それでは、ご覧ください。
「事件発生は二年前。場所はアルテリア法国にある七耀教会の総本部にある大聖堂で起こった」
ジャンの手元にはクリップで止められた紙束が、かなりの厚さでまとめられていた。それはエドが指名手配となるきっかけになった二年前の事件に関する捜査資料だった。
「被害者は七耀教会所属のシモン・グレラス枢機卿。年齢は当時、五十七歳。枢機卿になる以前は巡回神父として活動をしていた。ここまでで間違っているところは?」
「今のところはない。その内容で間違いねぇ」
エドは手元にある捜査資料を見ながら頷いた。
エドとジャン以外にも、この場にいる遊撃士達全員が資料を持っていた。
一方、唯一資料を持っていないオランピアは、エドが持っている資料を見ながら、静かに話を聞いていた。
ジャンは時々、エドに内容が間違っていないか確認を取りながら、集まった情報の精度を確認していた。
「発生時刻は午前七時前後。第一発見者の証言によると、教会の中央祭壇で胸に血を流した被害者が、血まみれの状態になっている君に抱えられている状態で発見された」
エドはその発言で二年前のことを思い出していた。
瞳孔が開き、生気を感じられない眼。
手から徐々に熱さが失われていくのを感じさせる身体。
そして、胸から溢れんばかりに流れ出る真っ赤な血。
あの日の出来事をエドはどうしても忘れることができなかった。
それこそ今、自分が険しい表情を浮かべている様子を心配そうに見上げているオランピアに気づかないくらい、忘れられなかったのだ。
「死因は鋭利な刃物で心臓を一突きしたことで起きた、大量出血による失血死。なお、凶器と思われる刃物はいまだに発見されていない」
「あの……、質問よろしいですか?」
ジャンが説明している中、オランピアの後ろで静観していたアネラスがおずおずと手を挙げた。
「何だね、アネラス君」
「話を聞いた感じですと、第一発見者はエドさんが被害者を刺したところは見ていないんですよね。エドさんが被害者を抱き上げている姿を見ただけです。エドさんが血まみれなのも同じく血まみれだった被害者を抱いたから付いたんだと推測できます。それなのに、どうして容疑者に上がっているのはエドさんだけなのですか?」
アネラスの指摘は間違ってはいなかった。
エドがシモンを刺したところを確認されていないのなら、エドではない第三者がシモンを刺した可能性が出てくる。
だが、資料の内容からエド以外に容疑者は浮上していなかった。
なぜ、容疑者がエドだけだったのか、アネラスは不信感を抱いたのだ。
「まず、大聖堂の中だけど、出入口は一つしかなく、そこは厳重に警備されている」
ジャンはアネラスの質問に答えるべく、資料のページをめくり話を続けた。
資料には大聖堂の中を細かく記された図面が描かれており、ジャンの指摘通り、大聖堂の正門以外に裏口といった他の出入口は見当たらなかった。
エドは資料を読みながら、ついでにアネラスに一つ補足する。
「大聖堂は七耀教会にとって、最も重要な施設の一つだ。遊撃士といった外部の者ではなく、教会が所有する戦力によって警備されている」
「え? そのようなものが教会に?」
「あぁ。《典礼省》の傘下にある治安維持組織《僧兵庁》というものがな」
七耀教会には、《典礼省》と《封聖省》の二つにわかれており、目的の違いからぶつかり合うこともよくある。
《典礼省》は祭事や儀式を主に監督しており、各地の教会施設の管理も行っている。
一方、《封聖省》は《古代遺物》の回収・管理・保管を行っている。
そして、荒事が起こった際には、それぞれが所有する戦力を用いて、これを解決している。《典礼省》の場合は《僧兵庁》がこれに該当する。
「話を戻すよ。まず、警備の者は二人担当で、彼らが最初に大聖堂を訪れる。そこで中に誰かいるのかを確認した後、出入口の警備にあたる」
「確認は手分けしてやってんのか?」
「いや、二人で行動して確認を行っている。エドワード君の言うとおり、かなり重要な施設のようだからね。互いに相手の行動を監視するのと同時に、確認の見落としなどを防ぐためにね」
アガットは警備の者が手引きした可能性を考えて確認をとったが、ジャンは理由も合わせて即答する。
「午前六時に被害者のシモン枢機卿が大聖堂に最初に訪れた。その一時間後にエドワード君が訪れて来た」
事件発生は午前七時前後。エドが大聖堂に訪れた時間帯と合致していた。
「お前、なんでそんな朝早くに教会に行ったんだ?」
「お祈りだよ。俺のおじいちゃんが教会の神父でな。小さい時から毎日朝早く、一緒にお祈りしていたから日課になっちまったんだよ」
もっとも、今のエドはお祈りなどしていなかった。二年間、指名手配犯となって追われており、特に教会からはかなり敵視されているから、教会に近づこうにも近づけなかったのだ。
その時、エドの発言に耳を傾けていたシェラザードは気になるところを見つけ、それについて問いかけた。
「一緒にってことは、その時、あなたのおじいさんは一緒じゃなかったの?」
「あぁ。おじいちゃんは三年前に亡くなってるからよ」
「っ! ごめんなさい。配慮が足りなかったわ」
「事件の調査のために必要な聴取なんだ。気にしていないから大丈夫だ」
祖父の死去を知らずに聞いてしまったシェラザードは謝罪した。対するエドは本当に気にしていない様子で手を横に振っていた。
その様子を見ていたジャンは対話が終わったのを確認し、話を戻した。
「そして、エドワード君が訪れて、三十分後、第一発見者が訪れ、現場を目撃したというわけだ」
「つまり、発見されるまで大聖堂の中には、エドさんと被害者しかいなかった、ということですか」
「そういうことになるね。さらにもう一つ。被害者を刺したと思われる凶器なんだが……。刺し傷の刃型から、東方の武器の一つ"太刀"であることが判明された」
「えっ?!」
ジャンから告げられた事実にアネラスは声を上げるほどの衝撃が走った。
「当時の法国内で太刀を持っていたのは彼しかいなかった。全て状況証拠でしかないが、彼以外に犯人だと該当する者は誰もいなかったんだ」
「そんな……」
(ガイさんから聴いた話と一緒だな……)
今は亡きクロスベルの捜査官、ガイ・バニングスとの二年間の情報交換で得た内容と照らし合わせて、エドはジャンから来る情報を整理していた。
「唯一わからなかったのは動機だ。エドワード君が被害者を殺す動機がどうしても見つからなかった。エドワード君、君と被害者はどういった関係なんだい?」
「先生と生徒の間柄だったかな。福音施設で育てられた俺は当時、巡回神父だったシモン先生に色んな座学を教えてくれた」
「聞き込みから、被害者は君の祖父ともかなり親しい間柄だったという話だけど、それは事実かい?」
「本当だ。正確に言うと、祖父とシモン先生は兄弟弟子の間柄だ」
「兄弟弟子というのは、お二人は何かしらの武術の門下生だったのかい?」
「そうだ。東方三大拳法が一つ、《
クルツから次々と出て来る質問にエドは一つ一つ答えていった。
カルバード共和国には、数々の民族を受け入れて多種多様の文化が取り入れられている。特に、東方の文化は非常に強く、芸術だけでなく、武術もかなり広まっている。
その中で拳法では代表とも言うべきものが三つあった。
《泰斗流》、《
この三つを総じて、東方三大拳法と言われている。
「君の祖父と被害者の関係を証明できる人は?」
「当然いる。おじいちゃん達の師匠であり、《崑崙流》の達人にして教会の神父でもある、グンター・バルクホルン神父だ」
《
エドの祖父――オーバ・スヴェルトやシモンと同じく、長く教会に勤めていたご老人。かなりの人格者であると同時に、活動期間の長さと実績から《封聖省》に所属しているにもかかわらず、そりが合わない《典礼省》の一部の人達からも尊敬されいる。
また、《崑崙流》を修めた武芸百般の達人であり、教会だけにとどまらず、大陸各地に数多くの教え子を持っている。
「その人は今は法国に?」
「わからん。巡回神父として世界中を飛び回っているんだ。どこにいるかなんて見当がつかねぇ」
豪快に笑う好好爺を思い出したのか、エドは一笑してしまった。
「なら、他にはいないのか?」
「そうだな……。三大拳法の使い手なら知ってるかも知れないな。《泰斗流》と《月華流》。少なくとも中伝以上の使い手に聞いてみたらわかると思う」
「……あっ!」
すると、静かに考えていたアネラスは突如、大声を上げた。
「ちょっと、どうしたのよ。そんな声出して」
「あ、すみません、シェラ先輩。ただ、エドさんが言う人物、リベールで該当する人が一人いるんです」
「えっ、それ、本当っ!」
「はい! エドさん、キリカさんをご存知ですか? 《泰斗流》の……」
アネラスはエドに振り向き、該当する人物であろう名前を言って確認した。
エドはしばらく考えていたが、思い当たる人物を見つけ顔を上げた。
「まさか、キリカ・ロウランか? 《
「はい! そうです!」
言い当てたことに喜ぶアネラスに対して、オランピアを除く他の者は意外な人物の名前に驚いていた。
「まさか、ツァイス地方で受付をしているキリカのことか?」
「はい。《泰斗流》の免許皆伝に至った達人です。キリカさんなら、エドさんのおじいちゃん達のことを知ってるかもしれません」
「絶対に知っているだろう。確か父親が《泰斗流》の師範代だったはずだ」
オーバとシモンは三十年以上前からグンターの元で《崑崙流》を学んでおり、グンターの一番弟子ともいえる立場にいた。
キリカの父であるリュウガ・ロウランとグンターは東方三大拳法の師範代同士、交流があり、その時に出会っていてもおかしくはなかった。
余談ではあるが、エドは最初、オーバの薦めで《崑崙流》を学んでいたが、グンターは剣術の方が合っていると言われ、《崑崙流》の修行をやめた。そして、グンターの紹介で《剣仙》ユン・カーファイと出会い、八葉一刀流を修めたのだ。
「では、それについては僕の方で確認するよ。続けての質問だけど、君から見て被害者はどういう人だったんだい?」
手掛かりを見つけたジャンは質問を変えて、シモンの人物像をエドに尋ねた。
「……先生は献身的な方だった。女神の教えをとても大事にしていて、その姿勢に周りの人達も尊敬していた。……ただ」
「ただ?」
「これは八葉一刀流を皆伝した時に感じたものだが、あの人は何かに苦悩している感じがした」
ほんの一瞬だったが、その時に感じたものをエドは忘れられないでいたのだ。
根っからの善人とも言うべきシモンから、どす黒い激情のようなものを感じたのだ。
小さい頃からシモンのことを知っていたエドは、彼が正反対のものを持っているとわかった時は、すごく困惑したものだ。
「そうか……。いろいろ教えてくれてありがとう。とても参考になったよ」
ジャンは聞きたかったことを一通りに聞き、エドに礼を言った後、資料を置いて自分の近くにあったもう一つの資料を手に持った。
「それじゃあ続けて、追跡した遊撃士の変死事件についての聴取を始めるよ」
次回、第21話「事件究明②」
お楽しみください!