それでは、ご覧ください。
「今日からこの家で暮らすことになった、エドワード君よ。みんな、仲良くしてあげてね」
俺を紹介するシスターに目の前で集まっている子供達は、大きな声で返事をする。
ここは福音施設。七耀教会が所有する孤児院だ。
母はクソ親父の目をかいくぐって、あの地獄から俺を連れ出してくれた。そして、俺の祖父にあたる人に保護してもらった。
その後、母は心身ともに疲労しており、とても俺を育てる身体ではなかった。そこで祖父の計らいで母が療養している間、俺はこの施設に身を置くことになった。
「おい」
そこで俺は彼女に会った。
「おまえ、なまえなんていうんだ?」
「…………」
俺に声をかけたのは、俺よりも背の小さい女の子。
炎のような真っ赤な髪が印象的なそいつは、俺よりも
「おい、きいてんのか?」
「……エドワード」
さっきシスターが名前を言ってただだろう。
そう突っ込みたかったが、それをやるとさらに面倒くさくなると思って、仕方なく自分の名前をもう一度教えた。
「え、えど、えとわるど?」
覚えにくかったのか、何回も俺の名前を復唱していたが、外れまくっていた。どうやら聞いていなかったのではなく、聞き取れなかったようだ。
「あ~~、もう! エドだ!」
「え?」
「エド! なまえながいから、おまえはエドだ!」
俺に指を指して堂々と言い張るその姿に、俺は特に何も思わなかった。
あの時の俺はあの地獄にいたせいか、あまり感情豊かというわけではなかったのだ。
「……好きにしろ。…………
名前がわからなかったから、とりあえず見た目から彼女をそう呼んだ。
その時、一瞬だけ空気が凍った。
周りの子供達はなぜか、顔を引きつらせたり、青くしたりと、俺と彼女から急に距離を取り始めた。
それを見て俺は首を傾げたが、その答えは目の前にあった。
「……たしは、……いだ」
いつの間にか顔を俯かせて、なにやらぶつぶつぼやく彼女は、やがて涙目になって俺を見上げて腕を高く上げる。
「あたしは、これでも、きゅうさいだ~!」
どがっ、と俺の顔を全力で殴ってきた。見かけによらず、かなり重い一撃だった。
突然の不意打ちに俺は為す術もなく、そのまま後ろに倒れて気を失った。
何でこんな目にあったのか当時はわからなかったが、とにもかくにも俺とあいつの出会いは、まあ、最悪だったということだ。
~~~~~~~~~~~~~~
「エドさん?」
「……ん? どうした、オランピア」
エドはゆっくりと目を開けて、目の前に座っている少女を視界に入れる。
白のワンピースを着て、膝に両手をおいてお行儀良く座っているのは、元《庭園》の幹部で、彼と行動を共にしている仲間――オランピア・エルピスである。
今、二人はエレボニア帝国内の列車に乗り、目的地であるレグラムへと向かっていた。
窓の外に写った景色はおそろしい速度で通り過ぎていくが、それとは裏腹に列車内は安定しており、走行の爆音や揺れはそんなにしなかった。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だ。いろいろ考え事をしてたら、つい眠っちまったみたいだ」
飛行艇で出会った"怪物"と対峙したからか、ここに来て疲れが一気に襲いかかってきた。
列車の揺れが心地よく、いつの間にか寝てしまっていたようだ。
(……懐かしい夢を見ちまったな)
これから向かう場所が原因だったのか、昔のことを夢で見てしまい、エドはどこか寂しそうに目を細める。
「いろいろって……、やっぱり、あのメイドさんのことを考えていたんですか?」
「待て、いきなり何の話だ」
突然の内容に、エドは先程の寂しさが一気に吹き飛び、オランピアを問い詰める。
オランピアはジト目になりながらエドを睨み、少しふくれっ面になっていた。
「飛行艇に降りて、列車に乗る前にすれ違ったメイドさん。エドさん、すれ違い様に見ていましたよね。……かなり真剣に」
最後のセリフはかなり低い声で出てきた。今の彼女は自分でもわからないほど、かなり不機嫌なご様子だった。
あの後、飛行艇を降りてルーレに着いたエド達はギリアス達と別れて、彼が用意したというガイドの人物を待っていた。
すると、周りの様子が急にざわめき始めた。不思議に思った二人は辺りを見回すと、そこにはギリアスの元へと向かっている異様な集団が現れた。
それに気づいた周りの人達は邪魔にならないようにその集団から避けていき、気づいた時には一本の道ができていた。
その集団を遠目からエドは観察していた。
男女関係なく誰もがスーツを身に纏い、手元には両手で抱えた、分厚い紙の束があった。
どこかの大手企業の会社員だろうと思っている中、エドが特に注目したのは集団の中で異様な雰囲気を漂わせていた、先頭で歩いている二人の女性だった。
一人は、金髪のショートヘアーに眼鏡をかけた女性。緊張感が走る空気が流れている中で、顔色をまったく変えないその佇まいは、彼女が集団のリーダーであることを見事に表現していた。
そして、もう一人はその後ろに付いて来ている女性。誰もがスーツを着ている中、その女性だけはメイド服という、あまりにも場違いな服装をしていた。
だが、当の本人はそれを気にするような様子はなく、落ち着いた物腰で先頭の女性の後を付いていった。
オランピアはその集団が自分達を横切る時に、エドが集団の中にいたメイドを目で追っていたことに気がついたのだ。
「いや、チラッと見ただけで、お前が思ってるほど真剣には見ていねぇって」
「でも、見ていたんですよね。そんなにメイドさんがよかったんですか?」
まるで浮気を問い詰めるかのように突っかかってくるオランピアに、エドはどうすればいいのかわからず手をこまねいていた。
すると、オランピアの横から笑うのを我慢している声がうっすら聞こえた。
「……なに笑ってるんですか? クレア少尉?」
「あ、すみません。お二人のやりとりがつい……」
声の持ち主は、つい数刻前にギリアスの護衛として同行していた女性軍人――クレア・リーヴェルトであった。
ギリアスの指示で、エド達のガイドとして同行することになったのだ。
今の彼女は軍服ではなく、私服に着替えてエド達と行動していた。
軽く頭を下げて謝罪するクレアにエドはため息をついて許すことにした。
一方で、オランピアも見苦しいところを見せてしまったからか、少し赤くなった顔を下げてしまう。
「そういえば、クレア少尉はまだ新兵なのか? 見た感じ、俺とそう年は変わらないと思うが……」
「はい。二十歳になります。今年、トールズを卒業して四月に入隊しました」
クレアの発言にエドは軽く目を見開いた。彼女の話が正しければ、彼女はまだ軍に入って、二ヶ月ぐらいしか経っていないということだ。
にもかかわらず、政府代表であるギリアスの護衛に抜擢されたことに驚きを隠せずにいたのだ。
「トールズ?」
一方、二人の話を横で聞いていたオランピアは、クレアの口から出てきた聞き慣れない単語に首を傾げていた。
「トールズというのは、私が在籍していた士官学校の名前です」
「トリスタっていう町にあって、百年以上続いている有名な学院だな」
「そのとおりです。お詳しいんですね」
「まあ、かの学院創設者の関係者が、法国と関わりがあるからな」
「なるほど」
クレアは心当たりがあったのか納得する素振りをするのに対して、オランピアは内容についていけずにおり、頭を悩ませる。
その様子にエドとクレアは帝国の歴史を軽く説明することにした。
「今から、約二百五十年前に帝国で大きな内戦がありました。『獅子戦役』と呼ばれるその内戦は日につれて激しさを増していき、ついには帝国全土を巻き込む程まで広がりました」
「その内戦を終結へと導き、後に帝国の皇帝となったのが、さっき言った士官学校の創設者《獅子心皇帝》ドライケルス・ライゼ・アルノールだ」
「なるほど……。先程エドさんが言っていた、法国と関わりがあるというのはどういうことですか?」
「あぁ、かの大帝にはある一つの騎士団が仕えていたんだ。その騎士団の団長が高潔な人格者であることが数々の文献からわかってな。その結果、七耀教会はその人物を聖人認定したんだよ。《槍の聖女》リアンヌ・サンドロット。それが大帝に仕えていた騎士団《鉄騎隊》の団長であった人物だ」
「そうなのですか……」
「ちなみに、これから行くレグラムはその聖女の故郷でもある。そこを統治しているアルゼイド子爵家は、かつてはその《鉄騎隊》の副長として活躍していた家系なんだ」
次々と出てくる内容に、オランピアは深く考え込んでそのまま黙ってしまう。
その様子を眺めていたエドは窓の景色に目を向けて、どこか思いふけた表情をする。
(こんな形で、訪れるとはな……)
昔、"あいつ"と約束を交わしたが、あの事件がきっかけで叶うことができなくなった。
それが何の因果か、今こうして訪れることにエドは複雑そうに顔を歪ませていた。
(ま、そんな資格、今の俺にはねぇだろうけどな……)
どこか諦めたかのような、後悔しているかのような表情を浮かべて、エドは通り過ぎていく外の景色をただぼんやりと眺める。
「……それで、どうしてメイドさんを見ていたんですか?」
「いや、まだ持ち出すのかよ!」
話を反らして誤魔化したつもりだったが、どうやら彼女は問い詰めを諦めていないようだ。
オランピアはあの手この手と理由を聞こうとするが、エドは頑なにその理由を教えなかった。
(言えるわけねぇよな……)
エドはオランピアの攻めを躱しながらルーレでのことを思い浮かべる。
オランピアの言うとおり、自分があのメイドを凝視していたのは事実だ。だが、それは彼女が思っているような邪な内容ではなかった。
(あの時、彼女は気づいていた。……俺の視線に)
そう、あの集団が自分達の前を横切ったまさにその時、件のメイドがチラッとこちらを見て微笑してきたのだ。
(……似ていたな。あの男に)
視線が合わさった時にかすかに感じた悪寒。
その感覚は、クロスベルで会った狂気の暗殺者の殺気とひどく酷似していた。
~~~~~~~~~~~~~~
列車がルーレから発車して数時間。
エド達を乗せた列車はレグラムへとたどり着いた。
列車から降りたエド達がすぐに外へは向かわず、駅内にある待合室に向かっていた。
ギリアスのおかげで入国を許されたエドだが、彼が今、指名手配犯であることにかわりはない。ゆえにギリアスはレグラムの責任者にエドのことを告げて、彼が行動しやすくするよう計らってくれたのだ。
エド達が着いたことを報告するため、クレアはその責任者の下へと訪れるのであった。
そして今は待合室で待機しており、責任者が来るのを静かに待っていた。
このまま捕まるのではないかと、どこか不安と緊張で固まっているオランピアに対して、エドとクレアは特に気にする様子もなく、リラックスした状態で待機していた。
……コン、コン
すると、ドアをノックする音が待合室に響いた。全員がその音に反応して、一斉に入り口のドアに振り向く。
「失礼する」
「え?」
ドア越しに聞こえてきた声に、クレアは思わず声を上げる。
それを気にするよりも前にドアが開き、ノックをした人物が入って来た。
飛行艇でクレアが着ていた灰色の軍服。金髪の髪には制帽をしっかりと被っており、背筋を伸ばしたその姿は彼が生真面目な性格であることを物語っていた。
「私はこのレグラム駅の責任者。鉄道憲兵隊所属のミハイル・アーヴィング中尉だ」
鉄道憲兵隊。通称、T.M.P。
鉄道網の安全と各州の治安維持活動のためにギリアス・オズボーンが設立した帝国正規軍の最精鋭部隊のことである。
ちなみにクレアもまた、そこの所属であり、目の前の彼は彼女の上官に当たる人物だ。
眉間に皺を寄せて、こちらを睨んでくるミハイルの視線にオランピアはビクッと縮こまる。
対して、エドは席から立ち上がり、ミハイルに向かって軽く頭を下げる。
「エドワード・スヴェルトです。よろしくお願いします」
「君が閣下の言っていた指名手配犯か。本来ならば君を捕らえなければならないが、閣下の客人である以上こちらは手を出すことはしない。だが、貴様が何かをしでかしたその時は容赦なく捕まえる。その事は肝に命じておけ」
そう言って、エドから視線を外したミハイルは、いまだ呆けた表情で席に座っているクレアを睨み付ける。
「それで君はいつまで座っている、リーヴェルト少尉」
「ミ、ミハイルにい……」
「リーヴェルト少尉」
「っ! 失礼しました。アーヴィング中尉」
クレアはすぐに席から立ち上がり、ミハイルに敬礼をして報告する。
「
「
敬礼するクレアに、ミハイルは同じく敬礼して返す。
「宿に関しては急だったことだから用意はしていない。レグラムの街に宿があるからそこに泊まるといい。経費については我々が出す」
「わかりました」
「ふんっ。それでは失礼する」
ミハイルは一瞬、クレアの方に視線を向けた後、そそくさに部屋から出て行った。
オランピアはミハイルの挙動に疑問を持ち、彼女もクレアの方に視線を向ける。
そこにはどこか後ろ暗そうに視線を下に落としていたクレアが静まり返っていた。
「クレアさん?」
「っ! す、すみません。つい、ぼーとしてしまって」
オランピアの掛け声にクレアは慌てて応対する。
「それでは報告も済ませましたので外に出ましょう。ご案内します」
クレアは先行してドアの方に足を運び、二人はその後ろを黙って付いて行った。
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レグラム。
エレボニア帝国東部のクロイツェン州の南部にある小さな街。
エベル湖東部付近にある湖畔の街で、年中、霧に包まれていることから「霧と伝説の街」という別名を持っている。
レグラム駅を出たエド達が最初に目に入ったのは、視界一面では収まることができない、広大なエベル湖だった。
クロスベルのエルム湖にも負けない光景にオランピアは小走りで前に出て、石を積み上げて作られた塀に手を付けて湖を眺める。
右へ左へと顔を動かすオランピアは目を輝かせながら、エベル湖を広く眺めていた。
「? エドさん、あれは何ですか?」
すると、オランピアは湖の先にある巨大な影に指を指す。霧に包まれて、その全貌は見えないがかなり大きな建物らしきものがそびえ立っていた。
「あれは《ローエングリン城》。聖女サンドロットが率いた《鉄騎隊》が本拠地にしていた古城だ」
「今は立ち入り禁止となっていますが、現在はアルゼイド家が管理をしています」
影の正体を教えるエドとクレアも霧に包みこまれた城を眺める。
湖に囲まれて霧に隠れた古い城。天気が良ければ、より幻想的な風景が見れたことだろう。
「さて……、いつになったら声をかけてくるんだ?」
唐突にエドが駅の入口に視線を送る。オランピアとクレアはその行動を不思議に思いながらもエドにつられて入口を見る。
「気づかれていましたか」
すると、入口から一人の老人が出てきた。
かなり身なりがよい服装をしていた老人は年寄りくささを感じさせず、その背筋をまっ直ぐに伸ばしていた。
急に現れた老人にオランピアは驚き、クレアはエド達の前に立って身を構える。
「クレア少尉、大丈夫だ。この人からは敵意を感じない」
「ですが……」
「ここは任せてくれ」
エドはクレアを押しのけて、老人の前に立つ。
「何者だ? かなりの腕前の持ち主だと思うが……」
「なるほど、そこまで見抜きますか。《剣聖》の名は伊達ではありませんね」
老人は非礼と挨拶を込めて、エド達に深くお辞儀をする。
「初めまして。私はアルゼイド家にお仕えする執事のクラウスと申します。《黒金の剣聖》エドワード・スヴェルト様であられますね」
「あぁ、そうだ」
「我が主、ヴィクター・S・アルゼイド様が貴方様をお待ちしております。ご案内いたしますので、どうかアルゼイド邸へお越しください」
エド達はクラウスの案内の下、レグラムの領主が待つアルゼイド邸へと出向くことになった。
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