それではご覧下さい。
オランピア達一行は元生徒会長レクターが先陣を切り、転々と場所を変えながら移動していた。
操られた参加者達に見つからないように息を殺し、足音を潜ませながら続く一同。
レクターは木の陰から顔をゆっくりと出して辺りを見回す。
誰もいないのを確認し、そのまま音を出さぬようゆっくりと戻っていった。
「よし、ここまでは順調だな」
「そうね。でも最後まで気は抜かないでね」
「はい」
無駄に音が漏れぬように最小限の声でやり取りする学生一同。
パニックになって慌てるような素振りを一切見せず、冷静な判断でこの状況に上手く対応している様子にシェラザードはひそかに感心する。
少なくとも彼らが何かしらのトラブルを引き起こすことはないだろう。
今、一番懸念すべきことは……
「オランピアちゃん、大丈夫?」
「は……はい……」
学生達と少し離れた場所にいるオランピアと、近くに立ち彼女の様子をうかがうアネラス。
オランピアは時よりクローゼ達の方に顔を向けるが、すぐに俯いてそのまま黙ってしまう。
(最悪の事態ね……、エド君の言っていた通りだわ)
心がひどく動揺しているオランピアは思考を回す余裕などなく、アネラスの補助がなければ自分で動くこともできないくらいの重症だった。
シェラザードはオランピアがこうなってしまう可能性があることを事前にエドから知らされており、今もおどおどしているオランピアの様子に頭を悩ませていた。
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七耀暦1201年 リベール王国 ルーアン地方 5月28日
エドが遊撃士活動を始める初日。
オランピアの護衛をすることになったシェラザードは、仕事を始めようとする前に、話がある、とエドに呼び止められていた。
話の内容とは、やはりオランピアのことであった。
「オランピアのことを見てほしい、ですって?」
「あぁ。あいつはかなり不安定な状態だ。なにかあった時にはフォローしてほしい」
「それはいいけど、気にしすぎじゃない? 見たところ、特に問題があるようには見えなかったけど……」
シェラザードは事情聴取をした前日を振り返る。
少しこちらを怖がっている様子は見られたが、ジャン達からの質疑応答にはしっかり答えており、エドの聴取の時は邪魔にならないように静かに見守るなど聞き分けのよい、しっかりとした女の子というのがシェラザードから見たオランピアの印象だった。
「そうだな。だが、それは俺がいたからだ」
エドの発言にシェラザードは首を傾げる。
エドは気にする素振りも見せずに話を続ける。
「あいつは十歳になる前に親を目の前で殺されて、その後、自分が人殺しをしていた事実に心がだいぶ弱っている。今のあいつは生き始めた赤ん坊と似たようなものだ。最初に見た人を親だと思って安心するように、俺という拠り所のおかげで不安定な心がなんとか保っている状態だ。だが――」
「このままじゃいけない、ってあなたは思ったのね」
言葉を遮って放たれたシェラザードからの切り出しに深く頷くエド。
スラム出身であったシェラザードは、オランピアの心情に思うところがあったのか、エドの言いたいことをなんとなくではあるものの察することができた。
「自立というべきか、あいつには俺以外との繋がりが必要だ。幸い、この国の人達は温かい。孤児院の人達や、学園の人達ともそれなりに交流できている」
話してくる内容とは裏腹に難しい表情を浮かべるエドに、シェラザードは眉を潜ませて、疑問を抱く。
「浮かない顔ね。上手くいっているからいいじゃないの?」
「そうだな。ただし、それは相手があいつの過去を知らないこと前提の話だ」
エドの表情はいつになく真剣なものだった。
「あいつは自分の過去を他の人に知られてしまうことを恐れている。知られてしまえば、拒絶される、否定されるって怖がっているんだ」
クロスベルの時はエドが事前にイリア達に説明して、オランピアには気づかれないように接してほしいと頼んでいたから問題はなかった。だが、今後も同じように上手くいくとは思えない。
エドは受付でグラッツと仕事の依頼内容について話し合っているジャンを横目でチラッと見る。
「ここに訪れた際、ジャンの口からあいつの過去を暴露した時、あんた達の反応に恐れて俺にすがりついた。あの時は俺がいたからなんとかなったが……」
「もし、アンタがいないところで彼女の過去が露呈すれば……」
二人は深刻そうに顔が強ばった。その時の様子を想像してしまったのだろう。
「わかったわ。遊撃士として、その依頼を引き受けるわ」
事の重要性を理解したシェラザードはエドからの依頼を快く引き受けるのであった。
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(あんだけ啖呵切ったくせに、このざまとはね……)
当時のことを思い出すシェラザードは、自身の失態に苛立ちを募らせる。自分で自分を殴り倒したい気分だったが、今はそんな時ではないとその衝動を抑える。シェラザードは即座に気持ちを切り替えて、目の前の事に集中する。
「それでレクター。隠れ先は決まっているの?」
一同はレクターの主導で動いており、どこに向かっているのかは知らない状況だ。
普段は、というより、いつもだらしない男ではあるが、やる時はやることを知っている元副会長は、元生徒会長に行き先を尋ねる。
「旧校舎だ。外のどこかに隠れるっていうのはなしだ。空を飛べるあいつに見つかっちまうからな。あそこなら屋内だし中はかなり入り組んでいるからな。いくらでも時間は稼げられる」
「校舎内ではダメなのでしょうか?」
「却下だ。よくわからんねぇーけど、参加者の奴らは
どこか含みのある発言をするレクターであったが、それを聞かれる前に身体を旧校舎がある方へと振り向き、移動を開始する。
「参加者達が校舎に集中して人が少なくなっている今がチャンスだ。このまま旧校舎に……」
すると、レクターは振り向いた身体をすぐに戻して、そのまま走り出す。走り出した先には……
「えっ……」
「先輩!」
なんとレクターはオランピアに突っ込み、そのまま地面に押し倒したのだ。
一同は唖然とするが、突然起きたレクターの暴挙に物申そうと前に踏み出そうとしたその時――、
――ビュッ!
風を切るような音と同時に、先程までオランピアが立っていた場所に何かが横切った。
トンッという音をたててそれは木に止まった。
視線を向けると、そこにはさっきまで使っていたのか、脂がベッタリと付いた包丁が木に深々と刺さっていた。
「っ! させない!」
誰もが包丁に意識を持っていかれている中、気配を感じて振り返るアネラス。
アネラスはいち早く動きだし、飛んできた方へと跳び込む。
目の前の木陰に向かって突っ込むと、そこから跳び込んでくる一つの影。
手には先程の包丁よりも大きいもの――鉈が太陽で刀身を輝かせながら、アネラスへと襲う。
アネラスは身体をひねて腰に付いた鞘に収めた剣に手を掛ける。
そして――、
「――斬っ!」
交差するさなかに放たれた鋭い抜刀。
剣は影の腹に深く食い込み、影は振り上げていた鉈を落として、そのまま倒れ込む。
「安心して、峰打ちだから」
アネラスは抜いた剣を鞘に収めてオランピア達の方へ戻ってきた。
「ふぅ……、無事かい? 嬢ちゃん」
「え、あ、はい」
倒れた状態で放心するオランピアに覆い被さったまま、レクターは声をかける。
「いつまでそんな格好しているのかしら?」
「うごっ!」
だが、レクターの後ろにいつの間にか立っていたルーシーが彼の襟元を強く掴んで、そのまま容赦なく引っ張る。
「まさか、参加者に武器を持たせるなんてね……」
一方、オランピアを起き上がらせて、シェラザードは襲ってきた影を見てそう呟く。襲ってきたのは王立学園の制服を着た女子学生だった。
「っ! しまった……」
さっきの騒動に気づかれたのか、操られた参加者達が次々と集まってきた。
トンカチ、バット、花瓶、モップ、木片、鉄パイプ。
参加者達の手にはそれぞれの武器らしきものがあり、ゆっくりとオランピア達に近づいてきた。
「シェラ先輩!」
「ここで戦ったら、すぐに見つかるわ! 適当にあしらって旧校舎まで向かうわよ!」
「はい!」
「いいわ」
「了解です!」
シェラザードはいまだに尻餅をついて、むせているレクターの背中に鞭を打って促す。
「アンタもシャキッしなさい! 先陣切って案内するのよ!」
「ゴホッ! 少しは優しくしてくれませんかねぇ!」
悪態をつきながらもレクターは立ち上がって旧校舎へと駆ける。
それに続いてシェラザード達も付いて行くのであった。
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一方、結界の外にいるエド達はというと――、
「エドワード君、準備の方は?」
結界の正面で腰を低くして居合の構えをとったエドにクルツは呼び掛ける。
エドはゆっくりと深呼吸をして黄金の眼を開き、目の前の壁を見据える。
「いつでもいいぜ」
クルツ達は各々と武器を構える。
「わかった。じゃあ、始めてくれ」
それを合図にエドは脱力して剣に添えていた手に力を込め、勢いよく振り上げる。
「――斬!!」
いかなる方法でも傷一つ付かなかった結界は、まるでバターのように簡単にエドの刃を通した。
パリィーン!
ガラスが砕かれた音と同時に、エドの正面に張られていた結界に大きな穴が開いた。
だが、穴は少しずつ修復されていき、どんどん小さくなっていった。
「突入!」
クルツはこの好機を決して見逃さず、先行して穴から結界内に跳び込む。残った者達もクルツに続けて中へとはいっていった。
一同は走り続け、音が一切なく無人となっている正門前にたどり着く。
「作戦通り、エドワード君とケビン神父は結界を張る《古代遺物》の封印、もしくは破壊を頼む」
「わかった」
「了解や」
クルツは走りながらエド達に指示を出す。そのまま首を振り返って遊撃士達に向ける。
「我々は周辺を探索して、シェラザード君達と合流する。エドワード君の言っていた通りなら彼女達は無事なはずだ」
「OKだ」
「了解」
クルツは前方へと顔を戻すと、顔を険しくした。
「……来たか」
前方でこちらを待ち受ける、操られた参加者達。
数は五人。包丁やナイフを持って、近づいてくる。
エドが魔眼を通して中の様子を見てくれたおかげで状況は大体把握していた。
「無力化する! 私が先に……」
クルツが先に仕掛けようとするが、エドが独走して前に出る。
エドは剣を抜いて、参加者達を睨んで見据えていた。
「……疾風」
一瞬、エドは姿を消すが、すぐさま参加者達の背後へと現れる。すると同時に、すれ違いの際に放った神速の斬撃が参加者達を躊躇なく斬り刻んでいった。
参加者達は抵抗する間もなく、武器を落としてその場で一斉に倒れる。
「っ! エド!! お前、何やっとんねん?!」
エドの凶行にケビンは我を忘れて咆哮する。
操られているとはいえ、相手は罪のない民間人。その民間人に容赦なく沈めたエドにケビンは怒りを覚えた。
対して、振り向いてこちらを見てくるエドの目はとても冷めていた。
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エドとオランピア。
それぞれの一行が動いている中、実はまだ正気を取り戻している者達が学園にいた。
「ギィィィヤァァアアア〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
学園の校舎内。
後ろから来る人の群れに必死に逃げている男がいた。
「な、なんで……、なんで僕がこんな目にあってんだよ〜〜〜〜!!」
大量の汗を流し続け、高級なスーツが乱れながらも走り続ける市長秘書の男は、そんな悲鳴を上げていた。
なぜ彼が正気を失わずにすんだのか。
一言でいうと、まあ、彼は運が良かった(?)ということだ。
市長と共に学園祭と共に訪れたが、突如襲ってきた水しぶきが
その後、バランスを崩した彼は
そこに
彼が目覚めたのはチャイムの後。
意識を失い、鐘の音が聞こえなかった彼は操られることはなかった。
そして、意識を取り戻した彼は保健室を出た時、これまた、
彼は学園内を隅から隅まで逃げ続け、その度に参加者達とすれ違い、追手の数を増やしていく。
「クッソォ! なんでこれも取れないんだよ〜〜!」
彼は追手達を振り切りながら、器用に服の袖を弄っていた。
彼の腕には今もけたたましく鳴り響くブザーが取り付いていた。
彼が目を覚ました時にいつの間にか付いていたのだ。
彼は知らないだろうが、そのブザーは逃げ続ける元生徒会長を早期発見するために生徒会が用意したものであった。
固く括りつけられたブザーは、腕から離れることなく鳴り続く。
その音に吊られて、さらに追手が増えていく。
「うぅぅ〜〜、僕は諦めないぞ!」
秘書は腹をくくり、追手達と向き合う。
拳を前に構え、ファイティングポーズを決める。
「有能だと証明するために戦い続けてやる。どんな壁が立ちふさがろうと乗り越えてやる。
そして、僕は絶対に出世するんだぁぁ〜〜〜〜!!」
腹の底から出した魂の咆哮は彼に力を与える。
人間はどんな絶望的な状況であろうと、諦めなければ奇跡を引き起こすことができる。
事実、彼と似たようなセリフを吐いた若き剣聖は、格上である兄弟子を打ち倒し、絶望的な状況を脱することができた。
そう、諦めなければ奇跡は起こるのだ。
だが、現実は非情である。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ
「え?」
彼の耳に複数の足音が届く。
前方から向かってくる追手の足音ではない。左右から同時に聞こえてきた。
しかも、一人や二人といったレベルではなかった。
彼はゆっくりと首を動かし右に続く廊下を見る。
十を軽く越える参加者達が近づいてきた。
続けて左を見る。
これまた、十を軽く越える参加者達が近づいてきた。
改めて前を見直すと、やはり十を軽く越える参加者達が近づいてきた。
後ろには、窓があったがここは三階。飛び降りるには高さがある。
参加者達はまるで軍隊の行進のように足並みを揃えて彼に近づいてくる。
「あ……、あ……」
彼は顔面真っ青になり、声を上げられずにいた。
諦めなければ奇跡は起こるだろう。
だが、それはその人の容量の範囲内での話である。
そして、彼にはこの状況をどうにかする術は、ない。
「あ……、あ……、す、すみぃぃィヤァァアアアアアアアアア!!!!」
土下座をしようとした彼は人生一番の絶叫を上げて、圧倒的な人の波に飲み込まれ、消えていった。
そして、彼の絶叫を聞いた者は誰もいなかった。
~~~~~~~~~~~~~~
一方、学園の正門前。
エドによって破壊されて、大きな穴が開いた結界。
結界は徐々に穴をふさいでいって、元に戻ろうとしていた。
完璧にふさがれば、誰も中にはいることはできなくなるだろう。
だが――、
バリィーーン!!
突如、強烈な爆音と共に結界に再び大きな穴が開いた。
そのサイズはエドが開けた穴よりも大きく、軽く二倍を越えていた。
そして、そこから二つの影が中へとはいっていき、結界は今度こそ完全にふさがったのだった。
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