英雄伝説外伝 金の軌跡   作:魔ギア

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第四十四話 城に彷徨う者

 湖港に停めてあったボートへと乗りこみ、エドとオランピアは湖の先でその存在感を大きく出している《ローエングリン城》へと目指していた日が出ていた時とは違い、青い光を柔らかに放っている城からは薄気味悪い肌寒さが伝わってくる。

 オランピアは舟の先頭で城を見上げていた。対するエドは、後方に座り、手に持つ操縦桿を器用に動かして、目的地である《ローエングリン城》を最短の距離で進めていた。

 城へと向かっている間、二人に会話はなく、その場は波の音だけが反響していた。

 オランピアはゴクリと喉を鳴らして、いまだに城を見上げ続ける。これから向かう敵の居城を前に、彼女は緊張感を積もらせていたのだ。

 後から遅れてヴィクター達がやってくるとはいえ、今回はクロスベルやリベールの時とは違い、二人だけで《庭園》と相手することになる。

 前回のように後ろで後方支援するだけでなく、自ら前線に立って戦う必要がある。いうなれば、これが彼女にとって初めての《庭園》との実戦になるのだ。

 自らの失敗がそのまま死に直結することを頭で理解しているオランピアは、いままでに感じたことのない緊張感に言葉を発せず、心が押し潰されそうになっていた。

 

「オランピア」

 

 そんな後ろ姿を見ていたエドは彼女に声をかける。

 緊張していることを見破ったエドは彼女に優しく説き、少しでも緊張を解きほぐそうとしていた。

 

「これから向かう先には俺達以外に味方の戦力はいない。その場いる者、全員が敵だと考えた方がいい。だから、もしも何かが来たら迷わず攻撃を仕掛けろ。仮に防がれたとしても、俺が二撃目を与えて片をつける。緊張せずにいつも通りにやれ」

「エドさん……」

「あの時、言っただろう? お前のことは俺が絶対に守ってやるから安心しろ」

「……はい」

 

 真剣な表情で自分を案じてくれる彼を見て、先程までの緊張感が嘘のように消えていった。むしろ彼が自分を守ってくれるということに心から暖かいものを感じていた。

 

「……着いたぞ」

 

 顔を少し赤くして思いふけるオランピアであったが、すでにボートは目的地へと上陸していた。

 それに気づいたオランピア慌てて降りて、エドは彼女に続く。

 エドはボートが流れないように近くの岩場に固定する。その間にオランピアは懐から戦術オーブメントを取り出し、導力を込める。

 

「――イシュタンティ!!」

 

 彼女の大声が空気に反響して、周辺へと木霊する。

 しばらくすると、街の方から黄色い閃光が走ってきた。閃光はオランピア達がいる城の方へと向かう。

 やがて閃光はオランピアの目の前で止まり、その正体を晒しだす。

 背中についた二つの大きな翼。

 金の塗装が施された身体。

 髪飾りのようについた銀の羽。

 オランピアの相棒にして、元人形型《古代遺物》――イシュタンティであった。

 

「準備はいいか?」

「はい!」

 

 オランピアの返事にエドは高台の頂上へと視線を見上げ、そこに立つ《ローエングリン城》へと歩を進める。

 エドを先頭にしてオランピア、イシュタンティという順番で城への道を登るエド達。

 周辺を警戒しながら進むエドにオランピアも周りを警戒しながら、彼に声をかける。

 

「エドさん、今いいでしょうか?」

「何だ?」

「どうして、《庭園》は私達がレグラムに来ることを知っていたのでしょうか?」

 

 オランピアが抱いていた疑問にエドは視線を彼女に向けて耳を傾ける。

 

「例の幽霊騒動が《庭園》の仕業ならば、《庭園》は今月の初旬に今回の準備をしていたことになります。ですが、その時、私達はまだリベールにいて、ここに来る予定さえ決めていなかったはずです。なのに、どうして《庭園》はまるで私達がここに来るのだと断定して準備をしていたのでしょうか?」

「……正直、俺もそのことは考えていた。しかも、それは今回の事だけじゃない。クロスベルやリベールでも同じ事だ」

 

 例えば、クロスベルでは彼らがその時に泊まっていたアルモニカ村で事件が起こった。あれは《庭園》がエド達に差し向けた最初のゲームではあったが、それはエド達がアルモニカ村にいなければ成立しないものであった。

 エド達がアルモニカ村に行くと決めたのは、《庭園》が事件を引き起こす前日。彼らが自分達の目的地を知っていたとはとても思えなかった。

 

 続いて、リベールでは彼らが参加していた、ジェニス王立学園の学園祭で事件を起こした。

 エド達は当初、カシウスに会うためにリベールを訪れており、その為に学園祭に参加していた。しかし、仮にエド達の目的がカシウスだと知っていたら、縁のない学園ではなく、彼の故郷であるロレント地方で事件を引き起こしたはずだ。にもかかわらず、彼らはロレントではなく、ルーアンで事件を起こした。しかも、《皇帝》の周到な準備を考えると、とても一日、二日で用意できるものではない。それはつまり《庭園》はエドがロレントではなく、学園祭でカシウスに会うことを知っていたということだ。だが、当然エドはそれを外部に漏らすようなことはしていない。

 

「奴らがどうやって俺達の行動を把握しているのか、予測できているのか、正直言ってわからない。だが、もしも俺達の行動がわかっているのなら、奴らは万全の態勢で俺達を待ち受けていることになる。だから、絶対に油断はするな」

「っ! はい!」

 

 二人はさらに気を引き締めて、そのまま道を歩き続けていき、やがて《ローエングリン城》の城門前にたどり着いた。

 エドは城門の入り口に手をかけようとするが、咄嗟に彼は剣を抜いて城門を睨みつける。

 

「エドさん?」

「中に誰かいる」

「っ! 敵……ですか?」

「予定通りにいく。構えておけ」

 

 エドは剣を片手に城門に手をかける。オランピアはイシュタンティを後ろにつけて、いつでも突入できるように構える。

 エドは手に力を込めて、城門を強く押す。

 オランピアはそれを合図に足を蹴って、中へと入る。

 中に入って、彼女が最初に目に入ったのは、

 

「ヒャァ! 何ですの?!」

 

 城の中から女の奇声が上がる。

 

 オランピアは勢い良く突入したせいか、声を上げた女性との距離は近く、お互いにおでこ同士がぶつかりそうな距離だった。

 

 しばしの沈黙。

 

 どこか見覚えのある顔に、両者は互いに見つめ合っていたが……

 

「ギャァアアアアアアアアアアアアアア!!」

「キャァアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 女性の方は何と見間違えたのか、オランピアの後ろにいるイシュタンティを視界に入れた途端、とてつもない絶叫を城全体へと響かせる。

 突然の超至近距離からの絶叫に反射してオランピアもつい悲鳴を上げてしまう。

 彼女の防衛本能なのか、それとも身体が覚えてしまったのか、声を上げると同時に彼女は腰を大きくひねり、右手を後ろに持っていく。

 

 そして――、

 

「ゲッフッ!!」

 

 目の前の女性に向かって渾身の右ストレートを打ち込んだ。

 頬を抉られたことで絶叫を無理矢理止められた女性はそのまま地面に叩きつけられた。

 

「オランピア!」

 

 両者の悲鳴に導かれ、エドは急いで中へと入る。

 

「デュバリィ! どうした!」

 

 同時に城の中から別の声が近づいてきた。

 

「お前達は……」

「いつぞやの湖港で会った……」

 

 エドの姿に驚いた表情を浮かべ現れたのは、湖港で出会った赤髪の女性――アイネスと青髪の女性――エンネアだった。

 

「じゃあ、私が殴ったのは……」

 

 オランピアはおそるおそると視線を落として、倒れた人物を確かめる。

 そこにいたのはオランピアの予想通り、白目をむいて頬を赤く腫らした女性――デュバリィが無様な姿で気を失っていた。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「いきなり、何しやがるんですわっ!!」

「す、す、す、すみません! すみません!!」

 

 意識が回復したデュバリィは早速、自分を殴り倒したオランピアに怒鳴り声を上げて責め立てる。

 殴ってしまったことを負い目に感じているオランピアはただただ謝ることしかできなかった。

 

「いや、すまない。迷わずに攻撃を仕掛けろって言ったのは俺だ。責めるのなら俺にしてくれ」

「いや、謝罪は結構だ。味方がいないこの状況でその判断は正しい。むしろ、こちらのせいでとんだ迷惑をかけてしまったな」

「ごめんなさいね。この子ったら自分からトラブルにあうことが結構あるから……」

「ちょっと、あなた達! いったい、どっちの味方ですの?!」

 

 自分のフォローをしてくれないアイネス達にデュバリィは、オランピアから彼女達へと標的を変える。

 突っかかってくる彼女に対してアイネスは嘆息しながらも相手をし、エンネアは微笑みながら聞き流していた。

 そんな三人の様子を離れて見ていたエドは、改めて三人の姿を確認する。

 少しだけの時間しか会わなかったが、目の前で揉めている三人は湖港であった女性達に間違いない。

 しかし、その服装はその時に着ていた町娘のような恰好ではなかった。

 今の時代にはそぐわない中世の騎士達が着ていそうな騎士甲冑をその身に着けていた。手には剣と盾、ハルバード、弓といった武器を持っており、堂々としている彼女達の姿は結構、様になっていた。

 

「お前ら、何者なんだ?」

 

 明らかに普通の一般人ではない三人に、エドは彼女達に疑念を抱く。

 《庭園》の刺客。

 その可能性がエドの脳裏にちらついた。

 

「そういうあなた達こそ何者ですの? いいえ、そもそもなぜここにいるんですの?」

 

 エドの問いかけに対して、デュバリィは妙にけんか腰になって逆に質問してきた。

 

「エドワード・スヴェルトだ。なぜここにいるのかって言われたら、街で幽霊騒動が起きているから、それを解決するためだよ。お前らは今、街が騒動になっているのを知らねぇのか?」

「知りませんわよ。私達は今日、街には立ち寄らずにここに来たのですから」

「そうか……。それで、お前達は? まさかとは思わねぇが、犯人の仲間……とかじゃねぇだろうな」

 

 手に持っていた剣を三人に向けて強烈な殺気を放つエド。その声は低く、妙に威圧感があった。

 どうやら彼も死者を利用する今回の所業に、知らないうちに苛立っているようだった。

 そして、その殺気を一番近くで受けたデュバリィはあまりの恐怖に声を出せずにいた。

 

「あ……、わ、私、達は……」

「待って。街の騒動に私達は関係ないわ」

 

 エドとデュバリィの間にエンネアが割って入る。

 エンネアが壁となったおかげで殺気から逃れたデュバリィはその場で息を荒くしながら、足を崩してしまう。

 

「私達は《鉄機隊》。《鋼の聖女》アリアンロード様に仕える騎士よ」

「《鋼の聖女》……。《身喰らう蛇》の人間か」

 

 エンネアの訴えに殺気を抑えて剣を降ろすエド。オランピアはエンネアの口から出てきた聞きなれない名に首を傾げていた。

 

「エドさん。《鋼の聖女》というのは?」

「ヨルグのおやっさんが所属している、結社《身喰らう蛇》の最高幹部の一人だ。結社最強とまで呼ばれている武人。甲冑に兜面を被っていて、その素顔を見た者はいない。俺は会ったことはないが、おやっさんが言うにはかなり高潔な人間らしい」

 

 オランピアは《鋼の聖女》の素性を聞き、デュバリィが初めて会った時に熱く語っていた「マスター」のことであるとすぐに気づいた。

 

「そ、その通りですわ。ましてやあの方がこの街で騒動を起こすなどありえませんわ」

 

 息を整えて落ち着きを取り戻したデュバリィは、よろよろと立ち上がりながらエドを睨みつける。

 

「まぁ、お前らが奴らの仲間じゃないことはわかった。……それで結社の人間がなんでこの城に来ているんだ?」

「それは……っ!」

 

 アイネスが事情を話そうと口を開こうするが、すぐさま視線を城のエントランスの中央へと向けて、手に持つハルバードを構える。

 

「来るぞっ!」

「くっ! またですの?!」

「さすがにしつこいわね」

 

 デュバリィとエンネアも続けて武器を構える。エド達は三人が見ている中央の方に視線を向ける。

 

「何だ、ありゃ?」

 

 そこには五つ淡い光がゆらゆらと集まっていた。

 光はそれぞれ徐々に形を変えていき、やがて剣を持った五人の騎士へと変貌する。

 

「ゆ、幽霊……でしょうか?」

「ぼさっとしないで、構えなさい! アイネス、エンネア、いきますわよ!」

「承知!」

「いいわ!」

 

 デュバリィの合図に、《鉄機隊》三人が一斉に動き出す。

 エンネアはその場で弓を引き、騎士達に向かって矢を放つ。

 一本の光の矢が途中で無数に分かれて、二体の騎士に集中的に狙う。

 騎士達は正面からその矢をはたき落とすも、次々と来る矢に彼らは足止めをくらう。

 その隙にデュバリィとアイネスは二人がかりで残った三人の騎士と応戦する。

 

「フンッ!」

 

 アイネスは騎士の一人にハルバードを振るう。ハルバードは空気を斬る音と共に、こちらに振ってくる剣へと直撃する。

 しかし、振るわれたハルバードの重量に耐えきれず、騎士は地面から離れて後ろに吹き飛ぶ。

 一方で、デュバリィは剣と盾を巧みに使い、騎士二人相手に見事に応戦していた。

 片方の騎士の攻撃を盾で受け止めて押し返す。

 その隙を狙ってくる、もう一人の騎士に瞬時に反応して迎撃する。

 放たれた剣は相手が放つ剣よりも速く相手に届き、攻撃を止める。

 敵の実力は魔獣よりは強かったが、彼女達の実力はそれなりに高く、一対一での対決で彼女達が負けることはなかった。

 だが、騎士達の恐ろしさは実力などではなかった。

 

「っ! 三人増えたわ!」

「ちっ!」

「またですの?!」

 

 突如、現れた新たな敵に三人の連携が崩れる。

 エンネアは弓で応戦するが、今の彼女では徐々に対応しつつある二人を足止めするのに精一杯だった。

 アイネスはデュバリィと合流しようとするが、新たに現れた二人の騎士と先程倒したはずの騎士が後ろに立ち、四方を囲まれる。

 そして、デュバリィは敵が二人から三人に数が増え、防戦一方だった。

 

「こいつらっ! 三人になると段違いですわね!」

 

 騎士達の実力は彼女達より劣ってはいたが、彼らの連携と対応力の速さは凄まじく、劣勢だった彼らは逆に彼女達を一気に追い詰める。

 

「っ! しまった!」

 

 エンネアが足止めしていた騎士の一人が彼女の弓の猛攻から離脱し、デュバリィへと向かう。すぐにデュバリィの援護をしようとするが、その隙にもう一人の騎士が彼女に近づいて妨害する。

 完全にフリーになった騎士はそのままデュバリィに向かって走っていき、そのまま剣を水平に構えて突きの態勢に入る。

 

「デュバリィ!」

「なっ!」

 

 エンネアの声にデュバリィは近づいてくる騎士にようやく気付く。

 死角からの襲撃。

 敵三人の対応に手一杯だったデュバリィは反応が遅れてしまった。

 今から動いても防御が間に合わない。

 デュバリィは痛みを覚悟して、歯を食いしばる。

 

「オーロラウィング!」

 

 しかし、横から飛んできた黄金の閃光が向かってくる騎士に直撃する。

 死角からもらった不意打ちに騎士は防御する暇もなく、身体をくの字にして壁に激突した。

 

「い、今のは?」

「余所見をするな」

 

 デュバリィが突然の事に放心している間に相手をしていた騎士達が一斉に彼女へと襲いかかる。

 しかし、騎士達と彼女の間に黒い影が割って入り、騎士達に向かって刃を振るう。

 

「紅葉斬り」

 

 ――キンッ!

 

 黒い影――エドが放った横一文字の斬撃は迫ってきた騎士三人をまとめて切り裂いた。

 騎士達は振り下ろした剣ごと胴体を二つにされて、そのまま消滅する。

 

「あ、あなた達は!」

 

 デュバリィは自分を助けたエド達を見て驚愕するが、そんな暇はない。

 壁に激突した騎士はすぐさま起き上がり、残った騎士達と一斉にエドへと襲いかかる。

 どうやら、彼らはエドを一番の脅威と認識したのだろう。

 エドは近づいてくる彼らを視界に入れて、剣を両手に持つ。

 そして、前足を滑らせて身体を低くしながら剣を肩まで持ち上げる。

 

「――弐の型」

 

 

 ――ブゥン!

 

 

 エドは残像を残してその場から姿を消す。

 標的が急に消えたことで騎士達は足を止めるが、それが命取りとなった。

 

 

 ――キンッ、キンッ、キ、キ、キンッ!

 

 

 何かが斬られる音が連続で鳴り響き、音が止まった瞬間、エドが姿を現した。

 

「疾風」

 

 ガシャンという音が一斉に響く。

 残った騎士達全員が身体を二つに切り裂かれ、その場に崩れてしまったのだ。

 彼らも先の騎士達と同様、身体を維持することができず、そのまま消滅していった。

 

「なんという……」

「……」

 

 あれほど自分達が苦戦した相手をほんの一瞬で全滅させたエドの実力に瞠目するアイネスとエンネア。

 そして、それは間近で見たデュバリィも同じだった。

 

「な、何者ですの?」

 

 震えた声を何とか振り絞るデュバリィ。

 エドは周辺を見回して敵が来ないのを確認して剣を収めた。

 

「エドワード・スヴェルト。ただの《剣聖》だ」

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