英雄伝説外伝 金の軌跡   作:魔ギア

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 それでは、ご覧ください。


第三十九話 葛藤

「ひっく……、エド……、うぅ、ううう……」

 

 俺に手を引っ張られ、泣くのを我慢しながら歩く少女。

 普段、男勝りな性格なあいつが女らしい素振りを見せたのは、薄暗い森の中。あの日が初めてだった。

 

 施設に入ってから半年くらいが経った頃、教団の実験で手に入れてしまった《魔眼》の力を制御できなかった俺は、その力をコントロールするために星杯騎士団総長のアイン・セルナートの下で修行をすることになった。

 何でもこの力でお師匠さんに迷惑をかけてしまったらしく、他にも被害を及ばないようにするために、お師匠さんが自ら教えることにしたそうだ。

 ちなみに、迷惑をかけた日を思い出そうとすると、頭が強烈に痛み出したので思い出すのはやめた。思い出そうとする際に見せた、お師匠さんの笑顔がものすごく怖かったのは内緒だ。

 お師匠さんの修行は、はっきり言って地獄だった。

 《魔眼》の制御のほかにも、基礎体力や戦闘技術なども叩き込まれた。だが、その修行内容は常識を逸脱していた。

 考えてもみてほしい。

 

 基礎体力をつけるためとはいえ、当時、七歳の子供に十キロの重しをつけて走らせる奴がいるか? しかも、遅れたら、その度に重しを二キロずつ追加してくる。

 

 戦闘技術を身につけるためとはいえ、魔獣が徘徊する薄暗い森に放り出す奴がいるか? しかも、所持品は剣一本だけときた。

 

 大人の人達が総長の指導はスパルタだとは噂で聞いたとは言っていたが、受けた身から言わせれば、あれはスパルタというより鬼畜の所業だ。受けたがる物好きは、被虐趣味の変態だと断言しよう。

 

 話が脱線したな。

 俺があいつとなぜ、暗い森の中をさ迷っていたのかというと、あいつが俺の後をついてきたのが始まりだ。

 あの日、いつものようにお師匠さんに首根っこを引っ張られて、森の中に放り出された俺は、特に焦ることなく森の出口へと一直線に進んだ。

 何回もやったことで慣れていた俺は、上達した《魔眼》の力で森の出口を捉えて、そこに向かっていたのだが、その時にあいつが森でさまよっている姿を見つけた。

 名前を教えてもらって以来、なんだかんだで一緒にいるあいつ――セリスとは、それなりに会話をする仲までには進展したと思う。

 俺はセリスの方へと方向転換して向かった。

 あいつと合流した時は、それはそれはでかい声で文句やら説教が飛んできた。

 

 それで、今に至る。

 あいつの手を引っ張り、《魔眼》の力で出口へと向かっている中、あいつは必死に泣くのを我慢していた。

 

「なきたいなら、ないてもいいんだぞ、セリス」

「うるさい! ないてなんかいない!」

「そんなかおでいわれてなあ……。とにかく、てをはなすなよ」

「うん……ひっく……」

 

 あいつの気持ちを解きほぐそうとしたつもりだったのだが、なんか逆に怒られてしまった。

 だが、自分に反発するその姿を見て、特にめんどくさいといった拒絶感はなかった。

 それはあいつに対して、俺の心境が少しずつ変わっていたのが原因なのか。

 それとも、かつて教団にいた時にいつも助けてくれた人が、反発する俺をいつも気にかけてくれたことを思い出してしまったからか。

 自分でもよくわからなかったが、あの日から、あいつのことを放っておけないと思い始めたのだ。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 七耀暦1201年 エレボニア帝国 レグラム 6月13日

 

 

 トヴァルとの邂逅をはたして、すでに二日が経過していた。

 アインへの連絡が来るまでの間、レグラムに滞在することになったエドとオランピア。

 教会からの使者が来たことで、鉢合わせしやすい街の宿に泊まることができなくなったエド達は、ヴィクターのご厚意でアルゼイド邸で寝泊まりすることになった。

 だが、さすがに無償で泊まるわけにはいかないと思ったエド達は滞在する間、アルゼイド邸で手伝いをすることになった。

 そして、今、エドはというと……、

 

「材料、ここに置いときますね」

「はい! お願いします!」

 

 破壊された練武場の修繕作業に手を貸していた。

 ヴィクターとの一騎打ちで屋根を吹き飛ばしたことを申し訳なく思っていたエドは率先して、修繕の手伝いに参加を希望した。

 門弟達が屋根を修復している間、エドは修復に必要な材料を調達するのに専念していた。

 修繕に関しては、門弟達がかなり速いペースで着々と進めていた。プロにも負けない手作業ぶりだ。

 その手際の良さにエドは驚いていたのだが、門弟達が言うには、

 

「数年前に皆伝に至った姉弟子がたまにここに来て、師範と手合わせをするんです。手合わせ後は壁に穴が開いたり、クレーターが出来たりすることがよくありましたので、こういった作業は手慣れています」

 

 まあ、屋根が吹き飛ぶのは今回が初めてですが、と軽く笑って修繕に戻る門弟達の様子に、エドは姉弟子に振り回されている彼らに既視感を覚えてしまう。まぁ、彼の場合は姉弟子ではなく、師匠なのだが……。

 エドは気持ちを切り替えて作業に戻ろうとするが、ビクッと身体がこわばり、すぐに物陰に隠れる。

 物陰からそっと向かいにある教会の方へと盗み見する。

 すると、教会の中から一人のシスターが出てきた。

 彼女はレグラムで最近、発生している幽霊騒動を解決するためにアルテリア法国から来た《守護騎士》にしてエドの元恋人、セリス・オルテシアであった。

 彼女は今、レグラムに訪れた時に着ていた服装ではなく、シスターが着る修道服で身を包んでいた。

 夏至祭が近いことからセリスは時々、祭りの準備を手伝っていた。

 幽霊騒動の件が行き詰まっていることを街の人達に知らせないための処置だそうだ。

 セリスは彼女を送ろうと入り口まで同伴した祭司に挨拶をして街の方へと歩いて行った。幽霊騒動の調査に行ったのか、それとも夏至祭の準備のために出かけたのか。

 彼女の姿が見えなくなったのを確認したエドは、その場で大きく息を吐いて、力んでいた肩の力を抜く。

 エドが屋根の修理に参加したのにはもう一つ理由があった。それはセリスとの接触を避けるためだった。

 教会近くに建っていることを利用し、彼女が教会から出て行くところと、戻っていくところを監視していたのだ。

 現在、彼女は教会の方で寝泊まりをしており、彼女が教会から出ている間は街には行かず、戻ったときに街に行くと、鉢合わせしないように徹底していた。

 だが、エドとセリスはかつては付き合っていた仲。当然、セリスが自分のことを疑っていないことは、ガイからの言付けで知っている。彼女が自分の無事を毎日祈っていることも知っている。にもかかわらず、彼は彼女と接触することを拒んでいた。

 エドは二年前に最後に会った彼女の姿を思い出す。あの時と比べ、背丈の方はちょっとは伸びていた。一リジュくらいではあったが。

 それでも、それ以外のところは大分見違えた。

 童顔であることは変わりなかったが、二年前とは違って少し大人っぽくなっており、女性としての魅力を感じさせた。

 日曜学校の時は外で子供達を教えている彼女の姿は勝ち気な笑みを浮かべながらも優しく説いており、子供達には大人気だった。

 正直、彼女の姿をまた見れて、うれしさで気持ちがいっぱいになっていた。今すぐにでも会いたいという衝動を抑えられないほどにだ。

 しかし、エドは首を振って、その気持ちを奥底に閉める。

 そんなことを望んではならない、望んでいい資格はない、とまるで自分に言い聞かせるように彼は再び、修繕作業に没頭するのであった。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 一方、アルゼイド邸では、

 

「オランピアちゃん。洗濯物を干しに行きますので、手伝ってください」

「は、はい!」

 

 アルゼイド邸で働いている侍女の一人に声をかけられたオランピアは、仕事着のスカートの裾を持ち上げて、転ばないように小走りで侍女の下へ駆け寄った。

 今、彼女はアルゼイド子爵家の侍女として、身の回りの手伝いをしており、服装もそれに合わせていた。

 

 足首まで届く黒のワンピース。

 その上にはフリルがついた白のエプロンドレス。

 頭にも同じく、白のフリルがついたカチューシャ。

 

 世間一般で言うメイド服を着ていたのだ。

 

「オランピアさん。私も手伝いますね」

「あ、はい。ありがとうございます。クレアさん」

 

 そして、エド達のガイドとしてついてきた、鉄道憲兵隊のクレアもメイド服に着替えて、アルゼイド邸で働いていた。本来なら、鉄道憲兵隊員として上官のミハイルの指揮につくはずだったのだが、宰相ギリアスの客人である彼らを貴族に任せるのは、任務の放棄にあたると考えたミハイルはクレアもアルゼイド邸で働かせるように当主ヴィクターに打診した。

 一騎打ちの件もあったからか、ヴィクターはこれを了承して、オランピアと共に侍女として働く形で収まった。

 

「干す時はシワを伸ばしてから干してください。そのままだとシワが残ってしまいますので」

「はい」

 

 あまり家事をしたことがなかったオランピアは、クレアや侍女からの助言でを少しずつもらい、働き始めた時に比べるとかなり上達していた。

 

「みなさん。そろそろお昼になります。練武場へ昼食をお持ちしますので、どなたか手伝ってくれませんか?」

「オランピアさんも行きませんか? エドさんに会えると思いますよ?」

「あ……、はい」

 

 エドの名前を聞いた瞬間、オランピアは顔を少し曇らせてしまう。どこか遠慮がちな様子にクレアは少し戸惑いながらも、苦笑いを浮かべてオランピアと一緒に練武場へと向かった。

 ここ最近、オランピアとエドの関係がどうもギクシャクしていた。別に口喧嘩をしたというわけではない。ただ、二人の様子が今までと少し違っていたのだ。

 きっかけは、法国からの使者、セリスがレグラムを訪れた時からだ。

 あの日、彼女が遊撃士協会を訪れた時、エドは咄嗟に彼女と鉢合わせしないように身を隠した。その日からエドの様子が少しおかしくなった。

 普段は特に問題なく仕事をしていたのだが、時々、彼女が滞在している教会の方に視線を送ることが度々あった。そして、彼女が姿を現した時は、彼女に気づかれぬように素早く身を隠していた。

 その様子を見ていたオランピアは、不思議に思うと同時に、少し心が複雑な気分になってしまう。

 今まで二人で旅をしていた時は、常に自分のことを見ていた。

 クロスベルの時でも、距離を取っていたリベールの時でも、彼は常に自分のことを気にかけてくれていることに、どこかうれしさを感じていた。

 しかし、セリスが来てからそれが変わってしまった。

 エドは自分ではなく彼女の方を意識するようになり、時たま自分のことを放置することがしばしばあった。それが少しばかり嫌な気分になってしまう。

 エドがセリスと知り合いであるというのは、彼の態度から見ても明白だった。だが、具体的にどのような関係なのかはオランピアは知らない。

 知りたいという気持ちはあったが、同時に知るのが怖いという気持ちもあった。

 聞いてしまえば彼が遠くに行ってしまいそうな、自分との関係が変わってしまいそうな気がしてしまう。

 そういった特に根拠がない不安に襲われてしまい、聞こうにも聞けない状態がずっと続いている状態だった。

 

「皆さま、昼食をお持ちしました」

「応。全員、集合! 昼の休憩に入るぞ!」

『押忍!』

 

 オランピアが頭の中で考え込んでいる中、気づいたら練武場にたどり着いていた。

 修繕作業に汗をかいた門弟達が集まってきた。侍女達はおぼんの上に乗せて運んできたおにぎりを一人一人に渡していった。

 

「エドさん。お疲れ様です」

「あぁ、サンキューな、オランピア」

 

 そして、オランピアも侍女達と共におにぎりを配っていき、門弟達と作業をしていたエドにおにぎりを渡していた。

 エドは積んである丸太の上に座って、おにぎりを口に含める。オランピアはエドの正面に立ち、その様子を窺っていた。

 やがて、食事を終えたエドはオランピアに改めて感謝を告げた後、そのまま彼女の方をじっと見つめ続ける。

 

「あの……、なにか?」

「いや、その服も様になってきたな、と思ってな」

「そ、そうですか?」

 

 いきなり褒められてしまい、オランピアは顔を少し赤くする。

 オランピアは仕事を始める際、メイド服を着ることを知った時は少し驚いたが、可愛らしい服だったから一度は着てみたいとも思っていた。

 それにレグラムに行く前にエドがメイドの女性に釘つけになっていたから、自分が着たらどんな反応をしてくれるのか、とちょっとした期待をにじませていた。

 

「あの……、似合っているでしょうか?」

 

 オランピアはスカートの裾を持ち上げて、その場で回りながら、エドに自分の姿を見せる。その言葉にエドはキョトンとするが、すぐに口角を上げて率直な感想を告げる。

 

「似合ってるよ。可愛いと思う」

「あ、ありがとうございます」

 

 ストレートに褒められたオランピアは顔をさらに赤く染めるが、同時にどこかうれしそうに表情を緩ませていた。

 エドはその様子に首を傾げるが、急に顔を動かし何かに気づく。

 すると、その場でうつ伏せに寝て、首だけを上げる。

 オランピアは突然のことに驚くが、その原因がなんなのかすぐに気づいた。

 オランピアは首を動かし、自分の後ろに建っている教会の方に視線を向ける。

 すると、そこには修道服姿のセリスが戻ってきており、シスターの人と話をしながら中へと入っていった。

 先程までのうれしさが一気に冷えてしまい、エドの方に視線を戻す。

 目を凝らして教会の方を見つめる彼の姿に、オランピアはむすっと頬をふくらます。

 

「あの……、何をやっているんですか?」

 

 すると、二人の下にクレアが近づいてきた。クレアはエドとオランピアの様子に戸惑っていた。

 

「クレアさん? 何を、というのは?」

「いえ、その角度だと……、見えてしまいますよ……」

 

 クレアの発言にオランピアはすぐに理解することはできなかったが、自分とエドの立ち位置を確認してようやく気づく。

 今、エドはオランピアの足元でうつ伏せの状態になっており、首を上げている。その姿は傍から見れば、彼女のスカートの中を覗き込もうとする変質者に見えてしまっていたのだ。

 

「っ! きゃっ!」

 

 オランピアはスカートを抑えて、後ろに引く。

 顔は再び赤く染まり、目元は若干、涙目になっていた。

 

「み、見ました?」

 

 何を、とは聞かずにオランピアはエドにおそるおそる問いかける。

 

「いや、全然」

 

 エドは特に慌てる素振りも見せずに即答する。

 実際、彼は教会の方に視線を集中していたので、オランピアが心配するようなことはなかった。

 だが、彼のあまりに素っ気ない反応にムカッときたのか、オランピアの表情は険しくなっていた。

 

「……興味がなかったんですか?」

「……は?」

 

 何に、とは聞かずにエドはオランピアにおそるおそる視線を合わせる。

 

「私のスカートの中より、あのシスターさんの方がいいんですか?」

「ハァッ!」

 

 とんでもない爆弾が投下された。

 オランピアの発言にエドだけでなく、クレアも驚きを隠せずにいた。

 

「エドさん、どうなんですか?」

「ちょ、ちょっと落ち着け、オランピア。お前、自分の言っていることがわかっているのか?」

「そ、そうですよ。オランピアさん、落ち着いてください」

 

 二人でとにかく暴走している少女を落ち着かせようとするが、当の本人は止まらなかった。

 

「私だって女の子です。綺麗に見せようと頑張っているんです。髪型とか、服とか、下着だって、いろいろ考えているのに、あのシスターさんにだけ目がいって……」

「……オ、オランピアさん? 聞こえていますか?」

 

 ボソボソと早口で呟くオランピアに近づいて、意思疎通を取ろうとするエド。

 だが――、

 

「最っ……低っ!」

「ブハッ!」

 

 突如、放たれた彼女の正拳にエドはなすすべもなく、頬に受けてしまう。

 地面に叩き付けられ、のたうち回っているエドを無視して、オランピアはその場から離れる。

 

「オ、オランピアさん! どちらに!」

「買い出しに行ってきます!」

 

 ご機嫌斜めな様子を隠そうとしないオランピアは、そのまま街の方へと向かって行った。

 痛みが引いて、その場で立ち上がるエドは街の方に顔を向ける。その表情は唖然としており状況がまったく掴めずにいた。

 

「……なんで、殴られたの?」

 

 エドは唯一の目撃者であるクレアに理由を訊ねるが――、

 

「えっと……、ご自分でお考えください」

 

 何と答えればいいのかわからなかったクレアは、そそくさにその場から立ち去るのだった。




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