「事件発生はシモン枢機卿殺害事件の翌日。法国の国境付近にある川沿いで謎の変死体が発見された」
エド達は二つ目の事件の捜査資料を手に持ち、文面を読んでいた。
「被害者は遊撃士協会所属、E級遊撃士のギース・カースト。年齢は当時、二十歳」
資料には、逆立った金髪に眉間に皺を寄せた男の顔が写っていた。その顔はまさに悪人面といってもいいものだった。
その顔を眺めているエドの様子を伺っていたオランピアは、エドが今までにないくらい胸糞悪そうな表情を浮かべているのを見て、驚きを隠せずにいた。
「死因は首を切り落とされたことによるもので、ほぼ即死。首の方は川に流されてしまったのか、いまだに見つかっていない」
次の資料をめくると、そこには首から上がない遺体の写真が写っていた。
あまりにも、むごたらしい死体にその場にいる者達はその写真に顔を歪ませ、アネラスやジャンにいたっては口元を抑えて耐えていた。
唯一顔色を変えなかったのは、長く暗殺稼業をしていたオランピアだけだった。
「うぅ……、か、顔がわからないのに、どうして被害者を特定できたのですか?」
「あ、あぁ。遺体の所持品の中に遊撃士の手帳が発見された。そこには被害者の名前が書かれていた。他にも被害者の腹には古傷らしきものが付いていた。被害者のことを知っている人に確認したところ、幼少の頃に付いた傷で間違いないそうだ」
資料に載っている写真の中に血が着いた遊撃士の手帳が写っており、微かではあるが「ギース・カースト」という名前が書かれていた。
「それで……、こいつが犯人だと断定された根拠はなんだ?」
「まず、被害者は切り落とされた首だけでなく、複数の切り傷、刺し傷があり、さらには現場近くに凶器と思われる刃物が発見された。そして、被害者の傷は殺害されたシモン枢機卿と同じ凶器で付けられた傷だと判明した」
「同じ凶器……、じゃあそれって……」
アネラスの呟きにジャンは静かに頷き、資料に挟まれていた写真を取り出しエドに見せる。
「エドワード君、これが殺害に使われた凶器になるが見覚えは?」
エドはテーブルに置かれた写真をじっくりと観察する。
かなり使われていたのか、柄全体を覆うように巻き付いている紐がかなりほつれていた。
刀身はパッと見ればきれいだったが、じっくり観察すれば刃こぼれがひどく、とても実戦で使える代物ではなかった。
見覚えがあった。
見間違えるはずがない。
なぜなら、写真に写っているこの太刀は、自分が剣聖に至るまで一緒にいた相棒だったからだ。
「……ある。俺が修行時代に使っていた太刀だ。普段は俺の部屋に飾られていたんだが……」
「聞き込みでも同じ供述がとられている。また、発見現場近くの隣国で逃走している君の姿が目撃されており、君以外で現場の近くにいた人は誰もいなかった。このことから、エドワード君が被害者と接触し、何らかのトラブルが起きて殺害。その後、そのまま隣国まで逃亡したというのが遊撃士協会が出した結論だ」
「二つの事件で同じ凶器が使われ、その凶器の持ち主が現場近くで目撃されている。こいつが犯人だと疑われてもおかしくはねぇな」
アガットの指摘に一同が一斉に黙ってしまった。
エドが被害者二人を殺害した物的証拠はなかった。だが、度重なる状況証拠の全てがエドが犯人であると示していた。
エドが無実だと訴えたとしても、これでは誰も信じてくれないだろう。
「実は、他にもあるんだ……」
これだけにとどまらず、エドが犯人である可能性を示唆するものがあった。
「被害者は福音施設で育ったんだ。エドワード君と同じ施設、同じ時期にね……」
「なにっ? それって顔見知りだったのか?」
「あぁ。同じ施設で生活をしていた人達の話を聞いたところ、仲もそれほど良くはなかったとのことだ」
「つまり、こいつには被害者を殺す動機があるかもしれないということか?」
「そういうことになるね」
遊撃士一同は一斉にエドに視線を向ける。
「エド君。それについてはどうなの?」
「……まぁ、少なくとも一緒に遊んだことはなかったな」
シェラザードからの問いに対して、エドはどこか不機嫌そうに答えた。どうやらエドはギースに対して、あまり好意的ではないらしい。
「不仲の理由はなんなのですか?」
「それがまったくの不明。施設の人達だけじゃなく、被害者と彼の事を知っている人に片っ端から聞いたけど、心当たりはないらしい。エドワード君、当事者の君に聞きたい。被害者とはどういった仲だったのか、具体的に教えてくれないだろうか?」
エドしか知らない情報だったためか、いつもより真剣な表情でジャンはエドに質問をする。エド自身もそれがわかっていたからか、観念するように深くため息をついて語りだす。
「最初に、念のために言っておくが、あいつはともかく、俺があいつを恨んだり、憎んだりする理由はねぇぞ。元々仲はそんなに良くなかったけど、あることがきっかけで、あっちから一方的に抗議というか、文句というか、そんな事を会うたびに言ってくるんだよ。しかも、振り切ろうとしても追いかけて来るわ、誰もいないことがわかった瞬間、いきなり攻撃してくるわ、見えないところで悪質ともいっていいイタズラをするわ、ハッキリ言ってめんどくさくて相手にするだけ疲れるような奴だったよ」
「そ、そうか……」
マシンガンのように続く、酷評の嵐にジャンは思わず苦笑いを浮かべてしまった。
予想以上にエドがギースのことを良く思っていないことがわかり、容疑がさらに固まってしまった。エドもその事に気づいていないわけではなかったが、そうとうイラついていたからか、そんな事お構いなしに言葉が走ってしまった。
「エドさん、さっき言っていた
すると、アネラスが横からはいってきた。エドの発言に引っかかるところがあったようだ。
「我々もそこは気になっていた。事件解決の手がかりになるかもしれない。できるのなら、教えてくれると助かるんだが……」
「そいつは…………」
クルツが懇願するのに対して、先程まで苛立ちを隠せなかったエドが急に黙ってしまった。その様子の変化を遊撃士達は見過ごさなかった。
「なんだ、言いたくねぇのか。てめぇ、疑われているってわかってんのか?」
「ちょっと、アガット先輩。落ち着いて」
「でも、アガットの言うことも一理あるわ。このまま黙っていると、あなたへの容疑がさらに固まってしまうわよ」
「シェラ先輩も……」
アガットに続いて、シェラザードもエドを問い詰めていき、エドは閉じていた口を開け、静かに答えた。
「……………………女だ」
「……はっ?」
聞き間違いだったのか、思わず聞き返してしまった。
エドは開き直ったのか、早口かつ大声で言葉を続ける。
「女だよ! 当時、俺には付き合っていた彼女がいたんだよ! 付き合う前にあいつが彼女に交際を申し込んだんだけど、見事に玉砕して、そのすぐ後に、彼女の方から俺に交際を申し込んできて、そのまま付き合うことになったんだよ! あいつは自分より俺が選ばれたことが、とてつもなく気にいらなかったらしくてな、それを機に嫌がらせが悪化したんだよ! これでいいか!」
少し顔を赤くして吠えるエドに今度は遊撃士達の方が黙ってしまった。
予想外の返答に何を言えばいいのかわからなくなったのもそうだが、常に平静を装っていたエドがここまで感情をわかりやすく発露するとは思わなかったからだ。
「あぁ~そういうことね」
「それは……確かに言いづらいですね」
男連中はエドの様子に驚いているのに対して、女遊撃士の二人はエドがここまで感情的になった理由をなんとなく察したのだ。
「ま、指名手配犯になったのをきっかけに破局しちまったけどな」
最後に不貞腐れそうに、だけどどこか後悔しているかのような口調で呟いたエドはそこで言葉を切った。
「う~ん。聞いた感じだと君の方が被害を受けていて、被害者の方が君を殺す動機があるということになるのかな?」
「女の事でネチネチと言ってくるのがうざくなったから殺したっていうのか? 俺はその時、法国の連中から逃げてたんだぞ。そんなくだらない事をその時にいちいち気にしてられるかってんだ」
「それもそうだね……」
エドからの棘のある反論にジャンは静かに賛同した。
「ありがとう。これで聴取の方は終了だ。やはり当事者からの意見は貴重だね。不明な点が少し明らかになっただけでも、いい収穫だったよ」
ようやく事情聴取が終わり、部屋全体を覆っていた重い空気がなくなるような感じがした。
「それじゃあ、明日から君には遊撃士活動に参加してもらうよ。異論はないね?」
「あぁ、わかったよ。それじゃあ、今日のところは帰らせてもらう。行こうか、オランピア」
「……はい」
エドは用事が済んだことで、孤児院に帰ろうとオランピアに声をかけた。
しかし、オランピアはどこか意気消沈な様子で返事を返すだけだった。
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ルーアン支部に入る時には、まだ低い位置にあった太陽は、エド達の頭上まですでに昇っていた。
今の時間は昼少し前。どうやら事情聴取にかなりの時間を使ってしまったらしい。
そんな事を考えていたエドは、いまだ俯いたままで歩いているオランピアに声をかける。
「オランピア、聞いていた通りだが、しばらくは別行動になる」
「……はい」
「俺が別行動をしている間は、遊撃士の人が交代でお前の護衛にはいるらしい」
「……はい」
「もちろん。陰ながらの護衛だから私生活のプライベートは守ってくれると思うぜ」
「……はい」
「オランピア?」
「……はい」
「……」
「……はい」
聞いているのか、聞いていないのか、オランピアは同じ事を何回も繰り返していた。
その様子を黙って見つめていたエドは、オランピアの後ろに立って近づいた。
「……こちょこちょこちょこちょ」
「っ! ふ、あ、あはは、あはははは!」
すると突然、エドはオランピアの両脇腹をくすぐり始めた。
急な襲撃にオランピアは抗うことができず、笑うのを我慢することができなかった。
「あはは、は、や、やめて、くだ、さい!」
だが、なんとか笑うのを耐えるオランピアは手を振りかぶり、不届き者に鉄拳の制裁をぶつける。
「うわぁ!」
しかし、間一髪で躱され、オランピアの拳は空を切った。
「あ、あぶねー。また、殴られるところだった……」
かつて自身の頬を抉った乙女の拳に冷や汗をかきながら呟くエド。
その様子をオランピアは鋭い目で睨みつけて抗議する。
「い、いきなりなにするんですかっ!」
「いや、お前、話を聞いていたか? さっきから、ずっと『はい』しか言ってなかったぞ」
エドは事情聴取の時から、オランピアの様子が少しおかしくなっていることに気づいていた。
その後、あの手この手でオランピアの気を向かせようとしたが、ご覧の通り効果は全然なかった。
だから、エドは最終手段としてくすぐり攻撃で気を向かせようとしたのだ。
結果は大成功だったが、一歩間違えれば、顔が大惨事になっていただろうから、次が来たら別の手にしようとエドは考えた。
「え、あ、すみません」
話を聞いていなかったことについて、さすがに申し訳なく思ったオランピアは、エドに謝った。
「……どうかしたのか?」
さすがにこのままはいけないと思ったエドは、オランピアの悩みを聞こうと、視線を合わせる。
「い、いえなんでもありません。えっと……、少し遊撃士の人達を考えていまして……」
「あぁ……」
彼女がなにを言わんとしているのか。
オランピアの発言にエドはなんとなく察した。
エドは俯いているオランピアの頭を撫でる。
「まぁ、心配するな。ここの遊撃士は話がわかるような奴らばかりだ。当分の心配はなさそうだ」
ルーアン支部に集まっていた遊撃士達は、エド達の事情を知ってもなお、捕まえようとはしなかった。
そのまま逮捕するのではないのかと身構えていたが、そのような仕草はまったくなかった。
今後の行動についても拘束するのではなく、監視にしたことになにか裏があるのではないかとオランピアは勘ぐってしまったのだろう。
だか、ユンの孫であるアネラスや受付のジャン、ベテランのクルツやシェラザード、そしていまだ警戒を緩めないアガットでさえ自分達の話を最後まで聞いてくれた。
クロスベルでいきなり襲い掛かってきた赤毛の遊撃士とはえらく違っていたから少し戸惑っているのだろうとエドはそう思った。
「そう……ですね……」
エドが言ったことを理解したオランピアは、ゆっくりと頭を縦に振った。
「それじゃあ、とっとと帰るぞ。確かテレサ院長が今日の昼はシチューにするって言ってたからな」
「そうですね。行きましょうか」
(……なんだろう、胸から伝わってくるこの感じ……)
胸を引っかくような痛みと、穴が開いたような空虚感にオランピアはとてもつらそうな顔をしていた。
その様子をエドに見られたくなかったからか、エドよりも前に出て歩き出すのだった。
次回、第22話「少女迷走」
お楽しみください!