この時のルーアンには"彼"がいますよ……
七耀暦1201年 リベール王国 ルーアン地方 5月27日
エドとオランピアがマーシア孤児院に泊まることになってからすでに二日が経過していた。
「それでは、行ってきます」
「えぇ。夕飯までには帰ってきてくださいね」
「「はい」」
少し早めの昼食を終えた二人は買い出しのためにルーアンへ向かおうとしていた。
二人を見送るため、院長のテレサだけでなく、孤児院の子供達も玄関前に集まっていた。
「ちぇ、いいな~。オイラも一緒に行きたかったぜ」
わんぱくなところはあるものの、思いやりの心を持っている少年、クラム。
「何言ってるの! あなたはまだ宿題が残っているでしょ!」
しっかり者で、孤児達のリーダー的な少女、マリィ。
「ポーリィも街に行きたいな~」
おっとりしているが、抜け目のない少女、ポーリィ。
「みんなで行きたかったなぁ~」
気弱なところはあるが、言いたいことをはっきり言える少年、ダニエル。
性格も年齢もなにもかも違うが、お互いに気を遣っている様子はなく、その姿はまさしく、兄弟姉妹と言ってといいくらい仲の良い四人組だった。
「ったく、帰りに何か土産持ってきてやるから、しっかり留守番をするんだぞ」
「ほんとか! へへ、まかせとけ!」
「フッ、それじゃあオランピア、行くぞ」
「はい」
「「「「いってらっしゃーい!」」」」
孤児四人組が元気よく手を振って、エド達を送った。
「とても温かい家ですね」
街に行く道中、オランピアはそんなことを呟いた。
昨日、孤児院で丸一日過ごしたオランピアは率直にそう思ったのだ。
外で遊んだ時は、みんなと一緒に元気よく走り続けた。
宿題をやっている時は、文句をいいながらも、教えあって楽しく勉強をしていた。
そして、食事の時は、笑いあいながら楽しく談笑していた。
みんな本当に幸せそうに過ごしていて、笑顔が絶えることがなかった一日だった。
「そうだな。テレサ院長が子供達のことを愛していることがよくわかる。……血の繋がりがなくても家族だなって思うよ」
二日前に家族の話をしたからか、どこか羨ましそうな表情を浮かべるエド。
「ところで、今日は何を買いに行くのですか?」
「食料を買いに行く。それ以外は特にないから、観光した後に買いに行こう」
「え、それっていいのでしょうか?」
「テレサ院長は『夕飯までには』って言ってただろ。夕飯までかなり時間があるんだ。買い物ついでに観光してきなさいっていう、あの人なりの気遣いだよ」
テレサにとって、孤児院で泊まるエド達もすでに家族の一員だと考えているのだろう。リベールに来たばかりのエド達をおもんぱかって、観光ついでに二人に買い出しを頼んだのだ。
「そうだったんですか……」
「それじゃあ、観光を楽しみますか」
「はい!」
~~~~~~~~~~~~~~
海港都市ルーアン
リベール王国の西側に位置するルーアン地方の都市。
街に着いたオランピアは、落ち着きがない様子で辺りを見渡していた。
「ルーアン。二日前にも来ましたが、とても綺麗な街ですね」
透き通った青い海。雪のように綺麗な真っ白な建物。
二つの色が見事に噛み合い普段よりも街が美しく見えて、オランピアの目は輝いていた。
「元々は海の貿易が盛んだったんだが、飛空艇ができてからは数が減って、観光に力を入れているらしい」
リベール王国は飛行艇の技術力はゼムリア大陸でもトップクラスであり、今では飛空艇をメインに貿易を行っている。他にも、九年前の《百日戦役》でエレボニア帝国との関係に溝が生まれ、交流が減ってしまったのもある。
本には載っていない知らない知識を興味深く聞いていたオランピアは、エドに視線を向けていた。そのまま歩き続けるオランピアは前方から何かが横切ってきたことに気づけず、そのままぶつかってしまった。
「きゃっ!」
「うわぁ!」
オランピアは後ろに倒れそうになったが、エドが咄嗟に後ろで支えたことで倒れることはなかった。
一方、声を出したことから人だったのだろう。ぶつかってしまった衝撃で後ろに倒れそうになったが、後ろ足で踏ん張り倒れることはなかった。
「あ、ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか?!」
「あ、いや、大丈夫だから心配しないでくれたまえ」
謝罪するオランピアに対して、手を振って大丈夫だと伝えるのは、高級そうなスーツを身に纏った青髪の青年だった。
「観光客かなんかかい? 見惚れるのは仕方がないかもしれないけど、前はしっかりと見たまえ」
「はい。次からは気をつけます」
今後、別の場所に訪れた時も同じことをしそうだと感じたオランピアは今日の事を教訓にする。
「うん。でも、こっちとしてはうれしいよ。それだけこの街に夢中になってくれてたんだね」
「え?」
なぜ、うれしく思うのか不思議に思ったオランピアは青年を見ながら首を傾げた。
「僕はこの街の市長の秘書でね、市長の努力が報われていて、うれしいのさ」
そう言って青年はエド達を通り過ぎて歩き出す。
「それじゃ、ルーアンの観光、楽しんでくれたまえ!」
最後にエド達の方に振り向き、爽やかな笑みを送ってその場から立ち去った。
「あのような人が秘書ならば、この街が平和なのも納得ですね」
「あぁ……、そうだな……」
オランピアの感想に対して、いままで黙っていたエドはどこか怪しげな表情で遠ざかる青年の後ろ姿を見つめていた。
(……なんか、噓くさいな……あの笑顔)
それに加え、どこか小物臭さを感じて仕方がなかった。
あれは何度突き落とされても這い上がってくるだろうが、墓穴を掘ってそのまま落っこちていくような奴だな。
八葉特有の勘? からそんなどうでもいいことを考えていたエドだが、突如遠くから聞こえた鐘の音に意識をもっていかれる。
オランピアも突然の鐘の音に少し驚きの表情を見せながら、音がした方に視線を向ける。
「? 何の音でしょうか?」
「あぁ。たぶん《ラングランド大橋》だな」
「《ラングランド大橋》?」
「あぁ。付いてこい。たぶんすっごく驚くぞ」
エドはオランピアを連れて、《ラングランド大橋》が見える位置に移動した。
何を驚くのかと疑問に浮かべるオランピアだったが、大橋を見た瞬間、言葉を失った。
巨大な《ラングランド大橋》が真ん中で二つに分かれ、それぞれ橋の入り口に向かって、ゆっくりと大きく上がっていったのだ。
「橋が割れた……」
「《ラングランド大橋》は跳ね橋なんだ。しかし、実物は初めて見るけど間近で見るとすごいな」
圧巻の一言ともいうべき光景にエドとオランピアは割れた《ラングランド大橋》に目が釘付けになっていた。
「あら、オランピアさん?」
すると、橋を眺めていた二人の横から聞き覚えのある声が聞こえた。
声がした方に振り向くと、そこにはジェニス王立学園の制服を着た三人の女子生徒がいた。
「クローゼさん!」
三人の中に、二日前に出会ったクローゼの姿を見つけたオランピアは三人に近づいた。
「こんにちは。孤児院の生活は慣れましたか?」
「はい。皆さんとても優しくて、すごく楽しいです」
「何々、クローゼ。知り合い?」
二人が会話をしているさなか、髪を後ろで結び、眼鏡をかけている女子生徒が横からはいってきた。
「えぇ。前に言っていた、孤児院に泊まっている人達よ」
「あぁ、この人達が……。私はジル。クローゼとは寮のルームメイトよ。よろしく」
「オランピア・エルピスです」
「エドだ。そちらは上級生の先輩か?」
挨拶をかわしたエドはもう一人の女子生徒に目を向ける。
金髪の髪を腰まで下ろし、クローゼやジルより少し大人びている感じから上級生ではないのかと、エドは当たりをつける。
「はい。三年のルーシー先輩です」
「ルーシー・セイランドよ。よろしくね」
「セイランド? それってレミフェリアの?」
「ええ。その通りよ」
セイランドとは、大陸随一の医療先進国、レミフェリア公国にある医療機器メーカー「セイランド社」と同じ名だった。
数多くの大手の医療機器メーカーがあるレミフェリアの中でも、セイランド社は現大公――アルバート・フォン・バルトロメウスと縁があり、その名は世界でも知れ渡っている。目の前にいる金髪の上級生は名実ともに正真正銘のお嬢様だった。
「さすがは名門校だな。それで、そんなおたくらはどうしてここにいるんだ? 授業はもう終わったのか?」
「はい。学園祭が近いので、二日前から授業は午前中で終わるようになっています」
「この近くに、雰囲気のいい喫茶店があるって聞いてね。折角だから、そこでお茶にしようと思ったのよ」
「そうなのか。でもいいのか? お前らは学園祭の準備を手伝わなくて」
「心配ないわ」
何となく疑問を感じたエドにルーシーはよどみなく即答した。
「元生徒会長が
「……おう(何やらかしたんだ、元生徒会長……)」
ルーシーから伝わってくる異様に強い圧力にエドはこれ以上のことを聞くことができなかった。
その後もクローゼ達の会話を続けていくなか、エドは何を思ったのかオランピアの方に顔を向ける。
「オランピア。折角だからクローゼ達と一緒に行ったらどうだ?」
「え?」
「買い物は俺一人で十分だからよ。お前もクローゼ達とお茶をしにいったらどうだ?」
突如、出された提案に驚くオランピアを置き去りに、エドはクローゼ達に確認をとる。
「すまないが、こいつも一緒に連れてってくれないか?」
「えぇ。いいわよ」
「歓迎します」
「問題ないわよ」
エドの頼みにクローゼはこころよく了承してくれた。
「あの、エドさん」
「たまには、女子だけで楽しく過ごしな。そんじゃあな」
何か言おうとしていたオランピアをそのままクローゼ達に預けて、エドはそそくさとどこかへ立ち去っていった。
~~~~~~~~~~~~~~
買い物に向かっていたエドはなぜかルーアンを出てアイナ街道に足を踏み入れた。
アイナ街道の先にはエア=レッテンの関所があるが、特にそこへ向かう理由はエドにはなかった。
そのまま歩き続けて数分、街から遠く離れたエドは街道のど真ん中で足を止めた。
「……出て来いよ。孤児院からずっと付けているのはわかってる」
「ハッ、気づいてたのかよ」
エドは街道外れにある茂みの一点を鋭い目で睨みつけ、そこから一人の男が出てきた。
男の背中には身の丈ほどの大剣を背負っていた。
赤い髪を緑のバンダナで持ち上げ、眉間に皺を寄せてエドよりも鋭い眼光で睨み返していた。
「誰だ?」
「遊撃士協会所属のアガット・クロスナーだ。国際指名手配犯、エドワード・スヴェルトだな」
「……人違いじゃないのか? 俺はエドワードじゃなくて、エドっていう名だ」
自身の本名を突然、言い当てられたことに内心驚く。
だが、認識阻害の眼鏡をかけており、まだ正体を見破られていないエドはそれを顔に出さずに誤魔化そうとする。
「誤魔化すんじゃねぇよ。あいにくとタレコミがあってな。『《枢機卿殺し》のエドワードが白髪の少女と一緒にルーアン付近で潜伏している』ってな」
「っ!」
《枢機卿殺し》とは法国の事件の折に付けられたエドの忌み名。
そして、白髪の少女とは間違いなくオランピアのことを指していた。
「眉唾だったが、信頼できる奴からの情報でな。念のために辺りを調べていたら、ドンピシャでてめぇを見つけてな。昨日は孤児院に一日中引きこもり、今日はいざ外に出れば目立たねぇように辺りを気にしてずっと行動している。噂の手配犯でなくてもてめぇの行動は十分に怪しすぎるぜ」
「……誤魔化しは通じないか」
これ以上の言い訳は通じないと判断したエドは認識阻害の眼鏡を外して、アガットに顔を見せる。
アガットは、エドの顔を見てニヤリと笑う。
「間違いねぇ。エドワード・スヴェルトだな」
「あぁ。その通りだ」
エドは真剣な表情を浮かべながら、アガットに自身の目的を話す。
「俺は来週の学園祭に来るカシウス・ブライトに会うためにルーアンに来た。目的を果たしたら、リベールからはすぐに立ち去る。ここはどうか見逃してはくれねぇか」
「却下だ。てめぇ、自分の立場が理解できていねぇのか?」
アガットはエドの嘆願を払いのけ、背中にある大剣を抜き、切っ先をエドに向ける。
「指名手配犯だとわかった以上、遊撃士として見過ごすことはできねぇ。てめぇはここで捕まえる!」
大剣を持っているとは思えない素早い動きでエドとの距離を一気に詰める。
横から大振りに大剣を薙ぎ払う。
エドは即座に後ろに下がって大剣を躱す。
そこから、何度もバックステップしてエドはアガットとの間合いを大きく開ける。
「よく躱したな。だが、剣も抜かずに俺とやり合おうっていうのか?」
アガットはエドを挑発しながら、その睨み目はエドの動きを見逃さないように凝視していた。
エドも睨みつけながらアガットの動きに注意していたが、頭の方は別の事で思考を巡らせていた。
(……俺がルーアンに来ることは誰にも告げていない。当然、俺がルーアンに訪れることなんて遊撃士達は知らないはずだ。誰が、どうやってそれを知った)
自分の行動が筒抜けになっていることにエドは焦りを隠せずにいた。
自分の行動を遊撃士に教えた何者かをどうにかしなければ、今後の行動に支障をきたしかねないからだ。
「無視してんじゃねぇぞっ!」
エドが戦いに集中していないことに気づき、それに苛立ったのか、アガットは再びエドに突っこんだ。
今度は大剣を大きく振らずに、連撃でエドに襲いかかる。
重さに振り回されることなく、アガットは巧みに大剣を操ってエドに向かって振り続ける。
エドは思考を一時中断して、戦闘に意識を集中する。
持ち前の動体視力を駆使して、迫ってくる大剣を身体を逸らして躱し続ける。
隙をついて、アガットの顔面目掛けてストレートの拳を放つ。
しかし、アガットはエドの拳を避けることはしなかった。
頭を振りかぶり頭突きを食らわせて、エドの拳を受け止める。
受け止められたエドは、すぐにアガットから離れて腰についている鞘から剣を抜いた。
「ようやく、やる気になったか。それじゃあ……本気で行くぜっ!!」
ルーアンから遠く離れた街道で、金属同士が激しくぶつかり合う音が何度も鳴り響き始めた。
次回、第18話「《重剣》のアガット」
お楽しみください!