アルモリカ村に住んでいる人達が一斉に消えた、神隠し。
その原因を探るべく、エドとオランピアは、被害に遭わなかったアルカンシェルのトップスター、イリア・プラティエと準遊撃士のリンとエオリアを連れて、アルモリカ古道のはずれにある《太陽の砦》へと向かっていた。
《庭園》の刺客がいつ襲ってくるか分からない。エド・リン・エオリアの三人はいつでも戦闘ができるように周りを警戒しながら街道を歩いていた。
「いや~こんな朝早くに街道を歩くなんて何だか新鮮ね。ちょうどいい暖かさだし散歩には打ってつけだわ」
そんな緊張状態が続いている中、イリアは呑気な顔をしながら、うきうきした足取りでそう呟いていた。
その姿はまるで、いや、本当にピクニックをしているように楽しんでいるようだった。
「……あの、イリアさん」
「ん? どうしたの?」
「今の状況、わかっているんですよね?」
何もわかってなさそうなイリアを見て、オランピアは不安そうな表情を浮かべていた。
「え? わかっているわよ。村の人達を助けに行く為に敵がいるところに向かっているんでしょ。」
どうやらイリアは、状況をしっかりと理解しているようだ。
「では、何でそんな余裕な表情をしているのですか? イリアさんも《庭園》に命を狙われているのですよ。そして、私達は今、《庭園》の刺客がいる所に向かっているんです。怖くないのですか?」
普通なら命が狙われているとわかっていれば、怖くなっていつも通りに振るまうことなどできないはずだ。
しかし、イリアはそんな素振りを一切見せず、普段と同じテンションで振るまっている。
オランピアの疑問に、一瞬キョトンとしたイリアはすぐに微笑んだ。
「フフッ、もちろん怖いわよ。でもね、普段通りにすることが、今、私がやるべきことなのよ」
「それはどういう……」
「ここで私が怯えたりしていたら、彼らに気を遣わせちゃうでしょ」
イリアはオランピアに自分の持論を説いた。
「怖いからとか、緊張するからとかで、いつもの調子でやることができませんなんていうのは、アーティストとして絶対にあってはならないことよ。私のショーを見に来てくれたファンのために、そして、一緒に練習してきた仲間のために、どんなプレッシャーがきても己の感情をコントロールする。そして、練習以上の力を発揮して最高のパフォーマンスをファンに送る。それが私達アーティストなのよ」
世界でも有名な劇団、アルカンシェルのトップスターともなれば本番でのプレッシャーは、他のアーティストよりも大きいだろう。
だが、イリアは舞台の上で失敗することはなかった。彼女にとって暗殺者に狙われることなど、舞台の上に立つことに比べれば大したことはないのだろう。
「あなただってそうでしょ」
「え?」
「見てたわよ。昨日のあなたの舞。悪くなかったじゃない」
イリアは昨日、自分が泊まっている部屋の窓からオランピアの舞を見学していたのだ。
「あ、ありがとうございます」
憧れのトップスターに昨日の舞のことを褒められて、オランピアは顔を赤くした。
「あの時のあなたは、ただ踊りたかっただけで、周りの視線なんて全然気づいていなかったんじゃない?」
「それは……」
「もし、周りが見ていることに気づいていたら、踊れなかったんじゃないかしら」
実際、オランピアは自分の舞が村の人達に見られたことに気付くと、一目散にその場から逃げだしている。
イリアは恥ずかしがっているオランピアの姿を見て、頭を撫でながら話を戻す。
「あんだけ啖呵を切ったんだもの。ここで私が彼らの足を引っ張るわけにはいかないわ。彼らの為に今、私はやるべきことをやるだけよ。彼らだって同じよ」
イリアの視線の先には、自分達を囲いながら歩いている三人がいた。
エドは先頭に立ち、腰に差さっている剣に手を添えながら、常に周囲を見渡していた。
リンとエオリアは武器を装備して、周囲を警戒しながらもオランピアとイリアの傍から離れなかった。
(皆、自分がやるべきことが何なのか、ちゃんとわかっている)
刺客が来てもすぐに対処できるように自然体で周囲を警戒しているエド。
刺客が瞬時に現れても、すぐに守れるように護衛対象から離れないリンとエオリア。
そして、皆の足手纏いにならないように、己の感情をコントロールしているイリア。
(私はどうなの? 私が今できることは何?)
《庭園》にいた頃、彼女は感情を奪われ、与えられた仕事をただ従順にこなすだけだった。どんな状況に陥っても、動じないで黙々と暗殺稼業を続けていた。
あの時の彼女は歪んでいたとはいえ、イリアが言う自分のやるべきことが何なのかわかっていた。
だが、感情を奪っていたイシュタンティが破壊された今の彼女は、イリアのように感情を上手くコントロールする事ができない。エド達のようにまだ戦うこともできない。
オランピアは今の自分にいったい何ができるのかと考え込んでいた。
その時、先頭で歩いていたエドがその場で急に立ち止まった。
「? どうしたの」
「エドさん?」
周囲を見渡しながら、何かを探しているエドにイリアとオランピアは声をかけた。
「……おかしい」
「何がですか?」
「俺達が村を出て、十分くらい経っているはずだ。刺客がいまだに現れないのもおかしいが、それよりも魔獣の姿がどこにもない」
エドの言葉を聞いて、リンとエオリアは辺りを見渡した。アルモニカ古道はマインツ山道のように視界を遮るのような障害物がない少ない平地だ。エドの言う通り、辺りを遠い所まで見渡しても魔獣の姿が一匹も見当たらなかった。
「どうなっているの?」
「まだ寝ているというわけではなさそうですね」
異様な光景を目の当たりにして、リンとエオリアは眉をひそめる。
「ここら一帯を自分達の住処にしている魔獣は当然いる。にもかかわらず一夜で魔獣が行方をくらました。……アルモニカ村と同じようにな」
「! まさか、魔獣も神隠しに巻き込まれた?」
「可能性はある。だが、そうなると厄介だな」
「? 何が厄介なのよ」
魔獣が村の人と同様、神隠しにあったことにオランピアは動揺を隠せない中、エドはその事実に危機感を感じ、イリアはそれに疑問を浮かべる。
「村の人だけなら、組織の力で神隠しを行うことはそう難しくはない。多くの人員を使って誘拐するなり、脅して従わせたりなどしてな。だが、魔獣も一緒となるとそうはいかない」
魔獣は人を襲う習性を持っており、人が近づけば襲ってくるケースが多い。そんなリスクも承知で魔獣も一緒に誘拐するメリットはどこにもない。
「これは人為的な神隠しではあるけど、人間の力で行った神隠しじゃない。何か特異な力、それこそ《古代遺物》の力で起きたものだと思う」
エドは《庭園》が《古代遺物》を用いて、今回の事件を起こしたのではないかと考えた。メルキオルのナイフとボム、オランピアのイシュタンティなど、《庭園》は他にもまだ複数の《古代遺物》を所持しているのではないかと推測する。
(だが、もしそうなら《庭園》はどうやって古代遺物を集めているんだ……)
希少の《古代遺物》を一つの組織が大量に持っていることに疑問を抱いたエドは、《庭園》の力を危惧していた。
「《古代遺物》……、だとしたら結構、面倒ね」
「えぇ。どんな効力があるのかわからないから、対策しようがないわ」
リンとエオリアは《古代遺物》が絡んでいる可能性があるとわかり、警戒心をより強くした。
「魔獣がいないんだったら、体力を温存できるし、刺客だけに気をつければいいんだから不要に警戒する必要がなくなったんじゃない。《古代遺物》が原因なら、それを何とかすれば元に戻るんでしょ? 解決策が見えたんだからラッキーだと思いなさい」
三人が考えこんでいる中、イリアは笑みを浮かべながら前向きに考えていた。
「それじゃあ、はやく砦まで行って、村の人達を助けに行くわよ!」
イリアはエドを追い越し、先陣を切って進み出した。
「あ、イリアさん! 待ってください!」
オランピアは慌ててイリアに付いて行った。リンとエオリアも慌てながら二人を追いかけた。
置いてきぼりにされて最後尾にいるエドは、その様子にため息をついて自身の懐を漁った。
「……前向きだねぇ。あんたのことを思い出すよ」
懐から取り出したものを見て、エドは苦笑いする。
エドが取り出したのは、クロスベル警察のシンボルがついた、古びた手帳だった。
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《太陽の砦》。
クロスベル自治州北東部の古戦場にある遺跡にエド一行は足を踏み入れた。
「初めて来たけど、随分古びているわね……」
「中世の時代、この地域で活動していた錬金術師が建てたらしいからな」
「そんな大昔からあったのですか……」
エド達は、辺りを警戒しながらも歴史を感じさせる古びた遺跡に、興味を持つ。
「エドさん、先程この地域で活動していた錬金術師達が建てたと言っていましたけど、何の目的で建てられたのですか?」
「わからない」
エドはオランピアの質問に即答した。
「え、わからない?」
エドは頷き、整備されていない道を慎重に進みながら、話を続けた。
「他国の歴史研究家の人が、こことマインツ山道の外れにある《月の僧院》を調査したらしいけど、わかったのは作られたのが中世の時代で、錬金術師達の手によって建てられたことだけらしい」
「まぁ、ここは道のはずれにあるし、遠目からは見えない所にあるから、皆ほとんど関心がないのよねぇ」
クロスベルに長く住んでいるイリアはそう言いながら、遺跡を眺めていた。
「私達もここまで奥には行ったことはないわね」
「えぇ。普段は立ち入り禁止になっているから」
リンとエオリアも砦に訪れたことはほとんどないらしい。
五人はその後も遺跡の奥まで進んで行き、遺跡の象徴である砦までたどり着いた。
「ここで行き止まりのようですね……」
「そうみたいだな……」
エドとオランピアは辺りを見渡し、どこかに潜んでいる刺客を探した。
しかし、時間が経っても刺客の姿はどこにも見当たらなかった。
「姿どころか、気配もないわね」
「どうなっているの?」
村から出て砦にたどり着くまで、刺客に一度も襲われなかったことに、リンとエオリアは不審を抱く。
「ん~。もしかして、エド君の実力に恐れをなして逃げちゃったとか」
イリアも今の現状に不審に思いながらも、刺客が逃げたのではないのかと予想する。
「いや、あいつらは俺達を殺そうとしているのは間違いない。実力差があるからってだけで逃げるとは思えない」
「そうですね。《庭園》で仕事の失敗は自分の死を意味していますから。逃げるという選択肢はないようなものです」
エドとオランピアはイリアの推測を否定した。
「それじゃあ、襲撃しても無駄だから静観しているとか?」
「それも考えづらいです。 正攻法での暗殺が無理なら、罠を張ったりして暗殺することだってできます。暗殺できないから襲わなかったなんて言い訳、《庭園》では通じませんから」
「自分が死んでも、相手を暗殺しろってことか? とんだブラック企業だな」
エドはそう言いながら、《庭園》の組織の在り方に嫌悪感を抱く。
「へぇ~。アンタ、結構いい勘してんじゃねえか」
「「「「「!?」」」」」
その時、五人とは違う別の声が響いた。
エドは即座に剣を抜き、声が聞こえた方向――砦の頂上を見上げる。
そこには、一人の大柄な男が立っていた。
男は紫色の髪をオールバックにして、全身に黄金の甲冑を身に着けていた。
手には頭に禍々しい角を生やした獅子の形をした巨大な斧槍があった。
「あなたは……」
「久しぶりじゃねえか。オランピア」
男は旧友との再会を喜び、声を弾ませる。
「オランピア。まさか、あいつは……」
オランピアとのやり取りから男の正体に勘づいたエドに、オランピアは頷いた。
「はい。彼もメルキオルと同じ《庭園》の幹部の一人です」
オランピアは男の正体を教え、頂上で自分達を見下ろしている男を睨んだ。
「いい顔になったじゃねえか。《
男はオランピアの顔を見て、ハハハと少し笑った。
「俺はアリオッチ。《庭園》が一つ、《
その巨体に見合うように大柄な男――アリオッチは堂々と名乗り上げた。
「まさか、幹部が直々に来るとはな……」
「まあな。メルキオルがボロボロになって帰って来るとは思わなくてな。あいつをそこまで追い詰めたのがどういう奴なのか気になっちまったんだ」
アリオッチはメルキオルを追い詰めた男――エドに視線を向けてじっくり観察していた。
「なるほど。アンタがエドか。その顔、確かにメルキオルの報告通りだな」
「お前……」
エドはアリオッチの発言に目を鋭くした。
「そういきり立つなよ。メルキオルの奴が世話になったみたいだが、これから殺し合う仲なんだ。仲良くやっていこうじゃねえか」
アリオッチはそう言いながら、ニッと優しそうな笑みを浮かべた。
「ねぇ、ここって笑うところなの? 物騒なこと言っているけど……」
「彼はいつもあんな感じですので、気にしないでください」
あまりにも場違いな笑顔を浮かぶアリオッチにどう反応していいか分からないイリアにオランピアはフォローする。
対して、エド・リン・エオリアは笑みの奥から伝わってくるアリオッチの冷たい殺気に気づいていた。
「さっき、いい勘をしているって言ってたが、襲うのをやめるように指示したのか?」
エドはアリオッチの殺気を受けながらも怯むことなく、先程の発言の真意を探る。
アリオッチはゆっくりと砦の階段を降りながら、口を開いた。
「最初に二人を中に送り込んだが、わずか数分で残ったメンバーが一斉に入っていった。こいつは最初の襲撃を短時間で蹴散らしたってことだ」
階段を下り終え、獲物を捉えた猛獣のような目でエドを見据える。
「そして、メンバー全員が入って、すぐにアンタが無傷の状態で中から出てきた。次にオランピアと他の嬢ちゃん達が慌てた様子で出てきたが、うちの奴らは誰一人として出てこなかった。つまり、アンタは傷一つ負うことなく、こっちが送り込んだ刺客を一瞬で全員倒しちまったってことだ。これ以上送ったって逆に返り討ちにあうだけだからな。折角、育てた人材を無駄にするわけにはいかねぇ」
(こいつ……)
エドはアリオッチの話を黙って聞き続けながら、アリオッチの洞察力に内心驚いていた。
アリオッチは外から宿を眺めていただけなので、宿の中で何があったのか知っているはずがない。
しかし、襲撃してからエド達が外に出て来るまでの時間や、その時のエド達の身なりや表情から、まるで見ていたかのように宿の中で起きた経緯を言い当てたのだ。
(暗殺者っていうより、武人の方がしっくりくる。こんな男がなぜ《庭園》に……)
エドはアリオッチの素性に疑問を浮かべながらも、構えを崩さず、いつでも迎え撃てるようにした。
「ククク……そう警戒すんな。今日は戦いに来たわけじゃねぇ」
「何?」
怪訝そうな顔をするエドから視線を外して、先程まで立っていた砦の頂上に振り向く。
「メルキオルが言ってただろ、ゲームだって。初っ端から、ボス戦なんてつまらないだろうってあいつがほざいていてな。ゲームに参加しない代わりに
(……ボス?)
オランピアはアリオッチの発言に引っ掛かりを覚えた。
その時、砦の頂上から淡い紫色の光が放たれた。
頂上には紫色の水晶のようなものが置かれていた。アリオッチの後ろに隠れていたため、エド達は気づくことができなかった。
「あの光……、あれが神隠しを引き起こした《古代遺物》か?」
エドはイリアが夜中に見た光だと確信し、アリオッチを問い詰める。
「あぁ……、といっても神隠しはついでで本番はここからだ」
水晶は先程よりも強く輝き、一本の光が空の上へと放たれた。
光は砦の周辺を覆うように広がっていった。
「な、何が起きたの!」
「エドさん。これは……」
「っ! お前、いったい何をした!」
突然の出来事に驚きながら、この状況を引き起こしたであろうアリオッチを睨みつけるエド達。
「俺がやったんじゃねぇぜ。条件が整ったことで《古代遺物》がその力を発動したんだ。そら、出て来るぞ」
すると突然、何もない空間が歪み始め、そこから何かがぬるっと出てきた。
出てきたのは全長五アージュはあるかくらいの巨大な扉だった。
扉は黒く、外装はまるで顔のようなものが描かれていた。
「何、あの扉?」
「大きい……」
「近づいちゃダメよ」
「二人は後ろに下がってください」
明らかに普通じゃない扉に動揺を隠せないイリアとオランピア。
リンとエオリアは二人を下がらせ、武器を構える。
しかし、エドは目を見開きながら、扉をじっと見つめていた。
「バカな……あれは……」
信じられないと言わんばかりにエドの声が震えていた。
エドは目の前の扉に覚えがあった。
それはまだアルテリア法国にいた頃、おじいちゃんからもらった聖典を読んだときに載っていた。
『かの門は歪にして堅牢。生者と亡者を隔てる関所なり……』
「
聖典に記されている挿絵とまったく同じ外装にエドは扉の正体を見抜いた。
ギィイイーーっと門は独りでに開き、そこから全身真っ黒な人の形をした魔獣、いや魔物が出てきた。
魔物は一体に留まらず、門から次々と出てきた。
「あの《古代遺物》はな、吸収した人間、魔獣の魂を生贄にして、それを糧に煉獄門を現世へと呼び起こす代物だ」
アリオッチは魔物の存在を確認し、エド達の方に顔を向けた。
「今回のゲームはいたって簡単。魔物の群れをかいくぐりながら、あの水晶の所までたどり着き破壊することだ」
ゲームのルールを説明した後、アリオッチはまたニコッと笑う。
「そんじゃ、ゲームスタートだ。簡単に死んでくれるなよ」
次回、第12話「《炎の舞姫》」
お楽しみください!