英雄伝説外伝 金の軌跡   作:魔ギア

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第百三話 因縁

 エドたちが向かう旧教団ロッジ。そこはエドが生まれた場所であり、エドが持つ《魔眼》の儀式が行われていた場所だ。エドの母であるアルマがまだ小さかったエドを外に連れ出したのを機に、そのロッジは放棄されてしまい、教団につながる手がかりは何一つ残されていなかった。以来、そのロッジは放棄されていたが、ロッジ近くの森林地帯に三機のメルカバがゆっくりと降りてたった。

 

「到着したのか?」

 

 そう言って、メルカバから最初に降りてきたエド。彼は周囲の木々に目を配らせて辺りを警戒する。

 

「ここから少し離れた先に目的のロッジがある。そこまでは歩いて行く」

「直接、降りるのはできなかったのか?」

「そんなことをすれば、敵に見つかって襲われてしまいますよ。セリスさん、少しは考えてからものを言ってください」

「あぁ?! アタシがいつも考えなしで動いているって言ってんのか?!」

「お、落ち着いてください、セリスさん!」

 

 続けて、グンター、セリス、リオン、そして、オランピアという順に次々とメルカバから降りていく。

 

「エドさん。周りに見覚えがあるのですか?」

「いや、ロッジにいた頃の記憶はほとんどなくてな。外にも出たことがないから、覚えていないどころか知らねぇ」

「暗い夜にこの森の中をアルマは走り抜けたと言っていた。ここは本来、魔獣が徘徊している危険地帯だ。ベテランの騎士でも一人では踏み入ろうとはしない場所なのだがな」

 

 それをわかってのことなのか、はたまた、そうではないのかわからないが、そんな危険を顧みずにアルマはこの森を抜けて、法国に辿り着いたのだ。

 

「母は強し、ですね」

「そうだな。俺がここにいるのも母さんのおかげなんだろうな」

 

 リオンはアルマの強さに感慨深く賞賛を送り、エドは嬉しそうに頷く。

 

「さて、長話はここまでにして、先へと向かうぞ。時間は刻一刻と迫っているからな。ここからは北へ向かって山を登る」

「あの山の向こうに目的のロッジがあるのですね」

「へっ、上等だ。とっととケリをつけようじゃねぇか!」

「セリスさん、あまり独断専行をしすぎないように」

「……そう簡単には行かせてくれないようだがな」

 

 全員が意気込む中、エドが山とは反対側に視線を向けて、鋭い目つきで睨んでいた。その様子に首を傾げる者もいたが、その原因はすぐに現れた。

 

 

 ――グゥオオオオオオオオオオ!!

 

 

「っ! 今のは!」

「全員、武器を取れ! 悪魔が出るぞ!」

 

 グンターのかけ声に武器を持つ一同。すると、空間が歪み始め、そこから一柱の悪魔が顕現した。

 

「っ! エドさん! これって……」

「あぁ。まさか、二度も見ることになるとはな」

 

 全員が現れた悪魔に警戒する中、エドとオランピアだけは違う反応をしていた。二人は目の前の悪魔に見覚えがあった。腕と一体化した銀の盾に、両手に持った銀の槌。クロスベルで出会った最初の悪魔。

 

「《暴虐》のロストルムだ!」

 

 悪魔の名を上げると、悪魔は咆哮を上げて周囲の木々を揺らす。すると今度は、小さな歪みが複数も現れ、そこから魔物が振れを作って一気に押し寄せてきた。

 

「今回は配下の軍勢も引き入れてきたか!」

 

 あまりの数を前にエドは《魔眼》を開こうとするが、グンターがエドたちの前を遮る。

 

「じっちゃん?」

「ここは我らが引き受ける。エドたちは先にロッジへと向かえ!」

「なに言ってやがる! いくら、じっちゃんでもこの数相手に!」

「心配はいりません!」

 

 エドがグンターに食いかかる中、メルカバから降りてきた従騎士たちが魔物と交戦する。法剣やボウガン、アーツを駆使しながら攻勢に入り、魔物の数を少しずつ減らしていく。

 

「バルクホルン卿は我々が援護します。オルテシア卿、エド殿と一緒に先へ!」

「お前ら……」

「バルタザール卿。我々もここに残ります」

「……わかりました。先生をお願いします」

 

 セリスとリオンは自分に仕える従騎士たちの覚悟を感じたのか、身体を反転して北の山へと走って行った。

 

「エド! オランピア! 行くのだ! 私も後で追いつく!」

「……わかった、死ぬんじゃねぇぞ、じっちゃん!」

「女神の加護を! どうかお気を付けて!」

 

 グンターに押されてエドとオランピアはセリス、リオンと共に北へと向かう。それを見送ったグンターは口角を上げた後、正面に向き直り、相対する悪魔を睨みつける。

 

「すまんが、先を急いでいるのでな。……本気でいかせてもらうぞ」

 

 腰を低くして静かに拳を構えるグンター。背中に刻まれた金色の《聖痕》を解き放ち、咆哮する悪魔たちに立ち向かっていった。

 

 

 ~~~~~

 

 

 殿をしてくれたグンターのおかげで旧ロッジに向かうことができたエドたちは、道中で出会った悪魔を一蹴りしながら森の中を駆け抜けていった。

 

「グンターさんは大丈夫なんでしょうか」

 

 任せたとはいえ、悪魔相手に大丈夫なのかと時々、後ろを振り向くオランピア。それに対してエドたちは特に心配するような素振りを見せずに、真っ直ぐと進んでいった。

 

「先生なら問題ねぇよ」

「えぇ。あの程度の悪魔にやられるなど、先生ならありえませんね」

「年は食っているが、あれでも騎士団の中じゃ上位に入る武芸者だ。勝てる人なんて、それこそお師匠さんくらいなもんだよ」

 

 弟子であるセリスとリオン、そして、グンターの戦いを何度も間近で見てきたエドはグンターの実力をまったく疑っていなかった。聖典に記されている悪魔といえども《吼天獅子》の敵ではない、と三人は彼に絶対的な信頼を置いていた。

 

「そろそろ、森を抜けるぞ」

 

 前を見るエドは広い空間を捉える。オランピアたちは彼の後を遅れないように付いていき、目的の場所へと辿り着いた。

 

「あれが入り口ですか?」

 

 崩れかけている瓦礫に存在する、ひときわ大きな洞穴。人一人が入れるであろう、その洞穴に全員が注目する。

 

「エド。なにか思い出さねぇか?」

「……いや、残念だが、なにも思い出せねぇ。……だが」

 

 エドは姿勢を落として、地面を注意深く見つめる。

 

「誰かが出入りしている痕跡はあるな。しかも、まだ新しい」

 

 地面にくっきりと残っていた複数の靴跡。その一つ一つがサイズと跡が違うことから、複数の人が洞穴の出入りをしていることがわかる。

 

「では、ここで間違いないようですね」

「そうだな。すぐにでも中に……っ!!」

 

 中に入ろうとエドが立ち上がろうとした瞬間、赤い影がエドに迫る。だが、エドは即座に剣を抜いて、赤い影を一刀で切り裂く。

 

「こいつは……」

 

 切り裂かれて、地面に落ちた赤い影の正体にセリスは眉を潜める。それは複数の赤い刀身がワイヤーで繋がれていたもの、法剣の刃だった。エドによってワイヤーは斬られ、もはや使い物にならなくなっていた。

 

「エドさん。あの剣」

「あぁ。このタイミングで現れるか」

 

 その剣に見覚えのあったエドとオランピアは襲撃者の正体にいち早く気づいた。

 

「隠れてないで出てこいよ。それとも、ビビって出てこれねぇのか?」

「エドさん、そんな安い挑発じゃ出てきませんよ」

 

 典型的な煽り言葉にリオンはツッコむが、その時、木の陰から一人の男が姿を現した。

 

「誰がビビってるだ! テメェごときにビビるわけがねぇだろうが!!」

「……本当に出てきましたね」

 

 髪と同じように顔を真っ赤にしながら、エドを睨む男――遊撃士グランの姿にリオンは驚きと同時に、呆れるような視線で彼を見つめていた。

 

「ノルド以来だな。シャロンさんから聞いてはいたが、随分とひどい面になったな」

「うるさい!」

 

 充血した両目に、腫れ上がった頬。何針も縫ったと思われる傷跡が身体中にあり、整っていた赤い髪もボサボサに荒れていた。

 

「穴に落ちて、そのままくたばったのかって思っていたんだがな……」

「ふざけんじゃねぇ! 俺が、この俺様が、あの程度でくたばるわけがねぇだろう! まだ、テメェをぶっ殺していねぇんだからよ!!」

 

 もはや隠そうともしない強烈な殺気をエドにぶつけるグラン。その様子を見ていたセリスはエドを押しのけて前に出る。

 

「テメェ、さっきから聞いていりゃあ、エドになんの恨みがある! テメェとエドにどんな関係があるか知らねぇがな、エドを殺すってなら、アタシは容赦しねぇぞ!」

「恨み? そんなものあるに決まってるだろうが! 俺からお前を奪いやがったそいつは、死んで当然の男だからな!」

「あ、アタシを奪った?」

 

 いきなりのことにセリスは困惑するが、グランの言葉にエドは目を鋭くする。

 

「セリスさん、彼とお知り合いなのですか?」

「い、いや、知らねえよ。ノルドで会ったのが初対面だ」

「ですが、彼の言い方はあなたのことを知っている物言いです。本当に心当たりがないのですか?」

「あ、あぁ。その……はずだ」

 

 頭を捻って、自分の記憶を漁り始めるセリス。だが、いくら考えようと彼と会った記憶はどこにもなかった。

 

「セリス。ここ最近、ストーカーされたことはあったか?」

「……ないはずだ。リオンは?」

「いいえ。特にそういった視線は感じられませんでしたね」

「本当か?」

「えぇ。そもそも各地を巡回していたんで、仮にストーカーをしたところで追いかけることなんてできませんよ」

「なるほど……」

 

 エドは鋭い目がグランを貫く。まるで彼の中を覗き込むように、グランから目を離さなかった。

 

「エドさん?」

「心当たりがあるのですか?」

「……たぶんだ。正直、半信半疑なんだが、ここまで似ているとな……」

「似ている? 誰に?」

「……ギース・カースト」

「っ!!」

 

 エドが呟いた名前にグランは今までにない反応を示した。

 

「ギースって、あのギースか?」

「たしか、エドさんが殺害したことになっている遊撃士の名前ですね」

 

 福音施設で共に暮らしたことのあるセリスと、リベールで事件の詳細を聞いたオランピアの二人はその名前に反応した。

 

「たしかに、お前を妙に敵視しているところとか、アタシに向けてくる視線とか似ているところはあるけどよ……」

「彼がそのギースという方となにか関わりがあるのですか?」

「俺の考えが正しいのなら、たぶん目の前にいるあの男は、そのギースだ」

「…………は?」

 

 エドが言った内容に付いていけなかったセリスは気の抜けた声をこぼしてしまう。セリスだけでなく、オランピアたち二人も同じ反応だった。

 

「ちょ、ちょっと待てよ、エド! あいつがギース? 顔とか全然、似てねぇぞ! というか、あいつはとっくに死んでるだろう!」

「遊撃士の調査でも、被害者がギース・カーストであることは間違いありません。セリスさんの言う通り、ギース・カーストの死は確定的です。なぜ、そのようなことを?」

 

 エドに疑惑の視線を向けるセリスとリオンは事の詳細を聞こうと彼を問い詰める。そして、ギースであると疑われているグランは、これ以上ないほど動揺していた。

 

「そ、そうだ! ギース・カーストは殺されたんだ、お前の手でな! デタラメを言って、罪から逃れようとしてんじゃねぇぞ、犯罪者!」

「お前のその目、ますます似てきたな。肉体を変えても、その精魂はなにも変わってないみたいだな」

「なっ!」

 

 グランは切羽詰まる勢いでエドを罵るが、口を開けて言葉を失ってしまった。

 

「肉体を変えた?」

 

 不穏な言葉にオランピアは思わず復唱する。同じく気づいたセリスたちも目を丸くしながら、エドの話を静かに聞く。

 

「遊撃士の調査の通り、遺体はギース本人のものだ。たぶん、あいつはそれを機会に自分の肉体を捨てて、別の肉体に乗っ取ったんだ」

「つまり、今、我々が話しているのはギース・カーストであり、彼はグランさんの身体を乗っ取って生き返った、ということですか?」

「は、ははは、な、なに変なことを言ってやがる。そんな妄想をよく考えられたな。常識的に考えて、そんなものはありえねぇだろう!!」

 

 たしかに、グランの言う通り、死んだ人間が生きた人間の身体を乗っ取るなど常識的にありえない。それこそノルドで出会った吸血鬼のような超常たる存在でなければ不可能だ。

 

「あ~、これじゃあ、ちょっと誤解をまねくか。すまん、少し訂正する」

「て、訂正?」

「あぁ。身体を乗っ取ったっていうより、自分の人格を植え付けたっていうのが正しいな」

「っっ!!」

 

 グランの顔が強ばり、目に見えるほどの汗を大量に流す。図星を突かれたと誰もがわかった。

 

「植え付けたって、そんなことが可能なのか」

「可能だ。《D∴G教団》が執り行った数多くの儀式の中にあったんだよ。人格を植え付ける実験がな」

「な、なんでテメェがそのことを知ってやがんだ!」

 

 狼狽するグランを前にエドは懐からあるものを取り出す。それはボロボロになったクロスベル警察の手帳だった。

 

「ガイ・バニングス。三年前の教団制圧作戦に参加したクロスベル警察の捜査官。あの人が残した捜査資料の中に、その内容が載っていたんだよ。《楽園》と呼ばれていた教団ロッジのことがな」

「《楽園》?」

「教団ロッジの中でも最悪の部類に入っていたロッジだ。連れ去られた子供たちを使って、人格を他者に植え付ける実験を何度も繰り返していたようだ」

「だ、だがそれはそんな実験があったっていうだけだろう? それが成功したとは限らねぇだろ!」

「いや、実験は成功している。俺は実際にその被検体となった子に会ったことがある」

「なっ!!」

 

 予想だにしない返しにグランは言葉を失う。そして、教団被害者の生き残りがまだいたことにセリスたちは驚きを露わにしていた。

 

「資料では、生き残ったのは一人だけと書いてありましたが、他にもいたのですか?」

「あぁ。《楽園》の教団ロッジは制圧作戦の一年前に結社が攻め落としたんだ。その時に保護したようだ」

 

 エドの頭によぎるのはローゼンベルク工房で出会った菫色の髪を持った少女――レンの姿だった。彼女が人形兵器《パテル・マテル》の接続実験を行った際に、彼女の中に眠っていた人格が呼び起こしてしまったのだ。そのせいで情緒不安定となり、実験が失敗に終わろうとしたその時にエドが《パテル・マテル》との接続を断ち切って、レンを助けたのだ。その際に彼女の事情を当時、教団から彼女を助けた銀髪の執行者から聞かされたのだ。

 

「教団の幹部司祭だったシモン先生なら《楽園》のことも、そこで行われた儀式のことも知っていたはずだ。どういう経緯なのかは知らないが、死んだお前は自分の人格をグランに植え付けた。お前の遺体に頭がなかったのは、人格を植え付ける時に必要な脳が必要だったからだろう」

「ということは、ギースを殺ったのはシモン先生ってことか?」

「もしくは先生に雇われたメルキオルかだな。あいつの実力なら誰にも見られずにその場から逃げ出すなんて簡単だ。……さて、どうだ? 特に証拠というものはないが、さっきまでの反応を見るからに答えはもう出ているんじゃねぇか?」

 

 説明が終わった時、グランは顔を俯かせて黙ってしまった。彼が反応するのをエドたちはじっくりと待っていたが、すぐさまグランは顔を持ち上げた。

 

「クソッ! 絶対にバレねぇんじゃなかったのかよ! あのクソ教師が!」

「その発言、認めるんだな」

「あぁ、そうだよ、クソエド。俺はギースだ。ギース・カーストだ!」

 

 顔を真っ赤にして怒り狂うグランもとい、ギースはエドを忌々しそうに睨んで、歯ぎしりをしていた。

 

「テメェをこの世から抹殺しようとしてたっていうのに、なにもかも台無しになっちまったじゃねぇか! クソエドのくせに!」

「あいかわらず、俺に対して、すげぇ罵倒だな。そんなに俺が気に入らねぇのか?」

「気に入らねぇ? 気に入らねぇってレベルじゃねぇんだよ! テメェをこの世から消さなきゃ、俺は満足できねぇんだよ!」

「ふざけんじゃねぇぞ、ギース! テメェがエドのなにが気にくわねぇのか知らねぇがな、テメェのせいでエドがどんだけ苦しんで、どんだけつらい目にあったと思ってんだ!」

 

 ギースから出てくるエドの罵倒に我慢ができなかったのか、セリスは声を荒くしてギースに吼える。だが、セリスが前に出たからなのか、ギースはいやらしそうに顔を歪ませる。

 

「そんなもん知るかよ。そいつはな、俺の大事なものを奪ったんだ。俺のセリスを。俺のものになるはずだったセリスを!」

「あぁ? まさか、アタシに振られたのをまだ、気にしてんのか?」

「気にするに決まってんだろう! 俺じゃなくて、よりにもよって俺よりも劣っているそんなクソ野郎を選んだんだ! そんなもん間違ってるだろう! だから、そいつを貶めて、お前の目を覚まさせようとしたんだ!」

「……聞くに堪えませんね」

 

 蚊帳の外で聞いていたリオンはギースの自己中心的な発言に嫌悪感を抱く。その隣で聞いていたオランピアもあまりの気持ち悪さに顔を青くしながら、後ろに引いていた。

 

「別人になったのはなんでだ? 俺を貶めるだけなら、もっと他に方法があるはずだ。わざわざ自分を死ぬ選択をした理由はなんなんだ?」

 

 人格を植え付ける実験で成功したのはレン一人だけで他の子供たちは失敗し、そのまま命を落とした。おそらく人格移植を施したのはシモンだろう。彼ならば未来改変で儀式を絶対に成功するができる。だが、ギースがシモンの能力を知っているはずがなく、シモンもそれを教えているとは思えない。にもかかわらず、自分が死ぬというリスクも承知でやった理由がなんなのか、エドにはわからなかった。

 

「俺はなエド。テメェが気に入らなかったんだ。後からやってきたテメェがセリスと仲良く一緒にいるところがものすげぇ気に食わなかったんだ! それだけじゃねぇ、騎士団のお偉い方にも気に入られて、テメェはメキメキと強くなっていく。俺を越えようとしているのが一番、気に入らなかったんだ! だから、テメェに身の程を知らせるために、いろんなことをしたっていうのに、それは全部、躱された!」

「施設にいた頃にあった、お前からの陰湿な嫌がらせのことか? あの時は、お師匠さんに鍛えられていたからな。あの程度のいたずらなんか怖くもなんともなかったし、お師匠さんのほうがよっぽど怖かったよ」

「毎日、ボロボロで帰ってきてたよな」

「うるせぇ。ていうか、俺に嫌がらせをしたのがそんな理由か? 越えられるのが嫌なら、お前も努力して強くなればいいだけの話だろう?」

「努力だ? そんなんで強くなれたら、誰も苦労しねぇんだよ! 遊撃士になって五年も活動してるのに、誰も俺を評価しねぇ! 後から入ってきた奴がどんどんランクを上げていってるのに、俺は上がるどころか、降格までされた!」

「お前の資料を読んだが、お前が出世しないのは、遊撃士にあるまじき違反行為をしてきたからだろう。自業自得だ」

「うるせぇ! 誰も評価しねぇ、誰も俺を認めてくれねぇ。俺はこんな人生を過ごす男じゃねぇんだ。こんな人生なんか間違ってるんだ! だから、考えたんだよ。もう一度、人生をやり直そうってな」

「なに?」

「いや、もう一度、人生をやり直すなんて面倒だ。いっそ、人生を成功した奴から奪えばいいんだってな!」

「まさか、そのためにその人の身体を乗っ取ったのか?」

「そうだ! この男はもうすぐA級に昇格できる、まさに人生に成功した男だ! 俺が喉から手に入れたい人生をこいつは持っていたんだよ。だからもらってやったのさ、こいつの身体ごとな!」

 

 あまりに身勝手な動機に全員が嫌悪や侮蔑を通り越して、唖然としてしまう。

 

「結果的には大成功だ。こいつの身体だけじゃなく、この力も手に入れたんだからな!」

 

 ギースの目が変色する。赤く光っていた目が金色に輝いた。

 

「うそ……、あれって《魔眼》!」

「そうだ。エド、テメェの劣化品じゃねぇ、オリジナルの《古代遺物》の《魔眼》だ!」

「《古代遺物》を移植するとは。なんて危険な」

 

 全員が《魔眼》を警戒する中、ギースはセリスの身体を舐め回すように見ながら、薄気味悪い笑みを浮かべる。

 

「セリス。テメェは俺のものだ。こいつをぶっ殺した後、テメェを俺好みにしてやる」

「き、気持ち悪ぃこと言ってんじゃねぇぞ!」

「ヒヒヒ……、いい身体だなぁ。本当に弄りがいがあり……、ッブフゥ!!」

 

 言い終わる前に、ギースの顔に足が食い込む。距離を取っていたエドが一瞬でギースに近づき、強烈な足蹴りを放ったのだ。ギースは後ろに吹き飛ばされて地面に転がる。その様子を見ながら、エドはギースとセリスの間に入るように立ち塞がる。

 

「ぐぅ……、クソエド、テメェ!!」

「黙れ、変態野郎。誰の許可でセリスを見ていやがる」

 

 生ゴミを見るかのように蔑んだ目でギースを見据えるエド。突然の彼の変貌にセリスたちは口を開けてしまう。

 

「セリス、オランピア。お前らは下がれ。こいつは俺とリオンの二人でやる」

「ど、どうしたんだよ、エド。ここは四人で一気に……」

「こいつにお前ら二人を見せたくねぇんだよ。堂々と覗き見するクソ野郎にはな」

「覗き見?」

 

 セリスとオランピアは首を傾げる中、リオンは気づいたのか、エドと同じ目つきでギースを見る。

 

「そういうことですか。たしかにここは私たち、二人でやったほうがよさそうですね」

「リオンまで、なに言ってるんだ?」

「セリスさん。あなたはエドさんと一緒にいたんでしょ。ならば、《魔眼》がどういう能力か知っているはずでしょ?」

「あぁ? 見えないものを見えるようにする能力だろ。それがなんだよ?」

「見えないものを見えるようにするために動体視力などの目の機能を上昇させる以外にも、透視能力もあることは知っていますよね」

「んなもの知ってる……って、ま、まさか」

 

 セリスも気づいたのか、顔を赤らめてギースの方に視線を向ける。

 

「こんな状況だって言うのにこの野郎、透視能力を使ってセリスの服の下を覗き見してたんだよ」

「なぁっ!!」

「さ、最低です!!」

 

 オランピアは思わず、手で身体を隠してその場に縮こまってしまう。

 

「他人の身体だからできるだけ傷つけないようにしようと思ったが、前言撤回だ。とりあえず、テメェをぶっ飛ばした後、二度と見れねぇように、その目を抉り取ってやる」

 

 乗っ取られているグランからしてみれば、それは理不尽な八つ当たりだった。しかし、セリスの生まれた姿を見たギースにエドの怒りが頂点にまで達していたのだ。

 

「ぶっ飛ばすだ? それはこっちのセリフだ。クロスベルやリベールの頃と同じにするなよ!」

 

 そう言ってギースは懐から手に収まるサイズの瓶ケースを取り出した。その中には神秘的な光を放っている紅い錠剤がびっしりと詰まっていた。

 

「薬?」

「身体強化系のドラッグブーストというやつですか。そんなものに頼るとは……」

「いや、あれは……」

 

 リオンたちが警戒する中、エドだけはその錠剤を訝しげな視線を送っていた。

 

「ククク……、これがそんなものだと思うなよ!」

「ま、まさか!」

 

 薬の正体に気づくエドだったが、ギースは中にあった錠剤を一気に飲み込む。

 

「お、おい!」

「それだけの量を一気に飲まれては?!」

 

 セリスたちが慌てて止めるが、その前にギースに変化が起きた。

 

「あぁ~~効く~~。力が……、力が、漲ってキタゼ~~~!!」

 

 ギースの身体は風船のように大きく膨れ上がる。着ていた服が破れていき、その身体をさらに大きくする。

 

「こ、こいつは……」

「ハハハハハハ!! モットダ! モット、力ヲ、ヨコシヤガレェエエエエ!!」

 

 変化が終わったギースの姿はもはや元の原型など留めていなかった。三アージュを越えた巨体。全身が赤紫色の肌に変色し、腕は折られた法剣と合体し、巨大な剣になっていた。

 

「《魔人化》。やっぱり、あの薬はっ!」

 

 疑いが確信に変わり、エドは《魔眼》を開いて剣を取る。それに続いてオランピアたちも武器を構えた。

 

「エド……、エェェェェェドォォォォォォォ!!!」

 

 目を開いて、植え付けた《魔眼》でエドの姿を捉えるギース。その瞬間、大きな奇声を上げて、刃となった腕を振り下ろすのであった。

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