それでは、ご覧ください。
七耀暦1201年 エレボニア帝国 レグラム 6月15日
夏至祭まで、あと三日を迎えた。
少し仲がこじれていたエドとオランピアは、ある日をきっかけに仲を取り戻すことができた。
今ではエドが教会にいる彼の元恋人――セリスと接触しないようにオランピアも積極的に協力している。
そのおかげもありエド自身も行動できる範囲が増えていき、働き始めた時よりも動きやすくなった。
「ハァッ!」
横薙ぎで払われた一閃。
細い腕で放たれた斬撃は目の前に立つ相手へと向かう。
「甘い」
カキンッとその一撃は相手が構えていた剣によって弾かれる。
一撃を防がれた少女――オランピアは弾かれた勢いで後ろに跳び、着地した瞬間に剣を横に構える。
「疾風!」
空気を切る音と同時にオランピアの姿が消える。
しかし、相対している相手――エドは彼女が消えたにもかかわらず、焦る様子を見せないで周辺に視線を回す。
そして、誰もいない場所に向かって剣を振るう。
――ガキン!
「っ!」
「踏み込みはいいが、動きがまだ単純だ」
彼が剣を振るった場所に現れたオランピアは、剣を受け止められて鍔迫り合いの状態になっていた。
「そして――」
「きゃっ!」
剣を上へと持ってかれてしまい、弾かれたオランピアは隙を作ってしまう。
パーンッ!
「はぅ!」
頭から甲高い音が鳴り、可愛らしい声を上げながら倒れる。
「受け止められた後からの判断が遅い」
剣を持つ反対側の手にハリセンを持って、オランピアを上から見下ろすエド。
「ほら、立てるか?」
「うぅ……、はい」
エドは剣を鞘にしまって、オランピアに手を差し伸べる。
オランピアは頭を手で押さえながら、もう片方の手で彼の手を掴んで起き上がる。
「だが、八葉の型はしっかり身に付いているな。最後の疾風もなかなかの速さだったぜ」
「あ、ありがとうございます」
素直に褒められて、オランピアは顔を少し赤くする。
その様子を見ながら、エドは満足そうにうなずいて話を続ける。
「それじゃあ、次のステップにいくか」
「次のステップ、ですか?」
「あぁ。八葉の型を習得して、それなりに使いこなせるようになった。だが、今の型のままだとお前のポテンシャルを十全に使いこなすことができない」
八葉一刀流のみならず、全ての武術は習得することはできても、それを完璧に使いこなすことはできない。
扱う者の背丈や筋力、手癖は全てバラバラで、万人全てが完璧に扱える技術というものはそもそもないのだ。
だから、習得した後に技を自分の長所に活かした形に考えて、試して、アレンジする。
そうやって武芸者は強くなっていき、高みへと目指していくのだ。
「今回の最後の方も力業で何とかしようとしていたけど、お前の体型で力業は相性が最悪だ。お前の場合だと速さと身のこなしを活かした方が戦いやすくなるし、戦術の幅も大きく広がる」
「速さと身のこなし……」
エドの言葉を復唱して、考え込んでしまうオランピア。その様子を見て微笑むエドは、近くの時計に指された時間を確認する。
「……時間か。そろそろ屋敷に戻るぞ」
「あ、はい! ご指導、ありがとうございました!」
こうして早朝の鍛練が終わるのを合図に今日一日が始まるのであった。
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「それで、あのシスターさんとはどんな関係なんだ?」
クラウスにお使いを頼まれたエドは、現在、遊撃士協会に訪れていた。
お使いを終えた後、トヴァルと偶然その場に居合わせたミハイルと共に《庭園》についての情報を共有しあい、少しでも手掛かりを掴もうと模索していた。
「いきなり何なんですか? 今はそんな話は関係ないでしょ」
「まぁ~、確かにそうだけどよ。初日のお前の彼女に対する反応が明らかに尋常じゃなかったからよ。今のお前の立場を考えると、こっちもいろいろと考えないといけないんだよ」
「今の君は国際指名手配犯だ。もしも彼女と君との関係が悪いのなら、君を目撃したらすぐに通報するだろう。そうなれば、君をこの国に在住することを許した閣下にも被害が及ぶ。そのことを忘れてはいないだろうな?」
「うぅ……」
ミハイルの忠告にエドは何も言えなくなった。
今のエドはお尋ね者として追われている身なのだ。
今、彼がここにこうして無事でいられるのは、帝国宰相のギリアス・オズボーンと、レグラムの領主であるヴィクター・S・アルゼイドのおかげなのだ。
ここで彼が捕まれば、彼を匿った二人にも被害が及ぶ。
上官に被害を及ばないように対応を考えているミハイルの対応は、至極当然のことであった。
「……別にあいつとは、仲が悪いわけじゃないですよ。…………たぶん」
「たぶん?」
「今は正直、わからない。最後があれだったからな……」
「ずいぶんと曖昧だな。結局のところ、どんな関係だったわけ?」
「……………………恋人」
「……えぇ?!」
エドから出た言葉にトヴァルは素っ頓狂な声を上げてしまった。
ミハイルも声こそ出さなかったが、目を見開いてエドを見ていた。
「いや、恋人なら、なおさら会った方がいいんじゃねぇのか? お前が無実だって信じてるんだろう?」
「そいつは……」
どこか歯切れ悪そうに口ごもるエド。その様子にトヴァルは首を傾げる。
「……最後に会った時、彼女に何かしてしまったのか?」
「え?」
そんな二人の様子に突然、ミハイルが口を挟んだ。
その時の彼の目は、どこか既視感を覚えるような目でエドを見ていた。
「彼女を傷つけるような、悲しませるようなことを言ってしまって、彼女に合わせる顔がないのか?」
「ミハイル中尉?」
「っ! すまない、今のは忘れてくれ」
本人も気づかずに口走っていたようで、気づいた瞬間、目を伏せてそのまま黙ってしまった。
「……まぁ、そうですね。中尉の言うとおりです」
懺悔するようにエドはゆっくりと口を開く。
「事件があったあの日、セリスは俺を外に連れ出してくれた。そのおかげで俺は捕まることはなかった。だけど、最後に俺は……」
『エド……、なんでだ……』
あの時に見た、あいつの今にも泣き崩れてしまいそうな顔。
それを思い出す度に、胸が張り裂けそうだった。
「……あいつの涙はもう見たくねぇんだよ」
そう言って、そのまま沈黙するエドの背中をトヴァルとミハイルはただ黙って見ることしかできなかった。
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時間は夕刻まで過ぎていき、今日の分の夏至祭の準備が終わり、辺りが静まり返る中、湖港の石像前で風を切る音が連続して聞こえてきた。
「ハッ! ヤァ!」
今日の仕事を終えて、自由時間を過ごしていたオランピアは、汗を流しながら小太刀を振り続けていた。
その動きには無駄がなく、彼女の今までの研鑽が伝わってくる。
「ハァ、ハァ……」
疲れが溜まったのか、動きを止めて息を整えるオランピア。
彼女は早朝の訓練の他にも、こういった自主練習を行っていた。
いまだ《庭園》に狙われている彼女は少しでも強くなるために、毎日、空いている時間があればこうして鍛練を続けていた。
今、彼女は八葉の型を一通り流して放ち続けていた。
しかし、技を一周する度に、少しずつ動きが変わっていた。
「私なりの……八葉の技」
オランピアは今日の早朝のことを思い出す。
早朝練習の後、エドから自分の長所を活かした八葉の型を自分で見つけるように、と課題を言い渡された。
彼が言うには、八葉の型を身に付けて、初伝を手にした者はその後、自分に合う型を決めて、それを自分なりに伸ばしていくという話らしい。
エドの場合は肆の型。
リベールで出会ったカシウスは壱の型、クロスベルのアリオスならば弐の型といった感じだ。
早朝時にエドからヒントをもらって、自分の長所を活かして習った型を少しずつ変えてはいる。しかし、オランピア本人はいまいち納得がいかない様子だった。
「……もう一度やろう」
じっと考え込んでも何も思いつかない。ならば、動いて、少しずつ見つけよう。
そう自分で結論づけたオランピアはもう一度剣を構え直す。
「あ……」
だが、突如オランピアはその場で膝をついて動かなくなった。
立ち上がろうと足に力をいれようとするが、上手く力を込められずにいた。
「な、何で……?」
突然のことに困惑を隠せないオランピア。何度も挑戦して立ち上がろうとするも、それができない。
「あぁ!」
足に力を込めようと前屈みになっていたせいでオランピアは前に倒れてしまった。
「痛っ!」
膝を擦りむいて、顔をしかめるオランピア。膝を見ると擦り傷ができており、少し血がにじみ出ていた。
助けを呼ぼうにも、その場から動くことができないオランピアは倒れたまま、どうすればいいのかと悩み始めるその時――、
「おい! 大丈夫か?!」
湖港の入り口から自分に近寄って声をかけてくる女性。
オランピアは声がした方に振り向くと、そこにいたのは、
「転んじまったのか? うわっ! 膝、擦りむいてんじゃねぇか」
心配そうに声をかける赤髪のシスターの顔をオランピアはじっと見つめる。
オランピアは彼女のことを知っている。
この街で起きた幽霊騒動を調べるために法国から来たシスター。
そして、彼のかつての想い人。
「教会に連れて行くから大人しくしろよ」
セリス・オルテシアであった。
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七耀教会、レグラム礼拝堂。
本来は日曜学校で使われる教室で、セリスが椅子に座っているオランピアの前に膝をついていた。
「よし。これで問題ねぇぞ」
セリスはオランピアの傷がついた膝に両手で持った包帯を丁寧に巻いて、傷口を綺麗に防いでいた。
「あ、ありがとうございます」
膝を動かして、足の状態を確認するオランピア。
湖港で動けなかったのか嘘のように軽やかに足が動いていた。
「疲労で身体が動かなかったんだろう。鍛練はいいけど、ちゃんと自分の身体の調子も把握しとけ」
「はい。すみませんでした」
セリスの説教にオランピアはただうなずくだけだった。
あの後、オランピアはセリスに抱えられ、そのまま教会で治療をうけることになったのだ。
「見事な腕前です、シスター・セリス。私ではこれほど上手に包帯を巻くことができません」
「まぁ、ガキの頃から毎日ずっとやっていたからな。今じゃこの通り、お手の物だ」
隣でセリスの治療を見学していたシスターが感心するようにセリスのことを絶賛していた。
それにセリスは大したことないと言わんばかりに笑みを返すのだった。
「そんな幼い頃からシスターの教育をなさっていたのですか?」
「……いや。毎日毎日ケガして帰ってくる奴がいてな。そいつのケガをアタシがずっと手当てしてたんだ」
懐かしむように、慈しむかのように微笑むセリスを見て、オランピアはエドのことだとすぐに気づいた。
「最初の頃はひどかったんだぞ。あいつの腕を巻いていたはずなのに、アタシの腕も巻き込んでぐるぐる巻きになってな。それ以来、孤児院のマザーにやり方を教えてくれてな。……気づいたらこの通りだ」
「……その人は今、何をしているんですか?」
わかっていることだというのにオランピアはどうしてもセリスに聞きたくなってしまった。
「……わっかんねぇ。すごく遠いところにいるってだけで、どこにいるのかはアタシは知らねぇ。でも、あいつは今、自分のために必死になって戦っているのはわかる。だから、アタシはあいつが無事でいることを祈り続けるんだ。そして、あいつがピンチになった時はアタシが必ず守る。そう自分に誓ったんだ」
「……っ!」
思わず口を開きそうになったオランピアは慌てて口を閉ざす。
エドは今、このレグラムにいる。
セリスの強い想いに答えてしまいそうになったが、エドのために必死に言わないように抑える。
「そういえば、お前の技。もしかして、八葉一刀流か?」
「え! は、はい」
「やっぱそうか。あいつと動きが似ていたからひょっとしてと思ったんだがな」
エドと似ていると言われて、オランピアはどこか嬉しそうに照れる。
「でも、見た感じ、お前の体感に合ってなさそうだな」
「え、わかるんですか?」
「あぁ。あいつも似たようなことで悩んでいた時期があったからな」
セリスは両腕を組んで、何かを思い出そうと唸りだす。
「ん~、なあ、お前の特技って何だ?」
「え?」
「特技だよ。特技。これだけは誰にも負けないってもの、何かないのか?」
「えっと……、舞が得意、です」
突然のセリスからの質問にオランピアは咄嗟に思いついたものを答えた。
「舞か……。だったら、それを取り入ればいいんじゃねぇか?」
「舞をですか?」
「あぁ。剣技にお前の舞の動きを取り入れるんだ。見た感じ、身のこなしは軽い方だから、案外いけるんじゃねぇか?」
セリスからのアドバイスに深く考え込むオランピア。その様子にセリスは微笑んで彼女の頭に手を置く。
「あ……」
「まぁ、時間はあるんだ。今日はゆっくり休んで、明日に備えな」
頭を撫でてくるその仕草は少し乱暴ではあったが、エドと少し似ていた。
「……はい」
「よしっ! それじゃあ治療はこれで終わりだ。ケガせずに帰るんだぞ」
オランピアは立ち上がって、セリス達にお辞儀をして教会を後にするのだった。
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月が昇り、辺りはすっかり夜に沈んだ時間。
「……ふぅ」
アルゼイド邸に泊まっているオランピアは、寝泊まりしている客室で汗がついた服を脱いで、風呂場に行く準備をしていた。
だが、オランピアはその場で立ち止まって、すぐに風呂場にはいかなかった。
今、彼女は教会で出会った、あるシスターを思い出していた。
「セリスさん……」
あれがエドの元恋人。
少ししか会話しなかったが、彼女が今もエドのことを想っているのがいやというほど伝わってきた。
それがとても羨ましく、どこか悔しく思っている自分がいる。
「でも、収穫はありました」
彼女からのアドバイスで見えてきた、自分なりの八葉の在り方。
闇雲に探していた時とは違い、次はアドバイスを参考にしていろいろと試そう。
一歩前進したという実感にオランピアは前向きに考える。
「まずは壱の型には……」
オランピアはその場でどの舞がどの型と相性がいいのか考え始めてしまい、風呂場に行くことをすっかり忘れてしまっていた。
ガチャッ……
そして、悲劇が起こった。
「オランピア。帰りが遅かったようだが、今までどこに……」
同じ部屋に泊まっていたエドが戻ってきて、オランピアの姿を見て固まってしまう。
今、オランピアは客室の中央に立っており、下着一枚の状態で汗がつたっている艶美な背中をエドに見せていた。
「「…………………………」」
二人の間に広がる長い長い沈黙。さながら嵐の前の静けさそのものだった。
「い……」
胸を片手で隠して、もう片方の手を強く握りしめる。
頬を真っ赤に染めて、涙目でエドを睨みつける。
その姿にエドは何かを察し、諦めの境地に至る。
「イヤァアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
ドゴンッ!!
おそろしく鈍い音を鳴らして、少女の悲鳴が空へと木霊するのだった。
――とりあえず、捌の型はこれを参考にしよう。
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