七耀暦1201年 クロスベル自治州 アルモニカ村 3月20日
朝日が昇り、外が明るくなり始める時間、トネリコ亭の一部屋に泊まっていたエドとオランピア、そして準遊撃士のリンとエオリアはまだ夢の中に浸っていた。
「…………!」
突如、エドは目を開きベットから跳び上がった。隣に置いてあった剣を腰に構えて、壁を睨み付ける。
「何だ、この感じ……」
エドはじわじわと迫りくる悪寒に危機感を抱き、居合の構えを取る。
「ふぅぅぅぅ……」
エドは肩の力を抜きながら、手を剣に添えて、その時を待つ。
そして――、
ブゥーン!
目の前の壁から、紫の波動が押し寄せてきた。
「――斬ッ!」
乱れのない鋭い一閃が迫りくる波動を霧散させた。
危機を退けたエドは構えを解いて眼鏡をかける。
そして、いまだ夢の中にいるオランピア達を怒鳴り声で叩き起こす。
「三人とも! 起きろ!」
「ん、ん~?」
「なん、ですか?」
エドの大声に、リンとエオリアはまだ、だるさが残っているのか、ゆっくりと起き上がった。
しかし、オランピアの方は何の反応もなかった。
「オランピア?」
「う、うぅぅ……」
すると、ベットの中からオランピアが呻き声を上げながら、布団の中でもじもじしていた。
「! 大丈夫か!!」
先程の波動に当てられたのか、苦しそうに声を上げるオランピアに近づき、彼女が被っている布団を引っぺがした。
「は?」
「え?」
「嘘!?」
エドは、予想外の光景に面食らう。
リンとエオリアも信じられないものを目の当たりにして、眠気が一気に吹っ飛んだ。
「うぅぅ……」
布団の中にいたオランピアは顔を青くしながら唸っていた。
「ガァ―、グゥー……」
そして、抱き枕のようにオランピアを抱きしめていた金髪の女性がいびきをかきながら眠っていたのだ。
女性はオランピアをさらに強く抱きしめた。オランピアの顔は徐々に白くなっていき、手足をじたばたさせていた。
「なんじゃこりゃ……」
その光景を見て、エドはしばらくその場で立ち尽くしてしまった。
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「いやー、ごめんなさいね。部屋間違えちゃったみたい」
エドに起こされた女性はアハハと豪快に笑いながら後頭部をかき、謝罪していた。
「いえ、大丈夫です」
オランピアは息苦しさから解放され、新鮮な空気を吸って息を整えていた。
「まぁ、こっちも特に問題はねぇよ」
エドは頭を抱えながら、目の前でいまだに笑っている女性を確認する。
エドは彼女のことを知ってる。いや、エドだけではない。リンとエオリア、少なくともクロスベルに暮らしている人ならば知らない人はいないだろう。
「知ってるかもしれないけど、名乗らせてもらうわ。私はイリア。イリア・プラティエ。劇団アルカンシェルに所属しているアーティストよ。よろしくね」
「イ、イリア・プラティエ!!」
オランピアは目の前の女性の正体を知り、身を乗り出した。
「あら、私のこと知らない?」
イリアはオランピアの反応に意外と思ったのか、少し目を丸くした。
「この子は故郷の村を出たばかりでな。あんたのことは名前ぐらいしか知らないんだ」
エドはイリアを誤魔化す為に、少し噓をついた。
「へぇ、そうなの」
イリアは納得してくれたのか、その後の追究はしなかった。
「俺はエド。エド・ヴェルガだ。こっちはオランピア」
「よ、よろしくお願いします」
一度でもいいから会いたいと思っていたトップスターが目の前にいる現実に、オランピアは緊張して声が少し上擦った。
「エド君とオランピアちゃんね。改めてよろしくね」
イリアは二人の名前を確認し、復唱する。
「そっちは遊撃士の二人よね。こうやって面と向き合うのは初めてね」
「はい。準遊撃士のエオリアといいます」
「同じくリンです。よろしくね、イリアさん」
準遊撃士の二人も軽く挨拶をし、リンはイリアに確認をとった。
「イリアさん。先程、部屋を間違えたってことはあなたの部屋は?」
「えぇ、この部屋の隣よ。夜中に起きちゃってね。一旦、部屋を出て、間違えて入っちゃったみたい」
笑いながら答えるイリアを見て、エドは頭を抱えた。
「どうりで聞いたことがある声だったわけだよ」
昨日、壁越しから聞こえてきたヒステリックな声。
そして、今日の親父臭さそうないびきに、部屋を間違えてしまった件。
イリア・プラティエは少しズボラなところがあるらしい。
「そんなことより、何であんたみたいなスターがこの村に?」
エドは今を時めくトップスターがお忍びで村に訪れている理由が何なのか興味を持った。
「あぁ……それはね……」
イリアが理由を話そうとしたその時、
ガッシャ―ン!!
部屋の窓ガラスが部屋の中に飛び散り、二つの影が部屋に入ってきた。
「きゃ!」
「え、何?!」
「っ!」
「エオリア!」
「えぇ!」
リンとエオリアは即座に三人の前に立った。
エドはオランピアとイリアの前に立ち、入ってきた影を注視する。
「「……」」
影の正体は黒装束を身に纏った二人の男だった。男達の目には光がなく、その場で突っ立ったままこちらをじっと見ていた。
「あなた達は何者ですか?」
「遊撃士協会の者よ。こんなことをしてどうなるのかわかってるの!」
エオリアは医療で使うメスを持ち、いつでも投げれるように構える。
リンは拳を前に出して、侵入してきた男達に警告する。
しかし、男達は戦闘態勢をとっている二人を無視し、後ろにいる三人の方に視線を向ける。
「……ミツケタ」
男は腰からナイフより大きな刃物、マチェットを取り出した。
すると、準遊撃士二人の間をすり抜け、視線の先にいる人物、オランピアに襲い掛かる。
「ひっ!」
目の前から迫ってくる刃にオランピアは悲鳴を上げるが、足が動けなかった。
距離が徐々に縮まり、男はマチェットをオランピアに向かって突き刺そうとする。
しかし、男の前に横から何かが割って入ってきた。
それは足だった。
割って入ったエドの足はそのまま男の腹にめり込む。
足に力を入れ、腰を捻り、エドはそのまま男を壁まで吹き飛ばす。
壁に激突した男はずるずると地面に倒れ、気を失った。
「え?」
「何?」
リンとエオリアは一瞬の出来事に何が起きたのかわからないでいた。
エドは二人の前に立ち、拳闘の構えをとる。
「何者だ?」
エドは残った男を睨んだが、男はエドを無視し、いまだにオランピアの方に視線を向けていた。
「……《
「「っ!?」」
男の言葉にエドとオランピアは目を開いた。
《金》、そして管理人。それはかつてオランピアが持っていた立場。それを知っているこの男は……
「《庭園》からの刺客か!」
エドは目の前の男の正体を知り、警戒を強めた。
いつか来ることは分かってはいた。
だが、暗殺者がこんな白昼堂々と襲い掛かってくるなどエドは思ってもいなかった。
「え、え、何? 管理人? 刺客? 何それ?」
イリアは目の前で起きたことに混乱していた。
「お前達は二人を守ってくれ」
「えっ!?」
「ちょっと!?」
リンとエオリアの呼びかけを振り払い、エドは男に急襲する。
「ジャマモノ……コロス……」
男は袖から2つのナイフを引き出した。
ナイフを横から振り払い、エドの首に狙いをつける。
「シネ!」
「甘い」
エドが男の腕を自分の腕で受け止めて、ナイフの進行を止める。
男は焦らずエドの懐に潜り込み、もう片方の腕をエドの首に回し、持っていたナイフをうなじ目掛けて刺す。
だが、死角から突いたナイフはエドの裏拳で容易く弾かれ、床に落ちる。
エドは動きが止まった男の両腕を掴んで拘束する。
そのまま、男の頭に目掛けて頭突き。
頭からの衝撃に男は立ちくらむ。
エドは両腕を横に大きく広げて、おもいっきり自分の所へと引っ張る。
「グフッ」
エドの力強い膝蹴りは男の鳩尾を打ち、男はその場で崩れ落ちた。
「外に出るぞ!」
「は、はい!」
「エオリア、二人の護衛よ!」
「まかせて!」
「え、ちょっと! 何これ!」
エドはこの場に留まるのは危険だと判断し、四人に指示を出した。
リンとエオリアは役割を理解し、すぐにオランピアとイリアの護衛についた。
残った二人は先程の一瞬の出来事に呆然としていたが、エドの指示に驚きながらもオランピアはリュックを持って肩にかける。
一方、イリアはいまだに状況を飲み込めず、パニックになっていた。
エドが先頭に立ち、続いてリン・イリア・オランピア・エオリアの順に一階に降りていった。
「……誰もいない?」
エドは一階のフロアを見て、違和感を抱く。
フロアには人が誰もおらず、静寂の空間が広がっていた。今の時間帯、朝食を摂るために人が賑わっているはずだ。
しかし、フロアだけでなく、厨房にも人が一人もいなかった。
「ちょっと、何で誰もいないのよ?」
「エドさん、これはいったい……」
オランピアとイリアも人がいないことに気付いたようだ。オーナーや従業員、自分たち以外の宿泊客はどこにいるのか。異常ともいうべき状況に二人は戸惑いを隠せないでいる。
すると、五人の頭上に影が通りすぎた。
二階から先程襲ってきた黒装束の二人が追ってきたようだ。それを合図に、フロアの窓と入口から同じ装束を身に纏った者が宿の中へ流れ込んできた。
「っ!? 多い」
「まだ、こんなにいたの?!」
リンとエオリアは刺客の数を確認し、顔をしかめる。
数は八人。それぞれがナイフやマチェット、導力銃などといった得物を取り出し、徐々に距離を狭めていく。
「エオリア。私が囮になるから、その隙に……」
「何言ってるの?! あなただけじゃ無理よ!」
絶体絶命のピンチにリンは捨て身の覚悟を持って囮を買って出ようとするが、エオリアはそれを止める。
――八葉一刀流
そんな中で、エドは剣を抜いて前に出た。
「
瞬間、エドの姿が消えた。
同時に、刺客が次々と倒れていった。
まだ残っている刺客は周りを警戒していたが、気付いた時にはもう遅かった。
「ガハッ!」
最後の一人が倒れ、背後にはエドが立っていた。
「……すごい」
八人の刺客を一瞬で倒してしまったエドの実力に、オランピアは感嘆の声を上げた。
「リン。今のって……」
「えぇ。アリオスさんと同じ……」
リンとエオリアはエドが先程使った技を見て、自身の大先輩と同じ技だったことに息を吞んだ。
エドは前にある扉の方へと視線を向ける。他に刺客がいないか気配を探ろうと意識を集中する。
「……これは」
何かに気付き、勢いよく外へ出た。四人は慌ててエドを追いかける。追いかけた先にはエドが首を振り回して、何かを探していた。
「どうしたんですか?」
険しい顔をしていたエドを見て、ただ事じゃないと思いオランピアは声をかけた。
「……いない」
「えっ」
「村の人達が、どこにもいない」
それを聞き、オランピアはすぐに辺りを見渡した。
生活の音が一切なく、人影もまったくなかった。
まるで、最初から誰も住んでいないかのように村全体が静まり返っていた。
「何なのよこれ。どうして誰もいないのよ」
イリアもこの異様な景色に険しい表情を浮かべた。
村に住む人達が一斉に消えてしまった神隠し。ありえない事態に動揺を隠せないが、エドは落ち着いて状況を分析する。
(神隠しが起こったのはおそらく深夜の間。だが、村全員を一斉に連れ去るのはどうやったって不可能だ。それに、どうしてイリアさんだけはこの村に残っている)
先程の刺客から、村の神隠しは《庭園》の仕業なのは間違いない。
でなければ、目撃される村の中で堂々と殺しにくるはずがない。
神隠しが起き、村人達がいなくなると分かっていたから襲ってきたのだ。
ターゲットのエドとオランピアを連れ去らなかったのはわかる。
リンとエオリアはエド達の部屋にいたので、連れ去るにはリスクがあるので外したのもわかる。
だが、部屋に入るまで一緒に行動していなかった、イリアだけ連れ去らなかったのはおかしい。
「イリアさん」
「何かしら?」
「あなたは、夜中に一度起きたんだよな。その時、何か気づかなかったか」
「う~ん。あの時はまだ寝ぼけていたし、特に何もなかったと思うけど……」
イリアは必死に頭を捻らせていた。
「あ、そういえば」
「なにかあったのか?」
「気のせいだと思って忘れていたけど、どこかで何かが光っていたわね」
「光っていた?」
「えぇ。淡い紫色の光だったと思うわ」
「紫色? まさか今朝のあれは……」
エドは朝に来た紫色の波動を思い出した。
あの時、不吉な予感を感じ取り、迫りくる波動を斬った。それのおかげで、エドと同じ部屋にいた四人は波動を受けずに済んだ。
「……まさか、あの時の波動を受けていなかったからか?」
エド達は波動を受けなかったが、それ以外の村の人達は波動を避ける手段はない。波動を受けたことでその場から消えたのではないのかとエドは推測を立てる。
「イリアさん、その光はどの方角から?」
「えーと、確か……あっちの方角ね」
イリアは記憶を頼りに光源があったと思われる場所に指を指した。
「波動が来た方角と同じだな。」
エドはそうつぶやきながら、イリアが指した方向に目を向ける。
「あそこは確か……《太陽の砦》かしら?」
エオリアはイリアが指した方向にあるものが何かを思い出した。
「そこに行けば、なにか分かるんじゃないですか」
「そうだな。だが、当然《庭園》の連中もいるだろうな」
わざわざ殺す為だけに神隠しを引き起こしたとは思えない。
二人の抹殺とは別に、何か目的があるのだろう。目的達成の邪魔をさせないために妨害してくるに違いない。
「だが、このままにはしておけないな」
「はい。村の人達を助けましょう!」
二人は村人達を助けるため《太陽の砦》に向かうことを決めた。
「あんた達は村に残ってくれ。俺とオランピアだけで行く」
エドは残った三人に声をかけたが、真っ先に反論を上げたのは準遊撃士の二人だった。
「それはできない。私達も行くわ!」
「遊撃士として、この状況を見過ごすことはできません!」
予想していたのか、エドはため息を吐いた。
「これは俺達二人の問題だ。遊撃士だろうと、部外者は引っ込んでくれ」
「なっ! どういうことよ、それっ!」
「先程から二人が言っていた《庭園》というのと何か関係があるからですか?」
エオリアの問いにエドは黙る。迂闊に話せば、この二人も《庭園》の標的になるかもしれない。何とか誤魔化そうと考えるが、
「それじゃあ、《太陽の砦》に向けて行くわよ!」
イリアは三人のやり取りを無視し、号令をかけて村を出ようとする。
「え、イリアさん!」
「ちょっと待て! まさか、あんたも付いてくるつもりか?!」
「え……何言ってるの。もちろん付いて行くわよ」
「「「「ハァッ?!」」」」
四人に付いて行こうとするイリアに、エド達は素っ頓狂な声を上げてしまった。
「だめだ。危険すぎる。奴らの狙いは俺達二人だ。あんたは遊撃士達と一緒にここで待っててくれ」
「いやよ。仮に狙われているのが本当にあなた達だとしても、それを知って、しかも目撃しちゃった私があいつらに今後、狙われないとは限らないでしょ」
イリアの意見を聞き、エドは言葉を詰まらせた。確かに神隠しにイリアが巻き込まれなかったことは、《庭園》にとっては想定外のはずだ。《庭園》がイリアをこのまま放置するとは考えられない。
「それに……」
イリアは準遊撃士二人に目を移し、
「キツい言い方をするけど、あなた達二人じゃ、さっきの奴らに対応できないんじゃないの?」
「それは……」
「……」
リンとエオリアもイリアの発言に言葉を詰まらせた。
部屋で襲撃があった際、二人は刺客の動きに反応することができなかった。
それを理解しているから、反論することができないでいた。
「ここに残ったところで、危ないのは変わらないわ。だったら、あいつらに対応できるあなたと行動した方が一番安全じゃない?」
今いるメンツの中で《庭園》の刺客と対峙できたのはエドだけだ。
エドと一緒に行動した方が安全だとイリアは考えた。
エドもイリアと同じ考えに至っていたが、敵が集まっているだろうと思う場所に彼女を守りながら向かうのは非常にリスクが伴う。
連れて行くべきか、残ってもらうべきか。
どちらがいいのかエドは葛藤した。
「エドさん。連れて行きましょう」
すると、横からオランピアが口を開いた。
「オランピア?」
「《庭園》は暗殺の成功率を高めるために自分達の存在を徹底的に隠します。イリアさんの言う通り、暗殺を目撃した彼女達を彼らが見逃すはずがありません」
組織を立ち上げてからすでに二年。
《庭園》は自分達の存在を表舞台に出ないように動いていた。
もし、表舞台に晒されば、各国の軍や警察、遊撃士達にマークされ、動きづらくなる。
存在の露呈は、それだけで暗殺の成功率を落としてしまう。
だから、イリア達も《庭園》の標的になっているのだと、オランピアは主張した。
エドは腰に手を当てて、大きく息を吐いた。
「わかった。オランピア、お前は常にイリアさんの近くにいろ。遊撃士の二人はいつでも守れるように二人の近くにいてくれ」
「はい!」
「わかりました」
「OK!」
「それじゃあ、改めて行くわよ!」
五人は村人達を助けるため、《太陽の砦》に向かった。
閃の軌跡 Northern War
早速、アニメを見ましたが、私的にはすごいクオリティです。
次話がめちゃくちゃ気になります!
次回、第11話「門」
お楽しみください!