

 

 そういえば、未央ちゃんとかプロデューサーがすごく優しい──そう菩薩のような穏やかな表情をしていたことが……。

 

「のわぁぁぁぁあぁぁぁあぁんッ!!!」

 

 その光景でなんとなく悟った私は思い切り地面を蹴り、脇目もふらずに東屋を飛び出した。全速力で、決して振り向かないで。

 

「ちょ!? 李衣菜ちゃん、いきなり走り出してどうしたの!? てか傘忘れてるよ!!」

 

 後ろからそんなみくちゃんの声が飛んできた。

 

 それでも私は選んだ選択肢その②に従い、晴れ空の下をただただ走ったのだった。

 

 

 

 

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