英雄伝説外伝 金の軌跡   作:魔ギア

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第二十七話 《皇帝》

「これはいったい?!」

 

 それは一瞬の出来事だった。

 突然、学園から聞こえてきたチャイムが耳に届いた瞬間、赤い壁が学園周辺を取り囲み、学園への進路をふさいでいった。

 気づいた時には完全に手遅れの状態になっていた。

 

「くそっ! これじゃあ、はいることができないね」

 

 赤い壁を睨みつけて、その場で吐き捨てるのは、ジャンの要請で応援に来た女遊撃士、カルナだった。壁を叩くなどと突破しようと試しているが、どれも上手くいかず壁はびくともしなかった。

 

「クルツ、このままじゃまずいぞ!」

「わかっている」

 

 カルナと同じく応援に来た男遊撃士のグラッツにクルツは落ち着いた口調で答えながらも、その表情はかなり焦っていた。

 赤い壁が妨害して、中にはいることができず、様子を見ることもできない。

 なにか手はないのかと、わずかに混乱している頭の中で必死に策を巡らせていた。

 

「おい!」

 

 すると、後ろからこちらに向かって来る声が聞こえた。

 クルツ達は声がした方に振り向くと、その人物に目を大きくする。

 

「エドワード君! どうしてここに……」

 

 エドは傷だらけになっている服を着たまま、こちらへと全力で走っており、汗を流したままクルツ達の前にたどり着いた。

 クルツ達がエドに驚くのも無理はない。彼は学園内の警備を担当しており、外に出たところは誰も目撃していない。てっきり中にいるものだと思っていたからだ。

 

「それについては後で説明する」

 

 エドはその場で息を整えながら、目の前にそびえ立つ壁を睨み付ける。すると、今度は彼を追いかけてきたケビンが到着する。

 

「ハァ……ハァ……、やっと追いついたで」

 

 エドとの戦闘で彼よりも疲労がたまっているケビンはたどり着いて早々、手を膝につけて息を整える。

 

「おい、エド。こいつは?」

 

 知り合いだと思ったのか、エドにケビンのことを聞いてくるグラッツ。それに対して、エドは簡潔に紹介する。

 

「俺の友人のケビンだ。こんな形だけど一応、教会の巡回神父だ」

「一応って……」

 

 エドの雑な紹介にケビンはツッコむが、疲れているのかツッコミにキレがなかった。

 

「ケビン神父。申し訳ないが、力を貸してもらえないだろうか? この結界はおそらく《古代遺物》の類のものだ。教会の知識がほしい」

 

 クルツはケビンに近づいて、協力を要請する。

 長く遊撃士活動をしていたクルツは教会の裏事情について知っており、今回のような事態にも精通していることも知っていた。

 

「それは別にいいですけど……」

 

 ケビンはチラッと視線をエドに向ける。指名手配となっているエドが遊撃士と共に行動していることに、少し戸惑いを見せていた。

 すると、エドはケビンの前に立って、勢いよく頭を下げる。

 

「ケビン、力を貸してくれ。助けなきゃいけない奴がいるんだ。頼む!」

 

 頭を下げての嘆願。その必死な姿を前にケビンは唖然と言葉を失い硬直する。

 その姿から目を離すことができず、ケビンは深く考える。

 

(……今の状況に《古代遺物》が関わっているのなら、確かにオレの力が必要や。遊撃士の頼みを断る理由はない。やけど、こいつの頼みにオレはなにを戸惑っているんや?!)

 

 自分は《外法狩り》。女神に背いた罪人を狩る代行者。

 かつての友であろうと外法として認定された者の頼みを聞くなど言語道断だ。

 なら、目の前で頭を垂らす外法の頼みをなぜ断ろうとしない?

 

 友人だった時の情がまだ残っているからか?

 

 いや、違う。

 

 ここで揉めれば本来の任務にも支障が出るおそれがある。

 ターゲットの男が近くで見ているのかもしれない。

 自分という切り札をまだ晒す訳にはいかない。

 

 だから、決して、目の前の()()を信じているからではない。

 そもそも自分にはそんな資格はない。

 姉さんを死なせた自分には……

 

「…………今回だけやで。そのかわり、後でしっかり説明してもらうで」

「! サンキュー……」

 

 長い沈黙と葛藤の末、ケビンは折れた。

 エドはケビンに静かに感謝を告げて肩を並べる。

 狩る者(ケビン・グラハム)狩られる者(エドワード・スヴェルト)の一時的な共闘がここに決まった。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 一方、学園の正門前にて――

 外へ出ようとしていたオランピア達は結界によって立ち往生していたその時、背後で空中に浮かんでいる男と向かい合っていた。

 

「《皇帝》って確か……」

「《庭園》の幹部の一人ね」

 

 遊撃士のアネラスとシェラザードは、オランピアが呟いた言葉に瞬時に反応した。

 事情聴取の際、《庭園》の情報をオランピアから聞いていたので、男の正体にすぐに気づき、剣と鞭を構えて前に立つ。

 

「……《庭園》?」

 

 一方、クローゼはなにも知らない為、聞き慣れない単語に反応するだけであった。

 

「さっきエド君がいないって言ったけど、どういうことかしら?」

「言葉通りの意味だ。我の策にまんまと引っかかってな。奴は今、結界の外にいる。助けを求めても無駄だ」

 

 シェラザードは小さく舌打ちする。頼りにしていた戦力がいないことで状況が悪化したことに苛立ちをもつ。

 

「この結界も、学園の人達も全部あなたの仕業なのかしら?」

「いかにも。この《古代遺物》を使ってな……」

 

 《皇帝》は手を突き出し、手首に掛けられている一際大きいベルをシェラザード達に見せつける。

 

「やっぱり……」

「この音を聞いた者は理性を奪われ、ただ命令に従うだけの人形になる。免れた者もいたそうだが、想定の範囲内だ」

 

 事務的に語る《皇帝》の様子に我慢できなかったか、クローゼは前に出て《皇帝》へと怒鳴り付ける。

 

「目的はなんなのですか?! 皆が心から楽しみにしていた学園祭をこんな風にして……、いったい、なにがしたいのですか?!」

 

 クローゼは今日までの日々を振り返る。

 汗水垂らして学園祭の準備を熱心に取り組んでいた学園のクラスメイト達。

 早く学園祭の日が来ないかと待ちきれない様子ではしゃいでいた孤児院の子供達。

 地元の人だけでなく、学園祭のために外国から来てくれた参加者の人達。

 皆々、今日という日を待ち続けて、やっと訪れてきた学園祭。

 そんな大切な日を壊した、目の前で自分達を見下ろしているマントの男を、クローゼはどうしても許せなかったのだ。

 

「我の目的は最初から一つだけだ」

 

 対して、《皇帝》は冷めた目でクローゼを一瞥して、その視線を後ろにいる少女にぶつける。

 

「オランピア。我と同じ《庭園》の管理人の一人。組織を裏切った貴様を粛清するためだ」

「っ!」

 

 《皇帝》は殺気をオランピアに放つ。

 アリオッチの時には向けられなかった、明確な殺意を肌で感じてしまい、オランピアは思わず後ろに引いてしまう。

 

「……オランピアさんが、あなたと同じ?」

 

 一方で《皇帝》の発言に、クローゼは思わず聞き返してしまう。

 その様子に《皇帝》は愉快げな表情を作り冷笑する。

 

「なんだ、知らなかったのか? ならば、我がかわりに教えてやろう」

「! 待ちなさい!」

「っ! や、やめて!」

 

 《皇帝》がこれからいう事に気づいたシェラザードは即座に待ったをかけようとし、オランピアは顔を青くして止めようとするが、彼はそれを無視して言葉を続ける。

 

「後ろにいるその娘はかつて我らが所属している暗殺組織の一員。依頼があれば女、子供だろうと容赦なくその手にかけて殺してきた、冷酷な殺人鬼だ」

 

 《皇帝》の口から出た言葉に一瞬、周りの音が静寂に沈んだ。

 そんな中でオランピアはおそるおそるとクローゼの方を見る。

 クローゼは目を大きく開いて、こちらをじっと見つめていた。

 その様子に息が荒くなって、目を大きく揺らす。

 

 知られてしまった。

 自分の過去を。自分の罪を。

 今日まで、楽しく話していた人に知られてしまった。

 なんて言われるかわからない。聞きたくない。知りたくない。

 

 オランピアはクローゼから目を逸らして強く閉じてしまう。

 それはまるでこれから来る恐怖を拒絶するかのように。

 その様子を高みから見物していた《皇帝》はつまらなさそうに鼻で笑って杖を掲げる。

 

「さて、話は終わりだ。オランピアも含めて、全員ここで死んでもらおう」

 

 話している間に学園にいた参加者達がオランピア達を包囲していた。逃げ道を失って、遊撃士二人の顔には余裕が失われる。

 そこに《皇帝》はさらなる追い討ちをかける。

 

「逃げるのなら別に構わんぞ。その時は近くにいる者も巻き添えだがな……」

「なっ! 卑怯者!」

 

 アネラスは激昂して《皇帝》を睨むが、状況は変わらない。むしろ、退路を断たれて状況がより一層、悪化してしまった。

 参加者達がジリジリとオランピア達との距離を縮めていく。

 

 ……コロ、コロ、コロ

 

 すると、不規則に鳴る音が地面に響いた。

 音が鳴った方へと視線を向けると、そこには手の平サイズの複数の玉が転がっていた。

 そして――、

 

 プシューーーーーー!

 

 玉から大量の煙が発生し、辺り一帯を覆い尽くした。

 突然の事態に煙の中で一ヵ所に固まっているクローゼ達も動揺する。

 その時――、

 

「こっちだ!」

 

 突如、響いた男性の声。

 その声に真っ先に反応したのはクローゼだった。

 

「! 皆さん、行きましょう!」

 

 クローゼは先導して、声がした方へと突き進む。

 アネラスは放心しているオランピアの手を掴んで、クローゼに続く。

 シェラザードは最後に続いて、殿をする。

 時間が経ち、煙が少しずつ晴れていく。

 《皇帝》が地上を確認した時には、クローゼ達の姿はどこにもいなかった。

 

「まだ他にいたのか。まぁいい。結果は変わらん。死人がただ増えるだけだ」

 

 《皇帝》は特に焦る様子を見せないまま、次の行動へと移すべくその場から飛び去った。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 学園内は人形化してしまった学園祭の参加者達で埋め尽くされていた。

 《皇帝》の命令で動いている参加者達は、ゾンビのようなゆったりとした足取りで学園を徘徊していた。

 数々の屋台が並び立っているグラウンド。

 そこにも参加者達が訪れており、虚ろな目でオランピア達を探していた。

 屋台をいくつも通り過ごし、あてもなくうろうろする。

 すると、通り過ぎた屋台の一つから、ひょっこりと人の頭が出てきた。少しボサボサな赤い髪をゆらゆらと揺らして、その後ゆっくりと頭を戻した。

 

「よし、今の所は大丈夫そうだ」

 

 学生服を着た赤髪の男性は周りにいる人達にそう告げる。

 その内の一人、クローゼがほっと息を吐く。

 正門から辛うじて逃れた一同は、屋台の中で息を潜ませていた。

 

「ありがとうございます。レクター先輩。ルーシー先輩もご無事でなによりです」

「えぇ。そっちも大丈夫そうね」

 

 クローゼの隣には、学園内で離れたルーシーがこちらを見て安心したように表情を緩ませる。

 

「それにしても、よくあんなものを用意できたね」

 

 アネラスは赤髪の生徒――レクター・アランドールに顔を向けて、正門での脱出劇を振り返る。

 正門で起きた煙玉は、目の前にいるレクターが用意したものだった。

 

「セレモニーに使う予定だった煙玉だ。祭をもっと盛り上げるために強力なものをスペアで用意していたんだがな」

 

 どこか残念そうに呟くレクターは横からくる威圧に目を逸らす。逸らした反対側には、静かに拳を鳴らしているルーシーがにこやかに笑っていた。

 その様子を無視して、今度はシェラザードがレクターに問いかける。

 

「一つ聞きたいんだけど、あのベルは学園全体で放送されたはずよ。どうしてあなた達は無事だったの?」

 

 シェラザード達はオランピアが持っていたお守りのおかげでその影響を免れたが、それを持っていないレクター達がどうして無事だったのか、疑問を抱いたのだ。

 

「屋上で昼寝してたんだよ。耳栓をつけてな」

 

 レクターはポケットから二つのコルクを取り出し、その場にいる全員に見せつける。

 どうやら彼は熟睡した上に周りの音を遮断させていたから、放送で流れた音が届かず無事に済んだようだ。

 

「なるほど、それであなたは?」

「彼に襲われたの」

「えっ?!」

 

 シェラザードはルーシーにも同じく質問するが、ルーシーは二つ返事に答える。

 その答えにクローゼは驚愕し、遊撃士の二人はジッとレクターを見る。

 

「おい、紛らわしい言い方すんなって」

「でも事実じゃない」

「あれはなんか嫌な予感がしたから、耳をふさごうとしただけだっての!」

「一歩間違っていたら、貴方の顔を陥没させるところだったわ」

 

 ジト目でルーシーに反発するレクター。

 微笑みながらレクターの反撃をあざやかに躱すルーシー。

 見つかれば一巻の終わりだという状況にもかかわらず、二人はマイペースに語り合っていた。

 一方で――、

 

「……」

 

 少し離れた場所で、オランピアは黙ったまま両足を組んで俯いて、顔を見せずにいた。

 

「オランピアさん、大丈夫ですか?」

 

 様子がおかしいオランピアにクローゼはそっと近づき声をかける。それに気づいたオランピアは――、

 

「っ! こ、来ないでっ!」

 

 ひどく怯えた表情で声を上げ、引きずった足でクローゼから距離を取る。

 

「……オランピアさん」

 

 その姿にクローゼは呆気に取られ、悲しげな表情を浮かばせる。

 

「それで、これからどうすんだよ。(やっこ)さんの狙いはあのお嬢さんみたいだったけど?」

 

 その様子を遠くから見ていたレクターは話を切り替えて、今後の方針を遊撃士に相談する。どうやらレクターも正門でのやり取りを聞いていたみたいだ。

 

「遊撃士協会としては彼女を見捨てることはしないわ」

「じゃあ、どうする?」

「時間を稼ぐわ。エド君も先輩方もこの騒動には気づいている。彼らが来るまでなんとか耐え抜くわ」

 

 どのみち、今のメンバーでこの状況を打開することはできない。今はとにかく時間を稼いで、外にいる仲間の救援を待つしかなかった。

 だが、自分達以外に味方がいない。さらには、いつ救援が来るかわからない。この状況で待つのは非常にリスクが伴うものだった。

 

「エドさんや遊撃士の皆さんについてはそこまで詳しくは知りませんが、ほんとにこの状況をなんとかできるのですか?」

「できるわ」

 

 ルーシーの疑問に、アネラスは即答する。その表情には一点の曇りがなかった。

 

「おじいちゃんが言ってた。こと異能に関して、エドさんが負けることはないって!」

 

 自分の事のように自慢するアネラスにシェラザードは若干呆れて苦笑いをする。

 

「まったく。でも、そうね。エド君だけじゃない。私達の先輩もそれなりに修羅場をくぐっているわ。だから、必ず来るわ」

 

 自信を持って発言するシェラザードに、レクターは大きく息を吐いた。

 

「仕方ねぇな。わかった。そのエドって奴らに賭けてやるよ。なに、用はかくれんぼだ。かくれんぼでこの俺様の右に出る者なんかいないからな、安心しろ」

「いつも、サボっていたからね」

「うるせぇ。まぁ、任せておけ」

 

 レクターは腹をくくって、遊撃士達の案に乗る。レクターは隅に置いてあった袋を取り出す。

 

「クローゼ、こいつを」

「あっ! ……これは?」

 

 レクターは袋をクローゼに投げつけ、彼女はそれを慌てて受け取る。

 袋の中から取り出し、クローゼが手に取ったのは細い刀身で作られた細剣だった。

 

「フェンシング部から取ってきた。ま、護身用だ」

 

 そう言って、レクターはもう一つの袋から同じ細剣を取り出した。

 

「レクター先輩も細剣を?」

「これでも武を尊ぶエレボニア帝国出身だぞ。武術の心得はある」

 

 そう言ったレクターは顔を上げる。その目はギラついており、口元は獰猛な笑みを浮かべていた。

 その表情は、命をチップに一世一代の賭けに乗るギャンブラーのようだった。

 

「そんじゃあ、命がけのかくれんぼといきますか」




 申し訳ありませんが、次回からタイトル公開を止めようと思います。
 タイトルを考えるのが難しく、先の内容がわかりそうな感じがしますので……

 次回もお楽しみください!
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