英雄伝説外伝 金の軌跡   作:魔ギア

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第百十三話 生者と死者

 ロゼとイソラは示し合わせたわけもなく、垂直に浮遊する。高く高く飛ぶ二人は向き合いながら、杖を静かに構えた。

 

「――穿て」

 

 すると、ロゼの周囲に緋色の刃が現れる。刃はロゼの意志に従い、一斉にイソラへと向かった。

 対して、イソラはロゼと同じタイミングで白色の刃を放つ。甲高い音を響かせながら刃たちはぶつかり合う。まるで踊るかのように交差し合う刃の隙間を狙って、ロゼは杖先をイソラに向ける。

 

「クリムゾンランサー」

 

 緋い槍の幻影が閃光となって放たれる。向かってくる緋色の槍にイソラは障壁を張る。

 

 炸裂。

 

 生じた黒煙がイソラの姿を隠す。ロゼは目を細めたまま視線を上に上げる。両隣に巨大な火の玉を作ったイソラがロゼに向かって杖を振り下ろした。

 

 爆発。爆発。

 

 二つの火の玉がロゼに直撃する。黒煙を見据えるイソラ。いつでも撃てるように杖を黒煙に向ける。

 

「どこを見ておる」

 

 背後からの声。振り向くと同時にイソラの身体が後ろに吹き飛ばされる。突風で壁に叩きつけられた彼女にロゼは追い打ちを掛ける。

 

「――轟け」

 

 緋い光がフロアを覆う。雷光がイソラの身体を一瞬で貫いた。杖を手放し落ちてくる彼女をロゼは一瞥もせずに後ろに振り返った。

 

「そう簡単にはいかぬか」

 

 見据えた視線の先。そこにはイソラが無傷の姿で立っていた。落ちていくイソラの身体は霞となって消えていった。

 

「じゃが、時間をかけてはいられぬ」

 

 両者が一斉に杖を向ける。放たれた炎の球が激突し、強大な熱と突風を巻き起こす。

 そんな災害級の天変地異が頭上で繰り広げている中、地上ではエドが地を駆けて真っ直ぐに爆走する

 

「緋空斬!」

 

 二つの炎を瞬時に放つ。放たれた斬撃は岩のように佇むオーバに襲いかかる。

 

 ――豪っ!

 

 オーバの正拳が炎を打ち砕く。続く斬撃に今度は鋭い蹴りを突いて霧散させる。その隙を突いて、エドはオーバの背後を取った。

 

「螺旋撃!」

 

 身体を捻って威力を高めた一撃を放つ。だが、その斬撃は甲高い音とともに軌道が外れる。

 

「チッ!」

 

 オーバを守るように張られた障壁。斜めに傾いた障壁にエドの剣が上に流された。

 

「っ! アースガード!」

 

 オーバの肘が迫り、エドは咄嗟に自分とオーバの間に障壁を作る。

 

 ――爆っ!

 

 すると障壁が爆発し、エドは後ろに吹き飛ばされる。受け身を取って体勢を立て直すエドにオーバが再び接近。

 

「エド!」

 

 そこにセリスが後ろから襲い掛かる。ガラ空きになっているオーバの背中に向かって刃を放つ。

 だが、その刃はまたもや障壁によって弾かれる。

 

 ――疾っ!

 

 オーバを方向転換し、エドからセリスへと狙いを変える。セリスは伸ばした法剣を戻して、盾のように前に構える。オーバの拳が法剣に直撃し、再び爆発する。

 

「ぐあっ!」

 

 爆発で飛ばされるセリス。そこにオーバが近づき、頭上からセリスに拳を振るう。

 

「紅葉斬り!」

 

 エドの斬撃がオーバの腕を斬り裂く。宙を舞うオーバの腕。だが、オーバはそれを気にせずに、空中で身体を捻らせて蹴りを放つ。エドはセリスを抱えて咄嗟に剣で受け止めるが、触れた瞬間、またもや爆発が起きた。

 

「ぐぅっ!」

 

 エドはセリスに覆い被さりながら地面に転がる。

 

「セリス、無事か?」

「あ、あぁ」

 

 怪我がないことを確認したエドは仰向けに倒れるセリスを起き上がらせる。視線を前に戻し、片腕を失ったオーバに向き合う。

 

「とりあえず片手はもっていけたな」

「いや……」

 

 オーバは落とされた腕を拾い、斬られた場所に引っ付ける。すると切断面から淡い光が生じ、収まった時には斬られた腕がくっつき、元に戻っていた。

 

「マジか……」

「やっぱり、おじいちゃんよりも先にあっちを何とかしないとだな」

 

 オーバから視線を外し、その背後に立っている女性に目を向ける。法典のようなものを手に持ち、空いた手をオーバに向けるアルマの姿がそこにはあった。アルマの手には光が灯っており、その光は先程、オーバの傷を治したものと同じだった。

 

「母さんの守りと治癒の法術。教会一って言われるだけのことはあるな」

「それにオーバ先生の爆裂。防御なんてほとんど意味がねぇな」

 

 エドの母、アルマは教会のシスターになってから法術の鍛錬を始めるようになった。争いごとを嫌うアルマは主に結界と治癒の法術を集中的に鍛錬し、その分野においては教会の中でもトップの位置に立っていた。

 逆にオーバは法術の才能がまったくなく、発動しようにも暴発して失敗することがほとんどだった。しかし、オーバはそれを逆に利用し、攻撃と同時に暴発をわざと引き起こして、攻撃の威力を上げるという新たな戦術を編み出したのだ。オーバの拳に防御など無意味。岩だろうが、鉄だろうが、オーバの爆拳はすべてを粉砕する。

 

「まずは母さんを無力化するのが先だな」

「クソッ、敵に回ると厄介にもほどがあるぜ」

 

 エドたちは剣を構えて、オーバたちを見据える。オーバが仕掛けるのと同時にエドたちも前へと飛び出した。

 

 一方で、メルキオルとゾンビ兵と対峙しているオランピアたちは一進一退の攻防を繰り広げていた。

 

「せいっ!」

 

 ハルバードを振るい、ゾンビたちをなぎ払うアイネス。道が開けたのをチャンスにオランピアとデュバリィがメルキオルに突っ込む。

 

「シャッ!」

 

 突っ込んでくるデュバリィにナイフを突きつけるメルキオル。デュバリィは持ち前のスピードでナイフを避け、すかさずに彼の後ろに付く。

 

「もらいましたわ!」

「おっと!」

 

 背後からの一閃をメルキオルは柔軟な身体を駆使して躱す。同時に懐から爆弾を放り投げて指を鳴らした。

 

「くっ!」

 

 盾を構えて、爆風に耐えるデュバリィ。それに対して、爆風で吹き飛ばされたメルキオルはそのまま、向かってくるオランピアに刃を振るう。

 

「ふっ!」

「ヒャァ!」

 

 小太刀とナイフが交差する。メルキオルはステップするように動き回り、オランピアを翻弄する。だが、オランピアの舞踏はメルキオルの動きに対応し、メルキオルの連撃を全て捌いていた。

 

「おっと!」

 

 メルキオルは後ろに後退する。すると、頭上から一本の矢が地面を突き刺した。

 

「逃がさないわ!」

 

 イシュタンティに抱え込まれ、空から弓を構えたエンネアがメルキオルに再び、矢を放つ。バックステップで矢を躱し続けるメルキオル。その背後にアイネスが回り込む。

 

「覚悟っ!」

 

 ハルバードを振るうアイネス。ハルバードはそのままメルキオルの身体を捉え――、

 

 ――ザクッ!

 

「なっ!」

 

 間に割り込んだゾンビが盾となって、アイネスの一撃を止める。アイネスはハルバードを引き抜こうとするがゾンビの姿に一瞬、固まってしまう。そこには爆弾を口に固定された姿があった。

 

「アイネス!」

「ボーーーン!!」

 

 指の音と同時にゾンビが爆発する。爆発にアイネスは巻き込まれ、その姿が黒煙に覆われる。

 

「まずは一人……」

「舐めるなっ!」

 

 黒煙を突き抜け、メルキオルに突っ込むアイネス。迫り来る刃を軽々と躱し、後ろに下がるのだった。

 

「アイネス! 怪我は?!」

「問題ない」

 

 瞬時に守りに入っていたアイネス。髪は乱れていたものの彼女の言うとおり、ほとんど無傷の状態だった。

 

「頑丈だね~。ほぼゼロ距離だったんだけどね」

 

 メルキオルの周囲を守るようにゾンビたちが群がる。その口には先程のゾンビと同じように爆弾が咥えられていた。

 

「その子たちが何をしたっていうの。死者の身体をよくもそんなふうにっ!」

「何言っちゃってんの? 死んだらただの肉塊だよ。どう使おうが勝手じゃない」

「あなたはっ!」

 

 捨て駒のように扱うメルキオルに、普段は落ち着いているエンネアから殺気がにじみ出ていた。短い間だったとはいえ、共に地獄を生きていた子たち。その身体を弄ぶ、目の前の外道に怒りを隠しきれない。

 

「落ち着け、エンネア。不用意に突っ込めば、奴の思うつぼだ。デュバリィ、お前もわかってるな?」

「わかってますわよ! あの腐れ外道を一刻も早く、ぶった切りたい気分ですけど……」

 

 歯を食いしばって、突っ込もうとする衝動を必死に抑えるデュバリィ。その姿にエンネアは少しずつ落ち着きを取り戻す。

 

「あの男を倒すには、まずは周りのゾンビを何とかしなければならない」

「ロゼさんがきっと何とかしてくれます。それまで耐え抜きましょう」

「仕方ありませんわね。アイネス、エンネア。《星洸陣》を使いますわよ」

「承知」

「いつでもいいわ」

 

 デュバリィたち三人から薄い白銀のオーラが放たれる。《鉄機隊》三銃士の連携技、《星洸陣》が発動した。

 

「こちらもいきます。イシュタンティ!」

 

 イシュタンティがオランピアに向かい、眩い白光を放つ。光が収まると、白い翼と金の輪っかを付けたオランピアが空へと飛び立つ。

 

「ふふふ……盛り上がってきたね。その威勢がいつまで耐えられるのかな!」

 

 オランピアたちに不敵な笑みを見せるメルキオルはゾンビたちを従えて、彼女たちに正面から向かっていくのだった。

 

 

 ~~~~~

 

 

 フロア上空では音と光が交差する。

 音を斬り裂く雷光。黒煙を吹き飛ばす烈風。空気を焼き尽くす業炎。

 空中を飛び回る二人の魔女はお互いの術を用いて、激しい打ち合いを続けていた。

 

「ふっ!」

 

 ロゼが杖を横薙ぎに振り払う。振り払うと同時に生まれた風が障壁となり、イソラの魔術を打ち消す。続けて、杖先に緋色の火の玉を作り、そのまま放つ。

 イソラは向かってくる火の玉に手を差し伸べて、正面から受け止めた。緋色の炎はイソラの白い炎に包まれる。ロゼが放った炎は大きく膨れ上がり、イソラはそれを打ち返した。

 ロゼは障壁を張り、炎は障壁にぶつかると同時に大爆発。

 包み込む黒煙。それを見下ろすイソラだったが、上から降り注ぐ刃に後ろへと下がる。

 

「これを躱すとはの」

 

 上空からロゼがゆっくりと降り立つ。服は少し焼き焦げており、綺麗な柔肌を空気にさらす。

 

「……成長したの、イソラ」

 

 ロゼは嬉しそうに、そして懐かしむようにイソラを優しく見つめる。彼女の脳裏に過るのは幼かった弟子との邂逅。

 

『先生! よろしくお願いします!』

 

 弟子を取ったのは、ただの気まぐれだった。十もいかない年頃で他の者とは引けを取らない魔術の才能を持っていた。両親を早くに失い、ひとりぼっちになっている彼女を見て、我が家に招いた。彼女との日々はとても充実したものだった。魔術を一つ覚えるたびに喜び、成長する彼女の姿に自分も嬉しく感じていた。

 それからさらに彼女は成長した。妹弟子ができ、子供を身籠もった。それからの我が家は暖かな団欒が生まれた。

 

『先生、気づいていますか? 初めて会った時よりも笑うことが多くなっていますよ?』

 

 彼女からそう指摘された夜、溢れてくる涙が止まらなかったのは、今でも忘れられない。まるで、何百年も溜めていた涙があの日、一気にこぼれ落ちたのだ。

 嬉しかったのだ。

 真祖である自分を受け入れてくれた彼との思い出に蓋を閉じ、自ら孤独の道を選んだ自分に「家族」という暖かな贈り物をくれた自慢の愛弟子。彼女からのプレゼントに嬉しさを隠しきれなかった。

 だが、そんな幸せな日常は長くは続かなかった。

 最愛の愛弟子が行方を眩まし、自分の前に戻ってくることはなかった。師を、妹弟子を、そして娘を残して消えるなどありえない。あの時、自分は最悪の結末を予想してしまった。

 再び、愛する者の喪失を受け、心が折れそうになった。だが、折れるわけにはいかなかった。彼女が残した二人を自分は守らねばならなかったから。たとえ、この先、彼女たちが自分の下から離れようと、必ず守り抜くと誓ったのだ。

 

「……ゆえに」

 

 ロゼは自身の魔力をさらにひねり上げる。すると、ロゼの身体が大きく成長を、いや、元に戻ろうとしていた。幼い姿から、絶世の美女へと変身したロゼは杖を天に掲げた。

 

 ――お主が残した者を必ず守り抜こう。たとえ、お主自身が障害になろうとも!

 

「夕闇に潜む、緋き月影よ。妾に力を貸すがよい」

 

 イソラの周囲を囲うように緋色の魔法陣が無数に展開する。迎撃しようと動くイソラだったが、突如、現れた緋い茨に縛られて、動きを止められる。

 

「さらばじゃ。我が愛弟子よ」

 

 終局魔法 紅月

 

 魔法陣から放たれた豪炎が一斉にイソラへと放たれる。防ぐことができないイソラは炎に呑み込まれる。

 

「これが、婆様の本気……」

 

 師と姉弟子との死闘を地上から眺めていたヴィータ。今も燃え続ける炎から目を逸らさず、その結末を見届ける。

 炎が収まり、視界が広がる。ヴィータが見続ける炎の中から白い球体が現れた。

 

「うそ……、イソラさん」

 

 白い球体がヒビを生やして崩れていく。中から茨に縛られながらも五体満足に立っているイソラの姿があった。彼女は力を振り絞って、ロゼの攻撃を耐えきってみせたのだ。

 

「我の全力を受けきれるとはな。……本当に成長したの」

 

 だが、

 

「もう限界のようじゃの」

 

 茨にもたれかかるように、身体を丸めるイソラ。全てを使い果たしたのか、彼女がそれ以上、動くことはなかった。

 

「さて、ではもう一仕事……」

 

 ロゼが頭上の棺桶に向かおうとしたその時、遮るように黒い影が立ち塞がる。

 

 ――豪っ!

 

 オーバの拳がロゼに向かって振り下ろされる。

 

「やらせるかっ!」

 

 そこにエドがすかさず、オーバの胴体に蹴りを入れる。オーバの身体は横に飛び、拳はロゼの頬を掠める。

 

「おじいちゃんは俺が足止めする。その間に早く!」

「わかっておる!」

 

 ロゼは急上昇して、棺桶へと向かう。だが、再びロゼの前に立ち塞がるように、今度は障壁が張られた。

 

「っ、母さんか……」

 

 手をこちらに向けて、虚ろな目を向けるアルマにエドは顔を顰める。

 そこに上を見上げているアルマに向かって、セリスが跳び込んだ。

 

「ダァアア!!」

 

 法剣を放ってアルマを襲う。しかし、エドに吹き飛ばされたオーバが上から法剣を叩きつけ、軌道を止める。

 

「炎龍!」

 

 オーバを追うエドだったが、彼の一撃は振り上げたオーバの拳に受け止められる。弾かれたエドは地面に降り立ち、セリスの横に並ぶ。

 

「くそっ、やっぱ、固ぇな」

「あぁ。まずは二人を何とかするのが先のようだな」

 

 ロゼはいつでも止められるように棺桶を守る結界の前で待機している。オランピアたちもメルキオルとゾンビたちに手が離せない。今、オーバとアルマに対応できるのはエドとセリスの二人だけだった。

 

「だが、付け入れる隙はある。母さんを無力化した後、おじいちゃんを止める」

「わかった。合図はそっちに任せるぜ」

「頼むぜ、セリス」

 

 エドはアルマを守るように立ち塞がるオーバに突っ込む。向かってくるエドに反応して、オーバも迎え撃つ。

 お互いの攻撃は一撃必殺。防御の上から崩してくる攻撃を両者は受け止めようとはせずに全て躱す。

 拳を躱して転がるエドは足元に剣を振るう。

 上に跳んだオーバは両手を組んで、エドの頭上に振り下ろす。

 紙一重に躱したエドは回転して斬りかかる。

 一進一退の攻防を続いていき、二人の戦いはより苛烈さを増す。

 

「業炎撃!」

 

 跳び上がるエドは剣に炎を灯す。降り下ろされた炎の太刀をオーバは両手で挟んで受け止めた。

 真剣白羽取り。

 達人だからこそできる神業にエドの一撃が塞がれた。

 

「まだだ!」

 

 だが、エドの攻撃は続く。受け止められた剣を軸にして、オーバの顔に蹴りを入れる。ゾンビゆえに痛みを感じないオーバは怯まない。彼は剣を振り回してエドを引き剥がそうとする。

 

「舐っ、めるな!」

 

 押し寄せてくる風に耐えながら、再び蹴りを放つエド。今度はオーバの腕に当たり、剣を掴んでいた手が開く。遠心力で跳ばされるエド。エドは空中で態勢を整えてオーバではなく、後ろに振り向く。

 

「行くぞ!」

 

 エドの視線の先にいるのは、棺桶に結界を張るアルマ。エドはアルマの方に吹き飛ばされるように、タイミングを見計らって蹴りを放っていたのだ。

 アルマの危機に即座に反応するオーバ。だが、すぐそこにセリスが接近していた。

 

「砕けろ!」

 

 反応が遅れて腕が吹き飛ばされるオーバ。オーバはセリスに一瞥するが、すぐにアルマの方へと向かおうとする。

 

「させぬ!」

 

 そこにロゼの援護射撃が飛んでくる。オーバはこれにも反応が遅れてしまい、後ろに吹き飛ばされる。

 

「ゾンビには思考能力はない。だから、事前に指示を送って独立させる。じゃが、二つの指示が同時に来れば、反応も遅れる。エドの言う通りじゃな」

 

 エドはオーバの動きにある法則に気づく。それに気づいたロゼはエドと念話を繋いだ。

 エドが立てた推測。メルキオルは事前にオーバに三つの指示を送っているのではないかと考えた。

 

 向かってくる敵への迎撃。

 棺桶の死守。

 棺桶を守るアルマの死守。

 

 指示が単純なものなら即座に対応はできるが、二つ以上の指示を同時に取ろうとすれば、その分、反応も遅れてしまう。メルキオルのことだから、優先順位を決めていると思うが、それでも、わずかな隙を作ることができる。エドたちはそこを突いたのだ。

 そして、それはアルマも同様だった。

 

「紅葉斬り!」

 

 手をかざそうとしたアルマの腕を斬り落とす。オーバの回復か、自分の守りか、どちらかを取ろうとしただろうが、オーバと同じように反応が遅れてしまった。

 

「セリス!」

「おう!」

 

 エドと変わるようにセリスがアルマに近づく。彼女はアルマの身体に手を添える。

 

「アルマさん……」

 

 少し潤んだ目でアルマを見上げるセリス。

 彼女にとってアルマ・スヴェルトという女性は憧れの存在だった。

 初めて言葉を交わしたのは、エドと森に遭難した日。無事、森を抜け出した二人を最初に迎え入れてくれたのがアルマだった。ボロボロになっている二人を見たアルマはすぐさま駆け寄って、優しく二人を抱きしめてくれたのだ。

 怪我がなかったエドは後から来たアインに連れて行かれ、セリスはアルマの治療を受けていた。

 

『セリスちゃん。あの子を心配してくれて、ありがとう』

 

 間近で見た彼女はとても綺麗な人だった。自分のように、がさつなところはなく、言葉や行動には一つ一つ、彼女の優しさが籠もっているのがわかる。

 自分も彼女みたいになりたい。強烈にその想いが膨れ上がった。

 当然、彼女みたいな性格になるのは無理だ。ならば、自分は自分なりのやり方で彼女のようなシスターになると決めた。

 荒行事が得意だったから、力を身につけようとグンターの下で修行を積んだ。同時に怪我人の介抱や、教会主催の奉仕活動にも積極的に参加した。

 気丈の荒さは結局、抜けなかったが、その方がお前らしいと彼は言ってくれた。

 

『たしかにシスターとしてはどうなのか、って言う奴はいるかもしれないけど、お前の行動にはお前なりの優しさが伝わってくる。……母さんと同じでな』

 

 彼の言葉を肯定するかのように、周りの連中は自分の態度に対して、何も咎めようとはしなかった。彼以外にもそのことを聞いたら、同じようなことを言ってきた。

 それがたまらなく嬉しかった。自分は変われていると。あの人に少しずつ近づいていると実感できた。

 だけど、そんな憧れの人は突如として亡くなった。そして、誰よりも愛しかった彼は謂れのない罪で人々から狙われる立場になった。

 それが許せなくて、同時に悲しかった。

 レグラムであいつと再会したとき、あいつと一緒にいた少女に怒りを覚えたのは今でも忘れない。

 あの人の仇であり、彼から母親を奪った女。そんな女が彼と一緒にいて、ましてや好意を抱いているのが、どうしても許せなかった。

 でも、彼女と正面からぶつかり、彼女の本音を聞き、許すことはできなくても、償う機会をやることにした。きっと、憧れだったあの人もそうすると思ったから。

 

「我が深淵に震えし、嚇灼の刻印よ」

 

 そして、今、目の前で骸となって操られているあの人がいる。滅するのではなく、彼女を救うために自分が使える技はこれしかない。

 

「清浄なる力を持って、魔を焼き払う焔と化せ!」

 

 敵の全てを焼き払うのではなく、悪しきもののみを焼き払う浄化の炎。あの人から教わった優しさという力を自分なりに再現した力。

 

「フィアンマ・プリイレ!」

 

 セリスの拳がアルマに届く。拳に宿った白い炎がアルマを包み込む。それに対してアルマは何もしない。ただ自分に拳をぶつけたセリスの姿をじっと見つめていた。

 

「あ……」

 

 膝から崩れ落ちるアルマの姿にセリスは思わず声を漏らす。

 今、一瞬。ほんの一瞬だけだったが、彼女の口元が上がっていくのが見えた。

 気づいたときには、アルマは地面に倒れ、安心したかのように安らいだ顔で永遠の眠りについた。

 

 ――ドンッ!

 

 そんな時、吹き飛ばされたオーバが立ち上がる。セリスを葬ろうと、砲弾の勢いで飛び込む。地面を抉りながら、セリスに向かう彼の前に一人の男が立ちはだかった。

 

「おじいちゃん!」

 

 エドは正面からオーバと立ち向かう。剣を水平に持ちながら、オーバの懐へと飛び込む。

 

「じゃあな。おじいちゃん」

 

 母の次に自分に優しくしてくれた大人の人。彼のおかげでセリスやグンター、アイン。それ以外にも多くの人たちと触れあうことができた。

 壊れて、人形と化していた自分を一人の人間に戻すきっかけを作ってくれた人。その感謝を込めて、一刀を贈る。

 

「紅葉斬り」

 

 祖父と孫が交差する。二人は背を向き合う形で動きを止める。

 静まる中、オーバの身体が膝から崩れ落ちた。立ち上がることなく、オーバは虚空の目をエドに向ける。

 その目に映る、孫から流れる雫をずっと見続けながら。

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