英雄伝説外伝 金の軌跡   作:魔ギア

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第百十七話 乗っ取りし最悪

 カランッ、とシモンの剣が、いや、正確には刀身のみが地面に落ちて、甲高い音が広間に木霊する。

 

「がはっ……」

 

 刀身を失った剣の柄を握っていたシモンはその場に膝を着く。彼の身体には肩から腹下まで続く赤い一線が引かれており、そこからおびただしい血が流れ落ちていた。

 

「ば、ばかな……」

 

 信じられないと、シモンは刀身を失った自身の剣を見て狼狽する。シモンだけではない。その光景を見ていたオランピアたちも何が起きたのか理解できず、立ちつくしてしまった。

 

「何を……したのだ?」

「……八葉一刀流の肆の型。極めた者は万物全てを斬り裂くことができる。それは人や物だけの話じゃない。極めれば、異能の力や概念さえも斬り裂くことができる」

 

 エドは剣を振り払って付着していた血を飛ばして、ゆっくりと鞘に剣を収める。

 

「終の太刀・改は、エデン村であんたの剣を斬れなかった時をきっかけに編み出した技。俺の技量ではなく、別の原因で斬れないというはあの時、漠然とだがわかった。そいつが『外の理』の産物だっていうのは予想できなかったが、この世に存在している以上、この世の法則から逃れることはできない。…………だから、空間を斬った」

「く、空間だと?」

「あぁ。引き裂かれた空間に巻き込まれれば、それも問答無用で引き裂かれる。その空間を斬り裂くことで、そこにあるもの全てを断ち斬る。それが俺が導いた結論だ」

 

 それ即ち、防御不可の一撃必殺の剣。『外の理』の産物であろうと、その空間に存在するのであれば、全てを断ち斬ることができる。

 

「く、空間を斬るって……」

「無茶苦茶だろう。いくら何でも」

 

 エドの絶技に言葉を失うオランピアとセリス。

 

「肆の型を極めたエドだからこそできた領域か。見事なものだ」

「まさか、レティのダスクグレイブなしでやり遂げるとはな……」

 

 一方で、グンターとレーヴェは感心していた。

 

「アンタの実力なら、たぶん一回見ただけで、すぐに見切られると思った。だから、確実に決まるこの時まで温存していたんだ」

「君が何度も私の剣を斬ろうとしたのはそれに気づかせないため。君の剣では私の剣を斬ることができないという考えを強固にするための囮のようなものだったというわけか。ふふふ……、これはまんまと一杯食わされたな」

 

 口角上げて笑みを浮かべるシモンは重い身体をゆっくりと起き上げる。まだやるのかとエドたちは武器を構え直すが、シモンはそれを手で制する。

 

「そう警戒することはない。この勝負は私の負けだ。エド君、君は私の想像をはるかに超える存在になったようだ」

「なに?」

「君ならば、奴を……」

 

 意味深なことを呟くシモンに首を傾げるエドたち。

 

 すると、その時――

 

 

 アハハハハハハハハハハハハハ!!!

 

 

「っ!」

「な、なんだ?!」

 

 突如、部屋全体に響き渡る笑い声。

 おもしろがるように、ばかにするかのように嘲笑うその声に、全員が強烈な寒気を感じ取る。

 

「エ、エドさん……」

「あぁ。こいつは……」

 

 エドとオランピアの顔色が険しくなる、その声に聞き覚えがあったからだ。

 

「やはり来たか」

「シモン、これはいったい……」

「残念だが、その時間はもうない」

 

 シモンは祭壇の方に視線を向ける。すると、空間が捻じ曲がり、黒い空洞のような穴が広がった。

 

「それでは、私はここで失礼させてもらうよ」

「っ! 逃がすかっ!」

 

 シモンは黒い穴に飛び込んで姿を消す。逃がすまいとエドは後から続いて、穴の中へと飛び込んだ。

 

「エド!」

「エドさん!」

 

 オランピアたちも続こうと向かうが、黒い穴は即座に閉ざされた。気づいた時には捻じ曲がった空間はなくなっていた。

 

 

 ~~~~~

 

 

「ここは……」

 

 空間に飛び込んだエドは辿り着いた場所に見覚えがあった。

 先まで続く白い大地と空。境界線などまったくわからず、どこまで広がっているのかもわからない白一色の世界。

 

「村にあった洞穴の……」

 

 そこはかつて、エドとオランピアが行き着いた地。エデン村の巨大な洞穴の飛び込んだ先に続く白い空間。

 そして、最悪の魔王が封印されている場所だった。

 

「っ! そんなことより、シモン先生は!」

 

 自分がここに来た理由を思い出し、エドは周囲を探索する。

 最後にロッジで響いた聞き覚えのある声。ここへと繋ぐ黒い穴の出現。そして、そこに飛び込んだシモン。

 最悪の考えが脳裏に過ったエドは一刻も早く、シモンの行方を探し出す。

 

「先生!」

 

 その彼はすぐに見つかった。白一色を汚すような黒い点。そこに駆けつけたエドは、自分に背中を向けるシモンに声を掛けた。

 

「先生……」

「……ここに来るのは、いつぶりになるのだろうな」

 

 顔を上げて、どこか上の空のような声で空間を眺めるシモン。彼が今、どんな顔をしているのか、後ろにいるエドにはわからない。

 

「……ここを離れて、彼女とも離ればなれになってから約千年。気が遠くなるほどの時間だったな」

「先生、アンタは……」

「エド君。これが最後の試練だ」

 

 振り返るシモン。エドは彼の顔を見て、言葉を失った。

 

「時を稼ぐのだ。さすれば、必ず勝機を掴める」

 

 顔の半分以上が黒い何かに覆い尽くされており、金色に輝く《魔眼》と覆い尽くされていない口の半分だけが残っていた。

 

「君ならば必ずやり遂げられる。私を越えた君なら……」

 

 やがて、口も覆われてしまい、シモンの顔は《魔眼》以外を除き黒一色に染まってしまった。

 

「先生?」

「…………フフフフ、アハハハハハハハハハハ!!」

 

 呼びかけるエドだったが、シモンは突如として笑い上げる。だが、その声色はシモンの者ではなかった。

 

「やった! ようやく、ようやく手に入れたよ。私の新しい身体!」

「その声……、サターンか!」

 

 剣を抜いて、シモンを睨みつけるエド。そんな彼の姿にシモン、否、サターンは瞳孔を開ききった《魔眼》でエドをじっと覗いていた。

 

「やぁ、また会ったね、人間」

「テメェ、どうしてここにいやがる。《劫炎》はどうした?!」

 

 エドはオランピアと共にこの空間を抜け出す時、マクバーンがサターンの相手をしてくれたおかげで、無事に脱出することができた。そして、大陸の《汎魔化》が侵攻していく中、マクバーンがサターンと戦い続けてくれたおかげで、侵攻の速度が速まることはなかった。

 

「あぁ。彼ならこことは違う別の位相にいるよ。今頃、私が作った分身とは気づかずに戦っているんじゃあないかな?」

 

 悪意を感じさせない無邪気な笑い。だが、それを正面から受け止めるエドには、とてつもない悪寒を感じさせるものだった。

 

「それにしても千年もかかるとはね。こいつも存外しぶとかったな」

「かかっただと? まさか、お前、先生の中に……」

「うん。ずっといたよ。洞穴の中に封じられていたのは肉体の方だよ。魂だけは封印から逃れていたからね」

「封印を逃れたお前の魂は現世にさ迷い続けた。代わりとなる肉体を探し続けたお前は、シモン先生に目をつけた」

「いや、少し違うよ。私がこいつの中に入ったのは、こいつと戦ったすぐ後だよ。本当は戦っている最中に乗っ取ろうとしたんだけど、あの天使が一緒にいたからね」

「天使と一緒に?」

 

 エドは作戦開始前にアインから聞いた、サターンに関する伝承を思い出した。

 

「まさか……、千年前に女神の祝福を受けて、天使と共にお前に立ち向かった勇者っていうのは……」

「そう、こいつのことだよ。まぁ、結局、私には傷一つつけられなかったけどね。それなのに何回も何回も立ち上がってさ。面倒くさいことこの上なかったよ」

 

 シモンの正体に驚愕するエドを余所に、サターンは遠い目で過去を遡る。

 

「でも最後は驚かされたな。まさか、自分諸共、封印しようなんてね。まぁ、今となっちゃあ、その意味もなくなっちゃたんだけどね」

 

 すると、シモンから黒いオーラが放出される。強烈なオーラの奔流にエドは腕を前にして吹き飛ばされないように、その場で踏ん張る。

 

「ずいぶん時間はかかったけど。これでようやく自由になれた。まず最初に憂さ晴らしとして、人間、全員を殺すか」

「そんなことはさせない!」

 

 オーラを振り払い、サターンに剣を向けるエド。その姿を愉快な顔でサターンは見るのであった。

 

「いいね。君はあの時、邪魔が入って殺し損ねていたからね。まずは、君から死んでもらおうか!」

 

 サターンはシモンが持っていた折れた剣を投げ捨てて、丸腰でエドに跳びかかる。エドはサターンの姿をしっかりと捉えて、懐に向かって刃を走らせる。

 

「なにっ!」

 

 だが、エドの剣はサターンの身体を素通りする。刃が身体に触れようとした瞬間、ポキンッ、と剣が何の前触れもなく折れたのだ。

 

「ヒャァッ!」

「ゴフッ!」

 

 唖然とするエドの鳩尾にサターンの拳が入った。息を吐き出したエドは身体を浮かせて、後ろへと吹き飛んだ。

 

「あーらら。剣、折れちゃったね。いったい、どうしちゃったのかな?」

 

 不思議そうに呟くサターンだったが、そんな小馬鹿にするような物言いにエドは立ち上がりながら、声を荒上げた。

 

「ふざけんなっ。《魔眼》の未来改変だろう!」

 

 原因などそれしか思い当たらなかった。だが、唯一の違いはシモンと違って、未来改変する時の予兆がまったく見えないということだ。

 

「この眼は元々、私のものだよ。こいつ以上に使えて当たり前だってぇの」

 

 サターンは手を広げながら、エドに一歩ずつ近づく。広げた手は大きくなり、魔獣のような鋭い爪へと変貌する。

 

「さて、武器も折れて、君が私を倒すのは不可能になった。諦めてここで死んだら?」

「悪いが、それはできないな。俺には帰る場所が、待っている奴らいるんでな!」

 

 折られた剣を構えるエド。彼の脳裏に過るのは白髪と赤髪の二人の少女。彼女たちのためにもここで負けるわけにはいかない。エドの眼にはいまだに不屈の闘志で燃えていた。

 

「あ、そう。だったら、その想いごと、八つ裂きにしてやるよ!」

 

 サターンは一足でエドに詰め寄っていく。エドは深く息を吸い込んで、サターンに向かって走って行くのであった。

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