「決着が着いたか」
空からエドたちの勝負を見下ろしていたロゼは元の幼子の姿へと戻っていた。顔を上げてアルフォンスの子供が入っている棺桶に視線を移す。棺桶を守るために張っていた結界はすでに解かれており、もはや彼女を止めるものは何もなくなった。
ゆっくりと棺桶へと向かうロゼ。先程まで険しかった目つきが緩まり、思い焦がれた視線を向けながら、棺桶の前へと辿り着く。
「あ……」
ロゼは蓋を外して中を覗く。そこに眠る少年の姿を見てロゼは思わず声を漏らした。
(アル……)
穏やかに眠る金髪の少年。その姿は初めて会った時の、まだ幼かった時の愛しい彼の姿に瓜二つだった。
こみ上げてくる激情を何とか抑えて、ロゼは壊れないように優しく、彼の頬に手を添える。起こさないように静かに撫でて、ふわっと笑みをこぼした。
「待っておれ。すぐに助けてやるからの」
口を開けて、少年の首元に顔を近づけるロゼ。白く光る尖った歯を見せつけて、彼の首に噛みつく。痛くしないように、ゆっくりと吸い始めるロゼ。垂れ流していた吸血鬼の力が吸い込まれていき、フロアに広がっていた禍々しい力が少しずつ薄れていく。
「ん?」
「これは……」
ゾンビと対峙していたアイネスたちが異変に気づく。自分たちを襲ってくるゾンビたちが動きを止めて、崩れるように地面に倒れていった。
「な、何ですの?」
「もしかして、ロゼさんが?」
メルキオルと戦っていたオランピアたちも倒れていくゾンビに動きを止める。次々と倒れていくゾンビたちの姿を見たメルキオルは顔を顰めて舌打ちをする。
「やってくれるじゃないか」
「どうやら、お前の手駒は使い物にならなくなったみたいだな」
オランピアの下にエドたちが合流する。それに続いて、ロゼが吸血鬼の少年を抱えて、ゆっくりと降りてきた。
「ロゼさん!」
「うむ。少々、時間をかけてしまった。じゃが、もう問題はないぞ」
穏やかな顔で優しく少年の頭を撫でるロゼ。その姿にヴィータは眉を潜ませていた。
(婆様のあの顔……、いったいどういう関係が?)
戦う前に見せた本気の怒り。そして、今、目を細めて少年を見つめる朗らかな笑み。師と共に暮らしていた時には一度も見たことがなかった新たな一面にヴィータは内心、驚きっぱなしだった。
「まさか、こうも早く処理されちゃうなんてね」
「ここまでだ。これでお前を守る奴はいなくなった」
エドは開いた《魔眼》でメルキオルを睨みつけて、剣の切っ先を彼に向ける。家族の亡骸を弄んだメルキオルに対して、エドの剣に炎が灯り、激しく燃えていた。
「好きな方を選ばせてやる。大人しく投降するか、腕を斬り落とされて連行されるか。……選べ」
「わーお。おっかない」
そっと周囲に目を配ると、デュバリィたちが彼を囲って、逃げ場を潰していた。強烈な殺気を肌で感じながらも余裕な笑みを崩さないメルキオル。その様子にエドは警戒を強めて、彼の動きを注意深く観察する。
「お前の負けだ。状況は言わなくてもわかるだろう?」
「そうだね。さすがに僕一人で君たち、全員を相手にするのは難しいね。……だから、最後の手段をとらせてもらうよ」
メルキオルが腕を上げようと瞬間、エドが一気に彼の懐へと飛び込んだ。何かをされる前にエドの一閃がメルキオルの身体を切り裂いた。
「っ、空蝉っ!」
だが、エドが斬ったのはメルキオルのシャツのみ。上半身を露出したメルキオルはワイヤーを使って、上へと上って行った。
「それじゃあね♪ 生き残れたら、また会おう」
指を鳴らし、音がフロアに反響する。すると爆発が起き、地面が揺れる。連鎖するように地面が弾け飛んでいき、地盤にヒビが生まれる。
「まずい!」
「このまま地の底に落とすつもりか!」
そう言っている間にもヒビが大きく広がる。
そして、地面が崩壊した。
「ヴィータ!」
「えぇ!」
ロゼがヴィータに声を掛ける。頷くヴィータはロゼと共に何かを唱える。すると、二人の足元に幾何学的な模様が記された陣が現れ、エドたちの足元にまで広がる。
「何だ?!」
「ノルドで見た、転移の類か!?」
ロゼが作った紅の陣にはエドたちが、そして、ヴィータが作った蒼の陣には《鉄機隊》の三人が入り、光を強くして、フロアを照らしだす。
「さっせないよ!」
しかし、ロゼに向かってメルキオルがナイフを振り下ろしてきた。咄嗟に受け止めたロゼ。しかし、展開していた紅の陣が消えしまい、エドたちはそのまま地の底へと落ちていった。
「くっそ!」
「エドさん!」
暗闇の底に落ちていくエドの姿を見たオランピアは天使の翼を広げて下降する。上から落ちていく岩を旋回しながら躱していき、彼の腕を掴み取った。
「オランピア! セリスを!」
「わかっています!」
エドを持ち上げて、視線を下に落とす。さらに下へと落ちていくセリスの姿を捉えて、翼を広げるオランピア。だが、突如、上からさらに大量の瓦礫が降り注いできた。
「っ何?!」
「あのクソ野郎!」
メルキオルの妨害だとすぐにわかった。オランピアは瓦礫の中を掻い潜ろうと試みるが、エドを抱えながら進むことができずに、セリスの下へと辿り着けない。
「セリス!」
姿が小さくなっていくセリスを見て、エドは思わず手を伸ばす。セリスも何とかしようと足掻いていたが、空中で身動きが上手く取れずにいた。
「セリス! 捕まるのだ!」
その時、エドたちの横を風が横切る。突然、現れた巨大な影が瓦礫を蹴って、下へと降りていき、セリスに近づいて、そのまま脇の下に彼女を抱える。
「オランピア! セリスは私に任せて、上へ行け!」
「せ、先生!」
「じっちゃん!」
セリスを抱えた影。それはエドと共にロッジに向かっていたグンター・バルクホルンだった。
悪魔と対峙していたはずのグンターがなぜここにいるのか、と疑問を生じるエドたちだったが、すぐに思考を切り替えた。
「オランピア!」
「はい!」
オランピアはエドを抱えて、上に飛翔する。グンターは落ちてくる瓦礫の上に跳び上がり、上へと昇っていった。
「た、助かった!」
そして、崩壊していない出口前の高台に着いたエドたち。無事戻ってきたことにセリスは安堵のあまり大きく息を吐いて地面に寝転がった。そんなセリスを見て、エドも一息つくのだった。
「全員、無事でなによりだ」
「じっちゃんもな。ナイスタイミングだったぜ」
「でも、どうしてグンターさんがここに?」
「うむ。あの後、悪魔を何とか撃退してな。後始末を従騎士の皆に任せて、私だけここへ先に来たのだ」
到着直後に襲ってきた悪魔からエドたちを逃がすために殿を務めていたグンター。どうやら、悪魔は無事、撃退して、エドたちの下へ行くことができたようだ。
「入り口でリオンに会った。ことの経緯は聞いておる。グラン氏、いや、ギース・カーストは拘束して、メルカバへと連行した」
「そうか。とにかく助かったぜ、じっちゃん」
「ふふ……、お主らもな」
エドとグンターが互いに健闘を称える中、オランピアは崩落した地面を上から覗き込んでいた。
「オランピア、どうしたんだよ?」
「いえ。ロゼさんたちの姿が見当たらないと思いまして」
ロゼだけでなく、ヴィータにデュバリィたち、そして、メルキオルの姿もどこにもいなかった。
「すでに脱出したのかもな。ローゼリアさんは何かしていたみたいだからな」
「そうだったな。しっかし、あの野郎。今度会ったら、絶対にぶっ飛ばしてやる」
メルキオルの顔を思い浮かんだのか、両拳をぶつけて、険しい表情を見せるセリス。その様子にグンターは目を丸くした。
「どうしたのだ、セリス。お主がそこまで怒りを覚えるとは。何かあったのか?」
「まぁ、キレるのは無理ねぇよ。まさか、おじいちゃんたちを使うとは思わなかったからな」
「オーバの? それはいったいどういうことだ?」
状況が読めないグンターにエドはメルキオルとの戦いを教える。メルキオルが吸血鬼を使い、死者の身体を人形のように操っていたこと。そして、その中にオーバとアルマがいたことを。
「そうだったのか。ではオーバたちの遺体は……」
「おそらく、この下に」
エドたちは底が見えない穴をじっと見下ろす。先は真っ暗で底が見えず、オーバたちを探すのは困難を極めるだろう。
「そうだったのか。シモンめ、なぜ、このようなことを……」
「それに関しては、直接、本人に問い質すしかないだろうな。二年前の、そして三年前の真相についても」
「エドの事件と、アルマさんたちの事件だな」
「あぁ」
エドは振り向いて、先に通じる道へと身体を向ける。その最奥から伝わってくる濃厚な死の気配にエドの顔が強く引き締まる。
「この先にシモン先生がいる。俺たちが来るのを待ちわびているみたいだ」
「いよいよだな」
「はい」
セリスとオランピアも顔を強ばらせる。エドだけでなく、彼女たちにとってもシモンとは浅からぬ因縁だ。
「これが最後の戦いになる。全員、気をしっかり持つのだぞ」
そして、それはグンターも同じだった。
「……行くぞ」
エドが先に進み、それに付いていくようにオランピアたちも先に進む。その先に待ち受ける最大にして、最強の敵。シモン・グレラスと決着をつけるために。