英雄伝説外伝 金の軌跡   作:魔ギア

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 何か感想が一気に来て、少し驚いた。
 ですが、感謝です。


第百四話 ギース・カースト

 どこで狂い始めた。俺の人生はいったいどこで狂い始めたんだ。

 俺の両親はどっちともクズな人間だった。

 自分こそが一番だと信じて疑わず、やりたい放題やっていた親父。

 我が身が一番だと親父の暴力から身を守ろうと俺を盾にするお袋。

 そんな二人の間に生まれた俺は、偶然通りかかったシモン先生に拾われて、福音施設に入った。

 そこにいたのは、いろんな理由で両親を失ったり、捨てられた連中だった。どいつもこいつもがお互いの傷を舐めあって、生き長らえている弱い連中だった。

 そんな連中の中に一人だけ、他の奴らとは違う奴がいた。

 背丈は施設にいたガキたちの中で一番低かったが、俺と同い年の年長者。綺麗な赤い髪にあどけない顔つきに俺は目が釘付けだった。そいつは男勝りな性格で、大の大人にも強気な態度を崩さない。見た目とは全然そぐわない強い女だった。

 

 ほしい。

 

 あの女が、セリスがほしい。あいつを自分のものだけにしたい。そういった感情が俺の中を満たしていった。

 それから俺はセリスの周りを探り始めた。セリスは積極的に皆に話しかけていたが、誰も彼女と接したがろうとはしなかった。彼女の性格に周りの子たちはビビっていたのだ。当然の反応だ。お前らみたいな弱い奴らがそいつと関わるなどおこがましい。あいつは俺のような強い男こそふさわしいんだ。

 

 だが、そんな時だ。あいつが、あの野郎が現れた。

 

 目が死んで、表情も失った人形のような男。見るからに弱そうな男にセリスは夢中になっていた。そして、それをきっかけにセリスは周りの連中と打ち解けあうようになった。

 違うだろう。お前にそんな弱そうな奴らは似合わない。俺こそがふさわしいんだ。

 それから俺はあの男を、セリスを誑かすクソ野郎を徹底的に痛めつけた。二度とセリスに近づかないように、俺に逆らわないように、毎日毎日、痛めつけた。だが、あの男は一切、表情を変えようとしなかった。なんでもないといわんばかりに、俺のことなど眼中にないといわんばかりに、平然な顔をして、かわらずにセリスと一緒に居続けた。

 

 ふざけんじゃねぇ。俺よりも弱いくせに、俺の女に近づくんじゃねぇ。

 

 そこから多くの月日が経ち、俺たちは施設を出て、それぞれの道へと進んだ。

 セリスは騎士団に入り、あいつは老師とかいう老いぼれのジジィと一緒に国を離れた。俺は遊撃士となり、それなりに実力を上げていった。 

 そして、俺は法国でセリスと再会した。最後に見た、施設から出たあの時よりも大人びていた。少女から立派な女へと成長し、誰もが目を惹く美女になっていた。そんな姿を見て我慢などできなかった。俺は正面から、堂々とあいつに告白した。離れたくないと、隣にいて欲しいと、俺はあいつに願った。

 

 だが、その願いは叶わなかった。あいつは俺の告白を断ったんだ。

 

 去っていくあいつを俺は懸命に追いかける。なぜ断ったのか、なぜ振り向いてくれないのかと問い質すためだ。

 追いついた先でセリスは誰かと話していた。そう、あいつだ。セリスが頬を赤らめて、何かを訴えていた。それに対して、あいつは少し驚くような顔をして、最後には頷いていた。

 それにセリスは両目から涙を流して、あいつに抱きついた。抱きついたセリスはそのまま、あいつの顔を見上げ、自分の顔をそっと近づけた。

 

 そこから先は何も覚えてねぇ。思い出したくもない。だが、一つ、確実に言えることがある。

 

 あいつだ。あいつが、あの男が現れてから、俺の人生は全部狂ったんだ。

 許さねぇ。ぶっ壊してやる。あいつの大事なものを全部、全部――

 

 この手で跡形もなくぶっ壊してやる!!

 

 

 ~~~~~

 

 

「エェェドォォォォ!!」

 

 振り下ろされる肉の刃。

 腕と一体化したギースの大剣がエドたちに襲いかかる。

 

「……フンッ!!」

 

 その腕に向かってエドが刃を走らせる。瞬間、ギースの腕が宙に舞った。

 

「……グゥオオオオオオオオ!!」

 

 最初は首を傾げるギースだったが、腕がなくなっていることに気づき、切り落とされたのだと理解する。切り落とされた腕を掴みながら、その場でのたうち回る。

 

「エドさん。彼のあれはなんなのですか?」

「《魔人化》っていう形態変化だ。どういう理屈なのかは知らないが、あれも教団の実験で生み出されたものだ」

「さっき飲んでいた薬が原因なのでしょうか?」

「それ以外ねぇだろう。あんな薬、見たことがねぇ」

 

 一度距離を取ってギースの変化について議論するエドたち。しかし、その間に倒れていたギースがゆっくりと立ち上がる。すると、切り落とされた所から肉が伸び、剣の形に収まった。

 

「超速再生ですか。面倒なものを……」

「エド、どうすんだ?」

「あいつは俺の冤罪事件の重要な証人だ。絶対に生け捕りにする」

「でも、どうやって無力化するんですか? あの巨体じゃ、拘束なんてできませんよ」

「まずは《魔人化》を解く。あれはさっきの薬の効力で引き起こしたものだ。ならば、その効力を断ち切ればいいだけの話だ」

 

 エドは《魔眼》をギースの身体を観察する。先程、ギースが飲んだ薬の力が、乗っ取ったグランの体全体に流れているのが見えた。

 

「俺が囮になる。三人は散開して攻撃を仕掛けてくれ。動きを封じたら、俺が奴の《魔人化》を解く」

「はい!」

「リオン、拘束はお前がやれ」

「わかってますよ。この中ではおそらく、私が一番の適任でしょう」

 

 ギースは獣のように咆哮を上げて、エドたちに向かって走り出す。足が地に付くたびに、大きく地面が揺れ動く。エドを睨みつけるギースが再び、刃を振り下ろした。

 

「散れ!」

 

 エドは正面からギースの刃を迎え撃つ。受け止めれば《魔人化》したギースの膂力で剣が折られると読み、ギースの刃を横に受け流した。ギースは攻撃が対処されたことに再び咆哮を上げて、剣をエドに向かって振り回す。

 逸らす。避ける。流す。

 《剣聖》が持つ圧倒的な戦闘技術。ギースの刃はエドに傷一つ付けることができずにいた。さらに怒りを募らせたギースはさらに剣の動きを加速させる。

 

「動きが雑になってるぞ」

 

 しかし、届かない。頭に血が上り続け、徐々に剣が単調になっていくギースの剣をエドは冷静に対処する。エドがギースを引き付けている隙にオランピアたち三人が動き出す。

 左右に広がり、ギースの側面を取ったセリスとリオン。二人はギースを挟み、向かいにいる相方と目を合わせて動き出す。

 

「凍りなさい!」

 

 地面に突き刺されたリオンの剣から、強烈な冷気が発生する。冷気はギースに向かって地面を走り、彼の足を凍らせる。突然、足を止められたギースは、手を地面に着けてしまう。

 

「懺悔しやがれぇえええええ!!」

 

 立ち上がろうとするギースの頭にセリスが炎の太刀を叩きつける。叩きつけられた瞬間、炎が爆発して、ギースの頭が炎に包まれる。

 

「イシュタンティ!」

 

 オランピアはイシュタンティを呼んで、一つになる。天使の翼を広げて上空に飛んだオランピアは、刀身を伸ばした光の剣を構えて、ギースに突撃する。

 

「舞疾風!」

 

 旋回を繰り返して全方位から攻める彼女の斬撃がギースの身体を切り刻む。

 

「セリス! オランピア! 無力化が目的だからな! 間違えて殺すなよ!」

「安心しろ、エド。殺しはしねえよ。……その代わり、二度と立てねぇようにしてやる!!」

 

 そう言い切ったセリスだったが、彼女の法剣がギースの顔を突き刺す。暴れ回るギースにオランピアは彼の身体に剣を突き刺して、そのまま下へと下ろしていく。

 二人の攻撃に手加減というものがない。

 《魔眼》越しに自分の裸を見られてしまったからか、怒りを爆発させるセリスの炎に弱まる様子がない。むしろさらに強くなっている。

 一方で、被害を受けていないオランピアだったが、女の敵と言わんばかりに目を鋭くして、さらに加速する。彼女の猛攻も止まる様子がなく、ギースの身体が次々と飛んでいく。

 《魔人化》していなければ、ギースはもうとっくに死んでいただろう。

 

「……やっぱ、女は怖いな」

 

 自分の師匠や、戦闘狂のライバルを頭によぎらせながら、エドはギースに突っ込む。

 もがくギースはエドの姿を視界に捉える。セリスを振り払って雄叫びを上げるギースは、黄金の眼を光らせる。

 

 そして、放った。

 

「うぉおお!」

 

 エドは咄嗟に横に跳ぶ。すると、ドンッ、という音を鳴らして、先程までエドがいた場所が弾け飛んだ。

 

「目からビームも出せるのかよ!」

 

 だが、タイミングは掴んだ。もう当たりはしない。エドは怯むことなく前進する。ギースは光線を何度も放ち、エドを襲う。だが、軽快なステップを踏んで左右に跳びながら、エドはそれを躱す。それでも諦めず、ギースは光線を放とうとする。

 

「遅い」

 

 刹那、エドがギースの身体を斬り落とした。両手、両足を同時に斬り落とされたギースは、バランスを保てず、地面に倒れ込んだ。

 

「リオン!」

「わかってます!」

 

 拘束できるチャンスにエドが合図を送る。それを理解したリオンは力を溜め、その背中に白い《聖痕》を出す。

 

「我が深淵にて凍えし氷焱(ひょうえん)の刻印よ」

 

 リオンを中心に冷気が周囲を凍らせながら、徐々に広がっていく。

 

「本来なら、凍らせた者をそのまま粉微塵にする技なのですが、今のあなたにはこれが一番でしょう」

 

 リオンは《聖痕》の力をさらに強くし、ギースの身体を凍らせる。

 

「終わりです。――ニブル……」

 

 

 ――ドンッ!!

 

 

 瞬間、リオンの身体が吹き飛んだ。突然のことにリオンは受け身を取れずに、そのまま地面に叩きつけられた。

 

「リオン!」

「なんだ!」

 

 エドたちはリオンを襲った新手に視線を向け、固まった。それはエドが最初に斬り落としたギースの腕。剣と化していた腕は元に戻り、手を地面に着けるような形で立ち上がっていた。

 

「独立して動けるのか!?」

「! エドさん!」

 

 上空から戦況を見ていたオランピアは何かに気づいた。その声に反応して、エドは周囲に視線を向ける。すると、先程、斬り落としたギースの両手両足が立ち上がり、エドを囲うように陣取っていた。

 

「今、行きます!」

 

 加勢しようと下降するオランピア。だが、そこに黒い影が襲いかかる。

 

「ぐっ!」

 

 紙一重で影の突撃を躱すオランピア。振り返った先にいるのは、皮膚のようなものを翼で飛び舞う黒い肉の塊。

 

「まさか、私が斬り落としたもの?」

 

 その疑問に答えるかのように、下から同じ肉の塊が無数に飛んでくる。オランピアは翼を翻して、迫り来る猛攻を避け続ける。

 

「エド! チビ助! ……くっそっ!」

 

 分断されて孤立してしまったセリスは正面でゆっくりと立ち上がるギースを見上げる。傷ついた身体はすでに再生されており、無傷の状態に戻っていた。

 

「斬ったものが動くってなら、動けねぇよう、丸焦げにしてやるよ!」

 

 赤い《聖痕》を背に乗せて、セリスはギースに斬りかかる。

 接近に気づいたギースは刃を振るうが、身体能力を強化したセリスはそれを難なく躱す。振るった後に生まれた隙を適格に突き、セリスは少しずつギースに傷を負わせる。だが、傷ついた場所は瞬時に再生されて、ただセリスの体力が減り続けるだけだった。

 

「チッ、こうなったら!」

 

 セリスはギースから距離を大きく取って、大剣を下段に取る。すると赤い《聖痕》はその輝きをより一層に強く光る。

 

「グラン・セルペンテ!」

 

 地面に法剣を向け、突き刺された剣は地面を抉りながら、ギースの足元へと向かう。

 

「このまま、締め付ける!」

 

 ギースの背後から出てきた法剣の切っ先がギースの後頭部へと目指す。

 完全な死角。確実に決まったと思った。

 

「なにっ!」

 

 だが、驚くことにギースは前を向いたまま、剣を躱した。その後、無造作に動く法剣を掴んだ。

 

「ガッ!」

 

 法剣を振り回され、地面に叩きつけられるセリス。衝撃で大剣を手放してしまう。起き上がろうとする

セリスだったが、上から何かに押さえつけられる。

 

「テ、テメェは!」

 

 セリスは自分の身体を押さえつける存在に目を見張る。リオンを吹き飛ばしたギースの腕だった。

 

「く、クソッ!」

 

 なんとか脱出しようと抵抗するセリスだったが、拘束する腕の力が異様に強く、なかなか抜け出せない。

 

「ヒヒヒ……、ヒヒヒヒヒヒ……」

 

 そんな動けないセリスにゆっくりと近づくギース。剣のない反対側の手を前に出して、指先が触手のようにうねうねと動き出す。

 

「ぐっ、放し、やがれ!」

 

 身の危険を感じ取ったセリス。最後まで抵抗するがまったく効果がない。

 

「セリス……、セェェェリィィィスゥゥゥ!!」

 

 指先の触手が一斉にセリスに向かって飛んでくる。向かってくる触手にセリスは目を瞑ってしまう。その時――、

 

 

 ――斬っ!!

 

 

 向かってきた触手が全て斬り落とされた。突然のことに混乱するギースだったが、致命的な隙が生まれてしまった。

 

「炎龍!!」

 

 全てを呑み込む炎の龍がギースを呑み込む。全身からくる高熱の炎にギースはもがき苦しむ。

 

「セリスを放せ!」

 

 炎の龍から飛び出してきた男――エドは踵を返して、今度はセリスの方に跳び込んだ。

 

「――斬っ!」

 

 腕を斬り、拘束を解除するエド。セリスを抱えて、その場から離脱するエドに斬り落とされた腕のかけらが一斉に襲いかかる。

 

「邪魔だ!」

 

 目にも止まらない無数の斬撃を放つエド。指は何十と細切れにされてしまい、陸に上がった魚のように、その場で跳び上がることしかできなくなっていた。

 

「セリス、無事か!」

「あ、あぁ。助かったぜ、エド」

 

 少し頬を赤くするセリスだったが、すぐにエドから離れて、地に立つ。

 

「お前の方も大丈夫だったのか?」

「たかが、腕と足だ。突進以外に攻撃手段がないから、余裕でバラバラにしてやった」

 

 セリスの横にエドが並び立ち、二人で正面にいるギースを捉える。

 

「エェェェェェェドォォォォォォォ!!!!!!」

「完全に正気を失ってやがるな」

「あぁ。あいつの中は俺の憎悪とお前への執着しか残ってないみたいだな」

 

 エドはセリスの前に立って、剣を構える。

 

「セリス、お前は下がってろ。武器なしで戦うのはさすがにまずい」

「っ、わかった。気をつけろよ。あいつ、アタシの動きを読みやがった」

「あぁ。俺も見た。たぶん、《魔眼》の未来予知だ」

「エド一人で戦わせねぇ。アタシもやるぜ」

「だが……」

「アタシはこの二年間。剣だけに修練を積んできたわけじゃねぇ。お前を守るために、お前を助けるために、いろんなことに手を付けたんだ」

 

 力を得るために騎士団に入った。だが、憧れであるエドの母に少しでも近づけるように戦う以外の力も身に付けた。

 

「だから、アタシも一緒に戦うぜ!」

 

 セリスは両手を前に出して、《聖痕》を解き放つ。

 

「我が深淵に震えし嚇灼の刻印よ。聖なる炎を灯し、彼の者に魔を打ち払う力を与えよ!」

 

 両手から赤いオーラが現れる。そのオーラは少しずつ、エドに送られていき、彼の剣が赤い炎に包まれる。

 

「……こいつは」

「《聖痕》の力を利用したエンチャントだ。これで少しは楽になれるぜ」

 

 これがセリスが手に入れたもう一つの力。敵を燃やし、倒すための力ではなく、味方を癒し、支える力。

 

「たしかに……。身体がいつもより軽い」

 

 剣を軽く振るエドは軽く頷いて、再びギースに向き合う。

 

「それじゃあ、援護は任せたぜ、セリス!」

「あぁ! 行ってこい、エド!」

 

 エドは地面を蹴って前に出る。何度目かわからない大剣の振り落とすも、エドは同じように腕を剣で斬り落とす。斬り落とされた腕はひとりでに動き出したその時、全身が炎に包まれる。消そうと何度も跳び上がる腕だったが、抵抗むなしく黒焦げになって消滅した。

 

「動くんだったら、その前に燃やし尽くせばいいだけだ!」

 

 両手を前にかざしてエドに力を送るセリス。戸惑うギースに、エドは一瞬で間合いを詰めようとする。しかし、ギースは落ち着いていた。彼の持つ《魔眼》はエドの姿を捉えていた。

 

 横からの一閃で転倒。さらに追い打ちの斬撃で肢体を斬り落とされる自分の姿。

 

 ギースの《魔眼》が先の未来を見る。まずは奴の攻撃を躱し、後ろから首を落としてやる。

 

「遅い」

 

 すると、ギースの視界がぐらついた。エドを見ていたはずの視界がいつの間に地面を見ていた。

 

「裏疾風!」

 

 残像を引きずって、ギースの両手両足を一遍に斬る。支えが失ったギースはうつ伏せになってそのまま倒れ込んだ。

 なぜ、斬られた? 確かに未来を視たはずだ。なのになぜ……

 

「どれだけ先の未来を視ることができても、お前自身がそれに追いつけなきゃ意味がない」

 

 単純な話だった。未来を予知して動こうとしたギースより、エドの攻撃が速かっただけだった。

 

「セリス!」

「あぁ!」

 

 セリスがエドの隣に立つ。彼に近づき、そっと彼が持つ太刀を握りしめる。すると太刀に灯っていた炎が激しく飛び散り、その威力を大きくする。

 

「エェェェドォォォォォ!!」

 

 かすかな正気がエドとセリスが寄り添う姿に刺激したのか、憎悪に塗られた悲痛な叫びを上げるギース。すぐさま欠損した身体を生やして、二人に向かって走り出す。

 

「させません!」

 

 白い冷気がギースを襲う。突然の突風に動きを止められたギース。すると足の方から少しずつ凍っていき、やがて首より下の部分が氷に閉じ込められてしまった。

 

「二人とも、今です!」

 

 ギースを拘束したリオンがエドたちに合図を送る。それにエドたちは頷き、二人では一斉に高く跳ぶ。

 

「これで決めるぜ!」

「行くぞ! 連の太刀!」

 

 激しく燃える炎が剣に収束し、刀身が紅耀石をも越える真紅の輝きを放つ。

 

「「破魔の炎剣!!」」

 

 真紅の太刀がギースの身体を切り裂いた。ギースの悲鳴が周囲の木の葉を揺らしながら、徐々に弱まっていく。身体がスポンジのように少しずつ小さくなっていき、やがてギースの身体は元のサイズへと戻っていった。

 

「終わりだな」

 

 うつ伏せになってその場から動かないギースにエドは近づいて彼を拘束する。もう抵抗する力はギースには残っていないが、念には念をだ。

 

「リオン、お前、無事だったんだな」

「その言い方だと、無事でいて欲しくないみたいに聞こえますよ」

「ま、そんだけ減らず口が言えるなら、無事みたいだな」

「そんなわけないでしょう。さっきから腕の痛みが治まらないんですから」

「ちょっと見せてみろ」

 

 セリスがリオンの容態を確認する中、空中で戦っていたオランピアが地面に降り立ち、エドに近寄る。

 

「エドさん、大丈夫でしたか?」

「あぁ。あの程度じゃ、やられねぇよ。お前の方も無事のようだな」

「はい。エドさんたちが彼を倒した瞬間、周りの敵が一斉に消えましたから」

「ぅ、ぅぅ……」

 

 呻き声を上げて、ギースがゆっくりと瞼を開ける。朦朧とする意識の中で周囲を見渡すが、エドの姿を見るなり、その意識が一気に覚ました。

 

「エド! テメェ!」

「よぉ。随分と遅い目覚めだな、ギース。おかげで簡単に拘束できたぜ」

「なっ! く、クソッ。この縄を解きやがれ!」

「誰が解くかよ。これ以上の面倒はゴメンだ」

 

 恨みが詰まった罵声を浴びせられながらも、涼しい顔でギースを見下すエド。そこにセリスたちが近寄り、セリスの姿を見た瞬間、ギースの顔は気持ち悪いほど下卑たものへと変わっていった。

 

「セ、セリス!」

「見てんじゃねぇ、変態が!」

 

 リオンの後ろに隠れ、身体を見せないように顔だけ出すセリス。気づけばオランピアもエドの後ろにそそくさと隠れていた。

 

「な、なぁ、許してくれよ、セリス。あれは事故だったんだ。まだ、力が制御できなくてさ。そんなに怖がらないでくれよ」

「そんな嘘、信じるわけがねぇだろ! 今もアタシの身体を見ようと必死そうな面しやがって!」

「そんなわけないだろう! 俺は本当にそんなことをするわけが……」

「数分前に自分がやったことをかえりみろ。説得力がねぇぞ」

「黙れ、クソエド!」

 

 必死に情で訴えるギースだったが、横から割って入ったエドに憎悪の目を向けて、悪態をつく。

 

「クソッ! こんなはずじゃなかった。なんで俺がテメェなんかに負けるんだ!」

「そんなに俺に負けるのが悔しいのか?」

「当たり前だ! 俺よりも弱いくせに、俺の方がふさわしいはずなのに……。セリス! なんでなんだ?! なんで俺じゃなくて、こんなカスにっ!」

 

 いまだにエドを罵声するギースにセリスは顔を顰めるが、すぐに落ち着いて静かに語り出す。

 

「最初はただ生意気な奴だって思ってた。だけど、一人きりだったこいつを放っておけなかったんだ。でも、エドはなんだかんだ言いながら、アタシを助けてくれて、守ってくれて……、いつもこいつの背中をずっと見ていた。その姿にアタシは知らないうちに惹かれていった」

 

 大切な想いを一つずつ吐露しながら、セリスは両手を胸に置き、今も高鳴る振動に耳を傾ける。

 

「アタシはエドが大好きだ。たとえ、天地がひっくり返っても、この気持ちは消えねぇ。だから、アタシはお前のものにはならねぇ」

「……っっっ!! ふざけんじゃねぇ!! 俺はこいつよりもすごいんだ! 《魔眼》だって、劣化品じゃなくて、本物を宿しているんだ! 俺がこいつに劣っている所なんて何一つ……」

 

 突然、言葉が途切れる。すると今度は、焦った表情へと戸惑いを見せる。

 

「ど、どうなってんだ! なんで力が?!」

「ようやく気づいたのか。わるいが、《魔眼》はもう使えない。お前の眼はただの眼になった」

「っ! エド! テメェ、俺の眼になにしやがった?!」

 

 エドが何かしたことに気づき、今にも襲いかかりそうな態度だったが、身体を拘束されてそれもできない。エドは深くため息を一回ついて、そこから淡々と説明する。

 

「お前の《魔眼》の力を斬ったんだ。お前の《魔人化》は《魔眼》の力を利用したものだったことがわかったからな。《魔眼》の力を無力化すれば《魔人化》も解けるって考えたんだよ」

「そ、それがなんだって言うんだよ?!」

「俺の剣に斬れないものはない。異能だろうが、なんだろうが、それがこの世に存在するものならば、俺は斬ることができる」

 

 エドは《魔眼》の力を使い、ギースの中にある《魔眼》とそれを増長させる薬の力を断ち切ったのだ。二つの力が失われたことにより、ギースの《魔人化》は解かれてしまったのだ。

 

「だ、だが、なんで《魔眼》の力が使えねぇんだ!」

「話を聞いていなかったのか? 俺は『《魔眼》の力を斬った』って言ったんだぞ。つまり俺はお前の《魔眼》の力を殺したようなものなんだよ。そして、殺したものは二度と蘇らない」

「そ、それって、つまり……」

「あぁ。何度も言うが、お前の眼は特別な力なんてない、ただの眼になったんだ。《古代遺物》の《魔眼》はその力を失ったんだ」

 

 それはすなわち、《魔眼》特有の未来予知も透視能力も全部失われたということだ。呆然とエドを見上げるギース。だが、徐々に内容を理解しだしたのか、顔が一気に青ざめていった。

 

「あ、あ、アァァァァァァァァ!!!!」

 

 信じたくないのか、受け入れたくないのか、奇声を上げてうずくまるギース。エドを殺して、セリスを自分のものにするという、自らの宿願が完全に潰えてしまったのだから。

 

「うるせぇ!!」

「ギャァ!」

 

 うずくまるギースの顔に向かって、セリスは全力の蹴りをお見舞いする。手加減なしで放った一撃にギースは地面に倒れ、そのまま気を失うのであった。

 

「ったく、ようやく静まったぜ」

「セリスさん。殺していませんよね?」

「するわけねぇだろう。こいつはエドの無実を証明するための大事な証人だからな」

「そこはしっかり覚えていたんですね」

 

 セリスの過剰な行動にリオンは冷や汗をかく。それをよそにエドはギースを見下ろし、深くため息をつく。

 

「まさか、《魔眼》を使って、わいせつ行為とはな」

「はい。最低です」

 

 いまだ怒りが収まらないのか、エドの隣でギースを見るオランピアの目はまだ吊り上がっていた。そんな時、ふと疑問が湧いたのか、リオンはエドに問いかける。

 

「それにしても、エドさん。よく気づきましたね」

「あ? 何がだ?」

「この男がセリスさんの裸を見たなんて、いくら同じ《魔眼》を持っているからといっても、そういう発想は思いつきません。……もしかして、あなたもやったことがあるのですか?」

「「……エド(さん)」」

 

 女性二人の目がひどく据わっていた。返答次第では今日が自分の命日になる。だから、エドは素直に答えることにした。

 

「……した、らしい」

「らしい?」

「覚えてねぇんだよ。そう聞かされたんだ」

「誰にですか?」

「……お師匠さん」

「「「え?」」」

「俺がまだ、《魔眼》の力を制御できなかった時に、誤って見ちまったらしいんだ。んで、それを見かねて、お師匠さんは俺を鍛えることにしたんだとさ」

「……本当に覚えていないのですか?」

「あぁ。思い出そうとすると、なんか頭が急に痛くなってな。しかも、お師匠さんもすごい笑みを見せてきたからな。これ以上はやばいと思ったから、思い出すのを諦めたんだ」

 

 何があったのか、大体の経緯を察してしまったセリスたちは何も言えなくなってしまった。同時に、子供にも容赦がない騎士団総長に戦慄を覚えるのであった。

 とにもかくにも、一段落したエドたちは安堵して先に進もうとするが、ここで一つ問題が残っていた。

 

「こいつをどうするかだよな」

「ここに置いていくわけにはいきませんしね」

「最悪、通りすがりの悪魔に食われる恐れがありますからね」

「な、そ、そいつはダメだ! エドの無実が証明できなくなる!」

 

 だからといって、ギースを連れて行くなど論外だ。絶対に足手纏いになる。

 

「仕方ありませんね。ここは私が残りましょう」

「リオン?」

 

 自ら立候補して、ここに残ると言うリオンに全員が彼に注目する。気づけば、リオンは左上を抑えながら、その顔は少し重苦しいものだった。

 

「先程の戦いで、どうやら左手を持っていかれましてね。これではかえって皆さんの足手纏いになります。私はここに残り、この男を見張っておきます」

「大丈夫なのか?」

「なに、隠れるだけなら問題ありません。後で先生たちも来ますから、それまで待ちますよ」

「そうか。じゃあ頼むぜ、リオン」

「セリスさんもお気を付けて。それから、エドさん、オランピアさん。あなたたちにも女神の加護を。無事の生還をお祈りします」

「おう、ギースのことは頼んだ」

「ありがとうございます」

 

 こうして、リオンにギースのことを任せて、エド、オランピア、セリスの三人は《庭園》が待つ教団の旧ロッジに足を踏み入れるのであった。




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