英雄伝説外伝 金の軌跡   作:魔ギア

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第三十八話 使者

 あいつとの最初の出会いは最悪だった。

 名前を知らないからって、いきなり「チビ」って言いやがって。

 あの後、おもいっきりぶん殴ったが、後悔はねぇ。

 その後はあんなことがあったから、お互いに距離を取っていた。

 あいつは誰とも馴染まずに、ずっと一人だった。

 声をかけてくる奴もいたが、あいつは自分からみんなと距離を取っていた。

 それを見たアタシはどうにもあいつを放っておけなかった。

 だから、アタシの方から声をかけた。

 でも、結果は他の奴らと同じ。いくら声をかけても見向きもしねぇ。

 それにイラっときたアタシは毎日、あいつに声をかけ続けた。

 あいつの後ろをずっと追いかけて何度も何度も声をかけた。

 そして、ついに――、

 

「……なんのようだ。……チビ」

 

 また、アタシをチビと言ってきたあいつをもう一回殴ろうと思ったが、それは違うとアタシは何とか気持ちを抑えた。

 アタシはあいつの顔をもう一度見る。

 アタシに向ける蒼い目には光はなく、まるで人形のように顔色一つ変えなかった。

 

「……ないならいくぞ」

「あ……、まて!」

 

 離れようとするあいつの腕を掴む。

 あいつはアタシの顔をじっと覗いてくる。

 声をかけるのに必死で何を話すか考えていなかった。

 

「…………セリス!」

「え?」

「チビじゃない! セリス・オルテシアだ!」

 

 それから、あいつ……、エドとあたしの関係が始まった。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「……オルテシア卿」

「ん……?」

 

 自分を呼ぶ声に、少女は目をゆっくりと開けて、こちらを見上げてくる部下に顔を向ける。

 

「まもなく、レグラムに着きます」

「そうか……、エベル街道に着地する。ステルス機能を常に維持して、周囲を警戒しろ。帝国の軍人達にばれたら面倒だからな」

「了解」

 

 自身の部下である従騎士に指示を出す女性――、セリス・オルテシアは目を細めて、霧に包まれた外の景色を眺めていた。

 

(……エド)

 

 昔のことを思い出してしまい、物思いにふけるセリス。

 これから向かう場所は初めて訪れる土地ではあったが、セリスにとっては思い入れのある場所だった。

 

(あれから二年、か……)

 

 ここに来る前に法国で相方が「無事ではない」と言った時、セリスは感情が高ぶって反発してしまった。

 

(大丈夫だ。あいつなら、絶対に大丈夫だ)

 

 自分に訴えかけて、心を落ち着かせるセリス。

 エドなら大丈夫だ、と彼女は疑うことなく信じていた。

 

(任務ついでに探して見るか……)

 

 もしかしたら来ているかも入れない。

 

 そんな、都合のいい事を思い浮かべながら、セリスは目的地に着くのをじっと待っているのであった。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 一方、現在レグラムにいるエドはというと、

 

「なるほど。それで俺に会いに来たと……」

 

 遊撃士協会レグラム支部。

 その受付前で遊撃士、トヴァル・ランドナーはその場で大きくため息をつく。

 

「ミヒュトのおっさん、なに俺の知らない所でこんなの書いてんだよっ!」

 

 エドが見せた小説《カーネリア》の存在にトヴァルは頭を抱えていた。どうやら、彼の預かり知らぬところで出版されていたようだ。

 その様子にその場にいた者達は憐れみの視線を送って、彼に同情していた。

 まあ、彼がこんなリアクションをとるのも無理はない。誰だって、自分の黒歴史なんて暴露されたくないだろう。

 

「でも、これのおかげであなたに会えたんだから、俺としては感謝ですよ。トビーさん」

「あー、その名前はやめてくれ。トヴァルでいいから……。しっかし、お前がアインの言ってたエドか」

「俺を知ってるんですか?」

「まあな。普段は余裕な表情をしているあいつが珍しく焦っていたからな。……その後、俺の予定などお構いなしにお前の事件の調査をしろって脅してきてな……」

 

 目を暗くして、やつれた表情を見せるトヴァル。アインの無茶苦茶な性格に振り回されたことがあるエドはトヴァルの姿に既視感を覚えてしまった。

 

「……ゴホンッ! すまないが、思い出話は後にしてもらえないか?」

「あ、すみません。ミハイル中尉」

 

 話が脱線していくのを感じて咳払いをするのは、鉄道憲兵隊のミハイル・アーヴィング中尉だった。

 なぜ、彼がこの場にいるのか。それは練武場での一騎打ち後まで遡る。

 エドがトヴァルに挨拶をした直後、練武場のドアが勢いよく開き、鬼の形相を浮かべたミハイルが入ってきた。

 彼の話では、突如起きた激震はエドが何かしたのではないかと疑い、問いただしにきたとのことだ。

 それを聞いて、当事者のエドとヴィクターはこれまでの経緯を説明した。

 最後まで話を聞いたミハイルは堪忍袋の緒が切れた。

 実力的に格上の強者にもかかわらず、その場で怒鳴り散らして説教するミハイル。

 やれ指名手配犯だから、やれ領主なのだから自分から問題を起こすなと、しごく当然のことを言われて、エドとヴィクターは反論することができずにいた。

 その後、ミハイルはこれ以上問題を起こされても困ると言い、そのまま遊撃士協会について行ったのであった。

 今、この場にいるのは、エド・トヴァル・ミハイルのほかに、オランピア・クレア・ヴィクターが集っていた。

 

「《庭園》……。一応、本部の方からの連絡で内容は聞いてはいたんだが、当事者のお前らの話を聞くと相当やばそうな連中だな」

 

 今、一同が話題として挙げているのは、暗殺組織《庭園》のことである。

 

「《D∴G教団》……。三年前に壊滅したあの教団が、まさかそんな形で生き残っていたとはな……」

「私も悪魔を崇拝する教団、と噂程度でしか耳にはしていないが、噂以上、いや、それ以下と言ってもいい組織のようだな」

 

 ヴィクターは珍しく嫌悪の表情を見せて、《D∴G教団》のことをそう評していた。

 

「だが、その《庭園》という組織も侮れない。君の話を聞いた感じ、彼らの勢力はかなり広く展開されているようだ」

「はい。教会の上層部だけでなく、もしかしたら、帝国上層部にも彼らと接点を持っている者がいるかもしれません」

 

 エドの話を聞き、ミハイルとクレアはそう推測する。

 《庭園》が引き起こしたと思われる、未解決の殺人事件は帝国内部でも起こっていた。

 犠牲者の中には、名の通った貴族や議員が複数人、含まれている。

 犠牲者が出るたびに警備体制を何度も変えている帝国軍だが、まるでこちらの動きを読んでるかのように何度も出し抜かれていた。

 身内から情報が漏洩していたと二人は結論づける。

 

「奴らをただ待っているだけじゃ、状況は何も進展しない。だから、こっちからも攻めようと思う」

「教会上層部にいるスパイか……」

「そうだ。《庭園》が所有している複数の《古代遺物》。あれを何の手がかりもなしで探し出すのは困難だ。《古代遺物》に詳しい専門家がいない限りはな」

「なるほど……。七耀教会は《古代遺物》の管理と回収を担っている。彼らほど《古代遺物》に対して、詳しいものはいないだろう」

「それだけじゃない。上層部なら保管されている《古代遺物》がどこの教会にあるのかなんて、簡単に情報が手にはいる。……《庭園》に横流ししたことも考えられる」

 

 エドはこれまでの《庭園》との争いでその可能性を一番に考えていた。

 クロスベルでの煉獄門を出現させた「宝玉」と、リベールでの人を操る「ベル」。

 どの《古代遺物》も脅威的な上、破壊した後、本来ならこの世に存在するはずのない"悪魔"が顕現された。

 あれほど危険な《古代遺物》を教会が今まで見過ごしていたとは思えない。

 あの二つは元々、教会の方で保管されていた。しかし、《庭園》のスパイがそれを盗んで、《庭園》に渡した。他の《古代遺物》もそういう風に入手したのなら、一つの組織にあれだけ多量の《古代遺物》を所有しているのもおかしくない。

 

「奴らの組織が創立してからすでに二年も経っている。それまでの間、奴らの情報を何一つ掴むことができなかった。それが今回、初めて奴らは尻尾を出した。こいつを逃せば、奴らは警戒して再び闇の中に消える。今がチャンスなんだ。そのスパイを捕まえることで奴らをぶっとばせるかもしれない」

 

 そして、それは自分の無実とオランピアの自由につながるのだから。

 

「……わかった。アインへの報告は俺に任せておけ」

 

 エドの熱意を肌で感じ取ったのか、トヴァルはエドの頼みを快く引き受けた。

 

「今から、手紙を書いて送るから、アインに届くのはたぶん明日か明後日くらいと考えると、たぶん返事来るのに一週間はかかるだろうな。しっかし、タイミングが悪かったな……」

「? どういうことだ?」

「アインにはつい最近、手紙を送ったばかりなんだよ。実はこの地でちょっとした幽霊騒動が起きてな。それの調査に力を貸してほしいって頼んだんだよ」

「幽霊騒動?」

 

 トヴァルの口から出てきた言葉に思わず、聞き返してしまうエド。

 その態度を見て、ヴィクターがことの詳細を説明する。

 

「今月の始めから、幽霊を目撃したという者が複数きているのだ。あまりにも突拍子もない内容で最初は信じられなかったのだが、それが毎日、何人も目撃していることがわかってな。遊撃士に調査の依頼を頼んだのだ」

「どうして幽霊だって思ったんですか? もしかしたら、偶然そこを通りすがった人かもしれませんよ」

「それがな、目撃者が見た幽霊は一人じゃないんだ。目撃者一人一人で出会った幽霊の特徴がまったく違うことが証言でわかった。しかも、全員が同じような証言をしてんだよ」

「同じような……証言?」

 

 妙な緊張感が部屋の中で広がっていた。誰もがトヴァルが次に出す発言に耳を傾けていた。

 

「ほとんどの目撃者は同じこと言うんだよ……。要約すると『死んだ自分の身内がさまよっているかのように歩いて、いつの間にか消えた』ってな」

「死んだ、身内、ですか?」

「あぁ。去年の春に寿命を迎えた祖母やら、魔獣の被害で亡くなった兄やら、帝都で事故に遭ってそのまま死んだ夫やらと、全員が亡くなった自分の身内を目撃したって言ってんだよ」

「なるほど、それで幽霊、なんですか」

 

 トヴァルからの情報大体の事情を理解したエドは、同時に教会に協力を仰いだ理由も理解した。

 

「さまよう魂を女神の元へ送るのも教会の務め。しかも、そんな摩訶不思議な出来事が起きているんだ。教会に頼むのは間違ってはいないな」

「あぁ。こんなオカルト染みた話は俺達、遊撃士や鉄道憲兵隊には専門外だからな。素直に専門家に頼むのが筋だよ。ただでさえ、もうすぐ祭りがあるんだ。早急に解決したしな」

「お祭り……ですか?」

 

 祭りという言葉にオランピアは、顔が若干青くなりながらも聞き返す。幽霊騒動の話が出てから、エドの服の袖を強く掴んで、ずっと黙っていたのだ。

 

「一週間後に『夏至祭』が始まるのでな。今は街の人が総出で祭りの準備を行っているのだ」

 

 夏至祭とは、七耀教会が広まる前から帝国に根付いていた、古代の精霊信仰が起源とされたお祭り。

 帝都を除いた各地でこの祭りが開かれており、その地の特徴を活かした祭事が行われる。特に、レグラムは《槍の聖女》の生誕地ということもあることから、外からの参加者も多く、かなり前から祭りの準備を行っているのだ。

 

「今回の騒動が夏至祭に支障をきたす恐れがある。折角、来てくださる方々に被害が及ぶのはなんとしても回避せねばならない」

「当然、我々、鉄道憲兵隊も当日は周囲の警備に参加するが、幽霊が相手となるとこちらでは手がつけられないのでな。本来は我々の手で解決しなければならないが、仕方なしと判断したのだ」

「そうですか……。ちなみにその使者は本国から?」

「あぁ。アインの話じゃ、自分と同じ《守護騎士》を送るって言っていたな。なんでも霊脈とやらに異常が起きているみたいらしい」

 

 霊脈とはゼムリア大陸の地下深くに存在している七耀石の鉱脈、《七耀脈》の別称で、莫大なエネルギーで大地を少しずつ動かしていると言われている。

 本来、安定している霊脈が突然の異常をきたすということは何かしらの異変が大陸で発生していることを意味しているのだ。

 

「本国からか……。バレねぇように身を隠さないとな……」

 

 エドは法国の枢機卿を殺害した容疑で指名手配されており、法国から追われている立場にある。特に亡くなったシモン枢機卿はエドの祖父と同じく、七耀教会で人格者とも言える、グンター・バルクホルン神父の一番弟子。女神に対する献身的な姿に尊敬している者も多い。

 そんな人物を殺害したとされているエドを目の敵にする者は、決して少なくないだろう。

 

「宿に泊まるとはちあわせするしちまうかもな。……仕方ない。いっそのこと、ここは野宿して……っ!」

 

 ブンッ、と入り口の方へと突然振り向くエド。その目は大きく開き、激しく揺れていた。

 誰もが彼の様子に驚いているその時、入り口のドアが開いた。

 

「旦那様、今よろしいでしょうか?」

 

 中に入ってきたのは、執事のクラウスだった。彼は練武場の修理のため、現場に残って門弟達の指揮を取っていた。

 

「クラウスか。何かあったのか?」

「法国からの使者が参られました。旦那様にご挨拶をしたいとのことで、今、外でお待ちしております」

「来たのか……。通してやってくれ」

「かしこまりました。セリス様、どうぞ中へ」

「おう。失礼するぜ」

 

 ヴィクターの許可で外から声が届き、その人物が中に入る。

 入ってきたのは十五歳程と思われる童顔の可愛らしい少女。

 腰まで届く真紅の髪は燃えさかる炎のように美しくなびかせていた。

 黒を基調したシスターの服は従来のものとは違って、どちらかというと男性が着る法衣に近い、独特のデザインをしていた。

 若干、つり目になってこちらを睨んでいるように見えるが、彼女の童顔であまり怖さを感じなかった。

 

「アルテリア法国、七耀教会本部から来た、セリス・オルテシアだ。幽霊騒動で話を聞きたいんだが、この街の領主様とトビーって奴は誰なんだ?」

 

 シスターとは思えない乱暴な口調で部屋を見渡すセリス。

 白髪の少女、水色髪の女性、軍服の男性、金髪の男性、そして、渋い中年の男性。

 案内された執事を含めて、()人を見渡して、責任者を探す。

 

「私がこの地の領主をしている、ヴィクター・S・アルゼイドだ。遠い地からよく来てくださった」

「アンタが噂の《光の剣匠》か。それでトビーってのは?」

「俺だよ。トヴァル・ランドナーだ。トビーはやめてくれ」

「アンタが総長が言っていたトビーか。あの総長がえらく気に入っているみてぇだったが、……なんか貧弱そうだな」

「貧弱っ! ……ゴホン! まぁ、お嬢ちゃん。まだ、子供だから仕方ないかもしれないがな、人のことを悪く言うのはやめなさい。その年で教会に勤めているのは立派だけどな。そんな喧嘩腰だとこの先、苦労するからな」

「……ゅうさいだ」

「え?」

 

 セリスが顔を俯かせて何かを呟いていたが、声が小さくよく聞き取れなかった。やがて、顔を上げてトヴァルを見上げるその顔は、これでもかと睨みつけていた。

 

「アタシはこれでも二十歳だ! 文句あんのか?」

「え! いや、あの……、す、すみません」

 

 気まずい雰囲気にトヴァルは素直に謝罪する。セリスは鼻を鳴らし、再びヴィクターに視線を向ける。

 

「とにかく、幽霊騒動で話がしたいんだが、今、時間は大丈夫か?」

「かまわない。ここで立ち話するより、我が屋敷で話そう。クラウス、客人をもてなす準備を」

「かしこまりました」

 

 クラウスが先行して協会から出て、それに続いてヴィクターとセリスが出る。

 すると、セリスは一瞬、足を止めて部屋の中を見渡す。辺り一帯を見渡した後、その場でため息をつく。

 

「やっぱ、ここにはいねぇか……」

 

 落ち込んだ様子を見せるセリスはそのまま協会の外へと出て行くのであった。

 

「……出て行ったぞ、スヴェルト。もう出ても大丈夫じゃないのか?」

 

 セリスが外に出るのを確認した後、受付の裏にいつの間にか身を潜めていたエドにミハイルは声をかける。

 だが、いくら待っても一向に彼は出てこなかった。

 

「……エドさん?」

 

 心配そうにエドに声をかけるオランピア。だが、その声はエドの耳には届いていなかった。

 エドは今、受付を背にして両手で顔を隠しながら倒れていた。

 

「マジかよ……、よりにもよって、あいつが来ちまったのかよ……」

 

 二年ぶりだ。

 

 二年ぶりに聞いた懐かしい声。チラッと見た彼女の姿は、あの時よりも綺麗に、そして、より女らしく成長していた。

 

「……セリス」

 

 動揺と悔やみが入り混じった声は震えており、エドはその場から立ち上がることができなかった。




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