ジェニス王立学園が所有するグラウンドには、数多くの屋台が円を作って並んでいた。
隣国のエレボニア帝国にある交易町ケルディック。そこで毎週開かれるという大市を参考にして作られたようだ。
ルーアンの港で取れた魚の塩焼き。
ロレント地方で収穫した新鮮な野菜や果物。
中古ではあるものの《ZCF》で製作された導力器。
多種多様の商品が売られており、グラウンド内は祭りの参加者達で大きく盛り上がっていた。
「……」
そんな中、グラウンドにはいる前から、しかめ面を崩さないオランピアは、屋台で売られていた綿菓子を食べながら市場を歩いていた。
「え~と……、オランピアちゃん?」
「……(プイッ)」
「は、はぅ~」
オランピアの隣で歩いていたアネラスは、振り向いてもらおうと彼女に何度も呼び掛けるが、その度に顔を背かれては項垂れるのだった。
「ご、ごめんね、オランピアちゃん! まさか、エドさんと一緒に回りたかったなんて思わなくて……」
なりふり構っていられないのか、アネラスはオランピアの前に立ち、両手を前に合わせて謝罪する。
それをじっと見つめているオランピアは、
「……いいですよ。邪魔される前に誘えなかった私も悪いですから……」
若干、棘のある言い方だったが、アネラスのことを許すことにしたようだ。
「オランピアさん」
その時、後ろから声をかけられた。オランピアはその場で振り向いて、声の主に目を向ける。
「クローゼさん……」
「おはようございます。ようこそ、学園祭へ。今日はエドさんと、ご一緒ではないのですか?」
クローゼは、にこやかに笑いながらオランピアに近づいてきた。いつも隣にいたはずのエドの姿が見えなかったからか、オランピアにエドの行方を尋ねた。
「……」
「オランピアさん?」
クローゼに会えたことに顔が少し緩んでいたのだが、エドの話にはいった瞬間、再びしかめ面に戻ってしまった。
オランピアの顔色の変化に戸惑いながらも心配そうに窺うクローゼ。
「えっと、実はね……」
その様子を見たアネラスはクローゼに正門からここまでのあらすじをざっくり説明した。
「そういうことですか……」
アネラスの話を聞き、オランピアの態度にクローゼは納得を示した。
そして、クローゼはオランピアの気持ちを汲み取り、ある一つの提案をする。
「オランピアさん、よろしければ一緒にエドさんを探しませんか?」
「……え?」
「年に一度のお祭りです。楽しむのなら、一緒に回りたい人との方がいいと思いますから」
学園に所属している者として、参加者であるオランピアには学園祭を楽しんでほしい。なにより一緒にいたいと思える人と回れば、もっと祭りを楽しむことができる。
そう思ったクローゼは手を膝に付けて、もう片方の手をオランピアに差し出す。
伸ばされた手に少し戸惑うオランピア。エドと一緒に学園祭を回りたいという気持ちはある。だが、そのために今、手を差し伸べてくれる彼女の時間を取らせるのは非常に申し訳ないという気持ちもある。
オランピアはしばし頭を悩ませていたが、自分の気持ちに嘘をつくことができなかったのか、ゆっくりと自分の手を動かして、そのままクローゼの手を握りしめる。
「……よろしくお願いします」
「はい」
クローゼが優しく笑みを浮かべ、オランピアの顔も少し柔らかくなった。そんな二人を少し離れた所で見ていたアネラスはホッとして、同時に張り切った様子で二人に近づく。自分の失敗に対する汚名返上のチャンスだったからだ。
「それじゃあ、エドさんを探しに行こうか!」
「オランピアさん、エドさんが行きそうな場所になにか心当たりはありますか?」
「いいえ。エドさんはある人に会うために学園祭に参加しています。その人のことを今も探していると思うので、どこにいるのか心当たりはありません」
「そうですか……」
どこから手をつけようかと、思案顔になって頭を捻らせる三人の少女。
エドの行方を絞り出そうとしていたその時、
パチャ!
「「「きゃ!」」」
周りを確認することなく市場の真ん中に立っていた少女達は、突如、冷たいなにかをかけられて悲鳴を上げた。
「な、なに? いまの?」
オランピアは驚きながらも、なにが起こったのかと周辺を探った。
「どうやら子供達が水溜まりを踏んで、こちらに飛んできたみたいです」
クローゼは子供達が元気に走り去る姿と、自分達の近くに波紋が広がっている水溜まりを見て、そう推測した。
「あっちゃ~、折角の服がびしょびしょだよ」
お気に入りだったのか、服が汚れてしまったことにアネラスはひどく落ち込んでいた。
エドを探す前から、とんだ災難に見舞われた他の二人も、アネラスにつられて落ち込んでしまう。
「あら? クローゼ?」
「あ、ルーシー先輩」
三人が落ち込んでいる中、人混みの中からルーシーが現れ、クローゼ達に近寄ってきた。
「どうしたの、服が濡れちゃっているじゃない」
「あの、実は……」
後輩達の惨状に遭遇したルーシーは心配しながら事情を尋ねて、クローゼは簡単に説明する。
一通りの事情を聞き、内容を把握したルーシーはその場で頷いた。
「なるほど、そういうことだったのね。生徒会の方でも注意するように言っておくわ」
「ありがとうございます」
クローゼはルーシーの優しさとその行動力に感謝し、頭を下げる。
「いいのよ。後、あなた達の服だけど、替えの宛てがあるわ。今からそこに行きましょう」
「? 宛てですか?」
オランピアの返事にルーシーは再度頷いて、踵を返す。
「えぇ。付いてきなさい」
淀みない足運びでグラウンドの外へと向かうルーシーの後を、オランピア達は黙々と付いていった。
~~~~~~~~~~~~~~
一方その頃、ヴィスタ林道で突然始まった、エドとグランの戦闘は終息の方向へと向かっていた。
「どうした、もう終わりか?」
不機嫌そうな顔で相手を挑発するエドは剣を片手に棒立ちして、見下すように相対している男を見つめていた。
「ハァ……、ハァ……、ク、クッソォ!」
エドの視線の先には、顔から大量の汗を流し、息を荒くするグランが四つん這いになっていた。グランの身体には、太刀の峰で打たれた痕がくっきりと残っており、対するエドの身体には傷一つ付いていなかった。
戦闘が始まって、わずか三分。実力差は歴然としていた。
「くらえ!」
しかし、グランは身体に鞭を打って立ち上がった。
法剣を上段に構えて、その場で振り下ろす。
刀身が鞭のように伸びて、エドに襲いかかる。
エドは迫り来る刃に怯むことなく前進し、首を横に傾けるだけで法剣の刃を躱す。
(……一)
「っ! このぉ!」
躱されたことに苛立ったグランは腕と手首を動かして、法剣の軌道を変える。
今度は横からの薙ぎ払い。直撃すれば、首が胴体から離れてしまうだろう。
(……二)
だが、これもエドは身体を低くすることで直撃を避ける。
エドはその体勢のままスピードを落とすことなく、そのままグランへと突っ込んだ。
「ダァァリャァァァ!」
もはや、やけくそとグランは腕を大振りに振り回し、軌道を変えた法剣はエドの頭上から落ちてきた。
エドは走りながら、剣を両手に持って下段に構える。
(……三!)
「ハァッ!」
ガキンという、金属同士の強い衝突音が鳴り響いた。
エドの剣が法剣を捉えて、軌道を横に逸らしたのだ。
エドは法剣の様子を見ることなく速度を上げて突っこむ。追撃が来たら躱すことはできないだろう。
「くぅ!」
だが、グランはそんな絶好の機会を活かさず、法剣を元に戻そうとする。
戻して攻撃へと転ずる前に、エドはグランの懐にたどり着いた。
「なっ!」
「螺旋撃!」
身体全体を駆使した螺旋の動きは、放たれた一撃の威力を上げて、グランの腹を抉った。
峰で打たれた一撃は、グランを斬ることはなかったが、その一撃の重さに絶叫を上げて、後ろへと吹っ飛んだ。グランは地面に何度も転がっていき、元に戻していない法剣を手離してしまった。
「カハッ! ゴ、ゴホッ! ゴホッ!」
グランは立ち上がろうとするが、腹からくる痛みに足元が震えてしまい、何度もその場で倒れ込んでしまった。
「弱い」
その様子を静観していたエドはグランに対して断言するかのようにそう評価した。
「法剣の使い方がなっちゃいねぇし、なによりお前自身の実力がまったくない。その程度の実力じゃ、俺に勝つことなんか一生できねぇよ」
エドはグランが法剣と自身の実力をまったく理解していないことを見抜いた。
攻撃というものはその威力に比例して、連続攻撃できる回数が制限されてしまう傾向がある。
例えば、導力銃。時間が経過すると自然に回復する特徴を持った「導力」を用いていることから、無限に撃ち続けることができると思われがちだが、それは違う。回復する導力エネルギーより、放たれる導力エネルギーの方が多く、威力が高ければ使用するエネルギーも多くなるので、その分、連続で撃てる回数も減ってしまう。
剣や槍といった武器でもそうだ。武器が大きければ大きい程、一撃ごとの威力は高くなるが、武器の重さによって連続攻撃の回数が減ってしまう。
だから、軍人や遊撃士といった戦いに身を置いている者は、自分の武器と技量を正確に把握することが絶対条件と言ってもいい。
攻撃が当たるリーチはどのくらいか。
連続で何回攻撃できるか。
どのくらいの威力なら耐えられるか。
どれか一つでも誤認してしまえば、そこから隙を付かれてしまうからだ。
グランの法剣による連続攻撃は最大三回。三回目の攻撃を終えた後、グランは必ず法剣を元に戻す。
一回ならまだしも、それを何回も見せれば、最大回数が何回なのかと見抜かれてしまう。
最大回数を見抜いたエドは、三回目の攻撃後に生まれる隙を何回も付いて、グランを圧倒したのだ。
「ふ、ふざけんじゃねぇぞ!」
目の前で自分のことを見下している男よりも、自分が劣っている現実を認めることができず、声を荒げながら野次を飛ばす。
「俺は、セリスのために、てめぇを……ゴホッ!」
「さっきも言ったはずだ」
グランが言い切る前にエドが彼の目の前に急に現れ、腹に強烈な拳打を放つ。
「あいつを知ったように語ってんじゃねぇ」
「クッ……ソォ……」
腹からの衝撃に耐えきれず、意識が朦朧とするグラン。
自分を睨みつけてくる男を睨み返すが、徐々に景色が暗くなっていき、そのまま地面へと崩れ去った。
エドは倒れたグランをそのまま長く見下ろす。
「……知ったように語るな、か……」
自分で言ったセリフを繰り返して、物思いにふけるエド。
彼の頭に浮かんでいるのは、彼女との最後のやり取り。
『エド……、なんでだ……』
いつも勝気にあふれ、自分の弱さを他人にさらすようなことを絶対にしないあいつが、今にも泣き崩れそうにこちらを見つめてくる顔。
そして、最後に俺は……
「ハッ、どの口が言ってるんだか……」
自嘲気味に、だけど、どこか後悔しているように顔を歪めるエドは、頭を振って思考を切り替える。
「しっかし、誰がこいつに俺の居場所を教えたんだ?」
(ルーアン支部の誰かか? いや、それなら、こいつじゃなく、もっと高名な遊撃士を送り込むはずだ。なら、こいつの単独か? ならどうして俺の居場所を……)
最初はルーアン支部の誰かがレマン総本部に連絡した可能性を考えたが、エドは即座に首を振った。
クロスベルに所属しているグランが国外まで追いかけて来た可能性としては一番妥当だと考えるが、それはありえない。
なぜなら、グランの実力ではエドに勝つことができないからだ。事実、それは先程の戦いで証明された。
さらに、二ヶ月前にはアリオスと戦って勝ったという実績を持っている。
そのことを考えれば、アリオスと同格のA級遊撃士を複数人送るか、カシウスと同じS級遊撃士を送らなければ返り討ちにあうのは目に見えている。
だが、グランが単独でエドの所在を掴むことができるのかと言われれば、それもありえない。
誰かが所在を教えなければ、グランはエドの行方を探し当てることなどできないはずだ。
ましてや、エドはリベールに行くことなど誰にも伝えていない。
いったい誰がどうやってエドの居場所を突き止めたのか。
エドは新たに生まれた謎にぶつかり、思考を巡らせていた。
「まさか、ほんまにいるとはな……」
その時、エドは耳から入ってきた声に目を見開く。
その声にエドは聞き覚えがあったからだ。
思考を中断して、声がした方へと即座に振り向いた。
「お前は……」
そこにいたのは、エドと同じくらいの背丈をした青年だった。
緑色の髪を逆立たせ、なまった口調で話していた。
服は少しアレンジしているが、教会の神父が着る法衣を身に纏っていた。
エドはその青年の事を知っていた。なぜなら、彼はアルテリア法国でできた古い友人だったからだ。
「こんな形で会うなんて、まったく女神も酷なことをしてくれるで」
エドの顔を見るなり、手を腰に当てて強くため息を吐く青年。
だが、すぐに青年は顔を上げてエドを見る。その顔はとても残念そうに乾いた笑みを浮かべていた。
「久しぶりやな、エド。元気にしとったか?」
「おかげさまでな。そっちも元気そうでなによりだよ。……
次回、第25話「外法」
お楽しみください!