昼は熱く、夜は寒いと寒暖差が激しかったです。
それでは、ご覧ください
《皇帝》が作った超引力の力が消えて、集まっていた岩のかたまりが一斉に降り注いでいった。エドたちはその岩の上を転々と移動しながら地面に着地した。
「やったみたいだな」
「そのようだな」
エドとヴィクターは《皇帝》が吹き飛ばされた壁に視線を向ける。オランピアたちの攻撃で煙が立っており、《皇帝》の姿が確認できないが、おそらく倒したのだろう。
「ちょ、ちょっとミュラー。もう少し優しく運んでくれないかな?」
「文句を言うな。いいから、しっかり捕まってろ」
一方、ミュラーはオリビエを脇で抱えながら降りてきた。その持ち方は荒っぽく、跳ねるたびにオリビエは変な声をあげてしまう。そして、《皇帝》を吹き飛ばしたオランピアとセリスは同時に着地し、隣に立つ恋敵をちらっと見る。
「「……(プイッ)」」
しばらく見つめ合う二人だったが、すぐに視線を外す。だが、互いを称え合っているのか目を背きながらもハイタッチするのであった。
「うん、うん。やっぱり女同士の友情はいつ見ても美しいね」
「なに、万事解決みたいに話を進めるんだ、このアホッ!!」
オランピアたちの姿に爽やか笑みを浮かべるオリビエにミュラーが後頭部を思いっきり殴りつける。
「痛っ! 何をするんだい友よ!」
「上手くいったからいいものを。もしも、彼女たちがそのまま本当に喧嘩していたらどうするつもりだったんだ?!」
「心配はいらないよミュラー。二人が力を合わせて戦うと僕は確信していたからね。実際、何も問題なかっただろう?」
「ほぉ? では、喧嘩しそうだった時に、ひどく狼狽えていたのはなぜだ? 協力し合うと確信していたのだろう?」
「い、いや~、それは……」
「…………」
「……フッ、まぁ、終わりよければ全てよしという事で」
「このたわけがぁ!!」
「あ゛ぁああああああああ!!」
ヘッドロックをかけてオリビエの頭を締め付けるミュラー。若干、白目をむきながら奇声を上げるオリビエの様子を遠くから見ていたエドは白けた視線を送っていた。
「あれ、放っておいていいんですか?」
「心配ない。あれがあの二人の自然体なのだ」
「え~~」
もはや変人を見るような目でオリビエたちを見るエド。あまりに信じがたい光景にもはや何も言えずにいた。
――ドンッ!
『っ!』
煙が立っていた場所から岩が弾け飛んだ。中から《皇帝》が息を荒くしながら姿を現した。
「はぁ……はぁ……、貴様ら、ごときに……っ」
杖を支えにふらついた足取りで前に出る《皇帝》。その顔はひどく歪み、忌々しそうにエドたちを見ていた。万全の策を用意したにもかかわらず、それらが全て打ち破られたことに《皇帝》は認めることができなかったのだ。特にオランピアとセリス。二人の関係を見抜いていた《皇帝》は自分の策に嵌まると確信していたのに、その二人に敗れてしまったのだから。
「さっきの引力で悪魔が全滅した。もう同士討ちの手は使えないぜ」
先程の引力で悪魔たちが岩に押しつぶされているのをエドたちは見ていた。悪魔が消滅してしまったことで、《皇帝》が用意した策が消えてなくなった。
「舐めるなよ。まだ手は残っている!」
カンッ! と杖で地面を強く叩くと、部屋の奥から黒づくめの男たちがぞろぞろと出てきた。
「まだ、伏兵がいたのか。しかし……」
「あぁ。どうも様子がおかしい」
「ふむ。心ここにあらず、って感じだね」
《皇帝》が呼んだ《庭園》の刺客たちは、どこか上の空の様子でエドたちを見ていた。光のない目で自分たちを見続けるその姿にエドとオランピアは見覚えがあった。
「オランピア。あいつらまさか……」
「はい。クロスベルで襲ってきた彼らと同じです」
人格を壊され、ただ人を殺すためだけの人形に成り下がった刺客者の末路。彼らは武器を構えて《皇帝》からの指示を待つ。
「まだ他にいるかもしれねぇ。ここで一気に片を付ける」
エドは剣を両手で持って、『疾風』を繰り出そうと足を前へと踏み出す。
「エド。そなたらは先に進むのだ」
しかし、エドの前にヴィクターを中心にミュラー、オリビエが立ちふさがった。
「ヴィクター卿?」
「ここは我らに任せて、そなたらは先へ進むのだ」
「この先にも、さらなる強敵たちが待ち構えているはずだ。ここで無駄に力を削る必要はない」
ヴィクターに続いて、ミュラーも先に行くように促す。
「エド君」
そして、二人に続けて、オリビエも、
「君はおそらく、この戦いを終わらせる重要な存在になるだろう。君は絶対に最後まで行かなきゃならない。だから君たちは先に行きたまえ。そして、この世界を救ってくれ」
「せ、世界を救えって」
あまりのスケールにエドは珍しく戸惑ってしまう。そこにオリビエは子供のように陽気な笑顔を見せる。
「そう難しく考えなくていい。君はいつも通りにやればいいさ」
「いつも通り?」
「そうさ。大切な人を、仲間を最後まで守り抜けばいい。それが世界を救うことに必ず繋がる。だから、肩の力を抜きたまえ」
「オリビエさん……」
最初に見せたおちゃらけた姿はどこにもなかった。その姿は人を導く「皇」の姿だった。
「では、子爵閣下、我が親友よ」
「御意」
「皆まで言うな」
オリビエを守るようにヴィクターたちは左右に固める。オリビエは懐から一輪の薔薇を取り出す。
「それでは《庭園》の諸君。僕らと楽しく踊ろうじゃないか!」
薔薇を投げつけて、銃弾で撃ち抜く。すると薔薇の花びらが飛び散り、同時に赤い閃光が放たれた。
「目眩しか!」
「さぁ、行きたまえ!」
「っ、セリス! オランピア!」
「は、はい!」
「わかった!」
エドは剣を収めて、オランピアたちを連れて先へ行く。その様子を見ていた《皇帝》はすぐさま、刺客たちに指示を出す。
「行かせるな!」
「させん!」
エドたちに襲い掛かろうと刺客たちは動くが、それよりも速くミュラーが間に割り込み、大剣で彼らを薙ぎ払う。
「ミュラーさん!」
「行け!」
エドたちには目もくれずに刺客たちに飛び掛かるミュラー。それを見かねた《皇帝》が前に出ようとするが、ヴィクターとオリビエが立ち塞がる。エドたちは《皇帝》をオリビエたちに任せて、奥へと進むのであった。
~~~~~
奥へ進むごとに後ろの音が徐々に小さくなる。時折、後ろに振り向くが、エドたちはすぐに振り払い、さらに奥へと進む。
「オリビエさんたちは大丈夫なんでしょうか?」
「心配ない。ヴィクター卿が一緒なんだ。それにミュラーさんとオリビエさんもかなりの手練れだ」
「あの変態詩人、いったい何者だったんだ? 妙に戦い慣れているっていうか、達観してるっていうか……」
「……まぁ、只者じゃないことだけは確かだな」
最後に見せた詩人の爽やかな笑みを思い出しながら、エドは出そうになった言葉を止める。
(たぶん、本人も望んでいないだろうな)
わざわざ偽名で現れたのだ。たぶん、家の者にも伝えていないのだろう。
「それにしても、ヴィクターさんが来てくれるとは思いませんでした」
「あぁ。それくらい、今の状況がやべぇってことなんだろうな」
「お師匠さんも言ってけど、今、各勢力が総力を上げて動いている。たぶん、ヴィクター卿だけじゃなくて、他の達人クラスの人たちも動いてるだろうな」
そう言って、自分の知っている達人たちを思い浮かべるが、エドの顔つきがすぐに険しいものへと変わる。
「二人とも、止まれ」
「どうした?」
「人の気配だ」
自分たちが通った道とは違う別の道から聞こえる足音。それを聞いたオランピアたちの顔も引き締まる。
「敵か?」
「まだわからない。全員、いつでも抜けるようにしとけ」
腰に差している剣に手をかけるエド。オランピアたちも自分の得物に手をかけて物陰に隠れる。
足音が徐々に大きくなる。それに合わせて声も少しずつ聞こえてきた。
「見つからないね」
「えぇ。完全にはぐれちゃったみたいね」
「うん?」
「この声……」
聞こえてきたのは二人の若い女の声。話の感じから誰かを探しているようだった。
「アリオスさんなしでどこまで行けるのかしら」
「弱気になっちゃダメよ、エオリア! アリオスさんは私たちの腕を見込んで、この作戦に参加させてくれたんだから」
「……そうね。ごめんなさい、リン。もう大丈夫よ」
「よし、それじゃあ先に進むわよ」
「エドさん!」
「あぁ、間違いないな」
その声にエドとオランピアは聞き覚えがあった。二人は物陰から出て、声の主たちの前に出る。
「あ、あなたたちは!」
「やっぱりか」
「リンさん! エオリアさん!」
エドたちの姿に目を見開く二人。ハチマキを額に巻いた女性と医療用のメスを持った銀髪の女性。クロスベルのアルモニカ村で出会い、共に《庭園》と戦った準遊撃士コンビ、リンとエオリアの二人だった。
「オランピアちゃん!」
「ふぐっ!」
オランピアの姿を見るや、エオリアが彼女に飛びかかり抱きついた。
がっしりとホールドされたオランピアは、顔に当たる柔らかな感触を感じながらも、二人の再会に嬉しさを感じずにはいられなかった。
「なんで、お前らがここにいるんだ?」
「お二人の助っ人に参りました。アリオスさんと一緒に来たのですが……」
「話は聞いていた。はぐれちまったんだな」
「はい。道中で悪魔たちと遭遇してしまいまして」
「なるほど」
「エド、こいつら誰だ?」
「クロスベルで出会った準遊撃士たちだ。《庭園》と一戦交えた時に一緒に戦ってくれた仲だ」
蚊帳の外だったセリスが中に入り、エドたちはお互いの状況を確認し合う。一方、オランピアはというと……
「オランピアちゃん……」
「エオリアさん、あの、そろそろ離れてくれませんか?」
エオリアの抱きしめる力が徐々に強まる。オランピアは顔を少し青ざめながら、離れるように呼びかけるのであった。
〜〜〜〜〜
エドたちはリンたちと合流後、一緒に行動をすることになった。アリオスたちとはぐれた二人をこのままにするのはまずいというのがエドの考えだ。
「では、グラン先輩は……」
「ひとまず、教会の知り合いに預けた。拘束もしっかりしてるから、暴れるようなことはないだろう」
「そうですか……。それにしても、グラン先輩が人格を乗っ取られていたなんて」
「突然、人が変わったと思いましたが、そういう事だったんですね」
そして、今、エドたちが話題にしているのは、ロッジ前でエドと戦ったギースに体を乗っ取られたリンたちの先輩であるグランのことだった。
「それにしても、人格を移す技術。そんなものが存在するなんて……」
「《D∴G教団》の持つ技術力は私たちの予想を超えているみたいね」
「誉められるようなもんじゃない。たくさんの子どもの命を道具のように切り捨てて手に入れたものだからな」
「そうですね。……それで、グラン先輩は元に戻るのでしょうか」
深刻そうな顔つきでエオリアはエドに尋ねる。リンたちにとって、グランは遊撃士のいろはを教えてくれた先輩なのだ。できることなら、遊撃士として、もう一度戻ってほしいと思っている。
「それに関しては大丈夫だと思うぜ」
「ほ、本当ですか?!」
「人格を植え付けられたってだけで、そのグランって人の人格が消えてはいない。教会の力があれば元の人格に戻ることはできるはずだ」
「では、乗っ取っている人格の方はどうなるんですか?」
「二度と表に出ないように封印されるだろうな。ま、まずは俺の事件について根掘り葉掘り、いろいろと搾り取ってからになるが」
「安心しろエド。その時はアタシも協力する。ぶん殴ってでも、聞き出してやる」
「あ、あの……、できれば、それは控えていただきたいのですが……」
「そいつは約束できねぇな。あの野郎は、よりにもよってアタシの身体をっ!」
「どうどう。落ち着け、セリス。もう終わったことなんだから」
相手はギースではあるが、その身体は先輩であるグランの身体だ。できることなら、先輩の身体を傷つけてほしくないのだろう。
そんな和やかな会話が続いていったが、突然、全員が足を止めて前を見据える。
「……気づいたか?」
「はい」
「すげぇ殺気だな」
まだ、先が長く続いているというのに、遠くからでも感じてしまうほどの濃厚で冷たい殺気。気をしっかりしていなければ、息が止まってしまいそうなほどだ。
「お前らは大丈夫か?」
「大丈夫です」
「エドさんたちと離れてから、アリオスさんに鍛えてもらいましたから」
そうリンとエオリアは返すが、二人の額からはうっすらと汗が流れていた。よく見れば、オランピアも険しそうな表情で汗を流していた。
「こいつはとんでもなくヤベェな」
気づけばエドも汗をかいていた。手も無意識に震えており、本能が行くなと囁いてくる。
「エドさん、この殺気は……」
「あぁ。……奴だ」
頭に過ぎるのは、百年も生き続けた災害の化身。豪快で爽やかな笑みを浮かべながら待っているのだなと、エドたちは簡単に想像できた。
「お前ら、準備はいいか?」
全員が無言で頷く。準備が整ったのを確認したエドは、正面から放たれる殺気を受け止めながら奥へと進むのであった。