英雄伝説外伝 金の軌跡   作:魔ギア

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ついに百話までいきました。
ここまで続けることができた、皆さんの応援に感謝を。
それではご覧ください。



第百話 束の間

 メルカバに備え付けられているシャワールーム。そこに三人の女性が集まっていた。

 

「よし、もう着てもいいぞ」

「は、はい」

 

 上の服を脱いで露出した上半身を見せるオランピアは、そそくさと服を着る。オランピアの身体を観察していたアインは、近くでイシュタンティを調べていたセリスの方に振り向いた。

 

「セリス。お前の方はどうだった」

「これといった異常は見られなかったぜ」

 

 二人の近くで浮遊しながら立っているイシュタンティを観察していたセリス。問題はないと彼女は首を横に振り、イシュタンティから離れる。アインは腕を組みながらオランピアとイシュタンティを一瞥した後、深く考え込む。服を着終えたオランピアは静かになったアインの顔を覗き込むように見守っていた。

 

「……オランピア。イシュタンティと繋がって、何か違和感のようなものはなかったか?」

「違和感、ですか?」

「今まで見てきたものの印象が変わったとか、身体が今までよりも軽くなったとか、些細なことでいい。何か感じなかったか?」

「そうですね……。今はこれといった違和感はありません。ただ……」

「ただ?」

「はっきりとは言えないのですけど、イシュタンティの記憶、というより感情、想いと言った方がいいのでしょうか、そういったものが私の中に入ってくる感じがしました」

 

 イシュタンティと一つになった時に襲ってきた感覚。それはクロスベルでイシュタンティが壊れ、彼女に取られていた感情が戻ってきた時の感覚ととても似ていた。

 

「どんな感じだった? そこで何か異常はなかったか?」

「いえ、特にはありませんでした。イシュタンティの記憶を見せられか感じはありましたが、もうほとんど覚えていません」

 

 印象的に残っていた記憶。それは一人の若い青年に寄り添い、挫けそうになる彼を何度も支えていた天使の翼と頭に金の輪が浮いている少女。おそらく、彼女が人形になる前のイシュタンティだったのだろう。 

 

「記憶を体験しているのではなく、記録を見せられているような感覚ということか」

 

 それが本当ならば、特に問題はないだろうとアインは結論づける。仮にイシュタンティの記憶を追体験していたら、彼女の心はイシュタンティに傾き、最悪、イシュタンティに身体を乗っ取られる恐れがあった。

 だが、記録を見ているだけならば問題ないだろう。例えば、自分を主人公にした物語を本人が読んだとしても、物語に出てくる自分の心情を察することはできるかもしれないが、物語の自分と同じように抱くことはできない。体験もしていないのに、その感情を抱けというのは、プロの演出者でも難しい話だ。

 

「あの、アインさん。イシュタンティはこれからどうなるのでしょうか?」

「このままいけば封印されるだろうな、間違いなく」

 

 オランピアの疑問にアインは即答する。その口調に私情などは一切なく、ただ事実を述べていた。

 

「壊れてしまった《古代遺物》が復活したのだ。機能が生きている以上、七耀教会はこれを回収する義務がある。そこに例外は存在しない」

「そう、ですよね」

 

 わかっていたのか、少し暗い顔で下を向くオランピア。感情を奪われていたとはいえ、村に出てから今日馬で、自分のことをずっと守ってくれた相棒。その別れが近づいていることに寂しさを感じずにはいられなかった。

 

「ついでに言えば、お前自身も教会に属してもらう必要があるかもしれない」

「え?」

 

 言っていることがわからなかったのか、オランピアは目を丸くする。予想通りの反応にアインはそのまま説明を続ける。

 

「女神の遣いである天使に選ばれ、本物の天使になった少女。お前の存在が明るみに出れば、《庭園》だけじゃなく、他の組織からも狙われる可能性がある」

 

 さらに言えば、教会内で分派する恐れもある。七耀教会は女神エイドスを唯一の信仰対象として祀っている。だが、実在するかどうかわからない存在よりも、実際に存在するものを信じるのが人の性だ。オランピアというゼムリア大陸に誕生した新たな天使を信仰対象にする勢力が生まれるかもしれない。そうなれば、教会内で内乱が起きてもおかしくない。

 

「それを未然に防ぐ案として、君の存在を公にしないように我々、七耀教会が君を手元で管理するということだ。胸くそ悪い話だがな」

 

 教会上層部の腹の底を見透かしているのか、アインは不機嫌そうに鼻を鳴らしていた。彼女自身、大人の身勝手な事情でまだ十代の少女を縛り上げるのは、不快極まりないことだった。

 

「あの、エドさんはどうなるのでしょうか?」

「あいつなら問題ない。今回の件でおそらく無罪放免になる。まだ、遊撃士のギースとやらの件は解決していないが、《庭園》と決着をつければ、そちらの真相もおのずとわかるだろう」

 

 その話を聞いて、オランピアはホッと息をこぼすのだった。二年間、謂れのない罪で逃げ続けていたエドがようやく自由を手にすることができる。無理だと思っていたエドの望みがようやく叶うのだとわかり、喜ばずにはいられなかったのだ。

 

「喜ぶのは早ぇぞ、チビ助。まだ、何も解決していねぇんだ。今回の作戦を失敗しちまったら、全部、終わっちまうんだからな」

「っ、そうですね」

 

 少し浮かれ気味になっているオランピアに呆れながらも厳しく注意するセリス。それにオランピアはすぐに頭を切り替えて気を引き締める。

 

「明後日は《庭園》も本気で私たちと相対するだろう。今、我々のやるべきことは、決戦に備えて英気を養うことだ。……悔いのない日を過ごせ」

 

 アインは入り口の方へと歩いていきドアを開こうとしたその時、オランピアの方に振り向いた。

 

「それと、オランピア。例の件、あの二人にしっかり伝えておくんだぞ」

「あ、は、はい」

 

 アインはそれを最後にシャワールームから退散するのだった。そのまま、セリス、オランピアと順に部屋から出て行き、各々は自由時間を過ごすことになった。オランピアは真っ先に向かったのは――、

 

「あ、お姉ちゃん」

「おう、用事は終わったのか」

 

 オランピアが泊まっている一室。そこには薄い緑の病衣に身を包んだイクスとヨルダがいた。エデン村での戦いの後、オランピアはアインたちに事情を説明して、二人の保護を頼み込んだのだ。イクスたちが元教団の被害者であることと、オランピアの救出に手を貸したことなどを鑑みて、アインは二人の保護を確約し、メルカバに乗船させたのだ。

 

「何か問題はない? 困っていることとか、そういったものは?」

「ないな! むしろ、快適だぜ!」

「正直、このままずっとゴロゴロし続けたい」

 

 イクスは満面な笑みではしゃいでいるのに対して、ヨルダはベッドでうつ伏せになりながら、あくびをしていた。《庭園》から解放されて自由を得たからか、二人の性格は初めて会ったときよりもだいぶ変わっていた。

 イタズラ好きで何かとテンションが高いイクスに、グータラで少し面倒くさがりやヨルダ。年相応の子供のように明るく元気な姿に変わりつつあった。

 

(いや、違う。元々、こういう子たちだったんだ)

 

 オランピアはすぐさま考えを訂正する。メルキオルという最悪の上司に《庭園》という最悪の職場。失敗すれば死ねという超極限のストレスな環境で生活をさせられていたのだ。むしろ壊れて、性格がねじ曲がっていてもおかしくなかったはずだ。

 

「二人とも、そのままでいいから聞いて」

 

 オランピアは真剣な顔つきで二人と向き合う。イクスは首を傾げて、ヨルダはうつ伏せのまま顔だけをオランピアの方に向ける。

 

「明後日に《庭園》の掃討作戦が始まるの。二人はメルカバに降りて、アルテリア法国に身を置くことになったの」

「お姉ちゃんは降りないの?」

「うん。私はこの作戦に参加するから降りない。だから、しばらく会えなくなっちゃうけど、大人しくして待っててくれる?」

「なんで参加するんだよ。そんなの大人の奴らに任せればいいじゃねぇか。あのアインっていうおば……お姉さんも参加するんだろう?」

 

 イクスはすぐに言葉を直してキョロキョロと辺りを見渡す。その顔には焦燥と恐怖の二色が見えた。イクスの様子からお察しの通り、彼はアインと初対面したときに見事やらかしたのだ。それに対して冷たい笑みを見せたアインはイクスの首根っこを引っ張り、先にメルカバへと戻っていった。少年の悲鳴が艦内に轟いたのはその数分後、アインに連れて行かれたイクスはまるで子犬のように縮こまり、すっかり大人しくなっていた。

 

「イクス……。あなた、本当に何があったのよ」

「そ、そいつは……、うぅ……」

 

 ヨルダがイクスの態度を言及するが、当の本人は顔を青ざめて、手で頭を抑える。その姿にオランピアは苦笑いするしかなかった。

 

「たしかに大人の人に任せることもできるよ。でもね、それはできない。私は責任をとらなきゃいけないの」

「責任って?」

「かつて、《庭園》の管理人の一人として、子供たちの心を壊して、殺しの道具にしてしまった。暗殺者として、罪のない人たちをこの手にかけてしまった。その責任を私はとらなきゃいけない」

 

 オランピアは二人に近づいて、そっと二人の頭に手を乗せる。

 

「あなたたちのような子を出させないために、エドさんのような人を増やさないために、私は《庭園》の元幹部としてのけじめをつけなきゃいけない」

 

 《庭園》から離れたばかりの頃は死ぬことが自分なりの責任の取り方だと思っていた。だが、そんなことをしたところで被害がなくなることはない。《庭園》が存在する限り、悲劇は何度だって繰り返される。ならば死ぬのではなく、自分の手で《庭園》を倒す。それが今まで殺してしまった人たちとその遺族に対する償いの一つになる。だから、誰かに任せるわけにはいかない。自分の手でやり遂げなくてはならないのだ。

 

「大丈夫。絶対に帰ってくるから。安心して待ってて」

「……ケーキ」

「え?」

「前に話してたケーキ。全部終わったら、それをおごってくれるならいい」

 

 ジト目で不安な気持ちを抑えながら見上げてくるヨルダの姿にオランピアは少し固まるが、やがて首を縦に振った。

 

「イクスは? 何かある?」

「え! ボ、ボクは……」

 

 少し恥ずかしげに目をそっぽ向くイクス。悩ましい声で唸るが、目線を戻して口を開く。

 

「が、学園祭ってのに興味がある」

「学園祭?」

「いろんなイベントや食い物があるんだろう。倒れるまで遊び尽くしてぇし、たらふく食いてぇ」

「……うん。わかった。絶対に行こうね」

 

 そう言って、二人を自分に寄せ付けて、優しく彼らの頭を撫でるのであった。




 完結できるよう頑張っていきます。
 最後まで応援をよろしくお願いします。
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