プロデューサーはじめました。   作:テラリウムA

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6話 ミカ・ト・リカ

 プロデューサーはレッスンルームに足を踏み入れる。

 

 昨日の凛、未央、卯月の初顔合わせと宣材写真の撮影、ユニット名『ニュージェネレーションズ』の正式決定。そして今日は3人での初レッスンである。

 

 3人とも汗だくで肩で息をしている。はぁはぁと吐く息の音がくっきり聞こえる。

 

「よし、5分休憩!」

 

 レッスンを担当するのは青木聖だ。白地に緑の模様が入ったジャージを着用し、片手には本日のレッスン計画を挟んだボードを所持している。

 

 午前中にきっちりスーツで出社した彼女はすぐにレッスン計画の立案にかかり、午後までに完成させていた。余談だが、彼女のスーツ姿は少しむっちりしていた。

 

「ふぃー。あぁー、疲れたぁ」

 

 未央がその場に座り込み首筋を拭く。凛と卯月もタオルで汗を拭ったり、水分補給をする。

 

「ふむ、3人とも体力は普通か。もう少し付けておいたほうがいいな。あぁ、プロデューサー殿」

「調子はいかがです」

「卯月は養成所に通っていただけあって、比較的ついてこれていますね。凛と未央も初めてにしてはできています」

 

 聖は黙々と現時点での評価を述べる。

 

「ただ、卯月は細かい動作が疎かになりがちで、凛は動きが小さく、未央は動きが大雑把です」

「まだまだこれからってことですね」

「そうなります」

 

 こうして話している間にも彼女のペンを持つ手は止まることはない。横目で、さりげなく、覗いてみるとそれぞれの注意点を書き込んでいるようだ。

 

「いやー、レッスンって思っていたよりも大変ですなー」

 

 未央がふーと大きく息を吐き出して言う。

 

「まだ基礎だぞ。これから一曲一曲に合わせてそれぞれ振り付けも覚えないといけないんだからな」

「oh……、部活の助っ人やってたからもっと体力あると思ってたのに」

 

 聖の言葉に思わず未央の本心が飛び出した。

 

「今の未央を見る限り、倍の体力がいるな。ライブではお前たちそれぞれが動きと呼吸を合わせてダンスをしないといけないんだ。当然、それをこなすだけの体力もいる。しかしな、手抜きをするとぐだぐだになって目も当てられないぞ。観客の反応もすこぶる悪いだろうな。さて、5分経ったな。休憩終わり!」

「はやーい!」

「ほら未央、立つんだ。凛と卯月も、さっきの続きからだ。プロデューサー殿はまだ見学しますか?」

「いえ、私はまだ仕事があるので。3人のことお願いします」

「任されました。きっちり仕上げて見せますとも」

 

 聖の確かな自信を感じ取ると、プロデューサーはそこを後にした。

 

 

 

 

 東京都渋谷区原宿の竹下通り。聖に凛たちを任せたプロデューサーはスカウトのため、ここを訪れていた。

 

 今所属しているアイドルは3人しかおらず、正直言ってまだまだ足りない状況にある。オーディションをもう一度行う手もあるが、地道にスカウトしていくことも大切な手法だ。

 

「あ、私そういうの興味ないので」

 

 あっけなく断られたプロデューサーの現在の勝率は0勝5敗である。

 

 第六感で道行く女の子をスカウトしてみても、冷たくあしらわれたり、怪訝そうに見られたり、警察に通報されかけたりと散々な結果となっている。

 

「ナンテコッタ」

 

 1時間ほど粘ってはみたものの、やはり対して変わらず。負けが増える一方だった。

 

 原宿から撤退し場所を変えようと考えていたちょうどその時である。

 

「ねぇねぇ、おじさん」

 

 何者かにツンツンと背中をつつかれる。振り返るとまだ幼く見える女の子が立っていた。

 

「私?」

「うん!」

 

 元気良く返事をするその子は、長い金髪でいかにもなギャルを圧縮して小さくしたようだ。

 

「何か用ですか?」

「さっき女の子に話しかけてたでしょ? もしかして芸能事務所の人? スカウト?」

「そうですが」

 

 彼が答えると少女は目をキラッキラに輝かせる。陽キャオーラも最大出力だ。すごく眩しい。

 

「すっごーい! ねぇねぇ、アタシもそれやりたい!」

「アイドルをですか?」

「アイドル? アイドルってモデルみたいなこと?」

「モデルのような仕事もしますが、歌やダンスがメインです」

「へぇ! そうなんだ! やるやる! ねっ、いいでしょ?」

「失礼ですが年齢はいくつ?」

「12歳! バリバリのJCだよ☆」

 

 さて困った。どうしたものか。見たところ、アイドルとしてはいけそうではある。一方で、12歳という年齢が引っかかる。アイドルができない訳じゃないが、まだ判断が覚束ないだろう。

 

「うーん、難しいですね」

「えー、なんでなんで!?」

「生半可な気持ちではアイドルはできませんし、何より親御さんの許可が降りるかどうかわかりません」

「むぅ~……」

 

 うつむきしょんぼりしていた彼女はそのまま回れ右……をしなかった。彼が手に持ったままの名刺を見て、名案でも思い浮かんだのか、バッと顔を上げた。

 

「じゃあ、その名刺ちょうだい! お願い!」

 

 両手を合わせて懇願してくる。名刺くらいであればいいだろう。

 

「はぁ、私のでよければ」

「ほんとっ!? ありがとっ、おじさん! へへっ、じゃあねー、バイバーイ!」

 

 少女は名刺を受け取るとすぐにポケットにしまい、踵を返して人混みの中を走り去ってしまった。

 

「行ってしまった。そういえば名前……」

 

 なんだったんだろうと思いつつ、彼は場所を変えるために竹下通りを抜けた。

 

 おじさんと言われたことは全然、まったく、微塵も、これっぽっちも、ショックではないと自分に言い聞かせながら。

 

 

 * * *

 

 

 悩める少女が1人、今は、自室の机に座りながら考え込んでいた。さきほどまではベッドに寝転がっていたが、考えがまとまらずに机に場所換えしていた。自室内をあっちへウロウロ、こっちへウロウロしていた。

 

 彼女の名前は城ケ崎美嘉。17歳で、花のJK、カリスマギャルである。

 

 そんな彼女を、ここまで悩ませているのは5つ年下の妹──莉嘉のことである。

 

 1週間ほど前だろうか。妹は帰ってくるなりママと美嘉へこう言ったのだ。

 

『ねぇねぇ、アタシアイドルやりたいっ!』

 

と。

 

 当然のことながら、2人は困惑し、パパが仕事から帰宅してからも同じことを言い、やはり困惑させていた。

 

 どうやらその日芸能事務所のスカウトマンがスカウトしている現場に遭遇したらしい。そして、自分から話し掛けて名刺を貰ったのだが、その際に『両親の許可があれば採用してあげる(要約)』と言われたとのことである。あくまで妹の言うことがすべて正しければだが。

 

 彼女が反対すると、

 

『お姉ちゃんだってモデルやってたじゃん!』

 

と反論してきた。

 

 確かに美嘉は、一時期、友達から誘われて読者モデルをやっていたことがある。

 

(そういえば、あのときも一緒にやりたいって言ってたっけ)

 

 読者モデルに誘われて、やってみたいと思っていると両親に話したとき、その場には妹もいて、話し合いの結果、美嘉は読者モデルを許可された。のだが、好奇心旺盛な妹が食い付かないわけもなかった。

 

 案の定、一緒に読者モデルをやりたいと言い出した。

 

 当時はさすがに小学生だったし、まだ早いというパパの判断もあり、首が縦に振られることはなかった。やりたいやりたいと駄々をこねるも上手くいかず、数日ほど不機嫌になっていた。いつの間にかケロッと直っていたが。

 

(アイドル、ねぇ)

 

 妹がなりたいというのはアイドルだという。読者モデルとはまた違うものだ。それこそ、テレビや動画配信サイトで探せばすぐ見つかるだろう。ライブもするし、雑誌の取材やバラエティにロケ、場合によっては海外にだって行くこともあるだろう。

 

 読者モデルとは、まったくと言っていいほどに、社会への露出度が違う。

 

「お姉ちゃん、お風呂上がったよ!」

 

 ドアが乱雑に開けられて妹が顔を覗かせる。

 

「あ、う、うん! アタシもすぐ入る!」

「どうしたのお姉ちゃん、考え事?」

「そ、そんなとこ。あはは……」

「そっか。ママも早く入ってって言ってたよ☆」

 

 妹が顔を引っ込めてドアをガチャンと閉めた。

 

 考え込んでいて足音にも気付かなかったようだ。美嘉は立ち上がり、背筋をぐぐっと伸ばすとお風呂の準備を始めた。

 

 

 

 

 リビングにはお風呂上がりの美嘉とそのパパとママが向き合っていた。妹抜きの家族会議であり、議題はもちろんその妹についてだ。

 

「パパとよく話し合ったんだけど、あの子のアイドル活動、認めようと思っているの。一応、名刺に書いてある会社は検索したのよ」

 

 そう言ってタブレットを持ち出し、なにやら検索エンジンに打ち込んでいる。やがて差し出されたのは名刺の会社のホームページらしい。

 

 そういや、どこの会社の名刺なのか美嘉は確認していなかったことを思い出す。妹はママにすぐそれを渡していて見る機会が今までなかった。

 

「ふーん」

 

 最初に目に入ったのは『346プロダクション』という社名だ。

 

「……えっ」

 

 自分の目がおかしいのかと思い、何度かまばたきをする。しかし、特に変化はない。正常のようである。

 

「ここって、すごい大手だよ?」

「そうみたいね。ママもパパも芸能事務所とか詳しくないから。美嘉は知ってる?」

 

 今、月9でやっているテレビドラマの主演女優とか名脇役と呼ばれる俳優とかちょっと前に流行った映画の新人とか、おそらく名前を出したら知ってると答えるであろう芸能人が所属している事務所で、間違いなく大手にカウントされるはずである。

 

 パパもママもテレビとかあまり興味なさげだから反応が薄いが、美嘉は違う。流行に敏感なJKだから当然知っている。

 

「まぁね。かなり有名なとこ。大手だし」

 

 そこで美嘉は気付く。

 

(アイドル活動を許可するなら妹に直接言えばいいのに。どうして家族会議なんてわざわざ)

 

 よく観察するとママの表情はどことなく影がある。この顔は心配事があるときだ。

 

「いまさらだけど、なんで家族会議?」

「少し心配事がね。美嘉はどう思うの?」

「へ? どゆこと」

「莉嘉がアイドルやることよ。あの子、結構飽き性なところあるでしょ。今はほら、アイドルって言葉に舞い上がってるけど、熱が冷めてあっさり辞めるなんてこともあるかもしれないし。そしたら相手方にも迷惑がかかるじゃない」

 

 莉嘉がただなんとなく気分でアイドルをやりたがっているのではないか、とママは思っているようだ。口を挟まないがパパもだろう。

 

 確かに飽き性ではあるし、好奇心に釣られて体が先に動くタイプではある。あの習い事をしたいと言って数ヶ月で辞めてしまうことが何度かあった。

 

「莉嘉が本気でやりたいなら応援したいんだけど、どうなのかしら。今日の家族会議はそれがメインね。美嘉の意見聞かせてくれる? 何か言ってなかった?」

「うんん、いつもと変わった様子はないけど。こればっかりはアタシにも判断が難しいかな」

「うん。まぁ、そうよね」

 

 今まで空気だったパパが口を開く。

 

「……見学とかさせてもらうってのは?」

「見学ね、なるほど」

「相手方にお願いして莉嘉を見学させてもらって、それで本人の気持ちを確かめる。やりたいというなら俺は許可するし、やらないならそれでもいい」

「できるならアタシもそれがいいと思う」

 

 どれだけ美嘉たちがあーでもこーでも悩んでも結局は莉嘉の意思次第。というのがひとまずの結論となった。パパが相手方にお願いしてみるということで、本日の会議は解散した。

 

 

 * * *

 

 

 あれから数日が経過し、今日は土曜日。快晴である。

 

 パパと346プロとのやりとりの結果、見学をさせてもらえることになった──のだが、莉嘉の付き添いで美嘉まで来ることになってしまった。

 

 発端はママで、莉嘉を1人で行かせるのが心配性だったことが一番の理由らしいが、美嘉は読者モデルをやったことがあるからなんとなく詳しそうだとか考えたに違いない。

 

『美嘉は読者モデルやったことあるし、慣れてるでしょ。事務所の中とかどんな人がいるのかとか見てきてね!』

 

とはママの弁である。

 

 読者モデルとは全然違うんだけどなぁ、なんて思いつつ電車に揺られて数十分掛けて事務所の最寄り駅へ。

 

 改札を抜けてオフィス街に出る。土曜日でもスーツ姿の人が多いと感じる。

 

「えっと、346プロは……」

 

 スマホで地図アプリを開いて経路を確認する。迷うほど複雑な道順ではなく、どうやらこのまま大通り沿いを進めば良さそうである。

 

「あ、お姉ちゃん見て見て! あれ何かな!?」

 

 突風のようにどこかへ行こうとする莉嘉のリュックを美嘉は掴み制止する。

 

「まったくアンタは。目を離すとすぐにどこか行こうとして! 今日の目的忘れたの!」

「ごめ~ん、お姉ちゃん!」

「分かればよろしい」

 

 莉嘉がちゃんと付いてきているか確認しつつ道なりに進んでいくと、やがてまわりのオフィスビルとは一回り大きなビルが目に入ってきた。

 

 

 

 

 お城のような建物──後に知ったが本館らしい──で受付を済ませた後、エレベーターで30階まで上がり、黄緑の事務員らしき人に部屋へ通された。

 

 ソファへ通した彼女たちへお茶うけのお菓子とジュースを準備すると担当を呼んでくると言い部屋を退出していった。

 

「ねぇねぇお姉ちゃん、すごい事務所だねここ!」

「まぁ、確かに」

「探検とかしてきていいかな☆」

「だーめ」

 

 莉嘉はさっきからソワソワキョロキョロと落ち着かない様子だ。緊張と好奇心を紛らわすようにお菓子を1個、また1個とつまんでいく。

 

 それにしても、ホームページを見て抱いていたイメージよりも数倍施設の規模が大きい。正直言ってみくびっていた。

 

 窓枠に写る30階からの景色は広く、青空とコンクリートジャングルが広がっている。

 

 眺めていると足音と話し声が囁きのように聞こえてくる。だんだんそれは大きくなっていく。そして、ドアノブが回る。

 

「遅れて申し訳ありません。プロデューサーの天津です」

 

 ワイシャツにネクタイのスーツ姿の男は朗らかに名乗る。20代で身長はだいたい平均くらいに思える。

 

「あ、やっほー☆ また会えたね!」

 

 まるで友達とばったり会ったかのように莉嘉はふりふりと手を振る。物怖じしないのは利点だが、まわりの人間はドキッとすることがまれによくある。

 

 彼はソファに座ると、莉嘉を、そして美嘉へと視線をすべらせる。

 

「こんにちは。莉嘉さんのお姉さんですね。お話はお父様から聞いております」

「はじめまして。城ケ崎美嘉です」

「一応、私の名刺を渡しておきます」

 

 差し出された美嘉の分の名刺を彼女はぎこちなく受け取り、テーブルに置いた。

 

「さて、本日は当プロダクションを見学に来ていただきありがとうございます。いろいろ説明をと考えていましたが、百聞は一見に如かず、実際に見たほうが実感しやすいかと。なので、これからレッスンを見学しましょう」

 

 彼はそう言って立ち上がった。

 

 

 

 

 彼に案内されて向かったのは同じフロアにある1室。場所はちょうどエレベーターを挟んで反対側で、レッスンルーム1と壁のプレートにある。

 

 室内からはうっすらと音楽や声が聞こえてくる。

 

「ここでやってるの?」

「えぇ、そうです。さぁ、どうぞ」

 

 レバーを下ろしてドアを開けると室内には4人いる。1人が指導をしているので、残りの3人がレッスン中のアイドルたちだろう。

 

「ワン・ツー・ステップ! ワン・ツー・ステップ!」

 

 手拍子をしているトレーナーらしき人はこちらを一瞥しただけで、レッスンを続けている。

 

 床とシューズの擦れるキュキュという音が響く。

 

「凛、先走り過ぎるな! 未央は手を抜かない! 卯月は肘を伸ばす!」

 

 檄が飛び、アイドルたちは「はい!」と返事をしながらダンスを踊る。

 

 普段は見れないアイドルの裏側。あのまぶしいキラキラはこんな努力によって成り立っている。いや、むしろあっちは一瞬で、この泥臭い努力こそが本質なのかもしれない。

 

 美嘉はそっと莉嘉を見やる。

 

 もし、キラキラと輝いている姿ばかりを想像していたのなら、これは想定していなかった現実になってしまうだろう。

 

「……」

 

 莉嘉の表情はとくに変わらない。真剣に見ているのはわかる。

 

「よし、15分休憩!」

 

 トレーナーの掛け声で、彼女たちは一斉にその場に座り込む。汗を拭き、呼吸を整える。手元の資料に何かしら書き込むと、視線を彼らに向ける。

 

「この子たちがプロデューサー殿が言っていた今日見学するという?」

「そうです」

「ふむ。はじめまして。トレーナーの青木です。今日は見学とのことですが、どうてしたか。実際のレッスンを見て」

 

 こちらへ来たトレーナーは美嘉と莉嘉の2人へ質問を投げる。

 

「えっと、アイドルってもっと緩い感じだと思ってました。なんとなくチャラチャラしてるのかなって」

「なるほど。妹さんはどうでした?」

「……ご」

「ご?」

 

 その場の誰もが莉嘉の言葉の続きを待つ。『ご』ってなんだろう。

 

「すっごぉぉーーい!!」

「うおっ!?」

 

 空気でパンパンの風船を針でつついたように爆発した莉嘉のボルテージにトレーナーが驚きおののく。彼も美嘉も、その場のアイドルたちも同じである。

 

「ねぇねぇ!! アタシも練習したらさっきみたいに踊れるかな!!」

 

 莉嘉がトレーナーに1歩近づく。

 

「ま、まあそうなるだろうな」

 

 トレーナーは返事をしつつ1歩後ずさりする。

 

「ほんと!!」

「あぁ、ほんとだ」

「ほんとにほんと!!」

「そうだとも……」

 

 莉嘉がさらにぐいっと1歩近づく。猪突猛進の勢いで距離を詰められ、さすがに困っているので美嘉が介入する。

 

「こーら、少しは落ち着く!」

「おわっ!? あ、お姉ちゃん」

「トレーナーさん、困ってるでしょ」

「あ、ごめんなさい」

「いえ、とても元気なようで。はは」

 

 苦笑いを浮かべるトレーナーに変わり、彼が口を開く。

 

「どうやら何かしら興味を持ってもらえたようで。どうです、少しレッスンを体験してみますか?」

「え、いいの!? するする☆」

「もちろんです。更衣室はここを出てすぐ左にあります」

「よぉーしっ! さ、行こお姉ちゃん!」

「え、アタシも!?」

 

 莉嘉にがっちりと手を掴まれた美嘉は、こうなったら放す気はないだろうと観念して更衣室へ向かった。

 

 数分して、紫のジャージの美嘉と学校のジャージの莉嘉がルームに戻ってきた。髪も後ろでまとめている。

 

 ジャージも持ってこいと言われた理由はこれだったのかと美嘉は思っていた。あわよくばレッスンを体験させようと考えていたに違いない。

 

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いしまーす☆」

 

 挨拶をするとトレーナーがうんうんと頷く。

 

「ではよろしくお願いします聖さん。5分ほど席を外しますので」

「わかりました」

 

 彼がルームを出て、この場は6人になった。

 

「さて、では始めましょう。2人はダンスの経験は?」

「まったくないです」

「アタシはちょこっとだけ☆」

「ふむ、なら基礎のステップがいいでしょう。まずは実際にやってみせますので。ほら、お前たち、以前やったステップだ。張り切っていこう」

 

 トレーナーはアイドルたちにやらせるようだ。

 

「が、がんばります!」

「私の実力見せてあげるよ!」

「あ、えっと、私も何か言ったほうが?」

 

 それぞれが意気込み?を言って位置につく。

 

「よし。お前たち、始めるぞ」

 

 その掛け声とともに彼女たちはステップを踏み始める。

 

「ワン・ツー・スリー。ワン・ツー・スリー」

 

 何か違うと美嘉は思った。言葉に上手く表せないのがもどかしい。

 

 直近で見たダンスといえば、去年の文化祭になるだろうか。今年の春に卒業した3年生のグループが演目でダンスをしていた。会場はそれなりに盛り上がったし、楽しかったのは事実だった。

 

 しかし、何かが違うのだ。

 

「ラストスパートだ! 気を抜くなよ!」

 

 ぼんやりと、そしてしっかりと眺めていて、あぁ、となんとなく理解した。

 

 気迫。それこそが文化祭のあれにはなくて、目の前のにはあるものの正体なんだろう。見ている人に楽しさを、真剣さを、優雅さをぐわりと訴えかけてくる。

 

 文化祭をこきおろす訳ではないが、気迫が違うとこうも見える印象が違ってくるなんて。

 

 自分も釘付けになっていることに美嘉自身が気付くことなくダンスは終了した。

 

「おぉ~! すごいよお姉ちゃんたち!」

 

 拍手する莉嘉に合わせて美嘉も拍手を送る。

 

「へへっ。そうでしょ! なにせこの未央ちゃんはトップアイドルになるのだァーッ!」

「アタシもなれるかな!?」

「もちろんさ! さぁ、あの夕日に向かって一緒に走ろう!」

「……? まだお昼前だよ?」

 

 誉められてハイテンションになった未央ときょとんとしている莉嘉の間に凛が割って入る。

 

「ちょっと未央。ごめんね、今テンション上がっちゃってて」

「ううん☆ 大丈夫! それより黒髪のお姉ちゃんもウェーブのお姉ちゃんも格好良かった!」

「そ、そう?」

「えへへ、凛ちゃん嬉しそうです!」

「まぁ、誉められて悪い気はしないね」

 

 凛は気恥ずかしそうに人差し指で頬をかく。卯月も嬉しそうである。

 

「さて、いかがでしたか? お2人には今のダンスをやってもらいます。あぁ、もちろんスピードはゆっくりやりますからご安心を。アイドルたちもゆっくり合わせますので」

 

 トレーナーに促されて莉嘉と美嘉は壁一面に据え付けられた鏡の前に立った。

 

 

 

 

 美嘉は体内の二酸化炭素を絞り出すように大きく息を吐いた。

 

 さきほどアイドルたちが踊っていたダンスをゆっくりと通してみたが、想像以上にきつかった。これでゆっくりなのだから通常の速さならこの倍はきついのだろう。

 

「どうぞ」

 

 床に座りタオルで汗を拭っていると、目の前にペットボトル飲料を差し出され、誰からかと思えば彼からだった。いつの間にか戻ってきていたようだ。

 

「ありがとうございます」

 

 受け取ってキャップを外し遠慮なく飲む。冷たい感覚が喉から胃にかけて広がるのが感じ取れた。

 

「どうでした。レッスンを体験してみて」

「そうですね。かなりきつかったんですけど、でも楽しいと思えました」

「それは良かった。妹さんも満足していただけたようで」

 

 彼の視線に釣られて美嘉も莉嘉の方へ顔を向ける。

 

「最後のステップはね、足だけを意識してると崩れやすいんだ。足というより体全体かな」

「へー! こう?」

「そうそう」

「いやー、これは将来有望な後輩になるかもしれませんなぁ。先輩風吹かせちゃう?」

「そしたら私は大先輩ですね! えへへ」

「しまむーだとちょっと頼りないかも」

「えぇ!?」

 

 すっかり溶け込めている様子の莉嘉に美嘉はほっと胸を撫で下ろすと、ペットボトルをもう1度傾けた。

 

 

 

 

 見学開始から一時間ほどが経過し、正午近くになっていた。体感だとまだ三十分くらいだと思っていたので、こんなに早いとは感じていなかった。

 

 体験レッスンやアイドル部門について具体的に説明を行い、見学の全日程が完了した美嘉と莉嘉、そしてプロデューサーの3人は本館の正面玄関口にいた。

 

「今日はありがとうございました」

「いえ、こちらこそ。お二人の役に立てたのでしたら幸いです」

 

 美嘉はお礼を言い、莉嘉にも促す。

 

「ほら、莉嘉も」

「今日はありがとう☆ とっても楽しかったよ!」

「それなら良かったです」

「私たちはこれで失礼します」

「ええ、お気をつけておかえりください」

「ばいばーい☆」

 

 見送る彼に手を振る莉嘉を連れて346プロを後にした美嘉たちは、駅までの道中にあるハンバーガーチェーンに寄りお昼を済ませ、帰宅の途についた。 

 

 

 

 

 その日の夜、再びの家族会議が開かれた。今回は莉嘉もいる。議題はもちろん『莉嘉のアイドルについて』である。

 

 美嘉はひとまず今日見学した346プロでの出来事を詳しく話した。貰っていた資料も出す。

 

「担当の人、どうだった?」

「普通の人って感じだったよ。ママが心配してたあからさまな悪人には見えなかった」

「そう。美嘉が言うならまずは安心かしら。パパはどう?」

「ふむ。俺もあれから追加でいろいろ調べてみたが、所属俳優のスキャンダルはあっても会社自体に悪い噂はないな。莉嘉、どうする。やってみるのか?」

 

 珍しく静かに会議に参加している莉嘉へパパは問いかける。俯いたまま返事がない。1分ほどして口を開いた。

 

「うん。やる」

 

 顔を上げ、しっかりパパとアイコンタクトを交わしながら答える。

 

「今までの習い事と違って、簡単には投げ出すことはできない。もし投げ出してしまえば相手にも迷惑がかかる。お金も絡んでくるし、中途半端にはできない。わかった?」

「うん」

「莉嘉がそう決めたならママは応援するけど、理由、聞かせてもらっていい?」

「今日アタシね、レッスンを体験したんだけど、未央ちゃんたち楽しそうだったし、何より楽しかったから!」

「楽しかった?」

「うん!」

「そう。ありがとう、教えてくれて」

 

 莉嘉の表情からは嬉しさがわかりやすいほど滲み出ている。おそらく多くの人が見ても『何か良いことあったんだな』と感じるだろう。 

 

「あれ、お姉ちゃんは? アイドルやらないの?」

「え? アタシ?」

「あらなに、美嘉もやるの?」

「いや、アタシは……」

 

 肩の荷が下り、すっかり身軽さを取り戻した莉嘉からの突然の不意打ちに美嘉は面食らう。

 

「そういえば美嘉、進路は決めた?」

 

 ママからの追撃も入る。

 

「うぐ……」

 

 美嘉は今年で高校3年になった。そろそろ真面目に卒業後の進路を決めなければならない時期である。後になって焦ってしまうよりは、今から考えておく決めておくほうがいい。

 

「まぁ、大学進学、かな」

「興味のある学部があるのか?」

「そういうのは、……まだないけど」

 

 進路を決めようとするとぶつかる壁、それは基準だった。

 

 何を持って進路を決めるのか。確固としたやりたいことがあるならばいいが、ないならどう決める? まわりに合わせてとりあえず進学する? 仮にそうするとして学部は? いやそもそもどこを受ける? 

 

 頭の中を思考がぐるぐるまわり始める。

 

「よくわかんないけど、一緒にアイドルやろうよお姉ちゃん!」

「なんでそうなるのよ」

「だってお姉ちゃんも楽しそうだったもん!」

「ほう。そうなのか?」

「うん、そーだよ! 最初は乗り気じゃなかったみたいだったけど、途中からそれはもうノリノリで☆ それにダンスするお姉ちゃんはカッコよかった!」

 

 以外とまわりを見ている莉嘉であった。

 

「だそうだ。もし美嘉もアイドルをしたいというのなら俺は許可する。お前は莉嘉よりもしっかりしてるしな」

「えぇー!?」

「宿題は終わらせたか?」

「……あ!? まだだった! 今すぐやってきまーす!」

 

 莉嘉は跳び跳ねるように椅子から立ち上がると、バタバタと2階へかけ上がって行った。相変わらず莉嘉らしい騒がしさだ。

 

「話を戻すが、やりたいのならやっていいぞ。まだ、どこを受験するかも学部も決めてないだろう。焦って適当に決めるのは良くないからな」

「そうそう。ママもとりあえず大学進学はしたけど、全然つまらなくて1年で中退しちゃったんだから。やりたいこと、やってみたいことがあるならそっちが優先だと思うわ」

「パパ、ママ。ありがとう。うん、じゃあ……、その、やってみても、いいかな?」

「もちろんだ」

 

 かくして城ヶ崎家の家族会議は『莉嘉、そして美嘉のアイドルについて』と議題が変わった上で終了したのである。

 

 

 * * *

 

 

 家族会議から数日が経った346プロダクションには、美嘉と莉嘉が再び訪れていた。今回は見学ではなく、正式に書類を持っての来訪である。

 

「はい。すべて確認しました。これで今日から君たちもアイドルです」

 

 彼は書類一式に目を通すと隣に座るちひろへ手渡した。

 

「さて、小難しいことはこちらで処理するとして。担当プロデューサーは私、天津です」

「よろしくねPくん!」

「よろしくお願いします」

「あ、敬語は使わなくていいよ。他の子とも楽に話してるから」

「そう? じゃあよろしくプロデューサー」

「これからよろしく、美嘉、莉嘉」

 

 手続きが滞りなく終わり、美嘉はお茶請けと一緒に出されたオレンジジュースのストローに口を付ける。

 

 ジュースを飲みながらざっと見渡す。前回気付かなかったが、ドア辺りの壁に所属アイドルの写真が貼ってあった。

 

 今は3枚しかないが、そこに莉嘉とともに貼られるかと思うと美嘉は本当にアイドルになったんだとどこか感心した。

 

「まさか本当になるなんてね」

 

 小声でぼそりとつぶやく。

 

「ん? 何か言った?」

「ううん。どうせやるなら一番のトップアイドル目指すぞって思っただけ」

「その意気込みで頼むぞ美嘉」

「うん、任せて★」

「Pくん! アタシだってがんばるからね☆」

 

 美嘉と莉嘉の様子に満足そうに彼は頷く。

 

「おっはようございまーす! おっ、この前の子たちじゃん! もしかしてぇ……?」

 

 そのとき、ガチャン!とルームのドアが開けられた。顔を見せたのは未央だ。

 

「そ。アタシたちも今日からアイドルだからよろしくね★」

「おぉ! しまむー、しぶりん! 早く来てみて!」

 

 ドアの向こうに呼び掛ける未央。パタパタと早足の足音が小さく聞こえた。

 

「ちょっと未央、いきなりどうしたの? あれ、2人は確か」

「わぁ、見学のときの美嘉ちゃんと莉嘉ちゃんです!」

「ふっふっふ、聞いて驚け、見て笑え! なんと私たちの新たなる仲間だ! ババーン!」

 

 効果音付きで未央が凛と卯月へ報告する。

 

「そうなの、プロデューサー?」

「うん。今日からさっそく一緒にレッスンするよ」

「そっか。よろしくね2人とも」

「私もわからないところがあった教えますね! 先輩ですから! えへへ!」

「卯月が先輩って言うとなんか不安になる。すべって転びそう」

「えぇ!? プロデューサーさんまで!」

 

 わいのわいの、がやがやと一気に賑やかになる。

 

「さて、そろそろレッスンが始まるぞ。着替えてきなさい」

「はーい」

 

 返事をして更衣室へ向かった3人に続いて2人もルームを出ようとするとプロデューサーに呼び止められた。

 

「どうしたのプロデューサー」

「Pくん?」

「頑張れ。期待してるからな」

「ふふ、もち! 任せてって言ったでしょ★」

「アタシだってPくんに良いとこ見せてあげるからね☆」

 

 そうして美嘉と莉嘉のアイドルとしての活動が始まったのだった。

 

 

 

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