英雄伝説外伝 金の軌跡   作:魔ギア

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第百六話 譲れない想い

「ハァアアアアア!!」

 

 声を轟かせて気合いを込めるのは、帝国から来た助っ人の一人――ミュラーだ。刀身が少し大きい直剣を片手で軽々と振り回し、エドやヴィクターにも劣らぬ見事な剣技を放っていた。

 勇猛果敢に攻めるミュラーを相手に悪魔の一柱――《暴食》のグラトニーの長女グライアが真正面から打ち合う。蜘蛛とは思えない硬い皮膚でミュラーの剣を受け止め、口から糸を吐き出す。ミュラーはそれを躱すが鋭い刃物のような硬い糸はミュラーの頬を抉る。頬に流れる血を気にせずにミュラーは攻める。悪魔の硬い皮膚を砕こうと渾身の一撃を放つ。だが、グライアはミュラーの一撃を歯で受け止めた。グライアは恐るべき顎の力でミュラーの剣を噛み締める。止められたミュラーは即座に剣を両手で持ち直した。

 

「うぉおおおおおっっ!!」

 

 取れないと判断したミュラーはグライアを剣ごと持ち上げて、そのまま地面に叩きつけた。グライアを剝がそうと剣を大振りに振り続けるミュラー。そこに次女エプロスと三女タレイアががら空きになっている彼の背中に向かって糸を吐く。吐かれた糸は槍のように伸びていき、恐るべき速度でミュラーへと向かう。

 

「させん!」

 

 ミュラーの身体を貫こうとする前にヴィクターが間に入る。彼は自身の手に持っている宝剣《ガランシャール》を上段から振り下ろす。糸は甲高い音を鳴らして、簡単に斬り伏せられた。

 

「エド!」

「了解!」

 

 ヴィクターの上を飛び超えてエプロスたちに斬りかかるエド。だが、エプロスたちの身体が後ろへと引っ張られた。目標を失ったエドの剣はエプロスたちに当たることなく、そのまま地面を叩きつける。叩きつけられた地面はエドの斬撃によって二つに割れた。

 

「さっきのは……」

 

 悪魔の方に視線を向けると、ミュラーの剣に噛みついていたグライアが妹たちの隣に立っていた。よく見ると、グライアの口には糸があり、その糸は妹たちの身体に付いていた。

 

「あれで攻撃を躱したのか。やっぱり、あの時よりも強くなってるな」

「あぁ。連携の方も申し分がない。各個撃破は難しいな」

「おまけに思っていたよりも硬い。叩き斬るには少々骨だな」

 

 エドの隣にヴィクターとミュラーが並び立つ。彼らと向かい合うのはグラトニーの三姉妹。その後ろには母親のジグマが静かに待機していた。娘たちだけで十分だと思っているのか、それとも何かの準備をしているのか、シグマはまだその場から一歩も動いていなかった。

 

「『汎魔化』の影響だけじゃねぇな」

 

 悪魔の強さにエドは顔をしかめる。世界が『汎魔化』によって霊脈が異様に活発化しており、それにともなって悪魔の力が強化されていた。しかもここは悪魔を崇拝していた《D∴G教団》の旧ロッジ。彼らにとって環境がいいのか、その力がさらに強化されていたのだ。

 

(こいつは少し時間がかかるな)

 

 内心で舌打ちしながら、エドは悪魔たちから視線を外し、空を見上げる。

 エドたちが戦っている場所から少し離れた空中。そこでは白と紫の光が何度もぶつかりあっていた。

 

「潰れろ!」

 

 杖先から重力の球がまばらに放たれる。球には通常の重力の十倍の重さが加わっており、触れれば身動きが取れないどころか、そのまま地面に押しつぶされてしまうだろう。迫りくる重力の球をオランピアは天使の羽で旋回を繰り返して、隙間隙間をくぐり抜けながら《皇帝》へと向かう。

 

「螺旋撃!」

「甘いわ!」

 

 旋回を何度も繰り返して威力を高めた斬撃を《皇帝》は杖で受け止めた。そこに頭上に待機していた重力の球をオランピアに向かって放つが、すぐに後ろに引いて躱される。逃がさないと《皇帝》がオランピアを追いかけようと前に出る。

 

「喰らえぇ!」

「チッ!」

 

 そこに地上からセリスの法剣が襲いかかる。中断して後ろに退き、法剣に当たらないように《皇帝》は回避を繰り返す。

 

「そこだ!」

「フンッ」

 

 回避する《皇帝》に導力の球が命中する。《皇帝》の動きを注意深く観察していたオリビエは、愛用の導力銃を用いて正確無比の銃撃を《皇帝》に与える。

 だが、《古代遺物》の鎧が銃弾の威力を落としていた。《皇帝》にはせいぜい豆鉄砲くらいにしか痛みを感じないのだろう。だがそんなことはオリビエも重々承知。彼の目的は《皇帝》にダメージを与えることではなかった。

 

「斬斬舞!」

 

 オリビエが作った一瞬の隙。そこにオランピアが突く。彼女の斬撃は鎧の隙間を通り、《皇帝》の腕を斬り裂く。

 

「おのれ!」

 

 咄嗟に腕を引くことで致命傷を避けた《皇帝》だったが、傷を付けられたことに顔つきが険しいものへと変わる。不快感を隠せない《皇帝》は杖先に剣を作り出し、オランピアに斬りかかる。それをオランピアは剣で受け止めて横へと流す。《皇帝》に近づこうとするオランピアだったが、視界が黒い何かに遮られる。《皇帝》はマントを外してオランピアの視界を封じ、そこに刃を走らせた。

 

「……躱されたか」

 

 斬った感触がない。布を斬り裂いた先にはオランピアが距離を取って、自分を見据えていた。

 

「ここまでやるとはな。少し驚いたぞ」

 

 顔には出さなかったが、《皇帝》はオランピアの実力にひどく驚嘆していた。自分が知っているオランピアの戦いは後ろからイシュタンティに指示を送るもので、自分から前に出ることはなかった。だが、今の彼女は自ら前線に立ち、しかも自分と互角に渡り合っていた。

 

(それに、下からの援護も意外としつこい)

 

 空を飛ぶことができるのはオランピアだけで残りのエドたちは下から彼女を援護することしかできなかった。近接メインであるエド、ヴィクター、ミュラーの剣士組は地上にいる悪魔と相手している間、残ったオランピア、セリス、オリビエが《皇帝》と対峙することになった。一番厄介なエドとヴィクターがいないからと《皇帝》は余裕の表情を見せていたが、それはすぐに消え去った。自分と互角に戦えるオランピアにも驚いたが、下で援護するセリスはオランピアが引くと同時に法剣は飛ばしていき、オリビエは二人の連携をカバーするように上手く立ち回っていたのだ。

 

「このまま一気に叩き込む!」

 

 優勢になっていることをチャンスにセリスは攻撃の手をさらに増やす。背中から赤い《聖痕》を出して手から炎を放つ。それを《皇帝》は重力の障壁で霧散させる。

 

「まだまだっ!」

 

 今度は炎弾を連発で放つ。《皇帝》は空を滑空して炎弾を躱し続ける。その様子にセリスは当てようと、さらに炎弾を放つ。

 

「このっ!」

「! 待ちたまえ、セリス君!」

 

 オリビエの制止を無視して、炎弾が放たれる。《皇帝》はそれもまた躱し、空ぶった炎弾はその先にいるオランピアへと向かった。

 

「っ!」

 

 目を見開くオランピアだったが、すぐに旋回してギリギリ躱す。炎弾がオランピアに当たりそうになったのを見て、セリスも目を見開いていた。

 

「セリス君。焦ればオランピア君に当たってしまう。ここは焦らず、慎重に狙おう」

「あ、あぁ」

 

 どこかスッキリしない顔で曖昧な返答をするセリスだったが、頬を叩いて落ち着きを取り戻す。その姿に《皇帝》は頬を小さく上げていた。

 

「行きます!」

 

 オランピアは翼を広げて、《皇帝》に突撃する。振ってくる彼女の剣を《皇帝》は杖で応戦する。

 剣を振れば杖で受け止められ、杖で突けば剣で軌道を逸らされる。一進一退の攻防を繰り返し、オランピアは《皇帝》の上を取った。

 

 

 ――八葉一刀流 陸の舞

 

「飛炎天舞!」

 

 身体をぐるっと回転させて放たれた炎の斬撃が散り散りに分散する。四方にばらまかれた斬撃が軌道を曲げて、一斉に《皇帝》へと襲いかかる。

 だが、《皇帝》はそれに対して何もしてこない。ただ、その場に留まって自分に向かってくる刃を見ているだけ。血迷ったのかと誰もが思ったその時、放たれた斬撃がすべて《皇帝》の後ろへと通り過ぎた。

 

「うわぁ!」

 

 そして、斬撃は下でオランピアたちを見上げていたセリスに降り注いだ。セリスは咄嗟にその場から離れ、炎の雨をくぐり抜けた。

 

「危ねぇぞ、チビ助!」

「す、すみません!」

 

 そう謝罪するがオランピアもかなり混乱していた。セリスに当てる気など当然なかった。下にいるセリスたちの存在をしっかり確認して《皇帝》に向かって放ったはずだった。だが、実際は《皇帝》ではなく、セリスに斬撃が飛んでいった。

 

「どうした、仲間割れか? 先程までの威勢はどうした?」

「くっ、舐めんじゃねぇ!」

 

 《皇帝》の挑発にセリスは再び、法剣を放つ。しかし、法剣は《皇帝》ではなく、オランピアの方へと飛んでいった。

 

「くぅ!」

 

 剣を盾にして防いだが、勢いを殺せずに後ろに吹き飛ばされてしまう。

 

「セリス君……」

「ち、違ぇ! い、今のは……」

 

 オリビエが声をかけると、セリスは明らかな動揺を見せて即座に否定する。セリスも当然、オランピアに当てようとは思っていない。だが、なぜかオランピアの方に刃が向かってしまった。

 

「フフフ……、なんだ? 戦いの最中に味方同士で争いか? あれほど絆などとほざいていたわりには脆いものだな」

「っ、テメェ……、なにしやがった?」

「我は何もしていない。貴様らが勝手にやり始めたことだろう?」

 

 面白そうに笑うその姿に、セリスたちは疑いの目を強くする。間違いない。《皇帝》が何かしら仕組んでいる。オリビエは《皇帝》を視界に入れたまま、深く考え込む。

 

「セリス君。攻撃する際に、何かおかしなことはなかったか?」

「? 何かって」

「どんな些細なことでもいい。今までと何か違ったところはなかったか?」

 

 オリビエの追求にセリスは先程までの攻撃を振り返る。特にこれといって思い当たるものはなかった。《皇帝》に狙いを定めて、法剣を放った。その際にオランピアの位置も事前に確認して、手首のひねりを利用して軌道を調整した。最初の炎弾もそうだ。オランピアがいる位置は最初に確認した。当たらないように注意していたはずだ。

 

「あ……」

「何か気づいたかい?」

「いや……はっきりと覚えてねぇけどよ。チビ助を見た時になんか聞こえたような……」

「セリスさんもですか?」

 

 セリスの独白に地面に降り立ったオランピアが反応する。

 

「も、ってまさか……」

「私も剣を振った時に、一瞬だけ何かが聞こえたんです。内容はあまり覚えていませんが……」

「ふむ……」

 

 二人の意見にオリビエは思考を巡らせる。二人は謎の声を聞いた瞬間、二人の狙いが《皇帝》からお互いに変わった。動きを強制されたことも考えられるが、それならば身体の方に異変を感じてもおかしくない。オリビエは一度、《皇帝》を見た後、再び二人に顔を戻す。

 

「……オランピア君。一つ質問していいかな」

「は、はい?」

「できれば、素直に言ってもらいたい。君はセリス君のことをどう思っているんだい?」

「え、セリスさんのことをですか?」

「うん。気遣わずに遠慮なしで言ってくれたまえ」

「えっと……」

 

 オランピアはセリスの方に視線を向ける。自分のことを訝しげに睨むその姿を見たオランピアはストレートに彼女の印象を口にする。

 

「……いまだエドさんのことを付け狙っている未練がましい女」

「喧嘩売ってんのか、クソガキ!!」

 

 思っていた以上の酷い言われようにセリスはオランピアに殴りかかりそうになる。そんな二人のやり取りを観察していたオリビエは納得したのか、首を縦に動かす。

 

「なるほど。そういうカラクリというわけか」

「え、いまのでなにかわかったんですか?」

「うん、だいたいは。といっても何の根拠もない推測だけどね」

 

 そう言ったオリビエはフロア一帯を見回す。何かを探すかのように注意深く、目を鋭くしながら、右から左へ、後ろから前へと視線を動かす。そして、ある一点に視線が定まった。

 

「……セリス君たちが聞いたのは、たぶん君たち自身の声だろう」

「アタシたち自身の声?」

「そう。君たちを刺激するような何か。おそらく、他人には触れてほしくないようなことか、無意識に逸らしていることを囁いているのだろう」

「えっと、それはどういう意味ですか?」

「さっきの君たちのやり取り、そして、戦う前の《皇帝》の発言から考えると、オランピア君にはセリス君に向ける対抗心を、逆にセリス君にはオランピア君に向ける憎悪を刺激するようなことを囁いていたのだろう」

「「っ!!」」

「人には理性があるからね。たとえ嫌なことや苦しいことがあっても、たいていはその理性が抑えてくれる。君たちが先程まで上手く連携できたのがその証拠だ。ただ、今回の場合は理性の外。つまり、無意識の状態での時はなかなか難しい。どんなに我慢してもその人のことをよく思っていないことはその人にとっては事実だからね」

「それでは、私たちの攻撃がお互いに当たるのは……」

「攻撃する寸前に囁かれて、君たちの中にある負の感情が刺激されたんだろう。体を無意識に動かしてしまうほどにね。結果、彼を狙っていたはずの攻撃が、君たちに向いてしまった。……そして、それを実行しているのは、いまだにその場から一歩も動かない、あの悪魔だね」

 

 オリビエは向いている視線の先。そこには三姉妹に守られながらその場に佇むジグマの姿があった。

 

「でも、どうして私たちだけなのですか? 話を聞いた感じですとエドさんたちも影響を受けていると思うのですが……」

「エド君のような剣士はそういった面には非常に強い耐性があるからね。ミュラーや子爵閣下もそうだけど、たとえ囁かれたとしても、彼らが動じることなんてないだろう。それに近接戦闘だから間違って味方に攻撃が当たるようなことはほとんどないと思うよ」

「じゃあ、お前はどうなんだよ」

「僕? フッ、僕には全然聞こえなかったよ。ここにいる皆を愛しているからね」

「気持ち悪ぃこと言ってんな!」

「ゲフッ!」

 

 もしくは何も考えていないのか、オリビエのキザな笑みにセリスの拳がめり込んだ。そして、オリビエの推論を聴いていた《皇帝》は拍手を送っていた。

 

「見事の慧眼だな、帝国の詩人。まさか、この短時間でそこまで見抜くとはな」

「ハハ……、僕にはミュラーのような武の才はなくてね。逆にこっちの方には自信があるのだよ。それに君がやたらと友情や絆を否定していたからね。僕たちの仲を壊すよう、同士討ちさせる何かを仕掛けているんじゃないかと思っていたからね」

「なるほど。だが、種がわかったところでどうするんだ? 先程までは見事な連携で我を追い詰めていた。だが、そこの小娘どもは内心ではお互いを嫌い、殺したがっている。絆とかいう隠れ蓑が消えた今、貴様らに我を倒す術はない」

「いや、それはどうかな?」

「なに?」

 

 余裕な表情を崩さないオリビエの態度に、《皇帝》は訝しげな目線を送る。

 

「オランピア君。君はセリス君のことは嫌いかい?」

「え、そ、それは……」

「未練がましい女って言っていたけど、彼女に対しての気持ちは本当にそれだけなのかい? もっと他に何かあるんじゃないのかい?」

「…………」

 

 オリビエの問いにオランピアは黙ってしまう。

 自分がセリスのことをどう思っているのか。最初はエドのことをまだ諦めようとしない彼女の姿勢に焦りのようなものを感じていた。だから、彼女に対して対抗する気持ちが強まり、彼女を貶めるような発言をしてしまった。だが、同時に……

 

「すごく、かっこいいと思いました」

「え?」

「いなくなったエドさんのことをずっと、ずっと想っていて。その想いが消えることがなくて、ずっと好きでい続けたセリスさんは本当にすごいと思いました」

 

 二年間、エドの無事をずっと祈り続け、彼のために強くなろうと努力を続けてきたセリス。そんな彼女の真っ直ぐで一途な想いの強さに嫉妬するのと同時に、尊敬と憧れの念を抱いた。同じ人を好きになった者同士として、すごくかっこよく、すばらしいと本気で思ったのだ。

 

「そうか……。それじゃあ、セリス君。君の方はどうかね?」

「あ、アタシか?!」

「うん。君はオランピア君のことを許せないと思っているけど、どこかで認めているんじゃないのかい?」

「な、なんでそう思うんだよ」

「だって、もし、君がオランピア君を本当に嫌っているのなら、そんな風に深く悩むことなんてないだろう。君は思っていることを隠さずに素直に出すタイプに見えたんだけど?」

 

 それに対して、今度はセリスが黙ってしまった。

 たしかにオリビエの言うとおり、自分は思っていることを素直に出すタイプだ。気に入らなければ口に出すし、ムカつけば相手をぶん殴ることだってある。《守護騎士》という立場からすぐに手を上げるようなことはしないが、根本なところは変わっていない。

 オランピアに対して何も思わないことはない。自分と同じく、彼に好意を向ける女。同時に尊敬していた彼の母を殺した女。そんな相手に対して殺意を持っているのは本当だ。そんな彼女が彼に好意を持つことなど許せなかったし、許すことができなかった。彼の制止がなければ、自分は容赦なく彼女を斬っていただろう。

 だが、彼女は必死で罪と向き合おうとしていた。自分が殺めてしまった人と、命と向き合い、自分になにができるのかを、今も懸命に探し続けている。そんな彼女の姿に少し認めている自分がいる。

 

「「……」」

「うん、うん。お互い認めているけど、まだ納得できないところがあるみたいだね。それならば、いっその事、喧嘩したらどうだい?」

「「……は?」」

「お互いに思っていることをぶつけ合えばいいのさ。そこから生まれる友情だってある。ま、もちろん、それは全部、終わった後での話だけどね」

 

 さすがに戦闘中に喧嘩するわけにはいかない。念のためにオリビエは二人に注意を呼び掛ける。だが――、

 

「それじゃあ、今は手を取り合って、彼を……」

「そうですね。では、そうしましょう」

「……え?」

「あぁ。こっちとしてはありがたい提案だ」

「え、え?」

 

 オリビエを無視して、オランピアとセリスが向き合った。両者の目はどちらも鋭く、お互いに威圧していた。

 

「……()()()()()

「……はい」

「アタシはまだ、テメェを許しちゃいねぇ。エドが許したとしても、テメェがアルマさんを殺したことは許すことはできねぇ」

「……わかっています。許してほしいと言う資格は私にはありません。でも、この想いを、エドさんへの気持ちを私は諦めたくありません」

「……本気なんだな?」

「はい。この気持ちはセリスさんにも負けません。……絶対に」

「……上等だ」

 

 チャキッ、と音を鳴らして法剣を構えるセリス。静かに翼を広げて剣を両手に持つオランピア。そんな二人を見て、オリビエは即座に割って入る。

 

「ま、ま、ま、待ちたまえ! ほ、本当に今からやるつもりなのかい?!」

「そうです。邪魔しないでください」

「邪魔するってなら、まずはテメェから斬るぞ」

「ヒッ!!」

 

 自分に押し寄せてくる殺気にオリビエは情けない声を上げながら、引いてしまう。

 

「フハハハハハ!! とうとう崩れたか! やはり絆など信じるに値しないな!」

 

 かつて信じていた臣下たちを連想させたのか、いがみ合う二人に《皇帝》は滑稽のあまり笑いが止まらなかった。

 だが、その笑いはすぐに消えることになった。

 

「それでは……」

「あぁ、始めようか」

「勝負の内容は?」

「そんなもんは一つしかねぇだろう」

「そうですね」

 

 向き合っていた二人が体を横にずらす。二人の視線の先にいるのは、こちらを見下ろしてくる《皇帝》の姿が。

 

「「先に《皇帝》(/あいつ)を倒した方が勝ちです(/だ)!!」

「なに!?」

 

 《皇帝》が驚くのをよそにオランピアたちが同時に動く。セリスは法剣を振るって刀身を伸ばす。伸びた剣はオランピアの後ろを追うように走る。だが、剣が彼女に追いつこうとした瞬間、オランピアは体を捻って横回転。剣はオランピアの横を通り過ぎ、そのまま《皇帝》に向かう。

 

「舐めるな!」

 

 杖先に溜めた刃で法剣を叩き落とす。その隙にオランピアが剣を突き刺すが、《皇帝》は杖を回して受け止める。

 

「伸びて!」

「くぅ!」

 

 光で作られた刀身が伸びる。肩に刃が突き刺さり、苦い表情を見せる《皇帝》。即座に剣を弾いて距離を取る。

 

「だぁあああああ!!」

 

 だが、そこにセリスが襲い掛かる。頭上を取って振り下ろされた法剣を《皇帝》は間一髪で止める。二人が鍔迫り合いしている中、オランピアがセリスたちに向かって斬撃を放つ。セリスは《皇帝》の腕を掴んで体を捻る。動かされた《皇帝》はセリスに蹴られて後ろに下がる。《皇帝》は追撃しようとするが、背中に斬撃が直撃し、地面に落とされる。

 

「っ! なんと無茶苦茶なっ!」

 

 自分が狙われるのを逆に利用して、確実に当たるように二人は上手く立ち回っていた。

 

(しかも、動きがバラバラでまったく読めん!)

 

 目配りや合図もない。オランピアたちは独自で動き回り、《皇帝》に向かう。何度もお互いの攻撃が当たりそうなのに、まだ一回も当たっていない。嚙み合っていないのに、奇跡的に噛み合っている二人の連携が《皇帝》を翻弄する。

 

「もらったぁあああ!!」

「隙ありです!」

「チィ!」

 

 考え込む《皇帝》に再びセリスとオランピアが同時に襲い掛かる。《皇帝》は杖で受け止めて、二人を止めるが、まだ終わらない。

 

「テメェはアタシが先にぶっ飛ばす!!」

「いいえ、私が先です!」

 

 二人は果敢せずに前に出て《皇帝》を追い詰める。不規則に打ってくる二つの刃に《皇帝》は徐々に追い詰められる。タイミングも動きも全部、無茶苦茶。肩が当たれば、相手を押しのけて攻めてくる。お互いのことなど、まったく考えていない。ただ自分が先に倒すことしか頭に入っていなかった。

 

「「ダァアアア!!/ヤァアアア!!」」

「ガァッ!!」

 

 二人の剣が《皇帝》の鎧を斬り裂く。後ろに吹き飛ばされた《皇帝》はごろごろと地面に転がってしまう。

 

「えぇい!! 調子に乗るなぁ!!」

 

 立ち上がって、空へと飛ぶ《皇帝》。杖を前に掲げて、宝珠の光をさらに強くする。

 

「貴様らとの遊戯もここまでだ! 全員、まとめて生き埋めにしてくれる!」

 

 掲げた杖の先から黒い球が出てくる。それをフロアの中央へと飛ばす。一見、何の特徴もない黒い球。全員がその球に警戒するが、異変はすぐに起きた。

 

「な!」

 

 地盤が激しく揺れた。あまりの大きな揺れに全員が膝を着く。すると地面が浮き上がり、黒い球へと引き寄せられていく。

 

「なんて吸引力だ!」

「全員、何かに掴まれ! でないと、本当に生き埋めになるぞ!」

 

 強力な引力に耐えきれなかったのか、エドたちと対峙していた悪魔たちが黒い球へと引っ張られる。悪魔は球にくっついた岩群に押し付けられ、その上にさらに大きな岩群に押しつぶされてしまった。

 

「生き埋めになる前に、潰されるんじゃない!」

「《皇帝》はっ!」

「一歩も動いてねぇ。あいつ、自分のいるところだけ操作して、耐えてやがる」

 

 《皇帝》は宙を浮いたまま、黒い球に向かって杖を向けていた。かなり集中しているのか、エドたちが見ているのに気づいていない。

 

「クッソォ!! なんか手はねぇのか!」

「落ち着くんだセリス君。手はあるよ」

 

 黒い球に引き寄せられないように耐えている中、エドたちは全員、オリビエの方に顔を向ける。

 

「手、っていうのは?!」

「もちろん、この状況を打破して、彼を倒す手だよ」

「あ、あるのか?! そんな方法!」

「まぁまぁ、落ち着きたまえ。今から言うから」

 

 絶体絶命の状況にもかかわらず、冷静さを失わないオリビエは黒い球を注意深く観察する。

 

「あの黒い球がこの引力を引き出しているのは間違いない。でも、制御が難しいのか、彼は僕たちに目もくれていない」

「見ていない隙に近づいて倒すのか? この中じゃ無理だ!」

「そうだね。近づこうと思えば、すぐに引っ張られて、ペシャンコだ。……だから、あの黒い球を破壊する」

「黒い球をですか!」

「そうだ。あの黒い球を破壊すれば、制御の反動で彼に隙ができるはずだ。そこを叩く」

 

 オリビエの作戦を聞いた全員が沈黙する中、最初に声を上げたのは二人の女性。

 

「あの野郎をぶっ飛ばすのはアタシに任せろ!」

「《皇帝》は私が倒します!」

 

 同時に声を上げるセリスとオランピア。それが気に入らなかったのか、直後、二人は睨み合う。

 

「黒い球は俺がやる」

「俺もやろう」

「私も加わる」

 

 エドに続いて、ミュラー、ヴィクターが名乗りを上げる。

 

「よし、それじゃあ、僕はレディたちの援護に回ろう」

「……オリビエ」

「い、いや~、ミュラー、勘違いしないでよ。これは真剣な……」

「わかっている。……しくじるなよ」

「! フッ、わかってるさ、親友」

「それじゃあ、行くぞ!」

 

 エドは手を離して、黒い球へと引き寄せられる。ミュラー、ヴィクターもそれに続いて手を離す。

 

「我が全霊を持って、無双の一撃をなす!」

「アルゼイドの神髄、とくと見よ!」

「八葉一刀流、終の太刀!」

 

 三人の身体は引力に引っ張られてさらに加速する。三人が構える剣には、闘気のようなものが溢れ出す。

 

「破邪顕正!!」

「洸凰剣!!」

「断空!!」

 

 三つの剣閃が岩を斬り裂き、黒い球を捉えた。瞬間、黒い球が爆散した。

 

「ぐぅああ!!」

 

 黒い球の維持に集中していた《皇帝》は反動の強さに悲鳴を上げる。引き寄せられる引力が消えた瞬間、オランピアたちは一斉に飛び上がる。

 

「今度こそ!」

「くたばりやがれぇ!」

「っ! させ……」

「隙あり!」

 

 接近してくるオランピアたちに気づき、《皇帝》は迎撃に入るが、オリビエの銃弾が《皇帝》の杖に当たる。撃たれた杖は《皇帝》の手元から離れ、地面に落ちる。

 

「これで!!」

「終わりです!!」

 

 二人の剣がそれぞれ炎と光を灯す。刀身に宿った二つは次第に大きくなる。

 

「「いっけぇえええええええ!!」」

 

 振り下ろすと同時に炎と光が砲弾となって放たれた。

 二つは何度もぶつかり合い、混ざり、一つの光炎へと変わった。

 そして、光炎は《皇帝》を飲み込み、そのまま壁に直撃するのであった。




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