英雄伝説外伝 金の軌跡   作:魔ギア

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 お待たせいたしました。
 第三章、始まります。

 初っ端から飛ばしていきます

 それでは、ご覧ください。


第三章 心に宿りし想い ~雛鳥の騎士~
第三十五話 思い出の地へ


 七耀暦1201年 6月11日

 

 

「どうかね。私の下で働いてみないか、エドワード・スヴェルト君」

 

 男の一言に空気が重くなる感覚が襲ってくる。

 男から放つ、常人なら屈してしまいそうな圧倒的なプレッシャーに彼と対面している青年――エドワード・スヴェルトは冷や汗をかかずにはいられなかった。

 ただでさえ空気が薄い場所だというのに、達人クラス以上の圧力に軽く目まいを起こしてしまうそうだ。

 今、彼がいるのはエレボニア帝国、ルーレ行きの飛行艇。天を高く舞い上がる空の船は、羽を休めることなく目的地へと一直線に向かっていた。

 その甲板で、エドはオランピアを飛空艇の客室に休ませて、目の前の男と対峙していた。

 なぜ、彼がこの場にいるのか、それは昨日までへと遡る。

 リベールに所属している遊撃士達の協力により、次の目的地が決まったエド達は早速出発するのだったが、ここで避けることができない大きな問題へと直面する。

 

 どうやって、帝国に忍び込むのか、という問題だ。

 

 エレボニア帝国。

 西ゼムリア大陸に存在する最大の軍事国家。

 クロスベルを挟んだ隣国のカルバード共和国とは、何百年もの間、睨み合っており、いつ戦争が起きても不思議じゃない程の関係を続けていた。

 だが、帝国民が一致団結して立ち向かうほど、帝国内も一枚板ではなかった。

 帝国は古くから貴族制が存在しており、帝国各地には大なり小なりの貴族が多く存在している。

 その中で最も位が高い四つの貴族。

 カイエン、アルバレア、ログナー、ハイアームズ。

 《四大名門》と呼ばれる四つの貴族を中心に、帝国の古き伝統を守る「貴族派」と呼ばれる勢力が存在していた。

 そして、その「貴族派」に対抗し、いがみ合っている勢力が存在していた。

 エレボニア帝国政府の中で、政府の改革に賛同、推進をする平民階級の出身者で構成されている派閥。通称、「革新派」と呼ばれる勢力だ。

 この二つの勢力は互いに牽制し合っており、帝国の皇帝でさえ抑えることができないほど、二つの派閥の険悪さは肥大化していた。正直、いつ内戦が起きてもおかしくない状況だった。

 

 だが、そんな内側からいつ爆発してもおかしくない中でもカルバード共和国との情報戦も密かに繰り広げている帝国は、軍事国家と呼ばれるのにふさわしく、外国からの勢力に対して、他の国よりも警戒力を強めていた。

 エドは国際指名手配犯として追われる立場になっており、正規のルートで外国に入国するのは困難な状態である。

 クロスベルからリベールへ行く際は、協力者の手を借りたことでなんとかなったが、今はその協力者はいない。

 仮にいたとしても、帝国の目を掻い潜ることはできないだろう。偽装だとばれて捕まるのがオチだ。

 だが、エドの探し人は今、エレボニア帝国にいる。なんとかして、帝国に入ろうと策を巡らせていたその時、エド達の前に一人の男が現れた。

 ジェニス王立学園の元生徒会長、レクター・アランドールだった。

 学園の制服ではなく、アロハシャツにサングラスとバカンス全開の格好で現れたレクターは、エド達が帝国に入れるように手配した、と言ってきた。

 なぜ、彼が自分達が帝国に向かうことを知っているのか、エド達は当然、警戒して身を構えるが、これを逃せば帝国には入れない、というレクターの文句にエドは乗るしかなかった。

 そして、今に至る。

 レクターは自分の保護者ともいうべき人が外国から帰国するのを機に、エド達を帝国に入国させるように、その保護者に頼み込んだようだ。そして、保護者の人はそれを二つ返事で了承した。

 そんな簡単に了承できるものなのか、とエドは疑問を持つ。

 だが、その疑問は彼の保護者の正体を知って、すぐに解消された。

 

 エドはレクターの誘いを受けたことを心底、後悔していた。

 帝国に入ることができるのはありがたかったが、目の前にいる彼の保護者の存在でその思いもすぐに消え去った。

 目の前の男が何者なのか、エドは知っていた。むしろ、知らないと言う人の方が少ないだろう。

 九年前の百日戦役後、帝国政府の代表である宰相の地位に就いた、元軍人。軍備拡張や武力併合といった強行策を用いて、帝国の地と軍事力を拡大していき、鉄道網を巡らせて近代化を推進した大胆不敵な政治家。

 「革新派」のトップ。「鉄血」の異名を持った、外国が帝国の皇帝以上に恐れている傑物。

 

「それは冗談、と捉えていいのでしょうか? ()()()()()()()

 

 ギリアス・オズボーン。

 

 それが今、エドが対面している強面の男の正体であり、レクターの保護者にあたる人物だった。

 《剣聖》に至っているエドでさえ、緊張感が拭うことができない目の前の"怪物"に軽い畏怖を感じていた。

 飲み込まれたらまずい。エドは本能的にそう直感したのだ。

 

「フフフ……、そう警戒しなくてもよい。君の実力を評価した上での勧誘だ」

「解せませんね。初対面の、しかも指名手配犯のレッテルを貼られた男を手元に置く理由があるのですか? 下手なことをすれば、あなたのキャリアに傷がつきますよ」

 

 警戒心を隠そうとしないエドの姿を面白いと感じたのか、軽く笑みを浮かべて理由を答える。

 

「元軍人だから、それなりに武の世界にも精通している。八葉一刀流をその若さで皆伝に至ったその実力。かのカシウス・ブライトやアリオス・マクレインをも超えているだろう。将来、君はあの二人を上回る武人になる。特に、カシウス・ブライトの実力は九年前のあの戦争で知っている。それを超える者がいるのなら、自分の手元に置きたいと思うのが普通ではないかね?」

「……過大評価ですね。自身の問題をいまだ解決できない未熟者の俺が、あの人を超えることなんて到底思えませんよ。それにあなたが良くても、周りの人が賛同するとは思えませんね。……後ろのお嬢さんがまさにその一人ですよ」

 

 エドは視線をギリアスから、彼の後ろに立ってこちらを警戒する女性に向ける。

 新兵なのだろうか、まだ新品さが残る灰色の軍服を身に纏った、十代後半だと思われる女性。

 水色の髪を後ろで束ね、淡い紫に染まる目をこちらへと向ける。

 

「閣下。私は反対です。彼の言う通り、指名手配犯を手元に置くのはリスクが高すぎます。特に、"彼ら"に知られれば、彼を反撃材料にして攻めてくるかもしれません。どうかご再考を……」

 

 女性は丁寧な口調でギリアスを説得する。彼女がいう「彼ら」というのは、おそらく「貴族派」に属する者達のことだろう。

 

「リーヴェルト少尉。それは私も重々承知している。だが、そのリスクを負っても彼を引き込むメリットは大きいと判断したまでのことだ。指名手配犯というが、《剣聖》二人が彼を無実と信じて、いまだに動き続けている。身内とはいえ、そこまで干渉できるほど、彼らの立場は軽くない。それをなくす可能性があるにも関わらず行動しているのだ。彼らなりに彼が無実であると確信があるのだろう。彼を手元に置けば、その実力を使えるだけでなく、保護した名目で《剣聖》達に貸しを作ることもできるからな」

(……よくも、まあ、本人の前で)

 

 当然、利用されるとわかっているからエドはギリアスからの勧誘を断るつもりではいる。だが、こんな堂々と本人の前で言ってくるギリアスにエドは軽く戦慄する。おそらく、エドの心境を読み取った上でそう言っているのだろう。《鉄血宰相》と言われることだけはある。

 

「少し、二人だけで話しがしたい。少尉、しばらく席を外したまえ」

「っ! ですが、閣下!」

「心配はない。彼もここで事を騒がせるようなことはしない。客室に戻って、彼女の相手をしてあげたまえ。彼女はまだ小さな子供だ。彼がいない今、同じ女性である君が話し相手になってあげなさい」

「……了解」

 

 軍人として、上司の命令は絶対。

 ギリアスに敬礼をする女性軍人――クレア・リーヴェルトはそのまま客室へと戻っていった。

 今、オランピアはレクターと同席をしている。話があると言って、エドはギリアスと護衛のクレアと共に甲板へ向かったのだ。

 オランピアも付いて行こうとしたが、さすがに大人の会話を聞かせるわけにはいかないと思い、レクターと残るように言いつけたのだ。

 今、甲板にはエドとギリアスが一対一で対面する形になった。

 

「エドワード君、話を戻すがどうかね? なに、断ったら即、捕らえるようなことはしない。君が帝国に来ていることは目を瞑ってあげよう。君の目的のためにもね……」

(……この人)

 

 帝国軍には報告しない。もしくは、手を出さないように指示して、自分に貸しを作ろうとするギリアス。

 軍に口出しできるほど、この男の力は強大のようだ。

 この男に借りを作ってしまうと、後々、面倒なことに巻き込まれてしまうだろう。

 

 だから、今度はこっちから攻める。

 

「宰相。いろいろと手配してくれて感謝します。ですが、申し訳ありませんが、あなたの下で働くことはできません」

「そうか……、それは残念だ。まぁ、今回はここまでにしよう。君に貸しを作っただけでも良しとしよう」

「あぁ、その貸しですが、今、ここでお返ししましょう」

「……ほお?」

 

 エドの宣言に口角を上げて、視線を強くするギリアス。

 この場でどうやって自分の借りを返すのか、興味がわいたのだ。

 

「宰相。最近、寝不足なのですか? うっすらと目にクマが出ているので、どこか体調でも悪いですか? これでも法国出身なので、多少のカウンセリングやお祓いはできますよ」

「おっと、これは失敬。国を代表する身、身だしなみには気をつけていたのだがね。体調に関しては問題ないよ。君が思っている以上に仕事が多くてね。昨日も書類整理などで徹夜していたのだよ」

「そうでしたか。それは失礼しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……てっきり、あなたの周りをうろついている"黒い"のが悪さしていると思いましたよ」

「っ!!」

 

 この時、今まで余裕な表情を浮かべていた鉄の顔が崩れさった。

 大きく見開いた目はエドの挙動を見逃がさないように彼の姿を決して離さなかった。

 

「なぜ……」

「見えるんですよ。俺の眼には……」

 

 いつの間にか《魔眼》を開いてギリアスに視線を向けるエド。

 だが、エドはギリアスではなく、その周辺にうろついている禍々しい"黒"を捉えていた。

 

「その反応……、あなたも見えているんですね」

「……」

 

 ギリアスは先程までとは違い、静まり返っていた。

 

「はっきり言います。すぐにでも葬るべきだ。そいつはこの世にいてはならない存在。そのままにすれば、あなただけじゃなく、世界にも災いをもたらします」

 

 鬼気迫る勢いでエドは目の前の"黒"を睨みつける。"黒"もエドの視線に気づき、ゆらゆらとエドを周りをうろつくが、どこか怯えている様子で何かをするような素振りは見せなかった。

 

「教会でもこいつを取り払うことはできないでしょうが、俺ならこいつを斬れます。こいつの討滅。それであなたの借りを返しましょう」

「……フフフフフフ」

 

 ギリアスはしばらく沈黙していたが、ついに我慢できなかったか、顔を上げて笑い声をあげるのだった。

 

「いや、参った。まさか、私以外に見える者がいたとは予想外だ。一本取られたよ」

 

 必死に笑いを殺すその姿は、最初に感じた怪物めいた圧を感じなかった。

 

「気持ちはうれしいが、その件についてはお断りしよう。今、この存在を葬るわけにはいかないのだ。私にも守らなければならないものがある」

「なに?」

「この存在はいずれ私の手で決着をつける。だが、それでは君は納得しないだろう。だから、一つ、私の頼みを聞いてほしい。それでこの貸し借りはなしだ」

「……頼みとは?」

 

 怪物としての皮が剝がれた一人の人間は、若き《剣聖》を真っ直ぐ見つめる。

 

「……君の言う通り、この存在はいずれ災いをもたらす。そして、この私も。だから、もしも、その時が来た時、力を貸してほしいのだ。

 …………私を倒して、その手で未来への道を切り開こうとする若者達を」

「あなたは……」

 

 エドはギリアスを見る。その目に宿る彼の決意と想いを。

 それが彼の真剣な表情から如実に伝わり、エドはただ黙って頷くことしかできなかった。

 

「ありがとう。では、話は終わりだ。そろそろ戻るとしよう」

 

 穏やかな雰囲気が消え、いつもの宰相に戻ったギリアスは踵を返して、飛行艇の中へと戻ろうとする。

 

「あぁ。そういえば」

 

 すると、突如、足を止めて振り返る。

 

「君達の目的地を聞き忘れていた。一応、ガイドはつけるが、そこの担当者には私の方から君のことを告げておこう」

 

 どうやら、エドが捕まらないように、そこの地域の担当者に連絡をするつもりのようだ。

 

「あぁ、俺達の目的地は……」

 

 

『霧と湖に囲まれた古城か……。いつか、お前と行ってみてぇな』

 

 

 エドは何かを思い出したのか、少し間を開けるが、やがて口をゆっくりと動かして目的地を告げる。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 七耀暦1201年 6月11日 アルテリア法国

 

 

 アルテリア法国に建てられている、とある大聖堂。

 そこはかつて、ある高名な枢機卿が亡くなった悲劇の場所だった。

 枢機卿を殺めた犯人は逃亡し、いまだ捕まっていなかった。

 あれから二年。

 血に染まっていた大聖堂はその汚れを拭い取られており、本来の神聖さと美しさを取り戻していた。

 そんな大聖堂の教壇前に、ある一人のシスターがいた。

 今は午前七時。

 周りには人がおらず、静寂に包まれた大聖堂で、そのシスターは片膝をついて、両手を前に組んでお祈りをしていた。

 

「…………」

 

 シスターは目を瞑り、ステンドグラスに写った、信仰の対象者である空の女神に対して、何かを必死に祈っていた。祈りをして、すでに五分以上は経過していた。

 

 

 ……ガチャ

 

 

 すると、大聖堂の入り口が静かに開き、そこから一人の男が入ってきた。

 純白ともいうべき、白き法衣に身を包んだ水を連想させるような色をした髪を持つ男性は、いまだ祈りをしているシスターを見て、呆れたように息を吐く。

 

「やはり、ここにいましたか」

 

 男の発言に対して、シスターは黙ったまま、祈りを続けていた。

 その姿に再び息を吐いた男は、ゆっくりとシスターの方へと足を運ぶ。

 

「祈りを捧げるのはいいですが、もうすぐ出発の時間ではないんですか? 従騎士の人達もあなたを待っていますよ」

「……あぁ、わかってる」

 

 シスターはゆっくりと片膝を上げて、その場から立ち上がる。

 腰まで届く炎のような真紅の髪は太陽の光でその存在感を強く表していた。

 

「ここ最近、霊脈に異常が発生しており、我々《守護騎士》も各地に出回っています。本来、コンビを組んでいる僕達でさえ、今回は別行動をとります。今までのようにフォローはできませんので、しっかりしてくださいね。まぁ、さっそくフォローする羽目になってしまいましたが、本当に大丈夫ですか?」

「わかってるって。一言余計だ」

 

 荒々しい口調で男性と話すシスターは視線をステンドグラスに見上げたまま、その場を動かなかった。

 

「やれやれ……、例の彼のことですか? あれからもう二年ですよ。彼の行方はいまだに不明。誰も彼の消息を掴んでいません。もしかしたら、もうすでに……」

()()()

 

 リオンと呼ばれた男性は、女性から放たれたドスが利いた声に黙ってしまう。

 シスターは翡翠色に輝く目でリオンを睨みつける。

 

「次、そんなことを言ってみろ。アタシはテメェを許さねぇぞっ」

「セリスさん……」

「あいつは……絶対にどこかで生きてる。そんで、自分の無実を証明するために今も戦ってるんだ。ならアタシはあいつが無事であることを祈り続ける。そして、もしもあいつが助けを求めた時、いつでも力になれるように強くなる。だから……」

「……わかりました。不躾な発言をすみません」

 

 セリスと呼ばれたシスターの切羽詰まる表情にリオンは何も言えなかった。

 彼女がいう"あいつ"に対する想いがはっきりと伝わってきたからだ。

 

「いや、いい。……そういえば、あいつらに頼まれて探しに来たんだろう。わりぃな、来てもらって」

「セリスさん……。あなたに謝れると、調子が狂いますね」

「テメェ、アタシをなんだと思ってんだ!」

 

 棘のあるセリフに突っかかるセリスだったが、それをスルーして微笑むリオンに対して、その場でため息をつきながら、突っかかるのをやめて入口の方へと向かう。

 

「そういえば、セリスさんはどちらへ? 私は共和国のオラシオンに行きますが、セリスさんは確か帝国方面ですよね」

「……あぁ、……そうだ」

 

 リオンの質問に急に黙ってしまうセリス。

 セリスの頭には、ある思い出が広がっていた。

 

 

『霧と湖に囲まれた古城か……。いつか、お前と行ってみてぇな』

『かつて聖女が住んでいたという古城。街の方も雰囲気があって結構いいらしい。……休暇の日に二人で行こう』

『! あぁ! 約束な!』

 

 

(……結局、あの約束は果たせずじまいになっちまったな)

「アタシが行くのは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「レグラムだ」」

 

 この日、想いを通じ合っていた二人はかつての約束の地へと集うのであった。




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