英雄伝説外伝 金の軌跡   作:魔ギア

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第百十一話 追想 焦り 絶叫

「ぐぅ……、うぅ……」

 

 うつ伏せで地面に倒れ込んでいたエドは身体を持ち上げる。頭を振って意識を覚醒させたエドは顔を上に持ち上げた。

 

「分断されたか……」

 

 デュバリィによって落とし穴に嵌まったことを思い出したエドは顔を歪ませる。敵の拠点で分断されるのはまずい。一刻も早く合流しようと、エドは早速、動き出した。

 

「セリス! どこにいるんだ!」

 

 落とし穴に落ちたのは自分だけじゃない。《鉄機隊》の二人にセリスも巻き込まれていた。辺りを探索して彼女たちを探し始めるエド。落ちる前に近くにいた誰かを掴んだ。少なくとも一人は近くにいるはずだ。そう考えていた時、小さな足音が近づいてきた。

 

「! セリスか?」

 

 音がした方に振り向くエド。そこにいたのは……

 

「残念。私よ」

「お前……」

 

 そこにいたのは《鉄機隊》の一人。今、二人がいる教団ロッジで共に地獄を生き続けた少女――《魔弓》のエンネアがそこに立っていた。

 

「周りを探したけど、アイネスたちは見当たらなかったわ。たぶん、彼女たちとも分断されたと思うわ」

「そうか」

 

 エドは《魔眼》を開いて、周囲を見渡す。暗がりで見えづらい光景にエドは目を凝らす。

 

「見つけた。どうやら、セリスたちは二人で行動しているな」

「本当なの?」

「あぁ。俺たちよりもさらに下に落ちたみたいだけど、どうやら無事のようだな」

 

 透視能力で壁をすり抜けて、セリスとアイネスの姿を捉えたエド。今度は上を見て、オランピアたちの姿を確認しようとするが、彼女たちの姿はどこにも映らなかった。

 

「オランピアたちは先に進んだみたいだな」

「そう。それで、これからどうするの?」

「行くしかないだろう。このままじっとしても仕方ないし。もしかしたら、途中で合流できるかもしれないからな」

「そうね。それじゃあ、行きましょう」

 

 二人は肩を並べて奥の道を進む。エンネアは時々、エドの方をチラチラと見ながらも、すぐに前に視線を戻して先に進む。

 

(オランピアの奴、大丈夫なのか?)

 

 一方でエドはこの場にはいないオランピアの安否を気にしていた。セリスのことももちろん心配していたが、彼女のことを一番よく理解しているため、そこまで心配はしていなかった。それはオランピアにも言えることなのだが……

 

(あいつ、幽霊とかそういった類いが苦手だったような……)

 

 思い出すのはレグラムに滞在していたときのこと。《庭園》によって引き起こされた幽霊騒動の話を耳にしていた時、彼女の顔が真っ青になっていたのを思い出していた。

 

(一緒に寝てくれって駄々を捏ねていたくらいだからな……)

 

 しかも彼女と一緒にいるのは、同じく幽霊が苦手なビビりのデュバリィ。彼女と行動を共にしてさらにパニックになっていることも考えられる。

 

(何事もなければいいんだがな……)

 

 そう切実に願うエドなのであった。

 

 

 そして、その肝心なオランピアたちはというと……

 

「ギャァアアアアアアアアア!!」

 

 ヒュンッと風が通り過ぎると同時に魔獣が斬り裂かれる。一瞬で一刀両断したデュバリィだが、魔獣の様子を確かめることなく、すぐさま先へと進んでいった。

 

「イヤァアアアアアアアアア!!」

 

 ドンッと正面から魔獣に激突するオランピア。だが、吹き飛んだ魔獣など目もくれず、すぐさま先へと進んでいった。

 

「ま、ま、ま、まだ、付いてきてますわぁ~~~~!!」

「来ないでください~~~~!!」

 

 時々、後ろを見て、すぐに顔を前に戻すオランピアたちはシャイニングポムも顔負けするくらいの速度で逃げていた。そんな彼女の後ろにいるのは……

 

「というか、なんで骨が独りでに動いているのですの~~~~!!」

「や、やっぱり、あれなんですか?! やっぱり、ゆう……」

「シャラーーープ!! その先は絶対に言うんじゃありませんわ!!」

 

 エドたちとはぐれた所から、全身骨だけの骸骨が彼女たちの後ろを全力で追いかけていた。両手を前にして何かを持っていたが、あまりの恐怖に見ることもできない。

 

「と、と、とにかく、まずはスヴェルトたちとの合流が先ですわ!」

「は、はい!」

「教会ならお祓いの一つや二つ、持っているに違いな……、え゛っ……」

 

 デュバリィはもう一度、後ろに付いてくる骸骨を確認して言葉を失う。骸骨の足が崩れ、形を変えていた。二足歩行だった足はあばらの骨も使って四足歩行へと姿を変えて加速する。

 

「「イィィヤァアアアアアアアアア!!」」

 

 恐怖が臨界点を突破したのか、二人はさらに加速して骸骨との距離を徐々に広げていく。もはや、彼女たちの頭にはエドたちの安否など考えていなかった。今は一刻も早く、後ろから追いかけてくる存在から遠ざかりたい一心だった。

 彼女たちは必死のあまり気づかない。少しでも冷静さが残っていれば、そんな無駄なことをする必要などないということを。骸骨は四足歩行でオランピアたちに近づく中、手に持っている物は変わらず、オランピアたちの方へと向けていた。骸骨が持っているのは四角い白のプラカード。両手で持つサイズのそれには字が書かれていた。一字一字綺麗な字で書かれており、右下には何やらサインのようなものを残して、こう書かれてあった。

 

 

 

 

 これは私が用意した使い魔。これを使えば、はぐれた仲間ともすぐに合流できるわ。

 

 ヴィータ・クロチルダ♡

 

 

 ~~~~~

 

 

「ん?」

「どうした?」

「いや……、さっきオランピアの声が聞こえたような……」

「気のせいではないのか?」

「まぁ、それもそうだな」

 

 一方、エドとはぐれたセリスはアイネスと共に奥の道を進んでいった。互いに武器を構えて、迫り来る魔獣を次々と蹴散らしながら、暗い道を歩いて行った。

 

「しかし、何もねぇな。床も壁も埃まみれじゃねぇか」

「そうだな」

「出てくんのも魔獣ばかりだし。誰もここを使ってねぇのか?」

「そうだな」

 

 周囲を見回しながら愚痴り続けるセリスに対して首を縦に振るアイネス。二人は顔を合わせずに探索を続けていた。

 

(は、話しづれぇ……)

 

 静かすぎる空気に居たたまれないのか、セリスは声を出さずにそう呟く。

 自分は騎士団の所属で、向こうは結社の所属。本来は敵対関係であるから、仲良く話し合えるような関係ではない。だが、今の重い空気を続けてまで頑なに話さないほど、セリスは我慢強くはない。

 

(見るからに武闘派だよな。女の趣味とか、あんまり興味がなさそうだな)

 

 横目でアイネスを観察するセリス。だが、さすがに見られているのに気づいたのか、アイネスはセリスの方に顔を向ける。

 

「なんだ?」

「え! い、いや、別に……」

 

 気づかれて、すぐに顔を逸らすセリス。その様子をじっと見つめるアイネスは察したのか、自ら口を開く。

 

「聞いてもよいか?」

「な、なんだよ」

「貴殿はエドワード殿と付き合っていたと聞いているが、それは本当なのか?」

「ぶっ!!」

 

 思わず息を吹いてしまうセリス。まさか、そんな質問をしてくるとは。セリスの顔は見る見るうちに赤く染め上がる。

 

「そ、そ、そうだけど、何か文句あるか?!」

「いや、特にない。ただ、少し気になっただけだ」

「な、なんで気になったんだよ」

 

 新たなるライバルの出現か。セリスは警戒しながらアイネスの返事をじっくりと待つ。

 

「エンネアが彼のことを気にしていたのでな。どうやら彼とはこのロッジで知り合った仲だそうだ」

「なっ、ま、マジか!」

 

 意外な接点にセリスは驚愕する。自分やオランピアにはない清楚さとお淑やかさがある青髪の弓使い。まさか彼女が教団被害者であったとは。しかも、エドと同じこのロッジに収容されていたなど予想外だった。

 

「エドはそのことを知ってんのか?」

「エンネアが言うには知っているそうだ。それを態度で出していないから、最初は知らないと思っていたようだが……」

「そ、そうか……」

 

 拭いきれない焦燥感を抱くセリス。エドと件のエンネアはこの場にはいなかった。ならば、二人は別のところで行動を共にしている可能性がある。

 

オランピア(あいつ)だけでも頭抱えてんのに、これ以上、増えてたまるかっての!)

 

 とにかく、一刻も早くエドと合流する必要がある。意気込んだセリスはアイネスと共に奥へと進んだ。

 

 

 ~~~~~

 

 

 そして、エドとエンネアは手を繋ぎながら、暗い道を静かに歩いていた。

 

「何もない?」

「今のところはな」

 

 二人は現在、明かりのようなものを持っていない。だが、エドは《魔眼》を発動することで暗闇の中を淀みない足取りで歩んでいた。一方で、エンネアは《魔眼》を持っていないため景色が何も見えずに身動きが取れかった。そこでエドは彼女を先導する形で引き連れているのだ。

 

「ごめんなさいね。手を煩わせて」

「気にすることじゃないだろう」

「そう? 噂の彼女さんが今の私たちを見たら、妬いちゃうんじゃない?」

「手を繋いでいるだけだぞ? しかも、状況的に仕方がないんだから、あいつも納得してくるはずだ」

「そういうことじゃないと思うんだけど……」

 

 彼女がいたのに、いまだ乙女心をわかっていないエド。少し的外れな答えにエンネアは困ったように笑みを浮かべる。

 

「もう一人のあの娘はどうなの?」

「オランピアのことか?」

「えぇ。あの娘もあなたのことを慕っているから、彼女さんと同じような反応をするんじゃない?」

「いや、ないだろう。年が結構、離れてるんだぞ。せいぜい兄を取られたって考えるだけだろう」

「ふぅ……、二人も大変ね。その様子じゃ何も考えていないみたいね」

「考えていないって何がだよ」

「そうね……。例えば、二人に別々の約束をしていたりしている?」

 

 エンネアの問いにエドはメルカバでのことを思い出す。

 

「あぁ。したな」

「どんな約束?」

「まぁ、月に一度、会ってくれってのと、一緒に旅を続けようっていう約束だな」

「……ハァ。本当に何も考えていないのね」

 

 頭を抱え込むエンネアに首を傾げるエド。この様子では本人は気づいていないようだ。そして、彼が別の約束をしていることに彼女たちにも伝えていないのだろう。

 

(もしも知ったら、どうなるのかしらね……)

 

 少なくとも目の前で首を傾げている彼は無事ではすまないだろう。エンネアは彼の将来の身を案じる他なかった。

 

「……明かりだ」

「え?」

 

 エンネアは前を見る。すると、松明が壁に掛けられており、それによって照らされる曲がり角がはっきりと見えた。

 

「……慎重に進むぞ」

「えぇ」

 

 手を放して武器に手をかける二人。音を立てずにゆっくりと壁沿いで進み。勢いよく曲がり角へと曲がる。

 

「っ!」

「ここって……」

 

 二人は警戒を落とすことはなかったが、目を少し見開いた。壁に松明が列をなして掛けられており、先の道がはっきりと見えた。今まで通った道と何ら変わらない三叉路。だが、その道にエドたちは見覚えがあった。

 

「……お前が助けてくれた場所か」

 

 レグラムの夜で見た夢。母に抱え込まれ、追っ手の祭司から逃げる際に幼かったエンネアが助けてくれた三叉路。夢で見ていた光景と寸分違わない光景がそこにあった。

 

「……本当に覚えていたのね」

 

 お淑やかだった雰囲気が消え、儚げに笑うエンネアにエドは首を横に振る。

 

「いや、残念だけど、ここで暮らしていた時のことは何も覚えていない。お前のことは単に夢で見ただけだ」

「夢?」

 

 エドは頷いて、自身の目に指を指す。

 

「俺の《魔眼》はどうやら力が上がっているらしい。その力でお前の過去を見ちまったんだろうな」

「その時から、力が上がっているの?」

「自覚したのはここ最近だ。だが、上がるようになったのは、レグラムでの戦い後だろう」

 

 きっかけは《ローエングリン城》でのシモンとの一戦なのだろう。あの戦いの後に初めて過去視が発動した。おそらく、あの戦いをトリガーに出力が上がったのだろう。

 

「それ以降も、他人の過去を見たことがあったからな。たぶん間違いないと思う」

 

 ノルドで見た吸血鬼アルフォンスの過去。最初は彼が見せたものだと思っていたが、彼はそれを否定した。そうなると《魔眼》の力で見たとしか他に考えられなかった。

 

「大丈夫なの?」

「なにが?」

「力が上がっているって、ただ事じゃないわよ。さっき聞いたあなたの話だと、その眼は……」

「あぁ。聖典にも記されていない七十八柱目の悪魔。最強の魔王が持つ眼だ」

「なに、平静を装ってるの! その眼が強くなっているってことは、あなたは少しずつその魔王の器に近づいているってことじゃないの?!」

 

 本来、劣化品の《魔眼》を持つエドは魔王の器になることはない。魔王の器となりえるのは、《原初》の《魔眼》を持っているシモンだけだ。だが、エンネアの懸念通り、もしも劣化品だった《魔眼》が《原初》と同等の力を手にすれば、エドもまた魔王の器になりえる可能性がある。

 

「そうだろうな。エデン村で会ったサターンは俺を器だって言っていたからな」

「お願い。その力をこれ以上使わないで。もしも、あなたに何かがあったら……」

 

 小さかった頃に自分を何度も助けてくれた恩人。その恩人が人でない何かになってしまうのではないかとエンネアは悲痛な声を上げる。

 

「私だけじゃない。あの娘たちだって同じ気持ちよ。どうせ、あの娘たちには伝えてないんでしょ?」

「《魔眼》の力が上がっているのは伝えた」

「それだけでしょ!? 肝心なことを伝えないでどうするのよ!?」

 

 切羽詰まった声でエドに迫るエンネア。その姿に罰悪そうに顔を背けながら、頭をかく。

 

「この力を使わないことが最善だっていうのは当然わかってる」

「だったら!」

「だが、そういうわけにはいかない。少なくとも、シモン先生との戦いでこの力を使わないわけにはいかないんだ」

 

 シモンの《魔眼》が持つ未来改変能力。その能力を発動する兆しを見ることができるのは、エドの《魔眼》だけなのだ。

 

「それに心配すんな。俺は魔王になるつもりなんかない。そんなもんになってたまるかっての」

「あなた……」

 

 エドの様子にエンネアは言葉を失う。彼の顔には諦観した様子など、どこにもなかった。

 

「俺には帰らなきゃいけない場所がある。約束した奴らがいる。そいつらを裏切るようなまねは絶対にしないし、させない。それを邪魔するってなら、容赦なく叩き斬る。阻む奴が誰であろうと関係ない。暗殺者だろうが、魔王だろうが、それこそ女神だろうが斬り捨てる。……これは、俺が、俺自身にかけた約束なんだ」

 

 ガイに救われ、絶望から立ち上がったエドはそう自身に誓ったのだ。そして、今はそんな自分を助けようと一緒に戦ってくれる人たちがいる。だから――、

 

「だから、俺は絶対に諦めない。《庭園》を倒して、シモン先生も倒す。そして、魔王を封印して、俺は帰る」

「……そう」

 

 エドの決意を目の当たりにしたエンネアは、ため息を吐きながらも静かに笑みを浮かべていた。

 何も変わっていない。このロッジにいた時、最後まで諦めずに自分たちを守ってくれた小さかったあの頃と何も変わっていなかった。

 当然、まだ不安はある。本当なら引き止めたい。だが、彼ならば大丈夫だと思っている自分がいる。

 

(……それに彼はもう一人じゃない)

 

 あの時、自分は手を差し伸べることができなかった。ボロボロになる彼を助けることができなかった。だが、今の彼はあの時とは違って、たくさんの人が手を差し伸べている。彼の支えになっている。その中で彼を一番支えているのは……

 

(あの娘たちが羨ましいわね)

 

 今、この場にはいない二人を思い浮かびながら、肩をすくめるエンネア。自分よりも先に彼を支えている二人に少し嫉妬を覚えているのであった。

 

「わかったわ。これ以上は何も言わない。でも、可能な限り、その眼の力は控えなさい」

「努力する」

「絶対よ? でなかったら、お姉さん、泣いちゃうわよ?」

「卑怯な脅しだな。っていうかお姉さんって……、同い年だろう、俺たち」

 

 どう対応すればいいのかわからず困惑するエド。その姿にエンネアは思わず口を押えて笑ってしまうのだった。

 

 そんな束の間、遠くから強烈な爆発音が響いた。壁や地面に振動して響いた爆音に二人の目つきが鋭くなる。

 

「今のは?」

「どうやら、もう押っ始めてるようだな」

 

 二人は頷き、同時に足を蹴る。全速力で走る二人はいまだ止まぬ音を耳にしながら、奥へと進むのであった。

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