英雄伝説外伝 金の軌跡   作:魔ギア

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第百十二話 望まぬ再会

 鳴り響く爆発音を頼りに奥へと進むエドとエンネア。二人が辿り着いた最奥は薄暗い大きなフロア。冷たい風が吹いており、風を乗ってひどい悪臭がエドたちの鼻を突き刺す。

 

「ひどい臭いね」

「あぁ。だが、この臭いは……」

「やっほー♪ やっと来たね」

 

 顔を顰める二人だったが、その時、軽快な声がフロアに響きわたる。エドたちは声がした方に視線を向けて、その眼光を鋭くする。

 

「……メルキオル」

「一番乗りだね、エド君。待っていたよ」

 

 フロア端の高台から足を組んだメルキオルがそこにいた。エドとエンネアを交互に見たメルキオルは薄い笑みを浮かべて、高台から飛び降りた。

 

「ふ~ん。ボスが言っていたけど、本当だったんだね。用意した甲斐があったよ」

「何の話だ?」

「君と一緒にいる、そこのお姉さんだよ。ボスに聞いたよ。君と同じ、このロッジで育った子なんだって? そして、その子のおかげで君と母親はこのロッジを抜け出せた」

「どうしてそれを……」

「《魔眼》の過去視か。とすると、俺たちが通った道は……」

「うん。僕が用意したんだよ。気に入ってくれたかな?」

 

 楽しそうに語るメルキオルに不快感を覚えるエドたち。いつでも跳び込めるように足を踏み込む。

 

「エド!」

 

 その時、別の入り口からセリスたちが出てきた。エドの姿に笑みを浮かべるセリスだったが、メルキオルの姿を見た瞬間、顔色を変えて法剣を抜いた。

 

「エンネア、大事ないか?」

「えぇ、こっちは問題ないわ」

 

 一方で、セリスと行動を共にしたアイネスはエンネアと合流する。

 

「二番手は君たちか。となるとオランピアが最後になるのか。う~ん、ちょっとやりすぎちゃったかな?」

「どういう意味だ?」

「いやね、オランピアの所には特別にたくさん罠を設置したんだよ。魔獣もたくさんいるから、二人だけじゃ厳しいかもしれないね。……いや、もしくはとっくに逝っちゃったかな?」

 

 顔を険しくするエド。腰を低くするのを見たメルキオルは打って出ようとナイフを抜く。その時――、

 

「「――ぁぁぁああ――」」

 

 遠くから届く声に全員が固まる。何事かと声がしたであろう入り口に視線を向ける。

 

「「――ゃぁぁぁぁぁ!!」」

 

 声が近づいてくる。奥から聞こえる絶叫と悲鳴が木霊する。

 

「「いぃぃぃやぁぁあああああ!!」」

 

 そして、奥からオランピアとデュバリィが一斉に飛び出してきた。二人は前を見ないで全速力で走り込んできた。

 

「ごふぅぅううっ??!!」

 

 走っていた二人は正面に佇むメルキオルに衝突する。対応できずに直撃してしまったメルキオルは息を吹き出し、高台の壁まで大きく吹き飛ばされてしまった。

 

「「「「…………」」」」

 

 あまりのことに言葉を失ったエドたち四人。走り終えて、乱れた呼吸を整えるオランピアたちはエドたちの姿を見て、すぐに駆け込んだ。

 

「アイネス~~! エンネア~~!」

 

 二人に抱きつき、下から覗き込むように見上げるデュバリィ。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている顔に二人は少しドン引きしていた。

 

「エドさ~ん!」

 

 一方でオランピアもまた、エドに正面から抱きつく。予想していたのか、エドはため息を吐きながら、そっと頭を撫でるのであった。

 

「お前ら、無事だったんだな。罠がたくさん仕掛けられていたみたいだけど、大丈夫だったのか?」

「そ、そんなものは知りません。あ、"あれ"に逃げるのに必死で……」

「"あれ"?」

 

 首を傾げるエドたちだったが、オランピアたちが来た入り口から再び足音が響く。全員が振り向き、入り口から出てきた"あれ"を目にする。

 

「ぎゃああああああ!! 来たぁあああああ!」

 

 四足歩行の骸骨の登場にデュバリィはアイネスの身体にしがみつく。おんぶしているかのようにしがみつかれ、少し鬱陶しく思いながらもアイネスはそのまま骸骨に注目する。

 

「……おい、デュバリィ」

「ア、ア、ア、アイネス! そいつを何とかしてください~~! 白状します! 私、こういうのはダメなのです~~! お、お助け~~~~!!」

「離れろ、デュバリィ。それによく見ろ。この骸骨が持っているものを」

「……へ?」

 

 デュバリィはアイネスに隠れながら、そっと骸骨に視線を向ける。なるべく顔は見ないで、骸骨が持つ白いプラカードに注目する。

 

 

 これは私が用意した使い魔。これを使えば、はぐれた仲間ともすぐに合流できるわ。

 

 

ヴィータ・クロチルダ♡

 

 

「フンッッ!!」

 

 神速の一撃が骸骨を両断する。いつの間にかアイネスから離れたデュバリィは息を荒くして、粉々になった骸骨を踏みつける。

 

「まっぎらわしいですわ!! 使い魔というのなら、もうちょっと可愛いのにしてくださいまし!」

 

 鬱憤を晴らしたいのか、そのまま踏み続けるデュバリィ。それに呆れた表情で見るエドは近くにいるエンネアに声をかける。

 

「なぁ、あの骸骨って、お前らが用意したのか?」

「えぇ。クロチルダ様からもらったものよ。落ちる前にあの娘に送ったのだけど、逆効果だったみたいね」

「まぁ、結果オーライでいいんじゃないか? おかげで罠を全部掻い潜ってきたみたいだし」

 

 二人の持ち前のスピード。お化けといった類いへの恐怖心。そして、迫り来る骸骨。この三つが奇跡的に相乗効果をもたらした結果、オランピアたちは無傷でメルキオルの罠を突破して見せたのだ。

 

「イテテ……、まさか無傷で来るとは、ちょっと予想外だったかな」

 

 一方、オランピアたちに吹き飛ばされたメルキオルは背中からくる痛みに耐えながら、ゆっくりと立ち上がる。その顔はあいかわらず笑みを浮かべていたが、少し怒りのようなものを感じ取れる。

 

「これはちょっと、お仕置きが必要かな?」

 

 メルキオルは悪戯顔でデュバリィを見ながら指を鳴らした。

 

「この! 二度と動かないようにしてやりますわ!」

 

 デュバリィは立ち上がったメルキオルに気づかぬまま、いまだに骸骨を踏み続けていた。すでに骨は粉状に粉砕しており、原型など留めていなかった。

 

「おい、デュバリィ。そのへんに……」

「うるさいですわよ! この怒りが収まるまで、この骨をっ!」

 

 そういって再び、骨を踏みつけようとした瞬間、地面から手が生えてきてデュバリィの足をガシッと掴んだ。

 

「ギャァアアアアア!! て、手ぇえええええええ!!」

「デュバリィ!」

 

 拘束されて暴れるデュバリィをアイネスとエンネアが両サイドから彼女の腕を掴む。そして、そのままデュバリィを引っ張ると掴んだ腕も引っ張られ、地面から頭、胴体とその姿を露わにした。

 

「ひ、人っ!?」

 

 顔を青ざめるエドにしがみつくオランピア。すると、周囲に変化が起きる。

 手、足、顔が地面から這い出て、次から次へと人が地面から出てくる。

 

「ゾ、ゾ、ゾ、ゾンビィィィィイイイイ!!」

 

 デュバリィの恐怖心は限界値を振り切っていた。今度はエンネアに飛びつき、彼女の身体をがっつりホールドする。そして、オランピアも涙目になりながらエドに抱きつき、離れようとしなかった。

 

「こいつら、どっから出てきてんだよ!」

 

 セリスは目の前の光景に唖然とするも、すぐに臨戦態勢をとる。エドもオランピアに抱きつかれながらも剣を構えて、メルキオルの方へと睨みつける。

 

「テメェ、今度は何をしやがった!」

「見ての通りだよ。死体を使って、ゾンビ兵を作ったんだよ」

「そんなもの見れば分かる! どうやって、こんだけの死体を用意できた!」

 

 パッと見ただけでも百体以上はいる。それだけを量を調達するのはかなり至難の業だ。ましてや死体。腐敗させないで持ってくるとなると、その難易度はさらに跳ね上がる。

 

「別にそんな難しくはないよ。この死体たちは最初からここにあったんだから」

「最初から?」

 

 メルキオルの発言にエドは疑問を生じる。そんな中、デュバリィにしがみつかれていたエンネアが目を泳がしていた。

 

「そ、そんな……、この子たちって……」

「エンネア?」

 

 動揺を隠せないエンネアにアイネスは凝視し、エドたちも彼女の様子に気づく。

 

「あぁ、そういえば、君もここの出身だったね。じゃあ、見知った顔がいてもおかしくないか」

「見知った顔だと?」

「エンネア、どういう意味だ?」

「この子、この子たちは……」

 

 呂律が回らないエンネアは何とか落ち着きを取り戻し、静かに告げる。

 

「……この子たちはこのロッジに誘拐された子供たちよ」

「なんだとっ!!」

 

 エドたちは地面から這い出てきたゾンビたちに注目する。よく見れば、出てきたゾンビたちは全員、十歳をいくかいかないかの子供たちだけだった。

 

「ここはね、儀式に失敗して使えなくなった子供たちを処分するゴミ捨て場のようなところだよ。だから、この下にはここで犠牲になった数だけの子供たちが眠っているんだよ。それを叩き起こしただけだよ」

「こんの、外道! 死者の身体を弄ぶなんて、とんだ罰当たりなことを!!」

 

 恐怖よりも怒りが勝ったか、エンネアから離れたデュバリィは義憤を燃やして、メルキオルに突っかかる。

 

(おそらく、あれも《古代遺物》の類い。ならば、どこかにそれを身に付けているはず)

 

 死体を操る《古代遺物》を探そうと《魔眼》を使って、メルキオルを調べるエド。その視線に気づいたのか、メルキオルは薄気味悪い笑みを見せる。

 

「あはっ♪ なになに? そんな真剣な顔で見つめちゃって。もしかして、エド君ってそういう趣味があったのかな?」

「くだらねぇことを言ってんじゃねぇ。叩っ切るぞ」

「怖い怖い。《古代遺物》を探してるんでしょ? でも、残念。これは《古代遺物》の力じゃないよ」

「なに?」

「ふふふ……、みなさ~ん、どうぞ、上にご注目くださ~い」

 

 メルキオルに促されて全員が顔を上げる。そこには鎖のようなもので縛り付けられた黒い棺桶が三つもぶら下がっていた。

 

「……エドさん」

「わかってる」

 

 エドは《魔眼》で棺桶の一つを凝視する。透視能力を使って、棺桶の中を覗き込む。

 

「人? いや、こいつは」

 

 中に入っていたのは十歳前半の少年。だが、エドはその少年から感じる気配に違和感を覚えた。

 

「この感じ……、まさか……」

 

 少年から漂う気配。それはノルドで出会った"彼"と同じものだった。

 

「気づいちゃった? そう、あの中にいるのは吸血鬼。正確に言うと半吸血鬼だね」

「は、半?」

「人間と吸血鬼の子供だよ。君たちも知ってるだろう? ノルドであった吸血鬼。その子供だよ」

「アルさんのっ!」

 

 オランピアは目を丸くして棺桶を見てしまう。

 たった一人の少女のために二百年もの間、孤独に生きた男。ノルドの遺跡に自ら閉じこもり、自身の中にいる吸血鬼と戦い続けた者。吸血鬼になった元人間――アルフォンスの子供が入っていると知り、彼を知っている者は驚愕をあらわにする。

 

「そういえば、あのダラートとかいう吸血鬼が言っていたな。あの人のお子さんは悪魔を崇拝する教団に連れ去られたとかどうとか」

 

 二百年前から存在していた悪魔信仰の教団。そんなものは一つしかない。

 

「《D∴G教団》が壊滅したときに密かに回収していたのか」

「そうだよ。ボスがここじゃない旧ロッジで拾ってきたんだよ。吸血鬼だって聞いたときは本気で驚いたよ。まさかお伽噺に出てくる怪物と直接会えるとは思わなかったからね」

「まさか、お前らがノルドに訪れたのは……」

「あの子を経由して、父親の存在を知ってね。ボスが力を使って、あの場所を特定したんだよ。まぁ、あのゴミが全部台無しにしちゃったけどね」

「ゴミ?」

「ギースのことか」

 

 あの場でメルキオル以外にいたのは、グランの身体を乗っ取っていたギースだけだった。

 

「なんだ、もうバレちゃったんだ。まったく、最後の最後まで使えないゴミだったね」

「その言い方だと、あいつとは随分と長い付き合いだったみたいだな」

「まぁね。二年前にあいつを殺したのは僕だからね」

「なに?」

 

 エドは眉を潜めながら、メルキオルを見つめる。同時にセリスが前に出て、メルキオルに食いかかる。

 

「おい! それって、まさか、エドに罪をなすりつけた事件のことか?!」

「うん。あの時、あのゴミからエド君を殺すように依頼されていたんだよ」

「な……」

「正直、気が乗らなかったんだけど、ボスからのオーダーもあったからね。仕方なく、引き受けたふりをしたんだ」

「シモン先生からのオーダー?」

「エド君が犯人であることを強固にするためにアリバイ工作をしろって言われてね。何にしようかなって悩んでいたときに面白いことを思いついちゃったんだ」

「それがギースの殺しか」

「君とはそこのおチビちゃんのことで因縁があったからね。動機は十分にあったからね。そこに君が殺した証拠を用意すれば、君の犯人説は完成すると思ったんだよ」

「証拠……、先生を刺した俺の太刀か」

「先生に頼んだら、すぐに貸してくれたよ。いや~、あの時は爽快だったよ。なぜって困惑しながら、死に追い詰められるあのゴミの絶望した顔。今でも思い出すよ」

「あいつの身体に切り傷が大量にあったのは、それが理由か」

 

 追い詰めるところまで追い詰めて、最後に殺す。残酷とも言うべきメルキオルの所業に嫌悪感を抱かずにはいられなかった。

 

「話が逸れちゃったね。何話してたっけ? あぁ、そうだった。とにかく、ここにいるゾンビたちはあの吸血鬼の力で操っているって話だよ。これ以外と便利でね。実際に見たけど、どうやら生前の力をそのまま使えるみたいでね。」

「見た……。まさか、あの爆発は……」

 

 ここに来る前に聞こえた爆発音。その正体を探ろうとメルキオルに問い詰めようとエドは前に出た。

 

 

 ドォオオン!

 

 

『っ?!』

 

 すると、突如、上から何かが落ちてきた。強い衝撃で砂塵が舞う中、徐々に晴れていき姿を現す。そこにいたのは……

 

「う、ぐぅ……」

「ク、クロチルダ様!」

 

 紺碧のドレスのようなものを纏った杖を持った美女。《身喰らう蛇》第二柱、ヴィータ・クロチルダが瀕死の状態で倒れていた。

 

「……あら、遅かったわね。あなたたち」

「そ、そんなことよりもその怪我はっ!」

「私の心配より、今は自分の心配をしなさい。……来るわよ」

 

 何が、と訪ねようとしたその時、頭上から火球が落ちてくる。全長十アージュを越える巨大な火球はそのままエドたちに向かってきた。

 

「――斬っ!!」

 

 エドは剣を抜き、火球を切り裂く。火球は半円となって二つに切り裂かれ、消滅する。

 

「さっすが、エド君。お見事だね」

 

 拍手を贈るメルキオルの傍に誰かが降り立つ。長い髪を下ろし、生気のない目を送る女性は宙に浮いたまま、エドたちを見下ろしていた。

 

「あの人がクロチルダ様を?」

「生気を感じ取れない。……あれも死体か」

「何者なんだ?」

 

 突然、現れた女性に警戒心を隠せないエドたち。

 

「まさか、結社の使徒をここまで追い詰めるなんてね。さすがは姉弟子って言ったところか」

「姉弟子って、クロチルダ様の?」

「えぇ、そうよ」

 

 ヴィータは杖に支えながらゆっくりと立ち上がる。その目には抑えようのない怒りと悲しみに溢れていた。

 

「あの人は数年前に行方不明になった私の姉弟子、イソラ・ミルスティン。あの人を探すために里を出たのだけれど。まさか、こんな形で……」

「《深淵》が来るって、ボスが言っていたからね。頼んだらすぐに用意してくれたんだよ。ずっと探し続けていた姉弟子に出会えてよかったね」

 

 悪びれる様子もなく微笑むメルキオルにヴィータは殺さんといわんばかりに睨みつける。だが、それよりもエドはメルキオルの発言に引っかかりを覚えた。

 

「すぐに用意した? 先生はどうやって用意したんだ。いくら来る人がわかっていても、そんなすぐに用意できるもんじゃねぇだろう」

 

 未来改変を使えば来る人物を選ぶことはできるだろう。だが、目的を確実に成功させるためなら、ロッジに誰も来させないようにすればいい。それがないということは、おそらくシモンは未来改変をしていない。ならば。シモンはどうやって行方不明だったイソラの遺体を用意したのだ? 事前に持っていたとしたら、あまりにも都合が良すぎる。

 

「簡単だよ。彼女の遺体を回収した、というふうに()()()()()()()()

「書き換えたって……、まさかっ!」

 

 エドはある一つの可能性に辿り着いた。だが、それは未来改変をも凌駕するほどの所業だった。

 

「書き換えたのか! ()()を!」

「なっ……」

「大正解!! ボスが持つ《魔眼》の力。『過去』を司る能力は過去改変! 起きてしまった事象に自分の存在を入れ込んで、過去を変える力だよ!」

 

 《原初》の《魔眼》が所有する最後の力。その能力に全員が言葉を失う。

 すでに起きてしまったことを改変してしまう能力。歴史上で起きた戦争をなかったことにすることができれば、滅ばなかった国を滅んだと結果を書き換えることができる。その気になれば、現在を自分の都合のいい世界に書き換えることだってできる。

 

「最初に聞いたときは本当に驚いたよ。でも、すごく便利な能力だったからね。ボスにおねだりして、こんなのも用意したんだよ」

 

 メルキオルは指を鳴らすと天井から二つの棺桶が落ちてきた。吸血鬼が入っているのとは違う別の棺桶。その内の一つが開き、中から人が出てきた。

 

「……え」

「なっ……」

「うそ……」

「っ!」

 

 オランピア、セリス、エンネア、そしてエドが出てきたその人の姿に目を疑った。

 出てきたのはシスターの法衣を身に纏った二十代の女性。鮮やかな黒い髪を黒のベールで隠し、その隙間から見せる蒼い瞳はエドたちを見つめていた。

 エドたちはその女性を知っている。どんなことがあっても絶対に忘れることができない女性。

 

「……母……さん」

 

 その女性にエドは無意気に口を開く。見間違えるはずがない。彼女こそエドの母、アルマ・スヴェルトだ。なぜ、彼女がここにいる。いや、そんな理由などわかりきっている。

 

「……テメェ、母さんの墓を荒らしやがったのかっ!!」

 

 冷静さを保っていたエドだったが、怒りが一気に頂点へと達した。

 

「僕じゃないよ。ボスが過去改変で棺桶に入れる前に偽物とすり替えたんだよ。聞いた時は笑っちゃったね。――毎年、墓参りしているのに肝心な中身は偽物なんだからさ」

「っっ!! テメェェエエエ!!」

 

 吼えるセリスが地面を蹴る。集まっていくゾンビたちには目もくれず、メルキオルに向かって一気に駆け上がる。

 

「死ぃぃねぇええええ!!」

 

 法剣を振りかぶって、刀身を伸ばす。怒りの炎を纏った刃はメルキオルに向かって一直線に向かう。だが――、

 

 

 パシィ!!

 

 

「なにっ!」

 

 セリスの法剣が止められた。メルキオルの前に誰かが割り込み、法剣の腹を掴んで止めてみせたのだ。

 

「くそっ、だれ……」

 

 止めた者を確認しようとするが、その者はセリスの懐に一足で近づいた。彼女を貫こうと拳を強く握りしめて、正拳を放つ。

 

「セリスっ!」

 

 しかし、そこにエドが割り込む。セリスを後ろに投げ飛ばし、剣を収めた鞘を盾にして正拳を受け止めた。

 

「がはっ!」

 

 拳が鞘に触れた瞬間、爆発が起きた。爆風に吹き飛ばされるエドだったが、すぐに体勢を立て直して、目の前を睨む。

 

「……やっぱり」

 

 エドは正面に立ち、拳を放った男の姿を見る。もう一つの棺桶から飛び出してきたその男にエドは見覚えがあった。

 エドと同じデザインの法衣を纏った男。白い髪と皺が深い老体だが、服越しに見せる無駄のない筋肉質の肉体が彼の修練の積み重ねを証明していた。

 

「おじいちゃん……」

 

 《吼天獅子》グンター・バルクホルンの従騎士にして、一番弟子。エドの祖父、《爆拳》オーバ・スヴェルトの姿があった。

 

「感動の家族の再会だよ。嬉しいでしょ、エド君」

「嬉しくねぇな、この外道がっ!」

 

 エドはメルキオルを睨みつけるが、踏み込まない。オーバがメルキオルの前に立ち塞がり、進行を封じていた。

 

「アルマさんだけじゃなくて、オーバ先生も……」

「俺対策として用意しただろうな。ふざけやがって」

 

 グンターにも劣らない実力を持つオーバ。暗殺技と爆弾と遊撃に回れるメルキオル。使徒を凌駕する高位の術を使用するイソラ。そして、存命時に教会の中で回復と結界のエキスパートとして名をはせたアルマ。そして、雑兵として現れた百を超えるゾンビ。バランスの取れた達人クラスの陣営に、エドたちは思わず身震いしてしまう。

 

「ど、ど、どうするんですの?!」

「こっちも負けちゃいないが相手が悪すぎる。負傷した使徒殿を守りながらとなると、こちらの方が圧倒的に不利だぞ」

「クロチルダ様、離脱は?」

「ごめんなさい。イソラさんが転移を妨害する術式を展開しているから無理よ。脱出するには、まずはイソラさんを何とかしないとだけど……」

 

 エドたちの中で唯一イソラと対抗できるヴィータはとてもではないが戦えない。打開策もなく、万策が尽きた。

 

「さて、それじゃあ始めようか。これでお別れだね、エド君、オランピア♪」

「舐めんなよっ!」

「絶対に諦めません!」

 

 ナイフを取り出し、メルキオルたちが一斉に襲いかかる。エドたちも武器を構えて、彼らに立ち向かう。

 

 

 

 

 

 ――そうじゃ。諦めるでないぞ、若人らよ

 

 

 

 

 

 地面から炎が噴き出る。壁と化した炎はメルキオルたちの進行を遮り、衝突を妨害する。

 

「こ、今度は何ですの?!」

 

 突然、噴き出てきた炎にデュバリィは混乱する。

 

「この……炎は……」

 

 一方、ヴィータはその炎に既視感を覚えていた。

 

「どうやら、間に合ったようじゃな」

 

 全員が呆然とする中、後ろから新たな声が届いた。

 

「ロ、ロゼさん!」

 

 振り向いた先にいたのは、かつてエドたちと共にノルドで戦ってくれた、真祖の吸血鬼にして吸血鬼狩りの少女、ローゼリア・ミルスティンだった。

 

「久しいの、オランピア。……そして、ヴィータ」

「ば、婆様……」

 

 ヴィータは気まずそうにロゼから目を逸らす。ロゼは一息、ため息を吐いた後、指を鳴らした。

 迸る炎の壁が一瞬で消え去った。ロゼは前に立ち、こちらを静かに見下ろすイソラの姿を目にする。

 

「イソラ……。このような形で会ってしまうとはの」

 

 ロゼはイソラを一瞥した後、顔をさらに上へと傾けて、ぶら下がる棺桶を凝視する。

 

「それにまだ、吸血鬼がいたとはの。存外、しぶといもんじゃ」

「ロゼさん! あの中にいるのは半吸血鬼。アルさんのお子さんです」

「なんじゃと?」

 

 一瞬、目を丸くしたロゼは再び、棺桶を見上げる。その時、彼女の目が淡く輝き、棺桶をじっと見つめていた。

 

「あの姿……、間違いない」

 

 透視の術を用いて、中を確認するロゼ。中にいる少年の姿に、ロゼは一度だけ目にした最愛の人の子供であると確信する。

 

「そうか……。生きておったのか」

 

 目を細めて俯くロゼ。彼女の顔から零れ落ちる涙にヴィータは瞠目する。

 

「…………おい、小僧」

「ん? 僕に言ってるのかな?」

「貴様、我が愛弟子だけでなく、あやつの子を道具のように扱いおって……。死ぬ覚悟はできているであろうな?」

 

 ボウッ! とロゼを中心にオーラが一気に噴き出る。オーラはフロア全体へと行き届き、地面が激しく揺れ動く。

 

「な、何ですの?!」

「何という力の奔流だっ」

「ロ、ロゼさんっ……」

 

 ロゼの威圧にオランピアたちも思わず、後ろに引いてしまう。だが、中でも驚きを隠せないのは彼女の弟子であるヴィータだった。

 

「こ、こんな婆様、見たことがない」

 

 今まで見たことがないロゼの本気の怒り。それを目の当たりにしたヴィータは一瞬、呼吸を忘れてしまっていた。

 

「ヴィータ」

「は、はい!」

「杖を貸せ。もともとは妾の物じゃ」

 

 そう言うと、ヴィータの手元にあった杖が消えてロゼの手元へと収まる。蒼く輝いていた杖は緋色に変色する。

 

「イソラと吸血鬼は妾が相手をする。お主らは他の者らと相手をするのじゃ」

「……そういうことなら」

 

 エドの視線の先にいるのは虚ろな目でこちらを見据える神父とシスター。

 

「おじいちゃんと母さんは俺が相手する」

「エドさん……」

「大丈夫だ。むしろ、俺が止めなきゃいけないんだ」

「アタシも行くぜ」

 

 エドの隣にセリスが立つ。二人はお互いに一瞥して、頷き合う。

 

「私とエンネアは周りの雑兵の対処をしよう。エンネア、やれるか?」

「えぇ。これ以上、あの子たちを苦しませるわけにはいかないわ。ここで静かに眠らせてあげなくちゃ」

 

 俯くエンネアに声を掛けるアイネス。しかし、覚悟を決めた彼女の目を見て、問題ないとハルバードを構える。

 

「では、メルキオルは私が相手をします。デュバリィさん」

「えぇ。私自身、あの外道を許すことができません。二度とできないようにボッコボコにしてやりますわ」

 

 最後にオランピアとデュバリィが後ろに隠れている男を睨みつける。こちらを見て口端を大きく吊り上げるメルキオルはナイフを口元へと持っていき、赤い刀身を舐める。

 

「それじゃあ、今度こそ始めようか。生者と死者と激しく交わる、狂乱の交響曲をね!!」

 

 高々と宣言するメルキオル。それを合図に両者は一斉に動き出すのだった。

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