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朝日が登り始め、徐々に景色が明るくなる中、間道はずれの浅瀬に二人の男が姿を現した。
男たちは釣竿といった釣り道具を持っておらず、釣りが目的で来たわけではなかった。
かわりに持っていたのは、釣りといった娯楽の物でもなかった。
一人は、茶髪の青年くらいの若さをしていた。彼の背には導力式のライフルがかけられていた。
もう一人は、腰まで届く青い長髪をゆらし、青年よりも風格が漂っている男だった。彼の手には鞘に収まった太刀があった。
「ここか……」
「はい。ミシェルさんからの話では、ここらで爆発のような音を聞いたということです」
二人は奥へと進みながら、ミシェルという者から受け取った情報を整理していた。
二人の視線の先に広がっていたのは、まさに戦場の跡だった。
砂浜にはいくつかのクレーターができていた。
岩場には何かで切りつかれたような跡があった。
湖から聞こえる心地良い音を壊してしまうほどの悲惨な景色が広がっていた。
「……魔獣なのでしょうか」
「いや、おそらく違うだろう」
茶髪の青年は魔獣による被害と考えるが、長髪の男が即座に否定する。
「それは、どうして?」
「これほどの規模と考えると、手配魔獣クラスでなければできない所業だ。だが、この付近で手配魔獣の案件はなかった」
それに、とつぶやいた長髪の男は、砂浜をじっくり観察していた。
「クレーターに目が行きがちだが足跡がいくつかある」
茶髪の青年は目を凝らして砂浜を観察した。
「……本当ですね」
風の影響で陥没したところのほとんどが砂で埋もれてしまっていたが、かすかに靴跡のようなものがいくつか残っていた。
「まさか、人同士の戦闘で?」
「おそらく達人クラス同士の戦闘だろう」
長髪の男は目を鋭くしながら、辺りを調べ始める。茶髪の青年も続けて調査を続けた。
「これは……」
長髪の男は何かを見つけ、岩壁に近づいた。
「スコット!」
長髪の男は茶髪の青年――スコットに声をかけた。スコットはすぐに長髪の男のもとに近づいた。
「どうしたんですか?」
「見つけたぞ」
長髪の男は岩壁のある一点に目を付けた。そこには自身の存在を主張するかのように赤い点がついていた。
「これは血?」
「ああ。それにまだ新しい」
「では、まだ近くに?」
「いや、周辺には人の気配はなかった。すでに遠くに離れたのだろう」
「そうですか。昨日の報告にあった人形襲撃と光の柱と何か関係があるのでしょうか?」
「ここから現場までは近い。ないとは言い切れない」
スコットは危機感を募らせ、深刻な顔を浮かべる。
その様子を見て長髪の男はフッと笑い、
「心配するな。例え相手が誰であろうと俺は負けるつもりはない」
スコットは自身の心を見抜かれたことに呆れながらも、長髪の男の頼もしさにほっと息を吐く。
「俺達も全力でサポートします。アリオスさん」
~~~~~~~~~~~~~~
時間は少しさかのぼり、
ブゥ―ン……
広大に広がるエルム湖の上を一隻のボートがゆっくりと進んでいた。
ボートの上には、先程まで壮絶な死闘をくり広げていた剣士――エド・ヴェルガが操縦していた。
「えっと、残りの燃料は……」
エドは、操縦席でボートの残りの燃料を確認した。
燃料計の指針はEのマークの近くにあり、燃料切れ間近になっていた。
「うわぁ……、もうすぐ燃料切れだよ。この航海で最後か」
エドは名残惜しそうに言いながら、船をどう処分するか考えた。
「……ほったらかしにするか。元々、《ルバーチェ》の奴らから慰謝料としてぬす……、借りたものだしな」
なにか不穏な発言を言おうとしたエドは、そう自分に納得をしてちらっと後ろを見た。
「もうちょっとで港湾区に着くから、いつでも降りれるようにしとけよ」
「は、はい!」
そこにいたのは、かなりイカれた奴に命を狙われていた少女――オランピアであった。
慌てた様子のオランピアにエドは軽く苦笑いをした。
(それにしても、《
エドは湖畔で自分達を襲ってきたメルキオルのことを思い出していた。
オランピアからメルキオルと彼が所属している組織のことを聞き、頭の中で整理していた。
《庭園》
正式名称、《
世界各地で子供達を誘拐し、冷酷かつ合理的な教育システムで暗殺者へと育成する暗殺組織。二年前に結成され、結成されてから世界各地で起きている迷宮入りになった殺人事件はこの《庭園》の暗殺者の手でおこなわれたという。
《庭園》は名前の通り、《
エドが戦ったメルキオルは、四つの庭園の一つ《棘》の管理人をしている。そして――、
(《
オランピアもメルキオルと同じ管理人。《金》の管理人をしていた。
オランピアの話では、同じ幹部の《
もっとも、当時のオランピアは感情を奪われていたから、暗殺組織に入ることに抵抗はおろか考えてもいなかったのだろう。
「あの……」
そんな考えにふけっていたエドに、オランピアが突然、近づいた。その目は揺れていて、何かを訴えていた。
「どうした?」
「その、本当によかったのですか? 私と一緒に行動することを……」
オランピアは、エドとメルキオルの戦いの後、自分と共に行動すると告げたエドに戸惑いを感じていた。
「私と一緒だと、あなたも彼らに狙われてしまいます」
「状況が変わったからな」
エドは操縦したまま、オランピアの考えに異議を唱えた。
「《庭園》の存在を知った以上、俺も奴らのターゲットにされたのは間違いない」
誰にも気づかれることなく、ターゲットを仕留めること。それが暗殺。だから、暗殺者は自身の存在を他者に知られるようなことはしない。
エドは《庭園》の存在を知った以上、メルキオルを含めた暗殺者に狙われ続けるだろう。
「メルキオルの言っていたことが、どこまで本気なのかわからないが、奴が言っていたゲームを制すればこの状況を打破する可能性があるかもしれない」
「本当にそうですか?」
オランピアはエドの考えに否定の意見を述べた。
「メルキオルの性格は
あえて希望を与えて、それを奪って絶望させる。オランピアが知っているメルキオルなら、平気でそれをやってのける。
「それに、どうして私達を見逃したのか、その狙いもわかりません」
見逃している隙に遊撃士協会や警察に報告すれば、《庭園》の存在を世間にさらされる。その可能性をメルキオルが見落としているとは思えない。
オランピアはメルキオルの行動に疑問を浮かんでいたのだ。だが――、
(……いや)
エドはメルキオルの行動に疑問を抱かなかった。
(あいつはわかっているんだ。俺が通報できないことを……)
エドはメルキオルとの対話でそう確信していた。
(あいつは俺のことを知っていた。俺の異名も)
『それじゃあね、オランピア。そして、エドくん。……いや、《
《黒金の剣聖》。
剣聖の異名はゼムリア大陸の武の世界で知らないものはいない。
(俺の剣聖として名を知っている奴は、そんなにいない。あいつが俺の異名を知っているということは……)
『見つけたぞ!』
『追え! 奴を逃がすな!』
『エド……、なんでだ……』
(あいつは俺の過去を知っているっ!)
「エドさん?」
エドの雰囲気がピリピリしていることに気づいたオランピアは心配そうな目つきでエドを見つめていた。
「まあ、あいつがなんで見逃したのかわからないが、今はあいつの策に乗るしかないだろう」
エドは軽く笑って誤魔化した。
「それより、お前はいいのか?」
「え?」
突然、話を振られオランピアは首を傾げた。
「あいつが横やりしてきたせいで聞いていなかったが、あの時の続きだ」
エドは操縦をいったん止め、オランピアを見る。
膝をついて、視線をあわせる。
「これからどうするのか、お前自身の意思で決めるんだ」
俺と一緒に来るか、遊撃士に保護してもらうか。
共に行動するとは言ったが、《庭園》に狙われていることを考えれば、遊撃士に保護された方がより安全なのは間違いない。
オランピアも《庭園》に所属している過去をもってはいるが、事情を説明すれば遊撃士はオランピアのことを守ってくれるはずだ。なにより、クロスベルには頼れる
「お前だけでも遊撃士協会に行って保護を……」
「いいえ」
オランピアはエドの話を遮った。
そこから先は言わせないとその声色は明確な拒絶を感じさせる。
「私はあなたに付いて行きます」
オランピアは遊撃士に保護されるのではなく、エドに付いて行くことを選んだ。
「……理由はなんだ?」
エドの蒼い瞳は目の前の少女を見据えていた。
オランピアはエドの目を逸らさずに、正面を向いた。
「遊撃士に保護してもらえれば確かに安全だと思います。ですが……」
オランピアは目を下に向け自分の手を見た。
「私はたくさんの人を殺しました。数え切れないくらいたくさんの人を」
オランピアの手はかすかに震えていた。穢れを知らない、きれいな手。しかし、オランピアの目には、自身の手に真っ赤な血が付いているように見えたのだ。
「保護してもらうには、私の事情を遊撃士の人達に説明しなければなりません。でも、私はそれがすごく怖い」
オランピアはその光景を想像したからか、体も震え始める。
「事情を説明すれば拒絶される。助けてもらえないかもしれない。捨てられるかもしれない。そう考えると怖くて、私は誰も信じることができないのです」
たくさんの人達を殺してしまった自分は許してはもらえない。そんな自分に手を差し伸べてくれる人なんていない。言葉では助けると言ってくれるが、本当に助けてくれるとは思えない。でも――、
「あなたは助けてくれました」
オランピアは顔を上げた。
「あなたは私が人殺しと知っても拒絶しませんでした。見捨てることもできたのに、あなたはメルキオルから私を守ってくれました」
『オランピア! あなただけでも……!』
『やめろっ! 娘に近づくなっ!』
あの日、私を守ろうとしてくれたお父さんとお母さん。
メルキオルから守ってくれた彼の後ろ姿が二人の後ろ姿にすごく似ていた。だから……
「私はあなたなら信じることができます。あなたと一緒に行けば見つけることができるかもしれないんです。罪の償い方を。私が"生きる"意味を」
エドは黙ったままオランピアの話を聞いていた。目の前の少女の決意を聞き逃さないために。
今までのようなどこか儚げで弱々しい目をじゃない。自分の意思を決して曲げず、最後までやり遂げようとする覚悟がこもった強い目だ。
「これが、私の理由です。これではダメでしょうか」
オランピアは言いたいことを全て言い、エドの返事を待った。
「……わかった。連れてってやる」
長い沈黙の末、エドはオランピアの答えに頷いて、オランピアの同行を許した。
「それじゃあ、改めてよろしくな」
「はい!」
エドはオランピアと共に行動することが決まり、今後の方針を考えた。
「街に着いたら色々と買い揃えないといけねえな」
今まで一人旅をしていたエドは自分用のだけを買っていたが、二人旅になったことで何を買おうかを考え始める。
エドは正面にいるオランピアに目を向けて……
「まずはお前の服を買うぞ」
すぐに決まった。
「私の服ですか?」
オランピアはなぜ自分の服を買うのが先なのかわからず首を傾げた。その様子にエドは若干呆れていた。
「いや、お前、その格好で付いてくるのか?」
「え?」
オランピアは自分が着ている服を改めて見た。
包帯を体に巻き付け、その上に白いマントを着て体を隠しているだけの恰好。
マントの隙間からは少女の白い肌が結構見える。
正直、女性が好き好んで着る服装ではない。
「っ!?// み、見ないでください!」
オランピアは自分の服装にようやく気付いたのか片手で体を隠し、もう片方の手を振り上げた。
エドは何かを察したのか、頬を前に出した。
(……こっちもビンタしちまったからな。まあ、お相子だな)
こういう時、どんな理由があろうと男が悪い。それがこの世の真理だ。
とはいえ、目の前にいるのは十代の少女。やられたところでそんなに痛くは……
「ぶべっ!」
思考が中断され、変な声をだしながら倒れたエド。
たかがビンタなのになんでこんな力が。
エドは上体を起こしてオランピアに視線を向けた。振りぬいたオランピアの手は握られていた。
(……ビンタじゃねえしっ!)
エドの頬を抉ったのは、平手打ちではなく、強烈な鉄拳制裁であった。
「あ……ご、ごめんなさい!」
オランピアは恩人に手を上げたことに気づき、すぐさま謝罪をした。ただし、エドとは距離を置いたままだ。
「いや、大丈夫だ」
気にするなと言わんばかりに手を前に出して笑みを浮かべるエド。
「本当にごめんなさい。その……女性の平手打ちは弱いから、いっそのことグーでやっちゃいなよとメルキオルが……」
(あの野郎っ!)
アハハと、エドの頭に狂気の笑い声が聞こえたような気がした。
ぐぅぅぅぅ~~~~
突如、大きな音が鳴り響いた。
場を支配する長い沈黙。
エドは、音が鳴ったところにゆっくり視線を向けた。
「う、うぅぅぅ////」
そこには、顔を真っ赤にして腹を押さえたオランピアがエドを涙目で睨んでいた。どうやら今のは、オランピアの空腹の音だったようだ。
「あぁ~、そういえばココアはやったけど、飯はまだ食っていなかったな」
エドは気まずそうにオランピアから目を逸らした。さすがに二発目は勘弁だ。
「とりあえず、服は飯を食った後からにするか」
オランピアは黙ったまま俯きながらも、大きく頷いた。
《黒金の剣聖》と《黄金》の元暗殺者。
二人の長い旅はこうして静かに幕を上げるのであった。
次話からは不定期になります。
完結できるように頑張ります。
次回、第1章「旅の始まり」
お楽しみください!