プロデューサーはじめました。   作:テラリウムA

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58話 汝、ロックを知り、そして進め(6)

* 【6】 *

 

 

 私がアイドルを続けると決意したあの日から数日が経った。

 

「だ・か・ら! それだとネコに寄りすぎてるでしょって言ってんの!」

「みくはネコアイドルだもん! それのなーにがいけないにゃ!!」

「ロック要素がさっぱりないからだよ!! それに私はネコより犬派だしぃ!!」

「んにゃっ!? 言うに事欠いて犬派だとぅ!? このにわかロックめ!」

「ほぁっ!? 言ったなー!」

「なんにゃ!!」

「なんの!!」

 

 互いに1歩も引かず、ヒートアップした私とみくちゃんは声を揃えて言うんだ。

 

「「解散だっ(にゃっ)!!」」

 

 なぜ私とみくちゃんが朝っぱらから事務所でバチバチにやりあっているか。原因はあの東屋での一件から翌日、プロデューサーへ報告に向かったときまで遡る。よぉし回想スタート!

 

 

 * * *

 

 

 いつぞやの応接室で私はプロデューサーと向き合っていた。思いの丈をすべてぶつけるためだ。包み隠さず、オーディションを受けた本当の理由も、なりたかった夢のことも。

 

「だから私は自分の描くロックをできるのであれば、アーティストでもアイドルでもなんだってやります! だから、改めてこれからもよろしくお願いします!」

 

 言い終えてからなんだが、なんか節操なしみたいだなって思った。……プロデューサー怒ってたりしないかな?

 

「そうか。それは良かった」

 

 短い返事だけだった。

 

「あの、怒ってたりしませんか? あぁいやその! 別に怒っててほしいとか、そういうわけじゃなくて! その……」

「アイドルを踏み台みたいにしやがって、みたいな?」

「えっと、まぁはい。そんな感じです」

 

 どこの世界にもストイックに、持つものすべてを差し出して活動している人はいる。アイドルだって例外じゃない。そういう人から見れば、私は邪道とか舐めてると取られるだろう。

 

「ふむ、なるほど」

 

 私は続きを固唾を飲んで待つ。

 

「私はそんなのさっぱり気にしてないぞ」

「えぇっ!? そ、そうなんですか?」

「そうだとも。縁あってここ(346プロ)でアイドルになり、そして李衣菜にはアイドルを続ける熱い想いがある。それだけでいいし、なにより一番大事なものだ」

 

 プロデューサーは真剣な表情で伝えてくる。

 

「それにな、李衣菜もいつかはアイドルを卒業する日がくる」

「もう辞めるときの話ですかっ!?」

「最後まで聞きなさい」

「はい」

「アイドルをずっと続けることができないのは李衣菜も知っての通りだ。いつかは必ずその日がきて、アイドルの次の道へと進まなければならない。歌手、俳優、タレント、あるいは別の。それはアイドルを踏み台にしているようなものだと思わないか? ある意味で、アイドルとして活動を行うすべての人は、いずれアイドルを踏み台にしていくんだ。だから私は気にしてないんだ」

 

 いずれ私もアイドルを踏み台にして先に進まないといけなくなるのかと、長いようであっという間にくるであろう未来を想像してみる。

 

 ──うん! 無理! まったく浮かばないや! これはおいおいってことで。

 

「さて、では改めて」

 

 話し終えたプロデューサーはすっと手を差し出してくる。彼が何を求めているかはすぐに察した。

 

 私も手を差し出して、握手をする。大きくてゴツゴツして、温かい手だった。

 

「多田李衣菜さん、これからよろしくお願いします」

「こちらこそ、プロデューサー!」

 

 私は満面の笑みで返した。

 

「あ、そうだ。李衣菜にはみくとユニット組んでもらうから」

「は?」

 

 私はすっとんきょうな声をあげたのだった。

 

 

 * * *

 

 

 以上、回想終わり。

 

 えっ? 結局どういうことかって? つまり私とみくちゃんはユニットを組むことになって、かつ、ユニット曲の作詞をすることになったんだ、1週間以内に。なのでユニット結成の余韻もなく、5分くらいでその場は解散。

 

 プロデューサーから伝えられた際にはすでに企画書も作られてて、方針も決まってて、決裁も下りてたから段取りはめちゃくちゃ早かった。もしかして初めから手のひらの上だったのかな、いや私たち2人を信じてくれていたと思っておこう。  

 

 それで、揉めているのは作詞の内容なんだけど……。えっ、回想はいらなかったんじゃないか? いやいやいや、気持ち新たに吹っ切れた私の姿をぜひ見てもらいたくてさ。

 

「ちょっと李衣菜ちゃん、聞いてるの。何1人でブツブツ言ってるにゃ」

「あ、うん! 大丈夫大丈夫! 考え事してただけだから!」

「それ大丈夫じゃないでしょ! ったく、先が思いやられるにゃ!」

 

 みくちゃんは愚痴りながら作詞のメモに視線を落とす。書いては消してを繰り返したからかごちゃっとしている。

 

「んー……あー……んー……んにゃぁぁぁぁ」

 

 シャーペンを右往左往させていたみくちゃんがぐたりと机に突っ伏す。

 

「ちょっと休憩しない? もう1時間以上やってるしさ」

「さんせーい」

 

 私もペンを置いて、ふと会議室の窓から外へと視線を向ける。冬空と白雲しかないけれど、見ているのは少し楽しい。

 

「ねぇ、みくちゃん。ちょっと聞いていい?」

「突然なんにゃ」  

「他人の挫折を願う人ってどう思う?」

「さいてー野郎」

「はは、だよねー……」

 

 うぐ、バッサリきた。でも、無理もないか。

 

「もしかして李衣菜ちゃん……っ」

「えっ、いやいや、まさか、そんなこと………………」

 

 私はつい黙りこんでしまう。

 

「?」

 

 みくちゃんが疑問符を浮かべながら視線をまっすぐ寄越す。

 

「いや、うん、そうだね。思ったことはあるかな」

「そっか」

「それがその、みくちゃんに対してなんだ」

「みくに?」

 

 私は頷く。

 

「ソロデビュー案が白紙になったとき、正直ちょっと嬉しかった。デビューの順番が回ってくるんじゃないかって」

 

 実際はそうならなかったけど。

 

「それに、アイドルを辞めたらいいとまではいかないけど、挫折にうちひしがれる姿が見られるかもって。ひどいことを考えてるって頭ではわかってた」

 

 しつこい油汚れみたいにいつまでもそれは心の奥底にこびりついていた。

 

「公園のあの日、みくちゃんがまた前に進もうとしていると知って、羨ましいともすごいとも感じた」

 

 あの日から肩がずっと軽くなった。みくちゃんのおかげで、多田李衣菜という人間が目指しているものが明確になったから。彼女には感謝しかない。だからこそ、この汚れも綺麗にしてユニットに挑みたい。言ってしまえば私のワガママみたいなものだ。

 

「私はきっと仲間が欲しかったんだと思う。一緒に留まって上を見上げるだけの仲間が」

 

 自分と似た境遇の人間がいると安心できるから。でもそれじゃダメなのだとようやくはっきりと理解した。他人の足を引っ張っても前には進まないというありきたりの事実が。

 

「私はみくちゃんにひどいことを思っていました。だから、ごめんなさい」

 

 椅子から立ち上がり、頭を下げる。

 

「……とりあえず座ってにゃ」

「うん」

 

 みくちゃんに促されて着席する。声色は真剣だ。

 

「まず、どうしてその話をみくにしたのか聞きたいにゃ」

「ユニットを組む上で、ちゃんと謝りたくて」

「胸のうちにしまって話さないという選択肢もあったんじゃない?」

「それは、そうだけど……でも、みくちゃんを悪く思ったままではいたくなくて、ちゃんと話して、ちゃんと謝っておきたかったんだ。そうじゃないと私、カッコよくないから」

「いつも言ってる“ロック”じゃないからってこと?」

「たぶん」

 

 私の曖昧な返事にみくちゃんは「ふぅん」とだけ返す。

 

「言いたいことはわかったにゃ。内容はひどいね。みくのこと、そんな風に思ってたなんて」

「えっとぉ……」

「でも、話してくれてありがとね。李衣菜ちゃんのこと、また1つ知れたから」

 

 ──みくちゃん……!

 

「李衣菜ちゃんはさ、にわかで、単純で、他人の不幸を願って、バカで、正直で、繊細で、夢があって、悩んで、吹っ切れて、また悩んで。ロックにこだわってて。言わなくてもいいこと言っちゃって」

 

 ──あれ、結構ディスられてる……。

 

「そんな噛めば噛むほど味が出るするめみたいなところ、みくは良いと思う」

 

 ──それは誉められているのかな? 誉められてることにしとこう。

 

「……たぶん、李衣菜ちゃんに限らず多くの人が大なり小なり同じような考えが頭をよぎった経験があるはず。もちろん、みくもね。だから、この話はもう水に流してしまおうにゃ。さっさと流しちゃって、これから先の、未来の話をするにゃ! 後ろより前! 曲も完成させて、ユニット名も決めるよっ! 時間はないよ! このチャンスを逃す気はないんだからにゃっ!」

「みくちゃん! だね! うん、うんうん!! やろう!! 最っ高のにしよう!!」

 

 ──うおぉぉぉぉ、燃えてきたぁぁぁ……ん?

 

「ユニット名も?」

「さっきPチャンからメッセージきて、ユニット名も考えていいって。企画書のはあくまで仮のだから」

 

 そう言われて私もスマホを確認する。確かに同じ内容のメッセージが来ていた。入れ替えるように企画書を手に取り、表紙をめくる。

 

 プロデューサーが考えたという仮のユニット名は『Stella』。イタリア語やラテン語で星を意味する言葉。

 

「やることいっぱいだね!」

「そうにゃ! ちんたらしてる暇はない!」

 

 こうして私たちは作詞へ取りかかる。煌めく明日を信じて!

 

 

 * * *

 

 

 翌日。煌めく明日は来なかった。

 

「ずいぶんとお困りのようですな」

 

 会議室に無残にも転がる屍が2つ。30分ぶり2回目の解散芸を繰り出した私たちは撃沈してしまっていた。様子を見にきた未央ちゃんもちょっと困り顔だ。

 

「未央ちゃぁぁぁん……」

 

 ゾンビさながらに床を這い、未央ちゃんの脚にすがりつく。

 

「ちょちょ! スカート引っ張らないで!」

「くんかくんか」

「匂いも嗅がないで!?」

 

 ──5分後。

 

「落ち着いた?」

「「はい」」

「うむ、よろしい」

 

 智絵里直伝チョップを未央ちゃんに喰らわされた私たちはようやく落ち着きを取り戻した。まるで長い間、悪い夢でも見ていたみたいだった。

 

「それにしても作詞とはねぇ。私もしたことないからなんとも。でも、結構案は出てるみたいだけど?」

 

 テーブルの上の数枚のメモ用紙を手に取りながら、目を通していく未央ちゃん。

 

「そうなんだけどねー、上手くまとまらないんだよね……」

「ネコの手も借りたいにゃ……」

 

 机に突っ伏すアイドル×2。

 

「そうだなぁ、いっそヘトヘトになってから考えてみるのは? 下手に考えるよりも直感的に決められるんじゃない?」

「なるほど。どうするみくちゃん、その辺走ってこようか」

「……うん。朝から会議室に籠りっぱなしだし、気分転換も兼ねて行こうかにゃ」

 

 そのとき、会議室のドアが乱雑に開けられた。

 

「話は聞かせてもらった! 私の出番だな!!」

「「ま、マストレさん!!」」

 

 なんかタイミングよく現れたのは青木麗さんだ。みんなはマストレさんと呼んでる。ステージ上での実際の演出や最終調整を行ってくれている。

 

「ふっふっふ、体力を空にするのだろう? ならば私に任せろ!」

 

 麗さんは私とみくちゃんの腕を掴んだ。

 

「え、いやいや、ちょっとその辺走ってくるんで。ね、みくちゃん!?」

「うんうんそうなんですにゃ!!」

「なに、心配するな! 私のスケジュールは空いている! はっはっは!」

 

 なんてパワーなんだ!? どんどん引きずられていくんだけど!

 

「あー……えっと、リーナとみくにゃんの戦いはこれからだっ!」

 

 打ちきり漫画の最終回によくある定番文句をさらりと放つ未央ちゃん。そんな彼女の右腕を私が、左腕をみくちゃんが掴む。こうなりゃ未央ちゃんも巻きぞいだ!

 

「えっ」

 

 私とみくちゃんはアイコンタクトをしてこう言う。

 

「「未央ちゃんの勇気が私たちを救うと信じて!!」」 

「えぇぇぇぇ!? そんなぁぁぁぁっ!!」

「おっ、未央も参加か。いいぞいいぞ!」

 

 こうして私たちは麗さんの圧倒的なパワーによって、地獄のレッスンへと強制突入した。

 

 終わった頃にはへとへとで作詞どころじゃなかった。

 

 

 * * *

 

 

 作詞の提出期限当日の朝6時。寮のみくちゃんの部屋。

 

「できたぁ!!」

 

 私はつい叫んでしまう。カーテンの向こうでは街が1日を始めようと動き出している。

 

 私もみくちゃんも完全に徹夜をしてしまった。するつもりはなかったのについついあと少しあと少しを繰り返していたらもう朝に。

 

 ボサボサの髪に目の下にすごい隈ができてるけど、ついにようやく完成した。この作詞は努力の結晶だ。

 

「よーやく……すごい長い1週間だったにゃ!」

 

 非常に濃密な1週間だった。マストレさんのヘルレッスン(2回、通常レッスンとは別)に蘭子ちゃんによる熊本弁講座、きらりちゃんのハピハピ講座、智絵里ちゃんによる太鼓の○人の上達講座、それに私たちにちひろさんを加えたコスプレショー。

 

 え? なんでコスプレショーかって? 事務所の人に相談する中で、ちひろさんにもお願いしたんだけどいつからか脱線に脱線を重ねた結果、3人だけのコスプレショーになってしまった。それはそれで楽しかったよ。あ、ちひろさんガチ勢だった。

 

「でもこれで、私たちもユニットとしてスタートラインに立つんだ。よし、さっそくプロデューサーのとこに行こう!」

「もちろんにゃ!」

 

 私とみくちゃんはユニット『Stella』として今、進み出そうとしている。ユニット名はあえて変えずにいくことにした。ラテン語で星っていうのがなんかロックだし、他にいいの浮かばなかったからね。

 

「って、まだ朝6時過ぎじゃん」

 

 さっそく行こうと立ち上がって、壁掛け時計を見てすぐに座り直す。

 

「プロデューサーまだ出社してないよね」

「それはそうにゃ」

「う~ん、じゃ、ひとまず2時間くらい仮眠しようよ。もう私……げん……かいで……」

「同じく……」

 

 短めの仮眠を取るだけのつもりだったけれど、案の定きれいに寝過ごしちゃって慌てて事務所に向かうことになるのは言うまでもなかった。

 

 

 

 

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