英雄伝説外伝 金の軌跡   作:魔ギア

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第二十六話 開幕

 気づけばふわっと浮かんでいる感覚があった。

 謎の浮遊感に目覚めたオランピアが最初に目にはいったのは、天高くから照らしてくる太陽の光だった。

 次にゆっくりと首を横に動かす。そこには陸地のような場所がどこにも見当たらず、地平線の先まで続く海が広がっていた。

 オランピアは海のど真ん中で身を委ねたまま、自身を照らす太陽をじっとり見つめていた。

 太陽の光を全身に受けていた身体は抵抗がなくなったのか、海の中へと徐々に沈み始める。だが、オランピアは特に抵抗するような動作をしなかった。

 水面越しに映る光が少しずつ見えなくなっていく中、海全体に鳴り響いてくるベルの音だけが耳にはいった。

 

 ……さん

 

 海の中だというのに息苦しさを感じず、肌寒さも感じなかった。

 むしろ居心地のいい温かさが伝わり、空気のない水中でなんで音が聞こえるのかなど、オランピアは気にならなくなってしまった。

 

 ……ピアさん

 

 あまりの心地よさに再び目を閉じて、眠りにはいるオランピア。

 身体と心を包んでくれる温もりに全てを預けてしまいたかった。

 そして、そのまま彼女は……

 

「……オランピアさん!」

「はっ!」

 

 突然の呼び声にオランピアは閉じかけていた目を開く。

 頭がまだ朦朧とし意識がまだ遠い中、なんとか踏ん張って辺りに視線を配る。

 ここは王立学園のクラブハウス。先程までの広大な海などどこにも見当たらなかった。

 さらに視線を横に向けると、そこには見知った顔の姿があった。

 

「クローゼ、さん?」

「大丈夫ですか!」

 

 心配そうにこちらを覗いてくるクローゼが、自分の肩を揺らしながら声をかけていた。

 クローゼのおかげで頭の中が少しずつ晴れていったが、まだ混乱が抜け落ちていなかった。

 

「あの、私は……?」

「さっきまで、意識を失って棒立ちしていたのよ。……まぁ、私達もだけど」

 

 自分がどうなっていたのかを、近くで様子を見ていたシェラザードが簡単に説明した。

 オランピアは話を聞いて、なにがあったのかを徐々に思い出す。

 突然、鳴ったチャイムの後からスピーカー越しに響いてきたベルの音。あれを聞いた瞬間、意識が段々と遠くなっていくのを感じたのだ。

 

「意識が落ちようとしていたその時にね、オランピアちゃんの懐が急に光り始めたんだよ。それのおかげでなんとか私達は意識を失わずにすんだの」

 

 アネラスの発言にオランピアは自分の懐に視線を送る。

 彼女の言う通り、懐の中でなにかが光を放っていた。

 慎重な動作で懐の中をじっくりとあさって手に取ったのは、紐で口をきつく閉めた小さな袋だった。

 袋はいまだに淡い光を放ち続けており、収まる様子はなかった。

 

「これは確か……」

 

 光の正体に気づいたオランピアは、袋をもらった時のことを思い出した。

 それはリベールへ向かうため、クロスベルを出てから一ヶ月後のことだった。

 

『オランピア。これを……』

 

 エドから八葉一刀流の稽古をつけてもらい、束の間の休憩を挟んでいたその時にそれを手渡された。

 

『これは?』

『お守りだ。こいつを持っていれば《古代遺物》の力の影響を少しだけ緩和することができる』

『そんなものが?』

 

 最初に聞いた時は目を丸くした。いまだ完璧に解析することができない《古代遺物》の力を防ぐことができるものがあるなど聞いたことがなかったからだ。

 

『あぁ。教会は《古代遺物》の回収する役目を担っている。彼らの礼服はこいつと同じ法術がかけられているんだ』

 

 エドが言うには、《古代遺物》の中には強大な力を持つものもあり、回収する際に暴走して力を受け、死傷する者が後を絶たなかったと言う。そこで教会は何十年にもおよぶ法術の研鑽の末、《古代遺物》の影響を抑制する法術を編み出すことに成功したとのことだ。

 

『《庭園》がこれからも《古代遺物》を悪用しないとも限らない。こいつを持っていれば多少の安全は保証される』

 

 どういうわけか、《庭園》は《古代遺物》を大量に所有している。クロスベルの時はエドが近くにいたからなんとかなったが、今後も同じように上手くいくとは限らない。気休めでも対策を取った方がいいと思い、エドはオランピアのためにお守りを作ったのだ。

 

「そんなものがあったなんて……」

「だとすると、さっきのあれは《古代遺物》の力の可能性があるわね」

 

 エドとのやり取りを語るオランピアの話に耳を傾けていた遊撃士の二人は、お守りの正体に驚くのと同時に、スピーカー越しに聞こえたベルが《古代遺物》のものではないかと警戒を強める。

 

「あ、ハンス君!」

 

 その時、クローゼは自分達に近寄ってくる男性に気がついた。それは正門でジルと行動していた、生徒会所属のハンスだった。

 

「よかった、ハンス君も無事で……、ハンス君?」

 

 クローゼはハンスに近寄り声をかけた。だが、ハンスの方は一向に返事がなく俯いたままだった。心配になりクローゼは彼の顔を覗き込もうとさらに距離を縮める。

 

「アゥッ!」

「クローゼさん!」

 

 ハンスの行動に一同が一瞬どよめいた。彼は突如、クローゼの首を両手で掴み、力をいれてきたのだ。

 

「ハンス……君……」

 

 クローゼは首を絞められながらも、ハンスに声をかける。しかし、顔を上げたハンスの顔は感情がない無表情になっており、その目には光がなかった。

 ハンスは両手の力をさらに強くする。首をさらに強く締め付けられて息が苦しくなり、クローゼの顔が徐々に歪んでいく。

 

「ごめんなさい」

 

 するとドン、と鈍い音が鳴り響き、同時にクローゼは首から伝わってきた圧迫感がなくなっていったのを感じた。

 アネラスが一瞬でハンスに近づいて、彼の腹に衝撃を与えて気を失わせたのだ。

 クローゼはその場で倒れて、激しく咳き込んでいた。

 

「カハッ! コホッ! コホッ!」

「クローゼさん! 大丈夫ですか!」

 

 咳をしながら新鮮な空気を必死に吸おうとするクローゼに、オランピアは慌てて彼女の背中を擦って声をかける。

 

「は、はい。大丈夫です」

 

 落ち着いたのか、クローゼはオランピアに返事をして、彼女に支えてもらいながらなんとか立ち上がった。まだふらついてはいるようだが、大丈夫そうだった。

 

「……どうやら、彼だけじゃなさそうね」

 

 シェラザードは顔をしかめて、周りを見渡していた。

 三人も顔を上げるとその光景に言葉を失う。

 周りには先程のハンスと同様に、目に光を灯さない学園祭の参加者達がオランピア達を逃がさぬよう周辺を囲っていたのだ。その中には、オランピア達の見知った顔もあった。

 

「そんな、ジル!」

 

 ハンスと同じく生徒会に所属しているジルも光を失って、ゆっくりと近づいてくる。

 

「これって、なにが起きてるの?」

「詮索は後! まずはここから離脱するわ!」

 

 戸惑うアネラスに対して、切羽詰まった声でシェラザードが張り上げる。

 ハンスの凶行もある。人形のようになってしまった彼らに捕まれば、なにをされるかわからない。だが、今、彼らを正気に戻す方法はない。一度この場から引いて、体勢を立て直す必要がある。

 

「後ろの窓から外に出るわ! アネラス、先行しなさい!」

「了解です!」

「私が殿を務めるわ。二人はアネラスに続きなさい!」

 

 シェラザードは鞭を構えて、参加者達と向かい合う。

 民間人である彼らに直接打つわけにはいかない。

 シェラザードは鞭を彼らの足元に放って彼らの進行を妨害する。その隙にアネラスは窓を開けて、外の様子を確認する。

 人の気配はない。脱出するなら今しかない。

 

「さぁ! 二人ともこっちに!」

 

 アネラスの呼び声にオランピアはすぐに窓の方へと駆けるが、クローゼはその場から動かず、自分達に襲い掛かろうとする参加者達の方をじっと見ていた。

 

「クローゼさん! 行きましょう!」

「っ! わかりました……」

 

 オランピアの声に反応し、クローゼはようやく動き出した。窓に足をかけた時、視線をもう一度参加者達に向ける。

 さっきまで溢れていた皆の笑顔が消えてしまった。

 友人に締め付けられた首の感触がまだ残っている。

 目の前で起きている現実にクローゼの心は今にも崩れてしまいそうだった。

 窓から二人が出るのを確認したシェラザードは、それに続いて外へ出てアネラス達と合流する。

 

「このままじゃまずいわ。外にいる先輩方と合流するわ!」

 

 手に負えない非常事態の中でも、シェラザードは冷静に状況を把握していた。

 外で警備しているクルツ達も学園内の異変に気づいているはずだと思うシェラザードは、合流するために次の指示を出した。

 

「? アネラス、どうしたの?」

 

 しかし、シェラザードの指示にアネラスは反応せず、上を向いたままその場で立ち尽くしていた。オランピアとクローゼも上を向いており、その顔には困惑した表情が見受けられる。

 

「シェラ先輩、上を……」

 

 上になにかあるのか。シェラザードは三人につられて空を見上げる。

 

「なっ! これは?!」

 

 そこに映る光景にシェラザードは驚愕のあまりに声を上げてしまった。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 時間は少し逆戻り、

 

「「ハァ……ハァ……」」

 

 林道で戦っていたエド達は、互いに息を上げながらも睨み合い、その戦意を保ち続けていた。

 かすり傷がいくつか見られるがこれといった致命傷を受けていないエドは、両手をぶら下げて背中を丸めていた。

 

「っ! 聖痕の力を()()なんて、チートにも程があるやろっ!……」

「バカ野郎……、こっちもギリギリだっての」

 

 エドの前で片膝をついて悪態をつくケビンに対して、エドも悪態を吐いて言い返す。

 ケビンは切り札を切ったにも関わらず、それをふさがれた。

 しかも、それを言葉通りに斬ってしまうというありえない現象を目の当たりにし動揺を隠せずにいたのだ。

 息を荒くしている二人の周りには地面が抉れ、クレーターが出来ている所がいくつも見られ、戦闘の激しさを示していた。

 ケビンはなんとか立ち上がってボウガンをエドに向ける。だが、足はふらつき、手も震えていたので狙いが定められずにいた。

 対するエドは深く息を吸って体調を整えて、いつでも動けるように剣を構えようとするその時、

 

「っ!」

「なんや、この感じ……」

 

 肌から伝わってくる不吉な力に二人の動きが止まってしまう。突如発生した異様な力の正体を探ろうと二人は辺りを見回すが、その正体はすぐに見つかった。

 

「あれは!」

 

 エドの視線の先にあるのは、赤色の薄い障壁が学園を覆うように張られていたのだ。箱の中にすっぽりとはいるように学園の全方位に張られたそれは、まるで学園にはいることを阻止しているかのようだった。

 

「結界? でも、なんで学園にあんなものが?」

 

 一方、ケビンは赤い障壁の正体を見抜くが、学園を覆っている状況に眉を潜ませる。

 法術を用いて結界を張ることはできるが、学園を丸々覆ってしまう程の大規模なものがあり、学園がそれを所持している話は聞いたことはない。

 エドは結界をじっと見ながら、なにが起きているのかと頭を働かせていた。

 自分が外に出たのを見計らうかのように張られた結界。

 外へ出ればグラン、ケビンとすぐに学園に戻らないように送り込まれたかのように見える二人の刺客。

 仮にこの二つが繋がっているのなら、それを実行した者はエドが学園にいることが非常に迷惑であったということだ。

 エドを学園の外に誘き出した者の正体とその目的は……。

 

「しまった! 罠か!」

「なんやて?」

「オランピア!」

「なっ! おい!」

 

 エドの呟きにケビンは顔を向けるが、彼の制止を振り切って、エドは学園へと駆ける。

 エドは自分達が相手をしている存在を思い返す。遊撃士が味方に付いてくれたからか、どこか気を緩めてしまった。

 まんまと敵の罠に誘われた自分の浅はかな行動と考えに苛立ちながらも、全速力で学園へと戻っていった。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 結界が張られたことに気づいたオランピア達は、とりあえず学園を出るために正門前へと移動する。

 道中で会ったクラブハウスの人達と同じように人形と化した参加者達の妨害をなんとか振り切り、やっとの思いで正門前にたどり着いた。

 

「シェラ先輩、これは……」

「ダメね。これじゃあ出られないわ」

「そんな……」

 

 オランピア達は正門の前で張られている障壁に足を止められた。これでは脱出はおろか、外との連絡もできない状態だ。

 

「シェラ先輩。これからどうすれば……」

「こうなったら仕方ないわね。私達でなんとかするしかないわ」

「でもこの状況でいったい、なにをすれば……」

「まずはエド君と合流するわ。彼ならこの状況をどうにかすることができるかもしれないから」

 

 外からの応援が期待できないと判断したシェラザードは、自分達と同じく学園内を警備しているエドと合流しようと考えた。法国出身で教会とも縁のある彼ならば、自分達よりも《古代遺物》の知識があるから、参加者の皆を正気に戻す方法を知っているかもしれない。さらに剣聖に至っている彼と合流すれば戦力的にも安全が保障されるから、今後の行動も動きやすくなる。

 

「残念だが、彼の者に期待しているのなら諦めろ。彼はこの学園内にはいない」

「っ! 誰?!」

 

 突然、聞こえてきた男の声。この場にいない新たな声に遊撃士の二人は辺りを警戒する。

 

「今の声は……」

 

 対して、オランピアはその声に反応し動揺が走る。オランピアにとっては聞き間違えるはずのない声だったからだ。

 

「皆さん! 上です!」

 

 辺りを見渡し、最初に気づいたのはクローゼだった。クローゼは校舎の上に向かって指を指していた。そこには――、

 

「う、浮いている?」

 

 信じられない光景を見て、アネラスは構えるのを忘れ固まってしまった。

 クローゼが指している方向には、確かに人はいた。だが、その人物は校舎の上には立っておらず、なんと空中に浮いていたのだ。

 

 その男は、頭からマントを被っており容姿はわからなかったが、声からして若い男性のようだった。

 マントの隙間からかすかに見えたのは、黄金の鎧を身に纏い、頭には兜のようなものを被っていたことだ。

 さらに右手には鎧と同じく黄金の杖を持ち、

 左手には紫に光る、丸い宝珠を持っていた。

 

「お初にお目にかかる。学園の少女に支える籠手を背負う者達よ。そして……」

 

 男は視線をクローゼ達からオランピアに変えた。顔が見えない男の口角は少し上がっており、その表情はこの状況をどこか喜んでいるようだった。

 

「久しいな、オランピア。我等の同胞よ」

 

 男はオランピアに向かってそう言った。

 オランピアは強ばった顔で男を見上げていた。

 聞き間違いなどではなかった。顔が見えなくてもわかる。目の前にいる男はオランピアが想像していた通りの男だった。

 

「《皇帝(エンペラー)》……」

 

 自分を《庭園》に招き入れた男。

 《庭園》の庭の一つ、《(ソード)》の管理人。

 《皇帝(こうてい)》を名乗るその男は冷めた目付きで自分に相対する者達を、高みから愉快げに見下ろしていた。




 次回、第27話「《皇帝》」
 お楽しみください!
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