英雄伝説外伝 金の軌跡   作:魔ギア

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第三話 少女

 

『君は幼子のようのなものだ。いいや、生まれてすらいないと言えよう』

『喜怒哀楽を感じられるようになって初めて君は"生き始める"であろうな』

『まあ、その"天使"がいる限り無理な話か』

 

 いつだったか、私を拾った男はそんなことを言っていた。

 その言葉を聞いて特に何も感じなかったが、ふと思ったことはあった。

 "生きる"というのはどういうことなんだろう。

 ただ息をすること、心臓が動いていることではないのだろうか。

 私を拾ったあの男の言葉は少し違ったことを言っているような感じがした。

 長い時間が経つにつれて、そんなことはどうでもよくなってしまった。

 そんなことを考えることは二度とないだろう。

 天使様が私の傍から離れない限り、ずっと……

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 ザァーン…… ザァーン……

 

 強く、静かに鳴る波の音が反響する砂浜で一人の少女がゆっくりと目を開けた。

 

「ん……」

 

 砂浜に敷かれていた布の上で眠っていた少女は意識がまだ朦朧としていた。少女は自分にかけられていた大きめな布がずれ落ちるのを気にすることなく起き上がる。

 

「ここは……」

 

 少女はぼんやりした目で周辺を見渡した。顔を横に動かすと波の音を立てながらエルム湖が一面に広がっていた。

 ずっと耳に入ってきたのはこの音だったんだ。

 波の音は今も少女の耳に響きわたり、朦朧としていた意識が目覚めていった。

 

「起きたのか」

「!?」

 

 意識を取り戻しかけていた少女は、突如、後ろから聞こえた声に一瞬、体がこわばった。恐る恐る振り向いた先には蒼色に輝く目をした黒髪の青年が両手にコップを持ちながら立っていた。

 

「もう起き上がっても大丈夫なのか?」

 

 黒髪の青年――エドはゆったりとした足取りで少女に近づきながら声をかけた。少女は徐々に近づいてくるエドを見上げながらおどおどしていた。

 

「あの……、ここは?」

「ここか? ここはエルム湖南岸にある湖畔地帯だ」

 

 エドは少女の横に胡坐(あぐら)をかいて視線をあわせる。

 

「湿地帯に行く前、ここで釣りをしていたんだよ。道具とかそのままにしちまってな」

 

 盗まれなくてよかったと、エドは昨日のことを思い出して、大きく息を吐き出した。

 

「それで、無事に目を覚ましたようだが、もう大丈夫なのか」

「えっと……、大丈夫とは?」

 

 少女はエドの話についていけず聞き返した。

 

「覚えてないのか? 気を失う前に何をしていたのか」

(気を失う前?)

 

 少女はエドの言葉を聞いて、気を失う前の記憶を思い出そうとその場で静かになった。

 

(確か私は……、っ!?)

 

 沈黙していた少女は急に顔を真っ青にしながら震えだした。

 昨日のことだけではない。それよりもずっと前のこと、自分が今まで何をやってきたのか思い出してしまったのだ。

 自分の体と周りに飛び散っている赤い液体。

 倒れたまま動かない、人の山。

 そして、自分の傍でたたずんでいる、手を赤く染めた天使様。

 

「私は……、いや、いや!」

 

 次々と蘇ってくるのは、目を背けたくなるほどのおぞましい記憶。

 記憶がフラッシュバックした少女は、そこに映る体に血が飛び散っている自分の姿を見て、声を上げようとするが、

 

「ほら」

 

 エドは、手に持っていたコップの一つを少女の前に差し出した。コップの中からは甘い香りが(ただよ)っていた。

 悲鳴を上げようとした少女はコップの中から漂ってくる香りに気を取られ、目の前に差し出されたコップに目を動かす。

 

「……これは?」

「ココアだ。まだちょっと熱いからゆっくり飲め」

 

 少女はエドからココアが入ったコップを受け取った。

 手から伝わってくる温かさと顔に当たってくる甘い香り。

 少女は手に持ったコップをじっと見つめ、ゆっくりと口に近づけココアを一口入れる。

 

「……おいしい」

 

 体中を包み込むような温かさと口の中に広がるほろ苦くて甘い味に少女は頬を少し赤くした。

 少女の震えは止まった。

 エドはわずかに浮かんだ少女の笑顔に口元を緩ませ、自分用のココアを口に入れて味を楽しんだ。少女はエドが自分を見ていたことに気づくことなく、温かいココアをちびちび飲んでいた。

 穏やかな時間がゆっくりと過ぎていき、少女はココアを全て飲み干した。

 

「あの、ありがとうございます」

 

 少女は既に飲み終えていたエドに感謝の言葉を告げ、自分が持っているコップを返した。

 

「ああ。ありがとな」

 

 エドはそう返して、少女からコップを受け取った。

 

「さて、もう大丈夫か?」

「はい。大丈夫です」

 

 温かいココアを飲んだおかげで少女は心を取り乱すことはなく会話を続けることができた。

 

「そんじゃあ改めて、俺はエド。エド・ヴェルガだ。君は?」

 

 エドは自分の名を告げ、少女の名前を聞いた。

 

「えっと、私の名前はオランピア。オランピア・エルピスといいます」

 

 少女――オランピアは自分を落ち着かせるために、両手を胸に当てながら自分の名前を告げた。

 

「オランピアか。いい名前だな」

「い、いえ。そんな……」

(えっと……何を話せば……)

 

 オランピアは初対面で年上の男性と何を話せばいいのか分からず、そのまま黙り俯いてしまった。

 エドはオランピアの方から話してくるのをじっと待ち続ける。

 波の音だけが響き渡る静かな時間が過ぎていき、やがてオランピアは小さな口を開いた。

 

「エドさんはどうしてここで野宿をしているのですか?」

 

 エド達がいる場所はウルスラ間道はずれの浅瀬。間道を通れば街にたどり着き、宿に泊まることができる。だが、エドは街には向かわず、導力灯がないことで魔獣が住み着いている浅瀬で野宿をしていた。

 少し気になってしまったオランピアはエドに質問した。

 

「あぁ~それか。探し物をしていたんだ」

 

 エドは少し気まずそうな顔を浮かべながら答えた。聞いてはまずいことを聞いてしまったのか、オランピアは不安そうな顔を浮かべながら、エドを見つめていた。

 エドはオランピアの表情を見て不安にさせたことに気付き、笑みを浮かべながらエルム湖の方に顔を向けた。

 

「ここら辺にあることは知っているんだが、どこにあるかわからなくてな。見つけるのに丸一日かかったんだ。それと単にキャンプが好きってのもある。二年前から一人旅をしていてな。最初の方は金がなくて野宿ばっかりだったんだよ。今は大丈夫だけど、野宿の方が金はそんなにかからないし、わざわざ街まで往復する必要もなくなるしな」

「そうだったんですか……」

 

 どうやら先程のエドは、聞いてほしくないことを聞きにきたからではなく、昔のことを思い出してしまい苦い顔をしたらしい。少しほっとしたオランピアはそのままエドに質問し続けた。

 

「一人旅をする前はどこで暮らしていたんですか?」

「アルテリア法国だ」

「え、アルテリアって確か、七耀教会の?」

 

 ああと、エドはその場で頷いた。

 

 アルテリア法国。

 ゼムリア大陸で空の女神《エイドス》への信仰を布教している七耀教会の総本山がある都市国家。大陸全土に広がる程の影響力をもっており、国際政治の場でも法国の声明が度々出ている。

 

「では、エドさんは神父なのですか?」

 

 教会に勤めている神父・シスターの中には、各地を回りながら日曜学校で子供達の相手をしたり、旅先で困っている人達を助けている人がいる。オランピアはエドが教会に所属している神父ではないのかと考えた。

 

「いや、俺は巡回神父じゃない。というか、教会にも所属していない」

「そうなのですか?」

「あぁ、法国出身だからといって全員が教会に所属しているわけじゃないしな。まぁ、俺のおじいちゃんは神父だったけどよ。上司のじっちゃんと一緒に各地をあちこち飛び回っていたよ」

 

 祖父とその上司を思い出したのか、ハハハとエドは笑いながら答えた。

 オランピアはそれからもエドとの会話を続けていった。自分の知らない国や文化の話を聴いて段々と興味が引かれていった。

 だが、オランピアの口数が徐々に減っていき、ついには黙ってしまった。

 

「どうした?」

 

 俯いて何も喋らなくなったオランピアを心配したエドは優しく声をかけた。

 

「ごめんなさい」

 

 オランピアは急に謝り出した。

 

「? どうした、急に謝って」

 

 エドは不思議そうな顔をして、なぜ謝るのか理由を聞いた。

 

「私はあなたを殺そうとしました」

 

 オランピアはまるで懺悔するかのように重い口を開いた。

 

「それだけじゃありません。あなたが助けた人も私は殺そうとしました」

 

 彼女の声が徐々にくぐもった。

 

「その前にも、私はたくさんの人を殺しました」

 

 手には水滴が一粒、一粒こぼれ落ち始めた。

 

「ただ言われるがまま、何も感じず、何も考えずに、何人も、何人も!」

 

 我慢することができなくなり、彼女の目には涙が溜まっていた。

 

「ごめんなさい。ごめんなさい!」

 

 彼女は膝に顔を着き泣き出した。

 感情を取り戻し、自分がしてきたことに気づいてしまったのだ。

 どんでもないことをした。許されないことをした。恨まれる。憎まれる。苦しい。怖い。

 オランピアの頭の中には後悔と罪悪感でいっぱいになっていた。

 

「……オランピア、君はこれからどうするんだ?」

 

 エドは黙ったままオランピアの顔をじっと見つめ、今後どうするのかを尋ねた。しかし、オランピアは、

 

「わからない。わからないよ!」

 

 丁寧な口調が崩れ、目を赤くしながら、エドを睨んだ。

 

「私はこれからどうすればいいの! たくさん人を殺した私はこれからどうやって生きればいいの!」

 

 オランピアは感情を奪われた時から時間が止まってしまったのだろう。見た目は十代前半だが、中身はそれよりも小さい子供。

 エドがイシュタンティを破壊したことで彼女の時間は動き始めることができた。だが、時間が止まっている間、オランピアは多くの罪を犯してしまった。

 行くあてなどどこにもない。

 頼れる人などどこにもいない。

 これから何をすればいいのかもわからない。

 "生きる"のが苦しい。

 "生き続ける"のが怖い。

 "生きていく"のが辛い。

 

「こんなに生きるのが苦しいなら、辛いなら、死んだ方が……」

 

 

 パチンッ!

 

 

 突如、オランピアの言葉が止まった。エドがオランピアの頬を引っ叩いたのだ。

 

「え……?」

 

 オランピアは自分が何をされたのか理解が追い付かず、ただエドを見ることしかできなかった。

 

「死にたいなんて言ってるな」

 

 エドは眉間にしわを寄せながら、オランピアに言った。そこには先程までの穏やかな表情はなかった。

 

「死んだところでお前の罪が消えることはないんだ。お前が死んだところで今まで殺してきた人達が生き返ることはないんだ」

 

 親が子に、兄が妹に叱りつけるように、エドは言葉を続ける。

 

「お前が今やるべきことは、生きることだ。生きて、生きて、生き続けて、自分の人生全部使ってどう償えばいいのか考えるんだ」

 

 無理難題な内容をオランピアに告げた。

 

「生きるって。そんなこと言われても私、どうすればいいのかわかりません」

 

 いきなり生きろと言われて、どうすればいいのか自分で考えろと告げられ、オランピアはまた泣きそうになった。

 

「心配するな。助けてほしいなら、助けてやるから」

 

 エドはオランピアの頭にそっと手を置き優しく撫でた。

 

「え……?」

 

 オランピアはエドの発言に目を見開き、聞き返す。

 

「助けるって……、どうして?」

「今のお前がそうなっているのはあの人形をぶっ壊したからだ。んで、壊したのは俺だから、お前が今、苦しんでいる原因を作っちまったのは俺だ。なら、責任を取らないといけないからな」

 

 

 

 

『いいか、エド! 先生達のような立派な騎士になるために、困っている奴がいたらめんどくさがらずに絶対に助けるんだぞ!!』

『●●●、騎士になるのは別にいいけどよ、まずはその口調を何とかしろよ。それじゃあ、逆に怖がらせて助けようにも助けられないぞ』

『う、うるせぇ! とにかく、絶対に助けるんだ! 約束だからな!!』

 

 教会の前で交わした一方的な約束。

 わかったと頷いた時に見せた、満足そうな笑みを浮かんだあいつの顔。

 

 

 

 

 エドは、昔を思い出して、口元が緩んだ。

 

「……それに困っている人がいたら、助けろって約束しちまったからな」

「約束?」

 

 あぁ、とエドは頷いた後、撫でた手を戻して、そのまま指を二本立てながらオランピアの前に出した。

 

「オランピア。これからお前が選ぶ道は二つある。一つ目は、俺と一緒に行動すること。二つ目は、遊撃士協会に事情を説明し保護してもらうことだ」

 

 遊撃士協会とは、地域の平和と民間人を保護を目的とした民間団体のことだ。

 昨日までならともかく、目の前にいる少女は民間人の枠に入るだろう。

 エドは、一息つきオランピアに問いかけた。

 

「どっちかにするのかは、オランピア、お前が決めろ」

「私が?」

「そうだ。お前自身の意思で、これからどうするのかを決めるんだ」

 

 エドはそのままオランピアの目をじっと見つめ、彼女の答えを待ち続ける。

 

「私は……」

 

 与えられた二つの道。

 そのどちらかを選ぶのかオランピアは考えようとしたその時、

 

「み~つけた♪」

 

 突如、二人以外の別の声が聞こえた。

 エドは剣を持ち、辺りを見渡し警戒する。

 

「日が経っても戻ってこないから探しに来たんだけど……、フフフ、予想外な展開になってるみたいじゃないか」

 

 岩の上から聞こえたエドは顔を上げた。

 そこには1人の男が立っていた。ミントの髪をし、すらっとした体格をした青年だった。どこにでもいそうな感じの好青年だが、青年の目は狂気に満ちていて、その顔は不気味に笑っていた。

 

「……メルキオル」

「や~と見つけたよ。オランピア♪」

 

 オランピアはその場で震えながら、ミント髪の青年――メルキオルを見つめるのであった。




 独自設定① オランピアの姓
 黎の軌跡シリーズの敵キャラは名前しか表明されていない。(ボス以外) 

 次回、第4話「《棘》のメルキオル」
 お楽しみください!
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